LIFE OF FIRE 命の炎〔文章リメイク中〕   作:ゆっくん

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イエスのすぐ隣には、弟子たちの一人で、イエスの愛しておられた者が食事の席に着いていた。


シモン・ペトロはこの弟子に、だれについて言っておられるのかと尋ねるように合図した。


その弟子が、イエスの胸もとに寄りかかったまま、「主よ、それはだれのことですか」と言うと、イエスは、「わたしがパン切れを浸して与えるのがその人だ」と答えられた。


それから、パン切れを浸して取り、イスカリオテのシモンの子ユダにお与えになった。


~ダ・ヴィンチ『最後の晩餐』ヨハネの髭より引用~







第六話 FEAR 惨劇

 

 

 

 

 

ネブラスカ州、オマハ市のとあるビルの屋上にヘリコプターが降り立つ。ヘリコプターのジャイロ音が止むと、深夜12時ということもあってか周囲は完全な静寂に包まれていた。

 

 

「ころころころ。れっどかーぺっと を ひくだけで じきゅー が はっせーする かんたんなおしごと」

 

 

屋上に到着した瞬間ヒョイと降り立ってレッドカーペットを敷き出した残念美人は『美月レナ』。

 

 

髪は焦げ茶色のショートヘアにカチューシャを装着し、服装は上半身は黒いタンクトップ、下半身は陸上自衛隊に所属していた頃の迷彩模様のズボン。顔には感情がなく、瞳はいわゆる『ジト目』と呼ばれるものである。

 

 

ただ、思ったことをそのまま実行、言動をそのまま正直に口に出してしまうその性格から、ある意味で感情が豊かであると言えるが。

 

 

そのレナに続いて出てきたのが、

 

 

「いよいよあたくしの晴れ舞台ですわ!『アースランキング1位』に輝き……サンシャイン家に更なる栄光をもたらすのです!!」

 

 

目をキラッキラに輝かせて、指を振り上げて無邪気にはしゃぐ美女は『アズサ・S・サンシャイン』。

 

 

こちらは金髪のショートヘアーに、分け目をヘアピンで固定している。服装は上半身はフリルのついた白いシャツ、下半身はスーツのスカートでカジュアルに決めており一見するとキャリアウーマンのような出で立ちだが、そのいずれもが某高級ブランドのものであることがわかる。

 

 

その2人を見て、クーガ・リーは率直に感じた。ここまでヘリコプターで送っておいて貰ってなんだが「お前らキャラクター濃すぎじゃねぇか」と。聖母のような寛容力を持つ桜唯香ですら、少し怯んでいる様子だ。

 

 

 

 

 

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4人が屋上の扉から建物の中に入り、階段を下って最上階のフロアに出る。そこから100万$の夜景を堪能できるが、そんなことをしている場合ではない。

 

 

今頃、会議室で仏頂面の司令官が首を長くして待っているはずだからだ。扉をクーガが開き、女性3人が中に入った後にクーガも中に入れば、案の定司令官と『地球組』の総勢47人の戦闘員とそのサポーター達が不機嫌な様子で待っていた。

 

 

まぁ1時間も遅刻すれば当然だろうか。特に第三者から見ればクーガは、遅刻してきた癖に美女3人を引き連れて堂々と入ってきた為に見る者を果てしなくイラつかせた。

 

 

しかし、当のクーガはと言うと、何故か周囲を見渡した後に泣き出した。当然、広い室内にいた全員がギョッとした顔を見せる。

 

 

「クーガ君どうしたの!?」

 

 

「なんで……なんで『地球組』の制服着てるのオレだけなんだよぉ!」

 

 

そう答えた。確かによく見れば、クーガ以外にその制服を着用してる者はいないのである。皆さんも体験したことがある方もいるのではないだろうか。

 

 

スーツでも私服でも可という訪問先に、自分だけ張り切ってスーツで行った結果、自分以外の全員が私服でラフな感じに決めてしまっていたことが。その時の貴方の浮きかたは半端ではない。

 

 

本当に他人はそんなこと思っていないだろうが、『うっわあいつスーツで着てるよ(笑)』『空気読めてなすぎじゃね(笑)』という幻聴まで聞こえてくるのだから困った始末である。それに今現在、クーガ・リーは直面していた。

 

 

「ひ、1人だけ真面目さをアピールするなんて卑怯ですわ!!司令!!これは当然『アースランキング』の考査には入りませんわよね!?」

 

 

と、アズサはクーガに対して謎の火花を散らす。

 

 

「やーいやーい。くーがのまじめんぼ」

 

 

レナはレナで、クーガの腹部をつつきながら無表情で小学生のようになじってきた。そんな4人のカオスなやり取りを聞いていた『地球組』司令官の堪忍袋の尾がついに切れた。

 

 

「…………いい加減にしろ」

 

 

たった一声。たった一声だが、ドスの効いたその声はクーガ、アズサ、レナの3名をビクンと飛び上がらせ、唯香に何度もペコペコと頭を下げさせるのには充分すぎる破壊力だった。

 

 

蛭間七星。20年前の『バグズ2号』計画にて生き残った蛭間一郎の弟で『アネックス1号』計画の副司令官であると同時に『地球組』の臨時的な司令官も兼任している 。見ての通り、男前だが仏頂面で堅物だ。

 

 

「……まぁいい。『地球組』のメンバーに問う。君達の使命はなんだ?」

 

 

「地球で起こるトラブルを迅速に解決し、火星で奮闘して下さってる皆様を任務に集中出来るようにご支援することですわ!!」

 

 

唐突な七星からの問いかけに周りが戸惑う中、アズサが優等生よろしくに真っ先に手を挙げて元気良く答えた。

 

 

「なるほど。確かに正解だが欠けている。70点だ」

 

 

「あ、あり得ませんわ………」

 

 

生まれてこのかた、70点などという点数を取ったことのないアズサは目眩に襲われてクラッと倒れこんだ。それをすかさずレナは後ろから支えた。

 

 

「お前も大変だな」

 

 

クーガはそれを見てポツリと漏らす。

 

 

「なれてる。おじょーさまおっちゃんこ」

 

 

レナはそう言ってアズサを椅子に座らせると、自分も席にちょこーんと座る。

 

 

「おっちゃんこって流石に自分の主人のことお子様扱いしすぎだろ」

 

 

アズサもレナも、自分と同い年の20歳だ。幼児でもあるまいし流石に『おっちゃんこ』はないだろう。

 

 

「……クーガ・リー。何か言いたいことがあるなら全員の前で発言したらどうだ」

 

 

「うわっ畜生……授業中に五月蝿い奴よりもそれを注意した奴が叱られる法則だ。しんちゃんと風間君の関係と言うとわかりやすい」

 

 

「クーガ・リー!!」

 

 

蛭間七星の怒号が飛んだ瞬間、不満を呟いていたクーガの意識は完全に七星へと向けさせられた。

 

 

「え、えーと………」

 

 

クーガはポリポリと、頭を掻いて必死に時間を稼ぐ。流石に『ついツッコミ入れちゃいました』じゃ場がシラけることは明白である。

 

 

確かアズサが先程言ってたのは『地球組』の使命だったか。前の自分だったら、先程の彼女と解答と全く同じ解答をしていただろう。けれど、自分は『アネックス1号』搭乗員と会ってきたのだ。だからこそ『地球組』の真の目標は異なると断言出来る。

 

 

『地球組』の使命は、『アネックス1号』の搭乗員が残していった大切なモノを守ること。

 

 

すなわちそれは。

 

 

「……命を守ることなんじゃねぇかな」

 

 

 

このような抽象的な解答では七星は許してくれないだろうか。恐る恐る七星の様子を伺うと、蛭間七星はクーガに小さな拍手を送った。

 

 

「合格だ」

 

 

「……随分クッセーこと言う奴もいたもんだな」

 

 

七星の声に続くように、着用しているパーカーの上からでもわかるほどの筋肉質なドレッドヘアーの男が、クーガの言葉で笑いツボをくすぐられたらしく突然噴き出した。

 

 

「何が可笑しいんですか!!」

 

 

唯香がたまらずそのドレッドヘアーの男に注意したと思えば、男は席を立ち上がり、机を軽々と乗り越えて唯香の前に立ち、唯香の体を品定めするかのように、なめ回すような視線を送った。

 

 

「お前……中々いい体してんじゃねぇか」

 

 

ドレッドヘアーの男は唯香の顎を掴み、グイッと上に上げた。そこから何をしようとしたかは知らないが、次の瞬間にはクーガの膝蹴りが顔面に炸裂して男は吹っ飛んだ。

 

 

「ワリーワリー。視界にウンコが飛び込んできたから蹴っ飛ばしちまったわ」

 

 

「………随分と面白いこと言うじゃねぇか」

 

 

男が立ち上がり、クーガに殴りかかろうとした所で周囲の人間が止めに入った。蛭間七星は溜め息をつく。この先こんな調子で『地球組』は大丈夫なのだろうか。現時点では雲行きが非常に怪しい。

 

 

 

 

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予想外のアクシデントもあったが、再びこの会が催された本来の理由へと話は戻った。

 

 

「これから『アースランキング』の発表に入る」

 

アースランキング。地球環境下における、未知の武力に対する制圧力のランキング。平たく言えばマーズランキングの地球版と言っても大体差し支えはない。

 

 

尚、地球組の戦闘メンバーは『マーズランキング』における40位以内の実力を最低でも所有している。地球環境下で単独でも任務をこなせるように選抜された精鋭集団である。

 

 

「 本当は全員の名前を呼びたいところだが……多少トラブルがあった為に10位以下のメンバーの名前は一括して前のスクリーンに表示させてもらう」

 

 

その言葉が七星の口から漏れた瞬間、周囲の視線がクーガ、アズサ、レナ、唯香の4人に突き刺さった。彼等が遅れてきたのがそもそもの原因だからだ。

 

 

クーガは自分と唯香を迎えに来る為に共に遅れてくれた、アズサとレナに一言詫びようとしたのだが、

 

 

「フフッ…ただ時計の針が早まっただけのこと。さぁ!お呼びなさい!アースランキング第1位!アズサ・S・サンシャインの名前を!」

 

 

「くーが、おなかへった」

 

 

あまりにもフリーダム過ぎる2人の様子に、クーガは謝る気をなくしてただ机に突っ伏した。

 

 

 

 

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「第6位。トミー・マコーミック。国籍アメリカ」

 

 

七星が名前を読みあげると、白人の青年が前に出て一礼した。

 

 

「いいぞーとみー」

 

 

「レナちゃんあの人のこと知ってるの?」

 

 

「ぜんぜん」

 

 

レナの自由さに、思わず唯香は昔の漫画のようにずっこけた。つくづく自由奔放な性格だ。

 

 

「クーガ!『アースランキング』において頂点に立つのは誰か言ってごらんなさい!」

 

 

「何回コンテニューすんだよ!もうお前でいいって言ってんだろ!つうかオレ達が個人的に決めることじゃねぇし!」

 

 

「オホホホホホ!!そうでしてよ!!あたくしでしてよ!!」

 

 

アズサのジャイアニズムにクーガは振り回されている。その光景を見て、『地球組』のメンバーは不安を覚えた。こんな奴らが未だに名前を呼ばれてないのはどういうことだ、と。

 

   

「第5位。帝 恐哉(ミカドキョウヤ)。国籍日本」

 

 

立ち上がったのは、先程のドレッドヘアーの男である。クーガを睨んだ後に、唯香に気持ち悪い視線を送る。隣の唯香が身震いしたのを見て、クーガは唯香の手をひっそりと握り、彼女の震えを抑えた。すると、2人の頬が某電気ネズミのように真っ赤に染まっていくのがわかった。

 

 

「あらあら……お2人ともこのような場でも逢い引きとはお熱いですわね?」

 

 

「あいらーびゅーふぉえーばー」

 

 

「ううううるせぇ!!冷やかすな!!」

 

 

「レナちゃんも結婚式の歌なんか歌わないで!!」

 

 

蛭間七星が柄にもなく溜め息を吐いた。あの4人を黙らせることは不可能だと理解したのだろう。4人を見離したところで、七星はランキングの発表を続けた。

 

 

「第4位。ユーリ・レヴァテイン。国籍ロシア」

 

 

ロシア、という国籍を聞いて会場内はざわついた。『地球組』のメンバーは、基本的に日米中心で結成を促進された。その証拠に、メンバーのほとんどの国籍が日米である。故に、ロシアという国籍はこの場においてはイレギュラーなのだ。

 

 

そんなざわつく場内を尻目に、1人の青年が立ち上がった。銀色の長髪をなびかせ、颯爽と舞台へと上がる。その顔は整っているだとか、そんなレベルではない。クーガも男前の部類に入るが、彼の顔は最早別次元であった。まるで人形のように整っているのである。

 

 

「ゆーり?」

 

 

ふと、レナが彼の名前にピクリと反応した。

 

 

「何だよレナ。もう大ボケかますなよ?」

 

 

「〝じえーたい〟に いたときにきいたことあるぞ。かなり ゆーしゅーな〝すないぱー〟だって」

 

 

レナがかつて所属していたのは、日本の自衛隊である。日本の自衛隊は外部の射撃のスコアに精通してる部隊ではない。そんな自衛隊にも浸透してるのだから、よっぽどの腕前なんだろう。

 

 

「第4位を飾ったぐらいですからその……狙撃手としての腕前を存分に活かせる生物が『MO手術』のベースなんでしょうが何の生物か気になりますわね」

 

 

ふとアズサはそんなことを呟いたかと思えば、一礼を終えて前から戻ってきたユーリの前に立ちはだかった。突如ユーリの進路を阻んだアズサに一同はギョッとするが、当のユーリ本人は全く動じていなかった。

 

 

「ユーリとか言いましたわね!貴方の『MO手術』のベースは」

 

 

「君への報告義務はない」

 

 

そんなアズサに正論すぎてぐうの音も出ない返答をしてユーリは颯爽と去っていた。アズサは明らかに美女の部類に入る。そのアズサを気にもとめないユーリの心は、ロシアの大地のように冷えきっていると会話を聞いていた一同は感じた。

 

 

「な、な、なんですの……別にそれぐらい……うえ」

 

 

「ふえっ!?泣かないでアズサちゃん!!」

 

 

唯香は泣きじゃくるアズサを慌てて抱き寄せた。彼女の大きな胸にアズサの顔が埋まる。それが彼女の(メンタル)にトドメを刺した。

 

 

「……な、何であたくしの胸はAカップしかないのに唯香様の胸はこんなに……うええ!!」

 

 

「ふえ!?で、でもアズサちゃんはモデルさんみたいに背高いし……」

 

 

「おじょーさまはいいけつ(・ ・)してるぞ、げへへ」

 

 

「エロ親父かよ」

 

 

蛭間七星のフラストレーションを、ブレることないこの4人のやり取りが増幅させていった。蛭間家の長男として世話をやいてくれていた兄もこんな気持ちになったことがあるんだろうか。そう思うことによってを怒りをグッと堪えて、何とか本来の目的であるランキングの発表へと移った。

 

 

「第3位美月レナ。国籍、日本」

 

 

「えいどりあーん」

 

 

泣いてるアズサを放置して、ロッキーのワンシーンを再現したかと思いきや、

 

 

「わたしがさんいになったからには、びひんのくらっかー(・ ・ ・ ・ ・)をすべてぽてち(・ ・ ・)にします」

 

「……なんのマニフェストだ(そして何の権限が)(与えられたと思ってる)

 

謎の指針を掲げて七星を唖然とさせるだけでなく、ツッコミまで入れさせた。そのあまりのフリーダムっぷりに会場にいた人間の大半をポカーンとさせた。そんなレナが戻ってくるなり、アズサはレナに称賛の言葉を送った。

 

 

「ぐすん……流石レナですわ。3位なんて名誉ですわ」

 

 

「おじょーさまに あーすらんきんぐ はまけたけど、わたしのむねは Dかっぷ なのでおじょーさまより おっぱいらんきんぐ はうえだぞ

 

あと、うえすとはいちばんきれいだぞ」

 

 

「うえええええ!!おっぱいだけでなくウエストの自慢までするなんてオーバーキルもいいとこですわあああああ!!」

 

 

「レナお前余計なこと言うじゃねぇ!」

 

 

折角泣き止んだアズサのコンプレックスをレナがつついたものだから、再びアズサは泣き出してしまった。まさに地獄絵図である。誰もがそう思ったその時だった。

 

 

「第2位と1位の発表は同時に行う」

 

 

その言葉が七星の口から漏れた途端に、

 

 

「来ましたわあああああ!!」

 

 

先程までの泣きべそが嘘だったかのようにアズサから元気ハツラツな声が高らかに響いた。

 

 

「お前切り替え早いな」

 

 

「ええ!1位の座に輝きサンシャイン家の栄光を勝ち取る為ならばあたくしは何度でも蘇りましてよ!勝負ですわクーガ!」

 

 

「1位、クーガ・リー。国籍イスラエル及び日本。2位、アズサ・S・サンシャイン。国籍、アメリカ及び日本」

 

 

『アースランキング』のことでナーバスになっていたアズサの感情は実に不安定だった。一瞬にして沈み、一瞬にして持ち直し、そしてまた一瞬にして撃沈したのだから。

 

 

 

────────真っ白に、燃え尽きましてよ

 

 

 

そんな台詞を吐き出すと共に、あたかも矢吹丈の如くアズサは真っ白に燃え尽きてその場に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

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発表が終わり、僅かな時間だが交流時間が与えられた。本来ならばそのまま広い会議室で交流を続けたかったところだが、あまりにも人が多すぎて人酔いしそうだった為にクーガ達4人は屋上へと出た。七星やロシアのユーリも、自販機で缶コーヒーを買ったり、葉巻を吸ったりと各々の時間を過ごしていた。

 

 

「……まぁ、仕方ないですわね」

 

 

結果発表が終わり、それを受け止めたアズサの表情は先程までの彼女が嘘だったかのように凛としていさぎの良いものであった。

 

 

「私は2位でも充分凄いと思うよ!」

 

 

「光栄ですわ唯香様。勝ったら自信をつけ、負けたら何かを学ぶ。サンシャイン家の美徳でしてよ!オホホ!」

 

 

そんな風に潔く負けを認めるアズサを見て本当に教養のなされた人物であると感心すると同時、1つ気になった点をクーガは指摘した。

 

 

「そういえば……お前らの『サポーター』は今日はどこに?」

 

 

基本的に、『地球組』のメンバーは『サポーター』という監視役がいないと活動することはできない。『地球組』といえども、『MO手術』を悪用しないとは言い切れないからである。

 

 

「ああ。あの方でしたら今日は研究が多忙で動けないようでしてよ?とは言っても『サポーター』無しで動けるなんて確かに変ですわね……唯香さんが今日だけわたくしたちの『サポーター』も兼任するなんて聞いておりませんし……」

 

 

アズサとレナのサポーターは、テラフォーマー生態研究所の中で最大規模の『テラフォーマー生態研究所第1支部』に勤務している。実験用テラフォーマーの所有数は最も多く、大きな成果を出している。だが、それにしても『サポーター』無しで動けるとは、やはり贔屓されてるんだろうか。

 

 

 

 

 

 

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暫くして、一同は会議室に戻る為に階段を下る。やけに静まりかえった空間の中を、4人の鉄階段を叩くカン、カン、カン、カンという連続した無機質な音が支配した。

 

 

そして、その途中でU-NASA本部と連絡を取っていたらしい七星とも合流した。一同はまた鉄階段を叩く音を増やして会議室を目指す。

 

 

しかし、クーガを得体の知れない違和感が襲った。階段を叩く音七星と合流したあたりからやけに多くなった気がしたのだ。

 

 

次の瞬間、まるで鏡のように磨かれた階段の手すりに目を下ろしたクーガの額から一気にドッと冷や汗が噴き出した。心臓の鼓動が高鳴る。ぼやけていたが、確かに何か(・ ・)が映りこんでいたのだ。クーガは躊躇うことなく、一瞬で懐に忍ばせておいたナイフを取りだし七星の喉元へと突き刺した。

 

 

「ガッ、ハッ!?」

 

 

ナイフを突き刺した七星の喉元からは、景気よく噴水の如く血が噴き出す。一同は一瞬何が起こったのか理解できなかった。ナイフを取り出して七星の喉元へと突き刺したクーガと、刺され苦しそうに呻く七星。その光景もさることながら、それ以上に理解できなかったのが、ナイフは七星の喉に届くことなく、なにもない筈の空間に突き刺さっていたのだ。そしてそこから、血がポタポタと滴り落ちている。

 

 

「これは一体……どういうことですの」

 

 

「グギギギ!」

 

 

アズサの疑問の後に聞こえてきた呻き声は、七星のものではない低い呻き声だった。それを聞いた瞬間、クーガは躊躇うことなく手応えを感じたナイフをそのまま切り下ろした。

 

 

「ギャアアアア!!」

 

 

悲痛な悲鳴が響くと同時、大量の血と同時にボトリと肉塊が落ちてきた。最初は何も見えてこなかったが、落下先にできていた血のプールに染まり、その肉塊の正体が見えてきた。

 

 

光沢を放った甲皮に包まれた、腕。それを素早く拾い上げると、切断面から飛び散った血液が襲撃者の姿を顕にした。腕と同じく光沢に包まれた甲皮に頭から生えた鋭い顎。

 

 

「……『ニジイロクワガタ』?」

 

 

唯香はその姿を見てポツリとそう言葉をもらした。資料で見た、20年前に『バグズ2号』の搭乗員だったマリア・ビレンの変態時の姿と特徴が瓜二つだったからだ。

 

 

「ぐ……おおお!!」

 

 

『ニジイロクワガタ』の力を持った何者かは、痛みをこらえて片方の腕で七星の首をへし折ろうと手を伸ばした。しかし、瞬時にその腕が七星に届くことはなかった。

 

 

「だれじゃおまえ?」

 

 

レナはその腕を掴むと、軍隊仕込みの格闘術でボキリと瞬時にへし折ってしまった。そして相手が絶叫する前に、クーガが投げたナイフが突き刺さり、謎の襲撃者は息絶えた。

 

 

事切れた襲撃者とは裏腹に、一同の心臓はバクバクと跳ねあがった。間違いなく何かが起きている。

 

 

「二、ニジイロクワガタはその鏡のような甲皮の光沢によって光の加減と周囲の光景によっては擬態することが可能なんです。

 

階段に設置された蛍光灯を利用して姿を隠して待ち伏せていたんだと思います。ここは危険です!他の方々も待してる会議室へ急ぎましょう!」

 

唯香は突如目の前で起きた血生臭い戦闘に動揺しつつも、必死に頭を働かせた。七星もそれに賛同し、会議室へと足を急がせる。

 

 

「俺達は……何に(・ ・)襲撃されている」

 

 

七星はギリリと歯軋りをした。もし、彼が頭の中によぎった通りの出来事が今この場所で起きているのであれば事態は深刻だ。そんな七星の不安を煽るように、息を切らした3人組がやってきた。

 

 

第6位『トミー・マコーミック』とそのサポーターである『ジェシカ・ブラウン』、それに加えて第5位『帝恐哉』だった。

 

 

「蛭間司令!」

 

 

「トミー・マコーミック……何があった?」

 

 

そこの女(ジ ェ シ カ)を休憩室で口説いてたらその6位君(トミー)が邪魔してきたからよぉ……ボコボコにしてやろうと思ったら会議室からやべぇ音が聞こえてきたから急いで戻ってきたって訳だ」

 

 

トミーに投げた筈の疑問を、帝恐哉が返した。多少言葉は悪かったが、帝を見つめるトミーの敵意に満ちた瞳と、ジェシカの怯えた表情を見るとどうやら彼が言ったことに嘘偽りはないようだ。

 

 

「とっとと確めようぜ、何があったのかをよ」

 

 

帝恐哉はふてぶてしい口ぶりと、横柄な態度で会議室の扉を無作法に開いた。すると、会議室の中から漂ってきた異臭が鼻腔を激しく刺激した。

 

 

 

 

 

 

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会議室の中は、この世の地獄という言葉ですら形容し難い悲惨な光景が広がっていた。

 

 

力を持たないが故に何も抵抗できず、力任せに身体を引きちぎられた『サポーター』の恐怖で顔を歪めた死体や人為変態の為の『薬』を使う前に腹部を貫かれた死体、どのようにして殺されたか想像できないような『地球組』メンバー達の死体がゴロゴロと転がっていた。

 

「……酷い……こんなの酷いよ」

 

 

ジェシカ・ブラウンは膝から崩れ落ち、桜唯香は思わず目をそらした。その時だった。

 

 

「テメェらも死ねぇ!!!!」

 

「ギャハッ!!」

 

 

暗闇の中から、手が大きな鎌に変化した男と脚が大きく肥大化した男が飛び出してきた。2人の男は容赦なくサポーター2名を躊躇いもなく全力で殺しにかかった。

 

 

「唯香さん!!」

 

 

クーガが瞬時に2人をとっさに庇おうとした瞬間、男の額に何かが突き刺さり倒れた。男達の額に突き刺さったモノが飛んできた方向を振り向けば、1人の男が変異した姿で立っていた。

 

 

『ユーリ・レヴァテイン』

 

 

彼は会議室の悲惨な光景を見ても眉一つ動かすことなく、暗闇の中を暫く見つめた後に口を開いた。

 

 

「あの中にはもういない(・ ・ ・)。それより迅速に処理班を呼んで処理してしまった方がいい」

 

 

淡々とそう語るユーリを見たジェシカ・ブラウンは、一言呟いた。「何故彼は全く動揺していないの」と。

 

 

 

 

 

 

 

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翌日、U-NASAに昨晩生き残った『地球組』のメンバーが厳重な警備のもとに招集された。

 

 

「昨日の件で判明したことを皆さんに伝えたい」

 

 

あくまで事務的に、淡々と蛭間七星は口を開いた。司令官は、部下を動揺させない為にも常に冷静でなければいけないからだ。七星は死体袋のチャックを下げる。そこには、クーガがナイフで仕留めた昨晩の男の死体が苦しそうに顔を歪めていた。

 

 

「1つは昨日の襲撃者の正体について。この男はとうの昔に死んだはず(・ ・ ・ ・ ・)の男(・ ・)だ」

 

 

七星の言葉は何一つ間違っておらず、語弊でもなんでもなかった。この男は死刑囚である。それも、とうの昔に刑が執行されたはずの男だ。その他の死体も調べた結果、どれもこれもみな凶悪犯罪に手を染めた名の知れた死刑囚であった。そのことから、UーNASAは1つの仮説を立てた。

 

 

「死刑囚が裏で売り買いされ、兵隊として扱われている可能性がある」

 

 

人身売買により凶悪犯罪者がその身を買われ、兵隊として扱われている。もしこの仮説が的中しているのであれば、敵はとてつもない驚異となる。

 

 

「そして次に、この襲撃者だが人為変態はしたものの『MO手術』を受けた訳ではない」

 

 

七星の言葉から、唯香は次話す内容を察した。昨日襲撃してきた者達の死体を見たところ、ある共通点が浮かび上がってきたのだ。

 

 

『ニジイロクワガタ』に『ハナカマキリ』、『サバクトビバッタ』。これらの生物に共通するのは、20年前の『バグズ2号』計画で搭乗員達のベースとなっていたということだけ。

 

 

 

────────敵は『バグズ手術』を受けている

 

 

 

『MO手術』とは異なる『バグズ手術』。ツノゼミによる肉体強化は施されず、手術ベースも昆虫型に限られる。現行技術の劣化版とも言えるシロモノ。

 

 

しかし、驚異にならないとは限らない。『MO手術』及び『バグズ手術』は、地球上の生物の特性(ち か ら)を人間大で発揮する為の手術だ。例外も勿論存在するが、基本的にベースとなった生物が小さければ小さい程強いと考えていい。

 

 

強力な甲皮を持つ昆虫や、自重の何倍もの重さのものを持ち上げる昆虫が人間大になったら?そう考えるだけで恐ろしい。しかも、その昆虫達は人類最高頭脳である『アレクサンドル・G・ニュートン』が選んだ粒揃いの昆虫達だ。驚異にならない筈がない。

 

 

「敵は恐らく『バグズ手術』ならばいくらでも行えるデータが揃っていると見ていい。そして尚且つ『バグズ2号』の搭乗員のベース昆虫のDNAも揃っているのだろう」

 

 

『バグズ手術』は『MO手術』以上に成功率が低く、失敗すれば即死亡する。しかし『死刑囚』ならば関係はない。元々あってないような命だから、一か八かの懸けに遠慮なく使うことができる。

 

 

そして『バグズ手術』を仮にいくらでも行えるのであれば、多少の犠牲と引き換えに強靭かつ強力、尚且つ凶暴な手駒がいくらでも手に入るのだ。

 

 

敵は凶悪な死刑囚と『バグズ2号』の遺産。ここまで最悪なニュースが続いたにも関わらず、七星には後1つ彼らに伝えなければならないことがあった。

 

 

「敵の攻撃があまりにも大規模すぎた。集会の場所を教えた『裏切り者』がこの中にいる」

 

 

 

 

 

地球組生存者10名

 

○蛭間七星

 

○第1位とそのサポーター

 

○第2位と第3位、及びそのサポーター

 

○第4位

 

○第5位

 

○第6位とそのサポーター

 

 

 

地球組死亡者90名

 

●第4位のサポーター

 

●第5位のサポーター

 

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