LIFE OF FIRE 命の炎〔文章リメイク中〕   作:ゆっくん

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春風桜人【人物】


AEウイルス治療の為にアメリカのU-NASA病練にて入院中の少年。骨髄変性の為に移植を受けるものの、AEウイルスの影響で容態は全く安定しない。膝丸燈は彼にワクチンを持ち帰る約束をし、火星へと旅立った。





第二十三話 DESTINY 出会い

 

 

 

 

火星の不気味な緑光が、シュバルツ・ヴァサーゴの巨体を照らす。ドスン、ドスンと重厚な音を立ててクーガ・リーへと歩み寄っていく。

 

「チッ………!!」

 

 

ナイフを逆手に構えて様子を伺うものの、特に出来ることはない。シュバルツの足元に傷を負ったアズサとレナが横たわっているからである。

 

 

下手に動けば、二人の命が危ない。

 

 

「クーガ・リー!この力マジで最高だなぁ!?」

 

 

考えを巡らせているクーガとは裏腹に、シュバルツは変異した自らの体を満足気に見渡している。まるで、新しい玩具を与えられたこどものようだ。

 

 

「この力さえありゃあ…武器も!部下も!テメェもいらねぇ!!オレ自身の力で金も!女も!酒も!何かも奪いたい放題じゃねぇか!!」

 

 

ゲラゲラと、シュバルツは笑う。

 

 

銃やナイフ等の〝凶器〟をこのタイプの人間に与えるとロクなことにならないと言うが、どうやらU-NASAはもっと厄介なものを彼に与えてしまったようだ。

 

 

「お前からも全部奪ってやろうか?昔みてぇによ!!」

 

 

下卑た笑みを浮かべるシュバルツを見て、クーガの背筋は寒気に襲われる。

 

 

無理もない。この男に毎日暴力をふるわれ、毎日人殺しの片棒を背負わされ続けてきたのだから。

 

 

正直なところ、成長した今でもこの男が恐い。

 

 

僅かに足が震え、すくむ。

 

 

クーガの頭のてっぺんからつま先まで徐々にトラウマが浸透しようとしていたそんな矢先、突如シュバルツの体に〝網〟がかかり、瞬時に彼を捕縛した。

 

 

「…………なんだぁ?」

 

 

網が飛んできた方向にゆっくりと顔を向けると、そこには〝対テラフォーマー発射式蟲獲り網〟を重さに負けそうになりつつも構える唯香の姿があった。

 

 

「あなたが…クーガ君を酷い目に合わせたんですか?」

 

 

その瞳には、うっすらと涙が張っている。

 

 

「もう…彼に関わらないで下さい!!」

 

 

涙を拭いつつも、唯香はシュバルツを睨みつけた。慌てることはあっても、本気で怒ることは滅多にない唯香のことだ。それだけクーガのことを想っている証拠だろう。

 

 

それを見て、シュバルツはほくそ笑む。

 

 

「もしかして〝あれ〟…テメェの女か?」

 

 

ニタニタ、とシュバルツの表情は更に下卑たものへと変貌していく。

 

 

先程以上の寒気がクーガの身を貫く。〝嫌な予感〟と〝嫌な感覚〟が、この空間の隅から隅までに注がれていくのを感じた。

 

 

この感覚は以前にも感じたことがある。

 

 

そうだ。イスラエルで嫌という程に身に染みたあの感覚。

 

 

まともな人間としての感情を容赦なく奪っていくあの感覚。

 

 

〝死〟の感覚。

 

 

「唯香さん逃げろ!!」

 

 

クーガが叫んだ時にはもう遅い。

 

 

ブチッ、ブチッとまるでシュバルツはグミ菓子を千切るかのように、いとも簡単に〝蟲獲り網〟を力任せに引き裂いた。

 

 

「………うそ」

 

 

唯香は唖然とした表情で、ゴトリと〝蟲獲り網〟を落とす。

 

 

テラフォーマーを捕縛する為に開発された捕縛網だ。相当な強度と伸縮性が備わっている筈。

 

 

にも関わらず、それを赤ん坊がティッシュペーパーを引き裂くかのように、無造作に引き裂けるものだろうか。

 

 

いや。たった今現実にそれが行われたのだから、認めざるを得ないだろう。

 

 

理不尽な程の暴力の前には、文明の力など意味をなさないと。

 

 

「悪いなぁお嬢ちゃん!オレは他人の泣き顔が大好きなんだ!!」

 

 

ああ、また奪われる。

 

 

「特にクーガ(あ い つ)の泣き顔は最高でよぉ…イスラエルにいた頃は毎晩いたぶってストレス解消させて貰ったんだぜぇ?」

 

 

シュバルツ(あ い つ)に、また大切な何かを。

 

 

「だからよぉ…テメェをミンチにして久々に泣き顔拝ませて貰うとすっか…クーガ(あ い つ)のよぉ!!」

 

 

「ッ!!」

 

 

クーガは素早く駆け、唯香とシュバルツの間に立つ。

 

 

昔の恐怖(トラウマ)が蘇り、本能的に体が震える。

 

 

しかし、これ以上奪われる訳にはいかない。他人から何かを奪うことだけが生き甲斐のあいつに。

 

 

「ア゛ア゛? 泣き虫クーガが自分の女守ろうってかぁ!?」

 

 

「ああ…そうさ。悪いかよ」

 

 

「こいつぁ傑作だ!!」

 

 

ゲラゲラとシュバルツは高笑いする。その威圧的な笑い声が、ただでさえ巨漢の彼をより大きく見せた。

 

 

「オレが見てぇのはテメェのそんな勇気ビンビンな顔じゃねぇんだよ!オレが好きなのはテメェがみっともなく泣きじゃくる顔だ!!」

 

 

クーガの泣き顔を拝みたい。

 

 

たったそれだけの理不尽な理由で、唯香の命を奪おうと駆け出した時のことだった。

 

 

足を前に突き出した瞬間、その足はピタリと止まる。何かが、シュバルツの足を掴んで離さない。

 

 

「言った筈でしてよ…?クーガの元には行かせないと」

 

 

「…こんどは、わたしたちがくーがをたすける」

 

意識が朦朧としている筈のアズサとレナが、ガッシリとシュバルツの足を掴んでいた。

 

 

「じょじょう!!」

 

 

「じぎぎぎ!!」

 

 

シュバルツが怯んだ途端に、ゴキちゃんとハゲゴキさんも飛びかかる。

 

 

フットワークを活かして素早く回り込み、両腕を抑えこんだ。

 

 

しかし、四肢をガッシリと拘束されているにも関わらず、シュバルツは全く動じた様子もない。

 

 

何故なら、彼が持つ『特性(ベース)』は〝最強の昆虫(パラポネラ)〟すらも喰らう〝最凶の昆虫(ディノポネラ)〟なのだから。

 

 

 

 

 

 

─────────────────────────────────────

 

 

 

ディノポネラ

 

 

学名『Hormiga Veinticuatro』

 

 

 

彼は、〝小さな巨体〟の持ち主だ。

 

 

耳を澄ますとその小さな足は、太古の王者『恐竜』顔負けの足音を踏み鳴らす。

 

 

その力は、あらゆる昆虫の屍を容易く持ち上げる程に強靭無比。

 

 

それに加えて、さながらB級映画の怪獣の如く全てを薙ぎ倒すその牙と、パラポネラをも凌ぐその巨大な針が彼を絶対的な捕食者の頂へと導いていた。

 

 

ディノポネラ。

 

 

彼は現代に蘇った恐竜そのものである。

 

 

 

 

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「邪魔だゴミ共ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

シュバルツは怒号と共に、全力で四肢にまとわりついたアズサ達を吹き飛ばす。

 

 

理不尽な程に強力な力。超能力を使っている訳でもないのに、あまりにも強大すぎて現実とは到底思えない。四人は地面に叩き付けられ後に、意識を失った。

 

 

「みんな!!」

 

 

「ギャハッ!さぁて!拳骨の時間だぜ!!」

 

 

シュバルツはクーガと唯香に向かって拳を振り上げた。

 

 

自分は回避出来ても、シュバルツの拳は確実に唯香を捉えてしまう。

 

 

こうなれば破れかぶれだ。刺し違えてでもシュバルツを止めてみせる。

 

 

そう決意してナイフを構えた時のことだった。

 

 

突如、多くの足音が聞こえてくる。

 

 

シュバルツもそちらに気を取られたようだ。

 

 

研究所の爆発を地元の警察が嗅ぎ付けたのだろうか。

 

 

いや。万が一に備えてほどほどに人の住む街から離れた場所に建設されたこの場所だ。

 

 

警察が嗅ぎ付けるまで少々時間はかかるし、何より嗅ぎ付けたとしても車で四十分はかかるだろう。では、警察ではないとすればどの組織だろうか。

 

 

ユーリが到着していたことから、U─NASAの現場処理チームが駆け付けていてもおかしくはないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「自分の命を捨てようとしないで下さい。貴方には…いや。〝僕達〟にはやるべきことがまだまだたくさんある筈です!!」

 

 

眼をこらすと松葉杖をついた眼鏡の青年が、遠くから叫んでいるのが確認出来た。

 

 

彼と面識はないし、当然見覚えもない。ただし、一目で〝異常〟なのはわかる。

 

 

「じじょう」

 

 

「じじじーじ・じーじじ」

 

 

「じぎょうじ」

 

 

クーガが仕留め損ねたであろう十体程のテラフォーマーを、率いているからである。

 

 

あれが地面を叩いていた多くの足音の正体だろう。

 

 

「ここは僕が食い止めます!!行って!!」

 

 

彼が敵か味方かわからない。だがしかし、どちらにせよシュバルツの味方という訳でもなさそうだ。その証拠にシュバルツ自身も突如現れたあの青年に驚きを隠せずにいる。

 

 

このチャンスを使わない手はない。

 

 

「唯香さん!逃げよう!!」

 

 

「う、うん!!」

 

 

とはいえ、気を失ったアズサ達四人を運ぶことは自分と唯香の二人には出来ない。

 

 

どうしたものだろうか。

 

 

「クーガ・リー!!乗れ!!」

 

 

また、別の方向から声が飛ぶ。

 

 

振り向けば七星がリムジンで停車し、彼の部下二人が此方に向かって駆けてくるのが見えた。

 

 

クーガは頷くと、唯香と共に素早くシュバルツの脇を抜けてアズサとレナを肩に担ぐ。

 

 

「あっ!嬢ちゃん二人運ぶ役目取られた!!」

 

 

「クッソ!オレ達はテラフォーマー運搬係かよ!!」

 

 

ブツクサ言いながらも、黒服の二人はそれぞれゴキちゃんとハゲゴキさんを担いで駆け出す。

 

 

「逃がすかよコラ!!ア゛ア゛!?」

 

 

すかさずシュバルツが追撃しようとするものの、その動きは眼鏡をかけた青年が率いるテラフォーマー達が一斉にまとわりつき制限される。

 

 

「貴方の相手はこの僕です!それを忘れないで下さい!!」

 

 

「チッ………!!」

 

 

シュバルツは青年を睨みつけ、テラフォーマーの一体の頭部を握り潰す。

 

 

彼の敵意は完全に青年へと向けられたようだ。逃げるなら今しかない。

 

 

「………あの眼鏡の人はいいのか?」

 

 

クーガは車に向かって駆けつつ、シュバルツと今まさに交戦しようとしている眼鏡の青年を気にかける。

 

 

あの青年が何者かは知らないが、いくらなんでもシュバルツと真っ正面から闘り合うのは不味いのではないだろうか。

 

 

「プッ…心配いらねぇって」

 

 

頭にターバンを巻いた黒服の部下は、青年を気にかけたクーガを笑う。

 

 

七星の部下の反応に、クーガと唯香はキョトンとした表情で顔を見合わせた。一体何がおかしかったのだろうか。

 

 

「あの〝優男〟さんも『PROJECT』の被験者だぜ、ああ見えて」

 

 

もう一人の部下は、ゴキちゃんを抱えた方とは反対の手でサングラスを直しつつそう告げる。

 

 

口の中で飴玉のようにその言葉を転がすが、中々上手く溶かして飲み込むことができない。

 

 

失礼だが、あの青年はあまり強そうに見えない。

 

 

人は見かけによらないという言葉は、あの青年にこそピッタリだろう。

 

 

後ろ髪を引かれる思いではあるものの、シュバルツの相手を青年に任せてリムジンへと乗り込み、クーガ達はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

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「…ふざけたことしてくれるじゃねぇか」

 

 

身にまとわりついていたテラフォーマー達を、シュバルツは一匹残らず肉塊へと変貌させた。

 

 

しかし、そんな圧倒的なまでの力を見せつけても尚。恐らくは彼が操っていたであろう『手駒達(テラフォーマー)』を八つ裂きにしても尚。

 

 

眼鏡の青年『エドワード』こと『エド』に全く動揺は見られない。

 

 

それがシュバルツにとって逆に不気味だった。

 

 

ましてや相手は恐らく元々は一般人。自分やクーガのように血生臭い戦場を駆けた経験はない筈。

 

 

「…僕が何故、貴方に怯えてないか不思議ですか?」

 

 

「……あ?」

 

 

図星だ。そして、エドのそんなゆとりのある態度がシュバルツの癪に障ったようだ 。

 

 

人間は、二つのタイプに分けられる。

 

 

〝喰らう者〟と〝喰われる者〟

 

 

サバンナで生きる『ライオン』や『シマウマ』達と、なんら変わらない。

 

 

自分は前者で、青年は後者。

 

 

にも関わらず、青年(シマウマ)自分(ライオン)に臆していない。

 

 

こうであってはならない。

 

 

目の前の青年は、自分を畏れなければならない。

 

 

シュバルツの『自己中心主義(ジャイアニズム)』。

 

 

しかし、それもエドには通用しなかったようだ。

 

 

「理由は簡単です。貴方よりも強い男を知っている。だから貴方が〝小さなアリンコ〟ぐらいにしか見えないんですよ」

 

 

「ア゛ア゛!?」

 

 

シュバルツの全身が熱く火照り、血圧が高まる。激昂する。

 

 

 

 

 

 

〝いつもの数倍、血液が煮立つのを感じた〟

 

 

 

 

 

 

どうやらエドは、シュバルツの逆鱗に触れてしまったようだ。

 

 

下に見ていた者に舐められる。

 

 

それはシュバルツが一番嫌っていたことだった。

 

 

「テメェ…ぶっ殺してやる!!」

 

 

「それは無理な話です」

 

 

「ア゛ア゛!?」

 

 

エドはふぅと溜め息を吐いた後に眼鏡を外す。

 

 

「先程言った男…僕の友達なんですが、僕は残念ながら彼程強くはない。けれど」

 

 

その後、彼はシュバルツに向かって腕をかざす。

 

 

「貴方にやられる程に僕は弱くありません」

 

 

「ほざくんじゃねえええええええ!!」

 

 

シュバルツは堪忍袋の緒を切らし、エドに向かって走り出す。

 

 

助走を充分につけた上で殴ってやれば、彼の体は木っ端微塵になるだろう。

 

 

しかし、彼は逃げ出す様子もない。

 

 

松葉杖では避けられやしないだろうが。

 

 

「どうした!『手 駒(テラフォーマー)』無しじゃなんにも出来ねぇのかよ!なっさけねぇな!!」

 

 

先程の彼の様子からして、『特性(ベース)』となった生物は〝何かを操る〟特性なのではないか。シュバルツはそう読んでいた。

 

 

シュバルツは生物学の知識はほぼ皆無ではあったが、花琳がテラフォーマーに毒針を注射している現場を目撃していた。

 

 

故に、対処法も粗雑ながら思い付く。

 

 

神経を操る物質、つまりフェロモンや毒を持っていようとも、それを流し込む〝針〟や〝触手〟などの媒体にさえ接触しなければいい。

 

 

それにだけ注意していれば、怖くはない。

 

 

と、思っていた時期が彼にもあった。

 

 

その間違えに気付いたのは、僅か数秒後のことだった。

 

 

「何か勘違いしているようですが…僕の『特性(ベース)』は何かを操るだけが取り柄じゃありません」

 

 

エドがそう告げた途端、シュバルツの瞳から生暖かいものが溢れ出る。

 

 

涙だ。

 

 

涙と言っても、真っ赤な涙。

 

 

「………………あ?」

 

 

シュバルツは、自分の両眼から溢れ出る血液をキョトンとした表情で見つめる。

 

 

いつだ?

 

 

いつから自分は毒と接触していた?

 

 

「その様子だと〝オマケ〟の方も効いてきたみたいですね。感じませんでしたか?血液が熱く熱く、煮立つのが」

 

 

「ウオェエエエッ!!」

 

 

エドがそう告げた途端、シュバルツは猛烈な吐き気に襲われ、吐瀉物を撒き散らす。

 

 

そんな彼とは反対に、エドは涼しい顔をして松葉杖をついて自らの体を支えているだけで、あの場から一歩も動いていない。どんな『特性(ベース)』ならば、こんな芸当が出来るのだろうか。

 

 

「でも〝操る〟のが得意なのは確かですよ。こんな風にね」

 

 

スゥッと息を吸い込むと、彼は続けてこう告げた。

 

 

「自害して下さい。シュバルツさん」

 

 

「ガッ…ハァッ!!」

 

 

シュバルツは、自らの首をその怪力でギリギリと締め付けた。

 

 

勿論、その行動に彼の意思は存在しない。

 

 

ただただ、動いてしまうのだ。エドの言葉のままに。自らの身体の異常は感じていた。

 

 

いつもよりやけに血管が高ぶる上に、何よりも現在進行形で意識が濁っていく。

 

 

透明な水が入ったガラスのコップの中に、水性の絵の具を垂らされるイメージで間違いないだろう。

 

 

それ程までの勢いで、彼の意思は〝何か〟に蝕まれていった。

 

 

『目の前の敵と自分は相性が悪すぎる』

 

 

この時点でようやくシュバルツは悟った。

 

 

今すぐに逃げ出したいところだが、体が意のままに動かないのではどうにもならない。

 

 

「ッオオオオオ!!」

 

 

しかし、このまま何も出来ずに自害するなどゴメンだ。

 

 

「ヅアアアアアアアアア!!」

 

 

シュバルツは、動かせる範囲で思い切り地面を踏み砕いた。

 

 

地面が砕け、ひび割れがエドに向かって走る。

 

 

「なっ!?」

 

 

その地砕きは、松葉杖のエドの体勢を崩すには充分すぎる程の規模。

 

 

その一瞬にて、シュバルツは全力で駆け出す。

 

 

それと同時に、テラフォーマーの死肉を掬い上げて耳の穴に突っ込む。

 

 

多少なりとも、防音効果はある筈だ。エドの言葉を、これ以上聞かずとも済む。

 

 

このままエドを仕留めたいところだが、シュバルツの体には既に染み込んでいた。

 

 

彼が発する〝何か〟と生物としての『恐怖(ほんのう)』が、つま先から頭の頂点まで。

 

 

その二つが、これ以上エドと対峙することを拒んでいた。

 

 

ドスンドスンと轟音を立てて、暴君は去っていく。

 

 

それと同時にザザザ、というノイズと共にエドが携帯していたトランシーバーに通信が入る。

 

 

「………ユーリさんですか?」

 

 

「ああ私だ。下水道の安全も確保した」

 

 

「もうですか!?早いですね!!」

 

 

ユーリとエドはそれぞれの国の『首脳』の命令により、共同でこの場の鎮圧へと赴いた。

 

 

地球圏内で起きている一連の騒動に関して多少なりとも消極的な姿勢を見せる『ロシア』ではあるものの、〝これぐらい〟の協力をしなければマズいと判断したらしく、ユーリを派遣した。

 

 

エドに関しても似たようなものだ。

 

 

恐らく『中国』が起こしたであろうこの騒動に、『ローマ』は関わってないことを証明する為だけの形だけの〝救援〟。

 

 

もっとも、その救援のおかげでこの場は完全に鎮圧されたのだが。

 

 

「これで僕達の任務は終わりですよね?」

 

 

「ああ。現場の安全が確保された以上、後はU─NASAの現場処理班に任せて問題ないだろう」

 

 

「じゃあ僕達もクーガさん達が運ばれていった病院に向かいましょう!」

 

 

「………………………」

 

 

眼鏡を拾い上げてエドがそう提案すると、ユーリからの通信は数秒の沈黙の後に途切れた。

 

 

「…………ユーリさん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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チュンチュンという鳥の鳴き声と、人々の賑わう声が交差する。

 

 

眩しい朝日が眼を差す。

 

 

クーガ・リーは、そんな朝日の中で目を覚ました。

 

 

フカフカとした暖かいベッドに、身が包まれているのを感じる。

 

 

身体を起こした彼の目の前に広がったのは、真っ白な病室。

 

 

そして、スーツに身を包んだ蛭間七星。

 

 

「目が覚めたようだな」

 

 

「七星さん……あの……唯香さん達は?」

 

 

「全員無事だ」

 

 

クーガはフゥと胸を撫で下ろし、安堵の息を吐く。

 

 

しかし、それとは別に更なる不安が涌いてくる。

 

 

「………それで、今どこに?」

 

 

「U─NASAへの連絡義務を怠ったことに加えて『実験用テラフォーマー』の無断解放。事故が起こっていてもおかしくないことをやってのけてしまった訳だ、彼女は。『サポーター』の解任と解職は免れないだろうな」

 

 

「ッ………!!」

 

 

「『実験用テラフォーマー』二体については処分が確定している」

 

 

重すぎるようで、当然すぎるペナルティ。

 

 

花琳を捕らえる為とはいえ、リスクを無視した代償。

 

 

しかし、その責任は自分に回ってくるものだと思っていた。

 

 

だが甘かった。監督責任はあくまで『サポーター』である唯香にある。

 

 

〝交渉用〟にいくつか情報をピックアップしておいたものの、これだけのペナルティの前では五分(フィフティ)五分(フィフティ)での取引に持ち込むのは難しそうだ。

 

 

どうすればいい。駄目元で進言してみるか?

 

 

そんな風に考えを巡らせている時のことだった。

 

 

「とはいえ、趙花琳の裏切りにいち早く気付いた功績は大きい。桜博士と『実験用テラフォーマー』の件については寛容するとのことだ」

 

 

「………え?」

 

 

あまりにも唐突に、あっさりと解決してしまった問題。故に、逆に受け入れ難い。

 

 

裏で様々な思惑が絡み合っているのは明白だろう。

 

 

「…とはいえ、アズサ・S・サンシャインと美月レナの裏切りに関しては容認出来ないとのことだ」

 

 

やはり、アズサとレナは裏切ったことを話したらしい。

 

 

馬鹿正直と思われるかもしれないが、それが二人のよいところだ。

 

 

そして、あの二人は自分の大切な仲間だ。

 

 

尚且つ、これからの任務であの二人の力は必須。

 

 

失うわけにはいかない。

 

 

「七星さん。アズサとレナの裏切りのこと、日本の力で庇って貰う訳にはいかねーかな?」

 

 

クーガのそんな言葉を聞いて、七星は溜め息を吐く。

 

 

この青年は落ち着いてはいるものの、感情論に流されやすい傾向であることはやはり否めない。リーダーとしての資質は、もしや自分の見込み違いだったのだろうか。

 

 

「………気持ちはわかるが」

 

 

「勘違いしないでくれ七星さん」

 

 

言葉を遮るとクーガはベッドからよろりと身を起こし、おぼつかない足取りで個室のドアへと向かい、閉めた後に鍵をかける。

 

 

「取り引きがしたいんだ、オレは」

 

 

「………取り引き?」

 

 

あくまで『地球組』構成員の一人にすぎなおクーガに、上層部(自分達)との取り引き材料など存在するのだろうか。

 

 

彼が実験用のホルマリン漬けになるということであれば、上層部も彼の取り引きに喜んで応じるだろうが、自分や『地球組』及び『アネックス一号』のメンバーが猛反対することは火を見るより明らかである。

 

 

従ってその手は使えない訳だが、彼に他の何があるというのか。

 

 

「二つ情報がある。〝日本が主導権を握りえる情報〟と〝日本を不利にする情報〟の二つだ」

 

 

「…………何?」

 

 

七星は眉をしかめる。

 

 

そして、その眉はクーガの次の言葉で大きく跳ねる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 〝本田晃〟は生きている 」

 

 

「 何!? 」

 

 

食い付いた。あの冷静な七星ですら取り乱した。

 

 

〝本田晃〟

 

 

二十年前の『バグズ二号』計画にて一教授の身でありながら、『バグズ手術』に介入した張本人。

 

 

U─NASAは彼の行方を長年追ってきた。

 

 

何故なら『膝丸燈(セカンド)』、造られた『MO(モザイクオーガン)』持ちを誕生させてしまったから。

 

 

ミッシェル(ファースト)』や『クーガ(サード)』のように奇跡的、偶発的に誕生したのでは諦めのつきようもあるが、人工的に作れると分かった以上はそうもいかない。

 

 

『MO手術』が高確率で成功する夢の新人類を、自分達の手で作れるとなれば各国も気が気ではないに決まっているではないか。

 

 

医療面、経済面、軍事面。

 

 

その技術を手にするだけで、あらゆる分野を制することになる。

 

 

その技術の産みの親であろう〝本田晃〟博士を、各国は血眼になって探していたが、あまりの情報量の少なさに一説にはもう死亡してしまったのではないかと囁かれてしまっていた程だ。

 

 

その人物が生きているとあれば、世界中が血眼で探すことになるだろう。

 

 

なにせ、確保さえすれば今後の国家間交渉において常に優位に立つことが出来る為である。

 

 

「まっ、花琳の口から聞き出しただけだから情報ソースは不確定だし、オレのハッタリかもしれねぇけどな。どうする?〝この嘘か真か分からない情報を他国のお偉いさんの耳元で囁いてもいいんだぜ〟?」

 

 

七星が珍しく脂汗を流したように、クーガも見たことのない表情を七星に見せる。

 

 

悪戯気味にニヤリと口元を歪ませている。

 

 

どうやら、その情報が〝真偽はどうあれ価値がある〟ことにクーガは気付いているようだ。

 

 

どうせ嘘だと高をくくっていても、1%でも考えてしまう。

 

 

〝本田晃を確保出来るかもしれないと〟

 

 

他国の耳に入れば、間違いなく真偽を確かめる為に『諜報員(エージェント)』が送りこまれてくることは間違いない。

 

 

それでもし万が一、本田晃を他国に確保されればどうなるか。

 

 

喜ばしくない結果を招くことは確実だ。

 

 

クーガの情報は、決して無視出来ない。

 

 

とはいえ。

 

 

「………それは名目上では不確実な情報だ。それだけで応じる訳にもいかない」

 

 

「ああ、もう一つだ七星さん。あの『集会』の日に死んだ筈の『地球組』上位ランカーが実は生きてたって話は知ってるか?そんで『地球組』を裏切った。更に言うと裏切った面子がほとんど日本国籍ってのが致命的だよな?」

 

 

七星が何か言う前に間髪入れず、クーガはボイスレコーダーを再生する。

 

 

そこには、死んだ筈の『黒巳キサラ』がペラペラと『集会』の日に何が起こったのかを話す音声が録音されていた。

 

 

「ボイスレコーダーが防水で助かったぜ。流石U─NASA製ってとこか?」

 

 

音声を聞いた後、七星は大きく額に(しわ)を寄せた。

 

 

許せなかったのだろう。

 

 

日本から選抜された構成員の不甲斐なさと、彼らの本質をせめて見抜けなかったU─NASA(自 分 達)の浅はかさを。

 

 

とはいえ、『地球組』は急遽編成されたもの。

 

 

人格テストも行う暇がなかった為に仕方なく起きてしまったこととも言えるが、それで済まされる程甘くはない。『地球組』は日米主体で編成された為に、責任も日米が受け持つことになる。

 

 

もし先日の『帝恐哉』の件だけでなく、『黒巳キサラ』『安堂タカシ』『小金 五右衛門』を始めとする金銭目的で裏切った構成員のことを他国に知られたとしよう。

 

 

日米が責任に問われるだけでなく、裏切った面子のほとんどが日本の構成員だったと知られれば、間違いなく日米間の同盟も破綻しアメリカと友好な関係を築くことも難しくなるだろう。

 

 

なるほど。クーガは、日本を破綻させかねない情報を二つも持っている。

 

 

『アズサ・S・サンシャイン』と『美月レナ』の両名の裏切りなど、その二つに比べると軽すぎる程だろう。

 

 

「………わかった。交渉に応じよう」

 

 

「よっし!!」

 

 

クーガはガッツポーズで心底嬉しそうに笑みを浮かべる。

 

 

それを見て、七星は認識を改める。

 

 

感情に多少振り回される傾向もあるが仲間のことにも気を回し、尚且つ合理的に物事を考えることも出来る。また、自身にとって有益であることを決して見逃さない。

 

 

『地球組』のリーダーとして必要な資質が、彼には充分に備わっている。

 

 

七星がそう確信し、フッと口元を緩めた時だった。

 

 

突如、彼の携帯通信機にU─NASAからの連絡が入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────

 

 

──────────────

 

 

 

 

七星と交渉を終えた後、クーガの元にある指令が届いた。シュバルツ・ヴァサーゴを始末しろとのことだ。

 

 

聞くところによると、あの青年との交戦中に逃げ出したらしい。

 

 

しかし、呆れたものだ。

 

 

自分を越える戦士として『シュバルツ』と『青年』に『MO手術』を施しておいて、その片割れを自分に始末しろだと。

 

 

笑えない。勝手すぎる。

 

 

あの青年に任せればいいだろう。

 

それに、あんな化け物じみた強さを目にした後では自分に、クーガ・リーに勝ち目があるとは到底思えなかった。

 

 

そして何よりも、恐い。

 

 

シュバルツ・ヴァサーゴが、恐い。

 

 

心なしか昔、あの男から受けた傷が痛む。

 

 

イタイ。ヤメテ。コワイ。

 

 

暴力に伴って発せられていた自らの声も、蘇ってくる。

 

 

「………何でだろうな」

 

 

小吉とアドルフに約束し、自分の弱さと向き合ってきた。

 

 

弱さを自覚さえすれば、それを強さに変えていけるものだと思っていた。

 

 

なのに、何故だろう。弱さを見つける度に情けない側面が徐々に浮き彫りになるばかりで、自身が弱くなっている気さえする。

 

 

いくら『父の力(ミイデラゴミムシ)』を身に付けた所で、自身の本質はやはり弱者だ。何年何月何日の歳月が経ったところで、それは変わりない。

 

 

周囲は自分を買い被りすぎだ。

 

 

〝アースランキング第一位?〟

 

 

アズサやレナの方が自分より強いではないか。

 

 

それに加えて、シュバルツと青年という存在も現れた。

 

 

〝第一位〟の肩書きなんて詐欺もいいところだ。

 

 

そう言いつつも強敵を薙ぎ倒してきただろ?

 

 

確かにそれは否定しない。

 

 

イカレ神父に帝恐哉、アズサにレナ。そして筋肉ゴキブリ。

 

 

しかし、そのいずれもが『弱点』をつく形でようやく倒せたものである。

 

 

それは〝強者〟のやることとは程遠い。

 

 

やはり自分は〝弱者〟で、その根幹となっている力は〝強さ〟ではなくて〝弱さ〟なのではないだろうか。

 

 

こんな自分が、遥か格上の『シュバルツ』に挑むなんて大役任されていいものだろうか。

 

 

そんな風にクーガが葛藤している時だった。

 

 

「──────ちゃん!!」

 

 

後ろから誰かが呼ぶ声が響く。

 

 

聞き覚えのない声だ。声色からして児童といった年齢だろう。

 

 

自分にそんな幼い知り合いはいない。故に、自分を呼ぶ声ではない。

 

 

そんな風に高をくくった直後、クーガは後ろで叫んでいた何者かに肩を叩かれた上で〝こう〟呼称される。

 

 

「〝お姉ちゃん!!〟」

 

 

「!?」

 

 

女性と間違われたことなど、少年の時以来だ。

 

 

今は背も伸びたし、肩幅も標準男性ぐらいはあるので間違われることはないと思っていたのだが。

 

 

まぁ髪型が『八重子』に近いモノであるが故に、間違えるのも無理はないかもしれないが。

 

 

多少驚きつつも振り返ると、そこには10歳程の少年がキョトンとした表情でこちらを見ていた。

 

 

とはいえ顔も真っ正面から見せた訳だし、自分が男であることに気付いてくれたのだろう。

 

 

「………お、おねにぇちゃん?」

 

 

「性別わからんからってどちらにも転がせるイントネーションで発音すんな!」

 

 

「あ! お、お兄ちゃんの方だったんだね!」

 

 

「………こんなガタイのお姉ちゃんいてたまるか」

 

 

クーガの肩から力がドッと抜ける。

 

 

きちんと確認しないと性別不詳とはいかがなものか。

 

 

いっそのこと髪型を丸坊主にでもしてみようか。

 

 

そんな風にクーガが血迷いかけた時、少年は何かを差し出した。

 

 

「はい!これポケットから落としたよ!」

 

 

少年の小さな手の中に納まっていたのは、フェルトで出来た携帯ストラップだった。

 

 

今流行りのアニメ番組である『動物フレンズ』のキャラ、『動物フレンズNO,9クーマ・リー』のストラップだ。

 

 

特にそのアニメが好きな訳でもないが、名前に親近感が湧いた為に購入した所存である。

 

 

「わざわざありがとな。っておお?」

 

 

少年の手から受け取った途端、『クーマ・リー』の首はポロッと取れてしまった。

 

 

今までの戦闘の最中、知らぬ間に衝撃を受けてこのクマの首に限界がきていたのだろうか。

 

 

親近感が湧いていただけあって、首が取れるというのは縁起が悪くて笑えない。

 

 

「ボクが直すよ!」

 

 

「え?」

 

 

裁縫はアズサが得意だった記憶があるので、ケガの治療が治ったら彼女にでも頼もうかと思っていたのだが。

 

 

「ボク、お裁縫得意だよ!ホラ!」

 

 

少年は病衣のポケットから、フェルト人形を取り出す。

 

 

その人形にも首の付け根に一度裂けた跡が見られたが、見事に縫い直されていた。

 

 

「うわ!女子力高ッ!!」

 

 

「えへへ。そうでしょ…って嬉しくないよ!」

 

 

「さっきオレのことお姉ちゃん呼わばりしたんだからお互い様だっつーの!」

 

 

「あっ!そうだね!」

 

 

「納得すんのかよ!!」

 

 

他愛のないやり取りの後、少年は笑った。

 

 

彼につられてクーガも笑った。

 

 

こんな時だというのに、笑うことが出来た。

 

 

気の和むこの雰囲気。

 

 

この空気を自分は知っている。

 

 

前にも一度、味わったことがある。

 

 

どこで、誰と話している時のことだっただろうか。

 

 

そうだ。思い出した。

 

 

この少年は似ているのだ。彼に。

 

 

「……………(あかり) 」

 

 

「えっ!?」

 

 

ついつい、無意識に彼の名前を口に出してしまっていたらしい。

 

 

独り言だと思われてびっくりさせてしまったようだ。

 

 

「すまっ…!!」

 

 

「この人形がヒザマルさんだってよくわかったね!!」

 

 

「………え?」

 

 

彼が手に持っている〝胴着を着た人形〟をよく見てみれば、なるほど確かに〝燈〟に瓜二つだ。

 

 

いや。重要なのはそこではない。

 

 

「お前…燈を知ってるのか?」

 

 

「うん…お兄ちゃんも?」

 

 

「…ああ。オレの名前はクーガ・リー。あいつの友達だ。お前は?」

 

 

少年はこちらの自己紹介を聞いて驚いている。

 

 

彼も同様に思うところがあったのだろうか。

 

 

不思議な運命の巡り合わせもあったものだと。

 

 

少年は何拍か置いた後、口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

「……桜人。ボクの名前は春風桜人だよ」

 

 

 

 

 

 

 






暫く見ない間に、お気に入り100越え+閲覧数一万突破していて驚きました。


本当に皆様ありがとうございます。


ここまで続くなんて、自分でも予想してませんでした。


もしよろしければ、これからも応援していただけたら幸いです。


次回の第一部 最終回、気合いを入れて書きたいと思います。






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