LIFE OF FIRE 命の炎〔文章リメイク中〕   作:ゆっくん

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ジョーカー【役割】

joker,Joker


洒落や冗談で周りを楽しませる人物、道化といった意味を持つ。また、トランプにおいて度々最強の札として扱われることから、切り札という意味で使われることもある。






地球編 第二部
第二十五話 ZERO ローマの狂日


 

 

 

 

時刻AM:0:00。

 

 

上空:30,000フィート、ローマ連邦首脳専用プライベートジェット内にてローマ連邦首脳、ルークは膝の上に乗せた植木鉢を訝しげに見つめる。

 

 

「………………」

 

 

面倒くさいものを押し付けられたと言わんばかりに、蓄えた顎髭を撫でながら溜め息を吐いた。

 

 

「……エドに押し付けられたのですか?」

 

 

彼の傍らに控えていた女性秘書は、今更ながらルークに尋ねた。機内に搭乗する前から気になってはいたのだが、ローマ連邦を束ねる首脳が植木鉢を持って機内に搭乗する姿など前代未聞だ。

 

 

周囲からは相当シュールな光景に映っただろう。

 

 

このような珍妙な贈り物をルークが投げ出さず、大切に抱えさざるを得ない状況(シチュエーション)を生み出すことが可能な人物といえば、ルークが『PROJECT』で貸しを作った『中国』首脳が思い浮かぶ。

 

 

しかし、彼がこんな珍妙かつ素朴な贈り物をしてくるとは思えない。となれば、容疑者は絞り込まれてくる。

 

 

ルークが頭が上がらないもう一人の人物といえば、『PROJECT』の被験者かつ『地球組』の新規メンバーである『エド』だ。

 

 

権力的にはルークの方が遥かに上だが、『エド』が相手となるとタジタジだ。なんというか、調子が狂わされる。

 

 

天然で人当たりが良いというだけならば良いのだが、彼は嘘をつくことに関しても達者なのである。それがルークを度々困らせた。

 

 

「ああ、お察しの通りエドの野郎から貰ったっつうか……半ば強引に押し付けられた」

 

 

ルークは、植木鉢を持ち上げてまじまじと見つめた。植えられている植物は『シロガネヨシ』。イネ科の植物で【強気な恋・寛大な愛・光輝・人気】という花言葉を持つ。

 

 

そして何より、

 

 

「……イテッ!!」

 

 

 

 

──────よく()れる。

 

 

 

 

「チックショ……」

 

 

ルークは、シロガネヨシの葉で軽く切った自らの指先をパクリと唇でくわえる。

 

 

この成長すれば2mにもなるお化け植物を、エドはジョセフに似てるから大切にしてやってくれという理由で自らに押し付けてきた。

 

 

ベース生物的な意味は抜きにしろ、花言葉といい特徴といい確かに似ている。しかし、これをジョセフ、つまりはジョーに見立てて大切にしてくれなどという要求には溜め息しか出ない。

 

 

早くも主人にミニクーデターを起こしてきたこの植物を、ルークは可愛がる気にはなれなかった。

 

 

「……エドにとって、ジョーは大切な友人なんですね」

 

 

秘書は事情を察したのか、くすりと笑った。

 

 

「わかんねぇもんだな。あいつらって合わなそうなもんだけどよ」

 

 

2人の性格や見た目を比較してみると、恐ろしい程に正反対だった。マッチョの伊達男(ジョセフ)と、女装させれば女と間違われそうななよなよ優男(エ ド)

 

 

両者の共通点といえば天然な性格と、女受けする顔付き、『両者の存在が共に反則に近い点(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )』ぐらいではないだろうか。

 

 

ローマの利権はそこだ。日本が膝丸燈とクーガ・リーを手中に納めていたとしても、ローマはそれの抑圧すら可能な存在を『火星』と『地球』にそれぞれ持っている。

 

 

今回の『テラフォーミング計画』、いざとなれば強引に主導権を奪うことだって出来るのだ。

 

 

他の国に敵対視されるが故にこちらから積極的に仕掛けにいくことなどないが、いざとなればそれが可能、という事実が他の国に対する抑止力となっている筈。

 

 

故に成果が出せなければナメられるし、見くびられる。それだけは阻止しなければならない。

 

 

「…頼んだぜ、優しくねぇ優男さんよ」

 

 

ルークは静かに祈る。今頃、任務をこなしているであろうエドに向けて。

 

 

 

 

 

 

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─────────

 

 

 

 

 

 

 

───────12時間前

 

 

 

 

時刻:PM00:00。

 

 

 

 

U─NASA専用車両から容姿端麗な青年が姿を現した。クリーム色の天然パーマ気味の髪は、風に吹かれて静かに揺れる。

 

 

「山奥の空気は美味しいって話、本当だったんですね」

 

 

降り立った先の大自然を満喫するかのように松葉杖で軽く地面を叩き、空気を深く吸い込んで大気を存分に堪能した。

 

 

ローマ連邦所属 〔 エドワード 〕

 

 

戦力の大半を失った『地球組』の新たな構成員として彼は本日付けで『地球組』に配属された。そして、正式に『地球組』の本拠地に指定された『テラフォーマー生態研究所第4支部』にたった今到着した次第である。ここで、本日から彼の新生活が始まる。

 

 

ここ( ・ ・)のことならなんでもきけよ、しんじん」

 

 

空港からの運転手を勤めていた美月レナは、早速新人であるエドに先輩風を吹かせている。

 

 

彼女もここに住まいを移してから日が浅い筈だが、その物言いはまるでこの研究所の主だ。

 

 

「はい!レナさん!!」

 

 

「ふっふっふっ。くるしゅーない」

 

 

アホの子レナは、エドという生まれて初めての下っぱを得て御機嫌の様子だ。

 

 

そんなレナに反して、エド表情は心なしかどこか浮かばない。いや、顔は相変わらず笑顔のままなのだが、陰りがどことなく感じられなくもない。

 

 

「 ? どーしたしんじん?」

 

 

レナはそれを機敏に感じ取ったのか、エドにふと尋ねた。彼は少しの間口をつぐんだ後に、ゆっくりと口を開く。

 

 

「……僕のこと、最後まで信じてくれますか?」

 

 

何の前触れもなく、突如放たれたその言葉にレナは首を傾げる。

 

 

エドの言っている言葉が何を示すのか、どういう意図が裏にあるのかレナには理解出来なかった。

 

 

ただ、どこか切なげなエドの表情からして軽い気持ちで自らに尋ねた訳ではないことはわかった。

 

 

「わかった。しんじてやる」

 

 

レナがそう返すと、エドはほっとしたように胸を撫で下ろした後、深々と頭を下げた。

 

 

「……ありがとうございます」

 

 

「ただし〝さけるちーず〟をときどき わたしにけんじょー しろ。もし〝さけないちーず〟を かってきたら ぱんち が おまえにとぶぜ」

 

 

「ええ!?」

 

 

 

 

 

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レナに理不尽な契約を結ばされたところで、エドは震える手で研究所のインターホンを押した。

 

 

これから上手くやっていけるだろうか。受け入れて貰えるだろうか。エドの胸はそんな期待と不安でドキドキと胸が高鳴る。

 

 

「げんきよく あいさつするざますよ、しんじん」

 

 

レナの言葉にエドはこくこくと頭を頷かせた後、すぅと深く息を吸い込んで呼吸を整える。

 

 

丁度その時、ドアがゆっくりと開いた。レナに言われた通り元気よく挨拶しようとした瞬間、エドの表情は凍りついた。

 

 

なにせ、

 

 

「じ、ぎぎぎぎ」

 

 

「じょじょう!!」

 

 

応対してくれたのが〝二人〟のテラフォーマークローンだったからである。

 

 

スキンヘッドのテラフォーマー『ハゲゴキさん』並びに、ノーマルタイプのテラフォーマー『ゴキちゃん』である。

 

 

この『テラフォーマー生態研究所第四支部』では、人間とテラフォーマーの共生が可能か否かの実験も平行して行われている。故に、この二人の存在はエドも耳にしていた。

 

 

しかし、予期していたとはいえどもこうして面と向かってみるとコミュニケーションをどうとっていいかわからない。

 

 

「しんじん、あいさつせんかい」

 

 

「えっえっ…あの…その」

 

 

そうは言われても、どう挨拶すればいいかエドにはわからなかった。しかし、後ろで佇んでいるレナは足をパタパタとさせて待ちくたびれている。やるしかない。

 

 

「え、えーと!じょう!じょじょじょう!じょうじじょうじ!!」

 

 

「じぎぎぎぎ」

 

翻訳『こいつ頭おかしいんじゃねぇの』

 

 

「じょじょうじ!!」

 

翻訳『いやオレらに合わせようとしてくれてるんだからそういうこと言うなや!!』

 

 

エドの咄嗟のアドリブに、テラフォーマー二人も困惑してる。レナはふぅと溜め息をついてエドの肩を叩いた。

 

 

「しんじん、こーいうときは〝こんにちわ〟だぞ。じょーしきをしらないのか」

 

 

「無茶振り激しいなお前。ついでに言うとお前にだけは常識語られたくねーからな」

 

 

レナがエドにマナーがなんたるかを語りだした途端に、間髪入れずにツッコミが入る。そしてその声の主の掌がレナの頭にポスンと置かれた。

 

 

その声の主は、もうじき『地球組』の正式な小隊長となる予定のクーガ・リーであった。五日前の『シュバルツ・ヴァサーゴ』との対決の傷はまだ完全に癒えてないらしく、包帯が胸板や腕に巻かれていた。

 

 

「よっ、エド」

 

 

「あ…お久しぶりです!クーガさん!!」

 

 

ペコリとエドが会釈すると、クーガも軽く会釈しようとする。しかし、シュバルツとの戦闘で全身を痛めていたせいか腰を曲げた途端に痛々しい音が鳴り響いた。

 

 

「あぐぐぐぐ!!」

 

 

「あっ!無理しないで下さいよクーガさん!」

 

 

「くーがおじーちゃん」

 

 

「じょぎぎぎぎ!!」

 

翻訳『どうせ昨晩のお楽しみで痛めたんだろ』

 

 

「Fuck you ハゲゴキさん!!あ、ゴキちゃんエドにお茶の用意をして貰っていいか?」

 

 

クーガの言葉にゴキちゃんはコクリと頷くと、トコトコとキッチンに向かってお茶を淹れにいった。

 

 

一方のハゲゴキさんはというと、クーガに向かって舌を出して悪態をついた後に中指を立て、自室へとクーガへの復讐(逆ギレ)プランを練りに戻った。

 

 

先程まで自分がコミュニケーションに四苦八苦していたテラフォーマーと、こんなにも簡単に意志疎通を行っている。

 

 

そんなクーガの姿に、エドは呆気に取られて眼鏡がずり落ちるという昭和リアクションを見せた。

 

 

「ふるいぞしんじん」

 

 

「新人をいじるのはそのへんにしとけよレナ。エド、中に入れよ」

 

 

「あ…はい!!」

 

 

エドは研究所の敷居に足を踏み入れる。中を見渡せば、研究所とは思えない小綺麗な内装が視界に広がった。

 

 

「……うわぁ、広くて大きくて綺麗ですね!」

 

 

()(そりゃU─NASAもこんな)(不便な山の中にオレらを)(放り込んだから多少の罪悪感も湧いて)(施設もデラックスにしてくれるわな)()

 

 

「………え?」

 

 

「いや、何でもねぇさ!」

 

 

物凄い小声でクーガがU─NASAへの負の怨念を囁いたような気がしたのだが、どうやら気のせいだったらしい。

 

 

いや、気のせいだったと自分に言い聞かせてエドはリビングへと歩みを進める。

 

 

すると、賑やかな声が聞こえてきた。

 

 

「あ、あたくしのよっすぃ~が敗北するなんてあり得ませんわ!!」

 

 

「えっへん!私のぺかちゅー強いでしょ!」

 

 

「も、もう一勝負だけして下さいまし!!」

 

 

「ふえっ!?でも出迎えに行かないと…」

 

 

「あ、あの~…」

 

 

エドが気まずそうに声をかけると、ゲーム機にかぶりついていた2人の女性は一斉にコントローラーを放り投げて姿勢を正した。

 

 

「きょ、今日からエドさんも含めて皆さん5、5人の『サポーター』になりまひゅ桜唯香れす!」

 

 

小学生の初めての作文の如くカミカミになりつつも、必死に自己紹介してるこの女性は桜唯香。U─NASAでも指折りの科学者で、『サポーター』の中で唯一裏切らず(・ ・ ・ ・)に生き残り、数々の事件の解決に助力してきたことを高く評価され『地球組』構成員の総括『サポーター』に任命された。

 

 

最も、クーガを始めとする5人のメンバー全員が人格的に問題無しと判断された為に監視義務は存在せず、定期的な監査報告だけでいいという以前よりも緩和された役割ではあるが。

 

 

「あああああたくしはよっすぃ~・S・サンシャインですわ!!別にでんきねずみにたまごなんてぶつけてなくってよ!?」

 

 

そして、こちらの必死に取り繕いすぎて色々と自爆してるお嬢様はアズサ・S・サンシャイン。サンシャイン家のご令嬢にして、クーガを凌ぐ実力の持ち主だ。

 

 

2人ともゲームに夢中になってエドの出迎えに行かなかったのをよっぽど恥に思ったのか、頬を赤らめて俯いている。

 

 

「そんなにお気になさらないで下さいよ、ね!」

 

 

「うぅ…サンシャイン家の恥ですわ…」

 

 

エドがニコリと微笑むと、唯香とアズサは余計に深くヘコんでしまった。

 

 

そんな2人とは対称的に、ユーリ・レヴァテインはテラス部分で涼しい顔して葉巻を吸っている。そんなユーリの様子を見て、アズサはムッと睨んだ。

 

 

「もし!いくら顔見知りといえども貴方もエドに挨拶するべきではなくって!?」

 

 

「彼も長旅で疲れてるだろうから私は最後に挨拶しようと思ったのだが……いけなかったかな?」

 

 

「ユ、ユーリさんもアズサちゃんも落ち着いて!ね!?」

 

 

一触即発の2人を、唯香はなんとか宥めようとする。この二人は『集会』の日からあまり仲は良くなかったが、共同生活となると衝突の機会は顕著に数を増していった。

 

 

そんな中、クーガが2人の間に割って入る。

 

 

「はいはいそこまでだお前ら。折角エドが来た初日なんだから空気悪くなんないように楽しくやろうぜ。な?」

 

 

「……むぅ。確かにそうですわね」

 

 

「……些か無粋だったな。すまない」

 

 

クーガが声をかけた途端に2人は矛を納めた。その光景を見たエドの表情はほころぶ。やはりクーガはメンバーの信頼を得ており、リーダーとしての資質が充分に備わっている。

 

 

ユーリ(づて)に聞いたクーガの人柄信じて推薦して良かった。最も自分がクーガを信じたところで、クーガが自分を信じてくれるとは限らないが。

 

 

 

 

 

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PM:1:00。

 

 

エドの歓迎パーティーを兼ねた昼食を全員で楽しむことにした。勿論、テラフォーマー二人も含めて。

 

 

「そういやエドは学者なんだよな?」

 

 

ナイフとフォークを進めながら、クーガはエドに尋ねる。書類によるとエドの職業は学者となっていた。一体どの分野に精通しているのであろうか。

 

 

「ええ。助教授ですけども〝薬学〟を一応専攻してます!」

 

 

「やくがく?」

 

 

「お薬のお勉強のことですわよ、レナ」

 

 

「ほー、じゃあしんじんは〝えっちな〟おしごとをしてるんだな」

 

 

レナの爆弾発言に、ユーリとゴキちゃん以外の面子全員がむせ返った。

 

 

「ゲホッ!ゲホッ!薬学への先入観酷いな!!」

 

 

「だって」

 

 

「ケホッ!ケホッ!だってなんですの!?」

 

 

「くーがのへやにあった〝えっちまんが〟にかいてあった。びやく(・ ・ ・)をぬっておんなのひとにぺたぺたさわると『くやしー、けどかんじちゃう』ってなるんだぞ」

 

 

それを聞いた途端に、何人かが露骨にクーガから椅子を離した。

 

 

「ふざけんな!もう許せるぞオイ!!」

 

 

「ク、クーガ君だって年頃の男の子なんだから仕方ないよ!」

 

 

「じぎぎぎ」

 

翻訳『おっ、嫁が旦那を庇いだしたぞ』

 

 

ハゲゴキさんがジェスチャー付きで二人を冷やかすと、アズサとレナもそれに便乗した。冷やかされた二人は真っ赤になって「まだ正式にお付き合いしてない」だの「夜の営みはしてない」だの、いじられ過ぎて次々と自爆していった。

 

 

どうやらあれは当分続きそうなので、エドはユーリへと会話を振る。

 

 

「ユーリさんもここに来たばかりなんですよね?慣れましたか?」

 

 

「……いや。正直なところ未だに馴れないな。特にテラフォーマーとの意志疎通は課題だらけでね。彼らは人間の言語を理解出来るが、専用のジェスチャーを取得する必要もある。君もコツコツ勉強するといい」

 

 

ユーリはジェスチャーを自分なりにビジュアル化した資料をエドに手渡す。目を通してみると、非常に分かりやすい内容だった。これならば数日で基礎はマスター出来そうだ。

 

 

「ありがとうございます、ユーリさん」

 

 

ペコリと頭を下げるエドを見て、ユーリはふとある点に気付いた。

 

 

「……松葉杖はまだ取れないのか?」

 

 

『MO手術』をしてから数日の間は、身体にベース生物が馴染まずに暫くは歩行支援器具が必要なことは知っている。しかし、エドは手術の時期からそれなりに経過したと思うのだが。

 

 

「えぇ、まだちょっとかかりそうです。でも平気ですよ。僕の『特性(ベース)』は動く必要がない生物なので」

 

 

ユーリはエドのベース生物を思い起こす。確か書類によると、〝昆虫型〟であったような記憶があるのだが、果たしてどのような生物だったか。そのユーリが記憶を呼び起こしてる真最中に、ブザーが鳴り響く。どうやら来客らしい。

 

 

 

 

 

 

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PM:2:00。

 

 

訪れたのは、『地球組』臨時司令官である蛭間七星。何やらいつも以上に張りつめた面持ちだ。ただ事ではないだろう。

 

 

「〝趙花琳〟の行方が掴めた」

 

 

七星の口からその名前を聞いた途端、全員が目を見開く。

 

 

趙花琳。アズサとレナの元『サポーター』にして、テラフォーマー生態研究所第1支部長の肩書きを持っていた女性。そして、地球で起きた一連の騒動の裏で糸を引いていた人物でもある。

 

 

彼女を確保し、更には彼女の『依頼主(クライアント)』を見つけるのが『地球組』の最優先課題である。『アネックス1号』が火星に到着するまでの約2週間の間になんとしてもそれまでに決着をつけなければならない。

 

 

「……で、肝心の候補は?」

 

 

「これを見てくれ」

 

 

七星は机一面に地図を大きく広げた。アメリカ本土の地図だ。

 

 

「5日間のうちに包囲網を展開した。カナダとの国境は閉鎖、あらゆる国外逃亡ルートの検閲も相当に厳重なものになっている」

 

 

七星は空軍に所属している。陸は勿論、飛行機を用いての空からの逃亡ルートはほぼ絶望的であることぐらい花琳は百も承知の筈だ。と、いうことはだ。

 

 

「問題は海からの船を使っての逃亡だ」

 

 

船ばかりは、民間色が強く軍も介入しづらい。特にフェリーなどの大型船となると尚更だ。しかも港も空港と違って無数にあるし、強引な手を使えば搭乗口の検閲をすり抜けて艦内に簡単に紛れ込めてしまう。

 

 

この手を使われたらタチ悪いことこの上ないが、残念なことに自分達が思い付く以上、花琳は既にこの手を思慮しているとみていいだろう。

 

 

「可能性があるとすれば2つに1つのところまで絞り込めた。軍艦『ブラックホーク』と民間フェリー『ダンテ・マリーナ号』の2つだ」

 

 

「ふぇっ!?ぐ、軍艦!?」

 

 

「民間フェリー……ですの?」

 

 

2つの候補を聞いて凍り付く。片や軍の武装がそっくりそのまま残っているであろう軍艦、片や多くの人質がいるであろうフェリー。どちらも考えうる最悪の状況だ。

 

 

いや、軍艦の方が最悪かもしれない。フェリーなら潜り込めるだろうが、軍艦は潜り込んだところで炙り出されるのがオチだろう。

 

 

ということは、潜り込んだのではなくその場を制圧する程の勢力をもってして、軍艦を乗っ取ったのだろう。それに当然軍艦にも人質だって存在する筈だ。

 

 

「軍艦の状況に関しては衛星カメラで既に確認してある」

 

 

「それで…敵の戦力はどうなんだよ?」

 

 

クーガが尋ねると、七星は深く大きな溜め息を吐いた。

 

 

「『バグズトルーパー』が少なく見積もっても〝1000人程〟軍艦にのさばっているそうだ」

 

 

〝1000人〟という数値がクーガ達をどん底に追いやった。以前U─NASAが予測した五百人という数値を遥かに上回っているからだ。

 

 

正直なところ、軍艦は絶望的と言ってもいいだろう。千人の『バグズトルーパー』を始末し、その中から花琳を探しだすなど不可能に近い。

 

 

上手いこと潜り込んでゲリラ戦を仕掛けたとしても、それでなんとかなる戦力差ではない。

 

 

また、上手く花琳を捕まえて人質を救出することが出来たとしても、逃げてる最中に気付かれて軍艦の武装で沈められるのがオチだ。

 

 

武装を破壊出来ればよいのだが、簡単に破壊出来るものでもない。それに烏合の衆とはいえども『バグズトルーパー』達が破壊工作の最中に気付かない筈がない。

 

 

それに、各々の得意分野を鑑みてもそうだ。クーガは戦闘全般、ユーリは狙撃、アズサは面と向かっての決闘、レナは群がる雑魚を薙ぎ倒す乱闘が得意なタイプだ。

 

 

クーガなら爆弾を仕掛けることぐらいなら出来そうなものだが、〝その手のプロ〟(工 作 員)ではない。

 

 

それに、敵1000人を一網打尽に出来る人物など『地球組』の構成員と『アネックス1号』の搭乗員を含めても、たった一人しか心当たりがない。そしてその肝心の1人は地球にはいない。軍艦も人質を見捨てるのであればやりようはあるのだが、そうはいくまい。

 

 

八方塞がりだ。

 

 

「……私達が解決出来るキャパシティを越えてしまっている。 クーガ・リーはとても戦える状態ではないし、アズサ・S・サンシャインと美月レナも万全ではない」

 

 

ユーリは淡々と状況を分析する。彼の言う通りあまりにも状況は絶望的過ぎる。

 

 

七星も全くの同意見であった。こんな無謀な作戦で、四枚のエースカードを失う訳にもいかない。

 

 

今後も起こり得るトラブルを考えると、やはり今回ばかりは彼らを頼ることは出来ない。というよりも、最初から報告だけを予定していたのだが。

 

 

「とはいえ民間フェリーの方は私だけでも対処出来るかもしれません。司令、私が行きましょう」

 

 

「いや、ユーリ・レヴァテイン。そちらに関しては別動隊が対処する」

 

 

「……別動隊?」

 

 

ユーリがそれに言及しようとしたその時、エドが挙手した。

 

 

「僕1人で軍艦の任務に当たります」

 

 

七星とクーガ達の目は点になる。最初は冗談かと思ったが、どうやら違うらしい。

 

 

「……エド、冗談にしては笑えませんわよ」

 

 

1000人の『バグズトルーパー』の殲滅、人質の救出、花琳の捜索をたった1人で行うなどいくら彼の『特性(ベース)』が強力だったとしても不可能だ。

 

 

それに職業が学者で松葉杖をつき、単独任務の経験など無いに等しい彼に多くの人間の命を一度に奪えるとは思えないし、任務を達成出来る可能性など 0 に等しいだろう。

 

 

「そーだぞしんじん。〝いのちをだいじに〟が めーれーだ」

 

 

「確かに人質の命を救って任務を達成、なんて絵に描いた餅のような話に聞こえちゃうかもしれませんね」

 

 

エドは自ら言った言葉に苦笑する。しかし、

 

 

「僕は思うんです。憧れや絵空事って、立ち向かう勇気が湧かないから夢や理想のままで終わっちゃうんだって」

 

 

彼の瞳からは、強い意思は一度も失せていない。

 

 

「もしそれが神様に決めつけられた運命だとしても、僕は神様だって出し抜いてみせます」

 

 

 

 

 

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時刻PM:9:00。

 

 

太平洋沖、アメリカ軍艦『ブラックホーク』から2km離れた地点のモーターボートの船上。

 

 

エド、ユーリ、レナの3名はボートの駆動を止め、ライトを消して船上にて待機する。

 

 

エド自身の熱意と〝ローマの手柄を稼ぐチャンス〟という口車に乗せられたルークの推薦により、任務が決行されることになった。

 

 

クーガ、唯香、アズサは待機。ユーリはエドのサポート、レナがついてきた理由はエドが心配だったことと、先輩風を吹かせたかったからという二つの理由からのようだ。

 

 

「 しんじん だけじゃしんぱいだからな。わたしもふねにのりこむぞ」

 

 

「……私が船まで連れていけるのは1人が限界だ」

 

 

「こんじょーだせ ゆーり」

 

 

「君のような馬鹿力を私に求めないでくれないか…」

 

 

実行直前になって駄々をこね始めるレナに、ユーリは困ったようにぽりぽりと頬を掻く。いつもアズサのボディーガードを務めているせいか、誰かを守らずにはいられないのだろうか。

 

 

そんな時だった。それが当たり前であるかのように、エドは膝まづいた後にレナの手をそっと包み込んだ。ごく当たり前であるかのような習慣じみた動作に、レナもユーリは一瞬何が起こったのか理解出来なかった。

 

 

それもそうだろう。真面目が服着て歩いているような印象のエドが、こんなキザな真似するとは誰が思うだろうか。

 

 

「ほ、ほーほー、これが せくはら か」

 

 

流石のレナも動揺しているようだ。

 

 

「ありがとうございますレナさん。けどごめんなさい。船には僕一人で乗り込みます」

 

 

「なんでやんさ」

 

 

「女の子を危険な目に合わせたくない、ってベタな理由じゃ駄目ですか?」

 

 

歯の浮くような台詞をサラリと言ってのけたエドに、ユーリは思わず呆気に取られる。

 

 

『アネックス1号』のジョセフといい、目の前のエドといい、ローマ男児は全員こうも無自覚的に女たらしなのか?

 

 

ユーリが困惑している最中、レナもまた同様に動揺していた。エドの行動そのものが乙女系アニメの定番のような行動だったことに重ねて、女子力皆無のレナが女子扱いされること自体滅多にないので、非常に衝撃的だったのだ。

 

 

「うるさい。おまえはわたしのだんなか?だんな と おじょーさま いがいにそんなこといわれたくないぞ」

 

 

「そうですね。でもこんなに可愛い人が隣にいるんですよ?隣にいる間ぐらい危険から守らないと嘘ですよ。ね、ユーリさん」

 

 

「頼む。私にふらないでくれないか」

 

 

ユーリは心底迷惑そうに溜め息をついた後に『薬』を接種する。たちまち、ユーリの身体は『アンボイナガイ』の『特性』が発揮された姿へと変化する。

 

 

この生物自体は水中を回遊したりしないが、ユーリ自身はそれなりに泳ぎを得意としている。『特性』が発揮された状態ならば、夜の荒海の中でも軍艦に辿り着ける筈だ。

 

 

「それじゃあ行きましょうか、ユーリさん」

 

 

エドはレナから手を離してロープを手に取る。ロープを互いの身体にしっかり結び付けると、エドはユーリと共に海へと飛び込んだ。

 

 

そんなエドを目で追った後に、レナは携帯端末を取り出してアシストアンドロイドsiriを音声入力で起動する。

 

 

「おしえてsiri。せくはらされたらいくらとれるの」

 

 

『3000000円以下の罰金です』

 

 

「やったぜ。さんきゅーsiri」

 

 

悪態をつきながらも、レナの表情はどことなく緩んでいた。面と向かって可愛いと言われたことなど、あまり経験がなかった為である。

 

 

「しんじんはわたしに き があるにちがいない。わたしも つみな びっち(・ ・ ・)だな、ふふふ」

 

 

『もしかして:お世辞』

 

 

端末アンドロイドの返事が気にくわなかったのか、途端にレナは携帯端末を大海原に向かって投げ捨てた。

 

 

「さよならsiriたん32ごう」

 

 

『私が消えたとしても33、34のsiriがやってきますよ』

 

 

「いつでもこい。あいてになるぞ」

 

 

そんなやり取りを沈みゆく自らの携帯端末と繰り広げた後、今度は『地球組』専用の通信機が鳴り響いた。レナは渋々それに応答する。

 

 

「もすもす」

 

 

『おいエド!?返事しろ!!』

 

 

通信機からは、ややパニック気味の中年男性の声が鳴り響いた。聞き慣れない声の相手に、レナは首を傾げる。

 

 

「だれじゃきさまは」

 

 

『ああルークだ!ローマ連邦首脳の!』

 

 

「よくきけ るーく。すかいうぉーかーはふたりいる」

 

 

『俺はジェダイでもなけりゃレイアなんて妹もいねぇよぶぁぁぁぁぁか!!』

 

 

通信機の向こうのルークは、息を荒げながらレナを怒鳴り付ける。彼の頭を抱える様が目に浮かぶようだ。エドに緊急で問いただす件があった為に『地球組』に問い合わせた結果、太平洋に出張中ときたものだ。ようやく電波を捕らえて通信できたと思ったら、こんな電波な通信手が応答するとは思っていなかった。

 

 

『もういいアンタじゃ話にならねぇ!エドは!?もしくはロシアの兄ちゃんはいねぇのかよ!!』

 

 

「ふたりならもういったぞ」

 

 

『だっーもうっ!アンタでいいから用件を聞いてくれ!話すからよく聞いとけよ!!』

 

 

「それはほんとーか?」

 

 

『まだ始まりの〝は〟の 字 も言ってねぇよ!!』

 

 

ルークはレナによって怒り狂った自身の心を落ち着かせ、深呼吸した後に要件を語り始めた。

 

 

「……………む?」

 

 

それはレナすらも耳を疑ってしまう内容。エドが何故そんなことをしたのか、レナには全くの理解不能だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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同時刻

 

 

テラフォーマー生態研究所第4支部

 

 

 

 

「レナ1人で大丈夫ですしお寿司?」

 

 

「アズサちゃんがバグってる!」

 

 

オロオロと、アズサは右往左往している。アズサとレナは2人で1つ、ニコイチ的な所がある為に単独行動するレナが心配なのだろう。

 

 

「しかもあのユーリ・レヴァテインと一緒ですのよ!?きっと睡眠薬入りアイスティーを飲まされて昏睡させられてえっちなことをされてるに違いありませんわ!!」

 

 

「ユーリさんに偏見持ちすぎだよ!それとそんな性犯罪手法どこで覚えてきたの?」

 

 

唯香が問いただすと、アズサは真上の天井を指差した。原因は2階のとある部屋にあると言いたいのだろうか。

 

 

「クーガの部屋の〝エッチマンガ〟ですわ!」

 

 

〝オレのプライベートガバガバじゃねぇか!!〟

 

 

2階からクーガの怒号と床ドン聞こえてきた。耳もそれなりにいいようだ。

 

 

今はこの話から話題を離れた方がクーガの精神衛生上いいかもしれない。そう判断した唯香は、先程のとある通信を思い出す。

 

 

「そういえばルークさんから電話かかってきたけどなんだったんだろ?」

 

 

唯香は首を傾げる。ローマ首脳であるルークがわざわざ、自分にある人物がまだ在宅中か尋ねてきたのである。その人物とは、勿論〝エド〟のことである。

 

 

何か気にかけるところがあったのだろう。そして、唯香自身もエドに関して引っ掛かるところがあった。

 

 

唯香はU─NASAから送られてきたエドの書類を読み直す。

 

 

「アースランキング同率1位、『特性(ベース)』ジガバチ?」

 

 

唯香は更に首を深く傾げる。

 

 

『ジガバチ』とは寄生蜂の一種だ。毒針で獲物を麻痺させた後に、体内に幼虫を産み付ける。

 

 

幼虫を産み付けられた獲物は意識を残したまま体内を幼虫に貪られ、次第に巣穴の中が幼虫で満たされていく毎に『自我(じぶん)』と『似我(ようちゅう)』の境界線を見失っていく。

 

 

故に『自我蜂(ジガバチ)』や『似我蜂(ジガバチ)』と呼ばれることがあるのだが、果たしてその生物にシュバルツとの戦闘の際に見せた洗脳にも近いあのような芸当が出来るのだろうか。唯香にはそれが不可解だった。

 

 

 

 

 

 

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PM:9:40。

 

 

アメリカ軍艦『ブラックホーク』側面にて。

 

 

ガンッという、引き裂くような金属音が響き渡る。ユーリの放った『アンボイナガイ 』の毒銛が、船の側面に突き刺さったのである。

 

 

「……よし」

 

 

ユーリは腕の筋繊維と毒銛がしっかり繋がっているのを確認した後、エドを無理矢理脇に抱えて船の側面を登り始めた。

 

 

「ありがとうございますユーリさん。バッチリ任務を達成してみせます」

 

 

ニコリと微笑むエドに、ユーリは違和感を覚えた。少なくとも、これから任務に赴く者の態度とは思えなかったからである。

 

 

やけに落ち着いているというか、明鏡止水や悟りの境地と言えば聞こえはいいかもしれないが、その類のものでは恐らくなかろう。

 

 

自分やクーガであれば、もっと緊張感の伴った表情で任務に望んでいるだろう。一瞬でも気を抜けば、敵に見つかり死に直結するのだから。

 

 

ましてや〝学者〟という職業に就いてるエドならば尚更。このような修羅場に遭遇したこともないだろうし、より気を張る筈だ。何故彼がここまで肝の据わった態度でいられるのか、と聞かれるとユーリには4つの理由が予想出来た。

 

 

1つ目はあまりにも浮世離れした任務内容である為に、イマイチ現状を掴みきれていない。一般人であるエドからしたらあり得なくもない。

 

 

2つ目は自分の技量に自信があり、上手くやれる自信がある。しかし『学者』の彼にそんな能力があると思えない為に可能性は限りなく低い。

 

 

3つ目は『特性(ベース)』が強力無比である為の余裕。『PROJECT』で選別された『特性(ベース)』を授かった彼は、その力を盲信している可能性がある。

 

 

そして最も可能性の高い4つ目は、彼が自身の命を失うことに対して何の恐怖も抱いていないという可能性である。

 

 

今の彼のような表情の者と共に狙撃任務に同行したことがある。どこか悟りきったような表情のその人物は、自身の身を犠牲にすることで任務の達成に貢献した。今のエドが、それでなければいいのだが。

 

 

 

 

 

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PM:9:55。

 

 

アメリカ軍艦『ブラックホーク』艦上にて。

 

 

「後は君の出番だ。任せたぞ」

 

 

ユーリは周囲に見張りのいないことを確認した後、船上にエドを降ろした後に松葉杖を渡す。

 

 

エドは背後のコンテナに体重を預けて立ち上がった後に、松葉杖を手元に手繰り寄せた。

 

 

「ベストを尽くしますよ」

 

 

「……武運を祈る」

 

 

ユーリはエドの笑顔に一抹の不安を覚えながらも、海へと下降しその場を離脱した。

 

 

 

 

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PM:10:00。

 

 

エドはコンテナの陰から甲板の様子を伺った。船上にいる『バグズトルーパー』であろう男女が見張りについている。

 

  (M)  (O)

免疫寛容器官(モザイク・オーガン)』は貴重だと聞いていたのだが、どうやってここまで量産・複製したのだろうか。

 

 

ここにいる1000人、ましてやクーガ達が倒した人数も含めれば約1500人程度。ともなれば『バグズ手術』の70%の失敗も考慮すると相当な数が必要だった筈だ。

 

 

「いや。今はそれを気にしてる場合じゃないですよね」

 

 

エドは自らの頬をペチペチと叩き、目の前の任務に専念しようと気を引き締める。

 

 

彼は一呼吸置いた後に躊躇いもなく一枚一枚脱ぎ、下着以外の衣服全てを海へと投げ捨てた。その後に、陰から顔を出して様子を伺う。

 

 

じっくりと辺りを見渡せば、『バグズトルーパー』のうちの1人の女に目をつけた。エドは彼女に向けて忍ぶ様子も無しに視線を送り続けた。すると、そのうち彼女もエドに気付いた。

 

 

エドは陰に松葉杖を置くと(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)コンテナの陰から身体を出し、その下着姿の身体を惜しげもなく彼女に披露した後に手招きした。彼女も満更ではないといった様子で、エドの方へと向かってきた。

 

 

「何よアンタ……私を誘ってる訳?」

 

 

「ええ。こう緊張(・ ・)が続くとムスコが膨張(・ ・)してしまって。〝しゃぶって〟貰えませんか?」

 

 

エドは汚いボキャブラリを彼女に並べ立てる。そんなエドを見て、彼女はまるで狐につままれたかのような表情を見せた。

 

 

「……アンタ、見た目の割りにはハッキリと物を言うじゃない」

 

 

「貴女を見てると抑えが効かなくなりそうなんです。すみません……節操がなくて」

 

 

エドはシュンとした表情で彼女と目を合わせる。彼女はエドの甘いマスクと視線に母性本能でも擽られたのか、頬を赤らめた。

 

 

「ア、アンタみたいないい男が私でおっ勃つなんてさ、ちょっと意外だね。嬉しいよ」

 

 

彼女はお世辞にも恵まれた容姿とは言えなかった。目元は細く、体型もグラマラスとは言えない。しかもストレス発散として『民家への連続放火』という犯罪を犯して死刑囚となった為に、幸せとは二度と巡り会えないと思っていた。

 

 

それどころか、いつか神様が自分に罰を与えるとまで思っていた。しかしそれは大きな間違いだったようだ。神様は恋の天使を遣わせてくれたに違いない。

 

 

「わかったよ。服を脱いで( ・ ・ ・ ・ ・)待っててくれたんだ。たっぷり絞り取ってあげるよ。まずはこんなクソ服脱がないとね」

 

 

彼女が自らの囚人服に手をかけようとした時、エドは強引に彼女を抱き寄せて唇を奪った。容赦なく舌を突き入れ、彼女の口の中を凌辱し尽くす。

 

 

「ん!んん……!!」

 

 

口を塞がれた彼女は艶かしく喘ぐ。彼女もまた、強引にエドを抱き寄せて彼を受け入れた。そんな時だった。チクリと細いものが彼女の首筋に差し込まれた。

 

 

途端に、彼女はビクビクと痙攣して口から泡をふき始める。エドはすぐさま彼女を突き飛ばしてその口を手で塞いだ。

 

 

「ン……グァ……!!」

 

 

先程までの妖艶な彼女の表情は何処にもなく、息苦しそうに鬼婆のような形相でひたすらにエドに向かって手を突き伸ばしガリガリ、と爪でエドの頬を掻きむしった。

 

 

「……怨んでも構いませんよ。僕は貴女の心を弄んだんですから」

 

 

頬から血を流しながら、エドは彼女の首を片手で絞める。〝毒〟が回ったのか次第に彼女の力は弱まり、数秒後には息絶えた。

 

 

「さて………」

 

 

エドは息絶えた彼女から身ぐるみを剥ぐと、数秒後にはその全てを着衣し終えた。女性物であるが故に窮屈かと思っていたが、エドが細かったのと彼女の体型がふくよかだったことが幸いして容易に着用することができた。

 

 

彼女の死体を海へと投げ棄てると、エドは松葉杖を手に取ってコンテナの陰からゆっくりと姿を現した。しかし、誰もエドを気にかけることはない。

 

 

所詮は犯罪者の寄せ集めであり、烏合の衆。仲間意識などほぼ皆無に近い。この囚人服さえ着ていれば、エドは彼等の中に簡単に溶け込める。

 

 

それに、エドと彼等は仲間ではないが元は同類(・ ・)と言っても過言ではなかった。

 

 

 

 

 

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PM:10:30。

 

 

アメリカ軍艦『ブラックホーク』艦内通路にて。

 

 

海軍大将『ミルコ・マッケンジー』は暴力を受けた身体を引きずり、呻く。齢65の身体に浴びせられる容赦ない暴力は、まだ終わりそうにない。

 

 

「……頼む……殺してくれ」

 

 

ヒューヒューと息絶え絶えに、ミルコは懇願する。便器を舐めて掃除させられたり、人間としての尊厳と軍人としての誇りを辱しめる行為には、かろうじて耐えられた。

 

 

だが、未来のある部下全員を殺されてしまったことに関しては不甲斐ないという言葉では済まない程に悔いていた。どうか死なせて欲しい。死んだところで許されないとわかってはいても、死なずにはいられなかった。

 

 

しかし。

 

 

「嫌なこったよ!お前は人質兼俺らのサンドバックなんだからなぁ!」

 

 

「死なない程度にほどほどに痛めつけて映像を送ってやんなきゃ、なぁ」

 

 

どうも死なせては貰えなさそうだ。獲物とじゃれつく猫科の生き物のように、じっくりといたぶって楽しむつもりに違いない。

 

 

ミルコが全てを諦めかけたその時だった。カツンカツンと、松葉杖が金属を叩く音が反響する。

 

 

ミルコと『バグズトルーパー』二名が振り返ると、この荒くれだった死刑囚だらけの船にはやや不釣り合いな〝優男〟という表現がぴったりの青年がこちらに屈託のない笑顔を浮かべながら歩いてきた。

 

 

「楽しそうですね。僕も仲間にいれて下さい!」

 

 

警戒心を無理矢理ほどくかのような輝かしい笑顔に、これから暴力を振るわれることになるであろうミルコも含めた3人の男達は思わず見とれた。

 

 

「あ……あぁ。構わねぇよ。つうか松葉杖でじじいいたぶれるのかよお前?」

 

 

「ええ。口の中にねじ込んで歯を根刮ぎもっていきます」

 

 

「ヒュ~!えっげつねぇなぁ!!」

 

 

先程までエドに違和感を覚えていた『バグズトルーパー』二人も、今はやんや やんやと囃し立てている。

 

 

ミルコは生唾を飲んで青年の提案を頭の中で反復した。どうやら今後は入れ歯生活がデフォルトになりそうだ。

 

 

「それじゃあ、遠慮なく」

 

 

ニコリと微笑むと、エドは松葉杖を投げ捨てた直後に細い〝針〟を二人の『バグズトルーパー』に差し込み〝毒〟を流し込んだ。

 

 

「ガッ…!?」

 

 

「グぉえっはっ!?」

 

 

忽ち男達は苦しみ、もがき始める。口からは泡を噴き出し、次第に呂律が回らなくなっていき、のたうち回って最後には息絶えた。

 

 

その光景をマルコはポカンと見つめる。『囚人服』を着ている以上この青年も奴等の仲間である筈なのだが、仲間割れだろうか。

 

 

「お爺さん、助けに来ましたよ」

 

 

ニコリと微笑むエドを見て、大した確証もなくミルコは安堵してしまった。しかし、その表情はすぐに曇った。

 

 

「……君は、私を助けに来てくれたのかね?」

 

 

「ええ、勿論!」

 

 

「だったら私を見捨てて脱出しろ」

 

 

ミルコは吐き捨てるようにそう言った。エドが静かにミルコの話に耳を傾けていると、ミルコは話を続けた。

 

 

「君は……(人質)を助ける為にここに来たのだろう?もし人質が乗っていないことがわかっていたならば、わざわざ乗り込まずに船を沈めていた筈だ」

 

 

ミルコの言う通りである。人質さえ乗っていなければ、何もわざわざ乗り込まずとも文明の力(ミ サ イ ル)でド派手に沈めてやればいい。

 

 

『バグズ手術』等の証拠も滅却出来る上に、被害は一切出ない。

 

 

しかしこの場合話は別だ。ミルコ以外の人質が乗っていないのであれば、軍艦のエンジントラブル、もしくは搭載された兵器の引火・暴発という名目で海の藻屑にしてやればいい。

 

 

人質はもうほぼ全員死んでいるのだから、構うことなんてない筈だ。そして、その任務をこの青年が行うのであれば一つ邪魔なものがある。ミルコ自身だ 。

 

 

只でさえ青年は松葉杖をついて不自由そうなのに、自分を助ければ更に身動きが取りづらくなることは必死。着いていく訳にはいかない。

 

 

「……いえ。無理矢理でも連れていきます」

 

 

エドは松葉杖をもう一度持ち直してそう告げると、ミルコはそれを見てフッと微笑んだ。

 

 

「いや、私とて一人の軍人(・ ・)だ。私のせいで君の任務が失敗すれば死んでも死にきれんよ」

 

 

「ですが、軍人(・ ・)である前に老人(・ ・)です。ご家族は?」

 

 

「……死のうと決意した人間に余計なことを思い出させてくれるな」

 

 

ミルコには孫がいた。妻も、息子も、義理の娘も。全てが充実していた。それを失うのは堪らなく惜しいが、どうしようもない。

 

 

「貴方を助けた上でこの船を沈める。それが最良の選択の筈です」

 

 

「それが出来れば苦労などしないさ。それとも何だ。君にはそれが出来る力があ」

 

 

「あります」

 

 

ミルコが言い終える前に、エドはきっぱりと言い切った。

 

 

「僕は世界で一番強い男を知っています」

 

 

エドは、とある男の背中を思い浮かべた。自分には持ち得ないモノ全てを持ったあの男に、エドは心底憧れた。

 

 

手を伸ばしてでも届かないとわかりきっているあの背中に、迷わず手を伸ばさざるを得なかった。そんな輝きを持った、たった一人の友人。

 

 

「そんな彼に近付くことを目指してる僕です。綺麗事を実現させるぐらいの術は持っているつもりですから」

 

 

下手をすれば大口を叩いているだけとしか思えないエドの言葉に、ミルコは不思議と頷いてしまった。傷ついた身心に、エドの口ぶりは些か頼もしすぎたのだ。どうせ駄目元なら、彼の口車に乗ってみるのもいいかもしれない。

 

 

「……信じていいのかな」

 

 

「ええ、勿論です!」

 

 

「『作戦(プラン)』を教えて貰えるかな」

 

 

「救命用ゴムボートで一時間程北西に向かって下さい。僕の仲間が待機しています。そのお身体では漕ぐのはキツいと思いますが、潮の流れも考慮しているので流されて辿り着ける筈です」

 

 

「おいおい、それは無茶ではないかい?」

 

 

あまりにも無茶な計画に、ミルコは苦言を呈した。ゴムボートなどで軍艦の監視を掻い潜れる筈がない。備え付きのサーチライトを当てられた瞬間に一巻の終わりだ。

 

 

やはり、この青年は大口を叩いただけだったのだろうか。

 

 

「僕が逃げる時間を存分に稼ぎます。

            任せて下さい」

 

 

 

 

 

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PM:11:00。

 

 

アメリカ軍艦『ブラックホーク』艦上にて。

 

 

 

(だぁれ)でしゅかねぇ?」

 

 

眼鏡をかけた小太りの青年が、整列した『バグズトルーパー』の前を何度も往復する。青年が目の前を通るだけで、皆同様に身体をビクつかせた。

 

 

アース・ランキング 第15位

 

 

マイケル・コクロ

 

 

青酸カリの500倍の毒性を持つテトロドトキシンを秘めた『クサフグ』が『特性(ベース)』。

 

 

花琳からこの船と軍勢を任された人物にして、U─NASAの記録では死んだことになっている筈の人物。彼女からは金で雇われた。

 

 

「僕の手駒2人を殺してくれたのは(だぁれ)でしゅかねぇ!?」

 

 

そうは言っても、犯人は分かりきっていた。連絡通路で倒れていた2人は、何か鋭い針に刺された後に全身が麻痺して死んでいた。

 

 

その死因から判断して、クーガ・リーと同率第一位にして獲物を麻痺させる鋭い針を持った『ジガバチ』を『特性(ベース)』に持つ〝エドワード〟がこの船に潜り込んでいるに違いない。

 

 

エドを探す為に、『バグズトルーパー』の群衆の中を目をこらして観察する。きっとこの中に紛れ込んでいるに違いない。そんな矢先のこと。

 

 

「僕ですよ」

 

 

エドは隠す様子もなく『バグズトルーパー』の群衆にまみれて挙手した。一斉に、エドへと視線が集中する。千人近い軍勢の視線が、彼に向けられた。

 

 

エドはサイドポーチから〝昆虫型〟特有の『(注 射)』を取り出すと首筋へとあてがった。しかし、その『薬』を注入しようとした手は咄嗟に周囲の『バグズトルーパー』に捕らえられ、『薬』も取り上げられた。

 

 

「ボス!捕まえましたぜ!!」

 

 

意外な程にあっさりと捕まった侵入者に、『マイケル・コクロ』は拍子抜けしたように息を吐いた後に思い切り高笑いした。

 

 

「しっしっ!かっこ悪いでしゅ!奇襲かけようとして自分から名乗り上げた癖にあっさり捕まってやがりましゅう!!」

 

 

腹を抱えて『マイケル・コクロ』は暫く高笑いした後に、エドには目もくれずにスタスタと反対方向に足を運んでいく。

 

 

「お、親分どちらへ!?」

 

 

「僕は操縦室で高見の見物でもしてましゅ。お前らはその男から情報を吐き出させなしゃい!」

 

 

「へ、へい!」

 

 

まるで王様であるかのように、 『マイケル・コクロ』は振る舞う。それはそうだろう。これだけの軍勢を率いていれば、気も大きくなる。

 

 

(注 射)』と松葉杖、果てには眼鏡もその場で取り上げられたエドはその後ろ姿を見て、あたかもそれが滑稽なモノであるかのように不敵に笑った。

 

 

 

 

 

 

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PM:11:30。

 

 

アメリカ軍艦『ブラックホーク』艦上にて。

 

 

エドは『バグズトルーパー』達から絶え間なく暴力を受け続けていた。しかし口を割るどころか悲鳴一つあげないエドに、彼等は得体の知れない恐怖を感じていた。

 

 

『えぇい!もっと気合い入れて殴りなちゃい!』

 

 

ガラス張りの操縦室から船の甲板を見下ろしつつ、 『マイケル・コクロ』はマイク越しに怒号を部下達に飛ばした。これだけの手駒を用いても思い通りにならないエドにイラつきつつ、彼のプロフィールを眺めた。

 

 

『PROJECT』被験者、『特性(ベース)』は『ジガバチ』。相手に〝針〟を突き刺して〝毒〟を注射し、麻痺させて巣穴へと運ぶ昆虫。恐ろしい『特性(ベース)』だが、『(注 射)』を取り上げた以上恐れることはない。

 

 

だが問題はソコではない。職業が〝学者〟となっていることが問題なのだ。

 

 

「絶対に嘘でしゅ…大嘘でしゅ!!」

 

 

艦内に臆しもせずに潜入し、あっさりと人間二人を殺すような芸当が〝学者〟に出来るものか。思考を巡らせていた最中、突如一切の暴力に屈することのなかったエドが、唐突に苦悶の顔を浮かべて身を悶え始めた。

 

 

「ななな、なんでしゅか!?」

 

 

遠目から双眼鏡でよく観察すると、胸に手を当てて苦しんでいるのがわかる。咄嗟に彼のプロフィールを見直した。すると、持病を持っているとの記載があった。

 

 

「ちいっ!めんどくさい奴でしゅね!」

 

 

イライラと親指を噛んだ後、『マイケル・コクロ』は強引にマイクを掴んで甲板の上で蠢く部下(手 駒)達に指示を出した。

 

 

『死なれちゃ情報が引き出せないでしゅ!早く薬を飲ましぇなしゃい!』

 

 

甲板に『マイケル・コクロ』の声が響き渡った後、『バグズトルーパー』達は慌ててエドのサイドポーチを漁った。

 

 

「このカプセルですかね!?」

 

 

『いいからとっとと飲ませるんでしゅよグズ!』

 

 

トランシーバー越しに自分に判断を仰ぐ手駒達に嫌気が差し、『マイケル・コクロ』は彼等をトランシーバー越しに怒鳴りつけた。

 

 

暫くして薬を飲ませ終えた途端、エドは息を大きく吐いて胸を撫で下ろした。

 

 

すると途端に、操縦室の『マイケル・コクロ』に向かって彼はニヤリとほくそ笑んだ。

 

 

まるでゲームに勝った瞬間に浮かべるようなその笑顔が鼻についたのか、『マイケル・コクロ』は顔を真っ赤にしてマイクに向けて叫んだ。

 

 

「もっとそいつをボコボコにしなちゃい!容赦なく!!徹底的にでしゅ!!!」

 

 

暴力の嵐はより一層激しさを増した。これならばエドも、いい加減に情報を吐く気になるだろう。

 

 

 

 

 

 

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──────────────

 

 

 

 

PM:11:55。

 

 

アメリカ軍艦『ブラックホーク』艦上にて。

 

 

爪を全て剥がされても一向に口を割らないエドに『マイケル・コクロ』はついに業を煮やした。

 

 

より一層彼を腹立たしく思わせる事実を、操縦室に随伴してきた部下から聞いたからである。

 

 

彼は〝学者〟などではない。

 

 

死刑囚である『バグズトルーパー』によると詳しいことはわからないが、裏の世界ではそれなりに顔の知られた人物らしい。

 

 

怒りをエスカレートさせたのはソコだ。自分や『バグズトルーパー』の人種の人間は自分の命と金を何よりも大切にするタイプの人間だ。

 

 

そんな自分達と同じ人種のエドが、何故ここまで自分の身を犠牲にして善人気取ろうとするのか。

 

 

それが何よりも、気に喰わなかった。

 

 

「さっさと吐いちまうでしゅこの偽善者ァ!!」

 

「偽善者、ですか」

 

 

トランシーバーから聞こえてきた自らを比喩するには最適な言葉に、エドは自虐気味に嘲笑した。

 

 

「確かにその通りです。僕の正義は何処かで見かけたような借り物で、紛い物で、ありきたりで。貴方の言うように偽善かもしれません」

 

 

 

───────────── でも。

 

 

 

 

〝もしエドが仮に偽善者だとしてもさ〟

 

 

 

 

      〝ありがとう〟

 

 

 

 

    〝ありがとうございます〟

 

 

 

 

 

    〝ありがとうお兄ちゃん!〟

 

 

 

 

「僕が助けた命は〝本物〟だから 」

 

 

 

エドの中で蘇ったのはたった一人の友の言葉と、今まで自分が汚れたこの手で救ってきた命からの言葉。

 

 

嬉しかった。〝嘘と偽り〟だけで世を渡り歩いてきた自分が初めて手に入れた、〝本物〟

 

 

その〝本物〟を救う為ならば、自分は偽善者であり続ける。彼は昔、それを友に誓った。故に、その誓いを守る為ならば自らの身など惜しくはなかった。

 

 

「あ゛あ゛あ゛!!」

 

 

『マイケル・コクロ』はアレルギー反応が出たかのように、全身をかきむしる。虫酸がはしるとはこのことだ。

 

 

自分の思い通りに情報を吐かないことと、この手の善人ぶった人間が嫌いなことが相まって彼はもう限界を迎えていた。

 

 

(粉 薬)』を接種し、自らの『特性(ベース)』を発現させる。

 

 

クサフグ。

 

 

猛毒を持ち、空気を吸い込んで膨張する魚類。

 

 

そして、その『特性(ベース)』を活かす専用装備である〝吹き矢〟を取り出した。

 

 

「これでもその善人面をキープ出来るか見物でしゅねぇ!!」

 

 

操縦室のガラスを叩き割った後に周囲の空気を吸い込み、体を膨張させる。その後、体内に閉じ込めていた空気を開放しその勢いで吹き矢を全力で発射した。

 

 

その吹き矢には自らの体から抽出したフグの毒、 テトロドトキシンが塗り込めてある。直撃すれば絶命は必死。数秒後、ドスッという肉に突き刺さる音が鳴り響いた。

 

 

「キャハハハ!やったでしゅやったで……」

 

 

しかしよく見ると、エドには刺さっていなかった。そう。〝エド〟には。

 

 

「な、な、なにしてるんでしゅか?」

 

 

「あ……が……ゴ、ご、ゴ、ごぉおおお!」

 

 

エドを抑えていた『バグズトルーパー』が、エドの盾になっていたのである。まさかエドの言葉に心を打たれた訳ではあるまい。何故彼は、エドを庇ったのだろうか。

 

 

「…もっと早くこうすることも出来たんですよ?」

 

 

エドの口振りからして、彼はもっと早くに『バグズトルーパー』をどうにか出来たことになる。では何故、彼はそうしなかったのか。

 

 

「……まさか」

 

 

嫌な予感が、『マイケル・コクロ』の中に過った。おそるおそる、周囲の海をU─NASAから支給された双眼鏡で覗き込んだ。どんどん倍率を上げていった。すると。

 

 

「き、き、き、貴様(きしゃま)あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 

 

「時間稼ぎって奴ですよ」

 

 

 

自分達が人質に取っていた海軍大将〝ミルコ〟が、恐らく『地球組』であろう2人に救われている光景が、双眼鏡の中に映った。

 

 

 

「時間を稼ぐ為に拷問に耐えたっていう訳でしゅか!?」

 

 

「ええ。ちなみに爪剥がしの件ですが、貴方の目を欺く為にやらせて貰いました。そちらの操縦室に毒が届くのは少々時間がかかるみたいなので」

 

 

エドは笑顔で、血でマニキュアのように塗られた指先を『マイケル・コクロ』に見せた。

 

 

イカれてる。狂っている。ここまで来ると、彼の〝偽善〟は呪いと言っても差し支えのないレベルで彼の心に根を張っていると言っていいだろう。そして、『マイケル・コクロ』はすぐさまもう1つショッキングな事実に気付いた。

 

 

「〝毒〟って何のことでしゅか!?それにやらせて貰ってたって!お前が『バグズトルーパー』を操ってたってことでしゅか!?」

 

 

おかしい。どう考えてもおかしい。矛盾が2つある。

 

 

その1、『特性(ベース)』を発現する為の『(注 射)』は取り上げておいた。その2、彼の『特性(ベース)』である『ジガバチ』の持つ毒は、花琳の『エメラルドゴキブリバチ』のように、刺した生物を操るような生物ではない。刺した生物を麻痺させるだけの毒。『ジガバチ』の毒にエドの言った芸当が出来るような特性はない。

 

 

「いつから僕の『特性』が『ジガバチ』だと思ってました?」

 

 

「花琳から送られてきたU─NASAからの情報だと『ジガバチ』になってるでしゅ!!」

 

 

「ああ、彼女を欺く為にU─NASAのデータを無理矢理改竄しましたからね」

 

 

エドは悪戯気味に笑い、『マイケル・コクロ』はそれを見て顔を怒りで真っ赤にして反論した。

 

 

「ふ、2人の死体は全身麻痺して死んだ形跡があったって『バグズトルーパー』が言ってたでしゅ!お前の『特性(ベース)』は『ジガバチ』に間違いないでしゅ!」

 

 

「貴方、自分が今矛盾したことを言ってるって気付いてますか?」

 

 

「……え?……あっ」

 

 

『ジガバチ』は寄生蜂と呼ばれる分類に入る。毒を持つが、決して致死性ではない。獲物を麻痺させ巣穴へと運び、生きた新鮮なまま保存する為の毒である。故に死ぬ道理などない。

 

 

従って、エドの『特性(ベース)』が『ジガバチ』ではないことがこの時点で確定した。

 

 

「『ジガバチ』の仕業だと思わせる為に、仲間のユーリさんが残していった『アンボイナガイ』の毒銛から毒を拝借して注射針に注入しておいたんですよ。

 

それを貴方の部下の殺害に使った訳です。ホラ、アンボイナガイの毒も〝麻痺性〟の毒でしょ?」

 

 

呆然とした表情でこちらを眺める『マイケル・コクロ』についクスリと笑ってしまった後に、エドは種明かしを続けた。

 

 

「『ジガバチ』の『特性(ベース)』の仕業に見せかけた理由は、花琳さんがこの船にいるかどうかを判断する為です。生物学に長けた花琳さんがこんな初歩的な嘘に騙される筈がないですからね。貴方が騙されたってことは、花琳さんはこの船にはいないってことになりますね」

 

 

ちなみに貴方の部下2人の死体を放置しておいたのもそれを判別する為です、と付け加えると『マイケル・コクロ』は膝をついた。

 

 

「……踊らされていたって訳でしゅね、お前の嘘に。今回この船で起きた出来事、1から10まで」

 

 

「嘘は偽善者の得意技ですし、ね」

 

 

「どっからどこまでが嘘でしゅか」

 

 

「眼鏡が必要なのも、松葉杖が必要なのも、持病も、『特性(ベース)』も、略歴も。みんな嘘ですよ?」

 

 

眼鏡と松葉杖と略歴に関しては、こちらを油断させる為の細工だということがなんとなくわかる。

 

 

特性(ベース)』を偽った理由も、先程聞いた。

 

 

持病、は何故偽ったのだろうか。

 

 

『マイケル・コクロ』は深く考えようとしたが、やめた。

 

 

悩んではエドの思う壺だ。ここまで見た目からは考えられない狡猾さを持った男と、心理戦でこれ以上刃を交えて勝てる気がしない。だったら。

 

 

「みんなこいつをぶっ殺すでしゅうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!」

 

 

最初からこうすれば良かった。思考を停止して一言、こう号令をかければ良かっただけなのだ。軍艦を制圧する程の軍勢で寄ってたかって、見下ろした先にいるペテン師を圧殺すればいいだけだったのだ。

 

 

しかしこの男、エドの前ではそれを実行するのは些か遅すぎた。彼の友、ジョセフはチェスのような戦い方を得意としていた。立ち塞がる敵は斬り倒す。対してエドは、将棋のような戦い方を得意としていた。敵の(戦 力)を取り込み、自分の(戦 力)とする。

 

 

そのエドを前にしてこの軍勢をほったらかしにしておいたのでは、彼のいいカモ(・ ・)である。

 

 

 

 

 

 

 

 

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────────────

 

 

 

 

AM:00:00。

 

 

アメリカ軍艦『ブラックホーク』艦上にて。

 

 

エドは、その天使のような顔で悪魔の如く微笑んだ。体内に埋めこまれた、彼専用の装備の感触を確かめながら。

 

 

体内内蔵型〝アルカロイド散布装置〟

 

 

『 詐 欺 師 の 手 口(ア ン ジ ェ ロ ・ マ ル ヴ ァ ゼ タ) 』

 

 

手と口内に埋め込まれたモーションセンサーの無数のパターンに応じて、毒の種類・散布範囲・濃度を設定し分泌を促す液体を体内に発生させて、全身から(ミスト)状にし散布する。

 

 

ローマがドイツとの技術提携の末に完成した最高傑作の一つである。

 

 

これがエドの専用装備。

 

 

ただし、『ジガバチ』の『特性(ベース)』を最大限に引き出す専用装備ではない。

 

 

そもそも前提として間違っている。『ジガバチ』はエドの『特性(ベース)』ではない。

 

 

エドの真の『特性(ベース)』は、とっくに発現していた。

 

 

 

『死なれちゃ情報が引き出せないでしゅ!早く薬を飲ましぇなしゃい!』

 

 

『このカプセルですかね!?』

 

 

『いいからとっとと飲ませるんでしゅよグズ!』

 

 

 

 

〝植物型〟特有の『(カプセル)』を飲んだ、あの時に。

 

 

 

 

 

 

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───────其の花は、咲いてはいけなかった

 

 

 

 

根・茎・葉・花粉・種子・花弁から抽出される、無色・無味・無臭の三拍子が揃った猛毒は数々の犯罪に用いられただけでない。ナチスドイツにおいて『死の天使』と呼ばれた男がユダヤ人に行ってきた人体実験では、自白剤として愛用された。

 

 

その非人道的な効能により、売れないことを花屋は嘆いた。嘆くあまりに取った策は『偽りの名』を其の花に与えるという愚かな策。

 

 

まんまと天使の皮を手に入れた悪魔は、名前も見た目も愛嬌のある花として人々に親しまれる。

 

 

次第にその化けの皮は剥がされていったが、気付いた時にはもう遅い。天使の名を冠した其の花は、異常な繁殖力でその領土(テリトリー)を広げていった。

 

 

まるでその光景は、さながら聖書で語り継がれる〝天使が魔笛を吹きならし、世界が終わる光景〟そのものだったという。

 

 

其の花言葉

 

【愛敬・愛嬌・変装・偽りの魅力・夢の中・あなたを酔わせる・ 遠くから私を思って】

 

 

 

其の用途

 

【強姦・強盗・殺人・誘拐・放火・猥褻・脅迫・秘密漏示・不法侵入・その他各種予備罪】

 

 

 

其の名の由来

 

【 世界の終わりと災厄の始まりを知らせる、神々の遣いの魔笛】

 

 

 

 

「命は誰のものでもない」

 

 

 

エドは、最早木偶人形と化してしまった『バグズトルーパー』総勢約1000人に向かって告げた。

 

 

 

「命は神が与え、神が奪うって理由だからみたいですけど。でも現に貴方達の命はこうして僕に掌の上で転がされてる」

 

 

 

今の彼らは操り人形に過ぎない。糸に繋がれた、エドの好きなように動かせる操り人形(マリオネット)

 

 

 

知らぬ間に盤上の駒を奪われてしまった(キング)、つまり先程まで群れの長だった『マイケル・コクロ』はただ目の前の光景に絶句するしかなかった。

 

 

 

「不思議ですよね。もしかしたら、僕は神様を欺いてしまったのかも」

 

 

 

不敵に口元だけのアルカイックスマイルを浮かべるエド。

 

 

 

その笑顔は天使の軍勢を率いて神へと刃向かった堕天使ルシファーのように、この上なく神聖で、酷く汚れたものだった。

 

 

 

 

 

エドワード・ルチフェロ

 

国籍 ローマ連邦

 

22歳 ♂

 

174cm 56kg

 

MO手術〝植物型〟

 

 

 

 

────────エンジェルトランペット───────

 

 

 

 

『アース・ランキング』 0 位

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────堕天使の喉笛(エンジェルトランペット)生殺与奪(ファンファーレ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 






ベースのエンジェルトランペットについて
ネットの情報だけでは不充分だったので大学師の方に質問したり図書館にも行って調べた結果、こいつやっぱヤベェと判断されエドのベースとして採用された植物です。


キダタチ〝チョウセンアサガオ〟という名前でも知られており、イワン君のベースになったチョウセンアサガオとは親戚ですね。親戚だけど正式な別種です。チョウセンアサガオとの違いは毒の成分量も含めてあまりないのですが、有名な毒がやや異なるようです。


チョウセンアサガオ
・幻覚を見せるアルカロイド『ヒヨスチアミン』で有名
・花が上向きに咲く
・医療への使用頻度が高い


エンジェルトランペット
・意識がはっきりした状態で相手を操り、記憶を消し去るアルカロイド『スコポラミン』で有名
・花が下向きに咲く
・犯罪者の人気者(自滅例もチラホラ)


って違いが強いて言うならあります。

エンジェルトランペットも見てる分には綺麗ですけどね。次回はエド無双不可避なので皆さん是非見て頂けると嬉しいです!



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