LIFE OF FIRE 命の炎〔文章リメイク中〕   作:ゆっくん

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火炎崇拝【宗教】



命を暖め生を授ける。



命を焼き死をもたらす。



そんな特性を持つ、火炎を神格化した宗教。







第二十二話 FATHER 遺産

 

 

 

 

ミイデラゴミムシ

 

 

 

学名『 Pheropsophus Jessoensis 』

 

 

 

その身体は、炎を宿していた。

 

 

ハイドロキノンと過酸化水素。

 

 

この生物は襲われた途端に、その二つの化学物質から瞬時に灼熱の『ベンゾキノン』を生み出す。

 

 

それが直撃した捕食者は、激痛と悪臭の二重奏(デュエット)に見舞われることになる。

 

 

爆音と共に放たれるその『灼熱(ベンゾキノン)』は捕食者の嗅覚・視覚・触覚・味覚・聴覚、つまり五感いずれかの機能を阻害する。

 

 

とはいえ、彼の身体は小さいが故にそれは人間にとって脅威ではない。

 

 

その姿が屁をこいてるようにしか見えないが故に、『屁っぴり虫』と蔑称されることもしばしばだ。

 

 

 

 

 

─────────────────────────────

 

 

──────────────

 

 

 

 

 

しかし、クーガ・リーが人間大のスケールでそれを行えばどうなるか。

 

 

最早それは「屁っぴり虫」では済まない〝火炎放射機さながらの大爆発〟を起こす。

 

 

つまり、五感を阻害するミイデラゴミムシの『ベンゾキノン』を遺憾なく発揮できるのだ。

 

 

恐ろしい程に〝対人戦〟向けの『特性』。

 

 

残念なことに今から行うのは『害虫の王(テラフォーマー)』相手の〝対虫戦〟。

 

 

『ベンゾキノン』が目などの粘膜部に付着したことから生じる激痛など、痛覚がそもそも存在しない故に意にも介さない。

 

 

『尾葉』で空気振動を感じ取り、『微毛』で地面振動を感知し、そして『触覚』にて臭いを察知する精密兵器。

 

 

そのいずれかのレーダーは『ベンゾキノン』により潰せるかもしれないが、その命までは決して狩り取ることが出来ないのは実証済み。

 

 

彼の父『ゴッド・リー』が、まさにその事実の〝死に証人〟なのだから。

 

 

 

 

 

 

───────────────────────────

 

 

──────────────

 

 

 

 

「 じ ょ う じ 」

 

 

水に浸った生物の亡骸の上に、ドスンという音を立てて〝動物性蛋白質〟を接種し筋肉が膨れ上がった個体が着地し、クーガと対峙する。

 

 

「…どんだけカイコガ食ったらそんなガタイになれんだ?」

 

 

『ミイデラゴミムシ』の特性により頭部の結わえた髪が触覚に変化し、両掌に孔が開いたクーガは相手を観察する。

 

 

巨体故のパワーは勿論、スピードも充分に備わってそうだ。

 

 

対して今の自分はどうだろうか。

 

 

強力な『オオエンマハンミョウ』の特性も使えず、使えるのは最弱で頼りない『ミイデラゴミムシ』の特性だけ。

 

 

勝ち目はなし。

 

 

「…と言いてぇとこだけど」

 

 

 

 

 

 

           殺ヤ

 

           れ

 

           る

 

 

 

 

クーガは確信する。

 

 

この個体程度なら()れる、と。

 

 

「行くぜ?〝筋()ソムシ〟」

 

 

クーガ・リーは素早く掌を相手に向け、体内の二つのバルブを解放する。

 

 

ハイドロキノンと過酸化水素。この二つの化学物質を体内で瞬時に合成し、ベンゾキノンを生み出すと同時、爆音と共に放つ。

 

 

瞬く間に、テラフォーマーは爆炎に包まれた

            

 

 

 

 

 

 

           が

 

           し

 

           か

 

           し

 

 

 

 

 

「じょぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ」

 

 

 

 

 

           害 ゴ

 

 

           虫 キ

 

 

           の ブ

 

 

           王 リ

 

 

 

 

 

「…………父親と同じ運命を辿るつもりかしら?」

 

 

 

 

 

           死

 

           な

 

           ず

 

 

 

 

 

火炎の中から、筋骨粒々の個体が姿を現す。クーガを嘲笑いながら、愉快に肩を揺らしている。まるで、こんなもの効く訳ないだろうと言わんばかりに。

 

 

 

 

 

 

           が

 

           し

 

           か

 

           し

 

 

 

 

 

 

「高笑い程わかりやすい死亡フラグもねぇぞ?」

 

 

ベンゾキノンの爆炎が視覚的な目眩ましとなり、クーガはテラフォーマーに急接近する。そして、間髪入れずにテラフォーマーの口内に両手をつきいれた。

 

 

クーガ・リーは知っていた。こう(・ ・)すればテラフォーマーを殺せることを。

 

 

「そうだよ…あれなら…」

 

 

唯香がポツリと呟くと同時に、爆音が響いた。テラフォーマーの〝口内〟でベンゾキノンを放ったのである。

 

 

「──────────────────」

 

 

テラフォーマーは、食道に直接ベンゾキノンの直撃を受けて声無き悲鳴をあげていた。

 

 

彼らテラフォーマーは、身体の構造のいくつかが昆虫だった頃のままである。

 

 

従って、中枢神経の制御を食道に依存している節がある。

 

 

つまり、脳よりも食道が急所となっている。

 

 

そんな急所に、灼熱の炎が浴びせられればどうなるか。

 

 

「じょ…………………じ………………」

 

 

テラフォーマーは、必死に声を絞り出すと同時にクーガに手を伸ばす。

 

 

もう一撃でも受ければ、確実に死ぬ。

 

 

させる訳にはいかない。

 

 

()られる前に、()る。

 

 

クーガの頭を握り潰そうとしたその瞬間、爆音が絶え間無く鳴り響く。

 

 

 

 

 

 

ス゛ト゛ト゛ト゛ト゛ ト゛ト゛ト゛ト゛ト゛ト゛ト゛ト゛ト゛ト゛ ト゛ト゛ト゛ト゛ト゛ト゛ト゛ト゛ト゛ト゛ ト゛ト゛ト゛ト゛ト゛!!

 

 

 

 

 

 

『ミイデラゴミムシ』がベンゾキノンを連射できる回数をご存知だろうか。

 

 

その回数実に、〝29連射〟。

 

 

至近距離かつ、直に食道に叩き込むのであれば『害虫の王(ゴキブリ)』を仕留めるのに充分すぎる程の回数。

 

 

テラフォーマーは、目玉と口内から黒い煙をプスプスと出して倒れた。

 

 

 

 

 

           害 ゴ

 

 

           虫 キ

 

 

           の ブ

 

 

           王 リ

 

 

 

 

「次は『燃えねぇゴミ』に生まれ変わるといいな?」

 

 

 

 

           死

 

           

           す

 

 

 

 

クーガはテラフォーマーの口から手を引き抜く。

 

 

勝利する。二十年前には手も足も出なかった『ミイデラゴミムシ』の特性で、テラフォーマーの強化個体に。

 

 

進化するのはゴキブリだけではない。

 

 

人間もまた、親から子へ強さは受け継がれる。

 

 

故に今回のような〝窮鼠(クーガ)(ゴキブリ)を噛む〟という現象が起きたのだ。

 

 

「もし、二十年前にテラフォーマー(こ い つ ら)のことを事前に知らされてたら。アンタもこうやって勝ってたのかもな、親父(ゴッド・リー) 」

 

 

たった今仕留めたばかりのテラフォーマーの死体を見つめながら、クーガは呟く。

 

 

「……………悔しいよなぁ」

 

 

単なるゴキブリ退治と聞いていたのに、まさかテラフォーマーなんていう化け物退治に精を出すことになるとは思ってもいなかった筈だ。

 

 

妻や息子、つまり母と自分に伝え切れなかった言葉があるかもしれない。

 

 

「オレも今頃になって悔しいぜ、親父」

 

 

フツフツと、怒りが湧いてくる。

 

 

父を殺したテラフォーマーにも、父から受け継いだ『MO』を勝手に呪い呼わばりしていた、恩知らずな自分にも。

 

 

この力に自分は散々救われてきたにも関わらず、負の側面しか見ていなかった。

 

 

もし今の自分を一言で現すとしたら、『親の心子知らず』ということわざが、まさに自分にぴったりなのではないだろうか。

 

 

「今日だけは…今だけは。アンタを弔う為に戦わせてくれねぇか?」

 

 

じわじわと、体の芯が熱くなるのを感じる。

 

怒れる灼熱が、体内を満たしていく。

 

 

そんなクーガを見て、花琳は笑みをこぼす。

 

 

「やるわね…誉めてあげる。これに関しては私も〝計算外〟。けど〝想定内〟ではあるわ」

 

 

花琳の余裕は相変わらず揺るぎない。

 

 

「いくつかの研究サンプルと一緒に逃げるとするわ。ああ、一つだけ忠告しておいてあげる。研究用テラフォーマーはまだウジャウジャいるわ。出来るものなら焼き払った方がいいかもね?」

 

 

「言われなくてもそのつもりだぜ。お前を取っ捕まえて情報を吐き出させたいとこだが…テラフォーマーの処理が優先だ」

 

 

「そう。それじゃあ後もう一つだけ」

 

 

花琳は指を立てて悪戯気味に笑う。

 

 

「〝彼〟の相手、頑張って頂戴」

 

 

その捨て台詞と共に、花琳は去っていく。

 

 

いつにも増して怪しげな笑みだった。

 

 

「………彼?」

 

 

クーガは顔をしかめつつも、僅かな取っ掛かりを頼りに壁を登っていく。唯香とゴキちゃん達を早く起こして脱出しなければならない。

 

 

そしてようやく登りきった時、唯香がふらふらと歩み寄ってきたかと思えば、突如クーガに向かって前のめりに倒れてきた。

 

 

「唯香さん!?」

 

 

慌てて支え、脈拍などを確認する。

 

 

異常はない。どうやら、花琳に何かをされた訳ではなさそうだ。単に緊張の糸が切れたことにより気絶したのだろう。

 

 

よっぽど自分のことを心配してくれたに違いない。

 

 

クーガは唯香をおぶさると、ゴキちゃんとハゲゴキさんを起こそうと体を揺さぶる。こんなところでモタモタしてる場合ではない。

 

 

やるべきことがある。

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

────────────

 

 

 

 

「さ、流石にくたびれましたわ…」

 

 

「〝ろーどーきじゅんほー〟に いはんする」

 

 

アズサとレナは、息を切らしながら背中合わせに腰を降ろす。

 

 

彼女らが仕留めたテラフォーマーの数、約二百体。

 

 

流石の彼女らも、体力は僅かにしか残されてない。

 

 

最も、外にいるテラフォーマー自体は全滅したので心配ないが。

 

 

「後はクーガと唯香様達を待つだけでしてよ…」

 

 

「〝びーる〟のみたい」

 

 

「それよりも先にU-NASAへの報告ですわね」

 

 

「うん」

 

 

花琳に感付かれないように、内密に動く必要があった為にU-NASAには連絡を取らなかった。

 

 

この件が終わったら連絡を取るつもりだ。

 

 

「あたくし達が裏切ったことも報告しますわよ」

 

 

「うぃ。わかってる」

 

 

自分達が一度起こした裏切り。

 

 

それは事実だし、消すこともできない。

 

 

それに何より、それを秘密にしておける程に自分達はウソが上手くなかった。

 

 

「どんな罰でも甘んじて受けましてよ」

 

 

「さけるチーズをさかずにくえとか」

 

 

三流のバラエティ番組すらも取り扱わないような企画を自ら提案し、自らブルブルと震えるレナを見てアズサはクスクスと笑う。

 

 

レナにとってはよっぽどの罰なのだろうか。

 

 

最も、レナにはその程度の罰で済むように手回しするつもりではあるが。

 

 

 

 

 

 

 

 

「 お お い テ メ ェ ら ! !

 

    ク ー ガ ・ リ ー 

 

        は ど こ だ ! ! 」

 

 

突如、怒号にも近い声が辺り一面に鳴り響く。

 

 

それと同時に、ドスンドスンと重厚な足音まで響いてくる。警戒して辺りを見渡すと、施設内から大男がのそりと現れた。

 

 

顎に髭を蓄えた黒髪の男。髪型はスパイキーショートと言う髪型に近い。

 

 

服装はオレンジ色の刑務所の囚人服。

 

 

「…………貴方、まさか」

 

 

体型と服装からして間違いない。

 

 

例の『死刑囚』だ。

 

 

『PROJECT』の被験者にて、〝クーガを越えうる力〟を持つベースの持ち主だった筈。

 

 

制御装置を首につけて飼い慣らすという手筈を聞いていたが、その制御装置が見当たらない。

 

 

その制御装置は花琳の手術によって頸部に埋め込まれる予定だった。そして、それが埋め込まれていない。

 

 

推測出来る答えは一つ。

 

 

花琳は制御装置を埋め込まない代わりに、この男と一時的にでも手を結ぶ取引をしたのではないだろうか。

 

 

その推測が正しいのであれば、この男は敵として認識して間違いない。

 

 

「おお…この施設までオレを運んでくれたクソ(あま)ってお前らか?ありがとよ」

 

 

男は負の感情が凝縮されたかのような汚い笑みをこぼす。

 

 

『吐き気を催す邪悪』など、あくまで文章の中でしかまかり通らない表現だと思っていた。しかしこの男を見てもそうとしか言い表せない。

 

 

他に比喩が思い付かない。

 

 

駄目だ。この男をクーガに会わせてはいけない。

 

 

「で、クーガ・リーは今どこだ?」

 

 

「クーガの元に行かせる訳にはいきませんわ!!」

 

 

アズサとレナは、満身創痍ながらも共に立つ。

 

 

確かに自分達はほぼ体力が切れであろうとも、二人がかりであれば。〝コンビネーション〟ならば負けることはない筈。

 

 

それに、クーガを越えると言っても所詮は机上論ではないだろうか。

 

 

実戦経験が浅い相手に、例え疲労困憊であろうとも自分達が負ける筈もない。

 

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

────────────

 

 

 

唯香は段々と意識を取り戻す。

 

 

気付けば、クーガの背中でおぶられていた。

 

 

「………クーガ君?」

 

 

クーガの体温を直に感じる。

 

 

暖かい。

 

 

熱い。

 

 

無事だ。

 

 

生きている。

 

 

よかった。

 

 

「起きたか唯香さん?ちょっと下水道走ってるからクセーけど我慢してくれよな」

 

 

「うん、大丈夫だよ。それより………」

 

 

クーガが『ミイデラゴミムシ』の特性を使用したことを改めて実感する。

 

 

初めて出会った時から、クーガはこの『特性』を頑なに使おうとしなかった。

 

 

幼い彼には辛すぎた、戦場での記憶を思い出させるから。

 

 

その『特性』をついに自ら受け入れたのだ。

 

 

そして、大きく成長したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

───────────アンタの為に世界を捨てられても…世界の為にアンタを捨てたくない

 

 

 

 

 

 

 

「………あんなこと言われたの初めてだよ?」

 

 

ぎゅうと、クーガを後ろから抱き締める。

 

 

「ほひぃ!?」

 

 

唐突な抱擁に、クーガは思わず剽軽な声を出してしまう。

 

 

「ふえっ!?ごごごごめんね!」

 

 

無意識のうちに抱きついてしまった為に、唯香は頬を赤らめてクーガの背中からパッと体を離した。

 

 

その瞬間、唯香の頭があった場所にコンクリートの破片が勢いよく通過する。

 

 

壁にそれが激突し、パラパラと砕けるのを見届けるとおそるおそる、二人は横の通路を覗き見る。

 

 

すると、三匹のテラフォーマーがこちらを眺めていた。

 

 

「………よし、逃げよう」

 

 

「うん。そうした方がいいと思う!」

 

 

クーガは唯香を背負って走り出す。

 

 

〝ミイデラゴミムシで勝てる訳がない〟

 

 

一対一ならまだしも、相手が二体以上になった時点で危うい。

 

 

ましてや三体など無理だ。

 

 

「クッソ!『薬』さえありゃ!!」

 

 

『オオエンマハンミョウ』の特性さえ使えれば、あの程度であれば処理しきれる。

 

 

しかし『ミイデラゴミムシ』の特性はテラフォーマーに対して効果が薄い。

 

 

先程のような強引な手を使わなければ、個体を撃破することも困難だ。

 

 

「じょうじ」

 

 

「じっじっじっじっ」

 

 

それに、速さにおいてもゴキブリと比べればあまり素早いとは言えない。

 

 

ましてや唯香を背負ってる今の状態では、すぐに追い付かれるのが積の山。

 

 

現に、みるみるうちに距離を詰めてきている。

 

 

「くそったれ!!」

 

 

打つ手なし。

 

 

八方塞がり。

 

 

いや考えろ。まだ手は残されているはず。

 

 

そんな風にクーガが考えを巡らせている時、奥の方からヌッと人影が現れた。

 

 

敵か。味方か。

 

 

判別しようとした瞬間に、その人物から何かが放たれる。

 

 

クーガと唯香の頭部スレスレを通過し、後方のテラフォーマーに突き刺さる。

 

 

一呼吸置いた後に、二射目、三射目とそれは放たれる。

 

 

その射撃の正確さから思い浮かぶのはただ一人。

 

 

 

「ユーリさん!!」

 

 

長い銀髪を靡かせて、ユーリは奥からこちらに向かって歩いてくる。

 

 

「…何で、お前が?」

 

 

アズサとレナが連絡したのだろうか。

 

 

いや、それにしては早すぎる。

 

 

「ここの研究員から連絡を受けた。私は一足先に到着したが、U-NASAの現場処理班ももうじき到着する筈だ」

 

 

「真っ先に駆け付けてくれたのかよ?サンキューな!」

 

 

クーガは拳を突き出す。

 

 

一瞬ユーリはそれに応じようとしたが、手が止まる。

 

 

「すまない。今の私にはそれに応じる資格がない」

 

 

ユーリの思わせぶりな発言に、クーガはキョトンとした表情を浮かべる。

 

 

自分と目を合わせない。何か思い詰めてる証拠だろう。

 

 

その後すぐに溜め息を吐き、ユーリの肩を叩く。

 

 

「後ろめたいことがあろうがなかろうが、お前はオレの仲間だ。だからそんな申し訳なさそーな顔しないでくれよな、スナイパー」

 

 

そう告げた後、クーガは再び出口に向かって走り出す。

 

 

ユーリは、暫くその場から動くことが出来なかった。

 

 

〝復讐〟と〝仲間〟

 

 

その二つの間に心を板挟みにされて。

 

 

 

 

 

 

─────────────────────────

 

 

──────────────

 

 

 

 

「ユーリさん…大丈夫かな」

 

 

カンカンと、鉄を叩く音が鳴り響く。

 

 

クーガと唯香は、地上に通じる梯子を登っていた。

 

 

「あいつなら大丈夫さ。きっと答えを見つけられる」

 

 

そう断言するクーガを見て唯香は微笑む。

 

 

彼の父親も仲間想いだったと聞く。

 

 

クーガもきちんと、自分なりに仲間と向き合ってるのだろう。

 

 

唯香がそう微笑んでいると、マンホールの蓋がガコンと開く。

 

 

そこからヌッと、二人のテラフォーマーがこちらを覗き込む。

 

 

ゴキちゃんと、ハゲゴキさんだ。

 

 

「じぎぎぎ!!」

 

 

「よっ。その様子だと無事に仕事終わったみたいだな」

 

 

「じょうっ!!」

 

 

コクコクと、ゴキちゃんは頷く。

 

 

クーガは梯子を登りきり、唯香を引っ張り上げる。

 

 

その姿を月の光とはまた異なる光が照らしていた。

 

 

緑色の惑星、『火星』の光だ。

 

 

その光に照らされたクーガの姿を、二人のテラフォーマーはまじまじと見つめる。

 

 

「………この姿、やっぱ珍しいか?」

 

 

ミイデラゴミムシの特性を発現させる機会などなかった。

 

 

する気にもなれなかったと言った方が正しいかもしれない。

 

 

「死んだ『親父』の力なんだ」

 

 

 

自分の掌を、改めて見つめる。

 

 

 

幼い頃は、たまらなくこの掌が嫌いだった。

 

 

 

穴が開いていて、怪物みたいな自分の手。

 

 

 

「けどさ。思い出してみればこの力に助けられてきたんだよな、オレって」

 

 

 

これが原因でイスラエルで争いに巻き込まれた?

 

 

 

いいや違う。

 

 

 

イスラエルの治安はあまり良くない。

 

 

 

いずれ争いには巻き込まれていた。

 

 

 

同い年の少年兵は皆ほとんど、死んでしまった。

 

 

 

学校にも行けず。

 

 

 

母親に抱かれる感触も知らず。

 

 

 

銃の感触だけを握ったまま、死んでいった。

 

 

 

そんな中で自分が生き残れた理由。

 

 

 

父親がくれた『MO(お守り)』のおかげ。

 

 

 

「本当はどんだけ礼を言っても言い切れない。それに今更気付いた」

 

 

 

苦しそうに笑うクーガを見て、ゴキちゃんはぽんぽんと背中を叩いた。

 

 

 

涙が彼の頬を静かに伝い、火星の光を浴びて緑色の滴となって輝く。

 

 

 

「唯香さん。小吉さん。アドルフ兄ちゃん。ミッシェル姉ちゃん。燈。マルコス、シーラにアレックス。エヴァ。イザベラ。加奈子。八重子。アズサ。レナ。ユーリ。ゴキちゃん。ハゲゴキさん。七星さんに一郎さん。そんで母さん。

 

 

みんなには〝ありがとう〟とか〝大好き〟とか言えたことあるのに、なんでその内の一回でも親父に言ってやれなかったのかな、オレ」

 

 

 

クーガの瞳からは、ポタポタと涙が絶え間なくこぼれ始める。それを見て、唯香は何も言わずに手を握り締めた。

 

 

 

涙が余計にこぼれそうになるがグイグイと袖で涙を拭い、クーガは二人のテラフォーマーに頭を下げ、礼を述べる。

 

 

 

「………二人には辛い役割頼んでごめんな」

 

 

 

二人にとって同族の死に直結する仕事を頼んでしまった。

 

 

 

クーガは頭を深く下げる。

 

 

 

それを見たハゲゴキさんは茶化す様子もなく、自分の意図を伝えようとジェスチャーする。

 

 

 

「じぎぎぎぎぎ」

 

 

翻訳『何言ってんだ。お互い様だろ』

 

 

 

クーガ達だって、普段同族である人間と命を奪い合っている。

 

 

 

自分達も同じことをしただけのこと。

 

 

 

それに、今日ぐらいは。

 

 

 

彼が亡き父を想う今日ぐらい、罰は当たるまい。

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

─────────────

 

 

 

 

 

 

「…………親父」

 

 

静かに空を見上げれば、相変わらず火星は緑色に輝いていた。

 

 

手を伸ばしたところで、届くことはない。

 

 

あんなに離れていては、言葉も届かないだろう。

 

 

言葉が届かないなら、聞こえないのであれば。

 

 

彼の息子らしく戦闘(たいど)で示すのみ。

 

 

「…見とけよ。

   ド派手な線香くれてやるよ、アンタに」

 

 

 

 

 

 

 

 

「じょうじ」

            「じょじょじょ」

 

   「じょうじ」

 

 

「じじじじじ」      「じょうじょ」

 

 

        「じょおじ」

 

 

「じっじー」    「じぎぎぎぎ」

 

 

 

 

 

研究所の奥から、カサカサと無数のテラフォーマーが這い出してくる。

 

 

『エメラルドゴキブリバチ』のフェロモンが切れて、歯止めが効かなくなっている様子だ。

 

 

普通に考えたら太刀打ち出来ないだろうが、仕込みはバッチリだ。

 

 

ゴキちゃんとハゲゴキさんに、可燃性のガスやら燃料やらをありったけぶちまけながら脱出するように頼んでおいた為である。

 

 

研究所自体が巨大な爆弾と化している筈だ。

 

 

後は、自分が着火するだけ。

 

 

クーガは不適に笑うと、天に輝く火星を指差す。

 

 

テラフォーマー達は、キョトンと空を見上げる。

 

 

「火星は大昔、赤かったらしいな?」

 

 

緑色のコケに覆われた、自分達の故郷。

 

 

それが、どうしたと言うのだろうか。

 

 

「燃やしてやろうか。お前らも昔の火星みたいに真っ赤に。〝オレ〟と〝親父〟の炎で」

 

 

ボン、とクーガの片手から炎が噴き出す。

 

 

テラフォーマー達は、クーガの言っている意味を理解することは出来なかった。

 

 

だが、彼らは恐れた。

 

 

クーガを、いや。

 

 

『炎』を恐れていた。

 

 

『炎』は生と死の象徴と言われる。

 

 

命ある者全てが本能的に炎を敬い、恐れる。

 

 

「じょうっ!!」

 

 

テラフォーマーは、クーガに襲いかかろうと施設内から駆け出した。

 

 

彼らの身体を動かしたのは、判断でも理解でもない。

 

 

恐怖と生存本能。

 

 

奴をやらねば、自分達は死ぬ。

 

 

その直感がテラフォーマー達を動かしていた。

 

 

しかし、もう遅い。

 

 

クーガは掌を前に突き出し、重ね合わせる。

 

 

刹那、彼の両掌から『ベンゾキノン』が放たれたる。

 

 

それは空を裂き、テラフォーマーの群れを突き抜ける。

 

 

その瞬間、可燃性ガスと化学反応を起こし『着火』。

 

 

それが燃料に燃え移り『引火』。

 

 

次第に炎は研究所全体を蝕み『起爆』。

 

 

まるで生きているかのように、炎は全てを貪欲に呑みこんでいく。

 

 

テラフォーマー達の身体は焼かれ、灰へと帰していく。焼かれる身体と薄れゆく意識の中で、テラフォーマー達はクーガを睨んだ。

 

 

いや、正確に言うと彼の横に立っている男を。

 

 

蜃気楼が見せる幻覚だろうか。

 

 

それにしてははっきりと、男の声は響いた。

 

 

 

 

 

 

─────────言っただろ。ゴキブリならば高熱に弱ェはずだ、ってな

 

 

 

 

 

 

 

 

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研究所は焼かれ、モクモクと煙が登っていく。

 

 

この線香は、火星に届いただろうか。

 

 

父は見ていてくれただろうか。

 

 

そんな思いを馳せながら、夜空を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ケホッ、ケホッ!」

 

 

そんなクーガの耳に、アズサが咳き込む声が聞こえてきた。

 

 

どうやら、あの場を無事にくぐり抜けたようだ。

 

 

この空から目を離すのは名残惜しいが、今は仲間の安否に気を配ることが優先だ。そうしなければ、父からゲンコツがとんできそうだ。

 

 

クーガは、ゆっくりと声がした方向に身体を向けた。

 

 

 

「よぉ。久しぶりだなクーガ・リー」

 

 

夜の闇のせいでよく見えないが、巨大な大男が自分の名前を呼んだ。

 

 

「…………誰だ?」

 

 

「〝ご主人様〟の声を忘れちまったってのか?」

 

 

この邪な声には聞き覚えがある。

 

 

それも、遠く昔に。

 

 

「シュバルツ・ヴァサーゴ!

  

    こう言わねぇとわかんねぇのかよ!!

 

あ゛あ゛!?」

 

 

突如発せられた大声に、遠方で見守っていた唯香達もビクつく。

 

 

「………シュバルツ・ヴァサーゴ?」

 

 

イスラエルにて自分を誘拐し、戦場へ送り出していた人物。

 

 

何故ここにいるのか?という疑問が大きすぎて、イマイチ怒りが湧き上がらない。

 

 

死刑宣告を受けたと聞いていたが、『バグズ手術』を受けて花琳の兵隊として雇われていたのだろうか。

 

 

いや、待てよ。

 

 

『PROJECT』とかいう自分を越える戦士を生み出す計画の被験者の内の一人が、『死刑囚』だと聞いていた。もしや、シュバルツがそうなのだろうか。

 

 

「………何してやがんだ、ここで」

 

 

「花琳とかいう女と契約してやった!オレを自由にする代わりにあの女の逃走時間を稼ぐって契約でなぁ!!」

 

 

声高々に、自由になったことを宣言する。

 

 

相変わらず単純な性格のようだ。

 

 

「だったら無駄だ。オレがお前の相手してる間にオレの『仲間』が花琳を確保するだろうよ」

 

 

「仲間?仲間だぁ!?」

 

 

シュバルツはゲラゲラと笑い出す。

 

 

何がおかしいのだろうか。

 

 

「見ろよこれぇ!!」

 

 

シュバルツはグイッと、何かを持ち上げた。

 

 

月明かりに照らされて、その二つが徐々に見えてくる。

 

 

「ケホッ!ケホッケホッ!!」

 

 

「………………カホッ」

 

 

アズサと、レナだ。

 

 

口から血を吐き、首根っこを掴まれて苦しそうにしている。

 

 

「くーがきゅん、ごめんなちゃい!あたちたちよわっちいからやられちゃったにょ☆ふたりはぷりきゅあ!!」

 

 

アズサとレナを人形のように扱っている。

 

 

クーガは怒りに任せてナイフで斬りかかりそうになったが、グッと堪える。

 

 

迂闊に飛び込めば、二人が危ない。

 

 

…しかし、シュバルツのベースは一体なんだ?

 

 

テラフォーマー達との闘いで弱っていたとはいえ、二人を一度に倒し。

 

 

シュバルツにとっては経験が浅いであろう『MO手術』を用いた勝負にて、勝利をもぎ取る程の暴力的な力。

 

 

そんなもの、存在するのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

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全ての生物を人間大に揃えた際。

 

 

王者である『カブトムシ』とそのライバルである『クワガタ』は、恐ろしい程の筋力を発揮する。

 

 

しかし、その二種の生物の筋力を越える生物が存在する。

 

 

 

         〝蟻〟

 

 

 

南米に存在するグンタイアリは、あらゆる生物を数の力で喰らい尽くす恐ろしい生物である。

 

 

しかし、そんな彼等が唯一恐れるものがいる。

 

 

蟻の王『パラポネラ』。

 

 

グンタイアリの行列すらも避けていく、

 

 

   『最強の蟻』にして『最強の昆虫』

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、その『蟻』を喰らう『蟻』が存在するのはご存知だろうか?

 

 

全てを貪り喰らう『蟻』のその姿は、太古の王者『恐竜』を連想させた。

 

 

故に、その名前を冠する。

 

 

 

 

 

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月明かりに照らされたシュバルツの身体は、黒みがかった甲皮で覆われていた。

 

 

その生物のものである金色の体毛が風に吹かれ、靡く。

 

 

その姿はどこなく、百獣の王『ライオン』を連想させた。

 

 

 

 

 

「さぁああ!!おっ始めようぜクーガ・リー!!ドリンクはテメーの血!!前菜はお前の髪ィ!!メインデッシュはテメーの肉!!デザートはテメェの目玉アアアアアア!!」

 

 

 

 

 

 

シュバルツ・ヴァサーゴ

 

 

 

国籍 イスラエル

 

 

 

年齢 34歳

 

 

 

205cm 100kg

 

 

 

MO手術〝昆虫型〟

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────ディノポネラ────────────

 

 

 

 

 

 

 

『アース・ランキング』未登録

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────百蟲の王(ディノポネラ)反逆(トレイター)

 

 

 

 

 

 

 







第一部のラスボス登場です。


次回とその次の回で第一部は終了です。


ちなみにこのディノポネラ、この小説書く前にパラポネラについて調べている時期があったのですが、その時コロンと出てきました。


ラージャンのような金色の体毛に惚れました(^-^)



連絡

『エド』のベースの名前が聖書のとある記述がモチーフの生物なので、聖書無双を以前にやりたいと活動報告に書いていたと思います。


著作権フリーの聖書サイトを駆け巡った結果、その記述の著作権フリーのページ発見しましたぜイヤッホオオオオオオオイ!!


これで聖書無双できますっ!!

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