LIFE OF FIRE 命の炎〔文章リメイク中〕 作:ゆっくん
{7554592728225(BCEGIKM)}=あふうおぬえや
彼は口の悪い桜 嵐の唯一の友にして、彼と同じく
イスラエルの兵士、日本人の前科者、スラム街の住民、ロシアの売春婦ですら機会を与えられたにも関わらず、自分達にはそれすら与えられなかったことに2人は嘆き、憤慨した。
悔恨の情が湧いた二人は、各々悔しさをぶつけるように新たな知識を貪った。
その結果 桜嵐は『医学』、冬木凩は『遺伝子工学』の
─────────しかし。
行方をくらませた冬木は一説によると彼の技術を買った中国政府やドイツ政府、ロシア政府に匿われていると言われたり、日本とアメリカが極秘に技術を独占しているという根も葉もない隠謀説もU─NASA内で囁かれるまでに至る。
今現在、彼の行方を知る者はいない。
─────────────────────
────────────
「……馬子にも衣装、ってやつだな」
「ムカッときたので民事訴訟を起こしたいと思います。法廷で会いましょう」
嵐は黒と白のオーソドックスなタキシードに身を包んでいる。しかし、蝶ネクタイは彼の性に合わなかったのか、すぐさまその場にポイ捨てしてグリグリと踏みつける。
たちまち、ルーズさ全開のいつものちょい悪親父コーディネートに逆戻りしてしまった。
対してシルヴィアは、純白のレースが何層も重なったドレス、黒のサテンショートグローブ、それに加えてヘアスタイルは後頭部に髪を団子型に纏めた『シニヨン』と呼ばれる髪型にセットされていた 。
今の彼女を見た者の何人かは、思わず数秒間見惚れてしまうだろう。それ程までの美しさを彼女は放っていた。
「まぁそうカッカッすんなって。お互い
「基準を満たす服装でなければ乗船を認めない、とはつくづくお高くとまった船ですね」
これから潜入するフェリー『ダンテマリーナ』は超巨大な豪華客船である。
上流階級もしくは高所得者が主なターゲットであり、身なりもそれなりのものが求められる。
故に、嵐とシルヴィアはわざわざ着飾ったのだ。
「博士、装備をこちらへ」
シルヴィアは防水性のアタッシュケースを突き出した。乗船する際の検問に引っ掛からないように、この中にありったけの装備をつめこみ、後々海中から引き揚げる手筈だ。
「お前の装備は装着しといてもバレないんじゃねーか?」
シルヴィアの専用装備、『
普通に装備してる分にはアクセサリーと言っても押し通せるデザインだ。
「そうですね、万が一問い詰められた際には博士に『服従の証』として無理矢理はめられたとでも弁解しておきましょうか?」
シルヴィアは
それを聞いた嵐は、顔を苦く歪めて溜め息を吐いた。いつかシルヴィアとの関係を娘である唯香に誤解されそうで恐いからである。
その弱気な顔持ちは、いたって普通の人間の身でありながら、先程まで『MO手術者』を淡々と殲滅していた彼とは同一人物とは思えない程に、人間味を帯びていた。
シルヴィアの翡翠色の瞳に映った自らの表情を見て、嵐は思わず口端を緩める。まだ自分にも人間臭い表情が出来るのかと思うと、つい安堵してしまったのだ。
自分で言うのも何だが、自分がしたことは人間のやることではない。例え悪人でも、もっとマシな最期を選べる筈だ。
それを冷徹にこなしている時の自分の表情は、人間味のある表情とは言えないものだっただろう。その時の表情が染み付いてしまっているのではないかと、不安だった。
娘である唯香に、その時の自分の表情がいつか見られてしまうことを嵐は恐れていた。
故に、自分の表情が自らですら忌み嫌う表情ではなかったことに嵐は安堵する。
しかしそんな一時のささやかな平穏すらも彼には許されず、平穏は簡単に崩れ去ってしまった。
視界の端に白衣姿の男が映ってしまったから。
坊主頭の眼鏡をかけた男。機械のような無機質で虚ろな瞳で、船の上からこちらを観察していた。
しかし、彼がここにいる筈がない。いや、居て欲しくないというのが正解か。
「……冬木」
心臓を体の内側からノックされる感覚が嵐を襲う。バクン、バクンと嫌な音を立てて、嵐の心拍数が急激に跳ね上がる。
何かの見間違えだと、嵐は服の袖で慌てて目をこすってそちらを二度見した時には、既に冬木の姿はもうなかった。
「……博士?」
「ん?あぁ」
嵐の奪われた意識はシルヴィアの一声で覚醒した。以前、シュバルツ・ヴァサーゴを回収しに目の前に現れた
疲労のあまりそれが幻覚として現れたに違いない。嵐はそう自分に言い聞かせ、ダンテマリーナへと足を運んだ。
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「私を追ってきたのは『地球組』の皆さんじゃなくて『
中国政府の指示の元に地球での一連の事件の裏で糸を引いてきた張本人、『
スリット付きの水色のチャイナドレスに身を包み、艶やかな黒いロングヘアーを揺らす彼女は嫌でも目立つ。
それは彼女が船内で彼等に遭遇したところで、簡単に出し抜ける自信があることを現していた。
彼女は今の自分が置かれている状況に満足していた。U─NASAの真の切り札である『
世界中のU─NASAが自分のせいでパニックに陥っている。いや、『エメラルドゴキブリバチ』の力に踊らされているといった方が正しいか。
何れにせよ満足だ。
自分が引っ掻き回せば回す程、U─NASAは〝ヴィクトリアウッド〟という人物の存在を思い出さざるを得ない筈だから。
いずれ、自分は全てのテラフォーマーと世の中のバカ共を支配する。その時ようやくU─NASAの連中は、彼女の死を隠蔽したことを強く後悔することになるだろう。
それまで自分が止まることはない。
その為には、まずはこの場を切り抜けなければならない。『地球組』にまで来られたら危うかったが、『
〝マイケル・コクロ〟と残りの『バグズトルーパー』全てを囮にする作戦が功を奏したようだ。
「…………?」
ふと、花琳は手に持っている携帯端末を覗いて珍しく声を呑む程に驚いた。
U─NASAのデータベースをハッキングした結果、面白いデータを見つけてしまったからだ。
『エドワード・ルチフェロ』
データ上はローマ連邦所属となっているが、実際のところは全く違う。職業は学者となっているがそれも大嘘だ。
彼をクーガ・リーを越える『
何せ、彼の正体が判明した瞬間、ローマ連邦の立場は一気に危うくなるだろうから。
「……あらあら。ベースまで偽造しちゃって?」
本来の『エンジェルトランペット』ではなく、『ジガバチ』にデータ上書き変わっているのを見て花琳は鼻で笑った。
恐らくエドは自分が見破ることを承知でこの生物を
『ジガバチ』等の寄生蜂で強力な生物など限られてる。麻痺毒だけが取り柄の生物が彼の『
それこそ、自身の『エメラルドゴキブリバチ』のように
故に〝寄生蜂下目〟の生物を選ぶにしても、オーソドックスな『ジガバチ』ではなく他の生物を選ぶべきだったのではないだろうか。
もっとも、人間大にしたところで
そんな風に思案を巡らせていた矢先、突如スリットの隙間から何者かの手が侵入し、彼女の太ももがやらしく撫でられた。
花琳は非常に深く溜め息を吐いた。いくら自分が男性からすれば挑発的な服装をしているからといって、こうも大胆に触られるとは予想もしなかった。最近の金持ちというのは、こうもモラルに欠けているのだろうか。
どうせ多少のセクシャルハラスメントをしでかしたところで、札束さえ握らせれば何でも許されると思っているのだろう。
以前、自分が『サポーター』として監視していた『アズサ・S・サンシャイン』のような上手な金の使い方を学んで欲しいものである。
取り敢えず、自らの足を撫でているセクハラ親父に回し蹴りをお見舞いするとしよう。
しかし、花琳が振り返った先にいたのは彼女の言う〝セクハラ親父〟とは大きくかけ離れた印象を抱かせる人物だった。
「お姉さんの服とってもえっちだね~」
年齢17歳前後の金色のロングヘアーを持つ少女。スカート丈の短いナース服を身に纏っている。
それに加えて発育も良く、バストも年の割にかなり発達している為、自分以上に男性を刺激しそうな出で立ちであると言える。
花琳は彼女に対してそんな率直な感想を抱いた。
「貴女はここのコンパニオンさんかしら?」
花琳は目の前の彼女に尋ねる。そうでもなければ、こんな紳士淑女の社交場に彼女のような存在はそぐわない。若しくは金持ちの愛人か。
「違うよ~?私は〝コンパニオンさん〟じゃなくて『ネロ・スチュアート』でーす!」
金髪の美少女、『ネロ』はブイサインの決めポーズと共にズレた返事を花琳に返す。
それを聞いた花琳は、心の底から呆れて彼女に対して溜め息をついた。
「取り敢えず貴女の頭が弱いことが解ったわ」
「ムカ~あたし激オコだよおばさん!」
「私は自分自身が〝ベテランぶったおばさん〟って自覚はあるわよ。それじゃあね?」
ネロは怒りのあまりヒヨコの如くピーピー喚いていたが、花琳は気に留めることなくその身を翻して夜風の吹くデッキから離れていく。
その直後のこと。
「あ!」
ネロは唐突に怒りを冷まし、いかにも何かを思い出したかのように人差し指を立てて花琳に告げた。
「後から〝せんせー〟と一緒に迎えに行くから楽しみにしててね!」
「……
そんな風に呼ばれる人物など、花琳には心当たりがなかった。その人物は誰かと問い質そうと振り返った時には、ネロは忽然と姿を消していた。
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中国暗殺班、『
『
「…………」
ルカは眼鏡をかけ直し、考えを巡らせた。嵐とシルヴィアの迎撃を任せた部下が戻ってこないことも気にかけなければならないが、
「あ~ら安物ですのよ!」「艦長を出して頂戴!」「留学中の娘が心配で……」「苦労してようやくここまで来れたよ、はっはっはっ」「ん~ママ~!!おしっこしたいよ~!!」「建物並に広いね、この中は。いっそ永久に住みたいぐらいですよ」「住みたいなんて冗談。別荘の方がマシだよ」「景気が最近鰻登りでね。FXにも手を出す予定だよ」「テラスでお食事でもいかが?」
何気なく聞いていれば、金持ちがお得意の自慢話に花を咲かせているように聞こえてもおかしくはないだろう。しかし、彼等は15分前にも同じやりとりをしていたのだ。それも一言一句違わずに。
いくら彼等のボキャブラリとトピックが貧相だったとしても、きっかり15分間隔で3回も同じやり取りを行うことなど考え難い。
ルカは頬杖をついて考えを巡らせる。まだ推測の域を出ない為に、自らの仮説を部下に伝えるのは彼等を混乱させる可能性がある為に危険だ。
しかし、ルカの仮説は一気に確信へと転じる。
ドンッ。
考えを巡らせながら足を遊ばせていたルカは、擦れ違った老紳士と肩をぶつけた。
老紳士が電話の為に使用していた携帯端末は空中に放り出され、ルカの足元に滑り込んだ。
「……
ルカは
「…………?」
ルカは眉を内側に寄せ、老紳士に視線を移した。ではこの老紳士は、直前まで〝誰〟と通話していたのだろうか。
「近いうちに帰地拐撃
答えは誰とも通話してなかったが正解だ。少なくとも、ルカが携帯端末を拾った時には。
それに加えて老紳士は携帯端末を落としたことを気にも止めず、そのまま歩みを進める。
耳元に携帯端末を持っているかのような姿勢を保ったまま、あたかも誰かと話しこんでいるかのようにボソボソと
異常だ。どういうカラクリかは検討もつかないが、既にこの船全体に狂気が蔓延している。
「あ~ら安物ですのよ!」「艦長を出して頂戴!」「留学中の娘が心配で……」「苦労してようやくここまで来れたよ、はっはっはっ」「ん~ママ~!!おしっこしたいよ~!!」「建物並に広いね、この中は。いっそ永久に住みたいぐらいですよ」「住みたいなんて冗談。別荘の方がマシだよ」「景気が最近鰻登りでね。FXにも手を出す予定だよ」「テラスでお食事でもいかが?」 「あ~ら安物ですのよ!」「艦長を出して頂戴!」「留学中の娘が心配で……」「苦労してようやくここまで来れたよ、はっはっはっ」「ん~ママ~!!おしっこしたいよ~!!」「建物並に広いね、この中は。いっそ永久に住みたいぐらいですよ」「住みたいなんて冗談。別荘の方がマシだよ」「景気が最近鰻登りでね。FXにも手を出す予定だよ」「テラスでお食事でもいかが?」「あ~ら安物ですのよ!」「艦長を出して頂戴!」「留学中の娘が心配で……」「苦労してようやくここまで来れたよ、はっはっはっ」「ん~ママ~!!おしっこしたいよ~!!」「建物並に広いね、この中は。いっそ永久に住みたいぐらいですよ」「住みたいなんて冗談。別荘の方がマシだよ」「景気が最近鰻登りでね。FXにも手を出す予定だよ」「テラスでお食事でもいかが?」「あ~ら安物ですのよ!」「艦長を出して頂戴!」「留学中の娘が心配で……」「苦労してようやくここまで来れたよ、はっはっはっ」「ん~ママ~!!おしっこしたいよ~!!」「建物並に広いね、この中は。いっそ永久に住みたいぐらいですよ」「住みたいなんて冗談。別荘の方がマシだよ」「景気が最近鰻登りでね。FXにも手を出す予定だよ」「テラスでお食事でもいかが?」「あ~ら安物ですのよ!」「艦長を出して頂戴!」「留学中の娘が心配で……」「苦労してようやくここまで来れたよ、はっはっはっ」「ん~ママ~!!おしっこしたいよ~!!」「建物並に広いね、この中は。いっそ永久に住みたいぐらいですよ」「住みたいなんて冗談。別荘の方がマシだよ」「景気が最近鰻登りでね。FXにも手を出す予定だよ」「テラスでお食事でもいかが?」
壊れたテープレコーダーの如く、人々は同じ台詞と単調な行動を何度も繰り返している。
先程の老紳士のように、行動の途中で肩をぶつけるという
今ここで起きていることは、恐らく『U─NASA』及び『趙 花琳』の仕業でもなければ、ましてや『
3者は共通して一般人を巻き込まないように配慮している。それは機密保持の為であったり、
しかし、現在このフェリーでは一般人が狂気の中心へと段々呑まれている。恐らく『U─NASA』と『中国政府』以外の勢力が介入している説が濃厚だろう。
もしかすると、その勢力も『花琳』を狙っているのかもしれない。だとすると非常にマズい。
一刻も早く花琳を抹殺し、自分達『
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「…………」
デッキにて、沈めておいた装備一式を引き揚げた
「金持ちだらけの豪華客船にも関わらず、やけにザル警備でしたね博士」
シルヴィアも違和感を感じていたようで、警戒した様子で周囲に目線を配った。
この船全体が得体の知れない気持ち悪さで満ちている。人間がまるでゼンマイ仕掛けのマニュアル人形のように、単純な受け答えしかしないのだ。
検閲係は決まった動作でボディチェックを済ませた後、貼りついた笑顔で自分達を見送った。
あの調子だと、後ろ手に隠し持っただけでもバレずに装備を持ち込むことが出来たかもしれない。
知らぬ間に、台詞も行動もあらかじめ予定調和の映画フィルムの中に放り込まれてしまったのではないか。
オカルトの類を嵐とシルヴィアは信じない質ではあるが、その二人ですらその類の仕業ではないかと勘繰ってしまう程に、奇々怪々な現象が少しずつこの船を蝕んでいた。
「ここに長居は禁物です。博士、『花琳』を見つけてとっととずらかりましょう」
「ああ。メインホールから当たるぞ」
「それはあまり得策ではないのでは?」
この船が正常に運行していればの話だが、メインホールでは様々なショーが催される。
そんな目立つ場所に花琳がわざわざやって来るだろうか。彼女のことだから意表をついて人混みに紛れる作戦を取るかもしれないが、それにしても相当な人数が集まるホールを優先的に探すのは、相当な時間を要するだろう。
故に、後回しにするべきではないだろうか。
「ただでさえあれだけ目立つ女がよ、ワンパターンな行動しか繰り返さねぇこのフェリーの連中の中に紛れ込んだら相当目立つと思わねぇか?」
嵐のその言葉にシルヴィアは妙に納得させられた。確かに彼女は異彩のオーラを放っている。それに加えて、この船は現在
「……私はそれで構いません博士」
「確か次の時間の演目は……おっと。世界一有名な四つ子ちゃんの『
よりにもよって、このフェリーのメインイベントと作戦決行のタイミングが重なってしまった。
それは花琳の発見が困難になるという問題以前に、より多くの一般人が巻き込まれてしまうことを意味する。
「……それでもやるきゃねぇわな。お前は花琳をとっ捕まえろ。残りの『
「勿論言わずもがなです。必ずや彼女を亀甲縛りで博士に献上してみせますよ」
「………………おい」
「ジョークです。私でしたらいつでもご自由に縛って頂いて構いませんが?」
「あー。聞こえねぇ聞こえねぇ。難聴気味なんで聞き取れる
「傷つきました。私は『
彼等『
こうして他愛の無い雑談に興じる間に、周囲に人の気配が無いことを確認した上でパーティ用衣装を脱ぎ捨て、互いに背中合わせでそれぞれの仕事着へと早着替えを済ませた。
それだけでなく彼等は各々の装備の
「準備はいいか?」
「ええ、参りましょう」
2人はやや勢いよくメインホールへと通じる観音開きの扉を開けると、中へ素早く突入した。
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「……ビンゴだ。こりゃいい。手間が省けたぜ」
「あら。見つかっちゃったみたいね」
突入した嵐とシルヴィアの眼に飛び込んできたのは、20m程先の地点で立食を楽しんでいる
「……
反対側の扉からは、自分達とほぼ同時に『
役者は揃ってしまった。
ならば、始めることはただ一つ。
「
親指を自分とシルヴィアが飛び出した扉へと向けながら、嵐は花琳及び『
金持ちの雑談と雑踏に掻き消され、その声が彼等に届くことは叶わなかったが、意図は正しく伝達されたようで、二組はおもむろに嵐の導く方向へと歩み始めた。
一般人にはバレずこっそりと事を終わらせる為。U─NASA『
そんな矢先のことだった。船内全ての照明が、何の前触れもなく一斉に光を失った。
メインホールは井戸の底に投げ込まれたかのような深い闇へと転じ、どういう訳かスポットライトの光が『
彼等は数々の修羅場を潜り抜けてきた。そんな彼等ですら突如降りかかったこの状況に思考を強制停止させられた。今まで彼等はひっそりと仕事を終えてきた。アメコミのヒーローのように人々から称賛されてきた訳ではない。
そんな彼等がまるで今宵の主役、重要な来賓客であるかのように
そんな彼等の中でも、最も多くの修羅場を潜り抜けてきた筈の
友人である『
ドクン。ドクン。今度はそんなありきたりなオノマトペでは表現出来ない程に、
今度こそ幻覚ではない。
「……博士」
シルヴィアの一声で、冬木に奪われていた嵐の意識は再び覚醒する。嵐が周りを見渡すと、自分以外は皆一様にステージの方へと視線が吸い寄せられていた。どうやら冬木に気付いていたのは自分だけだったようだ。
「レッディ~スエ~ンド!ジェントルマン!」
スポットライトの当てられた舞台の上で、ナース姿の金髪の美少女『ネロ』が見て下さいと言わんばかりにはしゃいでいたからだ。
その彼女が今から何を始めようと言うのか。どうにも、
「今から四つ子ちゃんのお歌の始まりだよ!みんな、最後まで聞いてあげてね!」
戸惑う
────────────────────────
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骨の軋むようなバイオリンの音が産声を上げた途端、設置された蝋燭に一斉に炎が灯される。
徐々に、重油が滲むように楽器の演奏者達の輪郭が徐々に闇の中から浮き彫りになってきた。
そんな彼等の中心から、
彼女達の名前は『グロリア姉妹』
10歳という幼い齢ながら、世界的に有名な合唱団の花形を務める4つ子の姉妹だ。
彼女達の歌はこの船『ダンテ・マリーナ』で催されるショーの中でも、メインイベントとして乗船客から待望されてきたものだ。
彼女達が歌い始めた訳でもないのにやけに静かすぎる。微かな拍手ですらもこの空間に響かない。自分達に
わかりやすい違和感が、濁った水の如くこの場を満たしている。そんな中を『グロリア姉妹』4人は闊歩する。
彼女達はピタリと止まってドレスの端をつまんだ後、足を交差させて深々とお辞儀した。
口コミによると少女ながらに背徳的で艶かしいオーラを放ち、愛想がいいと評判の彼女ら。
しかし、
にしか見えなかった。
そんな彼女ら4人は、ゼンマイを巻かれた人形のようなぎこちない動作で胸の前で手を組み、その美しい歌声で唄い始めた。
災いの故郷 砕けた木を拾う貴方
遠い夜 手を伸ばす彼方
瞳から
面影濡らしても 白羊宮の空
満ち足りた記憶 名も無い命
黙する命 溶ける日々
融解が始まり 理性が
蠱 惑 の 蛹
〝 ギィ ギィ ギィ 〟
〝 ギャッ ギャッ ギャッ 〟
彼女らの陰鬱な歌詞の歌を、有名オーケストラの楽器の音色が包み込む。しかし、その包む音色は徐々に
急激な変調に、不思議になってスポットライトに照らされた
刹那、連続して水音が響く。
ポ
タ
ッ
ポ
チ
ャ
ポ
タ
ッ
演奏者の耳の穴から、白い液体がポタポタと垂れてきた。それはまるで性交渉の後に膣から漏れ出す精液のよう。よく見ると、『グロリア姉妹』の耳の穴からもそれは漏れ始めている。
そんな感想を抱いた直後、舞台の奥からヌラヌラと
それは、直後に演奏メンバーと『グロリア姉妹』の耳の穴の中に挿し込まれ、射精する時の男性器のように景気良く脈打って彼等の耳に白濁の液体を流し込んだ。
たちまち、演奏メンバーは油をさされた自転車のように調子を取り戻し、引き続き演奏を続けた。
それを目の当たりにした『
見ればわかるが、舞台に立っている彼等は普通じゃない。いや、普通だったのだろうが、明らかに何らかの外的影響により、普通じゃない何かに成り果てている。
一般人が知ってはいけない何かに接触した。そうなった以上、『
彼等は『紅式手術』によって『薬』を使用せずとも『
故に、証拠隠滅の為に舞台上で演奏している彼等を殺害することなど容易い。
「ヒュッ!!」
「シッ!」
ルカを除いた舞台の9人は一斉に演奏者の首を叩き折った後に勢い余って首を捻り切った。同時に地面に謎の白濁の液体が撒き散らされたが、彼等はそれを気にも留めない。
ルカは間髪入れずに演奏者の首の1つを『
そして『グロリア姉妹』の前にルカは立つ。舞台に見知らぬ集団が立ち、演奏メンバーの血が流れても尚、彼女らの表情は変わらない。
ルカは眼鏡を指で整え、一呼吸ついた後に脊髄のついた首を振りかぶり静かに口を開いた。
「……悪く思うな」
ルカは横一線に脊髄の斬撃を放った。それは四人の『グロリア姉妹』の腸を引き裂き、多くの内蔵を床一面にぶちまけさせた。
それを見届けた後、『
それを杞憂していた矢先、キコキコと車椅子のか細い金属音が聞こえてきた。奥の方から、先程の金髪の少女『ネロ』が現れる。そのネロが手押ししている車椅子には、10歳程のオカッパ頭の少女が乗っている。
「……あのガキは」
「……あ~あ。
ネロの口ぶりからすると、現れた車椅子の少女は『
そんな
本当に彼女がやったんだろうか。
その時彼女が発現させた『
毒こそ持ってやしないが、死を迎える際には幼体へと退行しそれを繰り返す不老不死の生物。
ただし、『ネムリユスリカ』とは異なり外傷を受けて死亡した場合は蘇生など不可能である上に、生物を洗脳するような真似など出来やしない。
よって、
しかし、そのアテはすぐに外れた。
ネロは、車椅子から手を離すとピクピクと辛うじて生きている『グロリア姉妹』の剥き出しの腸をなに食わぬ顔でツンツンとつつくと、ため息をついた後に次の言葉を発した。
「 う~……しょうがない!美桜子ちゃん!
私がお人形さんを治してあげる!」
ネロが胸をドンと叩いて発した一言に、その場の誰もが耳を疑った。
胸糞悪い話だが、
その理屈からすると、彼女は死にかけている彼等を救う魔法の薬品でも有しているのだろうか。
「人為へーんたい♡」
その台詞と共にネロは注射型の『薬』を取り出し、自らの首筋へと突き刺した。みるみるうちにネロはその身体を変化させたが、その風貌に花琳は眉をしかめた。
天を突き刺すような二本の触角と、鋭く伸びた両人指し指とその爪先の毒針。彼女の体色が
そこから推測される可能性はただ一つ。
「……私の
ネロの『
「ムッカ~!私は
またまたズレた返答を返してきたネロに、花琳は手で髪を靡かせながらため息をついた。どうやらネロはまた質問の意図を取り違えているらしい。
「
「そ、そんなの知ってるもん!いいよ!今から私の『
ネロは間違いを指摘されて怒り出した。案の定、図星だったようで
彼女はその赤面した顔ばせを隠すように反対側へと身体を向けて死にかけの『グロリア姉妹』と対面した後、腕を振り上げたかと思えば次の瞬間、
ド ス ッ
勢い良く、死にかけの『グロリア姉妹』の1人の首筋に指の毒針を突き刺した。
〝泣きっ面に蜂〟とはこのことか。『
トドメを刺されて悶絶しているのかビクンビクンと痙攣する少女をよそに、ネロは残りの3人へと続けざまに次々とその毒針を突き刺していく。
「……死体を弄ぶとは随分いい趣味してますね?」
彼女の様子はただ悪戯に肉に毒針を突き刺して弄んでいるようにしか見えないネロを見て、シルヴィアは嫌悪感を覚えたらしい。彼女は懐からマシンピストルを取り出すと、容赦なくネロの足元へとその弾丸の雨を降らせた。
ぼけた灯火以外存在しない暗闇の中に長く留まり続けたせいか、その場にいた者からすれば彼女の銃が発するマズルフラッシュはやけに眩しく感じられた。シルヴィアが放った弾丸はその眩い閃光と共にネロへと突き刺さる。
……筈だった。
確かに弾丸は肉を裂き、骨を砕き、血を撒き散らした。しかし、それはネロのものではない。
では誰の肉で、誰の骨で、誰の血なのだろうか?
「どうだっ!これが私の『
彼女を庇ったのは、内蔵をぶちまけた上にネロに死体を弄ばれた『グロリア姉妹』だった。
生命の維持に必要な器官の大半を失った彼女らが何故再起出来るのか、シルヴィアには不思議で堪らなかった。
『グロリア姉妹』は内臓をボタボタとこぼ し、体液を失禁したかのようにその場に滴らせても平然としている。
そして、シルヴィアの弾丸により肉のえぐれた脚を交差させスカートの端をつまむと、
「 オ゛ッ オ゛ッ オ゛ ッ 」
「 オ゛ッ オ゛ッ 」
「 オ゛ッ ア゛ッオ゛ 」
「 オ゛ッオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ 」
喉も抉られ身体の器官の大半も失った彼女らが再び唱うのは叶わぬ夢。それでも尚、彼女らは唱い続ける。先程の
目の前で
しかし、
「……『ブードゥ・ワスプ』かしら?」
「ピンポーン!」
花琳の言葉に、ネロは指で
花琳はその存在を失念していた自らの浅はかさに思わず舌打ちした。寄生蜂には『エメラルドゴキブリバチ』以外に厄介な生物がいないというのは大きな間違いだ。
生物が
その毒を注入され、卵を産み付けられた生物は孵った幼虫に身体中を食い破られても尚、決して死ぬことはない。
それどころか、身体中が空っぽになった生物は産み付けられた卵を守る為に他の生物が近付くと狂ったように暴れ出し、生きていた時のことを懐かしむように
その様子が死体に魂が宿ると信じられている
「正式名称『コマユバチ』。テメェが
確かに、あの『
しかし、ネロの『
では、白濁色の液体を人々の耳の穴に注ぎ込み操っていたモノの正体は何だったのだろうか。
「さっすがせんせーが褒めてた2人だね!パチパチパチ~」
ネロが2人を称賛していると、ステージの奥の方からこの船の船員であろう人物が点滴器具一式を持って現れた。その人物も耳から白濁した液体がポタポタと垂れている。
「それじゃあ、後は
ネロはその器具を
それがタプタプと音を立てる程に大量にパックに詰まっていた。それをこともあろうかネロは、
「えいっ♪」
握り潰した。圧力が加わったパックは急激にチューブへと『薬』を吐き出し、それは
「馬鹿野郎ッ……!!」
それに加えてあれだけの量を注ぎ込まれた
その証拠に美桜子の身体はガクガクと震えて痙攣している。いくら彼女が『ベニクラゲ』の
そんな美桜子に構うことなく、ネロは『
「ショーはおしまーい。ばいば~い!」
ネロの言葉と共に、段々と舞台を彩っていた蝋燭とスポットライトの光は色褪せ光を失った。
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───────────
再び、この空間は暗闇と静寂を取り戻した。唯一響くのは、舞台の方から
ピチョン
ピチョン
ピチョン
メトロノームのように規則正しく響く水音が反響する度に、妙な音も同時に響いた。
メキメキ
メキメキ
メキメキ
フライドチキンの骨を乱暴に折ったような音が美桜子の背後から響く。『
「シルヴィア!!」
「……かっぱらっておいて正解でしたね、博士」
シルヴィアは
「なっ……」
「……
嵐は壮絶な光景を見て眉をしかめた。自分の見立てによると、あれは『冬虫夏草』だ。昆虫に寄生する菌類の一種だが、それが
『冬虫夏草』に複雑な
そんな風に
『薬』の過剰接種により『
「……何かしら、
嵐と同じ生物学者の花琳ですら、その姿は理解に苦しむものだった。全世界の生物学者を集めても皆異口同音に彼女と同じ問い掛けを漏らすに違いない。
「出てこい冬木」
嵐は肩を震わせ拳をギリリと握りこみ、そんな言葉をポツリと漏らした。自分の唯一の友に対する怒りが血管を煮立たせたからだ。
「あの糞野郎……何作りやがった」
美桜子の皮膚を突き破り、その身体はピンク色の巨大な肉の塊のように変貌した。
プチゃプチゃと、膿のたっぷり詰まったデキモノを潰すような水音が一つ鳴る度、その身体からは何かの触手、何かの頭、何かの触角、何かの花弁、何かの翼、何かの鱗、何かの腕、何だか枝分かれしたカタツムリの頭など言い出したらキリのない生物的特徴が次々に現れた。
それを見た面々の背筋をゾゾゾと
「全員撤退だ!急げ!!」
ルカは『
しかし、それを言うには少しばかり遅すぎた。生温い無数の手が『
「なっ……!?」
目の前で浮き世離れした出来事がひっきり無しに起こった上に、
ここは世界有数の豪華客船であり、ここは最も賑わう場所である。そんな場所に一般客が集まるのは必然の理。そして、その一般客は既に操られていると考えるのが定石。
案の定、彼等を取り囲む一般客はその耳から白濁色の液体をポタポタと垂らしていた。
「っ……離せっ!!」
『
そんな彼等の一人に向かって、舞台の上に転がっている巨大な
「 アッ 」
その突き刺さった
「なっ……!? ジェーン!!」
ルカの絶叫によると触手に貫かれた女性メンバーの名はジェーンというらしい。彼女は暫く腹部から何かを吸われた後に、バタリとその場に倒れ伏した。
その直後、散々彼女から何かを啜った
「……………」
そんな彼女の背中からとあるモノが飛び出した。それはフワリと、大きく広げられる。
オレンジ色と白の混じった大きな翅。綺麗な見た目に反して凶悪な毒を持つ『ツマベニチョウ』のものだ。
そして、その生物は先程触手から何かを啜られた『
「あっ、あれぇ、ジェ、ジェーンの」
羽交い締めされた『
何故あの少女が自分の仲間の『
「嫌だ嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌」
人は恐怖を知り事前に対処する力である『知恵』と、あらゆる困難を打破する『意思』の力を持つ唯一無二の生物だ。
しかし、乾いた空から突然雨が降ってくるように唐突に古今東西の知識を持ってしても理解し難い未知の恐怖に襲われた時、人間の二つの力は簡単に砕ける。
仮に『知恵』を失い、『意思』が折られた時。
「助けてっ!」
「馬鹿!騒ぐんじゃねぇ!!」
「いや!いやいやいやぁ!!」
───────その時『人間』は、ただ神に助けを乞うだけの〝豚〟に成り果てる。
怯えている『
その瞬間、
「がっ!!」
「助っ……」
次々と触手が突き刺さり、体液を啜られていくメンバー達。彼等のリーダーであるルカも又同様に触手の餌食となった。
「ク……ッソォ!!」
徐々に意識が遠退いていく。このままでは、自分も彼等と同様に訳のわからない何かの餌食になってしまう。しかし、そうはいかない。
自分にはAEウイルスに身体を蝕まれている婚約者がいる。そして、今こうして無能な自分のせいで死なせてしまった部下の仇を取る義務がある。
例え、この場から一旦逃げたところで命が尽き果てようとも。
「ぐぉおおおああああ!!」
ルカは最後の力を振り絞り、群がる一般客を無理矢理押し退けたところで『薬』をなんとか接種した。その途端、彼の身体は『
ルカは腸に突き刺さった触手を引き抜いた後、驚異的な跳躍力でその場から離脱した。美桜子は暫くビョンビョンとバネのように跳ねる彼の姿を追った後、引き続き触手を通して『
その時にはもう既に嵐、シルヴィア、花琳3名の姿はその場から消えていた。
───────────────────────
───────────
「……成り行きとはいえU─NASAの連中と肩を並べて逃げる日が来るとは思いもしなかったわ」
「このまま一緒にU─NASAへと任意同行してくれてもいいんですよ?」
「それは遠慮しておくわ」
甲板を目指して三人は通路を駆け抜けた。本来
今、この船は彼等『
ここは適当に流れに任せて彼女と共に脱出し、機を見計らって確保するべきだろう。
それは彼女にもお見通しだろうが、彼女にも解っている筈だ。脱出するには手を組む必要がある。
「貴方、桜博士よね?」
「……ああ。そうだ」
不意に花琳が投げかけた疑問に、嵐は不機嫌に返事を返した。目の前の彼女は娘である唯香を危険な目に遭わせた上に、彼女の起こした事件のせいで唯香と『クーガ・リー』の距離は縮まったと聞く。そんな個人的な私怨と、『地球組』を壊滅に追いやったことも相まって正直彼女は気に食わなかった。
「さっきの
花琳は嵐の予想に違わぬ質問を投げてきた。正直な話、推測の域を出ないものの嵐には
「……ありゃ『MO手術者』の遺伝子を取り込んで自分の『
にわかに飲み込みがたい事実だが、目の前のあの光景を間近に見せられた後では
「あの少女をどうやってあんなグロテスクな化け物に作り替えてしまったのでしょうか」
シルヴィアの口から飛び出した疑問に、嵐は重苦しい溜め息を吐き出した後に推論を吐き出した。
「十中八九『ブードゥワスプ』の『
「……そんなことが可能なんですか?」
「ミノウミウシはクラゲの『刺細胞』、ミトコンドリアゲノムは補食した生物の細胞を体内に保存できるって説もある。こいつらの『MO手術』しときゃ嫌でも取り込めるようになる」
「正解だよ
桜嵐が答えを導き出した時、冬木凩の声がデッキの方向から不気味に響いた。
─────────────────────────
─────────────
潮風が不気味に肌を撫でる船上にて、ついに本多晃の忘れ形見『
彼等の間で二度と唯一無二の友情が育まれることは許されない。許されるのは、
もしこれも『神』の意思であると言うのであれば、これ以上残酷な運命などないだろう。
「……答えろ冬木」
嵐は怒りで震える手を必死に抑え、出来る限り穏やかな声色で冬木に尋ねた。
「お前の目的はなんだ……?」
まるで冬木がこの船で起きたこと全ての黒幕であるかのような物言いだが、それは生憎と間違っていなかった。
冬木は、その虚ろな瞳で怒りに震える嵐を眺めた後、静かに口を開いた。
「1つはそこの
「貴方みたいな天才が私に何の御用かしら?」
花琳は眉をしかめた。U─NASAに所属していた彼女だからこそわかる。冬木は間違いなく彼女を凌ぐ叡知を持ち得ている。1つの分野を除いて。
「君のテラフォーマーに対する理解は私や桜を大きく凌いでいる。是非とも私の研究に力を」
「お断りよ」
花琳は冬木が言い終える前に提案を突っぱねた。確かに冬木と手を組めばU─NASAへの復讐も捗るだろうし、『地球組』『掃除班』『
しかし、花琳の最終目標はU─NASAに〝ヴィクトリアウッド〟の存在を嫌という程に認めさせた上で世界を牛耳るという自分でも笑ってしまう程に安っぽい目標。
今回の船の惨状を見るに、冬木の目標はそれが馬鹿馬鹿しく思えてしまう程にさぞかし
いずれ互いの思惑が噛み合わなくなることは目に見えている。故に手を組む気にはならない。
「では誠に遺憾だが、後から実力行使の方向で話を進めさせて貰おう」
「ら……」
そんな冬木に「乱暴な男は嫌いよ」と花琳はいつもの如く減らず口を叩こうとした。しかし、冬木から発せられた得体の知れない寒気が彼女のいつもの余裕と言葉を奪う。
そんな花琳から、冬木は今にも自分への怒りで爆発しそうな
「二つ目の目標として『アネックス一号』計画を
「……何?」
嵐は耳を疑った。今現在人類を蝕む『AEウイルス』のワクチンを作り出そうとしている『アネックス一号』計画を妨害する?そんなことをして、一体冬木に何の旨味があるというのか。
「そのオマケとして『膝丸燈』を確保するつもりだ。ロシアや中国よりも先にね」
『
その彼を冬木が欲しがっても不思議ではないが、『地球』にいる冬木が『
「
それに、と冬木は言い加える。
「仮に一つの〝群れ〟になったところでその
現時点で冬木の言う〝
そんなシルヴィアの意図を知ってか、若しくは怒りがそうさせたのか、嵐は核心へと切り込んだ。
「……何で『アネックス1号』を妨害しようとしてんだ?テメェは」
先程冬木は『
「『AEウイルス』の経過をもっと長期的に観察したいからに決まっているだろう。ワクチンなんて作られてしまえばそれが叶わなくなってしまう」
その言葉を聞いた瞬間、嵐は冬木に向けてリボルバーを向けた。かろうじて残っている理性が、嵐の引き金にかかる指をギリギリで踏みとどめる。
そんな触れると火傷しそうな嵐を見つめる冬木の表情は、嵐とは対照的に冷えて淡々としていた。
「
冬木の言うように『AEウイルス』は異常だった。ウイルスの癖に増殖しないのだ。故にワクチンも作れず、それに加えて致死率100%という困りモノである為に『アネックス一号』の面々は火星に向かう羽目になったのだ。
「私はあれほどおかしなものが蔓延したところで人類が滅びるとは思えない。むしろそれを乗り越える為に人類は〝進化〟するのではないだろうか?私はその過程を見守りたいのだよ、桜」
冬木の言い草に、嵐はリボルバーのハンマー装置を上げて弾丸を放つ準備を整えた。
確かに、一研究者としてその〝進化〟の過程に興味がないと言ったら嘘になる。だが、それと引き換えに最も大切なモノを失ってしまう。故に冬木の考えに賛成出来ない。
「〝進化〟よりも大切なもんが失われてるんだぞ」
「ほう。〝進化〟より大切な〝それ〟は何だ?」
嵐のその言葉に、冬木は大変興味深そうに顎に手を当てて尋ねた。その冬木の態度が嵐の怒りの炎にガソリンを注ぐ結果になった。どうやら、目の前の友はそんな簡単なことにすら気付いていないらしい。
「〝命〟だクソッタレ」
引き金を引いた途端、嵐が携えたリボルバーから〝命〟を奪う凶弾が吐き出された。弾丸は火薬の匂いと夜風を切り裂く爆音を残して計6発、冬木へと放たれる。
しかし、その弾丸が冬木の元に届くことは叶わなかった。彼の前に飛び出したものが、彼の盾となったからだ。皮肉にも、それは〝命〟を失ったも同然の『グロリア姉妹』四人であった。
「
彼女達の後から慌ただしい様子で現れたのは、金髪の美少女『ネロ』だった。そのネロが手押しする車椅子には、元の姿に戻った『
「やぁネロ君。御苦労だった」
「えへへ~ほめてほめて~」
冬木の労いの言葉に、ネロは頭を掻きながら照れ笑った。どうやらこの船で起きた一連の出来事は彼等が引き起こしたと見て間違いないようだ。
「紹介しよう桜。助手の『ネロ・スチュアート』君と
「よっろしくお願いしまーす ♡」
NAME:ネロ・ネクロフィア
NATIONALITY:アメリカ
M.O.O:〝昆虫型〟
BASE:『
THE OTHERS:17歳 ♀ 157cm 44kg
「…………………」
NAME:
NATIONALITY:日本
BASE:『
THE OTHERS:10歳 ♀ 141cm 30kg
「彼女らのことはもう理解しているようだから説明はいるまい」
「ふざけんな!テメェ本当にその小さなガキにふざけた手術かましやがったのか!!」
ついに嵐は感情を爆発させる。研究協力者なんて体よく言っているが、要するにモルモットだ。彼女は、先程嵐がシルヴィアと花琳に説明したようにその小さな体に多くの『人間』と『生物』の遺伝子をその身に刻まれ続けてきたのだ。
とても人道的とは言い難い。
「……他人事とはいえ胸糞悪い話です」
「やり方がやっぱり私と合わないみたいね?」
シルヴィアと、あの花琳ですらも顔を苦く歪めている。あまつさえ、U─NASAの揉め事に全く関係ない一般人を巻き込んだ上に、狂気的な生体実験の材料にするなどもっての他だ。
どのような目標であれ、許されたことではない。
「
「……テメェの望むもの?」
「そう。
冬木凩が目指しているもの。
それは、人類の頭脳である『アレクサンドル・
「私の当面の目標は『
嵐は、冬木が放った言葉に強張った表情を見せた。U─NASAの上級職員である自分ですらイマイチ全容を掴めていない『
そして何より、何故それを目指すのか。
「単純な知的好奇心が私をそうさせたのだよ。ゴッド・リーが発見した『密集ピラミッド』、すり替えられた『苔』、そして僅か五百年で急激な成長を遂げた『テラフォーマー』。これらがもし『ラハブ』の仕業だとしたならば、私は」
冬木は夜空を見上げる。その視線の方向は太陽でも、月でも、火星でもないあらぬ方角だった。
「『ラハブ』を〝彗星の衝突により失われた第五惑星〟という言葉では留めておけない程に興味をそそられている。知りたいのだよ、桜」
冬木は、それを言い終えた後にそっと嵐へと手を伸ばした。
「君も私と一緒に来い、
自分の友はイカれてしまったのだろうか。「世界征服の為に殺した。反省はしている。だが後悔はしていない」というRPGゲームでよく魔王の犯行動機として使われる理由の方がよっぽどマシに思えてしまうレベルだ。
知的好奇心を満たしたいという生まれた頃から持ち得た欲望が、肥えてしまうと平気で無関係な人間の命を弄ぶことが出来るのか。
これはもしかすると夢ではないのだろうか。夢から覚めたら、冬木と自分はどこかの屋台で飲み交わしている最中なのではないだろうか。そんな優しい夢が、嵐の脳裏をよぎる。
「社畜生活にウンザリして『脱サラして一緒にラーメン屋やろうぜ』と同僚をたぶらかす無責任なサラリーマンですか貴方は」
シルヴィアの
────────ああ。やはり、これは現実だ。冬木凩は、自分が止めなくてはならない。
「冬木。テメェはオレがぶっ殺してやる。オレが無理でも『地球組』の連中がテメェを止めるだろうよ」
ネロの『ブードゥワスプ』により頑丈になった『グロリア姉妹』やここにもうじき押し寄せてるであろう一般客は、シルヴィアに任せればいいだろう。
『
「……桜、1つだけ伝えておこう。君達『
その言葉に、嵐とシルヴィアだけでなく花琳までもが眉を跳ねた。いや、彼等『地球組』とこれまで散々刃を交えてきた花琳だからこそ冬木の言葉に違和感を覚えたのかもしれない。
彼等は強い。壊滅的な被害を与えたことにより最終的には4人という少ない人数にこそなったものの、少なくとも隠謀が渦巻く『アネックス一号』の百人よりも、人数は少なかれど互いに背中を合わせて死線を乗り越えてきた彼等は群れとして高く完成するだろう。
それに、個人の戦闘力の水準が非常に高い。
ゴッド・リーの息子『クーガ・リー』
天然お嬢様『アズサ・S・サンシャイン』
アホの子『美月レナ』
天才狙撃手『ユーリ・レヴァテイン』
それに加えて、人類の到達点『ジョセフ・G・ニュートン』の友人である『エドワード・ルチフェロ』まで参入した。その上で団結すれば、彼等がどれほどの力を発揮してしまうのか想像もつかない。
しかも『サポーター』は『
そんな彼等が冬木の脅威になり得ないとは思わない。彼の過小評価ではないだろうか。花琳にはそう感じられた。しかし、その僅か数秒後に冬木に『地球組』を脅威に感じさせない
「別に『地球組』を過小評価している訳ではない。対策済みだから
冬木の呼び声に応えて、5つの人影がテラスから降り立った。その中には女性も混じっていたが、全員が黒いタキシードで身を包んでいた。
「……呼んだかい、先生さんよ」
気だるげな表情で返事した、無気力な瞳の中年。その黒髪はクリクリの天然パーマがかかっており、嵐以上のズボラさ・ルーズさを感じさせる。
NAME:ジェイムズ・スコット
NATIONALITY:アメリカ
M.O.O:〝節足動物型〟
BASE(Ⅰ):『ダーウィンズ・バーク・スパイダー』
BASE(Ⅱ):『スリング・スパイダー』
JOB:国際指名手配犯
THE OTHERS: 40歳 ♂ 180cm 70kg
「ブハハハ!先生アンタマジで最高だよ!本当にフェリー乗っ取っちまうんだもんなぁ!!」
細い三編みを束ねたかのようなブレイズヘアと呼ばれる髪型の青年。髪色は薄紫と黒混じりの色。こんな惨状が起きた現場であるにも関わらず、彼はヘラヘラと笑うことを止めない。
NAME:ヤーコフ・アイギス
NATIONALITY:ロシア
M.O.O:〝軟体動物型〟
BASE(Ⅰ):『タガヤサンミナシ』
BASE(Ⅱ):『スケーリーフット』
JOB:元ロシア軍人
THE OTHERS: 24歳 ♂ 171cm 62kg
「オレをテメェの手下みてぇに呼ぶんじゃねぇつってんだろ!!ア゛ア゛!?」
筋骨隆々の体型の顎に髭を蓄えた男。髪型はスパイキーショート。これ程までにタキシードが似合わない男も逆に珍しい。それ程にこの男は野性味に溢れていた。
NAME:シュバルツ・ヴァサーゴ
NATIONALITY:イスラエル
M.O.O:〝昆虫型〟
BASE(Ⅰ):『ディノポネラ』
BASE(Ⅱ):『アギトアリ』
JOB:元傭兵
THE OTHERS:34歳 ♂ 205cm 100kg
「ほう、最後の最後で出番をくれるとは中々
魚の形を模した装飾つきのゴムヒモで髪を結わえた、黒髪サイドテールの女性。着物を着ている訳でもないのに、凛としたその佇まいは彼女が大和撫子であることを感じさせた。
NAME:
NATIONALITY:日本
M.O.O:〝魚類型〟
BASE(Ⅰ):『ダツ』
BASE(Ⅱ) :『ツクシトビウオ』
JOB:元剣道師範
THE OTHERS: 23歳 ♀ 172cm 54kg
「随分と趣味が悪いな、冬木先生」
冬木のやり口に苦言を呈した、髪を逆立てたオールバックの青年。男前なその顔も、この船で現在進行形で起こっている出来事のせいで不機嫌に歪んでしまっている。
NAME:
NATIONALITY:日本
M.O.O:〝鳥類型〟
BASE(Ⅰ):『ペレグリンハヤブサ』
BASE(Ⅱ):『オオタカ』
BASE(Ⅲ):『キウイ』
JOB:元キックボクサー
THE OTHERS: 25歳 ♂ 190cm 73kg
「彼等は
冬木は現れた5人組から車椅子の少女『
「
嵐やシルヴィア、花琳にとって見覚えのある顔も混じった5人組を指して、冬木は嵐に尋ねた。
「『地球組』は彼等に勝てると思うかね?」
正直、勝ちの目は薄い。彼等の実力を実際に目の当たりにした訳ではないが、今まで相手にしたこともないような威圧感が嵐を襲ったからだ。恐らく、冬木の言う事は本当なのだろう。
しかし。その上で嵐は5人組を見て一度は固く閉ざした口をほどいた。
「……もし
「ほう……それはつまり」
「さぁな。それはテメェで勝手に想像しとけ」
あくまでそれを決めるのは『地球組』の彼等自身。しかし、もし彼等が選択したのであれば自分は『地球組』に協力を惜しまないつもりだ。
────────────────────────
────────────
鬼才『
天才『
本多晃の忘れ形見の教え子2人。
それに加えて、この場には化け物
中国暗殺班『
腹部を貫かれて血を流し、実力者達を見下ろせる高さの船のデッキの奥からよろよろと頼りない足取りで彼は現れた。やや遠く離れた場所で佇む彼に気付いたのは、『
「……冬木先生。新手が来たがいいのか?」
翔の一声で、その場にいたほぼ全員がルカに目を向けた。しかし、それと同時に大多数が即座に興味を失い目を逸らした。彼を未だに警戒しているのは翔だけだった。
無理もない。嵐達にとっては目の前の冬木一派の方がよっぽど脅威だ。冬木一派から見ても瀕死の彼はそれほど脅威ではない。
「翔ちゃんよー。死にかけの
『ヤーコフ・アイギス』はルカを警戒した翔を肘で小突き茶化す。
それを目の当たりにしたルカはほくそ笑んだ。彼等の自分を見る目は実に妥当な評価だ。化け物揃いのこの場に瀕死の自分が殴り込むのは場違いだと理解している。
自分達『
しかし、自分は瀕死でこの
ただ、そんな自分にも出来ることがある。それは、自身の命の炎を燃やし尽くして任務を完遂すること。
任務さえ完遂すれば、散っていった部下の遺族に金は支払われる。『AEウイルス』にその身を侵された婚約者の命を少しでも繋ぐことが出来るかもしれない。後は、『アネックス1号』の中国四班の彼等に想いを託すだけだ。
どうか、一刻も早くワクチンを作成して『
「……よく覚えておけ」
ルカは静かに口を開き、『薬』を過剰に接種した。みるみるうちに、彼自身の『
『
透き通るトパーズのような黄色い体色を持つ、矢毒蛙の一種。その毒は、小さな蛙の
「腕をかませた〝噛ませ犬〟にもその腕を引き千切ることぐらい出来ることをなぁ!!」
ルカは大きく叫ぶと同時に設置した爆弾のスイッチを起動する。その瞬間、ルカがいたフロアの上の階で小さな爆発が起こった。それは、とても小規模な爆発しか起こせない小さな爆弾。船内に隠し持ち込むことを見越して用意した、人一人を殺せるかどうかも危うい小さな爆弾。
しかし、池の水面に波紋を起こすには小石一つで充分なように、ルカの目論見を成功させる火薬はこの程度で充分だった。その証拠に、穴が開いた船内の貯水槽は水圧がデタラメに変化し、やがてその穴は大きく広がる。
凄まじい勢いで莫大な量の水は船内を駆け抜け、『
アロンが手をエジプトの
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
水の上に差し伸ばすと
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
かえるがはい上がって
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
エジプトの地をおおった
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「この莫大な〝水〟全てに
『呪法師たちも彼らの秘術を使って、同じようにかえるをエジプトの地の上に、はい上がらせた』
「するとどうなるか!さぞかし頭のいいお前達なら察しはつくだろう!!」
ルカを中心にして、その毒はみるみるうちに水を濁らせていく。
『パロはモーセとアロンを呼び寄せて言った。「かえるを私と私の民のところから除くように、主に祈れ。そうすれば、私はこの民を行かせる。彼らは主にいけにえをささげることができる』
「えっちょっ!まっ!先生どうすんの!?オレ逃げていい!?オレ逃げていい!?貝であること活かしてここぞとばかりにオレ逃げていい!?」
先程まで散々ルカを馬鹿にしていたヤーコフですら、毒が浸透しつつある水とその水に瞬く間に飲み込まれていく船を見て掌を返したように焦りを見せた。
『モーセはパロに言った。「かえるがあなたとあなたの家から断ち切られ、ナイルにだけ残るように、あなたと、あなたの家臣と、あなたの民のために、私がいつ祈ったらよいのか、どうぞ言いつけてください』
「許してお兄さん!許して!!オレの自慢の防御力!防御力活かせないまま壊れる!ホ!ホワアアアアアアアアアア!!ホワアアアアアア!!二度とイモ(ガイ)スナしないからああああああ!!」
「も~!アホ貝さんはイチイチうるさいなぁ」
冬木一派の中で唯一アタフタと喚いているヤーコフを、自身も相当ヌケた性格をしている筈のネロがたしなめた。彼等はヤーコフを除いてこの状況でパニックにすらなっていない。
彼等の中には、この場から離脱出来る『
『パロが「あす」と言ったので、モーセは言った。「あなたのことばどおりになりますように。私たちの神、主のような方はほかにいないことを、あなたが知るためです』
「ネロ君、美桜子君を連れて下がっていたまえ。君達五人は万が一に備えて二人を連れて脱出する準備を。
『かえるは、あなたとあなたの家とあなたの家臣と、あなたの民から離れて、ナイルにだけ残りましょう』
「……どういうこった」
嵐は冬木の台詞に耳を疑った。ルカの規格外の攻撃を『
てっきり美桜子の何らかの『
『こうしてモーセとアロンはパロのところから出て来た。モーセは、自分がパロに約束したかえるのことについて、主に叫んだ』
次の瞬間冬木が行ったのは、彼とは一切縁がない筈のモノだった。
「〝人為変態〟」
冬木は自らの首筋に『
その掌から凄まじい勢いで暴風のような、寒波のようなものが放たれた瞬間、目の前に迫ってきた水はパキパキと音を立てて凍結する。凍結した水分は聳え立つ巨大な氷壁となってそれ以上の水の進行を妨げた。
『主はモーセのことばどおりにされたので、かえるは家と庭と畑から死に絶えた』
「なっ……!?ガッ!?」
ルカは限りなく蛙に変異したその顔で、呼吸を妨げられ苦しそうにもがくと同時、冬木の変異したその姿とその能力にまるで狐に化かされたかのような表情で目を見開いた。
それは嵐も同じだった。凍結能力を持つあんな姿の昆虫など見たことがない。更にそれに加えて、『
驚きを隠せない嵐とルカに構わず、冬木は
「先程〝噛ませ犬〟について教授してもらったお礼に私からも一つ君に教えてやろう」
「グッ……ゾ……!!」
「蛇に睨まれた〝蛙〟は何も出来やしない」
至近距離で寒波を浴びたルカの身体は凍結した後にその体を凄まじい勢いの暴風によりバラバラに砕かれた。氷片と化したルカの身体は、自らが濁らせた水の中へと静かに沈む。
『人々はそれらを山また山と積み上げたので、地は臭くなった』
──────────『出エジプト紀』より抜粋
───────────────────────
──────────
「……どういうことだ冬木。何でテメェが『
嵐は直ぐに疑問を叩き付けた。『
冬木は嵐から離れた地点に着地すると、その真相を語り始めた。
「
自分が『医学』を学んでいる間に、冬木が学んだ学問分野。それは、
「……『遺伝子工学』」
遺伝子を人工的に操作する術を身に付ける、クローン技術などにも用いられる神秘の学問。
それを使ってどうしたというのか。
「適合する
「……あ?」
嵐は思わず冬木の言葉を聞き返した。まるでこどものわがままのような無茶苦茶な理屈を、目の前のこの男は成し遂げたというのか。
「私は自身の遺伝子を元に生物を一から作りあげた。その生物は補食対象凍結させ、強靭な三角顎で凍結した水分ごと噛み砕き補食する。生物学的に出鱈目な生物であるが故に寿命は持って一時間だが……『MO手術』の『
呆然とする嵐に構わず、冬木は解説を続ける。
「君の『氷核活性細菌』に関するレポートも参考にさせて貰ったよ。やはり君は最高の友人だ」
「オレは……テメェのそんな〝命〟を
怒りで熱を帯びていく嵐とは対称的に、冬木の表情には一切変化がない。彼は眼鏡をかけ直すと、更に嵐へと衝撃的な事実を告げる。
「
嵐はその生物に一つだけ心当たりがあった。もっとも、2つの膨らみと三角顎以外の体組織は熱で焼けてしまい、現在はその化石を残しててその他の生物的特徴は一切残されていないが。
「では、
「上等だ。やってみやがれ……!!」
人の身を捨てた冬木に、嵐は人の身でありながら果敢に立ち向かう。唯一人の友と、唯一人の友が殺し合う。それは悲しくも意味のある、『
国籍 日本
45歳 ♂
186cm 70kg
MO手術〝古代昆虫型〟
──────リニオグナータ・ヒルスティ──────
───────────
────────────────────────
────────────
──────T R A N S M I T T E D──────
遡ること40日前、私達の星『地球』から親愛なる『火星』に向けて
小型宇宙船『バグズ3号』と仮称されたそれは、研究者『
そしてそれはたった今『アネックス1号』よりも一足先に深緑の星へと到着し、大気圏を抜け重力の導くままに黒と緑の大地に突き刺さった。
「 じ ょ っ 」
凄まじい勢いで地面に突き刺さったそれは、『火星』の住民であるテラフォーマー数体を押し潰してしまった。彼等の臓物が苔のグリーンカーペットの上にぶちまけられる。
しかし、彼等テラフォーマーは突如飛来したそれに〝警戒〟することはあっても、同族の死を〝悲しむ〟ことはなかった。
それは当然である。彼等テラフォーマーは昆虫であり、本能はあっても感情などないようなもの。同族の死を悲しみ、涙を流すのは感情を持つ人間のみである。
「じょじょうじょう」
「じょじょ」
テラフォーマー達数体がワラワラと、警戒してその飛行物体を取り囲んだ。仲間数体の命を料金に着払いで受け取った荷物だ。中身を確認しない訳にもいくまい。
「じょ、じょ、じょ」
群がるテラフォーマー達を掻き分けて、一際
【バグズ型テラフォーマー】
◆
20年前に『火星』に訪れた『バグズ2号』搭乗員の技術、『バグズ手術』を奪ったテラフォーマー側が、とある男の
テラフォーマー本来の驚異的な身体
その個体『バッタ型』は届いた『
『
「 じ ょ っ 」
躊躇なく放たれたその蹴りは、小型宇宙船『バグズ3号』に直撃し、機体を引き裂いてしまった。すると、ひび割れた『バグズ3号』の中から一人の男が飛び出した。その光景はまるで蛹の中から羽化する昆虫のようである。
この男は、『
この男の元となった
生物学的にカテゴライズするならば彼は勿論人間『学名:ホモサピエンス』なのだが、彼には人間の証といっても過言ではない『意思』が欠けている。
『
MISSION①
「『アネックス1号』の目的を徹底的に妨害すること。指揮系統を崩壊させる為に、『小町小吉』抹殺を最優先課題とス」
MISSION②
「ゴキブリに殺されることなく『
そんな体の冷たい昆虫のような彼を果たして人間と言っていいのかは疑問が残るものの、そんな事はお構い無しに、『バッタ型』は彼を〝
バッタの脚力によって放たれたハイキックは、凄まじい音を立てて空を切り裂き男へと迫る。しかし、その蹴りは男からしてみれば非常にお粗末なものだった。
自分の
男は『ムエタイ』
女は『売春婦』
ストリートチルドレンに生まれた
「 シ ュ ッ !!」
無防備な『バッタ型』の軸足に男の蹴りが炸裂。途端に『バッタ型』はバランスを崩し、放ったハイキックは男の顔面スレスレで逸れた。
「 シッ!! シッ!! シ ッ !! 」
男は反撃の手を一切緩めない。素早いパンチ二発で更にバランスを崩した後、お返しと言わんばかりに顔面に向かって全力でハイキックを放った。
「じょっ……じょっ……」
テラフォーマーの両胸に穴が空き、更に顔面は大きく凹みひしゃげた。もし『バッタ型』が人間であったならば、この時点でダウンは必至。
幸い個体はテラフォーマーだった。痛覚など存在しない。故に、多少フラついても地面に横たわることはない。しかし、それがいけなかった。
男の軸足の地面にミシミシとヒビが入り、地砕きが発生する。一瞬のうちに過剰な程に力を蓄えたのであろう。その力の全てを自らの
──┐
シ
ュ
ッ
! !
└──
男の渾身の蹴りが、棒立ちの『バッタ型』の両脚に炸裂する。バキバキと嫌な音を立てて瞬く間に『バッタ型』の両脚は切り離されてしまった。
「じょっ……?」
痛覚がない故に気付くのに時間は要したが、段々と自身の身体が傾くにつれて『バッタ型』は徐々に理解した。自分の
『バッタ型』の方が目の前の男よりも身体能力は遥かに上回っていた。しかしどうやら、『
目の前の男と自分の力は同質だが同格ではない。
「じょうッ……!!」
『バッタ型』は、瞬時に背面から翅を引っ張り出して高く高く飛翔した。しかし、こどもでも彼が逃げ切ることは不可能だとわかる。何故なら。
〝飛ぶ『
男は凄まじい跳躍力で瞬時に『バッタ型』に追い付いた。そして、踵を振り下ろして『バッタ型』の身体を左右真っ二つに引き裂く。
男はそのまま重力に身を委ねて着地、それと同時に残りのテラフォーマー達を威嚇するかのように荒々しく息を吐いた。
「フシュウウウウウ……!!」
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クローン体『
名義上国籍 タイ
肉体年齢 41歳 ♂
179cm 71kg
旧式人体改造"バグズ手術"
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『仮定マーズ・ランキング』3位
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次回は番外編で『インペリアルマーズ』とのクロスオーバー作品です。
▽補足
スリングスパイダーについて
・最近発見された新種の生物で、正式な学名はまだ存在しませんので、作者が苦肉の策で名付けた仮名です。正式名称が発表され次第名前を更新したいと思います。
『ナゲナワグモ』と呼ばれる糸を飛ばして狩りを行う蜘蛛の上位互換で、この蜘蛛は巣をスリングショットのように飛ばして狩りを行います。
▽謎解きについて
前書きの暗号の解読法が一つとは言いません。また、これ以外にも謎を解く方法が本文中・原作中にあるかもしれません。
答えがわかっても他の読者さんが楽しむ為に感想欄に答えを書くことは控えて頂けると幸いです。もし答えが言いたくなったらTwitterかハーメルンのメッセージで直接送って頂けると嬉しいです。