LIFE OF FIRE 命の炎〔文章リメイク中〕   作:ゆっくん

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地球組【組織】

正式名称……terra,Terra

『アネックス1号』計画の外部組織。地球で起こり得る『MO手術』や『テラフォーマー』に関連するトラブルに対処する。

・小隊長1名
・副隊長 兼 狙撃手1名
・特化戦闘員2名
・特殊工作員1名
・サポーター1名

以上6名で構成される。





第三十話 TERRA_FOR_MARS 地球組

 

 

 

 

「……相変わらず凄まじい量のナチュラルグリーンに囲まれてんな、おい」

 

 

「テラフォーマーを通常じゃ考えられないぐらい緩い条件で管理するんだから人里から大分離れてて当然だろうよ。(つうかこれでも警備ガバガバなぐらいだし)

 

 

輸送車両から降りるなり、蛭間七星の部下である染谷と日向は『テラフォーマー生態研究所第4支部』のロケーションを見渡して感想を洩らした。テラフォーマーの管理体制上仕方ないとはいえ、こんな不便な場所に半ば隔離してしまった『地球組』の面々とそのサポーターである『桜唯香』には申し訳ない思いでいっぱいだ。ただ、

 

 

「じ、ぎぎぎ……」

 

翻訳『苔ジュースなまらうめぇ……』

 

 

実験体であるテラフォーマー達はこの自然の多い環境に満足しているようだ。事実、10メートル程先の茂みの近くで、スキンヘッドのテラフォーマー通称『ハゲゴキ』さんが自作の木の棍棒と石の皿の上でゴリゴリと苔を擂り潰し、ペースト状にした後に飲み干すという自由すぎる自給自足を行っていた。

 

 

「ひあっ!?駄目だよハゲゴキさん!!今度勝手に研究所の外に出てるとこ見られたら処分って!」

 

 

そこに、かなり慌てた様子でとっとこ、とっとこ、と駆け付けた小柄な女性こそがこの研究所の責任者である『桜 唯香』。無断で外に出たハゲゴキさんをグイグイと研究所の中に引き戻そうと必死になっている。何故なら、つい先日(・ ・)の事件で無断で実験体テラフォーマーを研究所から解き放ったことが原因で、次回実験用テラフォーマーを無断で研究所外に解き放ったことが確認された場合、彼らを処分することが検討されていた。

 

 

唯香が焦る気持ちも解る。ただ、七星達3人がその目に現場を納めてしまった以上それは意味をなさない。唯香は七星たちの視線と存在に気付いたのか、ハッとした表情を見せた後、おろおろとその場でパニックになり最終的にハゲゴキさんを庇うように彼の前に立った。

 

 

「あっ、あの!これは、その!!」

 

 

うるうると今にも大量に涙をこぼしそうな瞳を向け、ブルブルと体を震わせながらハゲゴキさんを守ろうとする姿は、もし第3者がこの場に居合わせたなら七星たちが大悪党に見えてしまう程に、人の情に訴えかけていた。

 

 

流石にこんな小動物のような姿を見せられて尚ブレることなく、「そのハゲ処分な」と言い放った日には、鬼畜という言葉がお似合いな冷徹な人間になってしまう。自分たちの業務は時に冷徹に、事務的にこなす必要があるが、今は断じてその時ではない。もし仮に自分たちが冷たい体の昆虫だったらそうしていただろうが、自分たちは人間だ。幸い優しさや寛大さなら、親兄弟からしっかりと授かっている。

 

 

「……桜博士、今のは見なかったことにしましょう。以後管理には気を付けて下さい。一定の区域に限定して再度テラフォーマーの外出を検討するように私の方から口添えしておきましょう」

 

 

「ふえっ!あ、ありがとうございますッ!!」

 

 

「やだ七星さんイケメン」

 

 

七星の懐の広さを伺わせる言葉に唯香はペコリと頭を下げ、染谷は思わず口元をゲイセクシャルの所謂『お姉キャラ』の人々がよく取る行動のようなポージングをしつつ、自らの上司に惜しみ無い称賛を浴びせた。さて、そもそも一連のドタバタ騒動の引き金となったハゲゴキさんはと言うと、

 

 

「じぎぎぎぎ!じょぎぎぎぎ!」

 

翻訳『これにて一件落着だな!ハッハッハッ!』

 

 

などと悪びれもなくあっけからんな高笑いを見せていた。その直後、ハゲゴキさんの顔面にどこからともなく飛んできたサッカーボールが勢いよく、物理法則を無視したサッカーアニメよろしくな感じで突き刺さった。

 

 

「アッチャ……痛そう……」

 

 

日向は苦笑いしつつ、そんな感想を洩らした。彼等テラフォーマーに痛覚は存在しないのだが、それを踏まえた上でも顔面にボール直撃は痛そうだ。事実ハゲゴキさんは鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、あんぐりと口を開けて周囲を見渡していた。その場にいた全員がボールが飛んできた方向に目を向けると、窓からノーマルタイプのテラフォーマーが顔を突きだしてハゲゴキさんに威圧感(プレッシャー)を放っていた。

 

 

「じょうじょうじじょう!!」

 

翻訳『早く戻ってこんかいこのハゲ!!』

 

 

彼の名前はゴキちゃん。ハゲゴキさんと同じくこの研究所で管理されているテラフォーマーの1体で、彼に比べるとこちらは意図的な素行不良等は見られず、どちらかと言うとハゲゴキさんの行動を咎める優等生タイプだ。

 

 

「……同じ種でもここまで違う、か」

 

 

七星はテラフォーマー達が繰り広げた一連のやり取りを見届けた後、意味ありげに自分の2人の部下を交互に見比べた。肉体派の染谷と頭脳派の日向を。

 

 

「七星さん、もしかして「テラフォーマーも人間も十人十色なんだな」的なこと思い浮かべてます?」

 

 

「そうだとしたら当たってますよ。俺は日向と違って食品にゴキブリが混入してても食いませんからネ」

 

 

「俺だって食わねぇよ!!」

 

 

ギャアギャアと喧嘩を始めてしまった2人の部下に溜め息をついた後、七星は唯香へと話を切り出す。先程までのどこか緩んでいた表情が急激に引き締まった七星の表情に、 唯香は思わず息を呑んだ。

 

 

 

 

「桜博士、この度私達は『地球組』の装備の支給と今回起きた一連の出来事に関する説明、そして『エドワード・ルチフェロ』の処分の件で参りました」

 

 

 

 

 

 

 

 

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『テラフォーマー生態研究所第4支部』の客間は、張り詰めた空気で満ちていた。両脇に2人の部下を控えさせた七星を前に、5人の『地球組』構成員はそれぞれの想いを胸に七星の話に耳を傾けていた。これから今回の一連の出来事に関する処理が言い渡されるのだ。

 

 

「別動隊が担当した豪華客船『ダンテマリーナ』だが、結果的に作戦は失敗に終わった。正体不明の組織と衝突の最中、混乱に乗じた『(チョウ)花琳(ファウリン)』を取り逃がす結果になってしまった」

 

 

「別動隊と……船に乗っていた人達は?」

 

 

クーガが尋ねると、七星は顔を横に振る。彼の表情が引きつった瞬間をクーガは見逃さなかった。どうやら事態は悪い意味で自分の予想を裏切ったらしい。

 

 

「いや。その別動隊からの通信によると更に現れた第3勢力によって敵対勢力は壊滅。更に乗客や乗組員は全滅してしまった」

 

 

5人と唯香は驚愕の表情を浮かべた。今まで花琳の手によって引き起こされたであろう一連の『バグズ手術』を悪用したトラブルは、ひっそりと日常の水面下で行われてきた。民間人や一般研究員にはほぼ被害がなく、死傷したのは『地球組』や軍人など戦う覚悟ができている者達ばかりだ。

 

 

そこには花琳のポリシーもあるのだろうが、それは『MO手術』や『バグズ手術』の技術が漏洩するのを防ぐ目的も兼ねていたのだろう。しかし今回の事件に関与した第3勢力とやらは違う。民間人の被害や情報漏洩など全く考えることなく、何らかの目的の為に敵対勢力及び民間人を虐殺した訳だ。イカれている。あれだけ憎んでいた趙花琳が相対的にマシ(・ ・)に見えてしまうレベルでネジが飛んでいる。

 

 

「その別動隊が遭遇した敵対勢力と、その第3勢力も『MO手術』を受けていたのでしょうか」

 

 

ユーリはそう尋ねた。あくまで自分の憶測だが、こちらの別動隊は当然『MO手術』を受けていただろう。それを圧倒した上で民間人を大量虐殺できるもの。武器を持ち込めない艦内においては、『MO手術』ぐらいしか思い浮かばない。船のセキュリティをくぐり抜けることができる武器では、そのような惨事を望めないだろう。もう1つの敵対勢力はともかく、第3勢力力とやらが『MO手術』を受けたことは確実だろう。

 

 

「ああ。別動隊からの通信内容によると、両勢力ともに『MO手術者』が確認されたようだ」

 

 

「……状況はあまりよろしくないですわね」

 

 

アズサは冷静に盤面を分析した。花琳を除外してもUーNASAと敵対する組織が2つ存在し、少なくともその内の1つは頭のネジが外れた集団だ。どう足掻いても自分達が苦戦するのは必死だろう。そして何よりも、自分達は今組織として欠陥ともなり得る弱点を抱えている。

 

 

「あー大丈夫だってお嬢さん。こちとら最新のアンタ達専用の装備と一張羅をこしらえてるからさ」

 

 

「そうそう。各国の技術の集大成だぜ?」

 

 

「問題は戦力的なものではなくってよ」

 

 

アズサが2人の発言をバッサリ斬り捨てると、染谷と日向は顔を見合せた。では果たして何が問題なのか、という問題が彼等の中で芽生えかける前に2人は答えを導きだした。彼ら『地球組』の立場になれば、この答えを出すことはそう難しくない。

 

 

「『エドワード・ルチフェロ』のことですわ」

 

 

その名前をアズサが口にした時、場の空気は瞬時に凍結した。物々しい話題が続き、剣呑な空気へと変貌していた先程までの空気が、生暖かく感じる程に場の空気は冷ややかなものになった。その中でただ1人『エドワード・ルチフェロ』本人だけが、まるで人生の最期を穏やかに受け入れる死刑囚のような柔和な表情で、アズサの話を傾聴していた。自らは裁かれて当然と言わんばかりに。

 

 

「……エドワード・ルチフェロは君達が知っての通り、作戦実行の為とはいえ『UーNASA』のシステムを書き換え、その作戦内容を『地球組(き み た ち)』だけでなく『UーNASA(わ れ わ れ)』にも作戦内容を知らせることはなかった。重大な命令違反だ」

 

 

だが、と七星は一言付け加える。

 

 

「たった1人で1000人もの『バグズトルーパー』を殲滅し人質を救出、それを単独で実行した勇気が高く評価されたこと。ハッキングされた『UーNASA』のデータもアネックス準構成員の『トーヘイ=タチバナ』の手により修復に成功したこと。

 

 そして何よりローマ連邦首脳『ルーク・スノーレソン』からいくらかの謝礼金が支払われたことからこの件より生じる『エドワード・ルチフェロ』個人及び『地球組』へのペナルティーは一切不問にすることとなった」

 

 

エドの処分は、今回の彼の行いを総合して考えると破格の待遇とも言える『無罪(おとがめなし)』。だが、それを聞いたところで『地球組』の面々の表情が晴れることはなかった。どうやら彼等が気にかけている問題はそのような表面的な問題ではなく、もっと組織として根本的な問題らしい。

 

 

「今後も彼が今回(・ ・)と同じような行動を続けるようでしたら……あたくしはエドと戦場で背中を合わせて戦い抜くことなんて到底できませんわ」

 

 

やはり、『地球組』の面々が気にかけていたのは今回のエドが取った行動から生じる、彼への不信感

なのではないだろうか。アズサの口ぶりから染谷と日向はそう判断した。ことわざで『敵を欺くにはまず味方から』というフレーズがあるが、今回の事例はまさしくそれだろう。

 

 

エドは1000人の敵を欺く為に、『地球組』の面々すらも欺いた。外部の者から見ればエドは賞賛されるべきであれど、避難を浴びるいわれなどないと思うかもしれない。しかし、彼と共に命を賭ける『地球組』の面々から見ればそうとも言えない。

 

 

自らを欺く相手に自らの命を預ける行為は、相当の勇気を要する。今回彼が行った独断専攻撃はこちらが危険に遭う可能性が生じる上に、裏切られ刃を背中に突き立てられるかもしれないという疑心暗鬼にも繋がりかねない。そして、アズサ以上にそのような『裏切り』に敏感なこの男が、アズサの意見に賛同するのは無理のない話だろう。

 

 

「私もアズサ・S・サンシャインに同感です。彼が今回取った行動は目に余るものがある」

 

 

ユーリは1度、ロシアの同胞によって裏切られ両目を潰されている。今回のような、他者を欺く行為には人1倍敏感になって当然と言えば当然だろうか。

 

 

「おじょーさまも ゆーりもひどいぞ。しんじん(・ ・ ・ ・)はがんばっただろ」

 

 

対してレナはエドを擁護する。どうやらレナは今回のエドの行いは作戦遂行の為の仕方ない行いとして容認しているらしい。確かに彼女の意見にも一理あると言えばある。

 

 

「レナ、頑張ればなんでも許されるものではなくってよ?」

 

 

彼女(アズサ)に同調するのは(しゃく)だが全くだ。今回の彼の行いはチームとして許されるべきものではない 」

 

 

「あたくしに同意するのが(しゃく)とは随分なご挨拶ですこと、ほ、ほ、ほ」

 

 

「ユーリさんもアズサちゃんも落ち着いて!」

 

 

エドの今回の行いに反対派の中で更に仲間割れしそうになったところを、唯香とゴキちゃんが慌ててなだめた。この2人の関係の改善は『サポーター』の立場として今後行っていくとして、今優先すべき問題はこれではない。

 

 

「クーガ・リー、君はどう思う」

 

 

七星は静観し今回のエドの行いについて考えを巡らせていたクーガに問いを投げかけた。その瞬間言い争っていたユーリとアズサはピタリと口論を止め、その場にいた全員の視線がクーガへと集中した。

 

 

今後、クーガが小隊長として『地球組』を率いていくことは伝達済みだ。そのクーガがどのような判断を下すかによって、組織としてのあり方も変わってくるだろう。

 

 

 

「……オレは」

 

 

クーガはそこで区切った。言葉を発する唇に、重圧が顕著にのしかかる。今回の出来事は決して安易に感情論で済ませていい問題ではない。次に自らが発する言葉で組織としてのありかた、いわば(むれ)としてのありかたが大きく変化してくるのだ。

 

 

そうは言っても自分には小隊とはいえ組織を率いた経験など今までない。そんな自分が、何をどう受け止め、どう考え、どんな言葉で吐き出せばいいのかなど検討もつかない筈だった。

 

 

しかし、どうしても小町小吉の背中が頭に思い浮かんでしまう。そのようなお手本を長年追い続けてきた自分ならば、彼がどのように組織を率いて束ねていくかを想像するのは難しくない。その考えと自分を重ね、言葉を発することもその気になれば可能だ。

 

 

だがそれだけではいけない。それでは小町小吉の模造品にすぎない。これから組織を率いていくのは『クーガ・リー』だ。自分自身だ。自らの意思を強くこめた言葉を仲間に伝えなければ意味をなさない。す

 

 

「エド、オレはあんたが今回やったことを許すことなんて絶対できないよ。いや、オレ(・ ・)がオレ(・ ・ ・)である(・ ・ ・)以上(・ ・)許しちゃいけないと思う」

 

 

その言葉がクーガの口から発せられた瞬間、何も言い返すことなくエドは穏やかな笑顔で深く頭を下げた。その様子はやはり、自らは報いを受けて当然の人間であると言わんばかりの何かを悟りきった表情だった。

 

 

「申し訳ありません。クーガさん、レナさん、皆さん。UーNASAの職員の皆さん。やっぱり僕みたいな偽善者が皆さんみたいな本当の善人と肩を並べて戦える訳なんてないですよね」

 

 

笑顔ではあるものの、どこか寂しさを醸し出す表情でエドは言葉を紡いでいく。

 

 

「僕みたいな『嘘つき(フェイカー)』がいたら組織の足並みを乱してしまいますよね。UーNASAが許しても、皆さんが許さないのであればどうか僕を『地球組』から脱退させて下さい。更に罰を皆さんが望むなら……僕は甘んじて受け入れます」

 

 

エドの言葉を聞いた後、クーガ、アズサ、ユーリの3人は彼との間に起こった話のすれ違いを理解した。自分達3人が述べた言葉を、エドはどうも悪い方向に曲解してしまったようだ。

 

 

無理もない。理由を述べず、どちらにも受け取れる言い方だった故に、エドが悪い方向に話を傾けてしまっても彼を責めることなどできやしない。むしろ落ち度はこちらにある。補足説明をしなければならないだろう。

 

 

「あー、ごほん。エド、あたくし達が言いたいのはそういうことでは」

 

 

アズサがその先の言葉を並べようとしたまさにその時、エドの細腕をぐわしと掴んで話を遮った者がいた。この者も、クーガ達の言葉を歪んだ方向に解釈してしまったようだ。

 

 

「たしかにしんじん(・ ・ ・ ・)はわるいことしたけどいいすぎだ」

 

安定のレナである。完全にエドと同様に、クーガ達の言葉を誤解してしまっているようだ。その上エドに肩入れしているのか、いつもと同様に無表情ながらもどことなく憤っている様子も見受けられる。

 

 

「レ、レナさん。お気持ちは嬉しいですけど今回の責任は僕にある訳ですし……」

 

 

エドは困り顔でレナをなだめた。彼自身にも非があるものの、命の危険を冒してまで任務を達成した功績を仲間である彼等が一切触れないことに腹を立てているようだ。レナの怒りは依然として収まる様子がない。それどころか、

 

 

「こんなそしき(・ ・ ・)にいられるか。わたしはきょうで『ちきゅうぐみ』をだったいするざんす。 そうときまればしんじん、わたしとかけおち(・ ・ ・ ・)するぞ」

 

 

「えっ!?レナさん!?」

 

 

頭に血が昇りすぎたせいか、自分でも意味がわかっていない言葉を口走る始末。

 

 

「レナちゃんそれ意味違うよ!」

 

 

「エド?ア、アナタいつレナに手、手、手を出して?ふ、不潔ですわ!」

 

 

「えぇいとめてくれるなー」

 

 

「え、ちょ、わ、わわ!レナさん!?」

 

唯香のツッコミとアズサの勘違い指摘を受けても尚、暴走機関車レナは止まらない。エドの腕をガッシリと掴んだかと思えば、そのままドアから飛び出して移動用のワゴン車へと乗り込みどこかへと走り去ってしまった。あっという間の出来事であったが故に、一同は全員ポカーンと口を開けて見送ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

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(チョウ)花琳(ファウリン)はひたすらカナダとアメリカの国境付近の森林の中を駆け抜けた。もうすぐだ。もうすぐで、自分が非常事態用に密かに設けた避難用スポットへと辿り着くことができる。

 

 

そこには脱出用の小型ジェット機と、何匹かの特殊(・ ・)兵隊(テラフォーマー)を備えてある。脱出に失敗したとしても、最悪形勢をひっくり返すことは可能だ。自らの大切な者の、ヴィクトリアウッドの意思を成し遂げるまでは決して倒れる訳にはいかない。

 

 

ハイヒールの踵を折って泥を踏み、身に付けたドレスを樹木の枝に引き裂かれつつも必死に自らの生きる意思を証明するかのように進む花琳(ファウリン)。しかし、その思考を一瞬にして停止させるには充分すぎるものが目の前の樹木に突き刺さった。

 

 

対テラフォーマー受電式スタン手裏剣

『レイン・ハード』

 

 

本来であれば、この装備は火星で任務に赴いている筈のアドルフ・ラインハルトの専用武器だ。しかし、もう1人だけこの武器を用いる者がいた。それはかつて自分が手駒の1人としてクーガ・リーに差し向けた者であり、小町小吉とアドルフ・ラインハルトの模倣に長けた者であった。しかし、その者は死んだ筈だ。少なくともそう知らされていた。

 

 

「ヨォ。久しぶりじゃあねぇか」

 

 

聞き覚えのある意地の悪そうな声の方向に振り向くと、そこには死んだ筈の『(みかど)恐哉(きょうや)』であろう者が立っていた。『(みかど)恐哉(きょうや)』であると断定できないのは、その人物が全身をロボットスーツで身を包んでいるからだ。

 

 

このスーツには見覚えがある。かつてアドルフ・ラインハルト、いやUーNASAのドイツ支局が生体工学と機械工学の専門研究所『B(バイオ&)M(メカニクス)A(アーゲンター)』との競合(コンペ)の際に争うことになった代物。

 

 

M(モザイク)O(オーガン)H(ハイブリット)スーツ』

 

 

M(モザイク)O(オーガン)を用いた動物細胞により得た合成細胞から強靭な肉体を作り上げ、機械と融合させた戦闘用パワードスーツの総称。『MO手術』とは異なり安定した戦力の確保を目的としたものなのだが、戦闘以外の側面からも両者は評価され、最終的には『MO手術』に敗れた兵器だ。今となってはお払い箱となっていた筈だがそれを何故、『(みかど)恐哉(きょうや)』であろう人物が身に纏っているのか。

 

 

「クーガ・リーに雷で丸焼きにされた後……オレはかろうじて一命をとりとめた。だが見てみろよ。機械の補助がないと生きていけねぇ体になっちまった」

 

 

「なるほどね。あなたは私達の中国(スポンサー)に回収されて本当のお人形さんにされちゃったって訳?」

 

 

花琳は軽口を叩きながらも帝恐哉の一言から事情を察した。恐らくではあるが、彼が身に付けている『M.O.Hスーツ』は彼の生命活動を維持する役割も担っているようだ。落雷により損傷した臓器の一部を補っているのだろう。そして何より、

 

 

「相ッ変わらず口の減らねぇ女だな……」

 

 

帝恐哉は自分の駒としてではなく、自分を殺す中国の駒として帰ってきたのだ。それを察するのはそう難しくない。本能的に危険を察知して花琳がとっさに横に飛んだ次の瞬間、

 

 

「シャア!!!」

 

 

案の定『M.O.Hスーツ』を纏った帝恐哉の鋭い一撃が花琳がつい一瞬前までいた場所に突き刺さる。やはり、帝恐哉がどんな理由であるにしろ中国側についたことに疑いはないようだ。

 

 

「お前の『特性(ベース)』は手駒(テラフォーマー)がいなけりゃ戦闘向けじゃねぇ!諦めな!!」

 

 

「あら?そうかしら?」

 

 

強気な姿勢を見せたものの、花琳の『エメラルドゴキブリバチ』が戦闘向きでないことに疑いはない。ならば手段は限られてくる。花琳は静かに、忍ばせていた注射機型の『薬』4本を首筋に突き刺した。

 

 

「テメェ……まさか!!」

 

 

帝恐哉が殴りかかった時には、『過剰接種(オーバートーズ)』により更なる肉体改造を終えた花琳が(はね)を広げて飛び去った後だった。

 

 

「生憎私はやることがあるの。じゃあね」

 

 

花琳は不敵な笑みを必死に作りつつ、苦しそうに呼吸を整えてそのまま飛行を続けた。内心、もう既に限界を迎えていた。逃避の為にトライアスロン並に体力を消耗した後に、肉体に大きく負担をかける『過剰接種』を行ってしまったのだ。体が悲鳴をあげない方がおかしい。彼女の視界は、肉体的・精神的に磨耗しきったせいで、焼き切れたフィルムのように激しく霞んでいた。

 

 

「……おい刺人(ツーレン)のおっさん。あのクソ女は仕留め損なったが発信機はつけといたぜ」

 

 

必死に生きようと飛び去る彼女の後ろ姿を嘲笑うかのように、帝恐哉は今回の任務に同行した中国暗殺部隊『(イン)』の隊長である刺人(ツーレン)と連絡をとった。

 

 

以前花琳の手下として動いていた時から、彼女のしたたかさは作戦内容を聞かされる度に痛感させられていた。今の自分が『オリエントスズメバチ』と『M.O.Hスーツ』の力を合わせ持とうが、取り逃がしてしまうことぐらい予想できていた。

 

 

『クク……上出来だ。確かな仕事ぶりなようだな』

 

 

帝恐哉は、客観的に自分の力量を捉えることができる男だった。故に、自らが確実に遂行できる任務のみを確実に遂行して小金を稼いできた。ただ、1度だけ自らの力量を見誤ってしまったことがあった。いや、任務遂行中に相手が大きく自分を越えてきたと言うべきか。

 

 

「任務が成功した時の報酬は覚えてんだろうな」

 

 

『ああ、覚えているとも』

 

 

精神面(メンタル)を揺さぶる為に相手を必要以上に散々煽った結果、それが相手を逆に強くしてしまった。自らをこのような機械仕掛けの体にしたあの兵士(・ ・)

 

 

「クーガ・リーに復讐(リベンジ)させて貰うぜ……きっちりとなぁ……!!」

 

 

クーガ・リーに復讐したい。その一心だけで中国政府の駒にも喜んでなった。クーガによってズタズタにされた体と、誇り(プライド)にもう1度息を吹き込むには彼との再戦を避けて通ることは不可能だ。

 

 

それに、今の自分の力量であればクーガを下すことは恐らく訳ない。今度こそ確実に仕留めることができるだろう。

 

 

小町小吉の『武神(オオスズメバチ)』とアドルフ・ラインハルトの『闇を裂く雷神(デ ン キ ウ ナ ギ)』の力を併せ持つ自身の『オリエントスズメバチ』の特性と、『M(モザイク) O(オーガン) H(ハイブリッド)スーツ』の力をもってすれば敗ける道理などない。

 

 

 

 

 

 

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レナがエドを連れてこの場を去った後、場は騒然としていた。アズサはレナを連れ去られてパニックになり、そのアズサを唯香が手を握って必死に落ち着かせる。ユーリは先行きの不安を感じたのか、早速瓦解しかけている組織に溜め息をついていた。

 

 

「さてと。どうすんだ隊長さん。早速組織が崩壊しちまったみたいだけど?」

 

そんな様子を見守っていた七星の部下である染谷は、クーガににやけ顔で尋ねた。この若きリーダーは確かに人が不思議と寄り付くという点では、小町小吉とどことなく似た雰囲気を持っているしかし、リーダーとしてはかなり未熟だ。単純に小町小吉を真似ただけでは、色物揃いの『地球組』を束ねることはできないだろう。

 

 

かといって、ミッシェル・K・デイヴス達のような他の幹部(オフィサー)のような才覚やカリスマ性をこの青年が持ち合わせているようには見えない。彼のリーダーとしてのお手並み拝見といったところか。

 

 

「あっちゃ……小吉さん達みてぇに上手くはいかねぇよな、そりゃ。もうちょい分かりやすい言い方にしとくべきだったな」

 

 

クーガは自分の未熟さを痛感したかのように、深く息を吐いてドアノブに手をかけた。当然、エドとレナを連れ戻しにいくつもりだろう。

 

 

そんな矢先のこと、短期間とはいえ『地球組』の臨時指揮官を務めていた七星の口から思わぬ一言が飛び出した。

 

 

「本当に彼等を連れ戻しに行く必要はあるのか?」

 

 

その一言に、一同は耳を疑った。七星の部下である染谷と日向でさえもだ。そんな風に動揺する彼等をよそに、 七星は言葉を続けた。

 

 

「『エドワード・ルチフェロ』は君すら凌ぐ圧倒的な『特性(ちから)』を持っているが迂闊に信用できない。『美月レナ』は感情的になりやすい傾向があり戦力としての価値はともかく戦術的価値はやや低い」

 

 

「ごめんあそばせ。貴方が一体何が言いたいのかあたくしにはさっぱり伝わりませんわ。まさかレナが無能だとでも言いたくって?」

 

 

先程までレナがいなくなったことで狼狽えていたアズサは、まるで剣先のような鋭い視線と鋭い物言いで七星に尋ねた。七星の言い方だと、まるでレナが無能であるようにしか聞こえなかったからだ。

 

 

「無能とまでは言わないが……君達3人だけでも充分『地球組』は充分務まるとでも言っておこう。戦力的な問題は心配しなくていい。用意した新装備さえあれば君達の戦力は大幅に向上する。2人ぐらいの欠員など気にならない程にな」

 

 

「な……」

 

 

七星からのドライな言葉に、アズサは言葉を失った。指揮官の任を解かれたからといって、七星が道徳的な配慮に欠けることを言う人物でないことを知っていたからだ。だからこそ、彼の台詞の意図が読み取ることができなかった。更にそんなアズサに構わず、七星は彼らしくもない乾いた言葉を続けた。

 

 

「クーガ・リー。それでも君は行くのか?幼い頃から戦場を駆けてきた君ならわかっている筈だ。『エドワード・ルチフェロ』のような人物に背中を預けることがいかに危険か。『美月レナ』のように感情的に動く人物がいかに仲間を危険に晒すか。それを承知で彼等を引き留めにいくなら俺は君にこれ以上何も言うまい」

 

 

クーガは七星に問われた後、何か思うところがあったのか一瞬の間を挟んでそっと口を開いた。

 

 

「必要なんだ。エドもレナも。詳しいことはあいつら連れ戻してきた後に話すよ」

 

 

「……そうか」

 

 

クーガから返ってきた、飾り気がなくシンプルな答えに七星はどこか満足そうに微笑む。そして、威勢よく肩をポンと叩いた。まるで弟を送り出す兄のような、温もりすら見る者に感じさせた。それを見た瞬間、その場にいた全員が先程の七星の言葉の意図を各々理解し始めていた。

 

 

「行ってこい。君に必要な者を取り戻してこい」

 

 

「ああ。勿論さ」

 

 

「あー……ゴホン。それじゃ七星さんの御言葉も頂いたところで隊長さん。各種新装備と重要機器は全員揃ってから渡すとして、こいつは先に贈呈しとくとしようか。データじゃ大型2輪の免許取得済みってなってるから問題なさそうだし」

 

そう言うと、七星の部下である日向が車のキーのようなものをクーガに放り投げた。

 

 

「……ん?なんだこりゃ?」

 

 

「きっと驚くぜ。隊長さんがバイクレーサーのチャンピオン『天城ほたる』の息子さんで『MO手術者』って事情がなきゃ絶対乗せる訳にはいかない化け物マシンだからな」

 

 

クーガがキャッチした鍵を訝しげに眺めていると、染谷は悪戯気味にニヤニヤと笑みを浮かべて彼をそのコンテナに収容されたマシン(・ ・ ・ ・)の元へと案内した。

 

 

 

 

 

 

 

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─────────

 

 

 

「ぷんすこぷんすこー」

 

 

レナは、エドを乗せたワゴンで山道を走っていた。助手席に座ったエドは、相変わらず俯いている。

 

 

「どうしたしんじん(・ ・ ・ ・)。わたしとのかけおち(・ ・ ・ ・)がふまんか?」

 

 

「え、えーっと……」

 

 

エドは困り顔でポリポリと頭を掻いた。どうもレナには調子を狂わせられる。自分の唯一無二の友人である、『ジョセフ・G・ニュートン』とどっこいどっこいの独特の性格をしていると言えるだろう。

 

 

「くーが たちのことなんてきにしなくていいからな。うそんこ(・ ・ ・ ・)はいけないけど、おまえはよくがんばったぞ。ほんとーだぞ」

 

 

「……クーガさん達の言い分は最もですよ。『敵を欺くならまず味方から』なんて言葉がありますけど、僕が味方だったら自分を騙すような味方に背中は預けられない。そして僕は……善人に憧れる悪人に過ぎない。ここまで材料が揃ってたらアズサさんやユーリさんが僕を信じられないのは当然です」

 

 

「あくにん?なんかしたのか?」

 

 

レナからの問いに、あれだけ敵の前では饒舌さを発揮していたエドは言葉に詰まった。一瞬だけ表情に陰りを見せた後、口を開いた。

 

「ええ。たくさんしました。多分レナさんが思い付く限りの悪いことは全部をやりました。それでもレナさんは僕のことを信じてくれますか?戦場で僕に背中を最後まで預けられますか?」

 

まるで懺悔するように自らの罪の意識の断片を吐き出すエドを見て、レナは車両を道路脇に停止させた。そして、しっかり相手を見据えてこう告げた。

 

 

「しんじるぞ。なかま(・ ・ ・)だからな」

 

 

エドは、真っ直ぐな瞳と言葉で自らに向かってハッキリそう言い切ったレナに少なからず驚かされた。自らは他人を欺く癖に、他人の嘘には鈍感な自分だからこそ見抜けないだけかもしれないかもしれないが、レナが嘘をついてるように見えなかった。

 

「……そこまでわかっていてまだ僕のことを仲間って言ってくれるんですか?」

 

 

「しんじる、ってやくそくしただろ」

 

 

確かにエドはレナに「最後まで信じてくれますか」と尋ね、レナはそれに対して信じる、と応答した。 だが本当にそれだけだ。

 

 

「たったそれだけ、ですか?」

 

 

「そーだ」

 

 

レナは本当にそれだけの理由で、自らのことを仲間と思ってくれている。どこか申し訳ない気持ちもあるが、同時に心の底から嬉しく、笑みもこぼれた。

 

 

「……ありがとうございます、レナさん」

 

 

「ちょっとまてぃ」

 

 

レナは何かを思い出したのか、まるで江戸っ子のように言葉を区切った後、車を完全に停止させてシートベルトを外した後、エドにずいっと顔を近付けた。

 

 

「レ、レナさん!?」

 

 

しんじん(・ ・ ・ ・)。さくせんのとき たくさんうそをついたんだよな?」

 

 

「ええ。お伝えした通り……」

 

 

「わたしのことを『かわいい』っていってたな。あれもうそんこ(・ ・ ・ ・)か?」

 

 

エドの脳裏で、作戦決行時の記憶がフラッシュバックした。確かにエドは、レナを無茶させない為にかわいいなどと甘い言葉を囁いただけに留まらず、膝をついて手を握るなどといったキザな行動すらした記憶がある。

 

 

「じっさいのとこどーなんじゃ?」

 

 

「レッレナさんまずいですって!!」

 

 

レナはもっと間近で自分の顔を品定めしろと言わんばかりに、座席に座るエドの膝の上に座った。しかも互いに向かい合わせとなる形で。レナは男女の関係に恐ろしい程に疎い為に気付かなかったが、ハッキリ言うと傍から見ると男女のカップルがわざわざ車を道路脇に寄せて、車内でメイクラブしてるようにしか見えない訳だ。

 

 

「ごまかすなしんじん(・ ・ ・ ・)。めがねかけてなくてもかおはみえるんだろ?()()()()()

 

 

何時(い つ)までも返答しない相手にじれったくなったのか、レナはゆさゆさとエドの体を揺すった。レナの怪力のせいで、傍から見たらただでさえいかがわしい絵面の車両だったにも関わらず、完全に車内で公序良俗に反する性的な行為をしている男女にしか見えなくなってしまった。

 

 

「わかりました言いますから!車体をギシギシさせるのはやめて下さい!色々まずいです!」

 

 

「うむ」

 

 

「レナさんは可愛いですよ。僕が見てきた女性の中でもダントツです」

 

 

エドは女性に対して無意識に作るキラースマイルをレナに向け、にこやかに微笑んだ。額縁に入れたくなるような柔らかで、とても 心地よい笑みだった。それを見たレナはと言うと、表情1つ変えることなくエドの膝の上から運転席へと戻ると、エドの肩をポンと叩いて口を開いた。

 

 

「じゃあやっぱりしんじん(・ ・ ・ ・)はなかまだ」

 

 

相手の返答に満足したのか、レナは親指を立ててサムズアップを作りエドに向けた。どうやら、その1点のみが気になっていたようで、後は彼の良い点と悪い点を共に考慮した上でもエドのことを仲間として認めていたようだ。『かわいい』という一言が嘘であった場合はどうなっていたかわからないが。

 

 

「……レナさんは不思議な方ですね」

 

 

「ん?なんじゃ?」

 

 

「フフ。何でもありません」

 

「ちがう。しんじん(・ ・ ・ ・)のことじゃない。なんか(・ ・ ・)くる」

 

 

「え?……確かに何か(・ ・)近付いてきてますね」

 

 

レナに言われて耳を傾けてみると、遠くから鋭いモーター音が響いてきた。その音は秒を刻むごとに大きさが膨らんでいく。こちらに向かって恐ろしい程のスピードで接近してきているのだろう。そして、数秒も経たないうちに音の正体はレナとエドの前に現れ、激しく地面を引っ掻いて停止した。その正体は黒い大型バイク。それに跨がっているのは、クーガ・リー。

 

 

「よっ、エド」

 

 

「クーガさん……」

 

 

よっぽど急いで運転してきたのか、ヘルメットすら被っていなかった。恐らく、レナだけ(・ ・)を連れ戻しにきたのだろう。多大な迷惑をかけた上に、信用のできない自分などクーガからしてみれば無用だろうから。

 

 

「連れ戻しにきたぜ。2人とも(・ ・ ・ ・)、一旦戻って話を聞いてくれねーか?」

 

 

そんなエドの予想に反して、クーガはエドとレナ、両者を連れ戻しにきたのだった。

 

 

「……何故ですか?レナさんはともかく僕はもう『地球組』に必要のない人材の筈です」

 

 

エドは自嘲気味に自らに嫌気が差したかのように苦い笑顔を見せた後、続けざまに想いを吐き出す。

 

 

「クーガさん、貴方や皆さんを欺いたこの嘘つきを信じることができますか?……言っておきますが僕は生まれてから何度も他人を騙して、油断させておいて後ろから刺したことなんて何度もあります」

 

 

エドの口から出た言葉は、もしクーガがエドのことを僅かにでも疑っているならば、その心をグラつかせるには十分すぎる材料だった。 仲間だと偽って殺した。 真偽はともかくそんな不安材料が出てしまえば、クーガも自分を仲間として到底受け入ることはできないだろう。

 

 

そう踏んでいたエドの予想は、クーガのたった一言で覆されることになった。

 

 

「オレは信じるよ。アンタを信じる」

 

 

その言葉に、エドは自らの耳を疑った。思わず、今何と言いました、と聞き返すも答えは同じく「信じる」という言葉だった。クーガの言葉には、先程のレナの言葉と同じく真っ直ぐな意思がこもっていた。とても嘘には聞こえない。

 

 

「……何故僕を信じることができるんですか?得体の知れない僕を何故……」

 

 

エドにな問わずにいられなかった。自分で言うのもなんだが、 ただでさえ信用できない人間である自分を何故知り合って日の浅いクーガが信じることができるのか。疑問は強まる一方だ。そんなエドの疑問を吹き飛ばすかのように、クーガはあっけからんに口を開いた。

 

 

「決まってんだろ。アンタも同じように得体の知れないオレを信じてくれたからさ」

 

 

「……同じように?」

 

 

「忘れたとは言わせねーよ。シュバルツがUーNASAに攻めてきた時オレに任せてくれただろ?」

 

 

クーガは覚えていた。シュバルツが花琳の元から離れてUーNASAに襲撃した時、エドはほぼ面識のない自分を信じてシュバルツの単独での迎撃に賛成してくれたことを。それがどれだけ嬉しかったことか。

 

 

 

 

 

 

 

「だからオレは信じる。世界で一番嘘が上手いかもしれないアンタを信じるよ」

 

 

 

 

 

 

 

クーガが放ったその言葉はエドの胸に深く、そして熱く突き刺さった。彼と共に、クーガと共に戦っていきたいという想いが、今更芽生えてしまう程に。

 

 

「……クーガさん、ありがとうございます。できることなら貴方に背中を預けて戦いたかった。友達(ジョセフ)の助けになる為に、地球で暴れる輩を一緒にこらしめてやりたかったです」

 

 

エドは無理に笑顔を作り、言葉を続けた。

 

 

「クーガさんがそう言ってくれても……ユーリさんとアズサさんのことを考えると戻る訳にはいきません。誠実に任務に取り組む彼等の邪魔を僕がしちゃいけないと思うんです、絶対に」

 

 

「あー……エド、そのことなんだけどさ、多分勘違いしてる」

 

 

「……え?」

 

 

「とにかく一旦戻って話を聞いてくれねぇか!頼む!オレの言い方が悪かった!」

 

 

「えっ?えっ?」

 

 

クーガは申し訳なさそうに顔を歪ませ、掌を合わせてエドに頼み込んだ。それを見たエドの心情はグラリと揺らぐ。クーガの言う勘違いの正体も気になる上に、これ以上クーガに頭を下げさせる訳にもいかないからだ。

 

 

「頭を上げて下さいクーガさん!お話をお聞きしますから!」

 

 

第4支部に戻って話を聞いてくれることに承諾してくれたエドに侘びれば、今度はクーガはレナに向き直った。レナは相変わらず表情を顔に出してこそいないが、エドに対するクーガの言葉に何かを感じたのか、既に第4支部に引き返す準備をしていた。

 

 

「レナ、正直オレの言い方も言葉足らずだったし」

 

 

「ごめんくーが」

 

 

「……ん?」

 

 

「くーが がしんじん(・ ・ ・ ・)をゆるせない、っていったのはべつのりゆうだよな。うたがってごめん」

 

 

レナは俯いてクーガにポツリと侘びた。自分は言葉の真意を見抜けず、1人で先走ってしまった。自分やアズサが裏切った時ですら、自分達を責めなかったクーガが任務を達成する為に多少の命令違反をしたエドを責める筈もないのに。今回ばかりは責められても仕方ない。そんな風に俯いてるレナの頭に、クーガは手をポンと置いた。

 

 

「オレの言い方が悪かっただけだってのに何でお前がヘコんでんだよ。謎キャラかつパワー全振りな脳筋なのがお前のいいとこじゃねぇのかよ?」

 

 

「……だれがのうきん(・ ・ ・ ・)だおっぱいせいじん」

 

 

「こんな大自然の中で人の性癖暴露すんな!」

 

「フフフ……」

 

 

2人のやりとりを見守っていたエドは、つい笑顔をこぼした。憎まれ口を叩いたレナも、どこか嬉しそうだった。このリーダーは、自分達の長所と短所を全部引っくるめて必要としてくれている。そんな気がしたから。

 

 

「何笑ってんだよお前ら?」

 

「べつになんでもないぞや、むほほ」

 

「フフ。戻りましょうか、クーガさん。皆さん待ちくたびれてますよ、きっと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「惑星間通信装置『TERRA_FOR_MARS』……ですか?」

 

 

「ええ、そうです。15分程のタイムラグがある上に精度もさほど良くないが……ジャミングされる心配だけはない。万が一の命綱です。クーガ・リーと小町小吉を繋げる為のホットラインになるでしょう」

 

 

唯香は、レナがかけおち(・ ・ ・ ・)したと思い込みしくしく泣いてるアズサの頭を撫でながら七星から重要精密機器の説明を受けていた。惑星間通信装置『TERRA_FOR_MARS』。何らかの形で起こるかもしれない通信障害(・ ・ ・ ・)を見越しての極秘機器。

 

 

トラブルを見越しているとは言っているものの、恐らく地球、ないしは火星で起こる裏切りを見越してのことだろう。

 

 

「あの……そんな大事なものを何故クーガ君に?」

 

 

組織全体から見れば一介の戦闘員にすぎないクーガにそのような重要なものを託す理由が、唯香には理解できなかった。情報の漏洩等の観点から見れば、非常に危険な賭けではないだろうか。そう疑問に思っていると、染谷と日向が交互に口を開いた。

 

 

「最もクリーンな関係に賭けたまでのことっすよ。あまり大声では言えないんですけど、UーNASAに心から信用できる人間は少なくて。上層部で不穏な動きがありましてね……あ、これオフレコで」

 

 

「因みに隊長さん(ク ー ガ)の血圧とか脈拍数……つまりバイタルサインを感知してる間しか起動できないし、本人の声にしか反応しないようになってます。とにかくセキュリティガッチガチにして情報から生じるあらゆるリスクに対応できるようにしてますヨ」

 

 

もっとも、それでも危険な賭けですけどね、と染谷は付け加えた。思わず、慎重な性格のユーリは疑問を投げた。

 

 

「……そこまでしてそれを(クーガ)に託す理由は?」

 

「彼なら正しいことに使ってくれそうだから、なんていう返答ではいけないかな?」

 

 

ユーリは七星の言葉に少なからず驚いた。七星が告げた理由は倫理的ではあったが、論理的ではなかったからだ。だが、嫌いな答えではなかった。自分もまた同様に、クーガの人柄を信じているから。

 

 

「正しい判断だと思います、蛭間元司令」

 

 

「ふふ、君の()(すみ)()きなら自信を持ってもよさそうだな」

 

 

()(すみ)()きだろうがたこ()きだろうが関係ありませんわ!レナは!?レナはまだ戻りませんの!?」

 

 

七星とユーリは、レナが行方を眩ませたばかりに柄にもなく取り乱すアズサを見て同時に溜め息を吐く。それと同時に七星は、アズサとレナの為に用意した専用装備について思い返す。やはり、彼女た達の装備はああして正解だった。余計なお節介かもしれないが、アズサは特に戦闘面でも日常面でもレナに依存しているように見えたから。

 

 

おすみつき(・ ・ ・ ・ ・)ってなんだ。おこのみやき(・ ・ ・ ・ ・ ・)のなかまか?」

 

 

そんな風に思いを巡らせていた矢先、後ろからそんなトンチンカンな答えが玄関先から響いてきた。クルリと一同が振り向くと、そこにはクーガ、トンチンカンな回答をした声の主であるレナ、そしてエドが立っていた。

 

「2人ともばっちり連れ戻してき」

 

 

得意気な顔でレナとエドを連れ戻してきたことを知らせようとしたクーガの横を、音速を越えたスピードで何かが通り過ぎた。アズサだ。一直線にレナの元へと駆け寄り、包容する。

 

 

「レナ!!無事でして!?怪我はなくって!?」

 

 

「だいじょーぶだぞ、へーきだぞ?」

 

 

「ほっ……それはよかったですわ……」

 

 

相手が無事なことに胸を撫で下ろすアズサ。そこまでは過保護だが妹想いの姉……だったのだが。

 

 

「このお馬鹿!お馬鹿!もし何かあったらお父様に顔向けできなくってよ!?それに殿方と2人でか、か、かけおちなんて許せませんわ!!

お姉ちゃんビンタお姉ちゃんビンタお姉ちゃんビンタお姉ちゃんビンタお姉ちゃんビンタお姉ちゃんビンタお姉ちゃんビンタお姉ちゃんビンタお姉ちゃんビンタお姉ちゃんビンタお姉ちゃんビンタお姉ちゃんビンタお姉ちゃんビンタお姉ちゃんビンタお姉ちゃんビンタお姉ちゃんビンタお姉ちゃんビンタお姉ちゃんビンタ!!!!」

 

 

アズサの嵐のごときビンタがレナの顔面を襲う!!

 

 

「ぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふん」

 

 

「怪我してる怪我してる!!現在進行形で怪我してる!!怪我の元凶お前!!!!落ち着けアズあぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ」

 

 

慌ててクーガが止めに入るも、ビンタの嵐に巻き込まれる。ようやくアズサが我に返って動きを止めた時にはレナの頬は大きく腫れており、クーガに関しては中性的な顔立ちが総崩れになる程に顔面全体が腫れ上がっていた。

 

 

「ほっぺがぱんぱんまん」

 

 

「ぎえええ!レナの顔にアンパン2つ!」

 

 

「前が見えねェ」

 

 

「ひあっ!?クーガ君大丈夫!?」

 

 

自分でやらかしておいてパンパンに頬が膨れ上がったレナに驚愕するアズサ、顔面が原型を留めない程にパンパン膨れ上がったクーガを心配する唯香、それを見て先ほどよりも深い溜め息を吐くユーリ。それを見ていたエドの口元は自然にほどけていく。

 

 

「フフフ……アハハ!!」

 

 

そして、ついつい自然に笑顔が溢れ出した。自分のせいで『地球組』全体に不信感を生んでしまった、という背徳感のせいで曇っていた先ほどの表情が嘘だったかのように。そんな風に微笑むエドに全員の視線が集まったことにエド本人は気付きハッとした表情を見せた。

 

 

「あ……すみません。僕のせいでトラブルが起きてしまったのに笑ってしまって……」

 

 

我に返って再び表情を曇らせるエドを見て、クーガは口元を緩めた後彼の肩を叩いて口を開いた。

 

 

「そろそろアンタがしてた勘違いの正体について説明するよ、エド」

 

 

 

 

 

 

 

 

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先ほどのドタバタ劇が嘘だったかのように、『地球組』の面々はクーガの話を傾聴しようとしていた。七星と部下2人もそれを聞き漏らさんとばかりに耳を傾けている。

 

 

「エド、十中八九オレとアズサ、そんでユーリが今回の任務でアンタがしでかした『命令違反』とそこからオマケでついてくるゴタゴタ(・ ・ ・ ・)について批難してるって思い込んでるんじゃねぇか?レナもそう思ってたんだよな?」

 

 

「……その件じゃ、ないんですか」

 

 

レナは無言で頷き、エドは意外そうな声を上げた。染谷と日向もキョトンとした表情でその言葉を受け止めた。彼等3人が言っていた『エドワード・ルチフェロの許せない点』とは彼自身が冒した『命令違反』からくる不利益や、他の『地球組』の面々までをも欺いたことにより生じる組織としての不信感を除いて何があるのだろうか。

 

 

「なんかユーリの話だと相当危なかったらしいじゃねぇか。船はいつ爆発してもおかしくなかったって聞いてるぜ。下手すりゃ船ごと木っ端微塵だったんだろ?」

 

 

「……ええ。確かにそうです」

 

 

そこ(・ ・)だよ。オレとアズサ、そんでユーリが許せない、って言ったのは。だよな、2人とも?」

 

 

「ああ、間違いない。言い方が悪かったせいで誤解を生んでしまったようだな。すまない」

 

 

「……間違いなくってよ。(そもそも1度クーガを裏切ったあたくしが)(他人の命令違反にいちゃもんつけ)(られる訳ありませんわ)

 

 

アズサとユーリに問いかけると、特に異論もなしと言わんばかりに2名ともコクリと頷いた。それを聞いて、レナは気付いたのかハッとした表情を見せる。どうやらクーガ達の言葉の真意に気付いたようだ。しかし、エドの中ではますます謎がいたずらに肥大化するばかりだった。

 

 

「えっと……つまりそれは」

 

 

「オレやアズサ、ユーリが許せないって言ったのはアンタが自身の『命』を危険に晒したからだ」

 

 

予想もしなかった返答に、エドの思考は比喩でもなんでもなく一瞬停止した。そんなエドにクーガは更に言葉をかける。

 

 

「任務を達成してくれたことに対する感謝は変わらない。でも……単独で1000人の中に潜り込んで殲滅するなんて方法は危険すぎる。勿論アンタが疲弊したオレ達を気遣ってくれたことも、(ファウ)(リン)を捕まえる為に色々手を回してくれたことも全部わかってる。その上で言わせてくれ」

 

 

クーガはエドをしっかりと見据えた後、ありったけの熱を言葉にこめ、それを放った。

 

 

「オレ達は仲間(・ ・)だ。1つの(むれ)だ。少しでも危ないと思ったら頼ってくれ。オレには唯香さんにアズサにレナ、ユーリ、そしてアンタの力が必要なんだ。これ以上(・ ・ ・ ・)誰も失いたくない」

 

 

エドはようやく、クーガ達の真意を理解した。この男は、知り合ったばかりの自らのことを仲間(・ ・)として大切に想い必要としてくれていたのだ。だからこそ必要以上の危険を冒した自分の行いを咎めたのだ。決して、自らが任務達成の為に行った命令違反やそこから生じる不信感を咎めていた訳ではない。それをエドが理解したその時だった。

 

 

「オレ、正直なところ不安だったんだ」

 

 

先程のまるで炎のように熱のこもった言葉が嘘だったかのように、弱々しい独白がクーガの胸中からこぼれだした。しかし、『地球組』の面々はそんな弱々しい様子のリーダーを特に蔑む様子もなく、静かに彼の話に聞き入った。

 

 

「小吉さんやアドルフ兄ちゃん、そんで初めてできた膝丸燈(と も だ ち)や『アネックス』の仲間達の帰ってくるこの場所を……霊長類(オ レ た ち)地球(ふるさと)を守れるのかなって不安で不安で堪らなかった。

 

……100人いた筈の仲間が90人以上死んじまったしな。あん時は不安で不安で仕方なかったよ。オレ達は何と戦ってるんだろう、って。本当にこいつらに勝てるのかって」

 

 

クーガが今まで溜め込んできた″弱さ″が爆発する。あまりにも人間として当たり前の感情が1度溢れだすと止まらない。

 

 

「事実そうだ。オレは体こそ強くなったけど、心はまだ臆病だったり弱いところが残ってる。こんなんじゃいつかはやられんのは目に見えてる。今だって正直恐いさ。死ぬのが恐い」

 

 

止まらない。独りで抱え込むには、この不安はあまりにも大きすぎる代物だった。

 

 

「でもオレには仲間がいる」

 

 

しかし、独りではない。自らの周りには時に刃を交え、背中を合わせつつ認め合ってきた仲間がいる。

 

 

「オレより速い奴がいる」

 

 

″アズサ・S・サンシャイン″がいる。

 

 

「オレより力が強い奴がいる」

 

 

″美月レナ″がいる。

 

 

「オレより狙い(・ ・)が上手い奴がいる」

 

 

″ユーリ・レヴァテイン″がいる。

 

 

「オレより嘘が上手い奴がいる」

 

 

″エドワード・ルチフェロ″だって新たに加わった。

 

 

「そんで……オレより賢くて優しい人だっている」

 

 

″桜唯香″が常に側にいてくれた。

 

 

「それに何よりオレの中には……母さんと」

 

 

そして自分の中に流れる勇敢な2人の人間の血が、クーガの心に勇気の炎を再び灯す。それを確かめるように自らの胸に手を当てれば、心臓は絶え間なく鼓動し、元バイクレース世界チャンピオンであった『天城ほたる』の血を静かにだが、確かに全身へと循環させていた。

 

 

親父(ゴッド・リー)の熱い血が流れてる」

 

 

そして何より、自らに特性(ちから)を遺してくれた『ゴッド・リー』の血が熱くたぎるのも感じた。

 

 

「これだけ揃ってて地球を荒らすクソムシ(・ ・ ・ ・)共に負ける筈がねぇ。それにオレ達はただの組織じゃない」

 

 

これだけ備わっているのであれば、有象無象の烏合の衆に負ける道理などある筈もない。そして自分達はただの組織ではない。恩人である『小町小吉』の言葉を借りるのであれば。

 

 

(むれ)だ。刺し殺すような強い怒りを共に(たぎ)らす事の出来る()たちは血よりも固い(きずな)で結ばれた″(むれ)″だ」

 

 

(むれ)”。『アネックス』の100人と同じく、志を同じくする100人の(むれ)。恩人から借りた言葉で、仲間達と自分自身の士気を昂らせる。しかしここで言葉を終わらせては小町小吉の言葉を借りただけに過ぎない。

 

 

「ただしオレ達は熱い血がながれる人間だ。痛覚のない冷たい昆虫じゃない。痛みを感じれば体は()を流すし、誰かを失えば心は(なみだ)を流す」

 

 

紡ぐ。幼い頃から死と隣り合わせの生活を余儀なくされ、心に弱さを抱えたまま育ってきた自分自身の言葉で。

 

 

「一緒に地獄みたいな戦場で戦ってくれ。だけど絶対に死ぬな(・ ・ ・ ・ ・ ・)。なんていきなり無茶苦茶な命令を早速出しちまうような隊長(リーダー)だけど……みんな着いてきてくれるか?」

 

 

自らの弱さをどこか恥じるようには紡ぎ出した言葉は、確かに(むれ)の長としてはどこか弱々しく、どこか頼りなく聞こえてしまうような代物だった。だが、飾り気がなく自らの弱みをありのままに晒したその言葉は、真っ直ぐに仲間達の心に突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

最初から答えなど決まっていた。1度は裏切り、傷つけた自分自身を仲間と呼び必要としてくれた。そんな彼を見捨てれば、自分は父親に顔向けできないばかりか一生胸を張って今後の人生を気高く歩んでいけないだろう。

 

「クーガ、あたくしの『速さ』貴方に預けますわ」

 

 

アズサ・S・サンシャシインは、まだ傷が癒えていないのか包帯を巻いたクーガの手を取り、その上から自らの手を重ねた。自らの(ちから)は、彼の為にある。

 

 

 

 

 

そんな姉の姿に呼応するように、また1人の仲間が上から手を重ねた。1度裏切った自分と姉を守ってくれただけでなく、彼の真意を見抜けなかった愚かな自分でも彼は必要としてくれた。ならば、それに応えるべく今度は自分が彼を守る番だ。

 

 

「くーがのためなら『ばかぢから』でどんなものでもぶっこわしてやる」

 

 

美月レナは決意した。彼によって救われたこの力を彼の為に奮うことを。彼の障害となるあらゆるモノを破壊しようと。

 

 

 

 

 

そんな彼女達の後から、銀髪を揺らして寡黙な射手が手を重ねた。貝のように殻に閉じ籠って人を信じることを避けていた自らに、再び人を信じるきっかけをくれた。そんな彼と歩んでいけば、人に対する信頼への答えが見つかる気がした。

 

 

「君が命じれば私はどんなモノでも『狙い撃つ』」

 

 

ユーリ・レヴァテインは引き金を引く相手と、誰が為に引くかをじっくりと吟味する。クーガには、彼と彼の目標の為に、彼の(ターゲット)に引き金を引かせるだけの価値は間違いなくあった。

 

 

 

 

そして、この場で最も信用ならない筈の最強の男も手を置いた。誰よりも咎められるべき自らを咎めずにそれどころか信じると言ってくれた、この身を案じてくれたクーガとその仲間達と共に戦場を駆けることを誓った。

 

 

「貴方が僕を必要としてくれているから……信じてくれているから。僕は何だって『騙して』みせます」

 

 

エドワード・ルチフェロは微笑みながら、静かに決意する。世界で最も嘘が達者な自分が、自分なりの方法で彼等の信頼に応えてみせようと。

 

 

 

 

 

最後に、小さな手が彼等の手の上に重なった。最も非力だが、最も優しい彼女は常にクーガを支えてきた。死を恐れるクーガと、生を慈しむ彼女。命を重んじる者同士の2人の間では、所謂”愛”という感情が芽生えていた。

 

 

「私はね、クーガ君。小さい頃から死と隣合わせの毎日を送ってきて、殺すことに慣れてしまって命に対して無頓着になってもおかしくないのに、それでも命を大切にできる君が大好きです。だからね、ずっと君の側にいるよ」

 

 

桜唯香ははにかんだ。そして約束した。これからも今までと同じ様に、彼に寄り添うことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……唯香さん、それクーガに対する告白ですの?」

 

 

「ふえっ!?」

 

 

「ブッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

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──────────

 

 

 

 

クーガと唯香を『地球組』の面々が冷やかしている最中、七星と部下2人は外に出て空を仰ぎ見た。染谷は、大きく背伸びした後にそのうち口を開いた。

 

 

「……ああいう(・ ・ ・ ・)タイプ(・ ・ ・)のリーダーもいるんすね」

 

 

「驚いたか?」

 

 

「ええ。リーダーってのは大抵強さ(・ ・)を掲げるもんじゃないすか。それこそ『アネックス』の幹部(オフィサー)達みたいに」

 

 

組織におけるリーダーとは優れた者が着任し、その者固有の強さ(・ ・)を掲げることにより『組織』を率いていくものであることが一般的だ。しかし、クーガはそうじゃなかった。

 

 

「でも隊長さんって自分の弱さ(・ ・)を何もかも晒して信頼を集めてたじゃないすか。ああいうタイプのリーダーってケッコーレアっすよね」

 

 

クーガはリーダーとして隠すべき人として弱い部分を晒けだしていた。本人は恐らく意識していなかっただろうが、人に弱さを晒す行為はとても勇気がいる行為だ。しかし、それと同時に相手に対する信頼を示す行為でもあるのだ。そのように信頼を示した上で「お前達の力が必要だ」と言われたのであれば、相手も悪い気はしないだろう。

 

 

結果、それが功を奏して組織を一気にまとめあげたのだから。

 

 

「クーガ・リーには『アネックス』の幹部達のような強さ(・ ・)などない。彼にあるのは弱さ(・ ・)だけだ。だが、それは強さ(・ ・)にもなり得る弱さ(・ ・)だ」

 

 

「身体は強くなってんのに心は弱かった頃のまんま、か。彼の人間としての性格が単純な戦力としてだけじゃなくてリーダーとしても役に立つとは思いませんでしたよ。流石に七星さんとお兄さんが見立てただけありますね」

 

 

日向は感心したように頷くと、ふとあることを思い出した。

 

 

「……『地球組』の面子煽ったのは隊長(クーガ)さんの真意を確かめる為だけですか?」

 

 

昼間、『地球組』のメンバーのことを悪く言いわざとクーガの真意を聞き出したように見えた。決意を聞き出し意思を固めさせ、彼の背中を押した七星の不器用な愛情を感じた。しかし、なんとなくそれだけではない気がしたのだ。

 

 

「子が親から学ぶように、親も子から学ぶ。なら師が弟子から学ぶように、弟子も師から得るものがあるはずだ」

 

 

そう言うと七星は懐から超小型のボイスレコーダーを取り出した。この時点で染谷と日向はギョッとしたのだが、それを惑星間通信装置『TERRA_FOR_MARS』のメンテナンス用の端子と小型プラグを連結させた時点で目が500円玉大に膨れ上がった。

 

 

「七星さん外部デバイスはまずいでしょ」

 

 

「龍っちゃんの言う通りですよ。ただでさえ情報漏洩が問題視されてるんですから……」

 

 

「すまないな。発覚した際の君達の処遇を考慮すると軽率だった。優秀な部下(・ ・ ・ ・ ・)を持つとついつい気を緩め大胆に事を進めてしまうらしい」

 

 

「七星さんその言い方ズルいっす」

 

 

「ま、まぁ多少の命令違反なんてあってなんぼですよね。その外部デバイスは処分しとくんで後で渡して下さいね?」

 

 

上司から優秀な部下(・ ・ ・ ・ ・)と称されて気を良くしたのか、染谷と日向は照れ臭そうにポリポリと頬を掻いて彼の行いをあっさりと容認した。何故なら、七星の行いに無駄はないことをわかっていたからだ。

 

 

「『地球組(T E R R A)』の様子を『アネックス(M A R S)』の小町艦長に送って……ここ最近地球で起こった一連の事件のせいで浮き足立ってるアネックスクルーを落ち着けるとっかかりにして貰う、ってとこでしょ?」

 

 

「結果的にはそうだし間違ってはいないのだが……少し違うかもしれないな」

 

 

「って、言うと?」

 

 

日向が検討もつかないといった様子で尋ねると、

 

 

「クーガ・リーのように、小町艦長も少しでも荷をおろせたら楽だろうと思ってな。まぁ勝手な老婆心だと思ってくれればいい」

 

 

小町小吉は兄である蛭間一郎とともにバグズ2号で抱えたものを、誰にも明かさずにいると聞いていた。(むれ)(おさ)として強くあることは大切だが、1人で抱え込むには重すぎる過去だと思った。少しでも誰かと共有し支え合うことができれば、彼がどれだけ救われるだろうか、と。

 

 

「出過ぎた真似、って捉えられたらそれまでっすけど、それきっといい方向に向かうと思いますよ」

 

 

「贅沢言うなら地球(TERRA)から火星(MARS)だけじゃなくて、火星の『アネックス(M A R S)』チームからも『地球組(T E R R A)』になにかしら言ってやって欲しいっすけどね」

 

 

そんな時、七星の胸ポケットの緊急時用の携帯端末に通信がきた。僅かに緩んでいた3人の顔が一気に強張る。七星が応答すると、端末の向こうからはショッキングなニュースが飛び込んできた。

 

 

「……『掃除班(スイーパー)』の追跡から逃れた趙花琳がアメリカとカナダの国境近くで発見されたらしい。ちなみに彼等は装備の消耗により追跡は不可能」

 

 

「それじゃあ……」

 

 

「『地球組(T E R R A)』を出動させる。染谷君は『掃除組(スカベンジャーズ)』の召集を。日向君は移動手段の確保を頼む。なるべく速くて大きなやつだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

─────────────

 

 

 

 

 

「諸君、よく聞いて欲しい。『地球組』臨時司令として君達に下す最後の指令(ミッション)だ」

 

 

『地球組』の面々は緊張した面持ちで彼の話に聞き入る。このタイミングで出される任務(ミッション)と言えば1つしかない。

 

 

「趙花琳が発見された。君達にはこれから彼女の身柄の確保に向かって貰う。また、敵対勢力も彼女を追ってることを確認済みだ。現地での戦闘は覚悟しておいてくれ」

 

 

張り詰めた空気の中、各々七星から頼まれていた役割を終えた染谷と日向が小型のアタッシュケースを複数を抱えて入ってきた。それを『地球組』各員の前に置き、順に解放した。それぞれの個性を充分に活かせる特殊戦闘服に、内蔵型装備の者以外には、外装型の装備が同梱されていた。

 

 

「それはさっきも触れた通り君達の能力・個性・特性(ベース)を十二分に活かす戦闘服と装備だ。それがあれば君達が負けることはない。君達の戦いを間近で見てきた俺が言うんだから間違いない」

 

 

七星は緊迫したこの状況の中でフッ、と微笑んだ。思えば、臨時司令として着任して以来この面子には驚かされてばかりだった。

 

 

命令違反も幾度となくあったが、たったこれだけの数で今まで地球で起こったトラブルを解決してきたのだ。そんな風に間近で彼等『地球組』を見守ってきた七星だからこそ、胸を張り言えることがある。

 

「君達は最高のチームだ。『アネックス』の100人にも決して劣ることはない。そんな君達に大したことをしてやれなかった俺を許せ」

 

 

七星がそう自らを卑下した言い方をした言葉を言い終えた後に、ヘリコプターのジャイロ音が響いてきた。軍で使用される30人以上の輸送が可能なヘリコプターだ。

 

 

「中にクーガ・リー専用のバイクを搬入し終えた後、君達も乗り込んで現地に向かって貰う。今の内に戦闘服に着替えて各自装備を整えておけ」

 

 

そう言い捨てるように指令を下すと、七星は身を翻して彼等から離れようとした。その後ろ姿はまるで、役割を終えて寂しく舞台を降りる役者のようだった。そんな彼の後ろ姿を見て、クーガは半ば噛み付くように口を開いた。

 

 

「七星さん。さっさと着替えないとアンタに拳骨飛ばされそうだけど1つ言わせてくれ。アンタが指揮官だったからこそオレ達は戦ってこれたんだ」

 

 

七星自身が放ったクーガ達に大したことをしてやれなかった、という言葉を否定するかのようにクーガが七星に投げた言葉に呼応して、他の面子も次々に七星にそれぞれ言葉を投げていく。

 

 

「あたくしとレナの処罰が減免されたのはクーガだけじゃなく貴方の力添えもあったんではなくて?」

 

 

「こんびにべんとーのたべくらべ、つきあうぞい」

 

 

「貴方はトラブルにも迅速に対応して指揮にあたっていた。私の眼から見れば常に最善の手を打つ最高の指揮官だった」

 

 

「一国の首脳にも食ってかかる豪胆っぷり、僕でも無理です」

 

 

「私も同じです!七星さんはゴキちゃんやハゲゴキさんのことだって助けてくれたじゃないですか!」

 

 

 

 

 

 

先ほどまで、本当に自分は『地球組』の司令として上手くやれていたのか蛭間七星の中で疑念が生じていた。しかし、靄がかった心の迷いを彼等の言葉が吹き飛ばしてくれた。今となって、ようやく肩の荷を1つ降ろして胸を張れる気がした。

 

 

 

 

 

 

『一郎(あん)ちゃんは駄目なんかじゃないよ!立派な兄ちゃんだよ!!』

 

 

 

 

 

 

昔、幼い頃の自分が失意の兄に対して放った言葉も、こんな風に兄の心を軽くしていたのだろうか。そうだったのであれば幸いだ。

 

 

「……俺は兄弟でもかなり下の方なんだが、君達といた時は困った弟や妹がいっぺんにできた気分だったよ。悪くない気分だった」

 

 

そう『地球組』の面々に告げると、どことなく照れ臭そうに、その場を取り繕うように惑星間通信装置『TERRA_FOR_MARS』の取り扱い方法をクーガへと解説し始めた。緊急時であるにも関わらず、そんな七星の様子に呆気にとられた『地球組』の面子に染谷と日向が呼び掛ける。

 

 

「ハイハイ!七星さんの空前絶後のデレは見世物じゃないですよー」

 

「実験用テラフォーマーの監視は俺達がしとくから早く出撃する!とっとと着替えた着替えた!」

 

 

クーガを唯香を除いた『地球組』の面子は、その号令でようやくそれぞれ自室に駆け込んで各々準備を整え始めた。七星と、開発に携わった者達の想いがこもった装備に身を包みながら、決意を固める。

 

 

戦士として戦い抜くことを。

 

クーガの信頼に応えることを。

 

七星にいい結果を持ち帰ることを。

 

そして何より、自分達を信頼して地球を任せてくれた『アネックス1号』クルーの期待に応えることを。

 

 

 

「……専用装備(・ ・ ・ ・)の調子はどうだ?」

 

 

「昨日までスッゲーズキズキしてて痛かったけど大分痛みは引いてる」

 

 

七星がクーガに尋ねると、彼は無言で左右の手にまんべんなく巻いていた包帯をスルスルと外した。そして、掌を七星に(かざ)し指をワキワキと活発に動かしてみせた。彼の掌には、変態時でないにも関わらずボトルワインの飲み口大の風穴が空いており、その周辺には装飾が施されていた。

 

 

「君の父親『ゴッド・リー』に施した手術と大体同じものだ。ミイデラゴミムシの『特性(ベース)』が可能にする化学物質の噴出を更に安定・向上させる効果がある。だが……よく手術する気になったな」

 

 

クーガには以前、この手術をUーNASAの方から提案したことがあった。しかし、人としての外見を損ねる上に日常生活で支障をきたす恐れがあった為、なによりクーガ自身が父親と『ミイデラゴミムシ』の特性を嫌っていた為に手術は行われなかった。

 

 

しかし、今になってその手術を受けたのだ。

 

 

「親父から貰って、唯香さんが薬品で使えるようにしてくれた『特性(ちから)』をもっと上手く使えるようになんだろ?だったら手術しない手はねぇよ。これからの戦いで必要になるだろうしな。(それに唯香さんも掌に穴空けたって)(嫌いにならないって言ってくれたし)

 

 

キュッ、と手首を締めてどこか満足そうに満足そうに掌を眺めるクーガを見て唯香はクスリと微笑み、七星も頬を僅かに緩めた。よくぞここまで成長してくれたものだ。

 

 

地球(こ こ)を任せたぞ、クーガ・リー」

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

──────────

 

 

 

 

 

趙花琳は生き抜く為に走り続けた。常に余裕があった彼女の姿はどこにもなく、服はズタボロ、『薬』は既に切れている。そんな風になりふり構わず逃亡したおかげでもうすぐ、避難用スポットに辿り着くことができる。肌を木々の小枝が引っ掻く苦痛にも構わず密林を抜けた先には、希望が絶望にまみれていた。

 

 

目標(ターゲット)視認、排除する」

 

 

避難用スポットまで後1kmというところで、中国暗殺部隊『(イン)』の別動隊と出くわした。

 

 

「チェー、師匠(シィシェン)が余裕だったのはこういうことか。信頼されてないのかなー僕達」

 

 

「いざっていう時の保険でしょ、白鳥(バィニィ)

 

 

(シャン)兄弟も後ろから追い付いてきた。前方からは、『(バオ)到嵐(ツーラン)』の大隊も見えてきた。そして、帝恐哉と(ワン)刺人(ツーレン)の姿も確認した。みるみるうちに自分の体から力が抜けていくのを、花琳は感じた。

 

 

今度こそ詰み(チェックメイト)だ。逃げ場などない。

 

 

「オイオイ、とうとうアンタもヤキが回ったな」

 

 

帝恐哉のゲラゲラという下品な笑いが辺り一面に(こだま)する。それがヤケに脳内で反響し、1秒がとてつもなく長く感じる。これが死を直前に控えた者の気分なのだろうか。まだ生きねばならないのに、生きる気力が湧いてこない。体へと伝達しない。

 

 

「遺言はあるか」

 

 

「……とっとと殺りなさい」

 

 

受け答えにそう返した花琳を見て、刺人(ツーレン)が崖の上に待機させていた『爆到嵐』の5人小隊に一斉射撃の合図を送ると、銃口が一斉に花琳へと向けられた。銃のレーザーサイトのポインターが、花琳の死に様を演出するスポットライトにも見える。

 

 

こんな風にあっさりと諦める自分をあの世でウッドはどう言うのだろうか。情けないと嘆くのか、それとも頭を撫でてよくやったと労ってくれるのか。

 

 

いずれにしろ、再会の時は近いようだ。

 

 

()れ」

 

 

刺人の合図と共に、銃を構えていた5人の爆到嵐の銃口から弾丸が放たれ、マズルフラッシュが日が沈みかけた辺り一面を眩く照らす筈だった。しかし、次の瞬間彼等の目に映ったのは、

 

 

「アアアアアアアアァアッアッアッアアアアアッァァアアアアアア!!」

 

我操(ファック)!!!(熱い)!!困苦(苦しい)!!」

 

 

一瞬のうちに炎のようなものに包まれ、苦痛にもがきながら倒れる爆到嵐達の姿だった。それを見合わせた全員が突如起こった謎の現象に釘付けになっている時、丁度夕日は沈んで辺りは闇に包まれる。しかし、その暗闇もそう長くは続かなかった。

 

 

夜のぬばたまは、徐々に昇る月の光によって晴れていく。数十秒の暗闇の後にぼんやりと照らされた崖の上に、5人組のシルエットが浮かび上がった。

 

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

──────────

 

 

 

 

「作戦を伝達しとく。花琳の確保は『掃除組(スカベンジャーズ)』って別の人達がやってくれるらしい。 オレ達の仕事は」

 

 

「敵の殲滅、ですわね?」

 

 

「ああ。アズサとレナはあの強そうな白と黒の2人組の相手だ。2人同時に相手にするか分断してそれぞれ撃破するかはお前らに任せる」

 

 

「りょーかいだぞ」

 

 

色や形すら曖昧な程のぼんやりとした朧な月光の下、崖の上では声だけが確かに存在していた。

 

 

「ユーリ、30人ぐらいの大隊見えるか?」

 

 

「ああ、鮮明(・ ・)に見えている」

 

 

「全員仕留めなくていい。足留めできるか?」

 

 

「やれやれ……君は私に『コッラー河の奇跡』でも起こせというのか?」

 

 

「な、なんだそれ?」

 

 

「知らないならいい。とにかくあの大隊は私が引き受けよう」

 

 

先程、高温のガスが爆到嵐の身を包んだ時点でわかってはいた。しかし、タイミングが良すぎて確信できずにいたが、間違いなく彼等だ。会話は聞こえてこないが、身の動きでどことなくトンチンカンなリズムで会話しているであろうことが伺える。

 

 

「クーガさん、大量にいた同じ顔をしたこの人達……クローン?か何かわからないですけど、僕が1度に相手してしまっても構いませんか?」

 

 

「いけるか?」

 

 

「ええ、安心して下さい。無茶はしませんし勝算はあります。危なくなったら唯香さんが待機してるヘリに退避します」

 

 

「それじゃあ頼むぜ、エド」

 

 

崖の上に立つ、恐らくマントであろうものをたなびかせた影を、月明かりが照らした。正真正銘、クーガ・リーの顔が闇の中に浮かび上がった。ということは両脇に控える4人のメンバーも、『地球組』の面子で間違いないだろう。

 

 

「オレは一番ヤバそうなモンゴルマンみてぇなやつの相手したいとこだけど……あのロボットみてぇな奴が電撃バチバチ言わせながらこっちガン見してるからあいつの相手しとくか」

 

 

クーガは刺人(ツーレン)から『MOHスーツ』を着込んだ帝恐哉へと視線を移した。アドルフが以前交戦した経験があると言っていた、とんでもない欠陥が見つかった代物であるアレが何故ここにあるのか知らないが、現れた以上交戦せざるを得ない。

 

 

「んじゃ始めッか。クソムシ共の掃除をさ」

 

 

月明かりが彼等全員を照らすと同時に、『地球組』はクーガの号令で『薬』による変異を行おうとしていた。花琳の眼には、月明かりで映し出された『地球組』が以前とは異質なものとして映った。研ぎ澄まされた少数精鋭の個人の寄せ集め、ではなく。

 

 

「  ”人為”  」

 

 

背中を預け合い、

 

 

「  ”変態”  」

 

 

共通の敵を一丸となって刺し殺す、

 

 

「『 M(モザイク)O(オーガン)手術(オペレーション) 』 ! !!」

 

 

 怒 り の (むれ)

 

 

 

「……遅かったわね。ようやく真打ち登場、ってとこかしら?私の悪運もここまで続くと恐いわね」

 

 

何故かはわからないが、彼等を見ている内に不思議と立ち上がる力が湧き起こってきた。彼等ならば、どんな戦力差だろうとこの包囲網に穴を開けてくれるだろう。そんな気がした。

 

 

「悪いが……先手必勝でやらせて貰う!!!」

 

変異を終えたクーガ達は、敵対勢力の懐へと飛び込んでいった。『地球』を舞台にした物語の第2幕は、熾烈な戦火と共に真の幕を開ける。

 

 

 

 

 

 

 







皆さんお久し振りです。本当にとろとろ書いて申し訳ありません。その代わりと言ってはなんですが、Twitterの友人の方々に依頼しまして新規イラスト大量に追加しました。

・クーガ・リー×2
・桜唯香×2
・アズサ・S・サンシャイン×1
・美月レナ×3


本誌で『地球編』突入やらアニメの感想やら、原作の実写化やら色々言いたいことはありますが取り敢えず読者様に恥ずかしながら戻って参りましたということと、尊敬する貴家先生や橘先生、編集さんに本当におめでとうございますという一言をこの場をお借りして言わせて頂きます。本誌でアザラシは犠牲になったのだ。



クーガ
「ページ開いてくれたみんな、また見てくれてありがとな!いやマジで!よく覚えてくれたよなぁ……」


レナ
「わたしのいらすと(・ ・ ・ ・)かわいいだろ? 」ドヤァ


クーガ
「そういや本誌の読者インタビューコーナーでオレの親父がナイフ1本でテラフォーマー1匹ぶっ殺したって公式に発表されたらしいな。オレもナイフ1本で倒せるようになるかな」


リーさん
「フン……別に知られなくて良かったんだがな」

※ガチです



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