LIFE OF FIRE 命の炎〔文章リメイク中〕   作:ゆっくん

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存在する筈のない小石を挟んだところで、呪われた物語は覆ることを知らない。


ページは力無くめくられ、歯車は廻り続ける。


だからこそ見せて欲しい。


君に託したのは、力だけではない。






第二十九話 CRUEL_FATE 残酷な歯車

 

 

 

 

「……ケホッ!ゲホッゲホッ!!」

 

 

海水を大量に飲み込んだせいで、燃えるように熱く火照った喉を冷ますかのように〝趙花琳〟は何度も何度も咳払いをする。何km泳いだかわからない。死に物狂いで辿り着いたこの場所がどこなのかすらもわからない。

 

 

花琳に出来るのは、自分が横たわっている白い砂浜とそれを照らす痛烈な朝日を瞳に焼き付けること。

 

 

そして、自らの身に一晩で降りかかった計算外(イレギュラー)な数々の出来事を反芻すること。

 

 

「……我ながらよく逃げて来られたわね」

 

 

花琳がそう深く安堵混じりの溜め息を吐き出してしまうのも仕方のないことであった。

 

 

UーNASA特殊部隊『掃除班(スイーパー)』。

 

 

中国暗殺部隊『(イン)』。

 

 

そして、冬木凩とその一派。

 

 

三つの勢力が花琳自身を巡って攻防を繰り広げた。『(イン)』は途中で脱落(リタイア)したものの、残る二勢力の激突は熾烈を極め、戦場となった豪華客船『ダンテマリーナ』は敢えなく沈んだ。

 

 

その混乱に乗じて、花琳自身は命からがら無事に逃げ出せたのだ。最も、この砂浜に泳ぎ着くまでの道のりは水泳選手でもない彼女からすれば困難を極めたが。

 

 

花琳は休息を求める身体に自ら鞭をいれ、重い腰をあげて背後に広がる森林へと歩みを進める。

 

 

自らが無事だということは、『掃除班(スイーパー)』と冬木凩とその一派も無事である可能性が高いということだ。彼らは自らを追ってすぐにでも追ってくるかもしれない。

 

 

花琳はそれを危惧し、安全な休息の場を求めて森林へと無理にでも進む。

 

 

「……計算通りに物事が進まないなんてね。ウッドお姉ちゃん、貴女の時もそうだったの?」

 

 

花琳は自嘲気味にクスリと笑みをこぼし、崩れ切った自らの逃走の算段を振り返る。

 

 

軍艦『ブラックホーク』を囮にした逃走プランは〝エドワード・ルチフェロ〟の手によって失敗に終わり、豪華客船『ダンテマリーナ』で国外に逃亡を試みるプランも、冬木一派の介入によりにより敢えなく潰えてしまった。

 

 

掃除班(スイーパー)』と『(イン)』だけなら対処出来たものだが、冬木一派は花琳からすれば計算外(イレギュラー)すぎたのだ。

 

 

冬木自身もさることながら、ナースの格好をした彼の助手『ネロ』に、『地球組』に対抗する為に集められたであろう五人組。その中には花琳が利用した〝シュバルツ・ヴァサーゴ〟も顔を揃えていた。

 

 

いや。本当に計算外(イレギュラー)だったのは彼等ではない。

 

 

 

 

──────────()()(とり) ()()()といっただろうか。

 

 

 

 

冬木達が囲っていた車椅子の少女。MO手術者から何らかの手段により遺伝子細胞を吸収することにより『特性(ベース)』を増やし続ける脅威的な能力を持つ。

 

 

あの少女により、客船の乗客ほぼ全員が殺害されてしまったのだ。あのような目撃されることをい問わない大胆なやり口で攻めてこられては、狭い船の上では対応しきれる訳がない。

 

 

()()(とり) ()()()

 

 

今後出会ったら最も警戒すべき対象だろう。

 

 

「……あの娘、見覚えあるわね」

 

 

ふと、花琳自身の朧気な記憶が彼女にそう呟かせた。いつだったか。UーNASAの職員として勤務していた時に『()()(とり) ()()()』を何処かで見かけた様な気がするのだ。

 

 

そんな風に彼女自身が自らの記憶の糸を手繰り寄せている最中のこと、彼女の網膜に最悪な光景が突き刺さり、鼓膜の通り道を今聞くにしては最悪な声が突き抜けた。

 

 

「『黒獣(ヘイショウ)』、あれ見てよ。濡れ濡れチャイナドレスだよ。正直オッキしちゃった」

 

 

軽口を叩きながらこちらに向かってくる白い太極拳服に身を包んだ青年は『(シャン) 白鳥(バイニィ)』。中国暗殺班『(イン)』の、実力(・ ・)における順位付け(ランキング)ではNO.2の青年だ。

 

 

「『白鳥(バイニィ)』、頼むからちょっと黙っててよ」

 

 

その軽口を咎める漆黒の太極拳服に身を包んだ青年の名は『(シャン) 黒獣(ヘイショウ)』。『(シャン) 白鳥(バイニィ)』の双子の弟で、実力における順位付け(ランキング)ではNo.3の実力を誇る。

 

 

そして、その二人を率いる中国暗殺班『(イン)』のリーダーの大男。結わえた弁髪の後ろ髪を風で揺らし、その眼力でこちらを射殺さんばかりに睨んでいる。

 

 

「……万が一に備えて撤退した後も待機していた甲斐があったぞ、女狐」

 

 

(ワン) 刺人(ツーレン)』。実力、立場共に『(イン)』の内においてNo.1の猛者。

 

 

花琳は疑問に思っていた。何故『ダンテマリーナ』内でこの三人が姿を見せなかったのか。部隊が壊滅していく最中においてもその影すら見せなかったことから『今回の任務にはそもそも参加していない』もしくは『別行動を取っている』と予想していたのだが、どうやら後者だったようだ。

 

 

最も刺人の台詞から推測するに、十中八九『掃除班(スイーパー)』とやり合うのは部が悪いと判断して撤退し、様子を伺っていたというのが正しいだろうが。

 

 

「……面倒なのが残ったわね」

 

 

なんにせよ、 この三人は厄介だ。きっと〝クーガ・リー〟以上の強さを誇るだろう。しかし、この数ならば対処出来ない訳でもない。

 

 

『エメラルドゴキブリバチ』の『特性(ベース)』を発現させて森に逃げ込めば、体色がカムフラージュとなってきっと自分を逃がしてくれる。

 

 

小隊一つを『ダンテマリーナ』で失ったことを耳にしたかは疑問だが、刺人(ツーレン)は慎重な男だ。

 

 

小隊と『ルカ・アリオー』を失ったことを知ってるにせよ、知らないにせよ、安易に戦力を動員するようなやり口ではないことは確かだ。故に、これ以上の援軍が来ることはないと考えていいだろう。

 

 

 

 

────────逃げ切れる。

 

 

 

 

花琳は確信した。この3人に闘いを挑めば勝ち目はないが、逃げおおせることならば自分には可能だ。

 

 

中国暗殺班『(イン)』には失うには痛手すぎる貴重な『紅式手術者』こそいるが、自分が操る『テラフォーマー』のようにいくらでも(・ ・ ・ ・ ・)替えの利く(・ ・ ・ ・ ・)大戦力など存在しない。

 

 

追っ手がこの3人だけならばいくらでもやりようが

 

 

刺人(ツーレン)隊長、死体回収終わりました」

 

 

 「やったネ!『僕』が一番乗りだ!」

 

 

「ってあれ?」

 

 

「花琳さんってあれ(・ ・)じゃ?」

 

 

「嘘でしょ?『僕』きちんと探したんだけど……」

 

 

海面からダイバースーツ姿の青年()が姿を現した。百人程の人数だ。いつも『計算通り』『想定内』という心情が滲み出ていた花琳の表情は、その光景を見た途端にまるで野球の白球が当たった衝撃で粉々に砕け散るガラスの如く、景気良く崩壊した。

 

 

花琳が驚いた点は【百人単位の戦力が湧いて出た】点ではなく、【目の前に現れた坊主頭に太眉の青年()の顔面が全く同じ】という点が1つ。

 

 

そして、2つ目の点は【この青年()は本来、火星(・ ・)へと任務に赴いている筈の『マーズ・ランキング50位』の『(バオ) 致嵐(ツーラン)』】だということ。

 

 

花琳は目の前の光景をスルリと呑み込むことが出来なかった。まさか『中国 四班』の『(バオ) 致嵐(ツーラン)』が実は百子(・ ・)でしたなんてことはあるまい。

 

 

「くくく、その様子だとやはり『(バオ) 致嵐(ツーラン)』のことは知らされていなかったようだな?」

 

 

刺人(ツーレン)は戸惑う花琳を嘲笑った。いつも余裕を見せていた花琳の表情から、目に見えてそれが失せたのが余程滑稽だったのだろう。小気味良く笑った後、刺人(ツーレン)は種を明かし始めた。

 

 

「『(バオ) 致嵐(ツーラン)』の『特性(ベース)』は『チャツ(・ ・ ・)ボボヤ(・ ・ ・)』だ。ここまで言えば生物学者のお前ならわかる筈だ」

 

 

花琳は、刺人(ツーレン)のその一言で目の前に広がる無数の『(バオ) 致嵐(ツーラン)』の本質を理解した。

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

───────────

 

 

 

(バオ) 致嵐(ツーラン)

 

 

国籍、中国。『アネックス一号』搭乗員の、『マーズ・ランキング』50位の青年。

 

 

"火星に向かっている筈"の彼が何故ここにいて、何故"無数に(・ ・ ・)いるのか(・ ・ ・ ・)"。

 

 

その二つの疑問を一気に解決する『特性(こ た え)』を、彼は持ち得ていた。

 

 

特性(ベース)』:『殖える我が身(チ ャ ツ ボ ボ ヤ)

 

 

『出芽』と呼ばれる無性生殖を行うこの生物は、親と共生しつつ脳や内蔵を体内に構成し、体内の藻類の補助や自ら行う光合成により成長を遂げていく。

 

 

この生物を『特性(ベース)』に持つ(バオ)は、『出芽』を行うことにより自らの『分身』とも言える『子』を()やしていくことが出来る。

 

 

しかし、これにはいくつかの問題があった。

 

 

最初に、『出芽』を行う際に膨大な【エネルギー】を必要とする問題。次に成長に要する【時間】の問題。最後に分身である『子』がいかに『親』の【記憶】を共有するかの問題。

 

 

【エネルギー】【時間】【記憶】の三つの問題、全て機械的な補助を借りることにより解決。

 

 

しかし、まだ問題があった。(バオ)単体では『出芽』による増殖は行えない。故に【材料】が必要である。そして、その材料は『人』か『人の死体』であることが望ましい。

 

 

そしてその【材料】の問題は皮肉にも今まさに無数の(バオ)達によって包囲されつつある『(チョウ) 花琳(ファウリン)』自身の手によって解決したのである。

 

 

 

 

 

 

─────────────────────────

 

 

───────────

 

 

 

 

「君は確かに依頼を受けて中国政府(ぼ く た ち)と『ロシア連邦』の目的(・ ・)を達成する為にその囮として地球で今まで散々暗躍してきた訳だけど、おかしいと思わなかったのかい?」

 

 

黒獣(ヘイショウ)は動揺を隠しきれない花琳に向かって冷たい刃を喉元に押し付けるかの如く、彼女に対して酷な真相を語り始めた。更に、それを傍らで聞いていた兄の白鳥(バイニィ)も会話に横槍(・ ・)を入れて捕捉した。

 

 

「手段は問わないとはいえさー、『バグズ二号』で起こった出来事をUーNASAの連中に思い出させてやる為にわざわざ「旧式で失敗リスクの高い『バグズ手術』を使って作戦遂行します~」なんて自己満足(オ ナ ニ ー)為だけに(・ ・ ・ ・)中国が資金援助する訳ないじゃん?」

 

 

その点に関しては花琳も常々疑問に思っていたところであった。『MO手術』の精度に関しては随一を誇る中国政府が、旧式の『バグズ手術』を用いた効率がいいとは言い難い計画(プラン)に許可を出したことには心底驚いたものだ。

 

 

当初は「技術の漏洩し特定されることを防ぐ為に敢えて『バグズ手術』を用いることにしたのだろうか?」と勘繰ったものだが、中国政府の真の狙いに気付いたところでどうすることも出来ない。その上UーNASAへの復讐という自らの計画(プラン)を達成出来るのであれば、と自らに言い聞かせ妥協したものだが、このザマだ。

 

 

とどのつまり、『バグズ手術』を用いた花琳のやり口は利用されていたのだ。

 

 

(バオ) 致嵐(ツーラン)』の【材料】作りに。

 

 

「……最初(ハ ナ)から利用してた訳ね、私を」

 

 

「そうそう!『バグズ手術』は失敗率が高いからその分死体も増えやすい!!」

 

 

「つまり僕達(・ ・)の材料も増える!」

 

 

「それに『MO手術』じゃないから手術の方法で中国の仕業だって漏洩することはない上に、技術も漏洩しない。花琳さんのやり口は効率が悪いようで中国政府には都合が良かったんです」

 

花琳が一言発した途端に、無数の(バオ)が返事を返す。その均一化された口調は、花琳に人と会話していると言うよりも、アンドロイド端末から返事が返ってきたかのような錯覚すら覚えさせた。

 

 

なるほど。この無数の(バオ)の軍隊は、身元が中国であるという情報が漏洩するリスクを除けば実に優秀だ。『MO手術』の失敗率を一切無視して、優秀な軍人かつ『紅式手術』の被験者である『(バオ) 致嵐(ツーラン)』を材料(・ ・)が尽きぬ限り生み出せるのであれば、採用しない手はない。

 

 

(バオ)達の言う通り花琳の『バグズ手術』を用いた計画は、花琳にとっても、中国政府にも都合の良い計画だったのだ。

 

 

 

①UーNASAに『バグズ二号』の出来事を思い出させるという花琳の思惑(オナニー)を満たすと同時に、中国政府の思惑(プ ラ ン)も同時に達成することが出来る。

 

 

②旧式であるが故にどこの国でも施術が可能。故に手術元が特定されない。

 

 

③失敗率が高い故に(バオ)達の材料となる人間の死体を大量に確保することが出来る。

 

 

中国政府からすれば、この3つを満たす一石三鳥の花琳の計画だ。利用しない手はなかったのだろう。

 

 

「真実を聞いた今の気分はどうだ、(チョウ) 花琳(ファウリン)。お前は全てを知り、全てを利用しているつもりで得意気になっていただろうが……お前自身も中国政府(わ れ わ れ)の駒の一つに過ぎなかった訳だ」

 

 

中国暗殺班『(イン)』の隊長、刺人(ツーレン)が距離を詰めてきても尚、花琳は一向に逃げようとしなかった。いや、逃げる気力が体の内から湧いてこないというのが正しいだろうか。

 

 

策を講じて外敵を翻弄してきた筈の自分が、いつの間にか道化(ピ エ ロ)の役を演じさせられ、利用されていたのだ。これ程惨めなことはないだろう。

 

 

「お前が敬愛して止まない『ヴィクトリアウッド』も……日本が軍事計画として『テラフォーマー』の卵を回収する計画の中で出し抜こうとしたものの、結局利用されて死んだそうだな。今のお前にとてもよく似ていると思わないか?」

 

 

自らと、唯一心を許せた人物(ウッド)を侮辱にされても、ただただ怒りがいたずらに湧いてくるだけで、一矢報いる策など何一つ浮かんでこなかった。

 

 

自分でも憎たらしいと思う程に回転する頭は、肝心なこんな時に真っ白になり、何一つ答えなど出してくれなかった。それが憎らしく、どうしようもなく悔しかった。

 

 

そんな渦巻く感情が知らずのうちに、花琳の瞳から一粒の涙をこぼさせた。その涙は女狐などと罵られても尚、様々な策を張り巡らせてきた女が最期に流す涙としてはあまりにも澄んでいて、美しい(しずく)であった。

 

 

「……私も年貢の納め時かしら、ね」

 

 

覚悟を決め、花琳がそっと目を閉じようとした時

 

 

「えー!?殺す前に一発()らせてよ!!」

 

 

「ハァ……」

 

 

双子の兄、白鳥(バイニィ)が彼女に向かって(けが)らわしい言葉を浴びせる。それを見て双子の弟である黒獣(ヘイショウ)は、兄の言葉に心底呆れたように溜め息をついた。

 

 

「いや、これでも中国政府に尽くしてくれた女だ。辱しめたりせず、苦しまないように葬ってやれ」

 

 

「チェッ。は~い……」

 

 

「……はい」

 

 

刺人(ツーレン)(シャン)兄弟に花琳を処刑する指示を出すと、兄の白鳥(バイニィ)は渋々従った。そして、双子の兄弟はそれぞれ色の異なるやや太めの金属の棒を懐から取り出すと、各々の金属棒に向かって一言囁く。

 

 

 

 

「音声認証『(シャン) 白鳥(バイニィ)』~」

 

 

白鳥が握っていた白色の棒は、彼の音声を認識した途端に長さを変え、純白の槍へと形状変化した。形状はいかにも標準的な槍だが、変異後の白鳥(バイニィ)が扱うことでとてつもない破壊力(・ ・ ・)を発揮する専用装備。

 

『破壊槍:(ヤン)』。

 

 

 

 

「音声認証『(シャン) 黒獣(ヘイショウ)』」

 

 

黒獣が握っていた黒色の棒も同様に、彼自身の音声を認識して漆黒の槍へと変化する。形状は禍々しく刺々しく、それをただの(・ ・ ・)槍と呼ぶには些か抵抗を覚えるものであった。変異後の黒獣(ヘイショウ)が扱うことで、凶悪な殺傷力(・ ・ ・)を発揮する専用装備。

 

『殺戮槍:(イン)』。

 

 

 

 

 

 

「おお、かっこいい」

 

 

「いかにも拳法使いそうな見た目なのに槍とか使っちゃうんですか?」

 

 

「『地球組』ですら専用装備持ってないのに」

 

 

2人のそれぞれの槍を見て、無数の(バオ)達は各々感想を述べた。爆の一人が言ったように、地球でのトラブルを処理するUーNASAの正式部隊『地球組』ですら専用装備を持っていないにも関わらず、中国暗殺部隊である『(イン)』である自分達は専用装備を持っているとは皮肉なものだ。

 

 

さぞかし、各々の個性をなぞった強力な武器なのだろう。何故ならここは地球(・ ・)だ。〝奴等(テラフォーマー)〟に技術を奪われる心配などせず、存分に強力な装備を仕上げることが出来るのだから。

 

 

(これ)は武器の王様だよ?使うのは当たり前さ。僕らが使ってる『八極拳(・ ・ ・)』は『六合大槍(・ ・ ・ ・)』を学ぶ準備段階に過ぎない、ってのを師匠(シィシェン)が尊敬してる昔の偉い人が力説してたみたいだしね。……誰だっけ?」

 

 

「『() 書文(ショブン)』だよ、白鳥(バイニィ)。そんな無駄口叩いてないで早く処刑しよう」

 

 

(シャン)兄弟は、互いの槍の刃の部分を交差するように花琳の首元に付き当てた。今度こそ、目の前の女狐(ファウリン)を始末する為に。

 

 

花琳は、自らの死を受け入れる為に今度こそ目を閉じた。馬鹿だらけのこの世界を支配するというウッドの意思を代わりに成し遂げるという願望も、ウッドの死を隠蔽したUーNASAに復讐を遂げるという野望すらも、まるで嘘だったかのように湧いてこない。

 

 

生きる意思はおろか、最後に悪足掻きをしてやろうという意思すらも、花琳からは消えかかっていた。

 

 

そんな時のこと。

 

 

「チュピピピピピピピ!」

 

まるでそんな花琳に目を覚ませと言わんばかりに、目覚ましアラームの如くけたましい鳴き声が鳴り響いた。それ(・ ・)が花琳が瞳を閉ざすことを阻み、

 

 

「うわっ!?なんだこいつ!?いてて!!」

 

 

「っ!?」

 

 

(シャン)兄弟が花琳を処刑することを妨げた。花琳は、その鳴き声の正体に目をこらす。それは、一匹の黒い羽毛の鳥だった。どこからともなく飛んできて、まるで雛鳥を守る親鳥の如く、双兄弟を激しくついばんでいる。

 

 

何故、この野鳥がこんな行動を起こしたのか花琳は理解に苦しんだ。別に目の前の彼等が住処を荒らした訳でもなかろうに、何故目の前の黒い鳥はこうも勇ましく強者に挑みかかっているのだろうか。

 

 

「ああもう!こいつうざい!!」

 

 

「同感だよ『白鳥(バイニィ)』……邪魔」

 

 

「ピッ……!!」

 

 

双兄弟の琴線に触れてしまった野鳥は、二人がほぼ同時に突き上げた槍が直撃し、首がへし折れて花琳の目の前に亡骸となってボタリと落ちてきた。

 

 

理解に苦しんだ。まるでこの黒い鳥は、自らを守る為に死んだようではないか。花琳は首を傾げて、両手でその野鳥を掬い上げるように手の中に納めると、閉じかけていた瞳でじっとその野鳥を観察した。

 

 

よく見ると、その黒い鳥には白いメッシュのような模様が入っていた。その特徴は、『ヴィクトリア・ウッド』をその鳥に花琳が重ね合わせてしまうには充分すぎる材料だった。

 

 

花琳自身は魂の生まれ変わりなどという非科学的なものを信じる(タチ)ではないし、この野鳥が目の前の彼等に襲いかかった理由も自分が漂流してくるポイントを探す最中に鳥の巣をうっかり落としてしまった、などという些細なことなのだろう。

 

 

しかし、花琳の抗う意思に火を灯すには充分すぎた。まるで、ウッドが「もうちょっとだけ頑張りな」と言ってくれたようだったから。

 

 

「……もう少しだけ、頑張ってみるわね私」

 

 

反撃の算段を自らの小賢しい頭で組み立てる。掌に納まっている鳥の名は『コウウチョウ』。カナダ南部からアメリカに生息する黒い羽毛が特徴の野鳥。

 

 

漂流位置は気候からして恐らくカナダ南部。限りなくアメリカとの国境に近い海岸ではないだろうか。

 

 

運のいいことに国境付近には逃亡時の万一に備えて、切り札(・ ・ ・)を用意している。

 

 

そして目の前には、『エメラルドゴキブリバチ』の甲皮ならばカムフラージュとなりそうな森林。

 

 

ならば、勝ちの目がある。止まらない。一度停止しかけていた花琳の頭脳は、一度塞き止めた反動であるかのように勢いよく反撃の算段が溢れ出してきた。

 

 

槍の切っ先が野鳥のおかげで自分の首筋から外れたことをいいことに、花琳はチャイナドレスのスリット部分に仕込んでおいた『薬』のうち二本を、自らの首筋へと突き刺した。たちまち、チキチキと彼女自身の『特性』が産声を上げてその身を『エメラルドゴキブリバチ』へと変えた。しかも、接種量が多かっただけに()付きだ。

 

 

すぐさま花琳は、全力で(はね)を羽ばたかせる。『エメラルドゴキブリバチ』は他の寄生蜂達と同様に飛行は得意としていない。しかし、砂浜の砂を巻き上げるには充分すぎる程に力強い羽ばたきだった。

 

 

「わっぷっ!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

間近で砂煙を浴びた(シャン)兄弟は、視界を奪われ一瞬その身の動きを鈍らせたものの、素早く身を立て直し花琳の首が先ほどまであった場所に槍の刃先を振るった。

 

 

しかし、時既に遅し。二人の槍は空を裂き、辺り一面の砂煙が晴れた頃には花琳の翡翠色の甲皮を纏った身体は30m先の密林に既に足を踏み入れていた。

 

 

秒を刻むごとにその身体は周囲の木々と同化し、溶け込んでいく。保護色の甲皮を持つ『エメラルドゴキブリバチ』に、厄介な逃げ場を与えてしまったものだ。

 

 

「あーあ……」

 

 

呑気にその姿を見送る白鳥(バイニィ)に対して、弟の黒獣(ヘイショウ)は申し訳なさそうに刺人(ツーレン)に目を配る。

 

 

しかし、刺人(ツーレン)に全く焦りの表情は見られない。むしろ、ここで逃したのは予想外ではあったが、まだ計算内だと言わんばかりに、にんまりとその表情を歪ませた。

 

 

白鳥(バイニィ)黒獣(ヘイショウ)変態(・ ・)して奴を追え。お前達の機動力なら追い付くのは容易いだろう。見つけるには骨が折れるだろうが」

 

 

「……師匠(シィシェン)はどうするんですか?」

 

 

黒獣(ヘイショウ)が尋ねると、刺人(ツーレン)は無数の(バオ)達に目をやる。

 

 

「俺は奴等(・ ・)と一緒に包囲を広げつつゆっくりと後を追う。それに安心しろ。万が一逃したところで〝保険〟はかけてある」

 

そう告げてニタリとほくそ微笑む刺人(ツーレン)。そんな彼に白鳥(バィニィ)は首を傾げるだけだったが、黒獣(ヘイショウ)は何かを察したようにコクリと頷いた。二人は今度こそ()()に引導を渡さんと密林へと足を踏み入れ、やがて姿を消した。

 

 

その姿を見送ると、刺人(ツーレン)は間髪入れずに(バオ)達に口を開いた。

 

 

「俺達も続くぞ。 全員2m間隔で散開して俺に続け」

 

 

「はい」

 

 

「エェ……人遣い荒いなぁ」

 

 

(バオ)のみで構成された部隊は、多少のブーイングをこぼしつつも刺人(ツーレン)の指示通りに行動を開始する。乱れのない集団的な動きは、統率の取れた部隊というよりも、彼等が一つの共生体であるかのように錯覚させる均一的な動きであった。

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

────────────

 

 

 

 

「ッ……………」

 

 

(サクラ) (アラシ)』は、かつての友が行った蛮行に激しい怒りを覚えた故か激しい頭痛と共に目を覚ます。頭がかち割れるように痛い。(はらわた)も煮えくり返っている。

 

 

「冬木ィ!!」

 

 

意識が覚醒したところで、飛び起きてリボルバーを構えようとした。しかし、その手は空を切った。腰に装備していた筈のリボルバーは何処へと消え、左手に握り締めた『感染(インフェクション)』もよく見たら水浸しだ。

 

 

秒を刻むごとに怒りは段々と冷めていき、自らの身を取り巻く状況も見えてきた。

 

 

「おや、ようやくお目覚めですか。寝坊助さん」

 

 

「シルヴィア。お前が運んだのか?」

 

 

「ええ。勿論です。飛行が得意じゃない私が博士を砂浜まで運ぶのは困難でした。ご褒美はよ、と露骨に催促してみます」

 

 

「……帰ったらくれてやる」

 

 

自らを沈没した船から救出してくれた有能な秘書に無愛想に礼を述べると、嵐は砂浜の砂を蹴り、おもむろに立ち上がって自らの専用装備を改めて握り締める。そして、恐らくアメリカ国境内であろうこの砂浜の向こうに広がる、海に向かって一歩を踏み出した。

 

 

「『冬木(フ ユ キ) (コガラシ)』と共謀者達なら既に離脱したものと思われます」

 

 

まるで自らの心を見透かしたかのようなシルヴィアの発言に、(アラシ)は足を止めた。仮に沈没した豪華客船『ダンテマリーナ』付近に冬木がまだ留まっているとしても、嵐自身は何の『特性(ベース)』も持たない自分が辿り着くことなど出来ないと、充分自覚していた。

 

 

それでも尚、嵐は足を向かわせずにはいられなかった。それほどまでに、冬木が一晩で引き起こした惨劇を許すことが出来なかった。そして、彼自身のただ一人の友人であるにも関わらず、それを止められなかった自分自身も。

 

 

「博士、心中お察ししますが今は感情を走らせる時ではないのでは?本来の任務は趙花琳の確保です。決してイレギュラーである冬木凩を追うことではない筈です」

 

 

シルヴィアは嵐に彼の右腕として、あくまで客観的に冷静な意見を述べた。彼女の意見はズバリその通りだ。正論しか述べていない。

 

 

「そして私達『掃除班(スイーパー)』は準備万端に揃えた上での短期決戦において初めて力を発揮することが出来ます。そしてその装備は全て海に流されてしまった。おやおや困りましたね。どうするべきでしょうか、博士?」

 

 

シルヴィアは芝居がかった口調で、大袈裟に現状を嘆き自分に問いかけてきた。ここまで言われれば、かつての友への怒りで熱くのぼせ上がった嵐の頭は急激に冷却され、成すべきことも見えてきた。

 

 

「……UーNASAに連絡した後に今すぐ撤退して『地球組』の連中に後の始末を任せりゃいい」

 

 

「ベリーグーです、博士。血を昇らせるのは男性器だけにしておくのが利口ですよ」

 

 

「オレはお前で股間固くした覚えはねぇぞ……」

 

 

「ふふ、ジョークです」

 

 

悪戯気味に笑う有能な秘書(シルヴィア)に嵐は鬱陶しいと言わんばかりに舌を打ちながらも、内心感謝していた。彼女がいなければ自分は血眼になって冬木を追いかけ、今の自分達が為すべきことを見失っていただろう。冬木の件はまた今度ケリをつければいい。多少不安を覚えるが、『地球組』に今回の件は後は任せればいいだけのこと。

 

 

最も、本当に今懸念すべきは『()()』での出来事ではない。『アネックス一号』内で起こっているであろう混乱の方が大きい筈だ。

 

 

今まで『地球組』とその水面下で密かに暗躍していた『掃除班(スイーパー)』は大きな困難にこそ直面してきたものの、〝失敗〟したことはなかった。しかし、今回予想外の事態が起こったとはいえ、初めて大勢の人々を救えず、下手をすれば『MO手術』の流出もあり得た、という形で〝失敗〟してしまった。

 

 

この知らせは火星に向かっている『アネックス一号』構成員の士気に大きく響くだろう。何故なら、地球で活動しているクーガ達『地球組』や自分達『掃除班』は、地球で起こり得るトラブルを排除し、火星に向かっている『アネックス一号』構成員の士気を高め、不安要素を排除するという目的を担っている。その自分達が失態を犯してしまったのだから、その影響を想像するのは容易だろう。

 

『今回は自分達の大切なものは巻き込まれなかったが、次は巻き込まれてしまうかもしれない』

 

 

いや、それだけではない。今まで任務を着実にこなしていた分、自分達に対する彼らの期待は大きかった筈だ。その自分達が任務に失敗した。『地球で手に負えない事態が起こっている』。そんな想いから、彼らの不安はますます膨らむ。

 

 

更には火星での命を懸けた任務が差し迫る中、『地球組』に抱いていた小さな不満が爆発するかもしれない。地球での任務は比較的安全であると心の底で思い込んでいる連中や、地球で大切な者の側に寄り添っていたいと思う者も当然いるだろう。

 

 

そんな心の内に秘めた想いが爆発すれば、『アネックス一号』の結束はほどけ、最悪の事態を招く。それだけは避けなくてはならない。

 

 

事態がどう転ぶかは『アネックス一号』と『地球組』のリーダー、『小町小吉』と『蛭間七星』、いや。『地球組』のリーダーには、娘に手を出そうとしてる憎き若僧(クーガ・リー)が就任することが決まっているのだった。

 

 

その両名の手腕に今後の『アネックス計画』の命運が左右される。今の嵐にはそれが上手くいくように祈ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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『ギャハハハハハハ!殺したぁ!死んだぁ!くたばったぁ!!ジョセフ・G・ニュートン!!あっけねぁなぁオイ!!』

 

 

エンジンから伝わる静かで僅かだが、確かな振動。そして、いつもの悪夢。ローマを率いる若き班長、マーズ・ランキング1位『ジョセフ・G・ニュートン』の浅い眠りはその2つの要因によって終わりを迎えた。

 

 

今でも脳裏に焼き付いたあの感覚が、彼の根幹を掴んで離さない。体が自分のものではなくなっていく、冷たい死の感覚。〝あの夢〟を見る度、トラウマとなったその感覚を思い出し、ジョセフの体に鞭打った。

 

 

「……エド、君を一生怨むよマジで」

 

 

今では友となった悪夢(トラウマ)に、ポツリとジョセフは呟く。『エドワード・ルチフェロ』と名乗っている男に、それが届く筈もないのだが。ここは火星に舵を切っている宇宙艦『アネックス1号』の中。

 

 

そして、その友は地球で今頃大暴れしているであろうところだからだ。さぞかし、多くの相手が彼の言葉に欺かれているところだろう。

 

 

「あ、あのー……ジョセフさーん……」

 

 

そんな時、ドア越しに控えめな声がジョセフに投げかけられた。その穏やかで人なつっこい声は、まだ悪夢の余韻を引きずるジョセフを現実に引き戻すには充分すぎる、人間味に溢れたものだった。

 

 

声の主を確認すべく解錠してドアを開くと、そこには自分にも勝るとも劣らない屈強な体型の青年がジョセフの前に立っていた日本出身、膝丸燈。『造られた子(ザ・セカンド)』にして、『マーズ・ランキング6位』の搭乗員だ。

 

 

 

幹部(オフィサー)居住区に一般搭乗員は侵入禁止の筈だけど?」

 

 

ジョセフは自らを呼びに来たであろう燈に尋ねた。アネックス艦内では各国の重要機密の保持といった点から、一般搭乗員の幹部(オフィサー)居住区への出入りは禁止されている。ジョセフの疑問も当然だ。

 

 

「あー……幹部(オフィサー)全員収集かけられたみたいなんすけど、ジョセフさんだけ来ないんでミッシェルさんに呼びに行かされて」

 

 

「で、他の幹部(オフィサー)は手が離せないからたまたま近くにいた君に白羽の矢が立った、って訳かな?」

 

 

燈はジョセフの問いにコクリと頷く。本当は彼に何らかの処分を下すべきなのだろうが、ジョセフはそれをしなかった。まず目の前の燈は彼が好意を寄せるミッシェルの部下であることに加えて、規則に厳しいそのミッシェルが多少の規則違反を彼に許した以上、洒落にならない何かが起きているという事だ。そんな小さなことをイチイチ気にしている場合ではない。

 

 

「ありがと。それじゃ集合場所に行こっか」

 

 

「あの~……ジョセフさん?」

 

 

部屋から踏み出そうとしたジョセフに、燈は苦い顔で指摘する。ジョセフは頭上に〝?〟マークを浮かばせ、キョトンとした表情を燈に向ける。すると燈は入れ歯老人の如く口をモゴモゴとさせた後、気まずそうに口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………服、着た方がいいっすよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ごめんごめん。悪い夢見たもんで汗かいてついつい半裸で寝ちゃってたこと忘れてたよ。教えてくれてありがと」

 

 

「は、はぁ……」

 

 

ジョセフと燈はアネックスの通路を歩く。居住区は意図的に低重力を作り出しているせいで、彼らのような大男の足が床を叩いてもそれほど大きな音は響かない。コツコツと無機質な音が反響するだけ。それが、特に面識のない両者間に漂う空気を更に気まずいものにする……と思われたが。

 

 

「ねぇ。『地球組』の『クーガ・リー』君と友達なんだよね、君?」

 

 

ジョセフは顔見知り以下の関係である燈に対して特に緊張意識も持ち合わせず、まるで会社の上司が部下に話しかけるようにフランクに、そんな質問を投げかけた。

 

 

「は、はい。そうっすけど……」

 

 

「おれの友人(・ ・)が」

 

 

ジョセフはここで言葉を区切った。果たしてあの人間を友人(・ ・)なんてちゃちな言葉でくくっていいものか。人類の到達点である自分を、初めて死の淵に追いやったあの男を。

 

 

「……ジョセフさんの友達がどうしたんすか?」

 

 

その友人(・ ・)の話題を、『地球組』のリーダーである『クーガ・リー』の人柄を知る膝丸燈に振ったのには訳がある。

 

 

「その友人が『地球組』に加入した。深くは言えないけどね、そいつはとんでもない奴だ。(クーガ君)はそいつと背中を合わせて戦っていけると思うかい?」

 

 

友人(エド)を、クーガは果たして仲間として受け入れられるのか、ということだ。

 

 

天使のように笑顔を振り撒き、悪魔のように嘘を吐き散らすエドは敵に回すと恐ろしいが味方にいても枕を高くして寝られなくなるような恐ろしい男だ。

 

 

クーガはそんなエドを仲間として信用し、背中を預けることが出来るだろうか。それをジョセフは燈に問いたかった。

 

 

「クーガが、ですか?」

 

 

燈はジョセフの問いに、腕を組んでウンウンと悩み始めた。境遇が似ていたせいか、クーガと過ごした時間自体は僅かだったが、豊かなものだった。その中で感じた彼の人柄は、真っ直ぐで芯の通った人物ということだ。

 

 

 

弱さを見せることもあったが、あれは悪い弱さではなかった。己の弱さを自覚し、油断や慢心などすることなく相手の強さを見抜く。幼少の頃よりイスラエルの戦場で培ったあの観察眼は、物事を先入観なく見定めることが出来る。

 

 

そして何より、

 

 

「あいつは自分が、人間が弱いことを自覚してる。一人じゃ『地球』を守るなんて大仕事を出来っこないってこともわかってる」

 

 

 

 

 

───────────だから。

 

 

 

 

 

「ジョセフさんのお友達がどんな奴だろうと、その人とだって仲間になれる筈です」

 

 

ジョセフは燈の言葉を僅かにだが頼もしく感じた。何せ、自分の見立てでもクーガは自分の友人であるエドを仲間として受け入れることが出来ると予想していたからだ。

 

 

『クーガ・リー』は自分達の(むれ)の長である『小町小吉』とどこか似ていたから。小町小吉が『アネックス一号』の中で蠢く隠謀に気付いているかは疑問だが、色物揃いの自分達搭乗員を束ねる人柄と度量はリーダーとしてこの上なく適任だ。

 

 

その小町小吉と似たクーガなら、エドのこともきっと受け入れることが出来るだろう。

 

 

ジョセフがそんな風に『地球』の友に思いを馳せた時には、もう幹部(オフィサー)達が集う会議室は目と鼻の先にあった。ドアのロックに手をかけ入室する前にジョセフは燈の方を振り返り口を開く。

 

 

「起こしてくれてありがと。本当に助かったよ」

 

 

「あっ、いえ!いいっすよこんぐらい(どうせ拒んだところでミッシェルさん)(には逆らえないし)

 

 

「この借りは火星で必ず返す。誓うよ。()とミッシェルさんと、『地球』で命懸けで戦ってるおれ達の友人にね」

 

 

そう告げると、ジョセフは会議室の中へと消えていった。燈はジョセフの後ろ姿を見届けると、居住区へと戻っていく。その途上で、艦内の窓から遥か遠くに見える『地球』をその瞳に映しながら、燈もまた同様に今は遠く離れた友に思いを馳せる。

 

 

「……クーガ、『地球(そっち)』でまたでかいこと起こったらしいな。前回U―NASA襲撃された時と同じぐらい艦内はパニックになっちまってる。でも俺はお前を信じてる」

 

 

かつての戦う理由だった、幼馴染みの『(みなもと)百合子(ゆ り こ)』に対する想いに整理をつける後押しをクーガはしてくれた。そして、今の戦う理由である『春風(はるかぜ)桜人(さくらと)』をクーガは命懸けで守ってくれた。

 

 

そんな自分が、彼の初めての友人である自分が彼を信じずして誰が彼を信じる。

 

 

「『地球』はお前に任せたぜ。こっちは任せろ」

 

 

 

 

 

 

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───────────

 

 

 

 

「いやーお待たせしました」

 

 

「おせぇぞ」

 

 

会議に遅刻したにも関わらずへらへらと笑みを浮かべながら入室してきたジョセフに、眼鏡を光らせたミッシェル・K・デイヴスからの叱咤が突き刺さる。いつもであれば「心配かけて申し訳ないと思っていますよ、ミッシェルさん」などとキザな台詞を吐いて、手をそっと握り……なんていう彼女(ミッシェル)が青冷める事必死な、ある意味ルーチンにも近い日常的な行動をジョセフはとっていただろう。

 

 

しかし、今件の経過報告に関する書類と何時に無く真剣な面持ちで睨めっこする我らが(むれ)の長、小町小吉を見てそんな気は失せてしまった。いくら空気を読めないことに定評があるジョセフでも、今だけは黙って椅子に腰掛けなければならないと理解していた。

 

 

「……全員揃ったな」

 

 

ジョセフが腰掛けたのを確認すると同時に小吉は一呼吸整え、口を再び開いた。

 

 

「2時間前に報告した通り『地球』でテロが起こった。『MO手術』を用いたテロだ。そいつはいつもと変わりはしないが相違点が2つある」

 

 

小吉は、2本の指を立てる。

 

 

「1つは規模(・ ・)。2つ目は『地球組』はそのテロに結果だけで言うと対応(・ ・)出来なかったってことだ」

 

 

『地球』でほぼ同時に2件テロが起こった。今までのケースなど比較出来ない程の規模のものだった。それこそ軍隊を使わなければ鎮圧出来ない規模の。

 

 

それを大量に人員を失い、尚且つ連戦で疲労している『地球組』に完璧に抑えろなどと言うのは実に酷な話だ。むしろ少人数ではあるが今まで戦ってくれたものだと称賛すべきものである。

 

 

しかし、搭乗員への報告義務から各班長から『アネックス1号』各班員に伝達した結果、今件で死亡した遺族の中に家族や親類はいなかったものの不安の種を抱えてしまった班員が数多く見受けられた。

 

 

無理もない。今まで『地球組』は民間人への被害を最小限に抑えて戦ってきたにも関わらず、いきなり二隻の軍艦が沈み、多くの命が失われたなどという報告を受ければさぞかしショックと不安が胸中で渦巻いているだろう。

 

 

そのせいで、小さな綻びが生じ始めている。今件に対応出来なかった『地球組』に対して不満と不安をぶつける者と、それを擁護する者の間で。

 

 

命懸けの『火星』での任務が近付いていることも手伝い、『地球』で任務をこなしている者達への密かに抱いていた妬みまで顔を出してきた。『地球組』が本当に地球でヌクヌクとしている訳がないことは彼らも分かっている。『地球』での任務は『火星』での任務とはまた異質の危険性を秘めている。

 

 

現に過去にアマゾンで起きた事例(ケース)で、『バグズ手術』の中でも変わり種とも言える手術を受けた『金髪の男』とその仲間三人のうち、『勇敢な男』と『色男』は命を落としている。必ずしも地球が安全とは言い難い。

 

 

(わか)ってはいても言わずにはいられないということは、『アネックス1号』搭乗員の メンタルは相当追い詰められているとも言える。ここで何か手を打たなければ任務に支障をきたすことは必死だ。

 

 

「で、何かあんのかい艦長」

 

 

アシモフはどこかふてぶてしい態度で小吉に尋ねた。ミッシェルが「それを今から私たちで考えるんだろうが」なんて噛み付こうとした瞬間、小吉は口を開いた。

 

 

「取り敢えず各自班員を落ち着かせて居住区に戻らせておいてくれ。なるべく早めに話すことをまとめて艦内放送を流すよ。搭乗員の手前集めといてなんだけど、お前ら『幹部(オフィサー)』が側にいてやった方が心強いと思うから」

 

 

「何かっこつけてんだバカ」

 

 

「艦長本当にそりゃないぜ。腕相撲最下位だったことまーだ拗ねてんのか?ロシアの女より嫉妬深いなガッハッハッ」

 

 

「艦長がそう言うなら僕は構わないけど僕は艦長が行う対策に一切携わってないってことで。あ、勿論責任も艦長持ちで」

 

 

「……本当に呼び出した意味ないですね」

 

 

「艦長おれ一旦部屋に戻ります。ジャケット裸の上から着込んでましたしフフ。どうやらむき出しの男性フェロモンを艦内に散布してきちゃったようで」

 

 

たった一言告げた瞬間、妄言を喚いてるローマの伊達男以外の4人の『幹部(オフィサー)』からの集中攻撃を受け、小吉は一瞬挫けそうになり絞り出すような苦笑いを浮かべた。

 

 

自分はどれだけ信頼されていないんだろうとネガティブオーラを出しかけた時、不満を呟いていた四人とジョセフは立ち上がり、会議室のドアへと向かった。

 

 

小吉一人で考えを煮詰めることに不満を述べていたものの、小吉の性格上ワンマンプレイで今件を済ませようという独りよがりで傲慢な腹づもりではないことは分かっていた。頼るべきところでは虚勢など張らずに自分達『幹部(オフィサー)』に頼って来る筈だ。

 

 

「もし行き詰まったら呼べよ。艦長一人に責任を押し付けるつもりはねぇからな」

 

 

「おれも中に何か着たらちゃんと班員のとこに行って落ち着かせますよ。任せておいて下さい、艦長」

 

 

その小吉が一人で考えを練ろうということは、彼なりに何か想うところや考えがあるのだろう。故に、5人の『幹部(オフィサー)』は(むれ)(おさ)を信じその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

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小町小吉は、自身の居住区にて小型のジェラルミンケースを静かに開けた。中には腕時計の器具が一つ。中には更に強化ガラスのロックが掛けられており、この機器の重要性並びに機密性の高さを露骨に示していた。

 

 

「音声認証、小町小吉」

 

 

音声を読み込んだ途端に次は指紋認証、網膜認証と次々に課されるセキュリティをクリアしてようやく、保護されていた機器を手に取ることが出来た。その機器にはこう刻み込まれていた。

 

 

 

 

『惑星間独立通信機 TERRA_FOR_MARS 』

 

 

 

 

万一の保険。『火星』から『地球』まで、電波が到達するまでは5分かかる。この器具で通信する場合、更に遅く15分程のタイムラグを生じさせる。これは、密かに(・ ・ ・)設置したいくつかの衛星を経由する為である。メリットは、妨害電波で通信を妨害されないこと。

 

 

裏切りを想定し、UーNASAが極秘に開発した破格の性能を持つ通信機。通信によると、もうすぐこの機器と相互通信出来る機器が『クーガ・リー』の手に渡るらしい。

 

 

別に、今回の件に関して彼から助言や答えを聞こうという訳ではない。ただ、誰よりも自分の背中を見てきた彼に問いたいのだ。自分は彼の目から見てどう映っていたのかを。

 

 

何故なら、不安を抱えた『アネックス1号』の面々に伝えようとしていることは自分が生きてきた足跡そのものだから。

 

 

 

 

 

 

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テラフォーマー生態研究所第4支部に向かう山道を、護送などに使われる一台の輸送車が走り抜けていた。助手席には『蛭間七星』、 運転席にはターバンを巻いた彼の部下の『染矢』。荷台にはサングラスをかけた、同じく彼の部下である『日向』。

 

 

「荷台の乗り心地はどうよ?ドイツスケベ用語ペラペラ丸」

 

 

「だから七星さんの前で誤解されるようなこと言うなって龍っちゃん!!」

 

 

「何が誤解なんだよ。巨乳に惹かれるのは男の本能なんだろ?それでもお前は貧乳が好きなんだろ?」

 

 

日向をいじくり倒す染矢だったが、七星がなんとも形容し難い表情で自分達のやり取りに困惑していたので、話題を今まさに自分達がリアルタイムで輸送している荷物のことに切り替えた。

 

 

「しっかし極秘の『TERRA_FOR_MARS』はともかく随分と奮発しましたね七星さん。(俺らの給料何年分の予算むしり)(取ったんですか)

 

 

「『アネックス1号』の火星到着が近付いて『地球組』の面倒見てやれなくなるから餞別にプレゼント豪華にしちゃった感じですか?なんて……」

 

 

日向は冗談のつもりだったのだが、七星は誤魔化すようにゲホゲホとわかりやすく咳払いをしたことから図星だったことが判明してしまい、ドイツスケベ用語ペラペラ丸の話題以来の微妙な空気が車内に流れた。

 

 

「デリカシーはお母さんのお腹の中に置いてきたのか?多国語ペラペラM字型毛根太郎」

 

 

「毛根は放っとけ!!!!」

 

 

「……ゴホン」

 

 

七星が咳払ったお蔭で、染矢と日向の掛け合いにようやくピリオドが打たれた。再び沈黙が来訪したところで、七星が口火をきった。

 

 

「彼等は少人数でどんな任務もこなしてきてくれた。俺は彼等の指揮官ではなくなるが……その前にせめて出来うる限りのバックアップをしてやりたい」

 

 

「俺が『地球組(彼 等)』だったら大喜びしますけどね。各自(・ ・)に完全に合わせた最先端の装備一式なんてそうそう準備出来るもんじゃない。特にコイツ(・ ・ ・)

 

 

日向が荷台でコンコン、と巨大なコンテナを叩いた。この中には、特撮ヒーロー真っ青なモンスターバイクが入っている。更に周囲を見渡した。

 

 

『地球組』5人の専用兵装。六ヵ国(・ ・ ・)が予算と技術を惜しみ無く投入してこしらえた、彼等専用の一張羅と力を最大限引き出すであろう装備。

 

 

舞台が『地球』だからこそ実現した、技術の結晶。奴等(テラフォーマー)に奪われる心配などせず、(オレ)(たち)の力を存分に振るえる。

 

 

『火星』で起こる物語に手出し出来なくとも、125万種以上の生命の炎が燃え盛る、地球生物(オ レ た ち)のこの()()でこれ以上好き勝手させない。そんな明確な意思が、一介の戦闘員や工作員にすぎない5人の装備に込められていた。

 

「最初は使い捨てかもしれない戦闘員に馬鹿みたいな予算(コスト)かけてどうすんだってブーイングの嵐だったってのに……流石に今残ってる連中の実力は認められたみたいっすね」

 

 

そんな風にカラカラと笑う染矢の笑い声を横にしながら、七星は懐からリストを取り出した。既に配布をされたモノが2つ程あるが、この中のほとんどがこれから『地球組』の面々に配布されるものだ。

 

 

「待っていろ。こいつは正真正銘『地球生物(お れ た ち)』の『U―NASA(お れ た ち)』による『地球組(き み た ち)』の為の装備だ」

 

 

 

 

 

エドワード・ルチフェロ

 

▽『特性(ベース)

『エンジェルトランペット』

 

▽専用戦闘服

擬装用アンダーウェア『JOKER_CROCK』

 

▽専用装備

体内内蔵型アルカロイド散布装置『詐欺師の手口(アンジェロ・マルヴァゼタ)

 

 

 

 

ユーリ・レヴァテイン

 

▽『特性(ベース)

『アンボイナガイ』

 

▽専用戦闘服

光学迷彩搭載ギリースーツ『WHITE_DEATH』

 

▽専用装備

コンタクトレンズ型スコープ『死神の魔眼(シ モ ・ ヘ イ ヘ)

 

 

 

 

 

美月 レナ

 

▽『特性(ベース)

『マンディブラリスフタマタクワガタ』

 

▽専用戦闘服

重格闘戦用バトルジャケット『RED_BREAKER 』

 

▽専用装備

超摩擦係数グローブ『破壊者の処刑具(ギ ロ チ ン)

 

 

 

 

 

アズサ・S・サンシャイン

 

▽『特性(ベース)

『ヘラクレスオオカブト』

 

▽専用戦闘服

高速剣術用バトルジャケット『BLUE_LIGHTNING』

 

▽専用装備

無摩擦係数グローブ『剣聖の鞘( セ イ バ ー )

 

 

 

 

 

クーガ・リー

 

▽『特性(ベース)

『ミイデラゴミムシ』

『オオエンマハンミョウ』

 

▽専用戦闘服

耐過熱防護服『BLACK_HERO』

 

▽専用装備

化学物質出力安定・増幅装置『炎の導き手( ゴ ッ ド ・ リ ー )

 

▽専用車両

火力炉搭載型バイク『THE()EARTH(ア ー ス)_COUGAR( ク ー ガ )

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






皆様お久しぶりです。私とこの作品を覚えて下さったでしょうか。覚えていて下さった方も今シがた思い出した方もお久しぶりです。Twitterでテラフォ仲間と暴走してました。

大変遅くなって申し訳ありません。テラフォ世界での火星~地球間の電波の速度と公式小説ロストミッションの設定がこの話に必要だったので、それが作中発表されるまで待っていました。

次回、地球組が本格始動します。

※この話で地球組の下りまでやると四万文字を越えてしまいますのでどうかご容赦下さい。予告していたにも関わらず大変申し訳ありません。


テラフォアニメ今月始まりますね。貴家先生と橘先生と編集さんは神。はっきりわかんだね。

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