LIFE OF FIRE 命の炎〔文章リメイク中〕   作:ゆっくん

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掃除班(スイーパー)【組織】


sweeper,Sweeper


『地球組』の外部組織。『地球組』でも対処しきれない不足の事態が起こった場合にのみ運用される。〝対MO手術者〟においては無敗とも言える強さを誇る。





第二十七話 ARASHI_SAKRA 手術者殺し

 

 

 

 

『地球組』構成員、『エドワード・ルチフェロ』が軍艦『ブラックホーク』を沈め1000人もの『バグズトルーパー』を大虐殺する3時間前。

 

 

もう一つの舞台、フェリー『ダンテ・マリーナ』が出航する港、そこから1km程離れた港の巨大倉庫内においてもう一つの物語の針は進んでいた。

 

 

一連の出来事の首謀者である『趙花琳』を抹殺し、口封じを行う為に彼らは派遣された。

 

 

中国の暗殺部隊 『(イ ン)』。

 

 

首謀者が『中国首脳』であることが特定されることを防ぐ為に、中国国籍のメンバーだけで統一されるということはなかった。ただし、部隊の中核(メ イ ン)となるこの3人(・ ・ ・ ・)は別である。

 

 

「……次」

 

 

次々に襲いかかってくる花琳製のクローンテラフォーマーを、まるでベルトコンベアーから流れてくる刺身にタンポポを乗せる作業の如く淡々と捌いていくこの男。

 

 

身の丈は2m程、齢は30。頭髪は一部を残してほとんど刈り上げ、残った髪の毛は3つ編みにして後ろから垂らした所謂『弁髪』と呼ばれる髪型。毛色は黒。

 

 

筋骨隆々の体を特殊な戦闘服に包んだその姿は、見る者にこれ以上ない程威圧感を与える。

 

 

名は『(ワン) 刺人(ツーレン)』。

 

 

(イ ン)』のリーダーを務める。

 

 

特性(ベース)』:世界最強昆虫『塩屋(シ オ ヤ)(ア ブ)

 

 

この昆虫は、『オオスズメバチ』が備えるような致死級の毒針や強力な牙、無尽蔵のスタミナなど持ち得てはいない。

 

 

また、『オオエンマハンミョウ』のような頑丈な鎧、素早く地を駆け抜ける足、動く物に敏感に反応する眼にも恵まれている訳ではない。

 

 

体は柔らかく、武器は消化液を流し込む非常に堅い口吻(こうふん)のみ 。ただし、彼の恐ろしさはそこではない。殺しの本能(センス)にある。

 

 

待ち伏せ、獲物が通過したところで強力な手足で素早く抑え込み、口吻を突き刺す一撃必殺。

 

 

洗練されたその動きは相手に抵抗する隙すらも与えず、いくら相手が頑丈な甲皮に身を包んでいようとも口吻(武 器)はそれを突き抜ける上に、比較的口吻が通りやすい急所をこの昆虫は生まれながらにして把握していた。

 

 

口吻を突き刺された相手は神経を断裂され身動きが取れなくなり、後はゆっくりと肉を溶かす消化液を流し込まれてその身を卑しく啜られる運命を辿る。

 

 

シオヤアブ。彼は最強の『暗殺者(ア サ シ ン)』である。

 

 

 

刺人(ツーレン)は襲いかかってきたテラフォーマーの胸部へと向かって腕から突出した口吻を突き刺す。それは容易にその甲皮を突き抜け、食道(急 所)を貫いた。

 

 

「じょっ……!!」

 

 

たちまちテラフォーマーは身動きが取れなくなり、消化液を食道へと流し込まれて絶命する。

 

 

この間僅か1秒。刺人は素早く口吻を引き抜き、次の獲物(テラフォーマー)へと備えた。

 

 

そして、その刺人の傍らには彼の教え子である〝双子〟がいた。二人の青年も刺人とまた同様に、テラフォーマーを各々着実に処理していた。

 

 

 

 

 

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──────────────

 

 

 

 

「……弱すぎて相手になんないよ」

 

 

愚痴を溢した青年は双子の兄。

 

 

身の丈は180cm程、齢は21。その絹のような白いミディアムヘアで右目を隠し、退屈そうな左目を奥から覗かせている。

 

 

純白の太極拳服に身を包んだその姿は、さながら湖のほとりで休息をとる白鳥のようだ。

 

 

彼の名前は『(シャン) 白鳥(バイニィ)』。

 

 

(イン)』の構成員の一人。

 

 

特性(ベース)』:『ネコノミ』

 

 

『ノミの心臓』という(ことわざ)の由来にもなっているように、小さいことの代名詞としてよく用いられる僅か体長1~3mmの節足動物。

 

 

白鳥(バイニィ)の『特性(ベース)』となったこの〝ネコノミ〟は、主に猫に寄生しその生き血を啜る生物である。

 

 

体長の【百倍】の高さの跳躍を可能にする脚で、生物から生物へと次々に渡り歩き、こそこそ寄生しながら生きている。

 

 

まさに『ノミの心臓』という言葉がお似合いの、惨めな生物である。

 

 

 

 し か し

 

 

 

M O 手 術(モザイクオーガンオペレーション)』により彼が人間大のスケールを得て、身長180cmの『(シャン) 白鳥(バイニィ)』の肉体を通してその身体パフォーマンスを発揮することが神に許されたのであれば。

 

 

彼はその【 百倍 】の跳躍力を活かして180mの超高層ビルすらも越すことが出来る。

 

 

その脚力を闘いに転じた時、この生物は──────

 

 

「……よいしょっと……」

 

 

白鳥は〝動物性蛋白質〟を過剰に接種した巨大なテラフォーマーの個体に狙いを定める。

 

 

ゆっくりと屈み右足をスプリングのように縮め足に蓄えた力を一気に解放した次の瞬間、身体は空を切り裂きテラフォーマーに飛び蹴りが炸裂。

 

 

「 じ っ 」

 

 

炸裂した瞬間にテラフォーマーの上半身はトマトのように弾け、彼の衣服をその体液が汚した。

 

 

「うえっ。オーバーキルも考えもんだね」

 

 

 

 

 

─────────食物連鎖の(いただき)すら飛び越す

 

 

 

 

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────────────

 

 

 

「……白鳥(バィニィ)は辛抱弱いね」

 

 

愚痴をこぼす白鳥を咎めた青年は双子の弟。

 

 

身の丈は180cm程、齢は21。その漆のような黒いミディアムヘアで左目を隠し、ギラついた右目を奥から覗かせる。

 

 

漆黒の太極拳服に身を包んだその姿は、さながら草葉の影で獲物を待ち伏せる猛獣そのもの。

 

 

彼の名前は『(シャン) 黒獣(ヘイショウ)』。

 

 

(イン)』の構成員の一人。

 

 

特性(ベース)』:『ブルドッグアント(トビキバアリ)』

 

 

蟻という生物から連想されるイメージと言えば、女王蜂を中心に形成されたコロニーの中で身を寄せ合って(ぐん)として生き、(ぐん)の中で一生を終えるイメージが定着していることは否めない。

 

 

事実、彼らの狩りは数に物を言わせた〝()海戦術〟にて行われる。だが、黒獣の『特性(ベース)』となったこの蟻は例外である。狩りは一貫して一匹(・ ・)のみで行われる。

 

 

それを可能にしているのは、蟻にあるまじき跳躍力、コクワガタのそれと比べても遜色のない凶悪な顎、大雀蜂にも引けをとらない毒針、異常に発達した視力を彼が持ち得たからである。

 

 

これら全てを授けられた彼は、秩序だった蟻の社会(コロニー)を抜け出した。

 

 

〝ブルドッグアント〟〝蟻界のはみ出し者〟

 

 

数の暴力(フォーメーション)』は用いず、『一騎当千(ワンマンアーミー)』を貫く孤高の存在。そんな彼を人はこう呼ぶ。

 

 

 

〝 (ジ ャ) () () (ジ ャ) () (パ ー)

 

 

 

黒獣(ヘイショウ)は、テラフォーマーに見せつけるように左右の各5本の指をゆっくりと折り曲げた。それはいずれも『特性(ベース)』の特徴を反映した形へと変化している。

 

 

親指は凶悪な毒針に、その他の四本の指は牙へと変化した。彼の指1本1本が、命を刈り取る死神の鎌へと変貌している。

 

 

次の瞬間、黒獣(ヘイショウ)は一瞬でテラフォーマーの間合いへと跳躍した。かと思えば、テラフォーマー二体に向かって牙と化した指を水平に振るった。

 

 

テラフォーマー達には、幸か不幸か痛覚(・ ・)が存在しない。従って、自らの身体に起きた異常(・ ・)を感じることも出来ない。

 

 

故に、自らの上半身と下半身が切断されたことに気付くまで数秒の時を要した後、絶命した。

 

 

「……22匹、23匹」

 

 

22、23体目のテラフォーマーを倒した直後、黒獣はふと視界の端に蠢く影を捉えた。

 

 

近寄ってみれば、中年の男が怯えた目でこちらの様子を伺っていた。こんな誰も寄りつかないような倉庫に身を潜めていたということはおおよそ、取り引きでもしようとしていた麻薬の売人(バイヤー)だろうか。

 

 

黒獣は素早く30m離れたその男の元へと跳躍し、降り立って〝毒針〟と化した親指を男の両耳の中に突き入れ、脳を貫いた。

 

 

「ヒギャ!!」

 

 

脳を貫かれた上に直接毒を注がれた男はたちまち絶命し、その場にゴトリと倒れた。

 

 

「オマケ。目撃者は全員消さないとね」

 

 

 

 

 

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圧倒的な戦闘力を発揮した3人。

 

 

しかし、その他のメンバーがそれ程驚く事はなかった。テラフォーマーには通じずとも、対人戦では実力を発揮出来るメンバーで『(イン)』は構成されているのだ。このぐらい朝飯前である。

 

 

仮に趙花琳のクローンテラフォーマーの妨害に遭ったとしてもこうして容易に対処出来る上、噂の『地球組』と遭遇したとしても難なく対処出来るだろう。

 

 

その強さの源となっているのは、

 

 

中国原産

 

『 不 完 全 変 態 手 術 』

 

 

又の名を

 

『 紅 式 手 術 』

 

 

『MO手術』()()()適合者の少女〝紅〟が手術名の由来となっている新技術であり、『薬』を使用しない通常の状態でも変身後に近い『特性(ち か ら)』を発揮出来るようになっている。

 

 

早い話が24時間365日、『薬』を用いてわざわざわかりやすい姿にならなくとも臨戦態勢でいられるという訳だ。その手術を受けた者は『アネックス一号』の幹部(オフィサー)の変身前に匹敵する力を常時得ることになる。

 

 

『アネックス一号』構成員である〝紅〟自身は勿論、中国第4 班、そしてこの『(イン)』のメンバーもこの手術の恩恵を授かっている。

 

 

しかし、何のリスクも負わずに力を手に出来るなどという虫のいい話がある筈もなく、彼らはその力を手にしたことによってあまりにも残酷な代償を強いられることになった。

 

 

彼等は最早、人として生きることが出来ない。

 

 

物の例えではなく、文字通りの意味として受け取って欲しい。彼らは『特性(ベース)』の特色を常に発揮出来る、ということは言い換えれば五感が常時過敏になるということだ。

 

 

彼等が音楽に包まれた小洒落た高級レストランに訪れたとしよう。美しい音楽は敏感すぎる聴覚には刺激でしかなく、出てくる高級料理の味や匂いをまともに楽しむことすらままならなくなる。

 

 

それだけではない。小鳥の囀ずりで心を癒し、自然の恵みや海の幸で舌鼓を打ち、生い茂る花々の芳しい香りで安息を得ることも許されない。

 

 

とどのつまり彼等は『地球(こ の 星)』での生活をほぼ放棄したに等しいことをした訳だ。

 

 

そんな覚悟を持った彼等が、火星と地球で遅れを取ることなどまず有り得ない。

 

 

先生(シィシェン)~クーガ・リーって奴まだなの~?」

 

 

白鳥(バィニィ)刺人(ツーレン)の袖を引っ張り、怠そうに頭を垂れた。まだよっぽど戦い足りないらしい。

 

 

「嘘だと言ってよ白鳥(バィニィ)……これだけミンチより酷い大量虐殺しといてまだ殺し足りないの?」

 

 

「だってさ黒獣(ヘイショウ)~。手術受けてから(たの)しいことなんて闘いとかSEXぐらいでしょ~」

 

 

双子の弟である黒獣(ヘイショウ)もやや呆れ気味ではあったものの、多少は頷けるところがあった。SEXはともかく。食を始めとするあらゆる快楽を根刮ぎ奪われてしまった生活はあまりにも苦痛だった。

 

 

唯一高揚感を得られるのは、『特性(ベース)』の力を存分に振るって相手を叩きのめす戦闘の中だけだった。最も自分達双子以外の面子は、その戦闘すらも愉しんでいる様子は一切ないが。

 

 

「……堪えることの大切さを学ぶことだな、白鳥(バィニィ)。それにクーガ・リーはU─NASAの番犬(・ ・)だ。いずれここにやって来るだろう」

 

 

『バグズ2号』の搭乗員ゴッド・リーの息子、クーガ・リー。『地球組』のリーダーにして、花琳が引き起こしてきた地球におけるトラブルを次々に解決してきた生粋の兵士。

 

 

実験台にされてきただけではなく、度重なる戦闘においてもその身を削りながら父を死なせた仇同然のU─NASAの為に尽くすその姿は、まさに『犬』だと陰で散々揶揄されてきた。

 

 

そのクーガがここに駆け付けない筈がない。クーガ・リーの実力であれば、白鳥(バィニィ)の御眼鏡に敵ってくれるだろう。最も、彼だけではクーガに対処出来ないかもしれないが。

 

 

そのように刺人(ツーレン)が思案を巡らせていた矢先、遠方より2つの人影が現れた。ゆっくりとした歩みで、コンテナが大量に設置された港からこちらの廃倉庫内に向かって歩みを進めてくる。

 

 

それを見て『(イン)』の他のメンバーは警戒し構えたが、刺人は2人の人影に眉を潜めた。

 

 

「……先生(シィシェン)、あれは」

 

 

どうやら黒獣(ヘイショウ)も妙な違和感を感じたらしく、2人の姿に眼を細めた。雲の隙間から射し込む月光が、2つの人影が〝クーガ・リー〟と〝桜唯香〟ではないことを教えてくれたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「フフ。博士、今宵はすっとこどっこい共が大量に集まったみたいですよ」

 

 

片や、黒ずくめのスーツに身を包んだ女性。このようなコーディネートであるにも関わらず、彼女が闇に紛れることは決して叶うことはなかった。

 

 

その翡翠色の瞳は闇夜においても煌々とエメラルド色の光を放ち、ウルフ気味のやや荒立ったセミロングのピンク色の髪は、嫌でも彼女を暗闇の中で目立たせた。

 

 

NAME:シルヴィア・ヘルシング

 

 

NATIONALITY:ルーマニア

 

 

BASE:『宵闇の眷属(ウ サ ギ コ ウ モ リ)

 

 

EARTHーRANKING:『圏外』

 

 

THE OTHERS: 22歳 ♀ 162cm 48kg

 

 

 

 

「……なんか向こうにラーメンマンみてぇのがいるな。いや、モンゴルマンのが(ちけ)ぇか?」

 

 

片や、白衣を粗雑に着こなす中年の男。その老いを感じさせない顔付きは、彼が30代前半であると錯覚させるが彼は40代半ばである。

 

 

顎の部分の剃り残しが僅かに目立ち、その藍色の髪を後ろで適当にゴムヒモで結わえ、口には火のついたくわえ煙草。全体的にルーズな印象を感じさせる男。

 

 

NAME:(サクラ) (アラシ)

 

 

NATIONALITY:日本

 

 

BASE:無し

 

 

POST:『サポーター』

 

 

THE OTHERS:  45歳 ♂ 188cm 89kg

 

 

 

 

「博士、1つ言っておくとラーメンマンとモンゴルマンは同一人物ですよ」

 

 

「あ?んなもんどうでもいいわ」

 

 

「ちなみに私はモンゴルマンのキン消しを所持していますがお譲りしましょうか?」

 

 

他愛の無い無駄話を叩きながら、こちらに歩み寄ってくる二人組。刺人(ツーレン)は知っていた。あの二人のコンビ名を。

 

 

「……『掃除班(スイーパー)』だ」

 

 

「え?」

 

 

黒獣(ヘイショウ)が聞き慣れない組織名に首を傾げる最中、任務は必ず遂行することをモットーとしている刺人の口から、彼らしからぬ言葉が飛び出した。

 

 

「全員に告げる。『(我々)』は現時刻を持ってこの場より離脱する。趙花琳の追跡及び暗殺は中止。『ダンテ・マリーナ』への潜入も禁ずる」

 

 

刺人(ツーレン)からのあまりにも急すぎる任務中止命令に、『(イン)』のメンバーはざわついた。当然反発する者も中から現れた。『(イン)』のメンバーを掻き分けて出てきた、ブロンド髪の男もその一人。

 

 

『ルカ・アリオー』。フランス国籍を持つ『(イン)』のNo.2だ。彼は鼻筋に指を沿わせて眼鏡をクイッと持ち上げると、刺人に向かって口を開いた。

 

 

「御言葉ですが隊長……撤退する理由を教えて頂いてもよろしいでしょうか?」

 

 

刺人が改めて口を開いた瞬間、

 

 

「ああやはり結構。数の数え方もわからない人間の口からボクが納得出来るだけの合理的で論理的な理由が聞けると思ってもいませんから」

 

 

ニタリとその端整な顔付きからは想像もつかない邪悪な笑みを浮かべ、ルカは刺人を鼻で笑った。

 

 

相手は2人。こちらは20人。グレネードランチャー等の重火器を持ってる様子もない。

 

 

それに加えて片や女、片や恐らく『サポーター』であろう男。そんな2人組になど負けるものか。

 

 

例えこちらの人数が1人だとしても負けることはない。ましてやこちらの戦力が2人以上ともなれば勝利は確実だろう。勝てる戦を何故放棄する必要がある。

 

 

「それに今回の任務を達成すれば莫大な金が手に入るんでしょう?その金さえ手に入ればもうこんな危険な任務をこなす必要もなくなる。ご覧になって下さいよ。自分の部下のお顔を」

 

 

ルカにそう言われて部下達の顔を見渡してみると、(みな)今回の作戦の為に決死の覚悟を決めた表情をしていた。どのような説得をしたところで応じてくれそうにもなさそうだ。

 

 

「……わかった。俺と一緒にこの場から撤退する者は前に出てくれ」

 

 

「は~い」

 

 

「……はい」

 

 

刺人の申し出に応じたのは白鳥と黒獣の二人だけだった。その他のメンバーはどうやらルカと同じくこのまま任務を継続する考えのようで、皆一様にしてルカの元から離れようとしなかった。

 

 

その結果に満足したのか、ルカは再び刺人を鼻で笑った後に『(イン)』のメンバーへと指示を出した。

 

 

「今からこのボクが部隊の指揮を執る。9人はボクと共に『ダンテ・マリーナ』へ潜入。7人はあの二人組の相手をしてやれ。終わったら艦内で合流。そこのお三方(・ ・ ・)はどうぞご退場下さい」

 

 

ルカが皮肉たっぷりに刺人達3人に退場を言い渡すと白鳥と黒獣は思わずルカに殴りかかりそうになったが、刺人はそれを気にも留めずに2人を制し、その場から2人を連れて立ち去った。

 

 

ルカはつまらなそうに舌打ちしてそれを見送ると、遠くからやってくる2人組を大きく避ける形で遠回りし、フェリー『ダンテ・マリーナ』へと向かう。

 

 

あれだけ刺人(ツーレン)を小馬鹿にしていたものの、彼の指揮官としての判断力は確かであることは痛い程わかっていた。その刺人が警戒するぐらいなので、あの二人組には必ず何かある(・ ・ ・ ・ ・ ・)

 

 

出来る限り遭遇(エンカウント)を避けることが得策であることに疑いはない。

 

 

これだけ客観的に現状を分析していようとも、退けぬ理由がルカにはあった。『AEウイルス』に体を蝕まれている婚約者に、より良い治療を受けさせてくれると中国政府は約束してくれた。

 

 

他の者達も皆同様に何かしらの理由を抱えている。多少のリスクが目の前に現れたところで、決して退くことはないだろう。

 

 

 

 

 

 

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刺人(ツーレン)白鳥(バイニィ)黒獣(ヘイショウ)の三名はひたすらに夜の闇を駆ける。白鳥と黒獣の二人は、内心戸惑いを隠すことが出来なかった。

 

 

自分達の〝師〟とも言える刺人が真っ先に撤退する姿など、今までに見たこともなかったからだ。

 

 

「白鳥、黒獣。俺が臆病者だと思うか?」

 

 

ふと、刺人は2人に尋ねた。

 

 

「うん」

 

 

白鳥はその歯に衣を着せぬ物言いで、ハッキリと刺人は臆病だと断言した。

 

 

「白鳥、オブラートに包んで物を言おうよ」

 

 

「う゛ん゛」

 

 

「ビブラートに包んでどうすんのさ」

 

 

黒獣は自分達の師をハッキリと臆病者だと言い捨てた白鳥に苦言を呈した。刺人が恐い(・ ・)という理由で作戦を中止するなど、あり得ないのだから。

 

 

しかし。

 

 

「いや、黒獣。白鳥の言う通り俺は臆病者だ。(や つ)を見た途端に足がすくんでしまったしな」

 

 

「……先生(シィシェン)にも恐いモノがあるんですか?」

 

 

刺人が発した言葉は、黒獣にとってカルチャーショックに近いものがあった。事実、彼は豆鉄砲を食らった鳩のような顔ばせになってしまった。

 

 

自分達の師である刺人は、恐いモノ知らずの百戦錬磨の殺し屋だと思っていたから。

 

 

先生(シィシェン)どっち(・ ・ ・)が恐いの~?」

 

 

白鳥が尋ねた疑問については、黒獣も気になるところがあった。先程刺人は、〝奴〟が恐いと言っていた。その〝奴〟とは、一体あの2人組のどちらを指すのだろうか。

 

 

答えは決まりきっているが。

 

 

「白衣を着た『サポーター』の男の方だ」

 

 

「「  は? 」」

 

 

双子は刺人から返ってきた答えに、同時に眉を潜めた。『サポーター』とは早い話、『特性(ベース)』を持った『地球組』構成員が悪さをしないように見張るお目付け役だ。

 

 

趙花琳のように極秘に受けたのであれば話は別だが、そうでもない限りは基本的に『MO手術』を受けることは出来ない。

 

 

つまりは普通の人間だ。その人間を何故自分達が恐れる必要があるのだろうか。ましてや、通常の『MO手術』よりも強力な『紅式手術』を受けた自分達『(イン)』が。

 

 

「クーガ・リーがU─NASAの〝番犬〟なら、あの男はさしずめ〝狼〟だ」

 

 

「……要はクーガ・リーよりも恐ろしい存在、ということですか?」

 

 

「そういうことだ」

 

 

刺人は言い切った。数々の強敵を撃破してきたクーガ・リーよりも、あの白衣の男の方が脅威になり得ると。

 

 

「……後で詳しく聞かせて頂いてもいいですか先生(シィシェン)?」

 

 

「ああ。勿論だ。ルカ達にも聞かせてやれれば良かったんだがな」

 

 

「あいつ先生(シィシェン)の説明聞こうとしなかったじゃん。自業自得だよ」

 

 

(ルカ)を咎める白鳥を横目に見て、刺人の中からもふとある疑問が思い浮かんだ。

 

 

「……黒獣はともかく、戦闘狂のお前がよく撤退に応じてくれたな、白鳥?」

 

 

「うわひど~い。信用ナッシングだね。そりゃ戦闘は大好物だけどさ、先生(シィシェン)を小馬鹿にするような奴と一緒に任務を遂行するなんてやだよ!僕は先生(シィシェン)の命令をよく聞くいい子さ!!」

 

 

シレッといい子アピールをおっ始めた白鳥に刺人と黒獣はまるで汚物を見るかのような冷ややかな視線を送る。白鳥は唐突な二人からの無言の弾圧に戸惑いを隠せず、二人を交互に見返した。

 

 

「え?何?黒獣(ヘイショウ)?」

 

 

「いや先日の任務で『先っちょだけ!先っちょだけでいいから先っちょだけ!!』って抹殺対象の標的を無理矢理強姦しようとしてきったないDNAを危うく現場に残しかけて先生(シィシェン)に迷惑かけた君がよく言えたねって思っただけだよ白鳥(バイニィ)

 

 

暫く白鳥は黙りこくった後、泣きながら黒獣を肘で小突き始めた。それにイラッと来た黒獣もまた同様に、心底うっとおしそうに小蝿を振り払うかのように応戦し始めた。

 

 

刺人(ツーレン)はそれを脇目に眺めて溜め息をついた後に、先程の白衣の男に関する詳細を自らの記憶の本棚から徐々に引き出す。

 

 

(サクラ) (アラシ)

 

 

生物学の他、医療面のエキスパート。

 

 

(さくら) 唯香(ゆいか)の父親。

 

 

シルヴィア・ヘルシングの『サポーター』。

 

 

本多晃(ほんだこう)博士の教え子の一人。

 

 

『バグズ二号』搭乗員に志願するも彼に適合する『特性(ベース)』は地球上に存在せず、人体と相性のいい『ショウジョウバエ』すらも適合しなかった為に門前払いを食らった男。

 

 

U─NASAから離反した冬木(フユキ) (コガラシ)の、唯一の友。

 

 

そして────の開発者、(サクラ) (アラシ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ゆっくりと歩みを進めてこちらへと向かってくる〝シルヴィア・ヘルシング〟と〝桜 嵐〟に、対処を任された『(イン)』のメンバー達七人は不服そうに溜め息をついた。

 

 

何故自分達が総出で明らかに実力が劣る二人組の相手をしなければならないのだろうか。よもや自分達がこのような雑用と言っても差し支えのない役目に当たってしまうとは思いもよらなかった。

 

 

さっさと終わらせて本隊と合流する。そんな想いが七人の胸中で渦巻いていた。最早目の前の二人は『(イン)』の彼等にとって、鬱陶しい害虫(蚊とんぼ)ぐらいの認識しかないに等しいのである。

 

 

「……とっとと終わらそうぜ」

 

 

一人の合図を皮切りに全員が『薬』を接種したかと思えば、瞬く間に全員が『特性(ベース)』が発現した姿へと変貌した。

 

 

その途端、(アラシ)は立ち止まって暗闇の中の『(イン)』のメンバーに目を凝らしたかと思えば、シルヴィアに向けて無造作に手を伸ばす。

 

 

その動作には彼女だけでなく、『(イン)』のメンバーも皆一様に首を傾げる。

 

 

「この手は何でしょう博士?」

 

 

「シルヴィア、お前のパンスト(・ ・ ・ ・)くれ 」

 

 

嵐の突拍子もない発言に、その場の空気は冷えて凝固した。パンスト。パンティストッキング。女性用の下着の一種で、一部のマニアックな男性の間ではブラジャー等の下着よりも性的興奮を得ることが出来ると評判のアイテム。

 

 

これから起こる戦闘に、全く無縁の物。

 

 

「博士、これはあくまで推測に過ぎませんが私に欲情してしまったのでしょうか?でしたら」

 

 

「……バーロー。生憎だが娘より年下のガキにおっ()つような性癖持ち合わせちゃいねぇ」

 

 

「ジョークです。ではそこのコンテナの陰で着替えてまいりますね」

 

 

中国の『(イン)』には不可解な言動にしか思えなかったらしいが、シルヴィアには(わか)っていた。

 

 

嵐はこのような命のやり取りの場面で戯言を言うような人間ではない。何かきっと考えがあってのことだろう。それを理解しているからこそ、シルヴィアは彼からの指示を即実行した。

 

 

20秒もしないうちにシルヴィアは着衣を済ませ、コンテナの陰から姿を現す。右手には彼女が着衣していた〝パンスト〟を携えている。

 

 

「どうぞ、暖めておきました。何でしたら自家発電(マスターベーション)のお供にしても構いませんよ 」

 

 

「……オレが20歳ぐらい若いビンビンの頃だったらマス(・ ・)かいてたかもな」

 

 

そんな会話の後にシルヴィアからパンストを受け取った刹那、 嵐の足元近くの地面に鋭い刃物が突き刺さった。それ(・ ・)は日本の忍者漫画でよく見るクナイ(・ ・ ・)であった。

 

 

「貴様ら……『(俺達)』を愚弄する気か」

 

 

投げたのは口元を布で覆い、その黒髪をヘアバンドでたくし上げた青年。この後のフェリーへの潜入に備えてのことか、黒いタキシードを着込んでいた。

 

 

百城(ひゃくじょう)(しのぶ)

 

 

『ペルビアンジャイアントオオムカデ』の『特性』を持つ『(イン)』の構成員。

 

 

どうやら先程の一連のやり取りが彼の機嫌を損ねてしまったようで、殺気立った眼をその眼をギラつかせて二人を睨んだ。

 

 

そんな(しのぶ)の様子を見た嵐は火のついた煙草を吐き捨てた後、スプレー(・ ・ ・ ・)のような( ・ ・ ・ ・)モノ( ・ ・)を懐から抜き出してシルヴィアに告げる。

 

 

「シルヴィア、(やっこ)さんがビンビンでいらっしゃる。相手して差し上げろ」

 

 

「殺気が、ということでしょうか?」

 

 

「さぁな。血の気多そうだし案外お前とヤりたくてペニスの方もビンビンかもしれねーぜ」

 

 

嵐の一言に(しのぶ)の堪忍袋の尾がキレたのか、今度はクナイが明確な殺意を持って一直線に嵐目掛けて飛んできた。しかし、その凶器が嵐に突き刺さることは叶わなかった。

 

 

いつの間に取り出したのか、シルヴィアがその右手に携えた金属の長鞭で忍のクナイを弾き飛ばしたのである。

 

 

「『何を勘違いしている?お前の相手はこのオレだ』と少年漫画で使い潰された台詞を使って貴方を挑発してみます」

 

 

ピンク色の髪を風に(なび)かせ、シルヴィアも同様に明確な敵意を忍に飛ばした。

 

 

「来なさい。邪魔の入らないところでタイマンでもどうです?」

 

 

その直後、シルヴィアは人気(ひとけ)のない300m程離れた別の倉庫へと駆け出し、挑発を受け取った忍もまた同様に彼女を追跡すべく駆け出した。

 

 

「……こっちもこっちでぼちぼちやるか」

 

 

その場に残された(アラシ)に対して、『(イン)』のメンバー六人はゆっくりと距離を詰め寄った。

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────

 

 

─────────────

 

 

 

 

 

卑怯者や弱者の象徴であると同時に、富の象徴でもある蝙蝠(コウモリ)

 

 

闇の恩恵の中で生きる彼等の中でも、この生物は最も闇に愛されている種かもしれない。

 

 

 

 

────────絶滅危惧種『宵闇の眷属(ウ サ ギ コ ウ モ リ)

 

 

 

 

蝙蝠(コウモリ)の中でも大型の種は視覚が発達している分、彼等の代名詞ともなっている『超音波』を用いた『反響定位(エコーロケーション)』能力に優れない。

 

 

逆に小型種は『超音波』を用いての『反響定位(エコーロケーション)』に特化しているものの、視覚はあまり発達していないというのが一般的な見解である。

 

 

しかし、この種は違った。

 

 

小型でありながらも視覚に優れ、超音波の周波数もギリギリ平均的なHz(ヘルツ)数に届く上に、この種はウサギ(・ ・ ・)コウモリというだけあって非常に耳が大きく、聴覚が発達している為に『反響定位(エコーロケーション)』を問題なく行うことが出来る。

 

 

非常に都合が良く、ある意味反則的な能力(ステータス)

 

 

それを活かしてこの生物は暗い闇夜の中でも自在に飛び回ることが出来る上に、『門限(夜明け)』すら無視して昼でも活動出来る。

 

 

ウサギコウモリ。闇と上手く付き合う術を心得た蝙蝠(コウモリ)界の不良娘。

 

 

飛翔自体は他の蝙蝠に比べるとお世辞にも得意としていると言えないが、それでもこの生物が闇に見捨てられずに生き残ってこれたのは、その愛らしい外見故かもしれない。

 

 

〝シルヴィア・ヘルシング〟は今宵、身長162cmのウサギコウモリとなって闇夜を舞い踊る。

 

 

 

 

─────────対するは

 

 

 

 

力の象徴であり、金銭の象徴でもある百足(ムカデ)。毒蟲達の怨みと呪いを熟成して完成される呪法たる、〝蟲毒〟の常連としても彼等は知られている。

 

 

闇に潜み、闇の住人を喰らう彼等の中でも、この生物の凶悪さは他とは一線を画している。

 

 

 

 

────────危険生物『怨 徹 骨 髄 の 邪 龍(ペルビアンジャイアントオオムカデ)

 

 

 

 

この生物は全くと言っていい程視覚が発達していない。ただし、それを補って余る程に嗅覚が異常発達している。

 

 

それに加えて彼はプラスチックを容易く噛み千切る牙、場合によっては人間の皮膚組織すら壊死させる猛毒、複雑な動作を可能にする多くの体節。

 

 

これら全ての要素が彼を闇の中を自由自在に駆け回る高機動捕食者(プレデター)へと至らしめていた。

 

 

ペルビアンジャイアントオオムカデ。他に比類すること無きぬばたまの狩人。

 

 

〝百城忍〟は今宵、身長180cmのペルビアンジャイアントオオムカデとなって暗闇を猛り狂う。

 

 

 

 

奇しくも両者は互いに幸運の象徴であり、互いに闇に潜むことを生業(なまわい)とした者同士。衝突することは避けられぬ運命。

 

 

此処(こ こ)は広くまっ暗な倉庫の中で、時刻は夜。太陽は沈み、月が主役を飾る時刻。

 

 

舞台は整った。後は〝己の命〟と〝闇の覇者〟の冠を懸けた戦いに興じるのみ。

 

 

「悪いが先手必勝でやらせて貰う、といったところでしょうか」

 

 

先に動いたのはシルヴィアであった。彼女は右手に携えた金属の鞭を勢い良く斜めに降り下ろす。

 

 

それを見た忍はあまりにも単調な攻撃を思わず鼻で笑った。こんな物、簡単に受け止めることが出来る。避けるまでもない。

 

 

取り上げて終わりである。しかしその認識は数秒で覆る。

 

 

〝キィイィイィイィイィイィイィイィイ〟

 

 

金切り声のような、痛烈な金属音が響き渡った。忍は一瞬の間に頭をフル回転させる。

 

 

 

何の音だ  何

      か   原

      の    因

      振   コ は 

   高  動    ウ ?     

   周  音   モリ

   破  か   

   ?        超

           破 音

                 

 

 

「まさか……!!」

 

 

一瞬の模索の後、忍は一つの可能性に行き着いた。その可能性は、彼を全力で回避行動へと移行させるには充分すぎる恐ろしい可能性。

 

 

彼は全力で地面を蹴り、後方へと回避する。その判断は結果的に彼の寿命を伸ばした。

 

 

忍が直前までいた地面を、金属の硬鞭がガリガリと音を立てて容易く抉り取ってしまう。まるで巨大な獣の爪痕であるかのような傷痕を残したシルヴィアの凶暴な武器に、忍の背筋にゾクリと寒気がはしる。

 

 

あのまま受け止めていたら、腕が間違いなく切断されていた。何故たかが金属製の鞭がここまでの威力を発揮出来たのかと言うと、忍には一つだけ心当たりがあった。

 

 

「超音波メス……ってとこか?」

 

 

「ご名答です」

 

 

シルヴィアは鞭を地面に這わせながら返答した。

 

 

超音波メス。超音波で刃先を振動させることにより切れ味を増幅させ、より軽い力で物を断つことを可能にする技術。

 

 

しかし、それならば余計に疑問が湧き起こる。超音波メスの原理を再現するには、コウモリのHz(ヘルツ)数では届かない筈。

 

 

にも関わらずその原理を再現出来ているということは、何かカラクリがあるに違いない。

 

 

十中八九、あの鞭自体が振動を増幅させているのではないだろうか。なら話は早い。

 

 

あの鞭を奪ってしまえばいいのだ。

 

 

()らせて貰うぞ……その武器(エモノ)

 

 

「せっかちな男性は嫌われますよ?」

 

 

忍は一直線にシルヴィアへと駆け出した。当然、鞭の連撃が忍を次々に襲う。

 

 

しかし、忍は次々にそれをかわした。関節を取り外したのではないかと思う程の無茶苦茶な動作や、曲芸のようなトリッキーな動き。

 

 

それらを駆使して瞬く間にシルヴィアへと肉薄した忍は、ムカデの双牙が生えた左右の拳で彼女へとワン・ツーコンビネーションの連撃を放つ。

 

 

身体をぐねりと歪め、本物の百足顔負けの奇天烈な動作から繰り出される予想不可能な攻撃。

 

 

『ペルビアンジャイアントオオムカデ』と比べて身体能力に優れない『ウサギコウモリ』を『特性(ベース)』に持つシルヴィアがそれらを捌き切るには厳しいものがあった。

 

 

「……っ、どこの酔拳使いですか貴方は」

 

 

シルヴィアは重量のある鞭を投げ捨てると、蝙蝠の翼を羽ばたかせて上方へと回避した後に、鉄骨へと足をかけて逆さまにぶら下がった。その様は、まるで本物の蝙蝠のようだ。

 

 

「……闇に紛れても無駄だぞ。百足は嗅覚が異常に発達しててな。闇の中でも自在に狩りが出来る」

 

 

シルヴィアが落とした鞭を蹴り飛ばすと、忍は『クナイ』を彼女に向かって無数に投げた。

 

 

そのクナイ1本1本に、『ペルビアンジャイアントオオムカデ』の毒が塗り込めてある。

 

 

「お前の武器(エモノ)は取り上げた。先程のようにクナイを迎撃することも出来ない筈だ」

 

 

今の彼女にはクナイを弾く為の装備はもうない。恐らく超音波メスを再現することも出来ない。

 

 

そしてこのクナイの内の1本でも当たれば、彼女に必ず壊滅的なダメージを与えられる筈だ。

 

 

しかし、忍の予想は大きく外れることになった。

 

 

「私が(ムチ)だけのSM女王だと思いましたか?」

 

 

シルヴィアは、指と指の間に薄い10cm大の鉄板を何枚か挟んでいた。彼女がそれをクナイに向かって投擲した途端、鉄板は振動を開始。

 

 

鉄板はクナイ一本一本に次々と食い込み、切り裂き、それら全てを撃ち落とすだけでなく忍の身体へと次々に突き刺さり、彼の身体をズタズタに引き裂いた。

 

 

「ガッ……!!」

 

 

飛沫(し ぶ き)が飛び散り、百城忍は倒れ伏す。

 

 

「勝負ありのようですね」

 

 

ブラブラと、逆さまに宙吊りになったままシルヴィアは告げる。

 

 

蝙蝠の超音波を用いた『反響定位(エコーロケーション)』を用いれば、暗闇の中でもクナイの数から場所に至るまで把握出来ても驚きはしないが、忍が驚愕したのは別の点。〝シルヴィアはこの鞭に限定せずに、超音波メスを使える〟という事実である。

 

 

忍の予想には何点かの誤りがあった。彼女の専用装備は鞭ではなく、彼女が手にしたもの全てが凶悪な武器へと変貌するのだ。

 

 

チョーカー型〝超音波増幅装置〟

 

消 音(サイレント) 公 害(ノイズ)

 

 

超音波を増幅させ、指向性を持って高周波を帯びた凶器へと変えることが出来るシルヴィアの主要(メ イ ン)武器であり、生命線。

 

 

この装備が無ければ彼女は『MO手術者』として単独での戦闘能力を一切発揮出来ない故に、『アースランキング』圏外の烙印を刻まれた。

 

 

しかし、逆を言えば種さえ割れなければ彼女はそれなりの戦闘力を発揮することが出来る。バレる前に勝敗を決してしまえばいいのだ。

 

 

「ク、ククク」

 

 

血だらけの忍は、地面に倒れたまま肩を揺らしてほくそ笑む。シルヴィアにはそれが不気味な光景にしか映らなかった。

 

 

「何が可笑(お か)しいのでしょうか?」

 

 

「これが笑わずにいられるか……!」

 

 

百城忍は今まで生きてきた人生の中で初めて追い詰められた。しかも、その初めての相手は女子(お な ご)

 

 

それに加えて、相手の『特性(ベース)』は自らの『特性(ベース)』が主食としている『コウモリ』。

 

 

『我ながら情けない』という感情が無いと言えば嘘になるが、それを呑み込んでしまう程の感情が彼の中で渦巻いていた。

 

 

(たの)しい。血湧き、肉踊るとはこのことだろうか。脳内麻薬アドレナリンが脳内を駆け巡り、血管がドクドクと脈打ち、異様な高揚感に襲われる。

 

 

勝ちたい。目の前の敵を打ち破りたい。しかし、生憎と自らの身体はもうロクに動かない。

 

ならば。

 

 

「使わせて貰うぞ……奥の手!!」

 

 

百城忍は『薬』を過剰接種した。みるみる内に、その身体は変異していく。

 

 

体内の細胞バランスを崩し『ベース生物』の特徴を色濃く反映した姿。身体全体が甲皮に覆われ、触覚は増長し顔面からも大きな牙が発生する。

 

 

そして何より、身体のあらゆる所から百足(ムカデ)の脚がうじゃうじゃと生えてきた。

 

 

お世辞にも、とても見れた姿ではない。

 

 

「凌辱系異種姦エロ同人に出てきそうな姿になってしまいましたね」

 

 

「なんとでも言え。生憎と俺は負けず嫌いでな。勝たせて貰うぞ」

 

 

「あたかもライバルみたいな感じで闘争心を燃やすのは控えて頂いてもよろしいでしょうか」

 

 

「……こいつを見てもその減らず口を叩けるか見物だな?」

 

 

百城忍は身体から生えた無数の腕で戦闘服の内側に忍ばせておいた無数のクナイを掴み、シルヴィアへと見せつけた。

 

 

数多の凶器のギラつきに、流石に彼女も苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべた。

 

 

「……タンマ(・ ・ ・)はありでしょうか?」

 

 

「精々ほざいてろ!!」

 

 

忍は無数のクナイをシルヴィアに向かって投擲した。シルヴィアも小型の鉄板を投げて迎撃を試みるが、如何せん数の桁が違いすぎる。

 

 

鉄板の幾つかは忍に突き刺さり何本かの腕を切断したが相手は『百足』と書いて『ムカデ』と読むだけあって、いくらでも(あし)のストックはある。

 

 

数本切断したところで、彼は気にも留めない。

 

 

「……数でごり押す作戦ですか」

 

 

シルヴィアは鉄骨を飛び移りつつ、懐から取り出したワイヤーを次々に張り巡らせた。

 

 

相手が掛かった瞬間、超音波で振動させれば鋭利な刃物として機能させることが出来る1990年代の暴走族真っ青のトラップの完成だ。

 

 

しかし、

 

 

「ウオオオオオオオオオォオオ!!」

 

 

意地とは恐ろしいものだ。何としてでもシルヴィアに勝とうとするあまり、忍は痛みに臆することもなく一心不乱に突っ込んでくる。腕がいくら切断されようともやはり気にも留めない。

 

 

その姿と獲物(コウモリ)を喰わんとする気迫はまさに本物の『ペルビアンジャイアントオオムカデ』そのものであった。

 

 

「ッオオオオ!!」

 

 

忍は無数にクナイを乱れ撃ち、弾幕を展開した直後のことだった。忍はシルヴィアのとある部分に狙いを定め、クナイの一本を放った。

 

 

無数のクナイに紛れて放たれたその一本はシルヴィアの『反響定位(エコーロケーション)』能力を持ってしても把握しきれるものではなく、敢えなく着弾してしまう。

 

 

「随分と嫌な真似をしてくれますね?」

 

 

当たったのは、シルヴィアの首筋に装備されていたチョーカー。

 

彼女の専用装備『 消 音(サイレント) 公 害(ノイズ) 』。

 

 

それにクナイが着弾し破壊された。それが果たして何を意味するか。答えは簡単である。

 

 

〝シルヴィア・ヘルシングの無力化〟

 

 

こうなった以上、彼女は『MO手術者』として『ウサギコウモリ』の力を満足に発揮出来ない。『超音波メス』を用いた攻撃手段は失われた。

 

 

「俺の勝ちだ……蝙蝠(こうもり)(おんな)!!」

 

 

百城忍は追撃の手を緩めず、無数のクナイをシルヴィア・ヘルシングへと放つ準備を整えた。

 

 

ついに決着は決する。

 

 

人間大の『ペルビアンジャイアントオオムカデ』と『ウサギコウモリ』の決着は、当然ながら前者に軍配が挙がった。

 

 

当然の結果かもしれない。自然界において両者が激突した場合、『ペルビアンジャイアントオオムカデ』は『ウサギコウモリ』を補食するだろう。

 

 

原寸大でも変わらないのだから、人間大にしたところでそれは覆ることはなかったのだ。

 

 

暗闇の覇者の栄冠は『百 城 忍(ペルビアンジャイアントオオムカデ)』に。

 

 

敗者たる『シルヴィア・ヘルシング(ウ サ ギ コ ウ モ リ)』には死を。

 

 

因縁の対決についに幕が降りる。もしこの戦いをU─NASAのお偉方が見ていたのであれば、何人かは勝利を手にする彼と、これから死が訪れる彼女に盛大な拍手を送っていたことだろう。

 

 

彼等は『MO手術者』として最高のショーを見せてくれた。自然界の食物連鎖をそのまま再現したかのような戦いは、一部の物好きにとっては非常にそそるものがあった筈だ。

 

 

もう二度とこの戦いが見れないのは残念だが、これでいい。

 

 

この終わり方で、いい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    バ    ン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

観客の余韻を打ち壊し、火照る心に水を差し、その場を空気をシラケさせるかのような渇いた音が反響した。

 

 

それは人々が俗に言う蛇足。余計なもの。あってはいけないもの。ヒットした名作の3作目(大 抵 ゴ ミ)のようなモノ。ブーイング必死の、反則行為。

 

 

しかしシルヴィアからしてみれば知ったことではない。彼女は最初から『ウサギコウモリ』として戦った覚えはない。

 

 

百城忍やこの戦いを見守っていた者がこの戦いをどう捉えていたかは知らないが、彼女は〝人間〟として最初から戦いに臨んでいた。

 

 

その〝人間〟たる彼女が用いる武器と言えば、

 

 

「この期に及んで〝銃〟……とはな」

 

 

「こういう時の台詞は文明の利器ってスゲー、が正解でしょうか?」

 

 

シルヴィアは忍にぶっ放した小型ショットガン、世間では一般的に『ソードオフショットガン』と呼ばれている代物をクルクルと回しながら返答した。

 

 

メイドイン:U─NASA特製ショットガン……!!

 

 

何て言うこともなく、近所のガンショップに売っていた何ら変哲のない市販のものである。

 

 

それを彼女は懐に忍ばせておいただけ。

 

 

「これが私の戦い方です。『MO手術』の力に陶酔した相手と一戦交える振りをしつつ隙あらば〝文明の利器〟でズドン、です」

 

 

百城忍はショットガンの散弾でポッカリと穴が空いた胸に手を当て、ヒューヒューと息をしながら苦笑した。

 

 

「……盛り上がってたのは俺だけだった、ということか」

 

 

「そうですね。SEXと同じですよ。大抵は男性の独りよがりで終わってしまうものです」

 

 

「畜生……」

 

 

忍はポツリとそう漏らした。別に任務中に名誉ある死を遂げたり、苛烈なバトルの末に派手な一撃で散ることに憧れた訳ではないが、こうも呆気ないと悔しいものがある。

 

 

「残念ながら正統派王道バトルは『地球組』の担当です。私達『掃除班(スイーパー)』は着実に貴方達みたいな不届き者をぶっ殺すだけです」

 

 

俺の思考を読みやがったな、と返したくなる程に的を射た返答を彼女は返してくれた。これで刺人(ツーレン)が撤退命令を出した合点がいく。

 

 

掃除班(スイーパー)』。噂には聞いたことがある。

 

 

『MO手術者』の天敵とも呼べる技術を持った科学者とその助手で構成される組織。あくまで噂だと思っていたが、どうやら実在していたようだ。

 

 

「フフ。悪名高い外れくじの方を引いてしまったことに気付いたようですね」

 

 

「ああ……どうやらそのようだな。裏切られた。蝙蝠(コウモリ)って奴は本当に人を裏切るのが得意らしい」

 

 

「ええ、我ながら(しょう)に合った素敵な『特性(ベース)』だと思いますよ」

 

 

目の前の彼女はそう言ってるが、それが心にもないことであることに忍は気付いていた。

 

 

彼女にとって『特性(コウモリ)』は、刃を隠す為の鞘に過ぎないのだろう。他の生物に適合していたとしても、彼女は同じ台詞を吐いた筈だ。

 

 

「トマトジュースが好きなのは本当ですよ?」

 

 

「……蝙蝠(コウモリ)は血より果物や昆虫が主食と聞いたが」

 

 

「おやおや。もう私のにわか知識が露呈してしまいましたね」

 

 

クスクスと笑うシルヴィアに釣られて何故か瀕死の忍も笑みが溢れてしまった。こんな死に方も悪くないかもしれない。

 

 

ひとしきり笑った後に、シルヴィアがふと口を開いた。

 

 

「よければ死に行く男の最後のお願い、聞いてあげてもいいですよ?」

 

 

「俺の家族を」

 

 

「ジョークです」

 

 

忍が身の上話を言い終える前にシルヴィアは躊躇いもなくショットガンの引き金を引いて、彼の首から上を吹き飛ばした。

 

 

「身の上話なんかイチイチ聞いてたら精神的に参ってしまいますよ。死人に口無しです」

 

 

シルヴィアはまるで残業明けたOLのように穏やかな表情で背伸びしつつ、ふと頭の片隅には置いていた(アラシ)のことを思い出す。

 

 

「……博士の方はいつもの如く心配いらないですよね。たまには私を頼って欲しいものです」

 

 

彼女は何の『特性(のうりょく)』も持たない自らの『サポーター』が『(イン)』のメンバーに包囲されていると知りながらも、特に急ぐ様子もなくピンク色の髪をゆったりと揺らしながら倉庫を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────

 

 

──────────────

 

 

 

 

 

 

「やめたくなりますよ~始末ゥ~」

 

 

「とっとと片付けて任務に戻りましょ……」

 

 

(イン)』のメンバー6人は、円になって嵐を取り囲んだ。周囲を回りながら、ゆっくりとその距離を詰めていく。

 

 

「人の周りをグルグル回りやがって。バターにでもなるつもりかよ?」

 

 

そんな六人を見て嵐はヘラヘラと笑う。その様子はこれから自分達に惨殺される運命を辿る男の態度とは思えない程に横柄なものであった。いや。気が狂ってしまったのかもしれない。

 

 

何せこんな場面になっても尚、ピンク色の髪をした女から貰い受けた〝パンスト〟を手袋のようにして左腕にはめているのだから。

 

 

仮に気が狂っていなかったとしたら、彼は直ちにこの場に〝パンストフェチ〟という変態の烙印を押されることになるだろう。

 

 

「おじさま~逝く前にそれ(・ ・)使ってイキたいなら待っててあげるよ~?おじさまかっこいいし何なら口で処理してあげてもいいけど?」

 

 

メンバーの一人の女が嵐の様子を皮肉るように下世話なジョークを飛ばすと、『(イン)』のメンバーの輪の中でドッと爆笑が起こった。

 

 

しかし(アラシ)はそんな彼女を鼻で笑う。

 

 

「いや、遠慮させて貰うわ。テメェのガバカバな(く ち)マンコよりもオレの右手のがよっぽどテクニシャンだと思うぜクソビッチ」

 

 

そんな嵐の態度が鼻についたのか、彼に下品なジョークを飛ばした女はプツンとキレた。

 

 

どうやら、彼は自分達の(さじ)加減一つで命をコロリと落としてしまう今の立場を忘れてしまっているらしい。

 

 

その立場を今から思い出させてやる必要がありそうだ。彼女はウネウネとその半透明な触手を蠢かせながら(アラシ)へと近寄った。

 

 

特性(ベース)』:『キロネックス・フレッケリ』

 

 

世界で最も強い毒性を持つ海月(ク ラ ゲ)の一種で、刺されてから5分以内で人は死に至るという。

 

 

その毒の正体は〝ボツリヌス菌〟。この菌が持つ毒素は僅か1kgにも満たない量で全人類を滅ぼすことが出来ると信じられていた程に凶悪であり、生物兵器として研究されていた時期もある程。

 

 

この生物に刺されることは(イコール)死を意味する。

 

 

「おじさま~あたしの『特性(ベース)』は世界で一番強い毒を持った生物なんだって~」

 

 

触手(き ょ う き)を嵐に伸ばしながら、女性はクスクスと内心怯えているであろう嵐を嘲笑った。周囲の『(イン)』の他のメンバーも、これから行われるであろう処刑を前にして顔をニタニタと歪める。

 

 

「ねぇ本当は恐いんでしょ~?刺されたら死んじゃうんだよ?さっさと命乞いしたらどう?」

 

 

更に間近に迫る彼女と周囲のギャラリーに目を配れば、皆同様に自分のことを見下している。

 

 

(アラシ)にはそれが堪らなく不愉快だったようで、怒りに任せてのことか彼女の〝触手〟を左手で握り潰さんばかりに思い切り掴んだ。

 

 

それが失策だった。

 

 

「自分から触りに行くのか……」

 

 

「キャハハハ!!ばっかじゃないの!?」

 

 

『キロネックス・フレッケリ』の刺胞生物(・ ・ ・ ・)だ。

 

 

刺胞と呼ばれる細胞が全身に埋め込まれており、それに物体が接触した瞬間自動的に刺胞の中から『刺胞糸』と呼ばれる毒針が接触物へと射出する機能(ギミック)が備わっている。

 

 

つまり、触れた瞬間にTHE・ENDという訳だ。

 

 

触れてしまった(アラシ)は、ボツリヌス菌に身体を直ちに侵され呼吸困難と激痛、意識混濁の末に死に至るだろう。『キロネックス』の毒には血清が存在しない為に、刺された以上はその運命から逃れることは出来ない。

 

 

筈なのだが。

 

 

いくら経っても、嵐が苦しみ出す様子はない。刺した本人である彼女も、他の『(イン)』のメンバーも、時間が刻一刻と経過する度に顔色が変わり始めた。

 

 

彼女(キロネックス)』の毒は疑うことなく世界最強の毒であり、これまで何度も標的(ターゲット)の毒殺に用いられてきた。その毒が効かない筈がない。

 

 

そのうち彼女は、一つの仮説に辿り着く。

 

 

「まさか……アンタも『MO手術』を?」

 

 

『キロネックス』の天敵はその毒性の一切を無効にしてしまう『ウミガメ』である。もし目の前の男がそれを『特性(ベース)』を持っているのだとすれば、説明はつくのだが。

 

 

「生憎とオレに適合する生物なんざこの『地球』にゃミジンコ1匹いなくてな。悪いがお嬢ちゃんの仮説は間違いだぜ」

 

 

嵐はその左手で彼女の触手を男性器をシゴくかのように摩擦して刺激を与え、何度も何度も何度もその『刺胞糸』に左手を刺され続けた。

 

 

しかし、彼が一向に苦しみ出す様子はない。ふと彼女は自らの触手をシゴいている嵐の左手をまじまじと見つめた。

 

 

その瞬間、彼が左手にはめている〝パンスト〟の存在を思い出す。

 

 

「まさかこの〝パンスト(・ ・ ・ ・)〟が『キロネックス』の毒針を防いだって訳…?ゴム製のダイバースーツも貫通するのよ!あり得ない!絶対にあり得ないわよ!!」

 

 

「……強度ありきの問題じゃねぇんだよ」

 

 

『キロネックス』の毒針を防ぐ方法として、書籍等で紹介されている最もポピュラーな方法が〝ストッキング〟の着用である。

 

 

女性用〝ストッキング〟の繊維は『キロネックス』の毒針『刺胞糸』を一切通さない。

 

 

世界最悪の猛毒を持つ生物は、ストッキング一つでただのゼリー野郎に変わってしまう。

 

 

「お前ら『紅式手術』を受けた奴の目玉は『薬』を使って姿変えなくてもある程度『特性(ベース)』の力を使えることなのにアホだよなぁ」

 

 

今度は嵐は彼等を嘲笑う番だ。

 

 

「戦闘開始前から『薬』使ってくれたお蔭でテメェら全員分の『特性(ベース)』を把握させて貰ったぜ。サンキュー」

 

 

(イン)』の彼等は愕然とした。「ハッタリだ」と言いたいところだが、それは事実なのだろう。

 

 

一瞬で彼女が『キロネックス』だと推測し〝パンスト〟による作戦を実行したことが根拠だ。見てくれだけでは、素人目からすると烏賊(イ カ)や他の半透明な生物と見間違えてもおかしくはない。

 

 

もし他の毒性を持つ生物だった場合、彼は触手に接触した瞬間に終わりを迎えていた筈だ。

 

 

にも関わらず、臆する様子もなく作戦を実行した。それはつまり彼が命知らずか、自らの知識に絶対的な自信があるかのどちらかを意味する。

 

 

「……アンタ……何なのよ……」

 

 

『MO手術』という奇想天外な能力(ち か ら)を持つ彼女の口は自然と開き、何の『特性(ち か ら)』も持たない(アラシ)へと自然に質問を浴びせた。

 

 

他の者達も皆同様に先程まで見下していた(アラシ)に畏怖の念を抱き始め、距離を置いた。

 

 

「アンタ何なのかって?」

 

 

嵐は暫く考え込んだ後、彼女に向かって告げた。

 

 

「 () () 様 」

 

 

言い終えた直後、触手を掴まれて逃げ場のない彼女に嵐はスプレーから霧状のものを浴びせた。

 

 

殺虫スプレーの類のものかと思ったが、どうやら様子が違うらしい。浴びせられた彼女本人は特に霧状の何かにむせたりする様子もなく、ただただ無言でその場に棒立ちになってしまっている。

 

 

様子がおかしい。

 

 

「おい……大丈夫か?」

 

 

遠巻きに『(イン)』のメンバーの一人が尋ねると、彼女はゆっくりとそちらに向かって顔を向けた。

 

 

「……(ケテ)……(タス)……ケテ……」

 

 

彼女の方から、絞り出すような声が響いてきた。そして、その声は彼女の高く美しいソプラノボイスからは考えられない程に凄まじく低い声だった。

 

 

そして、彼女が『(イン)』のメンバーの方を振り向き、(こうべ)を上げた瞬間。

 

 

「ギャアアァアアアアアアアアアアア!!」

 

「オオエエエッ!!ゴぇエエエエエ!!」

 

〝 ビチャ ビチャ ビチャ 〟

 

 

彼等の絶叫と嘔吐物を吐き散らす音が辺り一面に響き渡った。無理もない。

 

 

振り向いた彼女の口からは何かが焦げたのか黒い煙が噴出し、目玉があるべき場所から飛び出している上に、その虚穴からも黒煙が噴き出していたからである。

 

 

「デメェ!!そいつに何じやがっだぁ!!」

 

 

メンバーの一人が嵐に向かって叫んだ。自分の仲間を一瞬でそんな風にしてしまった目の前のクソ野郎が許せなかったのである。

 

 

嵐は『キロネックス』の『特性(ベース)』を持った彼女をゴミを放り投げるかのようにドサリとその場に投げ捨てると、すっかり先程の嘲笑うかのような表情が引いた鋭い目付きで返答した。

 

 

「マーズレッドΔ(デルタ)

 

 

 

『マーズレッドΔ(デルタ)

 

二十年前の『バグズ二号』計画で用いられた『マーズレッドPRO』を(アラシ)が改良したもの。Δ(デルタ)とは化学式の反応式中においては加熱(・ ・)を意味する。

 

 

当然、改良のベクトルは火星のテラフォーマー達を殲滅する方向で進められており、一時期は今回の『アネックス1号計画』に運用される予定だったのだが、この薬品は重大な欠陥を孕んでいた。

 

 

「その薬品の理屈は『2種類以上の遺伝子』を持った生物の体内で急激な化学反応を起こして、急激に加熱するってもんだ」

 

 

(アラシ)は『マーズレッドΔ(デルタ)』が入ったスプレーを放り投げると、煙草に火をつけて解説を続ける。

 

 

「テラフォーマー(ども)には勿論通用するが……その理屈だとお前ら『MO手術』を受けた人間にも通用しちまうって訳だ。まだまだ改良の余地があるわな。って訳でよ」

 

 

言い終えた後に、(アラシ)はポイと懐からプラスチックの容器を取り出して『(イン)』のメンバーの中心に投げ入れた。それは『バルサン』と呼ばれる殺虫剤の容器にも似たモノであった。

 

 

「サンプルになってくれや」

 

 

「全員それ(・ ・)から離れてぇ!!」

 

 

女性メンバーが叫んだ時にはもう遅い。

 

 

容器の中から勢いよく『マーズレッドΔ(デルタ)』が噴出され、『(イン)』のメンバーに襲いかかった。(ミスト)状の薬品は瞬く間に辺りへと広がる。

 

 

「カ……(ハァ)……」

 

 

嘔吐していたせいで逃げ遅れた一人は一瞬で体内が焦げついてしまう。

 

 

「イ゛ッデェ……!ガッ……ァア……(ァアアア)……」

 

 

「……リボルバーは取り回しいいから好きだぜ」

 

 

一人は逃げている最中に(アラシ)にリボルバー式拳銃で足を撃ち抜かれて歩行能力を失い、あっという間に『マーズレッドΔ(デルタ)』に呑み込まれた。

 

 

残り3人。

 

 

2人のメンバーはその場から離脱することに成功したが、1 人は微量の『マーズレッドΔ(デルタ)』を吸い込んでも構うことなく嵐に突っ込んだ。

 

 

先程『キロネックス』の女性を(アラシ)が殺害した時に激昂していた青年だ。その瞳からは涙を流し、嵐に殺意に満ちた睨みを利かせている。

 

 

(コロ)シテ()()!!」

 

 

「……もしかしてこの女に惚れてた?お前?」

 

 

嵐はストッキングを履いた左手で『キロネックス』の『特性(ベース)』を持った女性の触手をおもむろに持ち上げた。それがより一層彼を激情に駆り立てたのか、彼は自らの『特性(ベース)』を用いた攻撃を嵐に仕掛けた。

 

 

特性(ベース)』:『クロオオアリ』

 

 

『帝恐哉』のランキングを偽装する際に用いられた蟻の一種で、一見何の突出した点がないスタンダードな種の蟻である。しかし、あまり知られてはいないが一つだけ他の蟻と比べると特異な点があった。

 

 

蟻ならば大抵の種が持ち合わせている化学物質『蟻酸』。他の種の蟻は他にも驚異的な武器が存在する為にこれを用いることはないが、他に目立った武器がない『クロオオアリ』はこれを多用することで有名だ。

 

 

どんなに才能がないバスケットボール選手であろうとも、三年間毎日シュートを続けていれば安定したシュートを放つことが出来るようになる。

 

 

それと同じこと。

 

 

何も持たざるこの蟻は、誰もが持ち得る技術を磨き続けた。結果、それが彼を決して右に出ることがない『蟻酸』の射手へと変えた……!!

 

 

『クロオオアリ』:『蟻界の勤勉家』

 

 

 

「クロオオアリは蟻酸が得意。知ってるぜ?」

 

 

しかし、(サクラ)(アラシ)は知っていた。彼自身が勤勉に生物学の知識を学び続けてきたことに加えて、娘にせがまれて毎日ぶ厚い『いきものずかん』を読み聞かせてきたのだ。

 

 

故に彼はどの生物がどう凄いのか知っているし、『ベース生物』の力を悪用する彼等を見下すことはあっても、どんな生物だろうと嵐は一度も見下したことがない。故に、彼は油断して意表をつかれるなんていうマヌケなことにはならない。

 

 

「はいはい。バリアーバリアー、っと」

 

 

(アラシ)は彼が『蟻酸』を放つ寸前に、『キロネックス』の彼女の死体を盾にした。

 

 

結果、ただでさえ悲惨な状況になっていた彼女の死体に酸性の液体がかかり、彼女の顔面を溶かしてしまう。

 

 

「ゥワ゛ァアア!!」

 

 

微量の『マーズレッドΔ(デルタ)』を吸い込み、焼き(ただ)れた喉で彼は絶叫した。

 

 

いつかは叶うかもしれなかった、淡い恋心を抱いていた大切な仲間の遺体を自ら滅茶苦茶にしてしまったのだからショックを受けるのも当然かもしれないが、少なくとも(アラシ)を目の前にして一瞬でも彼は立ち止まるべきではなかった。

 

 

「おいおいおいおい。嫁入り前の体にエラいことしてくれたな?責任取ってやれよ色男?」

 

 

嵐は『キロネックス』の彼女の死体を『クロオオアリ』の彼に向かって〝ドン〟と倒した。

 

 

彼女の死体が彼の胸の中に飛び込み、反射的に受け止めた瞬間のことだった。『キロネックス』の毒針が彼に一斉に突き刺さり、彼の中に大量のボツリヌス菌が注入された。

 

 

「……ッ……ハ……?」

 

 

彼は不思議そうに腕の中で眠る彼女に目をやった後、(アラシ)へと目をやる。

 

 

「ああ。『キロネックス』の刺胞は死んだ後も機能するから暫く触るなよ。死体に悪戯半分に触って自分も死体の仲間入りなんて無様(ブザマ)だろ?

  なぁ。なんちゃって彼氏君?」

 

 

それを聞き終えた途端に倒れた『クロオオアリ』の男性に、(アラシ)は焼香代わりに煙草を投げ捨てると、残った二人の元へと足を運ぶ。

 

 

プラスチックの容器から噴出していた『マーズレッドΔ(デルタ)』はもう止んでいた。

 

 

「よくも……よくも(みんな)をやってくれたわね……!」

 

 

「絶対に許さねぇ……この外道が!!」

 

 

女性一人に、男性一人。

 

 

女性の方の『特性(ベース)』は『ハチドリ』。

 

 

毎秒(・ ・)約70回羽ばたくことが出来る、驚異の筋力を持った世界最小6cmの鳥。それを人間大にすればどうなるか。答えは言わずもがなである。

 

 

男性の方の『特性(ベース)』は『オオゾウムシ』。

 

 

『クロカタゾウムシ』には一歩及ばないが、ピンが刺さらないという逸話を打ち立てるには充分すぎる程の強度を誇る。人間大にすれば銃弾を受けても平気な強度になる筈だ。

 

 

「……あ、やべぇかもな」

 

 

(アラシ)はポリポリと頭を掻いて呟いた。さっきは咄嗟のことだったのでその考えに至る余裕はなかったのかもしれないが、『ハチドリ』の羽ばたきで『マーズレッドΔ(デルタ)』を吹き飛ばし、リボルバーの銃弾は『オオゾウムシ』の甲皮で弾き返すことが彼等には可能なのだ。

 

 

その事実にもう彼等は気付いてしまっているのかもしれない。

 

 

「デメェはもう何も出来ねぇ!!」

 

 

そう予測した矢先、この一言。どうやら間違いなく気付いてしまっているようだ。状況は最悪。

 

 

「アンタが私達の仲間にしてくれたようにアンタもぶっ殺してやる!!」

 

 

どうやら相当相手の怒りを買ってしまったようだ。自分やシルヴィアがいつもやっているように、そして彼等『(イン)』が任務上いつも行っているように容赦なく、相手の事情など一切(いっさい)合切(がっさい)関係なく自分を始末するつもりだ。

 

 

ただの人間(・ ・ ・ ・ ・)ごときが調子に乗りやがって!!」

 

 

何も言わずにそのまま殺しにかかっていればいいものの、 目の前の男は(アラシ)の触れてはいけない部分に触れてしまった。

 

 

適合する生物(・ ・ ・ ・ ・ ・)がいなかったですって!?どうせ手術を受けるのが恐かっただけでしょ!この臆病者!だからそんな卑怯な道具を使って戦ってるんでしょうがこのチキン野郎!!」

 

 

順調に。彼と彼女は(アラシ)の心を抉り取っていく。

 

 

「テメェだけじゃねぇ!テメェの家族(・ ・)も探し出してぶっ殺してやる!!」

 

 

「そうよ死んで当然だわ!アンタみたいな奴の子供(・ ・)奥さん(・ ・ ・)!!」

 

 

彼等の気持ちも解らんでもないが、彼の逆鱗に触れる前にさっさと撤退すべきであった。

 

 

「テメェは自分の大切なモノを何一つ守れやしねぇままくたばるんだ!今ここでぇ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

『適合するベースがいなかったんだ。

         うん、仕方ないよ!』

 

 

『そういう運命だったんだよ。泣かないで?』

 

 

 

『それにまだ死ぬなんて決まってないよ。2人を遺して死ぬもんですか!』

 

 

 

 

─────唯香のことお願いね、(アラシ)君?

 

 

 

 

あの子のこと、

 

 

  独りぼっちにしないであげて

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

───────────

 

 

 

 

唐突だが仮に全ての生物を人間大に揃えた際、最強の生き物は何かと聞かれたら、貴方は何と答えるであろうか。「昆虫が人間大になったら重力で潰れる」「無知乙ですわ」などという野暮な意見は忘れて欲しい。

 

 

「スズメバチ」「シオヤアブ」「オオエンマハンミョウ」「パラポネラ」「ミイデラゴミムシ」「ニジイロクワガタ」「オオミノガ」「デンキウナギ」「アシダカグモ」「オウギワシ」

 

 

「 ゴ キ ブ リ 」「ハムスター」「わんちゃんですわ」「にゃんこだぞ」

 

 

様々な意見に別れるだろうが、それでいい。正解などありやしない。

 

 

私は何が最強だと思いますかと聞かれれば、面白味のない回答だと思われるかもしれないが人間と迷わず答えるだろう。大きさというハンディキャップを排除したとしてもだ。

 

 

何故ならば、人には2つの強さが備わっている。

 

 

1つは『知恵』だ。『デンキウナギ』の力を持つ男の言葉を借りるならば、どんなに怖くても事前に恐怖を知り、自覚し、対処する『特性( ち か ら )』。

 

 

2つ目は『意思』。それは祈りであり、想いでもあり、愛情でもあり、友情でもあり、親愛でもあり、悲しみでもあり、怒りでもある。

 

 

様々に形を変えて私達の身の周りを取り巻いているこの『特性(ち か ら)』は、時に『知恵』だけでは対処出来ない問題(トラブル)を強引に突破する力を持っている。

 

 

片方だけでも厄介だが、両方が揃えば人間は手が付けられない生物となる。

 

 

(イン)』の彼等は、それをやってしまった。

 

 

只でさえ(アラシ)の『知恵』は驚異だというのに、彼の心をつつく発言ばかりを繰り返したものだから、彼の中の強い『意思』にも火を灯してしまった。

 

 

結果、それがシルヴィアが来るまで一時撤退を考えていた(アラシ)の足を止め、無謀にも彼に立ち向かわせる『意思』を与えてしまう。

 

 

彼の主要武器では太刀打ち出来ないとわかっているのに、それでも立ち向かうのは無謀な試みであると思うだろうか?

 

 

まさにその通りだ。しかし、何も持たぬただの人間の身でありながら恐怖(ばけもの)に立ち向かったのは、歴史上彼だけではなかった。

 

 

42年前の『バグズ一号(・ ・ ・ ・ ・)』にもいた。

 

 

『ジョージ・スマイルズ』という青年が、いた。

 

 

 

 

「来いよ!反撃してみろや!!仲間達の数倍酷い死に方させてやっからよぉ!!」

 

 

 

 

──────────圧倒的な戦力差

 

 

 

 

「ただの人間(ゴ ミ)の癖に…!私達に弓を引いたことを後悔しなさい!!」

 

 

 

 

─────────虫の様に潰されるのは人類

 

 

 

 

       だ

 

       が

 

 

 

 

「オレ達が人間(ゴミ)ってか、『MO手術者(ば け も の)』」

 

 

 

 

 

───────生き物は時に自分より明らかに弱い相手に恐怖を抱くことがある

 

 

 

 

 

          ──┐

          (オレ)

          (たち)

          を

          ナ

          メ

          る

          な

         └──

 

 

 

 

 

(アラシ)が放ったその言葉。それは奇しくも、ジョージが42年前に放った言葉と一言一句違わなかった。

 

 

その言葉が放たれると同時に、嵐の手から彼自身の叡知の結晶が放たれた。

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

─────────────

 

 

 

 

夜空を見上げながら佇む(アラシ)を見つけると、シルヴィアはトテトテと後ろから歩み寄って背伸びした後、(アラシ)の目を後ろから手で覆った。

 

 

「問題です。私は誰でしょう」

 

 

「……夜遊び好きの蝙蝠(コウモリ)娘」

 

 

「フフ。正解です」

 

 

シルヴィアは嵐からパッと手を離すと、目の前に転がっている二つのモノに目を移した。

 

 

「……おやおや。使ってしまったんですね」

 

 

「ムシャクシャしてつい、な」

 

 

煙草をふかしながら返答した。まるで犯行動機のような言い草だが、あれだけ自分の人格だけでなく、人間そのものまで馬鹿されると彼には抑えが利かなかったのである。

 

 

「ウ、ワ゛ァ゛アア゛ア」

 

 

「アタジタヂノカラダニナニジダノ!!」

 

 

彼等は『ベース生物』と『人間』が入り交じったような、通常の『過剰接種』ではこう(・ ・)はならないであろう珍怪な姿へとその身を変えてしまっていた。

 

 

彼等が覚えていることと言えば、(アラシ)はリボルバーを投げ捨てた後に懐から銃にも似た何かを取り出したかと思えば、それを二発発射したこと。

 

 

最初、それは普通の銃弾だと思い込み『オオゾウムシ』の『特性(ベース)』を持つ彼はそれを弾いてやろうとした。しかし、一射目が甲皮に食い込んだ瞬間、何かが凄まじい勢いで注入されていき、彼はまともに立つことすらままならなくなりダウン。

 

 

強靭な盾を失った『ハチドリ』の彼女にもそれはヒットし、彼女もダウンした途端、二人の身体は凄まじい勢いで変異していった。

 

 

「……種が知りてぇか?まぁ冥土の土産に教えてやるか」

 

 

嵐が取り出したのは、彼専用装備である

 

感 染(インフェクション)

 

 

黒い銃の形をしたこの医療器具(・ ・ ・ ・)は、自動拳銃(ピ ス ト ル)であれば本来マガジンを装填する場所に『液体(やくひん)』を装填し、回転式拳銃(リ ボ ル バ ー)であれば弾倉にあたる部分には、弾丸ではなくカプセル型の小型注射機が装填されていた。

 

 

要するに自動拳銃(ピ ス ト ル)回転式拳銃(リ ボ ル バ ー)が入り混じった造形であると思って貰っていいが、目の前の彼等が聞きたい事柄はそこではない筈だ。

 

 

何の『液体(やくひん)』を『弾丸(カプセル)』に注入して発射したのかだろう。

 

 

「『M.O.D』。免疫(・ ・)寛容(・ ・)器官(・ ・)破壊(・ ・)()

 

 

M……Mosaic(モザイク)

 

O……Organ(オーガン)

 

D…… Destruction(デストラクション)

 

 

(アラシ)が開発したこの『薬剤』は、(ラハブ)が与えた進化を破壊する為に生まれた。

 

 

免疫寛容器官(モザイクオーガン)とはそもそも、人体の『免疫細胞』が他の『生物の細胞』を拒絶するのを防ぐ緩和剤のようなものであることを思い出して欲しい。

 

 

嵐は人体の『免疫細胞』と『他の生物の細胞』を各々過剰に活性化させる2種の『薬』を注入することにより、それ(・ ・)を破壊しようとした。

 

 

つまり簡単な話、免疫寛容器官(モザイクオーガン)許容範囲(キャパシティ)を大きく越える程に二種の細胞を暴走(オーバーロード)させ機能を瞬時に停止させるという試みである。

 

 

免疫寛容器官(モザイクオーガン)が停止してしまえば、後は人体の『免疫細胞』が拒絶反応を起こすことに加えて、『他の生物の細胞』が人体を蝕み、必ず『MO手術者』を死に至らしめることが出来る。

 

 

しかし失敗した。

 

 

無理もない。相手は「選択的免疫寛容能力」、【自分たちにとって都合の良い物質には免疫能力を発揮しない、体から排除しない】というあまりにも優秀で、柔軟性を持った夢の器官。

 

 

いくら『免疫細胞』を暴走させたところで、許容範囲(キャパシティ)内。最初(ハ ナ)から無理な話だったのだ。

 

 

長い年月をかけて生まれてきたであろう(ラハブ)意思(システム)を、たかだか四十五年の人生を歩んできただけの(サクラ)(アラシ)が壊そうなど、愚かとしか言い様がない。

 

 

しかし抜け道はあった。

 

 

人体は危機に瀕した時、生体活動を停止させない為に活発に動き出す。

 

 

『免疫細胞』がやる気を出さないのであれば、尻に火をつけてやればいい。

 

 

『免疫細胞』の何割かを一瞬で死滅させるウイルスも薬剤に混ぜてやればいい。

 

 

そのウイルスの正体は『H I V(エ イ ズ)』と呼ばれているもの。『免疫細胞』を破壊するこのウイルスの品種改悪(・ ・ ・ ・)を繰り返し、人体の『免疫細胞』の三割方を一瞬で死滅させる凶悪兵器へと嵐は作り変えてしまった。

 

 

つまり『M.O.D』のシステムは、

 

 

1、ウイルスが『免疫細胞』の三割を破壊し、あまりにも急激な変化に『免疫細胞』は暴走を開始

 

2、二種の薬品により『免疫細胞』はより活性化、『他の生物の細胞』も過剰な程に活発に

 

3、負荷に耐え切れなくなった免疫寛容器官(モザイクオーガン)は焼き切れた回路のように機能を停止する

 

 

というものである。

 

 

以上の説明を聞き終えた後、目の前のグロテスクな姿へと姿を変わってしまった二人組は嗚咽混じりに(アラシ)を睨んだ。

 

 

「アンダ……アグマ(あ く ま)ヨ゛…!」

 

 

「エ゛イ゛ズダド?ブザゲルナ!!」

 

 

彼等から飛び交う罵詈雑言を、嵐とシルヴィアは淡々とした表情で聞き流した後に黙々と薬品を調合し始めた。嫌な予感がゾワリという悪寒と共に二人の間ではしった。

 

 

「ナ゛二……ヤッ゛デンノヨ」

 

 

「ん?お前らの骨一つ肉一つ残さない薬品を調合してんの。『M.O.D』はごく一部の奴にしか知られてない極秘の薬品だからな。現場処理班の連中にも見せる訳にもいかねぇのよ」

 

 

「博士がそれ(・ ・)を最初から使ってなかったのはそのせいですよ。いくら悪人とゴミクズと言えども遺族の元に骨の一片も送れないのは良心が痛みますからね。(後処理も面倒ですし)

 

 

異形に成り果てても尚、嵐への怒りで頭に血が登っていた2人から血の気がサッーと引いた。嫌だ。それだけは、嫌だ。

 

 

「「ヤ゛メテグダザイ」」

 

 

「火星でこれから命懸けの戦いに臨む『アネックス一号』の方々と現在進行形で死に物狂いで戦っている『地球組』の皆様全員に土下座して謝ったら考えて差し上げますよ?」

 

 

「それに加えてテメェらの勝手な都合で人生引っ掻き回された連中を蘇生してくれたらな」

 

 

無茶な要求を突きつける2人。それはつまり、もう絶対に許さないと言ってることも同然だ。

 

 

「デメエラ゛……ロ゛クナシ゛ニカタ(・ ・ ・ ・)ジネェゾ!ゼッデェニ゛ナ!!」

 

 

「イツ゛ガバチ(・ ・)ガア゛タルワ!!」

 

 

聞き終えたところで、嵐とシルヴィアは『薬品』の調合を終えて証拠隠滅の準備を整えた。二人は目の前の二人とは対照的に静かに口を開く。

 

 

「そうですね。確かに私達は外道です」

 

 

「それでもこの汚れ仕事(・ ・ ・ ・)は誰かがやんなきゃなんねぇんだよ」

 

 

「ヴルゼェ!サバキガク゛ダル!!」

 

 

「そうでしょうね。いつか報いを受ける時が来るでしょう。ですがそれは今宵(・ ・)でもなければ」

 

 

「オレらに手を下すのはテメェ(・ ・ ・)らでもねぇ」

 

 

嵐とシルヴィアが液体を垂らすと、『(イン)』の二人は悲鳴を上げる間も与えられずに、みるみるその場に溶けてしまった。

 

 

それを見届けた後、『掃除班(スイーパー)』の二人は闇の中、次の戦場へと足を運ぶ。まるで血の臭いを嗅ぎつけた狼男(ライカン)吸血鬼(ヴァンパイア)の如く。

 

 

「行くぜシルヴィア。『ダンテ・マリーナ』に乗り込んで花琳をとっ捕まえるぞ」

 

 

 

「待っていなさい、ケーキバイキング」

 

 

 

「…………おい」

 

 

 

「勿論ジョークですよ、多分。フフ」

 

 

 

 

 

 








今回登場した生物or人物でリクエストして頂いたもの


・ブルドックアント

感想欄でもメッセージでもTwitterでもこの生物を出して欲しいというリクエストを受けた生物。他作品でも引っ張りだこなハイスペック殺人鬼。今後活躍しますな。



・百城忍(ペルビアンジャイアントオオムカデ)

三崎遼平さんが投下する予定だった小説の主人公を託されましたのでありがたく受け取らせて頂いた貰い物。イザベっても構わないということでしたのでシルヴィアが頭パーンさせて頂きました。


キャラのルックス、喋り、戦い方等は特に記載がなかったので私の方で勝手に改造させて頂きました。また、生物の説明文も送って頂いたものを使用出来ずに申し訳ありません。三崎さん本当にアイディアの提供をありがとうございましたm(__)m



・キロネックス

これまた他作品で使われてる生物。本来あんなにあっさりやられていい生物ではありません。嵐とは相性が悪すぎましたね。



それでは皆さん、また次回お会いしませう(^-^)/




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