LIFE OF FIRE 命の炎〔文章リメイク中〕   作:ゆっくん

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読む前の注意事項


・この話は、アニメ化記念としてコラボ企画のお誘いを『インペリアルマーズ』の作者さんである逸環さんから頂き書かせて頂いたものです。

当然『インペリアルマーズ』のキャラクターも出演しますが、何分人様のキャラクターですので、オレの文章ではその良さを活かせずキャラを崩壊させてしまう可能性もあります。


それでも構わぬよ!って方は美月レナと『とあるキャラ』が主役の心暖まるハートフルストーリー【大嘘】をどうぞ(^-^)/


※最後の最後に設定の矛盾は解決すると思いますが、ギャグもの?ですので設定等は特に気にすることなく気楽に読み進めて頂ければ幸いです。





番外編 レナ「いんぺりあるにゃーず」

 

 

 

 

とある日のとある時刻。

 

 

猫BAR『 ほたる 』

 

 

元『S(スーパー) B(バイク) K(世界選手権)』チャンプ〝天城ほたる〟と元イスラエルの兵士〝ゴッド・リー〟夫妻によりこの店は営まれていた。

 

 

一見すると何処にでもあるBARのような店構えのこの店舗だが、店の中にはゴッド・リーによって乱獲された無数の元野良猫達が「にゃあにゃあ」とところ狭しと鳴き彷徨いている。

 

 

他の所謂『猫喫茶(カフェ)』と異なるのは料金が多少優良なところと、気に入った猫がいれば料金手続きを踏んで引き取ることが出来る点だろうか。

 

 

野良猫達全員に衛生検査を受けさせるのは経営的に多少骨が折れるが、BAR(・・・)であるが故にアルコールを出した客がそのまま勢いで少し値の張る手続きで猫達を貰っていってくれるが為に店の経営は安定していた。

 

 

まさに猫好きの聖地(エ デ ン)。そんなこの店に一人の珍客が訪れようとしていた。

 

 

チリンチリン。来客を知らせるベルが鳴った途端に、店内に勢い良く飛び込んできた女性。

 

 

表情の無い瞳に、ブラウンのショートカット。髪にはいつものカチューシャを装着。

 

 

服装はいつものアーミーファッションではなく、猫を模した黒いパーカーに同色のミニスカート、パーカーの内側にはデフォルメされた猫がプリントされた白いTシャツを着用。

 

 

更にスカートから下には黒と白のしましまニーソにグレーのショートブーツと、いつもの彼女からは想像出来ないキュートなコーディネートに身を包んでいる。

 

 

 

「わしじゃよ」

 

 

NAME:美月 レナ

 

NATIONALITY:日本

 

M.O.O:〝昆虫型〟

 

BASE:『マンディブラリスフタマタクワガタ』

 

EARTH RANKING:第三位

 

THE OTHERS: 20歳 ♀ 163cm 50kg

 

 

彼女は今の出で立ち(コーディネート)から容易に想像出来るように、熱狂的な猫愛好家である。

 

 

どれぐらい猫好きかと言うと、

 

 

Q,「〝ドラえもん〟は何ですか?」

 

 

と彼女に尋ねると、

 

 

A,「どらちゃんは〝にゃんこ〟だぞ」

 

 

とコンマ一秒も要せずに素早く返して来る程である。彼女の中でドラえもんは『青狸』でも『猫型ロボット』でもなく、(にゃんこ)なのである。

 

 

今の例では彼女が猫好きなのかちっとも伝わらなかったと思うが、要するに彼女は人並み以上に猫が好きだと思って貰っていい。

 

 

そんな彼女はここの常連、いや(あるじ)と呼べる程にこの店の深みにドップリとはまっていた。

 

 

その証拠に、その(レナ)が店の入り口から店の敷居に一歩足を踏み入れたその途端、店の中に散っていた猫達が一斉に集合し、レナの歩くその先の道を整列して囲った。その中央をレナが闊歩し、BARのカウンター席へと向かう。その様子はまるで真っ二つに裂かれた海の道を渡るモーゼの如し。

 

 

この現象はこの店の他の常連客から言わせればレナにのみ可能な『(ぬこ)ロード』と呼ばれる現象らしいが、何もレナは意図してこの現象を引き起こしている訳ではない。彼女が自然体でいるだけで、自ずと猫達は彼女の元へとすり寄ってくるのだ。

 

 

その彼女がカウンター席に腰掛けた途端に猫達は何かを待ちかねるかのようにうずうずとその身を悶え身構えた。

 

 

そして、

 

 

「 お ま た せ 」

 

 

レナがそう告げた瞬間、猫達は「みぃみぃ」と声を挙げて彼女の膝や肩に飛び乗った。あっという間にレナの衣服はネコの毛だらけになる。

 

 

「あらあら。みんなレナちゃんのことが大好きなのね~」

 

 

バーテンダーのベストに身を包んだ店主〝ほたる〟はその様子を見守りつつ、クスクスと鈴のように微笑んだ。

 

 

レナが来るといつもこうだ。店内の猫という猫はみんな()()の元へと吸い寄せられ、他の常連客はただ指をくわえてそれを見守るだけの状況になってしまう。

 

 

「はいはいみんな、お客さんの所に戻ってね。じゃなきゃにぼしはお預けよ~?」

 

 

ほたるがカウンター越しに手をパンパンと叩くと、猫達は蜘蛛の子を散らすように一目散に持ち場へと戻っていった。それを見送った後に、ほたるはレナに猫の写真一覧を差し出した。

 

 

「レナちゃんは今日どの()にするのかしら?」

 

 

「〝ますたー〟の おすすめ で たのむ」

 

 

「 マスターのオススメね?アナタ、

  お・ね・が・い 」

 

 

「……面白ェ」

 

 

ほたるがその言葉を放った途端、店の奥から鋭い目付きの店主〝ゴッド・リー〟が現れた。

 

 

このような強面ではあるが、リーはこの店の経営者(マスター)である。彼は鋭い目付きで仔猫の群れの中から一匹を見繕うと、抱き上げてレナへと差し出す。

 

 

「気を付けな、パワーガール。こいつはかなりの暴れ馬だぜ」

 

 

『にーにー』

 

 

リーが差し出してきたのは、暴れ馬(・ ・ ・)という比喩とは程遠い非常に愛らしい仔猫であった。

 

 

「こいつ の なまえはなんじゃ?」

 

 

「 ……クーガだ 」

 

 

「これでくーが も810ぴきめか」

 

 

リーは、ほたるの制止も聞かずに引き取る猫全てに息子と同じ名前の『クーガ』という名前を全ての猫に名付けていた。そのせいで、クーガと呼ぶと辺り一帯の猫が一斉に振り向く現象が発生してしまっている。

 

 

最も、ほたる自身もそんな隠れ子煩悩なリーの一面を見られることに対して満更でもなさそうではあるが。

 

 

「くーがまま、この(・ ・) くーが はなんて にゃんこにゃんだ?」

 

 

レナはほたるに向かって仔猫を突き出して尋ねた。耳がつぶけた、足の短い仔猫だ。

 

 

「ああ、その子?『マンチカン』って種類の猫ちゃんね」

 

 

まん(M E N)ちかん(痴 漢)?こいつ〝ほも(・ ・)〟かよぉ」

 

 

レナの独特の感性にリーとほたるは思わず同時にずっこけた。相変わらず息子(クーガ)の仲間は個性豊かなようだ。

 

 

 

 

 

─────────────────────────

 

 

───────────

 

 

 

 

「 だいなもかんかく

       だいなもかんかく

 

 YO(よー) 

            YO(よー)

 

    YO(よー)   YO(よー) 」

 

 

 

聞き手の心まで弾ませてくれる程に御機嫌な歌声が店内を反響する。歌声の主はすっかり酒が回ってしまったレナだ。彼女はかなり酒に強い方だが、飲んだ量が量なので少しばかり頬が赤く染まっている。

 

 

BARは本来、大人の社交場であるが故にそのような歌の類は控えるべきである。しかし、ここは猫BARであるが故に「にゃーにゃー」という鳴き声が飛び交っていることに加えて、レナのキャラクター自体が常連客から名物扱いされていた為に許されていた。

 

 

「くーがまま、もう いっぱいくんろ」

 

 

「ダーメ。114514杯は飲みすぎよ?」

 

 

「……何で途中で止めなかった、ほたる」

 

 

「やん。オコなのアナタ?」

 

 

凄まじい量をレナに飲ませたほたるに、流石にリーもお冠だ。最も、リーと他の客も砂漠の地に吸収される水の如くみるみるうちにアルコールを飲み干すレナに呆気に取られ、止めるどころではなかったが。

 

 

「のみたりん」

 

 

「ごめんねレナちゃん。さっきも言ったように今日はもう飲みすぎだし、店のお酒もスッカラカンなのよ……」

 

 

かんびーる(・ ・ ・ ・ ・)でもいいからほしー」

 

 

「もう。これで最後よ?」

 

 

レナのギブミーアルCALLは留まることを知らない。ほたるはこれを最後に、という約束の元にことで店の奥の私用冷蔵庫から缶ビールを取りだした。

 

 

それを猫の形をした小さなジョッキ〝ニャンコップ〟にコポコポと注いでレナに差し出した。

 

 

「くーがまま も のんでちょ」

 

 

「あら!いいのかしら?」

 

 

ほたるも食器棚からMy〝ニャンコップ〟に缶ビールの残り半分を注ぎ、るんるんと気持ちを弾ませて自分も一杯しけこもうとレナとグラスを合わせる準備を整えた。

 

 

「それじゃあレナちゃん、かんぱ~い」

 

 

ばん()か~い」

 

 

それぞれの乾杯の音頭とチン、というガラス音が響く音と共に、二人はゴキュゴキュとビールを飲み干した。

 

 

その様子を見たリーは文句も垂れずに一人黙々と客を帰し、店仕舞いの準備を始めた。店内のアルコールも切れたことだし今日はもう店仕舞いにするしかない。

 

 

後は、レナが帰れば完全に店仕舞いだ。

 

 

「……にゃんこ」

 

 

ほたる、リー、レナ、無数の猫以外いなくなった店内に、レナのその一言は響いた。たちまち、他の客を相手していた猫軍団がレナの足元に群がる。

 

 

しかし、レナの表情はどこか曇っている。表情の変化がない為に感情の起伏がわかりづらいレナではあるが、バイクのレーサーとして培った鋭い観察眼を持つほたるはそれを見抜いた。

 

 

「……レナちゃん、何か悩み事があるなら話してくれていいのよ?」

 

 

「うん」

 

 

ほたるが尋ねると、レナは少し固めに結んだ口を徐々にほどいて悩みを打ち明ける。

 

 

「にゃんこ と びーる はおなじだ」

 

 

レナは左に抱えた仔猫と右に持ったビールそれぞれに交互に目を移しながらポツリと呟いた。

 

 

「……どういうこった」

 

 

店内の片付けをしながら会話を小耳に挟んでいたリーは、ついレナに聞き返した。猫とビール。レナからすれば両者にどのような共通点があるというのだろうか。

 

 

「びーる が のめばのむほど のどがかわくのとおんなじだ」

 

 

そう言うと、レナは足元に群がっていた仔猫達を大量に掬い上げて頬擦りを始める。

 

 

「いくら にゃんこ を かわいがったところで、わたしのこころ(・ ・ ・)はよけいにむなしくなる」

 

 

『にゃーにゃー』

 

 

「わたしは にゃんこ をかえないからな」

 

 

ほたるとリーはレナの心中を察した。彼女の名義上・事実上の家族である『サンシャイン家』は、大手食品会社である。

 

 

会社の施設に入る前に一通りの除菌作業が行われるとはいえ、万が一のことを考えたら衛生上犬や猫等のペット類を飼う訳にはいかない。

 

 

菌類は除菌作業でなんとかなるかもしれないが、ペットの毛が髪の毛に紛れこみ、施設内にそのままそれを持ち込んでしまう。

 

 

そんな万が一のことも考慮しなければ、顧客の信頼を落としてしまうのだ。

 

 

「にゃんぱす……」

 

 

レナは猫をゆっくりと抱き締める。その瞳からは、どこか哀愁が漂っていた。

 

 

そんな寂しげなレナを見て、ほたるとリーはどうにか彼女の寂しさを紛らわす方法はないものかと模索した。

 

 

「あっ……」

 

 

「……そういや」

 

 

その時、夫婦の頭上でほぼ同時にアイディアの電球が輝いた。

 

 

「レナちゃん、新猫(しんじん)の調教をお願いしてもいいかしら?」

 

 

「今朝捕まえてきたんだがよ、まだ危なっかしくて客前には出せねぇんだ」

 

 

「ぬっ?」

 

 

 

 

 

 

─────────────────────────

 

 

──────────────

 

 

 

 

 

 

地下室の檻の中。丁度今、冷たい金属の柱をガリガリとプレッツェル菓子のように容易く噛み潰している最中の獣がいた。

 

 

「グルルルル!!」

 

 

生物学的分類(カテゴライズ)は猫科に違わないのだが、果たして本当に彼を百獣の王である『ライオン』や、密林の王である『トラ』と同格に扱っていいかは疑問が残る。

 

 

 

 

NAME:シーザー

 

NATIONALITY:アメリカ

 

M.O.O:〝昆虫型〟

 

BASE:『ブルドックアント』

 

THE OTHERS: 7歳 ♂

 

 

 

 

種族、ライガー。

 

 

彼は動物に『MO手術』を施すという異例の試みによって生まれた生物兵器である。戦闘力は並の『MO手術』を受けた人間を容易に凌駕すると予想された。

 

 

 

 

───────その通りであった。

 

 

 

 

シーザーは凄まじい力で『害虫の王(テラフォーマー)』を駆逐し、喰らい尽くした。

 

 

人間(ヒ ト)の手に余る程の力を、彼は有していると言い切っても間違いないだろう。人智など、彼の前では容易く噛み千切られるゴム製の玩具でしかない。

 

 

まさに敵無し。

 

 

と、言いたいとこだが、彼には顕著な弱点らしきものが存在した。それは『桜 嵐』が開発した『M.O.D』や『マーズレッドΔ』等のテクノロジーの結晶の類のものではない。

 

 

もっと原始的(アナログ)で、もっと本能に呼び掛ける単純(シンプル)なもの。それは『(ごはん)

 

 

唯一無二の弱点。『(ごはん)』をくれる人にはホイホイついていってしまうのだ。

 

 

何故彼がそこにいたのかはよくわからないが、住宅街を散歩していたところをその弱点につけこまれ、驚く程あっさりとリーに捕獲される羽目になった。

 

 

それに加えてシーザーにはもう一つ弱点があった。とは言っても、その弱点は何も彼に限定したものではない。それは、生けとし生けるもの全ての弱点。

 

 

未知(きょうふ)

 

 

全く訳のわからないものに遭遇した時、人も獣も無力となる。そんな『未知(きょうふ)』が、シーザーの元へと訪れる。

 

 

「おいそこの でかにゃんこ(・ ・ ・ ・ ・ ・)

 

 

地下牢に閉じ込められていたシーザーの前に現れたのは、『地球組』のパワー&カオス担当の美月レナ。その片手には、彼女の大好物である『さけるチーズ』。

 

 

それをシーザーの前へと放り投げて、食べるように促した。

 

 

「ガルルル……」

 

 

シーザーは生まれて初めて目にする『さけるチーズ』をギロリと睨み付け、視覚だけでなく嗅覚、触覚、舌で一舐めしての味覚をも用いて吟味する。

 

 

これは本当に食えるのか、どうか。どうやら塩分濃度は自分が食むにしては少し高い気もするが、食べても安全なようだ。

 

 

シーザーがそう判断し、目の前に出された『さけるチーズ』へとかぶりついた瞬間のこと。

 

 

         

         ──┐

        

         ば

 

         か

 

         も

 

         の

       

       └──

 

 

 

 

 

シーザー君(7)の鼻頭に

    

    

 レナお姉さん (20)の怒りの鉄拳がめり込む!!

 

 

 

 

「キ゛ニ゛ャア゛ア゛ア゛!!」

 

 

レナの拳が炸裂した瞬間、シーザーは先程までの「ガルルル」「グルルル」という咆哮はどこにいったんだと言いたくなる程に猫っぽい声をあげて激痛のあまり飛び上がった。

 

 

シーザーは『ライオン』と『トラ』を人工的に掛け合わせて作られた種、『ライガー』だ。

 

 

猫科全体に言えることだが、特に彼の片親である『ライオン』は人間の十万倍神経が鼻に集中している為にその箇所への刺激に極端に弱い。

 

 

考えてもみて欲しい。そんなところにクラッシャーガール レナの鉄拳が炸裂した痛みは、人間の男性で例えるならば『金的を百回蹴られる痛み』にも匹敵するのだ。

 

 

そんな激痛を不意に受けたでかにゃんこ シーザー君は、その肉球グニグニの掌で必死にグシグシとお鼻をこすって痛みを紛らわした。

 

 

「……グルル」

 

 

暫くして痛みを引いた後、シーザーは檻の前で佇むレナから距離を取り、彼女を威嚇した。

 

 

シーザーには理解出来なかった。目の前の人間は、何故激昂し自分に拳を振るったのか。しかし、その理由は意外にもあっさりと判明することになる。

 

 

「おまえは『さけるちーず(・ ・ ・ ・ ・ ・)』を さかずに(・ ・ ・ ・)たべるつもりか?」

 

 

レナはシーザーが一度はかぶりついた『さけるチーズ』を拾い上げると、器用に裂いた。

 

 

確かに、この製品は大昔からTVCMにて『さけーばさくほどおいしーぞー』と唄われる程に裂けば裂く程に味わい深くなる食品である。その食べ方が美味しいことに間違いはない。

 

 

ただ、シーザーは獣である。人間と違って食を楽しむ文化などない。その上、自分よりも弱い人間から食事の作法を習ってやる義理はない。

 

 

故に食事を邪魔した目の前の()()に対して憤慨した。その怒りたるや、怒髪天を衝くばかり。

 

 

「ガルアアアアアアァアアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

シーザーの怒号と共に、彼に装備されていた装置から『薬』が身体へと注入された。みるみるうちに、彼の強靭な身体はより強力な肉体へと変貌していく。

 

 

彼自身の『特性(ベース)』は『ブルドックアント』。

 

 

中国暗殺班『(イン)』の構成員『(シャン) 黒獣(ヘイショウ)』と同じ『特性(ベース)』である、強力無比な昆虫。

 

 

シーザーは黒獣(ヘイショウ)と異なり多彩な技こそ持ち得ていないが、少なくともスピードやパワー等の身体能力は確実に彼を上回っている。レナにとって、かつてない強敵。

 

 

「『MO手術猫(もざいくおーにゃん)』か」

 

 

レナは身体の変異から彼が『MO手術』を受けたことを察したのか、そう独特の名前を付けた後に身構えた。

 

 

かと思いきや、とても大きなゴミ袋を取り出した。どうやらこれでシーザーを迎え撃つつもりのようだ。

 

 

それを見たシーザーは、自らの血管が続けざまにブチブチと千切れていく錯覚する程の怒りを覚えた。

 

 

お世辞にも武器とは呼び難い黒いビニール袋で()()はシーザーを迎え撃とうとしているのだ。それがシーザーに流れる二種の王者の血の誇り(プライド)に泥を塗ったのだろう。

 

 

次の瞬間、脆くなっていた檻を容易く体当たりで破壊し、シーザーは一直線に駆け出した。

 

 

「グルルルルルルルルガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

自分を侮辱した人間の柔肌を切り裂く為に。

 

 

「こいでか(・ ・)にゃんこ(・ ・ ・ ・)。おまえもにゃんこならこれ(・ ・)によわいはずだぞ」

 

 

刹那、レナは迫るシーザーに向かってゴミ袋の中身をぶちまけた。

 

 

 

 

 

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────────────

 

 

 

 

シーザーの鼻腔の中を、レナがゴミ袋の中から解き放った物質が支配した。彼は途端にそれこそ〝借りてきた猫〟のように大人しくなった。

 

 

「…………?」

 

 

シーザーは、自らを怒り狂わせた張本人であるレナが目の前で佇んでいるにも関わらず、彼女に構うことなくその肉球ハンドでゴミ袋を小突いた。

 

 

その後に、ゴミ袋の中に鼻を突っ込んでクンカクンカと中身を吟味する。一体自分の怒りを半ば強制的に鎮めたこの物質は一体なんなのだろうか。

 

 

シーザーは「なんなのこれ?」と言わんばかりにタンタンとゴミ袋を叩きつつ、レナを見上げて声なき疑問を呈した。

 

 

またたび(・ ・ ・ ・)だってばよ」

 

 

『またたび』

 

     『MATTABI』

 

 

 

木天蓼(またたび)。猫に対する最終兵器とも称される植物。

 

 

効能、猫科の生物に対する強い恍惚感。

 

 

体積に比例してその個体に見合っただけの量の『またたび』が必要になるが、シーザーの体積に対してはゴミ袋いっぱいの量で事足りたようだ。

 

 

(にゃんこ)好きであるレナだからこそ思い付いたエキセントリックな奇策。だがしかし、ここでレナは止まらない。さて、ここで少し話は脱線する。

 

 

レナは『ミッシェル・K・デイヴス』と同じくその自慢のパワーを活かしたパワーファイターではあるものの、彼女(ミッシェル)と比べると純粋な(パワー)という一つの側面においてどうしても見劣りする。

 

 

それは本人自身の身体能力的な意味でも、適合した『特性(ベース)』的な意味でも、どちらの意味でも言えることである。

 

 

『レナ』が『ミッシェル』にパワーで勝つことは叶わない。『クワガタ』が『アリ』を力だけで制することも叶わない。

 

 

しかし、『レナ』と『クワガタ』が『ミッシェル』と『アリ』を上回る点が存在した。

 

 

(パワー)の扱い方〟である。

 

 

その一点でのみ、(パワー)という側面において『レナ』と『クワガタ』は『ミッシェル』と『アリ』を凌駕していた。

 

 

レナは、自らの攻撃スピードが特筆する程素早くないことを十二分に理解している。故に、自らの(パワー)をぶちかます為の術を持ち得ている。

 

 

それは例えば、彼女自身が得意としている軍用格闘技全般で用いられるフェイントやカウンターであったり、民間護身術で用いられるような、物で相手の注意を逸らし反撃するという初歩的なものだったりする。

 

 

話は戻るがたった今シーザーに用いたのは、後者の術。つまり、(マタタビ)で注意を逸らすだけでとどまる筈がない。

 

 

おちろ(・ ・ ・)

 

 

いつの間にか『薬』によって変異を済ませたレナの腕が、まるで獲物を仕留めるアナコンダの如くシーザーの首回りに巻き付き、凄まじい力で締め上げた。

 

 

先程までの臨戦態勢のシーザーならば容易に避けられただろうが、マタタビに気が傾いていたシーザーではレナの絞め(ロック)を回避することは叶わなかった。

 

 

「ガッ!?」

 

 

シーザーは直ぐ様彼女を振りほどこうと狂ったように体全体を振り回しレナの絞め技(チョークスリーパー)からの脱出を試みるが、何故かレナをふりほどけない。

 

 

「ギャッ!!」

 

 

何度も。

 

 

「カッ゛!!」

 

 

何度も。

 

 

何度も、何度も。

 

 

力で上回る筈のシーザーが何度暴れても、レナは振りほどけない。それどころか、首回りを締め付ける力は秒を刻むごとに増幅する一方だった。

 

 

まるで、それこそ人間大の『クワガタ』に首を挟まれてるかのような錯覚にシーザーは襲われた後、その意識を闇に落とした。

 

 

おちたな(・:・ ・ ・)

 

 

シーザーの意識が落ちた(・ ・ ・)ことを確認すると、レナはシーザーの巨体をズルズルと引きずって固定具にその体を固定した。

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────

 

 

─────────

 

 

 

 

 

「ニ゛ャウ゛ウ゛……」

 

 

シーザーはまるで家猫のような鳴き声を上げて目を覚ました。辺りを見渡すと先程自分を気絶に追いやったレナと、暫く彼に餌を与えていた『ゴッド・リー』と『天城ほたる』夫婦が自分を見ながら何やら話し合っているのが視界に入った。

 

 

「まぁまぁ。レナちゃんってば喧嘩してあの子に勝っちゃったの?」

 

 

「ふっふっ。なしとげたぞ」

 

 

右腕を振り上げあたかも完全勝利したかのようなガッツポーズをキメるレナを見て、シーザーは歯軋りをした。

 

 

まともにやり合っていたらシーザーにも勝ちの目はあったのかもしれないのに、『マタタビ』なんていうリーサルウェポンを使われて勝利をあっさりともぎ取られたからだ。

 

 

故に、抗議の意をすぐさま唱えた。

 

 

「ニャウッ!ガウッ!!」

 

翻訳『ノーカンだよ!ノーカン!!』

 

 

しかし悲しいかな、彼は猫科動物。どれだけ「ニャンニャンガウガウ」言ってても人間にその意図を正しく伝えることは困難だ。

 

 

「あらあら。何か言ってるみたい」

 

 

「〝きょせい〟してくれっていってるぞ」

 

 

「ブニャアゴ!!」

 

翻訳『そんなこと言ってないもん!!』

 

 

シーザーは彼女達にガウガウ吠えて抗議する最中、自らの四肢が拘束されていることに漸く気付く。

   

 

そして、それに気付いた時には既にレナが何やら怪しい道具入りのバッグを携えてシーザーの側で佇んでいた。

 

 

「おまえを〝げーじゅ(・ ・ ・ ・)つひん(・ ・ ・)〟にしてやる」

 

 

そう言うとレナは、何かを取り出そうとスポーツバックの中をゴソゴソと探り始めた。四肢を拘束されている上に、横には何やら怪しい動きを見せるクレイジーサイコチーズ女であるレナ。

 

 

これからレナの手によって自らの身に起こることを想像したシーザーの野生の勘は、ドンドンと悪い方向に想像を膨らませていった。

 

 

想定ルート①

『本当に去勢される』

 

想定ルート②

『ゾイドに改造される(シールドライガー)』

 

想像ルート③

『お髭を抜かれる』

 

 

 

「ブニィイイイ……」

 

翻訳『お髭は嫌だよう……』

 

 

シーザーは頭を伏せて瞼をギュッと閉じながら、まるでYou Tube 動画で時折見掛ける子猫の声を出すチーターのようにか細い声でこの最悪の状況を嘆いた。

 

 

悪夢だ。『さけるチーズ』の食べ方ぐらいで自らの鼻頭をぶったレナならばどれもやりかねない。

 

 

そんな風にシーザーが自らの未来を憂いていた時、先程は変異したレナの剛腕が巻かれたシーザーの首回りに『とあるもの』が巻かれた。

 

 

「…………?」

 

 

首回りに巻かれた妙な感触に、シーザーは首を傾げて立ち上がった。すると、〝チリン〟という音色が彼の首元で鳴いた。

 

 

「ほれい」

 

 

レナがスポーツバックの中から取り出した鏡によって、シーザーは彼女に巻かれた首回りの妙な感触の正体を知ることになった。

 

 

それは鈴付きの『首輪』。鈴付きで、モコモコした素材で出来た『首輪』。シーザーが身体を揺らす度に、鈴はチリンと音を立てる。

 

 

「ふっ、似合ってるぜ猫公(にゃんこう)

 

 

「あらあら!とっても可愛い!」

 

 

リーとほたるからの誉め言葉に、シーザーはテレテレと頬を赤くした後に、その照れを隠すようにシペシペと拘束された腕の部分を舐めて毛繕いをした。

 

 

そんなシーザーの様子を見たレナは、先程までのデタラメに暴力的なボディタッチとはうってかわって、まるで家族に接するかのようにフランクな感じでシーザーの頭をポンポンと叩いた。

 

 

「きにいったか?『しざえもん』」

 

 

「ガルァ!?」

 

 

翻訳『なんだそのお名前!?』

 

 

シーザーは突如名付けられたキテレツな名前に目を白黒させた。

 

 

「『しざえもん』?」

 

 

「うん。こいつのなまえは『しーざー』だから『しざえもん』だぞ」

 

 

レナは首を傾げるほたるに、シーザーの装備品についていた鉄製のネームプレートを引きちぎって投げた。

 

 

ほたるがそれを掌に納めて掘られた文字を確認すると、確かに『シーザー』という名前がアルファベットのスペルで掘られていた。

 

 

もしここにリーとほたるの息子であるクーガが居合わせたならば「それなら『シザえもん』じゃなくて『シーザー』で良くね?(ド正論)」と突っ込んでいただろうが、何分彼は不在だ。

 

 

「なるほどね、『しざえもん』。いいお名前ね、アナタ」

 

 

「『クーガ811号』にしようかと思ってんだがそいつも乙かもな」

 

 

リー夫妻には恐ろしい程のスピードで受け入れられてしまった。そして当のシーザー本猫(ほんにゃん)も、『クーガ811号』になるぐらいなら『しざえもん』でいいですと言わんばかりにブンブンと首を振った。

 

 

こうして、彼の調教係を任されたレナと『しざえもん』ことシーザーの日々が半ば強制的に始まった。

 

 

 

 

 

 

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─────

 

 

 

 

 

 

──────2週間後

 

 

 

レナとシーザーはスーパーマーケットの卵売り場にて、無数の無精卵のパックと向き合う。

 

 

「しざえもん、やせー(・ ・ ・)のかんをはたらかすのじゃ」

 

 

シーザーはその言葉にコクリと頷くと、無数の卵とにらめっこを始める。そして、その中から一つのパックに狙いを定めて肉球グニグニの猫ハンドでタッチした。

 

 

「ガニャ!!」

 

翻訳『これ!!』

 

 

「〝これ〟だな?」

 

 

レナはシーザーが狙いを定めた卵パックを手に取ると、彼へとまたがってレジに向かう。

 

 

利用客は皆一様にシーザーを見て度肝を抜かれたように恐怖し、中には気絶する者すらもいたが、レナとシーザーはそれを一切気に止める様子もなく会計を済ませて店を出た。

 

 

「しざえもん、わたしは ねる から よりみち(・ ・ ・ ・)しないでかえるんだぞ?」

 

 

レナはシーザーにそう告げると、彼の背中にバタリと倒れこんでクークーと眠り始めた。

 

 

そうするとシーザーは『猫バス』扱いされて溜め息をつきつつも、レナをふるい落とすことなくそのまま帰路についた。

 

 

上下関係をハッキリする為とはいえ彼を初対面時に全力で絞め上げたレナであったが、その後のシーザーに対する対応はまるで仔猫を可愛がるように暖かなものだった。

 

 

一日中公園で遊んだり、彼の為に手の込んだものを振る舞ったりと、どちらかというとペットというよりも家族としてレナはシーザーと接していた。

 

 

それが、シーザーには心地良かったのかもしれない。実験動物として生まれた彼は、家族の温もりに触れることがお世辞にも多いとは言えなかったからだ。

 

 

そのせいか、もしくはレナが猫科動物に好かれる性質故か、シーザーは彼女とのコミュニケーションを嫌がらなかった。

 

 

最も、『さけるチーズ』の食べ方になると人が変わったように鼻を殴ってくるのだけは勘弁だが。

 

 

「しざえもん、もふもふ」

 

 

寝ぼけながらわちゃわちゃと脇腹を撫でてくるレナの手つきに、シーザーはくすぐったそうにゴロゴロと喉笛を鳴らした。

 

 

そんな仲睦まじい一人と一匹の前に一人の人物が立ち塞がった。爪先から頭のてっぺんまでどこか品格と野心に溢れている人物だ。

 

 

 

「……おい。起きろ」

 

 

「もうたべられにゃいぞ」

 

 

「ベタな寝言言ってる場合じゃねぇ!!」

 

 

その人物がレナの目を覚まそうとチョップを放とうとした瞬間、

 

 

「グァルルルルルル!!」

 

 

シーザーはその人物を全力で威嚇した。

 

 

「ギャアアアア!!」

 

 

シーザーの咆哮を浴びたその人物は、腰を抜かしてひっくり返ってしまう。

 

 

「うるさいぞ、しざえもん」

 

 

同時に、シーザーの雄叫びでレナはグシグシと瞼をこすりながら目を覚ました。そんなレナの視界に、彼女の顔見知りがひっくり返ってる姿が映る。

 

 

いや、レナと彼は正確に言うと通信機越しに会話しただけなのだが、お互いの顔写真ぐらいは見たことがある。

 

 

「……おまえは」

 

 

「イテテテ……畜生、腰痛めちまった」

 

 

「 あなきん(・ ・ ・ ・) 」

 

 

「 ルーク(・ ・ ・)だ!! 」

 

 

顎髭を蓄えたスーツ姿の老紳士。彼の頭は物凄くキレるのだが、色々と残念なのは否めない。

 

 

 

『ローマ連邦首脳』

    『ルーク・スノーレソン』

 

 

何故一国の首脳である彼がこんなところにいるのか。事の起こりは一週間前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

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火星に投入予定の生物兵器『シーザー』が逃げ出した。逃げ出した先は判明しているものの、U ーNASA に強い怨みを持っている『ゴッド・リー』が滞在しているのでそんな危険な場所に弟である『六嘉』や『七星』を行かせる訳にはいかない。

 

 

だからこの中の誰かが行って交渉し、シーザーを連れ返って欲しい。流石に一国の首脳が赴けば『ゴッド・リー』も折れてくれるだろうから。

 

 

そんな話題(トピック)が、首脳会議の場にて『日本国首脳』である『蛭間一郎』から放り投げられた。

 

 

「……真顔で弟を甘やかすな」

 

 

ルークが僅かに遅れてツッコんでも尚、蛭間一郎はそれを聞かなかったことにして話を続ける。

 

 

「誰かシーザー君を引き取りに行ってくれる殊勝(・ ・)首相(・ ・)はいますかね?」

 

 

一郎がそう発言した途端、ルーク以外の四カ国の首脳全員が一斉に挙手し、魔の一言を放つ。

 

 

 

「「「「じゃあ私がやりましょう」」」」

 

 

 

一聞すると、一国首脳が自ら雑務に飛び込みに行く愚かな行為に見える。しかし、ルークの頭の回転は速い。すぐさまこの状況を理解した。

 

 

(こいつらやりやがった畜生!!こいつはあれだろ!?最後に手を上げた奴が「どうぞどうぞ!!」って担がれて貧乏クジ引かされる奴だろ!?そんな大昔のジャパニーズコメディアンが使ってたテクニックこんな場所で使うなっての!!

 

しかし使われちまったもんは仕方ねぇ……どうする……!!残ってんのはオレと蛭間だけ!!先に手ェ上げなきゃデカネコ引き取りに行かされちまう!!

 

行く!行くしかねぇ……!!オレの肝っ玉を倍プッシュ!!手を!上げる!!蛭間一郎よりも先に!そいつがオレに唯一残された最善で最優で最良の勝利へのウイニングロード!!)

 

 

「じゃあ私がやりましょう!!」

 

 

ルークは天井を突き破らんばかりの勢いで挙手した。当然、一郎よりも先に。これで、最後に手を上げた一郎が「どうぞどうぞ」の餌食になる算段だ。

 

 

ドクン、ドクンと脈をうち、ルークの胸の奥で若かりし頃サッカーの試合中に自らのシュートでホイッスルと共に試合の勝敗を決めた時の感覚が甦る。

 

 

確かな勝利への手応え。完全勝利したルーク君UC。

 

 

しかし、掴んだ筈のその勝利の感覚は音も立てずにルークの掌の中で霧散することになる。

 

 

一郎の挙手を待たずして、いやそれどころか一郎も含めた首脳陣五人が声を揃えて

 

 

「「「「「 どうぞ どうぞ 」」」」」

 

 

とルークの挙手と共に言い放ったのである。

 

 

「ファッ!?」

 

 

お約束無視の大暴挙に、ルークはつい間抜けな声を発してしまった。そしてすぐさま頭脳をフル回転させ、結論へと瞬時にたどり着いた。

 

 

恐らく自分はハメられたのだ。最初から、そういう算段だったのだ。

 

 

ルークは自覚していた。この首脳陣の中で自分の役回りは間違いなく『いじられキャラ』であると。故に、雑務を押し付けられるのも当然と言えるだろう。

 

 

(チキショウ中国首脳の野郎……オカズノリみてぇな眉毛しやがって……日本の蛭間一郎、テメェその若さで首脳になるだけあってやること汚ねぇわ、うん。

 

 

アメリカのグッドマンさんよ、アンタも全然グッドじゃねえわ。バッド(・ ・ ・)マンに改名しろよ。そんでドイツのペトラ。二十年前だったらお前なんかベッドの上であんなことやこんなこと…………つうかロシアのスミレフ!!テメェ顔の掘り深すぎるんだよ!!お前はあれか!?

 

小学生の頃大して使いもしないのに買わされた彫刻刀セットもて余して自分の顔面の掘り深くしたのか!?でなけりゃその掘りの深さ説明出来ねぇよ!!

 

あーもー!!とにかくお前ら全員大嫌いだ!!ちったぁ年寄りを労りやがれってんだこのすっとこどっこい共が!!)

 

 

そんな風にルークが脳内で他の各国首脳を散々こき下ろし終えた時には、ルーク以外の首脳陣は全員退席を済ませていた。

 

 

「 チキショウ!! 」

 

 

ルークの叫びは虚しく空間に響き、秘書以外の誰の耳にも届くことなく空気に溶けてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「るーくもたいへんだな」

 

 

「ガウニャウ」

 

 

「残念美人と猫科動物からの労いでも染みるぜうぅ……」

 

 

ルークがレナと共にシーザーの背中で揺られながらここに訪れるまでの経緯を話すと、彼等から労いの言葉をかけられた。気苦労が絶えないせいか、やけに彼等の言葉が心に響いた。

 

 

「オレのこと苦労人だと思うだろ?」

 

 

「うん。るーくえらい」

 

 

「って訳でよ、お嬢ちゃん。このデカネコをオレに」

 

 

「しざえもん はわたさないぞ」

 

 

「……取り付く島もねぇな」

 

 

ルークは要求をピシャリと断られて深い溜め息をついた。十中八九、レナはシーザーに愛着が湧いてしまったのではないだろうか。

 

 

「かせいはあぶないとこなんだろ?そんなとこにしざえもんはいかせないぞ。 しざえもんはこれからも おいしいもの をたくさんたべて まいにちあそぶんだ」

 

 

ルークの予想通り、レナとシーザーの間には絆に近いものが生まれてしまっているようだ。絆の芽生えた者同士を引き剥がすもの程、困難で後味の悪い仕事はない。

 

 

『ゴッド・リー』の説得も含めると、今回の件は相当難航しそうだ。

 

 

 

 

 

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数十分後、猫BAR『 ほたる 』にて。

 

 

 

「まあ。そういうことだったんですか……怒った時変身しちゃうから妙な猫ちゃんだとは思ってたんですが……」

 

 

「フン、そういうことなら仕方ねぇ。連れていきな、ジェダイナイト」

 

 

「だからスカイウォーカーじゃねえっての……」

 

 

『ゴッド・リー』と『天城 ほたる』夫妻に事情を説明すると、意外にもあっさりと提案を受け入れてくれた。

 

 

ゴッド・リーは火星で上顎をテラフォーマーに持ってかれて以来U -NASAを怨んでいると聞いていたのだが、そんな様子は見受けられなかった。

 

 

それどころか、

 

 

「U -NASAの連中に憤っちゃいるが怨んじゃいねぇぜ。あいつらに俺の息子は世話になったし、聞いたところによるとその息子の大恩人のサムライ(小 町 小 吉)はU -NASAのお偉方になってるそうじゃねぇか。これでU -NASA を責めたらそれこそまた息子に嫌われちまう」

 

 

という人格者的発言が彼の口から飛び出した時点で、ルークの中で

 

 

(あれ?これオレが来なくても説得出来たんじゃねぇの?)

 

 

という疑念が過るが、それに気付いてしまうと自暴自棄になってしまいそうなので彼は自分自身の思考に慌てて蓋をした。

 

 

「い、いやはやご理解頂けて非常に光栄です。しかしその……そちらのお嬢さんは納得して頂けないようで……」

 

 

ルークがチラリと覗いた先には、レナがシーザーに抱き付きながら感情のない迫力に欠ける瞳でこちらをキッ、と睨んでいる様子が映った。

 

 

「しざえもん は わたさないざます」

 

 

「そうよね……レナちゃんはしざえもんちゃんを弟みたいに可愛がってたから簡単には離れられないわよね……」

 

 

「……しかし元々は俺達の責任だ。俺達がネゴシエーションするしかねぇだろうが、ほたる」

 

 

リーとほたるは悩んだ。元々、猫を飼えないレナの為に自分達が彼等を引き合わせたのにその絆を引き裂くのはあまりに残酷だ。その残酷なことを、これから自分達は行わなければならない。

 

 

シーザーの事情を知らなかったとはいえ、責任は自分達夫婦にあるのだから。

 

 

「俺達がパワーガールを説得してくる。〝一時間で戻るぜ〟」

 

 

「こーら。アナタが〝それ〟を言ったら死亡フラグだから言わないの。ルークさんはお店の猫ちゃん達とご自由に遊んでいて下さい!」

 

 

「えっ、ちょ?奥さん?ご主人?」

 

 

リーとほたるはルークにそう言い残すと、レナとシーザーを連れて地下室へと入っていってしまった。

 

 

途端にルークのどこか憎めない人柄を見抜いたのか、『ニィニィ』と店中の仔猫が警戒心0の瞳を剥き出しにして集まり、あっという間に彼の全身を猫の毛だらけにしてしまった。

 

 

 

 

 

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───────

 

 

 

 

 

広い地下室の空間にて、リーとほたるはレナと向き合った。ほたるはレナの手をゆっくりと包み込み、我が子に語りかけるように穏やかな口調で語りかけた。

 

 

「レナちゃん。色々言いたいこともあるかもしれないけど、これから私達がするお話を聞いて欲しいの」

 

 

「……うん」

 

 

レナはほたるの語り口から何かを察したのか、シーザーにチラリと目を配った後俯き気味にほたると向き合った。

 

 

ほたるの方もそんなレナの様子に忍びない様子でギュウと口を結んだ後、間を置いて口を開いた。

 

 

「……ごめんね、レナちゃん。私もしざえもんちゃん と貴女を引き離したくなんてない。でもね、いつか無理矢理離ればなれにされちゃう時が絶対に来ちゃうの。それも、そう遠くないうちに」

 

 

ほたるのレナの手を包み込む力が強まる。それに気付いたレナは俯いていた頭を上げてほたるの瞳をふと覗くと、彼女の瞳から涙がこぼれていることに気付いた。

 

 

いつも笑っていたほたるが涙を流していることに、レナは酷く動揺した。

 

 

「その時、貴女もシーザーちゃんもきっと心の準備なんか出来ないままお別れさせられちゃう。

 

そんなお別れの仕方がどんなに辛い想いをすることになるかわかってるからこそ、貴女達にはそんな想いをして欲しくないの」

 

 

「……あ」

 

 

レナはほたるが涙を流している理由に気付いた。ほたるはレース中の事故で命を落とし、彼女の息子であるクーガに別れも告げられぬまま命を落としてしまったのだ。

 

 

幼い息子を残して死んでしまった母親の悲しみは、計り知れない程深く悲壮なものだろう。それも、心の準備も出来ないまま去ってしまったのでは。

 

 

「勝手で無茶苦茶なお願いだけれど、貴女にはしざえもんちゃんにきちんと心の整理をつけてからお別れして欲しいの。……ごめんね、ごめんねレナちゃん」

 

 

ほたるは静かに涙を流しながらレナをそっと抱き締めた。もしかするとレナをクーガと重ね合わせているのかもしれない。

 

 

ほたるの気持ちを察したのか、レナは何も不満を漏らすことなく、どこか寂しげな瞳でシーザーを横目に納めた。

 

 

 

「ほたる、もういい。パワーガールにお前の気持ちは伝わった筈だぜ。向こうで休んでな」

 

 

「……ごめんなさいアナタ」

 

 

リーは妻であるほたるの頭をポンポンと叩くと、僅かに瞳を泣き腫らした彼女の手を引いた後、椅子へと座らせた。すると今度は、彼自身がレナへと語りかけた。

 

 

「パワーガール、当然まだ充分じゃねぇがほたるからの言葉で覚悟は決まったみてぇだな」

 

 

「……うん、くーがぱぱ」

 

 

レナは力無く悲しげに頷いた。そんなレナを見て、リーは深い溜め息をついた後に彼は口を開く。

 

 

「知ってると思うが、俺やほたるが息子(クーガ)にしてやれたことは少なかった。ほたるはともかく俺に関しちゃ何もしてやれなかったしな」

 

 

リーの口振りからも、表情にこそ出てないが僅かに悲しげな感情がレナに伝波したかと思いきや、次の瞬間リーの口から飛び出したのは非常に力強い言葉だった。

 

 

「だがな、パワーガール。〝何もしてやれなくても何かを託してやることならできる〟」

 

 

「なにかをたくす?」

 

 

「そうだ。嬢ちゃんが(にゃん)(こう)にくれてやった『鈴付きの首輪』みてぇな〝物〟もそうだし、もう一つだけあるぜ。何か解るか?」

 

 

レナがそれに首を傾げると、リーは自身の胸をトントンと叩きレナに答えを返した。

 

 

「嬢ちゃん自身の〝気持ち〟だ」

 

 

「……もちもちしたやつか?」

 

 

「そいつは〝おもち(・ ・ ・)〟だぜ。嬢ちゃんにだってあるだろ?誰かから言われたままずっと胸に残った一言が」

 

 

レナは、ふと自分の義理の姉であるアズサから言われた遠い日の一言を思い返す。

 

 

 

 

──────レナ、あたくしのこと本当のお姉ちゃんだと思って甘えてもよくってよ?

 

 

 

 

アズサからのあの一言は、身寄りのない自分からしたらとても嬉しい一言だった。ああいう胸に残る一言を、〝気持ちを託す〟と言うのだろうか。

 

 

「綺麗事なんて言われちまったらそれまでだがよ、真っ直ぐな気持ちってのはいくら時間が経っても錆びねぇでそいつの心の中に残るもんだ。

 

だからその(にゃん)(こう)にもお嬢ちゃんから何か託してやんな」

 

 

リーが告げた一言をレナは何度も反芻した後、シーザーの頭をクシャクシャと撫でる。シーザーは、不思議そうにレナを見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

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その晩のこと。

 

 

レナはシーザーとの思い出作りの為にリーとほたる、ルークも強制連行して星の見える広い河川敷で食事することになった。

 

 

アウトドアの食事なので簡素なものになるかと思われたが、元軍隊のレナのサバイバル術と(無駄に)高い料理の才能のお陰で豪華な食卓が展開された。

 

 

「しざえもんがすーぱーでえらんだ〝たまご〟、ぜんぶ ふたご(・ ・ ・)のたまごだったぞ」

 

 

レナがボウルの中の生卵を見せると、確かに全ての卵の卵黄が2つずつ結合していた。

 

 

「野生の勘すげぇなオイ!!」

 

 

「これで しざえもんも たべられる とくだいけーき(・ ・ ・)をつくります」

 

 

「ニャウ!!」

 

 

すっかり仔猫のような鳴き声で喜ぶようになってしまったシーザーを見て、ルークは苦笑した。本当にこれで火星にて活躍することなど出来るのだろうか。

 

 

「よーし、それじゃあ るーくもまじえて びーるでばんかい(・ ・ ・ ・)するぞ」

 

 

「えっ!?オレもか!?」

 

 

「それじゃあ ばん()かーい」

 

 

「「「乾杯!!」」」

 

 

レナの音頭に合わせてほたるとリー、なし崩し的にルークも缶ビールを重ね合わせ後、

 

 

「ガウガーウ!!」

 

 

翻訳『ばん()かーい!』

 

 

と、ミルクの皿を舐めていたシーザーまで乾杯に参戦したところで夜空の下の晩餐は開始された。

 

 

後はなるようになるもので、最初は無理矢理付き合わされていたルークも酒が入るに連れて段々と満更でもなさそうな面持ちになってきた。

 

 

「しざえもん、ごちそー たくさんよういしたからたんと(・ ・ ・)くえ」

 

 

そう言われるとシーザーは、たくさん並ぶ食材の中から一つの食品を肉球に挟んで手元に寄せた。選んだのは意外にも『さけるチーズ』だった。

 

 

「……さいて(・ ・ ・)食えんのか?それ」

 

 

酒で頬が僅かに染まったルークも、リーとほたるもシーザーの選択に首を傾げた。少なくとも彼の肉球グニグニの手では厳しいと思うが。

 

 

かと思われた丁度その時、シーザーは爪を一本 チキーンと出現させてチーズのパッケージを裂いた後に、チーズを爪で少しずつ削っていく。

 

 

すると、少しずつ『さけるチーズ』が枝分かれして裂けていく。その様子は、まるでカツオ節を削る日本の職人を連想させた。

 

 

数十秒後、シーザーの眼前には棒状のチーズとしての原型をなくした無数にさかれた『さけるチーズ』だけが残っていた。

 

 

「うちのしざえもんは てんさいざます」

 

 

レナがいつの間にか取り出したダテ眼鏡を得意気にクイッと鼻筋に沿って突き上げると、

 

 

「ガルォオオオオオオ!!」

 

 

シーザーは二週間前に自らを苦しめた食材、『さけるチーズ』 についに勝利出来た嬉しさのあまりに天高く雄叫びをあげた。

 

 

「すごい!すごいわ しざえもんちゃん!」

 

 

(にゃん)(こう)に仕込んだパワーガールも大したもんだぜ」

 

 

「『さけるチーズ』をきちんと裂いて喰うライガーとか初めて見たぜ…………」

 

 

パチパチとレナとシーザーへ暫く拍手が送られた後に晩餐は再開される。

 

 

暫く時間の経った宴もたけなわという頃にもなると、酒に異常に強いレナ以外は酔い潰れてしまった。

 

 

「……凄いわぁアナタ……過酸化水素+ハイドロキノン=ベンゾキノンなのねぇ……むにゃむにゃ」

 

 

「先手必勝……ヒック」

 

 

「ローマが利権を握るチャンス……ウエップ……」

 

 

三人がすっかり酔い潰れたことを確認すると、レナはご馳走にがっつくシーザーの隣へと腰を降ろし、彼の背中をツンツンとつついた。背中をつつかれたシーザーは、不思議そうにレナの方向に首を向けた。

 

 

不思議そうにこちらを見つめるシーザーをよそに、レナは夜空に輝く深緑の星、『火星』を指差した。

 

 

「しざえもん、おまえはあそこにいかなきゃならないんだ」

 

 

「ブニャ?」

 

 

シーザーは「何で?」と首を傾げた。

 

 

「わかんない」

 

 

レナはシーザーの声無き疑問に答えられずに、ただただ彼の頭を優しく、本当に優しく撫でた 。理由はわからないけれど、とにかくシーザーは連れていかれてしまう。それが余計にレナの胸を締め付けた。

 

 

チリン、チリンとシーザーにつけてやった首輪の鈴が夜風に吹かれて鳴る度に、その感情は増幅する。気付くと、滅多に涙を流すことのないレナの瞳から静かに涙が伝い、シーザーの頭にピチャンと垂れた。

 

 

「しざえもん かせいに いっちゃいやだ。かせいは こわいとこなんだぞ。ごきちゃん(・ ・ ・ ・ ・)みたいな やさしいごきぶり なんていないんだぞ」

 

 

ぎゅう、と力強く自らを抱き締めながらその涙で毛皮を濡らすレナを暫く見つめた後、シーザーはシペシペと彼女の頬を伝う涙を舌で舐めとった。

 

 

更にその後、レナに腹部を見せる形で倒れこみ、ゴロゴロと心地よさそうに唸りながら肉球グニグニの掌でレナの頬をペチペタと叩いてじゃれついた。まるで仔猫のようなその様子。きっと自身を元気付けようとしてくれているのだろう。レナはシーザーの行動をそう汲み取る。

 

 

「……しざえもん の あまえんぼ」

 

 

レナはシーザーの頭を自らの膝に乗せてその頭を暫く撫でた後、自らの気持ちを固めて口を開いた。

 

 

 

「もしかえってこれたら、わたしがめんどうみてやる。 しんじゃったら またにゃんこにうまれかわれ。 まいにち おいしーものたべながらあそぼ」

 

 

 

 

レナがシーザーに伝えた言葉は、なんだか稚拙で不恰好な言葉。しかし、つぎはぎでも真っ直ぐな言葉だからこそ、その真意は正しく相手に伝わるものだ。

シーザーはレナからの言葉にキョトンとした後、再びゴロゴロと嬉しそうに鳴き始めた。そんなシーザーをレナはこれでもかという程に強く暖かく抱き締めながら更なる言葉を紡いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ずうっと ともだちだぞ、しざえもん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「目を覚ましなさいレナ!!」

 

 

 

 

レナちゃん(20)のほっぺに

 

 アズサお姉ちゃん(20)のビンタがクリティカル!

 

 

 

 

「ぎゃふーん」

 

 

レナはアズサのビンタ受け、ごろごろと転がった後にパチリと目を開ける。そこには、正座で心配そうにこちらを見つめるアズサ、クーガと唯香、それに加えて『ゴキちゃん』と『ハゲゴキさん』の姿があった。

 

 

遠目には、アズサが毛嫌いしているユーリの姿も確認出来る。

 

 

そんな光景に、レナは首を傾げた。

 

 

「……? 『しざえもん』 は?」

 

 

「『しざえもん』?中国製のドラえもんか?」

 

 

「ちがうぞ。でっかいにゃんこだぞ。くーがぱぱ と くーがまま もいたんだぞ。ついでにるーく(・ ・ ・)も」

 

 

レナの言葉に皆一様に首を傾げた。それと同時に、レナ自身も自分がおかしなことを言っていることに気付いた。クーガの両親が生きている筈がないのだ。

 

 

レナが倒れていた方向にある仏壇に飾られている、クーガの両親『ゴッド・リー』及び『天城ほたる』の遺影がそれを物語っていた。それと同時に、段々と記憶も芋づる式に蘇ってきた。

 

 

テラフォーマー生態研究所『第四支部』で共同生活を送ることが決まり、自分とアズサの荷物を運び出している最中、つい小腹が減ったもので仏壇に供えられていた【唯香特製梅干し】をつい出来心でつまんでしまったのだ。

 

 

それがいけなかった。

 

 

【唯香特製梅干し】は不味いという次元を通り越して兵器にも匹敵するとクーガやゴキちゃん、ハゲゴキさんが豪語していた曰く付きの代物だ。

 

 

仕事も出来て料理も万能な唯香がそんな産業廃棄物を生み出す筈がないと高をくくってつまんだ結果、レナの口の中で味覚のアルマゲドンが起こったのだ。そのあまりのショックでレナは気絶、というのが事の顛末。

 

 

レナは、ようやく状況を掴んだ。

 

 

クーガの両親が生きてる筈もないし、 ましてやシーザーなんて実験動物も存在しないのだ。全ては所謂『夢落ち』、一時の夢。シーザーとの思い出は、全て夢の中で起きた架空の出来事。

 

 

シーザーはいないのだ。

 

 

「…………しざえもん」

 

 

 

「ふえっ!?レナちゃん!?」

 

 

シーザーとの記憶をなぞる度に一滴、また一滴とレナの瞳から涙がポロポロとこぼれた。それを見たユーリ以外の一同はアタフタアタフタ何事だ、何事だとパニックに陥った。

 

 

 

 

 

 

 

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───────────

 

 

 

 

 

───────その夜

 

 

レナの『夢』の話を聞いた一同は、必死に泣きじゃくるレナを(なだ)める為に夜まで奮闘した。

 

 

唯香はレナの手を握りながらじっくりと話を聞いた上で慰め、クーガ、ゴキちゃん、ハゲゴキさんは『進撃の巨G』なる持ちネタを披露してレナを必死に笑わせようとしたものの失敗した。

 

 

夜になる頃には、5人は互いに疲れきってレナを囲む形でベッドで眠りこんでしまった。

 

泣き疲れたレナと4人の姿を確認すると、アズサは自室に戻りチクチクと針と糸を絶え間なく動かす。一心不乱に、何かを仕上げようと眠い瞼をこすってその手を絶え間なく動かし続ける。

 

 

チクチク、チクチクと布に糸を通し続け形あるものへと昇華させていく。

 

 

 

「……お姉ちゃんは~夜なべして~ぬいぐるみを編んだ~ですわ……ふわぁああああああ……」

 

 

いくらアズサが裁縫を得意としているといっても、精巧に作り込むにはそれなりの時間を要する。昼間から格闘してようやく仕上がりかけているのだ。

 

 

「うぅ……そろそろあたくしのお目目も限界でしてよ……」

 

 

「一体何をしているんだ君は?」

 

 

「それは勿論『しざえもん』とやらを……」

 

 

不意にかけられた言葉に返事を返した瞬間、アズサはメデューサと目でも合ったかのように固まってしまう。

 

 

迂闊だった。深夜で意識が朦朧としていたせいでつい返事を返してしまったが、アズサ自身の推測が正しければ彼女が返事を返したのは彼女が最も苦手としている人物だからだ。

 

 

振り向いてみれば、案の定だった。銀色の長髪に、グレーの瞳。人形のように整った顔立ちに、氷のように冷徹な表情。アズサが最も嫌いな天才狙撃手、ユーリ・レヴァテインだ。

 

 

その顔を見た途端、アズサの全身を寒気が襲い、ほぼ脊髄反射にも近い形で彼女を叫ばせた。

 

 

「 お 尻 触 り ふがもが!!」

 

 

その口をユーリをとっさに塞ぐ。疲れきったレナ達が起きてしまうからという理由なのだが、アズサは完全にユーリを性犯罪者を見るような目でキッと睨みつける。

 

 

ユーリは呆れ気味に溜め息を深くついて、その手を彼女の口から離した。

 

 

「その〝お尻触り魔〟という不愉快極まりない称号を撤回してくれないか」

 

 

「事実ですわ!」

 

 

アズサはカルメラ菓子のように頬を膨らまし、更にその頬をりんご飴のように赤く染めてプリプリと怒りだした。

 

 

そして、こうなればユーリなんぞ無視してやると言わんばかりに裁縫作業を再開した。

 

 

そんなアズサの手元をユーリは覗きこむ。すると、緑色の鈴付きの首輪をつけた(たてがみ)のないライオンのような生物が編み上がっていた。

 

 

「美月レナの夢に出てきた『しざえもん』とやらのぬいぐるみを編んでいるのか?」

 

 

「……ええ。そうでしてよ。フン」

 

 

アズサが仕上げたこのぬいぐるみが、果たしてレナの言う『しざえもん』にそっくりかはわからないが、恐らくそっくりなのだろう。レナの説明はやや抽象的だったが、アズサとレナは互いの伝えたいこと、思っていることを理解しあっている。2人は血が繋がっていなくても、姉妹だから。

 

 

「フェニッシュ!ですわ!!」

 

 

アズサは最後の仕上げの返し縫いと玉留めを終えると、針の本数を数えて片付けた後に大きく背伸びしてその場にバタリと倒れた。

 

 

しかし、この完成した『しざえもん』のぬいぐるみをレナに一刻も早く届けなければならない。姉として妹であるレナの悲しみを少しでもいいから、一刻も早く癒してやりたい。

 

 

「うぅ……ファイトーあたくし……」

 

 

猛烈な睡魔に襲われつつもアズサは立ち上がり、フラフラとレナの寝室へと向かおうとする。そんな時、アズサの身体はフワリと持ち上げられた。

 

 

「ん…………」

 

 

ぼんやりと目を開くと、アズサはユーリが自らを所謂『お姫様抱っこ』でベッドに運んでいることに気付いてしまう。再び、2人の視線は交差する。

 

 

アズサがぎょっと目を見開いても尚、ユーリは冷静な顔ばせを崩すことなくアズサを運ぶ。その行く先には『ベッド』。

 

 

ファンファンファン。テラフォポリスもびっくりなそんな警戒アラーム音が彼女の脳内で反響する。

 

 

このままではきっとユーリに犯されてしまう。

 

 

 

『口では拒んでても身体は正直だなぁ』

『悔しい……けど感じちゃう!』

『薬も入ってんぜ?』

『これが……ご褒美なの……!?』

『お前のことが、好きだったんだよ!!』

『見ろよこれぇ!!この無惨な姿をよぉ!!』

 

 

クーガの本棚にあった上記のエロマンガのように。

 

 

「私が彼女にそのぬいぐるみを渡しておく。だから君はもう寝ろ。身体を壊」

 

 

「エッチ すけっち ワンタッチ!!」

 

 

親切なユーリさん(23)のほっぺに 

 

 アズサちゃん(20)のビンタが以下略!!

 

 

 

 

 

──────────────────────────

 

 

──────────

 

 

 

 

チリン、チリン。

 

 

どこか聞き慣れた鈴の音色が耳元で響き、元々朝が早いレナはパチリと目を覚ました。

 

 

目を開くと、自分を取り囲むようにグッタリと倒れるクーガ達四人。そして、自分のすぐ隣にはまるでシーザーのミニチュア版のようなぬいぐるみがポツンと枕元に置いてあった。

 

 

「……ちっこい しざえもん?」

 

 

わちゃわちゃとそのぬいぐるみを揉みしだき、レナはギュウとそれを抱き締めた。きっとアズサが作ってくれたのだろう。

 

 

シーザーとの思い出が全て夢であったという悲しみは癒えないが、彼を思い返せる物が出来てとても嬉しい。

 

 

是非ともお礼をしなければ。4人を起こさないように身体を静かに起こしたところで、アズサのぬいぐるみを枕元に置いておいてくれたであろうユーリと目が合った。

 

 

「おや。起こしてしまったか」

 

 

「ゆーり、ほっぺ(・ ・ ・)はどうしたのじゃ」

 

 

ユーリの片頬は、紅葉型に真っ赤に腫れていた。

 

 

「…………疲れていた君のお姉さんをベッドに運ぼうとしたらぶたれてしまってな」

 

 

「ふぉっ ふぉっ ふぉっ」

 

 

その事情を聞いたレナは、昨晩まで泣いていたのが嘘だったかのように、老紳士のような笑い方でユーリの不幸を笑った。

 

 

恋愛経験が自分同様に皆無だからベッド=エロという方程式が頭の中で組み上がってしまったのだろう。名探偵レナはそう推理した。

 

 

「今日は『エドワード・ルチフェロ』が正式に配備される日だ。君が空港まで迎えに行く予定だったが私が代わろうか?」

 

 

「そのほっぺ(・ ・ ・)でか?」

 

 

「……やはり君が頼む」

 

 

「ふっふっ。かしこまり」

 

 

ユーリの昨日泣きべそをかいていた自分に対する気遣いはありがたいが、ユーリの頬の赤みは昼までにはひくだろうが、今はあんな状態なので行かせる訳には行かない。それに、アズサが作ってくれたシーザーのぬいぐるみのおかげで悲しみもいくらか癒えた。

 

 

レナはそんな想いとともに、シーザーのぬいぐるみをだっこして力強い足取りで車へと向かった。

 

 

「しざえもん、またあおうな」

 

 

ぬいぐるみにそう話しかけた途端、玄関から吹き抜けた風がぬいぐるみの鈴を〝チリン、チリン〟と鳴らした。

 

 

まるで、彼女に返事を返したかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

──────────

 

 

 

 

 

 

 

これは、ローマ連邦の『エドワード・ルチフェロ』が凱旋直前に一人の人間と、一匹の獣が夢の中で出会った時のお話。

 

 

 

 

美月レナが車内にて、エドワードからローマ連邦首脳である『ルーク・スノーレソン』も全く同じような夢を見て(うな)されていたことを聞いたのは、また別のお話。

 

 

 

 

「しざえもん、おて」

 

 

 

 

「ブニャ!!」

 

 

 

 

 

 






シーザー君こんなに仔猫じゃねぇよな(自問自答)


何はともあれレナとゲストのシーザー君のコラボ、楽しんで頂けたでしょうか?


レナが好きです、って言って下さる方がそれなりにいたので彼女を主役にさせて頂きました。レナらしさを出せたかな?


ちなみにこの手のコラボものを描かせて頂いたのは初めてで、8000文字ぐらいでサクッと書けるかなと思ってたんですが、二万文字近くになってしまいました。 コラボ難しいですね。


『インペリアルマーズ』の方では逸輪さんが書いたコラボ小説が載っています。


逸環さん、企画のお誘いありがとうございました。


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