LIFE OF FIRE 命の炎〔文章リメイク中〕   作:ゆっくん

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{7554592728225(BCEGIKM)}=あふうおぬえや






第二十八話 KOGARASHI_HUYUKI ラハブ

 

 

 

 

 

冬木(フユキ) (コガラシ)

 

 

彼は口の悪い桜 嵐の唯一の友にして、彼と同じく本多(ほんだ)(こう)博士の教え子の1人。『バグズ2号』計画においては共に搭乗員に志願するも、彼ら2人に適合する『特性(ベース)』は現在地球上にいる生物の中には存在せず、共に断念せざるを得なかった。

 

 

イスラエルの兵士、日本人の前科者、スラム街の住民、ロシアの売春婦ですら機会を与えられたにも関わらず、自分達にはそれすら与えられなかったことに2人は嘆き、憤慨した。

 

 

悔恨の情が湧いた二人は、各々悔しさをぶつけるように新たな知識を貪った。

 

 

その結果 桜嵐は『医学』、冬木凩は『遺伝子工学』の専門家(プロフェショナル)へと更なる成長を遂げ、全てのU─NASA支局から将来を期待されていた。

 

 

 

 

─────────しかし。

 

 

 

 

冬木(フユキ)(コガラシ)は、とある『特性(ベース)』を持った少女と共に非道な人体実験を何度も繰り返した。それが発覚した彼はその少女と共にU─NASAを追われる身となる。

 

 

行方をくらませた冬木は一説によると彼の技術を買った中国政府やドイツ政府、ロシア政府に匿われていると言われたり、日本とアメリカが極秘に技術を独占しているという根も葉もない隠謀説もU─NASA内で囁かれるまでに至る。

 

 

今現在、彼の行方を知る者はいない。

 

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

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「……馬子にも衣装、ってやつだな」

 

 

「ムカッときたので民事訴訟を起こしたいと思います。法廷で会いましょう」

 

 

(アラシ)とシルヴィアは、フェリー『ダンテマリーナ』への潜入に備えて各々コンテナの裏で身なりを整えた後、それぞれの姿を御披露目した。

 

 

嵐は黒と白のオーソドックスなタキシードに身を包んでいる。しかし、蝶ネクタイは彼の性に合わなかったのか、すぐさまその場にポイ捨てしてグリグリと踏みつける。

 

 

たちまち、ルーズさ全開のいつものちょい悪親父コーディネートに逆戻りしてしまった。

 

 

対してシルヴィアは、純白のレースが何層も重なったドレス、黒のサテンショートグローブ、それに加えてヘアスタイルは後頭部に髪を団子型に纏めた『シニヨン』と呼ばれる髪型にセットされていた 。

 

 

今の彼女を見た者の何人かは、思わず数秒間見惚れてしまうだろう。それ程までの美しさを彼女は放っていた。

 

 

「まぁそうカッカッすんなって。お互いおめかし(・ ・ ・ ・)したところで乗り込もうや」

 

 

「基準を満たす服装でなければ乗船を認めない、とはつくづくお高くとまった船ですね」

 

 

これから潜入するフェリー『ダンテマリーナ』は超巨大な豪華客船である。

 

 

上流階級もしくは高所得者が主なターゲットであり、身なりもそれなりのものが求められる。

 

 

故に、嵐とシルヴィアはわざわざ着飾ったのだ。

 

 

「博士、装備をこちらへ」

 

 

シルヴィアは防水性のアタッシュケースを突き出した。乗船する際の検問に引っ掛からないように、この中にありったけの装備をつめこみ、後々海中から引き揚げる手筈だ。

 

 

「お前の装備は装着しといてもバレないんじゃねーか?」

 

 

シルヴィアの専用装備、『 消 音(サイレント) 公 害(ノイズ) 』はチョーカー型である。

 

 

普通に装備してる分にはアクセサリーと言っても押し通せるデザインだ。

 

 

「そうですね、万が一問い詰められた際には博士に『服従の証』として無理矢理はめられたとでも弁解しておきましょうか?」

 

 

シルヴィアは予備(・ ・)の装備を装着しつつ、サラッと(アラシ)の社会的地位を一瞬で崩す言い訳を提案した。

 

 

それを聞いた嵐は、顔を苦く歪めて溜め息を吐いた。いつかシルヴィアとの関係を娘である唯香に誤解されそうで恐いからである。

 

 

その弱気な顔持ちは、いたって普通の人間の身でありながら、先程まで『MO手術者』を淡々と殲滅していた彼とは同一人物とは思えない程に、人間味を帯びていた。

 

 

シルヴィアの翡翠色の瞳に映った自らの表情を見て、嵐は思わず口端を緩める。まだ自分にも人間臭い表情が出来るのかと思うと、つい安堵してしまったのだ。

 

 

自分で言うのも何だが、自分がしたことは人間のやることではない。例え悪人でも、もっとマシな最期を選べる筈だ。

 

 

それを冷徹にこなしている時の自分の表情は、人間味のある表情とは言えないものだっただろう。その時の表情が染み付いてしまっているのではないかと、不安だった。

 

 

娘である唯香に、その時の自分の表情がいつか見られてしまうことを嵐は恐れていた。

 

 

故に、自分の表情が自らですら忌み嫌う表情ではなかったことに嵐は安堵する。

 

 

しかしそんな一時のささやかな平穏すらも彼には許されず、平穏は簡単に崩れ去ってしまった。

 

 

視界の端に白衣姿の男が映ってしまったから。

 

 

坊主頭の眼鏡をかけた男。機械のような無機質で虚ろな瞳で、船の上からこちらを観察していた。

 

 

(アラシ)はあの男をよく知っていた。彼の唯一の友が自分であり、自分の唯一の友が彼だからである。

 

 

しかし、彼がここにいる筈がない。いや、居て欲しくないというのが正解か。

 

 

「……冬木」

 

 

冬木(フユキ)(コガラシ)がそこにいた。

 

 

心臓を体の内側からノックされる感覚が嵐を襲う。バクン、バクンと嫌な音を立てて、嵐の心拍数が急激に跳ね上がる。

 

 

何かの見間違えだと、嵐は服の袖で慌てて目をこすってそちらを二度見した時には、既に冬木の姿はもうなかった。

 

 

「……博士?」

 

 

「ん?あぁ」

 

 

嵐の奪われた意識はシルヴィアの一声で覚醒した。以前、シュバルツ・ヴァサーゴを回収しに目の前に現れた(冬木)が未だに網膜に焼き付いてしまっているのだろうか。

 

 

疲労のあまりそれが幻覚として現れたに違いない。嵐はそう自分に言い聞かせ、ダンテマリーナへと足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

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───────────

 

 

 

 

「私を追ってきたのは『地球組』の皆さんじゃなくて『掃除班(スイーパー)』。更には中国暗殺班『(イン)』の皆さんまで出向いてくれるなんて、ね」

 

 

中国政府の指示の元に地球での一連の事件の裏で糸を引いてきた張本人、『(チョウ)(ファウ) (リン)』は自分を追ってきた彼等をクスクスと嘲笑った。

 

 

スリット付きの水色のチャイナドレスに身を包み、艶やかな黒いロングヘアーを揺らす彼女は嫌でも目立つ。

 

 

それは彼女が船内で彼等に遭遇したところで、簡単に出し抜ける自信があることを現していた。

 

 

彼女は今の自分が置かれている状況に満足していた。U─NASAの真の切り札である『掃除班(スイーパー)』と、中国政府の奥の手の一つである『(イン)』まで引き摺り出したのだから。

 

 

世界中のU─NASAが自分のせいでパニックに陥っている。いや、『エメラルドゴキブリバチ』の力に踊らされているといった方が正しいか。

 

 

何れにせよ満足だ。

 

 

自分が引っ掻き回せば回す程、U─NASAは〝ヴィクトリアウッド〟という人物の存在を思い出さざるを得ない筈だから。

 

 

いずれ、自分は全てのテラフォーマーと世の中のバカ共を支配する。その時ようやくU─NASAの連中は、彼女の死を隠蔽したことを強く後悔することになるだろう。

 

 

それまで自分が止まることはない。

 

 

その為には、まずはこの場を切り抜けなければならない。『地球組』にまで来られたら危うかったが、『掃除班(スイーパー)』と『(イン)』だけなら対処可能。

 

 

〝マイケル・コクロ〟と残りの『バグズトルーパー』全てを囮にする作戦が功を奏したようだ。

 

 

「…………?」

 

 

ふと、花琳は手に持っている携帯端末を覗いて珍しく声を呑む程に驚いた。

 

 

U─NASAのデータベースをハッキングした結果、面白いデータを見つけてしまったからだ。

 

 

『エドワード・ルチフェロ』

 

 

データ上はローマ連邦所属となっているが、実際のところは全く違う。職業は学者となっているがそれも大嘘だ。

 

 

彼をクーガ・リーを越える『特性(ベース)』を有する者を選定する『PROJECT』の被験者として起用する度胸があるとは、ローマ連邦首脳『ルーク』の肝っ玉も捨てたものではないらしい。

 

 

何せ、彼の正体が判明した瞬間、ローマ連邦の立場は一気に危うくなるだろうから。

 

 

「……あらあら。ベースまで偽造しちゃって?」

 

 

本来の『エンジェルトランペット』ではなく、『ジガバチ』にデータ上書き変わっているのを見て花琳は鼻で笑った。

 

 

恐らくエドは自分が見破ることを承知でこの生物を偽造(ダミー)用に選んだのだろうが、それにしてもこの選択(チョイス)はお粗末としか言い様がない。

 

 

『ジガバチ』等の寄生蜂で強力な生物など限られてる。麻痺毒だけが取り柄の生物が彼の『特性(ベース)』という話は、流石に無理があるだろう。

 

 

それこそ、自身の『エメラルドゴキブリバチ』のように対象生物(テラフォーマー)を操れるならともかく、麻痺させることしか能が無い生物がクーガの『オオエンマハンミョウ』を越えるとは考え難いからだ。

 

 

故に〝寄生蜂下目〟の生物を選ぶにしても、オーソドックスな『ジガバチ』ではなく他の生物を選ぶべきだったのではないだろうか。

 

 

もっとも、人間大にしたところでウッドと自分(・ ・ ・ ・ ・ ・)の『特性(ベース)』である『エメラルドゴキブリバチ』を凌ぐ寄生蜂など居やしないだろうが。

 

 

そんな風に思案を巡らせていた矢先、突如スリットの隙間から何者かの手が侵入し、彼女の太ももがやらしく撫でられた。

 

 

花琳は非常に深く溜め息を吐いた。いくら自分が男性からすれば挑発的な服装をしているからといって、こうも大胆に触られるとは予想もしなかった。最近の金持ちというのは、こうもモラルに欠けているのだろうか。

 

 

どうせ多少のセクシャルハラスメントをしでかしたところで、札束さえ握らせれば何でも許されると思っているのだろう。

 

 

以前、自分が『サポーター』として監視していた『アズサ・S・サンシャイン』のような上手な金の使い方を学んで欲しいものである。

 

 

取り敢えず、自らの足を撫でているセクハラ親父に回し蹴りをお見舞いするとしよう。

 

 

しかし、花琳が振り返った先にいたのは彼女の言う〝セクハラ親父〟とは大きくかけ離れた印象を抱かせる人物だった。

 

 

「お姉さんの服とってもえっちだね~」

 

 

年齢17歳前後の金色のロングヘアーを持つ少女。スカート丈の短いナース服を身に纏っている。

 

 

それに加えて発育も良く、バストも年の割にかなり発達している為、自分以上に男性を刺激しそうな出で立ちであると言える。

 

 

花琳は彼女に対してそんな率直な感想を抱いた。

 

 

「貴女はここのコンパニオンさんかしら?」

 

 

花琳は目の前の彼女に尋ねる。そうでもなければ、こんな紳士淑女の社交場に彼女のような存在はそぐわない。若しくは金持ちの愛人か。

 

 

「違うよ~?私は〝コンパニオンさん〟じゃなくて『ネロ・スチュアート』でーす!」

 

 

金髪の美少女、『ネロ』はブイサインの決めポーズと共にズレた返事を花琳に返す。

 

 

それを聞いた花琳は、心の底から呆れて彼女に対して溜め息をついた。

 

 

「取り敢えず貴女の頭が弱いことが解ったわ」

 

 

「ムカ~あたし激オコだよおばさん!」

 

 

「私は自分自身が〝ベテランぶったおばさん〟って自覚はあるわよ。それじゃあね?」

 

 

ネロは怒りのあまりヒヨコの如くピーピー喚いていたが、花琳は気に留めることなくその身を翻して夜風の吹くデッキから離れていく。

 

 

その直後のこと。

 

 

「あ!」

 

 

ネロは唐突に怒りを冷まし、いかにも何かを思い出したかのように人差し指を立てて花琳に告げた。

 

 

「後から〝せんせー〟と一緒に迎えに行くから楽しみにしててね!」

 

 

「……先生(せんせー)?」

 

 

そんな風に呼ばれる人物など、花琳には心当たりがなかった。その人物は誰かと問い質そうと振り返った時には、ネロは忽然と姿を消していた。

 

 

 

 

 

 

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中国暗殺班、『(イン)』のメンバー十名はフェリー内に無事潜入を済ませた。

 

 

刺人(ツーレン)』が部隊から離脱した今、現在部隊の指揮をとっているのは部隊のNo.2であるルカだ。

 

 

「…………」

 

 

ルカは眼鏡をかけ直し、考えを巡らせた。嵐とシルヴィアの迎撃を任せた部下が戻ってこないことも気にかけなければならないが、それ以上(・ ・ ・ ・)におかしな点に気付いてしまったからだ。

 

 

 

 

 

「あ~ら安物ですのよ!」「艦長を出して頂戴!」「留学中の娘が心配で……」「苦労してようやくここまで来れたよ、はっはっはっ」「ん~ママ~!!おしっこしたいよ~!!」「建物並に広いね、この中は。いっそ永久に住みたいぐらいですよ」「住みたいなんて冗談。別荘の方がマシだよ」「景気が最近鰻登りでね。FXにも手を出す予定だよ」「テラスでお食事でもいかが?」

 

 

 

 

 

何気なく聞いていれば、金持ちがお得意の自慢話に花を咲かせているように聞こえてもおかしくはないだろう。しかし、彼等は15分前にも同じやりとりをしていたのだ。それも一言一句違わずに。

 

 

いくら彼等のボキャブラリとトピックが貧相だったとしても、きっかり15分間隔で3回も同じやり取りを行うことなど考え難い。

 

 

ルカは頬杖をついて考えを巡らせる。まだ推測の域を出ない為に、自らの仮説を部下に伝えるのは彼等を混乱させる可能性がある為に危険だ。

 

 

しかし、ルカの仮説は一気に確信へと転じる。

 

 

ドンッ。

 

 

考えを巡らせながら足を遊ばせていたルカは、擦れ違った老紳士と肩をぶつけた。

 

 

老紳士が電話の為に使用していた携帯端末は空中に放り出され、ルカの足元に滑り込んだ。

 

 

「……Je suis désolé(申 し 訳 あ り ま せ ん)

 

 

ルカは母国(フランス)語で紳士に対して詫びつつ、携帯端末を拾い上げる。しかし、拾い上げた携帯端末のバッテリーは切れていた(・ ・ ・ ・ ・)

 

 

「…………?」

 

 

ルカは眉を内側に寄せ、老紳士に視線を移した。ではこの老紳士は、直前まで〝誰〟と通話していたのだろうか。

 

 

 

 

「近いうちに帰地拐撃(いうち)帰るさ近イうチ(に帰るサ近いうちに帰)るさ煮るさ近イうち二帰屡さ近いうちに帰る(さ近いう)ちるに帰帰さい()ちうに(るさ)さるえかにちういかち」

 

 

 

 

答えは誰とも通話してなかったが正解だ。少なくとも、ルカが携帯端末を拾った時には。

 

 

それに加えて老紳士は携帯端末を落としたことを気にも止めず、そのまま歩みを進める。

 

 

耳元に携帯端末を持っているかのような姿勢を保ったまま、あたかも誰かと話しこんでいるかのようにボソボソと通話(・ ・)を続けている。

 

 

異常だ。どういうカラクリかは検討もつかないが、既にこの船全体に狂気が蔓延している。

 

 

 

 

「あ~ら安物ですのよ!」「艦長を出して頂戴!」「留学中の娘が心配で……」「苦労してようやくここまで来れたよ、はっはっはっ」「ん~ママ~!!おしっこしたいよ~!!」「建物並に広いね、この中は。いっそ永久に住みたいぐらいですよ」「住みたいなんて冗談。別荘の方がマシだよ」「景気が最近鰻登りでね。FXにも手を出す予定だよ」「テラスでお食事でもいかが?」 「あ~ら安物ですのよ!」「艦長を出して頂戴!」「留学中の娘が心配で……」「苦労してようやくここまで来れたよ、はっはっはっ」「ん~ママ~!!おしっこしたいよ~!!」「建物並に広いね、この中は。いっそ永久に住みたいぐらいですよ」「住みたいなんて冗談。別荘の方がマシだよ」「景気が最近鰻登りでね。FXにも手を出す予定だよ」「テラスでお食事でもいかが?」「あ~ら安物ですのよ!」「艦長を出して頂戴!」「留学中の娘が心配で……」「苦労してようやくここまで来れたよ、はっはっはっ」「ん~ママ~!!おしっこしたいよ~!!」「建物並に広いね、この中は。いっそ永久に住みたいぐらいですよ」「住みたいなんて冗談。別荘の方がマシだよ」「景気が最近鰻登りでね。FXにも手を出す予定だよ」「テラスでお食事でもいかが?」「あ~ら安物ですのよ!」「艦長を出して頂戴!」「留学中の娘が心配で……」「苦労してようやくここまで来れたよ、はっはっはっ」「ん~ママ~!!おしっこしたいよ~!!」「建物並に広いね、この中は。いっそ永久に住みたいぐらいですよ」「住みたいなんて冗談。別荘の方がマシだよ」「景気が最近鰻登りでね。FXにも手を出す予定だよ」「テラスでお食事でもいかが?」「あ~ら安物ですのよ!」「艦長を出して頂戴!」「留学中の娘が心配で……」「苦労してようやくここまで来れたよ、はっはっはっ」「ん~ママ~!!おしっこしたいよ~!!」「建物並に広いね、この中は。いっそ永久に住みたいぐらいですよ」「住みたいなんて冗談。別荘の方がマシだよ」「景気が最近鰻登りでね。FXにも手を出す予定だよ」「テラスでお食事でもいかが?」

 

 

 

 

壊れたテープレコーダーの如く、人々は同じ台詞と単調な行動を何度も繰り返している。

 

 

先程の老紳士のように、行動の途中で肩をぶつけるという異常事態(イレギュラー)が生じようとも気にも止めず、組み込まれた歯車のように自分の役割をこなしている。

 

 

今ここで起きていることは、恐らく『U─NASA』及び『趙 花琳』の仕業でもなければ、ましてや『中国政府(自 分 達)』の仕業でもない。

 

 

3者は共通して一般人を巻き込まないように配慮している。それは機密保持の為であったり、理念(ポリシー)であったりと様々だが、とにかくそれだけはなるべく避けてきた。

 

 

しかし、現在このフェリーでは一般人が狂気の中心へと段々呑まれている。恐らく『U─NASA』と『中国政府』以外の勢力が介入している説が濃厚だろう。

 

 

もしかすると、その勢力も『花琳』を狙っているのかもしれない。だとすると非常にマズい。

 

 

一刻も早く花琳を抹殺し、自分達『(イン)』はこのフェリーから離脱するべきだろう。何者かの狂気に呑みこまれる前に。

 

 

 

 

 

 

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「…………」

 

 

デッキにて、沈めておいた装備一式を引き揚げた(アラシ)は既に小さくなってしまった港を遠目に見つつ煙草を深くふかした。ニコチンを欲した訳でもないのだが、じっとりと纏わりつくこの違和感に堪えきれなかったのである。

 

 

「金持ちだらけの豪華客船にも関わらず、やけにザル警備でしたね博士」

 

 

シルヴィアも違和感を感じていたようで、警戒した様子で周囲に目線を配った。

 

 

この船全体が得体の知れない気持ち悪さで満ちている。人間がまるでゼンマイ仕掛けのマニュアル人形のように、単純な受け答えしかしないのだ。

 

 

検閲係は決まった動作でボディチェックを済ませた後、貼りついた笑顔で自分達を見送った。

 

 

あの調子だと、後ろ手に隠し持っただけでもバレずに装備を持ち込むことが出来たかもしれない。

 

 

知らぬ間に、台詞も行動もあらかじめ予定調和の映画フィルムの中に放り込まれてしまったのではないか。

 

 

オカルトの類を嵐とシルヴィアは信じない質ではあるが、その二人ですらその類の仕業ではないかと勘繰ってしまう程に、奇々怪々な現象が少しずつこの船を蝕んでいた。

 

 

「ここに長居は禁物です。博士、『花琳』を見つけてとっととずらかりましょう」

 

 

「ああ。メインホールから当たるぞ」

 

 

「それはあまり得策ではないのでは?」

 

 

この船が正常に運行していればの話だが、メインホールでは様々なショーが催される。

 

 

そんな目立つ場所に花琳がわざわざやって来るだろうか。彼女のことだから意表をついて人混みに紛れる作戦を取るかもしれないが、それにしても相当な人数が集まるホールを優先的に探すのは、相当な時間を要するだろう。

 

 

故に、後回しにするべきではないだろうか。

 

 

「ただでさえあれだけ目立つ女がよ、ワンパターンな行動しか繰り返さねぇこのフェリーの連中の中に紛れ込んだら相当目立つと思わねぇか?」

 

 

嵐のその言葉にシルヴィアは妙に納得させられた。確かに彼女は異彩のオーラを放っている。それに加えて、この船は現在こんな(・ ・ ・)状態だ。嵐の提案を採用した方が手っ取り早いかもしれない。

 

 

「……私はそれで構いません博士」

 

 

「確か次の時間の演目は……おっと。世界一有名な四つ子ちゃんの『四重唱(カルテット)』みたいだな」

 

 

よりにもよって、このフェリーのメインイベントと作戦決行のタイミングが重なってしまった。

 

 

それは花琳の発見が困難になるという問題以前に、より多くの一般人が巻き込まれてしまうことを意味する。

 

 

「……それでもやるきゃねぇわな。お前は花琳をとっ捕まえろ。残りの『(イン)』の連中はオレがまとめて面倒見てやる」

 

 

「勿論言わずもがなです。必ずや彼女を亀甲縛りで博士に献上してみせますよ」

 

 

「………………おい」

 

 

「ジョークです。私でしたらいつでもご自由に縛って頂いて構いませんが?」

 

 

「あー。聞こえねぇ聞こえねぇ。難聴気味なんで聞き取れるHz(ヘルツ)数で喋ってくれよ蝙蝠(コウモリ)娘さん?」

 

 

「傷つきました。私は『(サクラ) (アラシ)』氏を名誉毀損で訴えようと思います。ついでに貴方の『氷核活性細菌』に関するレポートのゴーストライター疑惑まで浮上させて差し上げます」

 

 

彼等『掃除班(スイーパー)』はU─NASAから全幅の信頼を寄せられてるだけあって優秀である。

 

 

こうして他愛の無い雑談に興じる間に、周囲に人の気配が無いことを確認した上でパーティ用衣装を脱ぎ捨て、互いに背中合わせでそれぞれの仕事着へと早着替えを済ませた。

 

 

それだけでなく彼等は各々の装備の状態(コンディション)、銃の装填数の最終確認まで済ませ万全の突入状態へとその身を整えてしまった。

 

 

「準備はいいか?」

 

 

「ええ、参りましょう」

 

 

2人はやや勢いよくメインホールへと通じる観音開きの扉を開けると、中へ素早く突入した。

 

 

 

 

 

 

 

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「……ビンゴだ。こりゃいい。手間が省けたぜ」

 

 

「あら。見つかっちゃったみたいね」

 

 

突入した嵐とシルヴィアの眼に飛び込んできたのは、20m程先の地点で立食を楽しんでいる花琳(ファウリン)。二人に発見されても尚、杏仁豆腐を口にゆっくり運ぶという余裕ぶりを見せつけている。

 

 

「……(しのぶ)達がやられた、か」

 

 

反対側の扉からは、自分達とほぼ同時に『(イン)』のメンバー十人余りが飛び込んできた。そして、その彼等のリーダーである『ルカ・アリオー』は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 

 

役者は揃ってしまった。

 

 

ならば、始めることはただ一つ。

 

 

(デッキ)に出ろ」

 

 

親指を自分とシルヴィアが飛び出した扉へと向けながら、嵐は花琳及び『(イン)』の面々へと告げた。

 

 

金持ちの雑談と雑踏に掻き消され、その声が彼等に届くことは叶わなかったが、意図は正しく伝達されたようで、二組はおもむろに嵐の導く方向へと歩み始めた。

 

 

一般人にはバレずこっそりと事を終わらせる為。U─NASA『掃除班(スイーパー)』は花琳を確保する為、中国暗殺班『(イン)』は花琳を始末する為、花琳は彼等二組をぶつけた上で残った片方を始末し逃亡する為。

 

 

そんな矢先のことだった。船内全ての照明が、何の前触れもなく一斉に光を失った。

 

 

メインホールは井戸の底に投げ込まれたかのような深い闇へと転じ、どういう訳かスポットライトの光が『掃除班(スイーパー)』、花琳、『(イン)』の3つの勢力を静かに照らした。

 

 

彼等は数々の修羅場を潜り抜けてきた。そんな彼等ですら突如降りかかったこの状況に思考を強制停止させられた。今まで彼等はひっそりと仕事を終えてきた。アメコミのヒーローのように人々から称賛されてきた訳ではない。

 

 

そんな彼等がまるで今宵の主役、重要な来賓客であるかのように演出(スポットライト)を当てられれば思考が停止してしまうのもやむを得まい。

 

 

そんな彼等の中でも、最も多くの修羅場を潜り抜けてきた筈の(アラシ)の思考と表情はまるで凍結したかのように固まった。

 

 

友人である『冬木(フユキ) (コガラシ)』が、非常出口の薄暗いグリーンランプに照らされて姿を現したからだ。

 

 

ドクン。ドクン。今度はそんなありきたりなオノマトペでは表現出来ない程に、(アラシ)の心臓は不気味な音で悲鳴をあげた。

 

 

今度こそ幻覚ではない。冬木(フユキ)はこの船に乗船している。そして、間違いなくこの船で何かを引き起こしている。

 

 

冬木(フユキ)はその無機質な瞳で(アラシ)を瞳に納めた後、非常口からひっそりとその場を後にした。

 

 

「……博士」

 

 

シルヴィアの一声で、冬木に奪われていた嵐の意識は再び覚醒する。嵐が周りを見渡すと、自分以外は皆一様にステージの方へと視線が吸い寄せられていた。どうやら冬木に気付いていたのは自分だけだったようだ。

 

 

「レッディ~スエ~ンド!ジェントルマン!」

 

 

スポットライトの当てられた舞台の上で、ナース姿の金髪の美少女『ネロ』が見て下さいと言わんばかりにはしゃいでいたからだ。

 

 

(アラシ)は彼女の名を聞知(ぶんち)してこそいなかったが、冬木と行動を共にしていたことだけは覚えている。

 

 

その彼女が今から何を始めようと言うのか。どうにも、(アラシ)の胸騒ぎは収まらなかった。

 

 

「今から四つ子ちゃんのお歌の始まりだよ!みんな、最後まで聞いてあげてね!」

 

 

戸惑う(アラシ)達の心情を置き去りにするように、ネロは声高々に〝何か〟の開幕を告げる。彼女と舞台を照らしていたスポットライトの灯火は失せ、闇の中で無数の影が蠢いた。

 

 

 

 

 

 

 

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─────────

 

 

 

 

 

 

骨の軋むようなバイオリンの音が産声を上げた途端、設置された蝋燭に一斉に炎が灯される。

 

 

徐々に、重油が滲むように楽器の演奏者達の輪郭が徐々に闇の中から浮き彫りになってきた。

 

 

そんな彼等の中心から、艶麗(えんれい)なドレスで着飾った四人の大人びた少女が姿を現す。

 

 

彼女達の名前は『グロリア姉妹』

 

 

10歳という幼い齢ながら、世界的に有名な合唱団の花形を務める4つ子の姉妹だ。

 

 

彼女達の歌はこの船『ダンテ・マリーナ』で催されるショーの中でも、メインイベントとして乗船客から待望されてきたものだ。

 

 

(アラシ)やシルヴィアもこんな状況でなければ手を叩いて彼女達を迎えたいところだが、とてもそんな気にはならない。

 

 

彼女達が歌い始めた訳でもないのにやけに静かすぎる。微かな拍手ですらもこの空間に響かない。自分達に演出(スポットライト)が当たっても、突如現れた金髪の少女が司会を勤めても、周囲の客は何一つ言葉を漏らさない。

 

 

わかりやすい違和感が、濁った水の如くこの場を満たしている。そんな中を『グロリア姉妹』4人は闊歩する。

 

 

彼女達はピタリと止まってドレスの端をつまんだ後、足を交差させて深々とお辞儀した。

 

 

口コミによると少女ながらに背徳的で艶かしいオーラを放ち、愛想がいいと評判の彼女ら。

 

 

しかし、(アラシ)花琳(ファウリン)の目には無機質な笑顔を浮かべる人形

(マリオネット)にしか見えなかった。

 

 

そんな彼女ら4人は、ゼンマイを巻かれた人形のようなぎこちない動作で胸の前で手を組み、その美しい歌声で唄い始めた。

 

 

 

 

 災いの故郷 砕けた木を拾う貴方 

 

 

 遠い夜 手を伸ばす彼方  

 

 

 瞳から 羊水(な み だ)こぼし

 

 

 面影濡らしても 白羊宮の空

 

 

 満ち足りた記憶 名も無い命 

 

 

 黙する命 溶ける日々 

 

 

 融解が始まり 理性が(とろ)ける

 

 

 蠱 惑 の 蛹

 

 

 

 

〝 ギィ ギィ ギィ 〟 

 

    〝 ギャッ ギャッ ギャッ 〟

 

 

 

彼女らの陰鬱な歌詞の歌を、有名オーケストラの楽器の音色が包み込む。しかし、その包む音色は徐々に海豹(アザラシ)の断末魔のような聞き難いものへと堕落していく。

 

 

急激な変調に、不思議になってスポットライトに照らされた(アラシ)達は演奏者達へと目を運んだ。

 

 

刹那、連続して水音が響く。

 

 

 

          ポ

          タ

          ッ

 

 

          ポ

          チ

          ャ

 

 

          ポ

          タ

          ッ

 

 

 

演奏者の耳の穴から、白い液体がポタポタと垂れてきた。それはまるで性交渉の後に膣から漏れ出す精液のよう。よく見ると、『グロリア姉妹』の耳の穴からもそれは漏れ始めている。

 

 

そんな感想を抱いた直後、舞台の奥からヌラヌラと何か(・ ・)が現れた。蛇のような、ハリガネのような黒細いものが複数本。

 

 

それは、直後に演奏メンバーと『グロリア姉妹』の耳の穴の中に挿し込まれ、射精する時の男性器のように景気良く脈打って彼等の耳に白濁の液体を流し込んだ。

 

 

たちまち、演奏メンバーは油をさされた自転車のように調子を取り戻し、引き続き演奏を続けた。

 

 

それを目の当たりにした『(イン)』のメンバーはルカが口を開く前に動く。

 

 

見ればわかるが、舞台に立っている彼等は普通じゃない。いや、普通だったのだろうが、明らかに何らかの外的影響により、普通じゃない何かに成り果てている。

 

 

一般人が知ってはいけない何かに接触した。そうなった以上、『(イン)』のメンバーは一般人だろうと証拠隠滅の為に抹殺する義務を負っていた。

 

 

彼等は『紅式手術』によって『薬』を使用せずとも『特性(ベース)』の力を発揮出来る。

 

 

故に、証拠隠滅の為に舞台上で演奏している彼等を殺害することなど容易い。

 

 

「ヒュッ!!」

 

 

「シッ!」

 

 

ルカを除いた舞台の9人は一斉に演奏者の首を叩き折った後に勢い余って首を捻り切った。同時に地面に謎の白濁の液体が撒き散らされたが、彼等はそれを気にも留めない。

 

 

ルカは間髪入れずに演奏者の首の1つを『(イン)』のメンバーの一人から受け取った。その首から下には、一緒に引き抜いてしまった脊髄が尻尾のように揺れていた。

 

 

そして『グロリア姉妹』の前にルカは立つ。舞台に見知らぬ集団が立ち、演奏メンバーの血が流れても尚、彼女らの表情は変わらない。

 

 

ルカは眼鏡を指で整え、一呼吸ついた後に脊髄のついた首を振りかぶり静かに口を開いた。

 

 

「……悪く思うな」

 

 

ルカは横一線に脊髄の斬撃を放った。それは四人の『グロリア姉妹』の腸を引き裂き、多くの内蔵を床一面にぶちまけさせた。

 

 

それを見届けた後、『(イン)』のメンバーは迅速に舞台から距離をとった。自分達が作り出した悲惨な光景をこれ以上見たくないという理由もあるが、先程『グロリア姉妹』達に白濁した液体を注ぎ込んだ何か(・ ・)の正体が判明していないからだ。

 

 

それを杞憂していた矢先、キコキコと車椅子のか細い金属音が聞こえてきた。奥の方から、先程の金髪の少女『ネロ』が現れる。そのネロが手押ししている車椅子には、10歳程のオカッパ頭の少女が乗っている。

 

 

「……あのガキは」

 

 

(アラシ)は車椅子のにも見覚えがあった。彼女も冬木と行動を共にしていたからだ。相変わらず病衣に身を包んだ病弱そうな佇まいをしている。

 

 

「……あ~あ。美桜子(み ゆ こ)ちゃんのお人形さん壊しちゃった」

 

 

ネロの口ぶりからすると、現れた車椅子の少女は『美桜子(み ゆ こ)』というらしい。そして、彼女が『グロリア姉妹』や演奏者達を何らかの形で操っていたと踏んで良さそうだ。

 

 

そんな美桜子(み ゆ こ)はというと、虚ろな瞳で膝の上に置いた紙に鉛筆で迷路を書き、彼女自身が引き起こしたかもしれない目の前の惨状を気にも留めていなかった。

 

 

本当に彼女がやったんだろうか。(アラシ)は以前美桜子(み ゆ こ)が『特性(ベース)』の力を発揮して自分とクーガ・リーを襲ってきた時のことを思い出す。

 

 

その時彼女が発現させた『特性(ベース)』も触手こそ持っていたが、先程の触手とは形状も色彩も異なる。自らの知識と記憶が確かなら、彼女の『特性(ベース)』は恐らく『ベニクラゲ』だろう。

 

 

毒こそ持ってやしないが、死を迎える際には幼体へと退行しそれを繰り返す不老不死の生物。

 

 

ただし、『ネムリユスリカ』とは異なり外傷を受けて死亡した場合は蘇生など不可能である上に、生物を洗脳するような真似など出来やしない。

 

 

よって、美桜子(み ゆ こ)ではなくあの金髪の少女『ネロ』の仕業ではないかと(アラシ)は推測した。

 

 

しかし、そのアテはすぐに外れた。

 

 

ネロは、車椅子から手を離すとピクピクと辛うじて生きている『グロリア姉妹』の剥き出しの腸をなに食わぬ顔でツンツンとつつくと、ため息をついた後に次の言葉を発した。

 

 

「 う~……しょうがない!美桜子ちゃん!

   私がお人形さんを治してあげる!」

 

 

ネロが胸をドンと叩いて発した一言に、その場の誰もが耳を疑った。

 

 

胸糞悪い話だが、彼女(ネ ロ)は先程『グロリア姉妹』や演奏者達をお人形さん呼わばりしていた。

 

 

その理屈からすると、彼女は死にかけている彼等を救う魔法の薬品でも有しているのだろうか。

 

 

「人為へーんたい♡」

 

 

その台詞と共にネロは注射型の『薬』を取り出し、自らの首筋へと突き刺した。みるみるうちにネロはその身体を変化させたが、その風貌に花琳は眉をしかめた。

 

 

天を突き刺すような二本の触角と、鋭く伸びた両人指し指とその爪先の毒針。彼女の体色が飴色(・ ・)であること以外花琳が『エメラルドゴキブリバチ』を発現させた時の姿と一緒なのだ。

 

 

そこから推測される可能性はただ一つ。

 

 

「……私のお仲間(・ ・ ・)かしら?」

 

 

ネロの『特性(ベース)』も、花琳の『エメラルドゴキブリバチ』と同じ〝寄生蜂下目〟に属する生物である可能性が高いということだ。

 

 

「ムッカ~!私はおばさん(・ ・ ・ ・)じゃないよ!」

 

 

またまたズレた返答を返してきたネロに、花琳は手で髪を靡かせながらため息をついた。どうやらネロはまた質問の意図を取り違えているらしい。

 

 

年齢(・ ・)の話じゃなくて生物(・ ・)の話よ。貴女がいかにも近頃の娘にありがちなノータリンの()だっていうのは充分わかっているから安心なさい」

 

 

「そ、そんなの知ってるもん!いいよ!今から私の『特性(ちから)』を見せちゃうんだから!」

 

 

ネロは間違いを指摘されて怒り出した。案の定、図星だったようで彼女(ネロ)は顔を真っ赤にした。

 

 

彼女はその赤面した顔ばせを隠すように反対側へと身体を向けて死にかけの『グロリア姉妹』と対面した後、腕を振り上げたかと思えば次の瞬間、

 

 

  ド ス ッ  

 

 

勢い良く、死にかけの『グロリア姉妹』の1人の首筋に指の毒針を突き刺した。

 

 

〝泣きっ面に蜂〟とはこのことか。『(イン)』の一人は目の前の光景を見てその言葉が浮かんだ。ネロは死にかけの彼女を介錯したに違いない。そのメンバーはそう受け取った。

 

 

トドメを刺されて悶絶しているのかビクンビクンと痙攣する少女をよそに、ネロは残りの3人へと続けざまに次々とその毒針を突き刺していく。

 

 

「……死体を弄ぶとは随分いい趣味してますね?」

 

 

彼女の様子はただ悪戯に肉に毒針を突き刺して弄んでいるようにしか見えないネロを見て、シルヴィアは嫌悪感を覚えたらしい。彼女は懐からマシンピストルを取り出すと、容赦なくネロの足元へとその弾丸の雨を降らせた。

 

 

ぼけた灯火以外存在しない暗闇の中に長く留まり続けたせいか、その場にいた者からすれば彼女の銃が発するマズルフラッシュはやけに眩しく感じられた。シルヴィアが放った弾丸はその眩い閃光と共にネロへと突き刺さる。

 

 

……筈だった。

 

 

確かに弾丸は肉を裂き、骨を砕き、血を撒き散らした。しかし、それはネロのものではない。

 

 

では誰の肉で、誰の骨で、誰の血なのだろうか?

 

 

「どうだっ!これが私の『特性(ち か ら)』で~す!」

 

 

彼女を庇ったのは、内蔵をぶちまけた上にネロに死体を弄ばれた『グロリア姉妹』だった。

 

 

生命の維持に必要な器官の大半を失った彼女らが何故再起出来るのか、シルヴィアには不思議で堪らなかった。

 

 

『グロリア姉妹』は内臓をボタボタとこぼ し、体液を失禁したかのようにその場に滴らせても平然としている。

 

 

そして、シルヴィアの弾丸により肉のえぐれた脚を交差させスカートの端をつまむと、生前(・ ・)と同じように歌い始めた。

 

 

「 オ゛ッ オ゛ッ オ゛ ッ 」

 

 

「  オ゛ッ オ゛ッ 」

 

 

「  オ゛ッ  ア゛ッオ゛ 」

 

 

「 オ゛ッオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ 」

 

 

喉も抉られ身体の器官の大半も失った彼女らが再び唱うのは叶わぬ夢。それでも尚、彼女らは唱い続ける。先程の歌声(・ ・)からは想像出来ない気味の悪い鳴き声(・ ・)で。

 

 

目の前で死体(・ ・)が動き出した。そんな事実が『(イン)』のメンバーの感情を振り回し、冷静なシルヴィアですらそれに警戒し一歩下がった。

 

 

しかし、(アラシ)花琳(ファウリン)は別だった。そんな芸当が可能な生物に心当たりがあったからだ。

 

 

「……『ブードゥ・ワスプ』かしら?」

 

 

「ピンポーン!」

 

 

花琳の言葉に、ネロは指で(マル)を作って返答した。

 

 

花琳はその存在を失念していた自らの浅はかさに思わず舌打ちした。寄生蜂には『エメラルドゴキブリバチ』以外に厄介な生物がいないというのは大きな間違いだ。

 

生物が(むくろ)になっても尚、その身を操る『 ブードゥワスプ 』という生物がいた。

 

 

その毒を注入され、卵を産み付けられた生物は孵った幼虫に身体中を食い破られても尚、決して死ぬことはない。

 

 

それどころか、身体中が空っぽになった生物は産み付けられた卵を守る為に他の生物が近付くと狂ったように暴れ出し、生きていた時のことを懐かしむように生前(・ ・)の行動を繰り返す。

 

 

その様子が死体に魂が宿ると信じられている宗教(カルト)『ブードゥ教』を連想させることから、その異名を冠することになった。

 

 

「正式名称『コマユバチ』。テメェが冬木(フユキ)のパートナーか?」

 

 

(アラシ)は思い出した。冬木(フユキ)が一人の少女と共に非道な人体実験を繰り返し、そのせいでU─NASAを追放されたことを。その少女がきっと彼女なのだ。

 

 

確かに、あの『特性(ベース)』を持つ助手がいれば冬木の研究はさぞかし(はかど)っただろう。何故なら、実験体となった生物は死んでいるも同然なのに死ねないのだから。

 

 

しかし、ネロの『特性(ベース)』が判明したところで腑に落ちない点がある。先程の触手の正体のことだ。少なくとも『ブードゥワスプ』はどれだけ過剰接種したところであんな姿にはならない。

 

 

では、白濁色の液体を人々の耳の穴に注ぎ込み操っていたモノの正体は何だったのだろうか。

 

 

「さっすがせんせーが褒めてた2人だね!パチパチパチ~」

 

 

ネロが2人を称賛していると、ステージの奥の方からこの船の船員であろう人物が点滴器具一式を持って現れた。その人物も耳から白濁した液体がポタポタと垂れている。

 

 

「それじゃあ、後は美桜子(み ゆ こ)ちゃんにお任せ~」

 

 

ネロはその器具を美桜子(み ゆ こ)の腕に繋ぐと、パックの中の薬剤を投薬し始めた。その薬剤の中身の正体は、『MO手術』の力を使う為に必要な『薬』。

 

 

それがタプタプと音を立てる程に大量にパックに詰まっていた。それをこともあろうかネロは、

 

 

「えいっ♪」

 

 

握り潰した。圧力が加わったパックは急激にチューブへと『薬』を吐き出し、それは美桜子(み ゆ こ)の血管に急激に注ぎ込まれた。それも、全て(・ ・)

 

 

「馬鹿野郎ッ……!!」

 

 

(アラシ)はネロの蛮行に、思わず敵でありながらも叱咤してしまった。ネロの行いは医学的に見て危険な行いだ。

 

 

それに加えてあれだけの量を注ぎ込まれた美桜子(み ゆ こ)は過剰接種により人体は拒絶反応を起こして死に至ってしまう。

 

 

その証拠に美桜子の身体はガクガクと震えて痙攣している。いくら彼女が『ベニクラゲ』の特性(ベース)を持っていたとしても、『免疫寛容器官(モザイクオーガン)』が引き起こす拒絶反応にも耐えうるかは疑問である。

 

 

そんな美桜子に構うことなく、ネロは『動く屍(ゾ ン ビ)』と化した『グロリア姉妹』と共に舞台の袖へと引っ込んでいく。

 

 

「ショーはおしまーい。ばいば~い!」

 

 

ネロの言葉と共に、段々と舞台を彩っていた蝋燭とスポットライトの光は色褪せ光を失った。

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────────────

 

 

───────────

 

 

 

 

 

 

再び、この空間は暗闇と静寂を取り戻した。唯一響くのは、舞台の方から(こだま)する点滴の水音のみ。

 

 

 

       ピチョン

 

 

       ピチョン

 

 

       ピチョン

 

 

 

メトロノームのように規則正しく響く水音が反響する度に、妙な音も同時に響いた。

 

 

 

       メキメキ

 

 

       メキメキ

 

 

       メキメキ

 

 

 

フライドチキンの骨を乱暴に折ったような音が美桜子の背後から響く。『(イン)』の面々に首をへし折られた演奏者達がいる場所がその音源であった。

 

 

「シルヴィア!!」

 

 

「……かっぱらっておいて正解でしたね、博士」

 

 

シルヴィアは拝借(・ ・)しておいた照明弾を天井めがけて打ち上げる。砲弾は発光しながら放物線を描き、舞台の上に転がった。僅かな光を取り戻したその場に広がっていたのは、異様な光景だった。

 

 

「なっ……」

 

 

(イン)のメンバーは絶句した。自分達が殺害し、首が妙な方向にネジ曲がった死体から、植物の(つる)だか木の(みき)だかわからないものが身体を次々と突き破って突出してきたのだ。

 

 

「……冬虫夏草(とうちゅうかそう)だ?」

 

 

嵐は壮絶な光景を見て眉をしかめた。自分の見立てによると、あれは『冬虫夏草』だ。昆虫に寄生する菌類の一種だが、それが美桜子(み ゆ こ)の『特性(ベース)』であるならばおかしな話だ。

 

 

『冬虫夏草』に複雑な精神操作(マインドコントロール)は不可能な事実に加えて、あの少女の『特性(ベース)』となった生物は『ベニクラゲ』の筈だ。全く異なる両生物を自分が見間違える筈がない。

 

 

そんな風に(アラシ)美桜子(み ゆ こ)の正体を探ろうと頭を全力で回転させると同時、彼女の身体が大きく小刻みに痙攣しながら膨張するのが見えた。

 

 

『薬』の過剰接種により『特性(ベース)』となった生物の特徴を色濃く反映した姿へと変化しようとしているのだろう。

「……何かしら、あれ(・ ・)

 

 

嵐と同じ生物学者の花琳ですら、その姿は理解に苦しむものだった。全世界の生物学者を集めても皆異口同音に彼女と同じ問い掛けを漏らすに違いない。

 

 

美桜子(み ゆ こ)が変貌した姿は、彼女の正体を真剣に見出だそうとしていた嵐の姿が滑稽に見えてしまう程に馬鹿馬鹿しいものだった。

 

 

「出てこい冬木」

 

 

嵐は肩を震わせ拳をギリリと握りこみ、そんな言葉をポツリと漏らした。自分の唯一の友に対する怒りが血管を煮立たせたからだ。

 

 

「あの糞野郎……何作りやがった」

 

 

美桜子の皮膚を突き破り、その身体はピンク色の巨大な肉の塊のように変貌した。

 

 

プチゃプチゃと、膿のたっぷり詰まったデキモノを潰すような水音が一つ鳴る度、その身体からは何かの触手、何かの頭、何かの触角、何かの花弁、何かの翼、何かの鱗、何かの腕、何だか枝分かれしたカタツムリの頭など言い出したらキリのない生物的特徴が次々に現れた。

 

 

それを見た面々の背筋をゾゾゾと氷柱(つらら)で引っ掛かれたかのような明確な寒気が襲う。

 

 

あれ(・ ・)が何かは見当もつかないが、間違いなく害をもたらすことだけは確か。

 

 

「全員撤退だ!急げ!!」

 

 

ルカは『(イン)』のメンバーに瞬時に告げた。あれが何か(・ ・)わからない以上、この場に留まり続けるのは危険だ。

 

 

しかし、それを言うには少しばかり遅すぎた。生温い無数の手が『(イン)』の面々の身体中に一斉に絡み付いたからである。

 

 

「なっ……!?」

 

 

目の前で浮き世離れした出来事がひっきり無しに起こった上に、こいつら(・ ・ ・ ・)はそれに一切対してリアクションを起こさなかった為にすっかり失念していた。

 

 

ここは世界有数の豪華客船であり、ここは最も賑わう場所である。そんな場所に一般客が集まるのは必然の理。そして、その一般客は既に操られていると考えるのが定石。

 

 

案の定、彼等を取り囲む一般客はその耳から白濁色の液体をポタポタと垂らしていた。

 

 

「っ……離せっ!!」

 

 

(イン)』の面々は『薬』を使って『特性(ベース)』の力を完全に開放することも許されず、無数の人だかりに自由を奪われる。常時、人並み以上どころではない力を持つ彼等とはいえ、投げても殴っても次々と湧いてくる群衆が相手では分が悪い。

 

 

そんな彼等の一人に向かって、舞台の上に転がっている巨大な肉の塊(み ゆ こ)から鋭く触手が伸びて突き刺さった。

 

 

「 アッ 」

 

 

その突き刺さった触手(ストロー)から、ジュルジュルと音を立てて急激に何かが吸い出されていった。

 

 

「なっ……!? ジェーン!!」

 

 

ルカの絶叫によると触手に貫かれた女性メンバーの名はジェーンというらしい。彼女は暫く腹部から何かを吸われた後に、バタリとその場に倒れ伏した。

 

 

その直後、散々彼女から何かを啜った肉の塊(み ゆ こ)の中心から、何かが飛び出した。

 

 

「……………」

 

 

美桜子(み ゆ こ)の裸の上半身だ。心無しか、先程よりも顔立ちが幼くなっている気もする。

 

 

そんな彼女の背中からとあるモノが飛び出した。それはフワリと、大きく広げられる。

 

 

オレンジ色と白の混じった大きな翅。綺麗な見た目に反して凶悪な毒を持つ『ツマベニチョウ』のものだ。

 

 

そして、その生物は先程触手から何かを啜られた『(イン)』構成員『ジェーン』の『特性(ベース)』でもある。

 

 

「あっ、あれぇ、ジェ、ジェーンの」

 

 

羽交い締めされた『(イン)』女性メンバーは、恐怖と狂気に身を震わせながら必死に音にならない言葉を絞り出そうとパクパクと口を動かした。

 

 

何故あの少女が自分の仲間の『特性(ベース)』を持っているのか、彼女には理解し難かった。まさか元々持ち合わせていた訳ではあるまい。

 

 

「嫌だ嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌」

 

 

人は恐怖を知り事前に対処する力である『知恵』と、あらゆる困難を打破する『意思』の力を持つ唯一無二の生物だ。

 

 

しかし、乾いた空から突然雨が降ってくるように唐突に古今東西の知識を持ってしても理解し難い未知の恐怖に襲われた時、人間の二つの力は簡単に砕ける。

 

 

仮に『知恵』を失い、『意思』が折られた時。

 

 

「助けてっ!」

 

 

「馬鹿!騒ぐんじゃねぇ!!」

 

 

「いや!いやいやいやぁ!!」

 

 

 

 

 

───────その時『人間』は、ただ神に助けを乞うだけの〝豚〟に成り果てる。

 

 

 

 

怯えている『(イン)』の彼女の足元から、ツンとしたアンモニア臭がその場にじわじわと広がった。恐怖のあまりに失禁したのだろう。

 

 

その瞬間、美桜子(み ゆ こ)から伸びた複数の触手が彼女の恐怖の臭いを嗅ぎ付けたかのように一斉に『(イン)』のメンバーの腸を貫いた。

 

 

「がっ!!」

 

 

「助っ……」

 

 

次々と触手が突き刺さり、体液を啜られていくメンバー達。彼等のリーダーであるルカも又同様に触手の餌食となった。

 

 

「ク……ッソォ!!」

 

 

徐々に意識が遠退いていく。このままでは、自分も彼等と同様に訳のわからない何かの餌食になってしまう。しかし、そうはいかない。

 

 

自分にはAEウイルスに身体を蝕まれている婚約者がいる。そして、今こうして無能な自分のせいで死なせてしまった部下の仇を取る義務がある。

 

 

例え、この場から一旦逃げたところで命が尽き果てようとも。

 

 

「ぐぉおおおああああ!!」

 

 

ルカは最後の力を振り絞り、群がる一般客を無理矢理押し退けたところで『薬』をなんとか接種した。その途端、彼の身体は『特性(ベース)』の力が反映した姿へと変化する。

 

 

ルカは腸に突き刺さった触手を引き抜いた後、驚異的な跳躍力でその場から離脱した。美桜子は暫くビョンビョンとバネのように跳ねる彼の姿を追った後、引き続き触手を通して『(イン)』のメンバーの体液を継続して啜る。

 

 

その時にはもう既に嵐、シルヴィア、花琳3名の姿はその場から消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

───────────

 

 

 

 

「……成り行きとはいえU─NASAの連中と肩を並べて逃げる日が来るとは思いもしなかったわ」

 

 

「このまま一緒にU─NASAへと任意同行してくれてもいいんですよ?」

 

 

「それは遠慮しておくわ」

 

 

甲板を目指して三人は通路を駆け抜けた。本来(アラシ)とシルヴィアはすぐさま花琳を確保するべきところなのだろうが、そんな悠長な争い(こ と)をしていてる暇は彼等にはない。

 

 

今、この船は彼等『掃除班(スイーパー)』だけでは手に余る状態に陥っている。実力者揃いの『(イン)』分隊の面々があまりの異常事態(イレギュラー)に呆気なく壊滅してしまったことがそれを証明している。

 

 

ここは適当に流れに任せて彼女と共に脱出し、機を見計らって確保するべきだろう。

 

 

それは彼女にもお見通しだろうが、彼女にも解っている筈だ。脱出するには手を組む必要がある。

 

 

「貴方、桜博士よね?」

 

 

「……ああ。そうだ」

 

 

不意に花琳が投げかけた疑問に、嵐は不機嫌に返事を返した。目の前の彼女は娘である唯香を危険な目に遭わせた上に、彼女の起こした事件のせいで唯香と『クーガ・リー』の距離は縮まったと聞く。そんな個人的な私怨と、『地球組』を壊滅に追いやったことも相まって正直彼女は気に食わなかった。

 

 

「さっきのあれ(・ ・)の正体に心当たりは?」

 

 

花琳は嵐の予想に違わぬ質問を投げてきた。正直な話、推測の域を出ないものの嵐にはあれ(・ ・)の正体に検討がついていた。

 

 

「……ありゃ『MO手術者』の遺伝子を取り込んで自分の『特性(ベース)』を進化(ふ や)し続ける化け物だな」

 

 

にわかに飲み込みがたい事実だが、目の前のあの光景を間近に見せられた後では(アラシ)の言葉を信じる他ない。

 

 

「あの少女をどうやってあんなグロテスクな化け物に作り替えてしまったのでしょうか」

 

 

シルヴィアの口から飛び出した疑問に、嵐は重苦しい溜め息を吐き出した後に推論を吐き出した。

 

 

「十中八九『ブードゥワスプ』の『特性(ベース)』で人体が他の細胞で拒絶反応を起こして死なねぇように身体弄くりまわされた挙げ句、『MO手術』を繰り返して生物の細胞を無尽蔵に取り込める体にされちまったんだろ」

 

 

「……そんなことが可能なんですか?」

 

 

「ミノウミウシはクラゲの『刺細胞』、ミトコンドリアゲノムは補食した生物の細胞を体内に保存できるって説もある。こいつらの『MO手術』しときゃ嫌でも取り込めるようになる」

 

 

「正解だよ(サクラ)

 

 

桜嵐が答えを導き出した時、冬木凩の声がデッキの方向から不気味に響いた。

 

 

 

 

 

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潮風が不気味に肌を撫でる船上にて、ついに本多晃の忘れ形見『(サクラ) (アラシ)』と『冬木(フユキ) (コガラシ)』は正式に再会を果たす。 

 

 

彼等の間で二度と唯一無二の友情が育まれることは許されない。許されるのは、叡知(やいば)叡知(やいば)で互いを斬りつける死闘のみ。

 

 

もしこれも『神』の意思であると言うのであれば、これ以上残酷な運命などないだろう。

 

 

 

「……答えろ冬木」

 

 

嵐は怒りで震える手を必死に抑え、出来る限り穏やかな声色で冬木に尋ねた。

 

 

「お前の目的はなんだ……?」

 

 

まるで冬木がこの船で起きたこと全ての黒幕であるかのような物言いだが、それは生憎と間違っていなかった。

 

 

冬木は、その虚ろな瞳で怒りに震える嵐を眺めた後、静かに口を開いた。

 

 

 

「1つはそこの(チョウ) 花琳(ファウリン)君を君達U─NASAよりも先に確保することだ」

 

 

「貴方みたいな天才が私に何の御用かしら?」

 

 

花琳は眉をしかめた。U─NASAに所属していた彼女だからこそわかる。冬木は間違いなく彼女を凌ぐ叡知を持ち得ている。1つの分野を除いて。

 

 

「君のテラフォーマーに対する理解は私や桜を大きく凌いでいる。是非とも私の研究に力を」

 

 

「お断りよ」

 

 

花琳は冬木が言い終える前に提案を突っぱねた。確かに冬木と手を組めばU─NASAへの復讐も捗るだろうし、『地球組』『掃除班』『(イン)』といった勢力から身を守ってくれるのだろう。

 

 

しかし、花琳の最終目標はU─NASAに〝ヴィクトリアウッド〟の存在を嫌という程に認めさせた上で世界を牛耳るという自分でも笑ってしまう程に安っぽい目標。

 

 

今回の船の惨状を見るに、冬木の目標はそれが馬鹿馬鹿しく思えてしまう程にさぞかし高尚(・ ・)な目標なのではないだろうか。それも、自分が牛耳る筈の世界を壊してしまう程の。

 

 

いずれ互いの思惑が噛み合わなくなることは目に見えている。故に手を組む気にはならない。

 

 

「では誠に遺憾だが、後から実力行使の方向で話を進めさせて貰おう」

 

 

「ら……」

 

 

そんな冬木に「乱暴な男は嫌いよ」と花琳はいつもの如く減らず口を叩こうとした。しかし、冬木から発せられた得体の知れない寒気が彼女のいつもの余裕と言葉を奪う。

 

 

そんな花琳から、冬木は今にも自分への怒りで爆発しそうな(と も)へと視線を移した。

 

 

「二つ目の目標として『アネックス一号』計画を頓挫(とんざ)させることが挙げられる」

 

 

「……何?」

 

 

嵐は耳を疑った。今現在人類を蝕む『AEウイルス』のワクチンを作り出そうとしている『アネックス一号』計画を妨害する?そんなことをして、一体冬木に何の旨味があるというのか。

 

 

「そのオマケとして『膝丸燈』を確保するつもりだ。ロシアや中国よりも先にね」

 

 

膝丸燈(セカンド)』はどこの国も涎をだらだらと垂らして欲しがる程の価値があるもの。それを奪取する為に『アネックス1号』計画の発動をロシアや中国が早めたことは見え見えだ。

 

 

その彼を冬木が欲しがっても不思議ではないが、『地球』にいる冬木が『膝丸燈(セカンド)』どうやって手に入れようというのか。

 

 

彼等(『アネックス1号』)は決して一つの〝群れ〟になれはしない。そして瓦解した群れは自然界で子を補食されやすいのは君もご存知だろう。故に優秀な()さえ送り込めば『膝丸燈(セカンド)』の奪取は容易い 」

 

 

それに、と冬木は言い加える。

 

 

「仮に一つの〝群れ〟になったところでその()雀蜂(・ ・)を容易く殺すだろう。ああ、安心したまえ。『アネックス一号』の中に裏切り者を忍び込ませた訳ではないよ。それでは容易く対策されてしまうからね」

 

 

現時点で冬木の言う〝()〟が何かは想像もつかないが、恐らく驚異になることは容易に想像出来る。シルヴィアは帰還してから迅速にU─NASAにこの事実を伝達すべく、U─NASA製ボイスレコーダーを起動した。

 

 

そんなシルヴィアの意図を知ってか、若しくは怒りがそうさせたのか、嵐は核心へと切り込んだ。

 

 

「……何で『アネックス1号』を妨害しようとしてんだ?テメェは」

 

 

先程冬木は『膝丸燈(セカンド)』をオマケ呼わばりしていた。彼が『アネックス1号』を妨害する本当の真意はどこにあるのだろうか。

 

 

「『AEウイルス』の経過をもっと長期的に観察したいからに決まっているだろう。ワクチンなんて作られてしまえばそれが叶わなくなってしまう」

 

 

その言葉を聞いた瞬間、嵐は冬木に向けてリボルバーを向けた。かろうじて残っている理性が、嵐の引き金にかかる指をギリギリで踏みとどめる。

 

 

そんな触れると火傷しそうな嵐を見つめる冬木の表情は、嵐とは対照的に冷えて淡々としていた。

 

(サクラ)、あのウイルスは『ファージ』に形状こそ似てはいるものの、ウイルスであるにも関わらず繁殖しないのはおかしいと思わないか?」

 

 

冬木の言うように『AEウイルス』は異常だった。ウイルスの癖に増殖しないのだ。故にワクチンも作れず、それに加えて致死率100%という困りモノである為に『アネックス一号』の面々は火星に向かう羽目になったのだ。

 

 

「私はあれほどおかしなものが蔓延したところで人類が滅びるとは思えない。むしろそれを乗り越える為に人類は〝進化〟するのではないだろうか?私はその過程を見守りたいのだよ、桜」

 

 

冬木の言い草に、嵐はリボルバーのハンマー装置を上げて弾丸を放つ準備を整えた。

 

 

確かに、一研究者としてその〝進化〟の過程に興味がないと言ったら嘘になる。だが、それと引き換えに最も大切なモノを失ってしまう。故に冬木の考えに賛成出来ない。

 

 

(アラシ)自身が『AEウイルス』により大切な人を奪われたのだから尚更だ。

 

 

「〝進化〟よりも大切なもんが失われてるんだぞ」

 

 

「ほう。〝進化〟より大切な〝それ〟は何だ?」

 

 

嵐のその言葉に、冬木は大変興味深そうに顎に手を当てて尋ねた。その冬木の態度が嵐の怒りの炎にガソリンを注ぐ結果になった。どうやら、目の前の友はそんな簡単なことにすら気付いていないらしい。

 

 

 

 

「〝命〟だクソッタレ」

 

 

 

 

引き金を引いた途端、嵐が携えたリボルバーから〝命〟を奪う凶弾が吐き出された。弾丸は火薬の匂いと夜風を切り裂く爆音を残して計6発、冬木へと放たれる。

 

 

しかし、その弾丸が冬木の元に届くことは叶わなかった。彼の前に飛び出したものが、彼の盾となったからだ。皮肉にも、それは〝命〟を失ったも同然の『グロリア姉妹』四人であった。

 

 

せんせー(・ ・ ・ ・)を苛めちゃだめー!!」

 

 

彼女達の後から慌ただしい様子で現れたのは、金髪の美少女『ネロ』だった。そのネロが手押しする車椅子には、元の姿に戻った『美桜子(み ゆ こ)』が力無く揺られている。

 

 

「やぁネロ君。御苦労だった」

 

 

「えへへ~ほめてほめて~」

 

 

冬木の労いの言葉に、ネロは頭を掻きながら照れ笑った。どうやらこの船で起きた一連の出来事は彼等が引き起こしたと見て間違いないようだ。

 

 

「紹介しよう桜。助手の『ネロ・スチュアート』君と研究協力者(・ ・ ・ ・ ・)の『()()(とり) 美桜子(み ゆ こ)』君だ」

 

 

 

 

「よっろしくお願いしまーす ♡」

 

 

NAME:ネロ・ネクロフィア

 

NATIONALITY:アメリカ

 

M.O.O:〝昆虫型〟

 

BASE:『屍の姫(ブードゥ・ワスプ)

 

THE OTHERS:17歳 ♀ 157cm 44kg

 

 

 

 

「…………………」

 

 

NAME:()()(とり) 美桜子(み ゆ こ)

 

NATIONALITY:日本

 

BASE:『輪廻転生(ベ ニ ク ラ ゲ)』+『不特定多数』

 

THE OTHERS:10歳  ♀ 141cm 30kg

 

 

 

 

「彼女らのことはもう理解しているようだから説明はいるまい」

 

 

「ふざけんな!テメェ本当にその小さなガキにふざけた手術かましやがったのか!!」

 

 

ついに嵐は感情を爆発させる。研究協力者なんて体よく言っているが、要するにモルモットだ。彼女は、先程嵐がシルヴィアと花琳に説明したようにその小さな体に多くの『人間』と『生物』の遺伝子をその身に刻まれ続けてきたのだ。

 

 

とても人道的とは言い難い。

 

 

「……他人事とはいえ胸糞悪い話です」

 

 

「やり方がやっぱり私と合わないみたいね?」

 

 

シルヴィアと、あの花琳ですらも顔を苦く歪めている。あまつさえ、U─NASAの揉め事に全く関係ない一般人を巻き込んだ上に、狂気的な生体実験の材料にするなどもっての他だ。

 

 

どのような目標であれ、許されたことではない。

 

 

美桜子(み ゆ こ)君はまだ言うなれば(さなぎ)の状態だ。いずれより多くの細胞を吸収して私が望むもの(・ ・ ・ ・ ・ ・)へと届く手助けとなる研究材料に昇華してくれるだろう」

 

 

「……テメェの望むもの?」

 

 

「そう。私が望むもの(・ ・ ・ ・ ・ ・)だ。花琳君の協力を得て、『膝丸燈(セカンド)』を確保し、『AEウイルス』の謎を解き明かし、美桜子(み ゆ こ)君が細胞を吸収し自己進化を繰り返す度にそれに近付くことが出来る」

 

 

冬木凩が目指しているもの。

 

 

それは、人類の頭脳である『アレクサンドル・G(グスタフ)・ニュートン』が聞けば、冬木を大うつけだと笑い転げるか、もしくは彼の研究成果を見て思わずほくそ笑んで今後に期待してしまう程のものだった。

 

 

 

 

「私の当面の目標は『(ラハブ)』の叡智に至ることだ」

 

 

 

 

嵐は、冬木が放った言葉に強張った表情を見せた。U─NASAの上級職員である自分ですらイマイチ全容を掴めていない『(ラハブ)』の叡知へと、どうやって辿り着くつもりなのか。

 

 

そして何より、何故それを目指すのか。

 

 

「単純な知的好奇心が私をそうさせたのだよ。ゴッド・リーが発見した『密集ピラミッド』、すり替えられた『苔』、そして僅か五百年で急激な成長を遂げた『テラフォーマー』。これらがもし『ラハブ』の仕業だとしたならば、私は」

 

 

冬木は夜空を見上げる。その視線の方向は太陽でも、月でも、火星でもないあらぬ方角だった。

 

 

「『ラハブ』を〝彗星の衝突により失われた第五惑星〟という言葉では留めておけない程に興味をそそられている。知りたいのだよ、桜」

 

 

冬木は、それを言い終えた後にそっと嵐へと手を伸ばした。

 

 

「君も私と一緒に来い、(サクラ)。君の知恵はU─NASAで枯らすには惜しい。共に『ラハブ』を暴こう」

 

 

自分の友はイカれてしまったのだろうか。「世界征服の為に殺した。反省はしている。だが後悔はしていない」というRPGゲームでよく魔王の犯行動機として使われる理由の方がよっぽどマシに思えてしまうレベルだ。

 

 

知的好奇心を満たしたいという生まれた頃から持ち得た欲望が、肥えてしまうと平気で無関係な人間の命を弄ぶことが出来るのか。

 

 

これはもしかすると夢ではないのだろうか。夢から覚めたら、冬木と自分はどこかの屋台で飲み交わしている最中なのではないだろうか。そんな優しい夢が、嵐の脳裏をよぎる。

 

 

「社畜生活にウンザリして『脱サラして一緒にラーメン屋やろうぜ』と同僚をたぶらかす無責任なサラリーマンですか貴方は」

 

 

シルヴィアの冬木(フユキ)に対する辛辣な一声が、意識が浮遊しかけていた(アラシ)を一気に現実に引き戻した。

 

 

 

 

────────ああ。やはり、これは現実だ。冬木凩は、自分が止めなくてはならない。

 

 

 

 

「冬木。テメェはオレがぶっ殺してやる。オレが無理でも『地球組』の連中がテメェを止めるだろうよ」

 

 

(アラシ)は専用装備『感染(インフェクション)』に『M.O.D』を装填し、リボルバーにも弾丸を再装填した。美桜子とネロは『M.O.D』で、自分と同じく『特性(ベース)』を持たない冬木はリボルバーで仕留めればいい。

 

 

ネロの『ブードゥワスプ』により頑丈になった『グロリア姉妹』やここにもうじき押し寄せてるであろう一般客は、シルヴィアに任せればいいだろう。

 

 

掃除班(スイーパー)』2人は臨戦態勢へと移行した。花琳(ファウリン)を確保する任務を放棄してでも、冬木(フユキ)(コガラシ)はこの場で仕留めなければならない。

 

 

「……桜、1つだけ伝えておこう。君達『掃除班(スイーパー)』ならまだしも、『地球組』が私を止めることに関しては期待しない方がいい」

 

 

その言葉に、嵐とシルヴィアだけでなく花琳までもが眉を跳ねた。いや、彼等『地球組』とこれまで散々刃を交えてきた花琳だからこそ冬木の言葉に違和感を覚えたのかもしれない。

 

 

彼等は強い。壊滅的な被害を与えたことにより最終的には4人という少ない人数にこそなったものの、少なくとも隠謀が渦巻く『アネックス一号』の百人よりも、人数は少なかれど互いに背中を合わせて死線を乗り越えてきた彼等は群れとして高く完成するだろう。

 

 

それに、個人の戦闘力の水準が非常に高い。

 

ゴッド・リーの息子『クーガ・リー』

 

天然お嬢様『アズサ・S・サンシャイン』

 

アホの子『美月レナ』

 

天才狙撃手『ユーリ・レヴァテイン』

 

 

それに加えて、人類の到達点『ジョセフ・G・ニュートン』の友人である『エドワード・ルチフェロ』まで参入した。その上で団結すれば、彼等がどれほどの力を発揮してしまうのか想像もつかない。

 

 

しかも『サポーター』は『(サクラ)(アラシ)』の愛娘の『桜唯香』だ。正直、花琳からしてみれば『掃除班(スイーパー)』よりも彼等の方が相手にしたくなかった。

 

 

そんな彼等が冬木の脅威になり得ないとは思わない。彼の過小評価ではないだろうか。花琳にはそう感じられた。しかし、その僅か数秒後に冬木に『地球組』を脅威に感じさせない根拠(・ ・)が現れる。

 

 

「別に『地球組』を過小評価している訳ではない。対策済みだから勝てる(・ ・ ・)という意味だ。誤解させたのであれば詫びよう。出てきたまえ、君達(・ ・)

 

 

冬木の呼び声に応えて、5つの人影がテラスから降り立った。その中には女性も混じっていたが、全員が黒いタキシードで身を包んでいた。

 

 

 

 

 

 

「……呼んだかい、先生さんよ」

 

 

気だるげな表情で返事した、無気力な瞳の中年。その黒髪はクリクリの天然パーマがかかっており、嵐以上のズボラさ・ルーズさを感じさせる。

 

 

NAME:ジェイムズ・スコット

 

NATIONALITY:アメリカ

 

M.O.O:〝節足動物型〟

 

BASE(Ⅰ):『ダーウィンズ・バーク・スパイダー』

 

BASE(Ⅱ):『スリング・スパイダー』

 

JOB:国際指名手配犯

 

THE OTHERS: 40歳 ♂ 180cm 70kg

 

 

 

 

 

 

「ブハハハ!先生アンタマジで最高だよ!本当にフェリー乗っ取っちまうんだもんなぁ!!」

 

 

細い三編みを束ねたかのようなブレイズヘアと呼ばれる髪型の青年。髪色は薄紫と黒混じりの色。こんな惨状が起きた現場であるにも関わらず、彼はヘラヘラと笑うことを止めない。

 

 

NAME:ヤーコフ・アイギス

 

NATIONALITY:ロシア

 

M.O.O:〝軟体動物型〟

 

BASE(Ⅰ):『タガヤサンミナシ』

 

BASE(Ⅱ):『スケーリーフット』

 

JOB:元ロシア軍人

 

THE OTHERS: 24歳 ♂ 171cm 62kg

 

 

 

 

 

 

「オレをテメェの手下みてぇに呼ぶんじゃねぇつってんだろ!!ア゛ア゛!?」

 

 

筋骨隆々の体型の顎に髭を蓄えた男。髪型はスパイキーショート。これ程までにタキシードが似合わない男も逆に珍しい。それ程にこの男は野性味に溢れていた。

 

 

NAME:シュバルツ・ヴァサーゴ

 

NATIONALITY:イスラエル

 

M.O.O:〝昆虫型〟

 

BASE(Ⅰ):『ディノポネラ』

 

BASE(Ⅱ):『アギトアリ』

 

JOB:元傭兵

 

THE OTHERS:34歳 ♂ 205cm 100kg

 

 

 

 

 

 

「ほう、最後の最後で出番をくれるとは中々アジ(・ ・)な真似をしてくれるじゃないか、先生」

 

 

魚の形を模した装飾つきのゴムヒモで髪を結わえた、黒髪サイドテールの女性。着物を着ている訳でもないのに、凛としたその佇まいは彼女が大和撫子であることを感じさせた。

 

 

NAME:時雨(しぐれ) (りん)

 

NATIONALITY:日本

 

M.O.O:〝魚類型〟

 

BASE(Ⅰ):『ダツ』

 

BASE(Ⅱ) :『ツクシトビウオ』

 

JOB:元剣道師範

 

THE OTHERS: 23歳 ♀ 172cm 54kg

 

 

 

 

 

「随分と趣味が悪いな、冬木先生」

 

 

冬木のやり口に苦言を呈した、髪を逆立てたオールバックの青年。男前なその顔も、この船で現在進行形で起こっている出来事のせいで不機嫌に歪んでしまっている。

 

 

NAME:天風(あまかぜ) (しょう)

 

NATIONALITY:日本

 

M.O.O:〝鳥類型〟

 

BASE(Ⅰ):『ペレグリンハヤブサ』

   

BASE(Ⅱ):『オオタカ』

 

BASE(Ⅲ):『キウイ』

 

JOB:元キックボクサー

 

THE OTHERS: 25歳 ♂ 190cm 73kg

 

 

 

 

 

「彼等は複数持ち(・ ・ ・ ・)だよ。まぁ言うなれば美桜子(み ゆ こ)君の副産物だな。『特性(ベース)』適性が複数あり、尚且つそれが同じ系統の生物であれば、『MO手術』を2回以上施すのも私にはそう難しくはない」

 

 

冬木は現れた5人組から車椅子の少女『美桜子(み ゆ こ)』に視線を移す。この小さな少女に冬木は数え切れない回数の『MO手術』を施してきた。その道中で、それを発見しても確かにおかしくはない。

 

 

(サクラ)、もう一度聞こう」

 

 

嵐やシルヴィア、花琳にとって見覚えのある顔も混じった5人組を指して、冬木は嵐に尋ねた。

 

 

「『地球組』は彼等に勝てると思うかね?」

 

 

正直、勝ちの目は薄い。彼等の実力を実際に目の当たりにした訳ではないが、今まで相手にしたこともないような威圧感が嵐を襲ったからだ。恐らく、冬木の言う事は本当なのだろう。

 

 

しかし。その上で嵐は5人組を見て一度は固く閉ざした口をほどいた。

 

 

「……もし負けても(・ ・ ・ ・)次は勝たせる(・ ・ ・ ・)

 

 

「ほう……それはつまり」

 

 

「さぁな。それはテメェで勝手に想像しとけ」

 

 

あくまでそれを決めるのは『地球組』の彼等自身。しかし、もし彼等が選択したのであれば自分は『地球組』に協力を惜しまないつもりだ。

 

 

美桜子(み ゆ こ)のような化け物こそ作れないし作る気にもならないが、彼等に本当に譲れないものがあるのならば、それぐらいはしてやれる。

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

────────────

 

 

 

 

 

鬼才『(サクラ) (アラシ)

 

 

天才『冬木(フユキ) (コガラシ)

 

 

本多晃の忘れ形見の教え子2人。

 

 

それに加えて、この場には化け物(クラス)の実力者が勢揃いしていた。そんな中に、この男が参戦するのは些か無謀とも言えるものがあった。

 

 

中国暗殺班『(イン)』No.2、『ルカ・アリオー』

 

 

腹部を貫かれて血を流し、実力者達を見下ろせる高さの船のデッキの奥からよろよろと頼りない足取りで彼は現れた。やや遠く離れた場所で佇む彼に気付いたのは、『天風(あまかぜ) (しょう)』と呼ばれる青年だけだった。

 

 

「……冬木先生。新手が来たがいいのか?」

 

 

翔の一声で、その場にいたほぼ全員がルカに目を向けた。しかし、それと同時に大多数が即座に興味を失い目を逸らした。彼を未だに警戒しているのは翔だけだった。

 

 

無理もない。嵐達にとっては目の前の冬木一派の方がよっぽど脅威だ。冬木一派から見ても瀕死の彼はそれほど脅威ではない。

 

 

「翔ちゃんよー。死にかけの雑魚(ゴ ミ)にイチイチ反応すんなって。今にストレスで若ハゲちまうぜ~?ウリウリ」

 

 

『ヤーコフ・アイギス』はルカを警戒した翔を肘で小突き茶化す。

 

 

それを目の当たりにしたルカはほくそ笑んだ。彼等の自分を見る目は実に妥当な評価だ。化け物揃いのこの場に瀕死の自分が殴り込むのは場違いだと理解している。

 

 

自分達『(イン)』の面々はこの船の一連の事件にて度重なる異常事態(イレギュラー)に襲われ、奇しくも噛ませ犬のような役回りをさせられてしまったが、『紅式手術』が強力であることには変わりない。

 

 

しかし、自分は瀕死でこの(ザマ)だ。それに加えて、率いていた部隊も全滅してしまったのではとても彼等に太刀打ちなど出来やしない。

 

 

ただ、そんな自分にも出来ることがある。それは、自身の命の炎を燃やし尽くして任務を完遂すること。

 

 

任務さえ完遂すれば、散っていった部下の遺族に金は支払われる。『AEウイルス』にその身を侵された婚約者の命を少しでも繋ぐことが出来るかもしれない。後は、『アネックス1号』の中国四班の彼等に想いを託すだけだ。

 

 

どうか、一刻も早くワクチンを作成して『地球(こ こ)』に戻って婚約者やその他大勢の命を救ってやって欲しい。この想いを繋ぐ為にも『趙花琳』を抹殺して任務を完遂し、『冬木凩』をこの場で消して『アネックス1号』計画の妨害をなんとしてでも阻止する。

 

 

「……よく覚えておけ」

 

 

ルカは静かに口を開き、『薬』を過剰に接種した。みるみるうちに、彼自身の『特性(ベース)』が反映された姿へとその身を変えた。

 

 

猛毒(モウドク)吹矢蛙(フキヤガエル)

 

 

透き通るトパーズのような黄色い体色を持つ、矢毒蛙の一種。その毒は、小さな蛙の大きさ(スケール)ですらネズミ2万匹を殺す毒性を持つ。それが人間大のスケールで発揮されればどうなるか。

 

 

「腕をかませた〝噛ませ犬〟にもその腕を引き千切ることぐらい出来ることをなぁ!!」

 

 

ルカは大きく叫ぶと同時に設置した爆弾のスイッチを起動する。その瞬間、ルカがいたフロアの上の階で小さな爆発が起こった。それは、とても小規模な爆発しか起こせない小さな爆弾。船内に隠し持ち込むことを見越して用意した、人一人を殺せるかどうかも危うい小さな爆弾。

 

 

しかし、池の水面に波紋を起こすには小石一つで充分なように、ルカの目論見を成功させる火薬はこの程度で充分だった。その証拠に、穴が開いた船内の貯水槽は水圧がデタラメに変化し、やがてその穴は大きく広がる。

 

 

凄まじい勢いで莫大な量の水は船内を駆け抜け、『猛毒(モウドク)吹矢蛙(フキヤガエル)』へとその身を変えたルカ自身を呑みこんだ。

 

 

 

 

 

     アロンが手をエジプトの

      ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

     

     水の上に差し伸ばすと

      ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

     かえるがはい上がって

      ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

     エジプトの地をおおった

      ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 

 

「この莫大な〝水〟全てに(ボク)の毒をありったけ流しこむ!」

 

 

 

 

『呪法師たちも彼らの秘術を使って、同じようにかえるをエジプトの地の上に、はい上がらせた』

 

 

 

 

「するとどうなるか!さぞかし頭のいいお前達なら察しはつくだろう!!」

 

 

ルカを中心にして、その毒はみるみるうちに水を濁らせていく。

 

 

 

 

『パロはモーセとアロンを呼び寄せて言った。「かえるを私と私の民のところから除くように、主に祈れ。そうすれば、私はこの民を行かせる。彼らは主にいけにえをささげることができる』

 

 

 

 

「えっちょっ!まっ!先生どうすんの!?オレ逃げていい!?オレ逃げていい!?貝であること活かしてここぞとばかりにオレ逃げていい!?」

 

 

先程まで散々ルカを馬鹿にしていたヤーコフですら、毒が浸透しつつある水とその水に瞬く間に飲み込まれていく船を見て掌を返したように焦りを見せた。

 

 

 

 

『モーセはパロに言った。「かえるがあなたとあなたの家から断ち切られ、ナイルにだけ残るように、あなたと、あなたの家臣と、あなたの民のために、私がいつ祈ったらよいのか、どうぞ言いつけてください』

 

 

 

 

「許してお兄さん!許して!!オレの自慢の防御力!防御力活かせないまま壊れる!ホ!ホワアアアアアアアアアア!!ホワアアアアアア!!二度とイモ(ガイ)スナしないからああああああ!!」

 

 

「も~!アホ貝さんはイチイチうるさいなぁ」

 

 

冬木一派の中で唯一アタフタと喚いているヤーコフを、自身も相当ヌケた性格をしている筈のネロがたしなめた。彼等はヤーコフを除いてこの状況でパニックにすらなっていない。

 

 

彼等の中には、この場から離脱出来る『特性(ベース)』を持つ者もいたが、その者達ですらこの場から動こうとしなかった。

 

 

 

『パロが「あす」と言ったので、モーセは言った。「あなたのことばどおりになりますように。私たちの神、主のような方はほかにいないことを、あなたが知るためです』

 

 

 

 

「ネロ君、美桜子君を連れて下がっていたまえ。君達五人は万が一に備えて二人を連れて脱出する準備を。私がどう(・ ・ ・ ・)にかしよう(・ ・ ・ ・ ・)

 

 

 

『かえるは、あなたとあなたの家とあなたの家臣と、あなたの民から離れて、ナイルにだけ残りましょう』

 

 

 

 

「……どういうこった」

 

 

嵐は冬木の台詞に耳を疑った。ルカの規格外の攻撃を『特性(ベース)』も持たない冬木がどうにかするとは大きく出たものだ。

 

 

てっきり美桜子の何らかの『特性(ベース)』を使ってどうにかすると思っていたのだが、冬木にも何か考えがあるのだろうか。

 

 

 

『こうしてモーセとアロンはパロのところから出て来た。モーセは、自分がパロに約束したかえるのことについて、主に叫んだ』

 

 

 

 

次の瞬間冬木が行ったのは、彼とは一切縁がない筈のモノだった。

 

 

「〝人為変態〟」

 

 

冬木は自らの首筋に『(注射)』を突き刺すと、瞬く間に真っ白な甲皮がその身を包んだ。白衣を破って白く鋭い翅が突出し、両肩からはそれぞれ膨らみが現れる。それに加えて 、両掌には(あな)が開いている。

 

 

その掌から凄まじい勢いで暴風のような、寒波のようなものが放たれた瞬間、目の前に迫ってきた水はパキパキと音を立てて凍結する。凍結した水分は聳え立つ巨大な氷壁となってそれ以上の水の進行を妨げた。

 

 

 

『主はモーセのことばどおりにされたので、かえるは家と庭と畑から死に絶えた』

 

 

 

 

変異(・ ・)した冬木は、素早く飛翔して毒に浸された水の中へと潜りルカの首根っこを掴み浮上した。

 

 

「なっ……!?ガッ!?」

 

 

ルカは限りなく蛙に変異したその顔で、呼吸を妨げられ苦しそうにもがくと同時、冬木の変異したその姿とその能力にまるで狐に化かされたかのような表情で目を見開いた。

 

 

それは嵐も同じだった。凍結能力を持つあんな姿の昆虫など見たことがない。更にそれに加えて、『冬木(フユキ)(コガラシ)』は自分と同じく適合する『特性(ベース)』がないと言い渡された男である。その男が『MO手術』で力を得ることなど不可能だ。

 

 

驚きを隠せない嵐とルカに構わず、冬木は(ルカ)に引導を渡すべくその掌から再び寒波を放つ準備を整える。

 

 

「先程〝噛ませ犬〟について教授してもらったお礼に私からも一つ君に教えてやろう」

 

 

「グッ……ゾ……!!」

 

 

「蛇に睨まれた〝蛙〟は何も出来やしない」

 

 

至近距離で寒波を浴びたルカの身体は凍結した後にその体を凄まじい勢いの暴風によりバラバラに砕かれた。氷片と化したルカの身体は、自らが濁らせた水の中へと静かに沈む。

 

 

 

 

『人々はそれらを山また山と積み上げたので、地は臭くなった』

 

 

 

 

 

──────────『出エジプト紀』より抜粋

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

──────────

 

 

 

 

 

「……どういうことだ冬木。何でテメェが『特性(ベース)』を持ってやがる」

 

 

嵐は直ぐに疑問を叩き付けた。『特性(ベース)』適性が一つもないことを言い渡された冬木が、人為変態を行うことが出来るのだろうか。また、『特性(ベース)』となった生物は一体なんなのか。

 

 

冬木は嵐から離れた地点に着地すると、その真相を語り始めた。

 

 

(サクラ)、君が『医学』を学んで『マーズレッドΔ(デルタ)』や『M.O.D』といった力を手に入れたように、私も自分が学んだ分野から力を手に入れたのだよ」

 

 

自分が『医学』を学んでいる間に、冬木が学んだ学問分野。それは、

 

 

「……『遺伝子工学』」

 

 

遺伝子を人工的に操作する術を身に付ける、クローン技術などにも用いられる神秘の学問。

 

 

それを使ってどうしたというのか。

 

 

「適合する生物(・ ・)がいないなら適合する生物(・ ・)を作ればいいと思わないか?(サクラ)

 

 

「……あ?」

 

 

嵐は思わず冬木の言葉を聞き返した。まるでこどものわがままのような無茶苦茶な理屈を、目の前のこの男は成し遂げたというのか。

 

 

「私は自身の遺伝子を元に生物を一から作りあげた。その生物は補食対象凍結させ、強靭な三角顎で凍結した水分ごと噛み砕き補食する。生物学的に出鱈目な生物であるが故に寿命は持って一時間だが……『MO手術』の『特性(ベース)』として用いる分には何ら問題あるまい?」

 

 

呆然とする嵐に構わず、冬木は解説を続ける。

 

 

「君の『氷核活性細菌』に関するレポートも参考にさせて貰ったよ。やはり君は最高の友人だ」

 

 

「オレは……テメェのそんな〝命〟を(ゴミ)みてぇに扱う計画に加担する為に書いた訳じゃねぇ」

 

 

怒りで熱を帯びていく嵐とは対称的に、冬木の表情には一切変化がない。彼は眼鏡をかけ直すと、更に嵐へと衝撃的な事実を告げる。

 

 

(サクラ)、私のベースのことだが……生態は違えど、骨格のモチーフとなった生物はいるぞ。便宜上私の『特性(ベース)』名はその生物の名になっている」

 

 

嵐はその生物に一つだけ心当たりがあった。もっとも、2つの膨らみと三角顎以外の体組織は熱で焼けてしまい、現在はその化石を残しててその他の生物的特徴は一切残されていないが。

 

 

「では、(サクラ)。昔話に華を咲かせるのはここまでにしてそろそろ花琳君を渡して貰おうか」

 

 

「上等だ。やってみやがれ……!!」

 

 

人の身を捨てた冬木に、嵐は人の身でありながら果敢に立ち向かう。唯一人の友と、唯一人の友が殺し合う。それは悲しくも意味のある、『(ラハブ)』が望んだかもしれない進化競争の縮図にも見えた。

 

 

 

 

 

 

冬木(フユキ) (コガラシ)

 

 

国籍 日本

 

 

45歳 ♂

 

 

186cm 70kg

 

 

MO手術〝古代昆虫型〟

 

 

 

 

 

 

──────リニオグナータ・ヒルスティ──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────凍土の捕食者(リニオグナータ・ヒルスティ)凶哮(トゥレチェリィ)

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

────────────

 

 

 

 

 

──────T R A N S  M I T T E D──────

 

 

 

 

遡ること40日前、私達の星『地球』から親愛なる『火星』に向けてとあるもの(・ ・ ・ ・ ・)が射出された。

 

 

小型宇宙船『バグズ3号』と仮称されたそれは、研究者『冬木(フユキ) (コガラシ)』の手によって打ち上げられ、その中には彼の研究成果の断片が詰め込まれていた。

 

 

そしてそれはたった今『アネックス1号』よりも一足先に深緑の星へと到着し、大気圏を抜け重力の導くままに黒と緑の大地に突き刺さった。

 

 

「 じ ょ っ 」

 

 

凄まじい勢いで地面に突き刺さったそれは、『火星』の住民であるテラフォーマー数体を押し潰してしまった。彼等の臓物が苔のグリーンカーペットの上にぶちまけられる。

 

 

しかし、彼等テラフォーマーは突如飛来したそれに〝警戒〟することはあっても、同族の死を〝悲しむ〟ことはなかった。

 

 

それは当然である。彼等テラフォーマーは昆虫であり、本能はあっても感情などないようなもの。同族の死を悲しみ、涙を流すのは感情を持つ人間のみである。

 

 

「じょじょうじょう」

 

 

「じょじょ」

 

 

テラフォーマー達数体がワラワラと、警戒してその飛行物体を取り囲んだ。仲間数体の命を料金に着払いで受け取った荷物だ。中身を確認しない訳にもいくまい。

 

 

「じょ、じょ、じょ」

 

 

群がるテラフォーマー達を掻き分けて、一際(あし)が発達した個体が飛行物へと近づく。

 

 

 

 

【バグズ型テラフォーマー】

 

特性(ベース)∬『砂漠飛蝗(サバクトビバッタ)

 

 

20年前に『火星』に訪れた『バグズ2号』搭乗員の技術、『バグズ手術』を奪ったテラフォーマー側が、とある男の死体(パーツ)を使って同族に手術を施すことで誕生した個体。

 

 

テラフォーマー本来の驚異的な身体能力(スペック)に加えて、『砂漠飛蝗(サバクトビバッタ)』の強力な脚力。このことから、高い戦闘力を保有していると言えるだろう。

 

 

その個体『バッタ型』は届いた『バグズ3号(に も つ)』をこじ開ける為に、大きく右足を振りかぶった。

 

 

砂漠飛蝗(サバクトビバッタ)』の脚力は、人間大にすればビル九階を飛び越すことすら容易い。それを直撃させれば、人間3人が入れる大きさの宇宙船を破壊することなどお手の物である。

 

 

「 じ ょ っ 」

 

 

躊躇なく放たれたその蹴りは、小型宇宙船『バグズ3号』に直撃し、機体を引き裂いてしまった。すると、ひび割れた『バグズ3号』の中から一人の男が飛び出した。その光景はまるで蛹の中から羽化する昆虫のようである。

 

 

この男は、『冬木(フユキ) (コガラシ)』の手によって生み出された俗に言う〝クローン人間〟

 

 

この男の元となった原型(オリジナル)の人物の生前の記憶と、もしその男が死なずに生き残っていたのであればこう(・ ・)なっていたであろう容姿と、二十年の歳月があればいずれ彼が会得していたであろう更なる格闘技術すらもこの男は手にしていた。

 

 

生物学的にカテゴライズするならば彼は勿論人間『学名:ホモサピエンス』なのだが、彼には人間の証といっても過言ではない『意思』が欠けている。

 

 

冬木(フユキ) (コガラシ)』の目的を達成する為に原型(オリジナル)の記憶を持たされた彼ではあるが、彼の脳内は自身の『意思』ではなく冬木から言い渡された目的のみで満たされていた。

 

 

MISSION①

「『アネックス1号』の目的を徹底的に妨害すること。指揮系統を崩壊させる為に、『小町小吉』抹殺を最優先課題とス」

 

 

MISSION②

「ゴキブリに殺されることなく『膝丸燈(セ カ ン ド)』を可能な限り無傷で『地球』に持ち帰ること」

 

 

そんな体の冷たい昆虫のような彼を果たして人間と言っていいのかは疑問が残るものの、そんな事はお構い無しに、『バッタ型』は彼を〝外敵(にんげん)〟とみなして襲いかかってきた。

 

 

バッタの脚力によって放たれたハイキックは、凄まじい音を立てて空を切り裂き男へと迫る。しかし、その蹴りは男からしてみれば非常にお粗末なものだった。

 

 

自分の原型(オリジナル)となった男の出身国では、貧困層に生まれ職も学歴も無い場合、男女共に自分の身体という資本さえあれば可能な職に就くしかない。

 

 

男は『ムエタイ』

 

 

女は『売春婦』

 

 

ストリートチルドレンに生まれた原型(オリジナル)の人物は、前者だった。そしてこの男は、既に『変異』を済ませている。

 

 

「 シ ュ ッ !!」

 

 

無防備な『バッタ型』の軸足に男の蹴りが炸裂。途端に『バッタ型』はバランスを崩し、放ったハイキックは男の顔面スレスレで逸れた。

 

 

「 シッ!! シッ!! シ ッ !! 」

 

 

男は反撃の手を一切緩めない。素早いパンチ二発で更にバランスを崩した後、お返しと言わんばかりに顔面に向かって全力でハイキックを放った。

 

 

「じょっ……じょっ……」

 

 

テラフォーマーの両胸に穴が空き、更に顔面は大きく凹みひしゃげた。もし『バッタ型』が人間であったならば、この時点でダウンは必至。

 

 

幸い個体はテラフォーマーだった。痛覚など存在しない。故に、多少フラついても地面に横たわることはない。しかし、それがいけなかった。

 

 

男の軸足の地面にミシミシとヒビが入り、地砕きが発生する。一瞬のうちに過剰な程に力を蓄えたのであろう。その力の全てを自らの(あし)に乗せて、男はそれを解き放った。

 

 

 

 

 

 

          ──┐

          シ

 

          ュ

 

          ッ

         

          ! !

         └──

 

 

 

 

 

 

男の渾身の蹴りが、棒立ちの『バッタ型』の両脚に炸裂する。バキバキと嫌な音を立てて瞬く間に『バッタ型』の両脚は切り離されてしまった。

 

 

「じょっ……?」

 

 

痛覚がない故に気付くのに時間は要したが、段々と自身の身体が傾くにつれて『バッタ型』は徐々に理解した。自分の(ぶき)が失われた事を。

 

 

『バッタ型』の方が目の前の男よりも身体能力は遥かに上回っていた。しかしどうやら、『特性(ち か ら)』の使い方は男の方が2枚も3枚も上手(うわて)

 

 

目の前の男と自分の力は同質だが同格ではない。(ぶき)を失い戦闘不能になった今、この場から直ちに離脱するのが好手である。

 

 

「じょうッ……!!」

 

 

『バッタ型』は、瞬時に背面から翅を引っ張り出して高く高く飛翔した。しかし、こどもでも彼が逃げ切ることは不可能だとわかる。何故なら。

 

 

 

 

 

〝飛ぶ『害虫(ゴキブリ)』は 跳ぶ『害虫(バッタ)』の()()

 

 

 

 

 

 

男は凄まじい跳躍力で瞬時に『バッタ型』に追い付いた。そして、踵を振り下ろして『バッタ型』の身体を左右真っ二つに引き裂く。

 

 

男はそのまま重力に身を委ねて着地、それと同時に残りのテラフォーマー達を威嚇するかのように荒々しく息を吐いた。

 

 

「フシュウウウウウ……!!」

 

 

 

 

 

 

──────天災(い な ご)は再びかの領地へと送られた

 

 

 

 

クローン体『T(ティン)

 

 

名義上国籍 タイ

 

 

肉体年齢 41歳 ♂

 

 

179cm 71kg

 

 

旧式人体改造"バグズ手術"

 

 

 

 

 

───────砂漠飛蝗(サバクトビバッタ)───────

 

 

 

 

『仮定マーズ・ランキング』3位

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────最古の災厄(サ バ ク ト ビ バ ッ タ)再躍(リヴェンジ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







次回は番外編で『インペリアルマーズ』とのクロスオーバー作品です。


▽補足

スリングスパイダーについて

・最近発見された新種の生物で、正式な学名はまだ存在しませんので、作者が苦肉の策で名付けた仮名です。正式名称が発表され次第名前を更新したいと思います。

『ナゲナワグモ』と呼ばれる糸を飛ばして狩りを行う蜘蛛の上位互換で、この蜘蛛は巣をスリングショットのように飛ばして狩りを行います。



▽謎解きについて

前書きの暗号の解読法が一つとは言いません。また、これ以外にも謎を解く方法が本文中・原作中にあるかもしれません。

答えがわかっても他の読者さんが楽しむ為に感想欄に答えを書くことは控えて頂けると幸いです。もし答えが言いたくなったらTwitterかハーメルンのメッセージで直接送って頂けると嬉しいです。



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