LIFE OF FIRE 命の炎〔文章リメイク中〕   作:ゆっくん

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 (Fire) + (Fire) = (Flame)





第二十一話 RE:BIRTHDAY 火ノ鳥

 

 

 

 

2598年。

 

 

第二次テラフォーミング計画、『バグズ二号』出発の約一年前。

 

 

ゴッド・リーは、来るべき任務に向けて日々訓練に勤しんでいた。

 

 

火星のゴキブリを駆除する為の『マーズレッドPRO』の使用法や、宇宙飛行士が日々こなしているような訓練。

 

 

体力作りの為のトレーニングもあれば、『バグズ手術』という名の〝肉体の中に寛容器官を埋め込み、昆虫のDNAを取り入れることによってその昆虫の力を得る〟なんていう特撮ヒーロー顔負けの手術で手に入れた『特性』を用いる為の訓練も存在する。

 

 

最もその『特性』も、ゴキブリ駆除では使い道が無さそうではあるが。

 

 

手術の本当の目的はまだ環境が不安定である火星にて、問題なく活動出来る肉体を手に入れることにある。それ故に『特性』はオマケみたいなものだ。

 

 

リーはその『手術』で命を救われた。

 

 

イスラエルで武装組織に拾われて以来、戦争の渦に呑まれ続けてきた。

 

 

散々、奪いたくもない命を奪ってきた。

 

 

それなのに、戦闘中に負傷して使い物にならなくなった途端に見放された。

 

 

この世界の残酷な仕組みには、ほとほと嫌気が差してくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

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廊下の角で、リーの体に衝撃が走る。

 

 

精神的な衝撃ではなく、文字通りの物理的な衝撃。

 

 

「きゃっ!!」

 

 

どすんという尻餅をつく音と、かわいらしい悲鳴からして、誰かがリーにぶつかってきたようだ。

 

 

声がした方向を見下ろすと、カザフスタン出身の『ジャイナ・エイゼンシュテイン』が尻餅をついていた。確か『特性』は『クロカタゾウムシ』だったか。

 

 

「……大丈夫かよ」

 

 

リーはぶっきらぼうに手を突き出す。

 

 

周囲に関心がないように見えて、彼は一緒に任務に向かう『仲間』の事情をよく把握していた。

 

 

例えば国籍や『特性』、僅かではあるが『趣味』なども。

 

 

しかしながら、そんな意外な一面も相手に伝わらなければ意味がない。

 

 

「キャアア!!ごっ、ごめんなさい!!」

 

 

手を差し出した途端に、ジャイナは悲鳴をあげてズザザと後ずさる。

 

 

リーの目付きはナイフのように鋭い。

 

 

女子供からしたら、正直泣き叫ぶレベルだ。

 

 

その証拠にジャイナは隅っこの方で丸くなり、プルプルと震えている。

 

 

リーは溜め息をつくと、ジャイナの脇を抜けて出口へと向かう。

 

 

「…フン」

 

 

あんな態度を取られるのはもう慣れっこではあるが、慣れてはいてもあまり気持ちの良いものではない。

 

 

イスラエルのシオンの丘で仲間達としていたように、久々に誰かと談笑でもしてみたいものだ。

 

 

 

 

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「…飲みすぎちゃったなぁもう。ふふ」

 

 

漆黒のライダースーツに身を包んだ女性が、おぼつかない足取りで酒場を出る。

 

 

綺麗に染まっているものの、そのブロンド色のショートヘアは生まれついてのものではない。

 

 

彼女自らが整髪料で染めたものであり、彼女はれっきとした日本人である。

 

 

グラビアアイドルのような引き締まったスタイルに、モデルのような顔立ち。

 

 

彼女の身を包むレザー製のライダースーツと、アルコールで紅潮した頬、それら全てが相まっていわゆる色気を発している。

 

 

そんな彼女が深夜にうろつけばどうなるか。

 

 

後は大体予想がつくだろう。

 

 

「うぉい!!そこの姉ちゃん!!」

 

 

突然、柄の悪い男二人が彼女の前に立ち塞がった。

 

 

「あら?酔ってるせいかしら。世紀末に迷いこんだみたいね。ふふふ」

 

 

彼女はコテンと首を横に倒し、目の前に現れたモヒカンヘアの男二人にクエスチョンマークを浮かべる。

 

 

普段であれば『ハーレー』などの大きなバイクに乗って「ヒャッハー」と雄叫びをあげていそうだ。

 

 

「ん?この女どっかで見たことねぇか?」

 

 

「へへっ…そりゃこんだけ上玉ならポルノビデオにでも出てんだろ?」

 

 

ニタニタとにやつきながら、テンプレート通りに発情する悪漢。

 

 

そんな二人を見て、彼女は溜め息を吐く。

 

 

「…やっぱり、どの男もみーんなおんなじ、ね」

 

 

彼女に寄りつく男はみんなそうだった。

 

 

大抵すり寄ってくる目的は体か金目当てだ。

 

 

本当に、自分のことを心の底から想ってくれる人間なんていないのだ。

 

 

それが三度目の失恋を経験し、彼女が気付いたこと。

 

 

所詮、世の中の男全てがこうなのかもしれない。

 

 

しかし、中身が一緒だろうと外面ぐらいは選ぶ権利がある筈だ。

 

 

「お・こ・と・わ・り。流石にモヒカンJrを産む気なんてないわよ」

 

 

「テメェに拒否権なんてねぇんだよ!さっさと来い!!」

 

 

男の一人が彼女に掴みかかろうとした時、その男の動きは突如止まる。

 

 

まるで、糸を断ち切られたマリオネットのように。

 

 

「…………お、おい。どうした相棒?」

 

 

もう一人の男が肩を叩く。すると、その肥えた体はドスンという音を立てて倒れた。

 

 

「相棒!!」

 

 

友の身に一体何が起きたのか。男には全く理解出来ていなかった。

 

 

無理矢理にお持ち帰りしようとしていた目の前の彼女もキョトンとしている。

 

 

どうやら彼女が何かした訳でもなさそうだ。

 

 

では、一体何故友は倒れたのか。

 

 

そんな疑問を抱こうとしたまさにその時、男はグンと強い力で引き寄せられた。

 

 

襟を捕まれ、無理矢理に体の向きを変えられる。

 

 

すると目力だけで人を殺せそうな男と対面した。

 

 

「人がヘコんでる時に胸糞悪いもん見せるんじゃねぇよ。モヒカン頭」

 

 

バンダナを巻き、布切れを巻いている大男。

 

 

特徴的なのが、自らを掴んでいる掌の穴。

 

 

掌に穴を空ける手術など聞いたこともない。

 

それだけに、色々な臆測が飛び交い男を混乱させた。

 

 

〝こいつ何で掌に穴があるんだ?まさかタトゥーと同じ感覚で空けやがったのか!?だとしたら相当ヤバイ奴じゃねぇか!!〟

 

 

〝もしくはこいつゲイなのか!?口とケツじゃ飽き足らず両掌も合わせて4穴ファックしてぇってことなのか!?大昔のジャパンのニコニコムービーでネタにされてた野獣先輩やら兄貴とかいう連中でもそんな飢えたセックスモンスターみてぇなことしねぇぞコラ!!〟

 

 

〝どっちにしろヤベェ!殺るか()られるかの二択じゃねぇか!!人間としてのオレが死ぬか男としてのオレが死ぬかのどっちかじゃねぇかよ!!〟

 

 

男が足りない脳ミソをフル回転させて混乱していると、その穴の開いた掌で口を塞ぐ。

 

 

得体の知れない恐怖が、男の身を包む。

 

 

「いますぐ消え失せな。でなけりゃ」

 

 

そして、もう片方の掌も男の口を塞ぐ。

 

 

「汚物らしく消毒してやろうか」

 

 

「 コ゛ メ゛ ン゛ ナ゛ サ゛ イ゛ 」

 

 

鋭く、ドスの効いた一声に男は小便のシルクロードを描きながら逃げ去っていく。

 

 

そんな情けない姿を見て、『ゴッド・リー』は溜め息混じりに再び歩き出す。

 

 

しかし、前には進むことは叶わなかった。チンピラに絡まれていた彼女が、リーのマントを引っ張っているからである。

 

 

「ねぇ。ありがとう」

 

 

「………まだいたのか?」

 

 

リーは興味なさそうに、かつめんどくさそうに彼女の方に振り向く。

 

 

「あら。助けておいてそれはないんじゃない?」

 

 

彼女はムッとした表情でリーを睨みつけた。

 

 

しかし、酒で染まっている頬では迫力に欠ける。

 

 

「…じゃあなんだ。助けた見返りに身体でも求めりゃいいのか?」

 

 

リーは彼女を睨みつける。

 

 

自分はそんな目的で助けたのではない。

 

 

それではむしろ、さっきの連中と同じになってしまう。

 

 

「あらあら。何で真っ先に身体が出てくるのかしら?」

 

 

リーの言葉を聞いた途端に、彼女はニヤリと笑みを浮かべた。どうやら何か勘違いさせてしまったらしい。

 

 

「………あ?」

 

 

それに対してリーは、つい気の抜けた声を出してしまう。

 

 

「だって私、身体で払うなんて言ってないわよ?」

 

 

ニヤニヤとこちらを見つめる彼女に溜め息が出る。

 

 

先程の言葉は彼女を威嚇する為に選んだ脅し文句だ。別にリー自身にそういう願望がある訳ではない。

 

 

そんな事情もお構い無しに、彼女はズイズイと顔を近付けてくる。

 

 

「別にいいわよ?貴方かっこいいしね」

 

 

「断わ」

 

 

「なーんてね?そんなにガードの緩い女じゃないわよ私。ちょっぴり期待した?」

 

 

クスクスと笑う彼女に、リーは溜め息をついた。

 

 

怯えられるのも考えものだが、こうして手玉に取られるのも考えものである。

 

 

「あ、そうだ。ご飯でも奢ってあげようか?」

 

 

彼女は人指し指を立てて提案する。

 

 

それぐらいなら悪くないかもしれない。

 

 

訓練が終わって丁度空腹なのだ。

 

 

「そんぐらいなら構わねぇよ」

 

 

「じゃあ何食べたい?何でもいいわよ」

 

 

彼女は某高級ブランドの財布をチラつかせる。

 

 

どうやら手持ちで困ることはなさそうだ。

 

 

何でも頼んでよいのなら、是非食べてみたいものがある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「〝オーディン〟が食いてぇ」

 

 

「…………え?」

 

 

リーの言葉に、彼女は首を傾げる。

 

 

よっぽど酔っているのだろうか。

 

 

きっと自分の聞き間違えに違いない。

 

 

彼女は自分の中でそう言い聞かせると、再度リーに尋ねた。

 

 

「…あなたは何が食べたいんだっけ?」

 

 

「………だから〝オーディン〟だって言ってんだろうが」

 

 

「生憎だけど北欧神話の神様を食べるなんて罰当たりなことできないわ。貴方も酔ってる?」

 

 

「いいや。シラフだ」

 

 

だとすれば、謎は深まるばかりである。

 

 

オーディンなんて料理聞いたことがない。

 

 

どこかの民俗料理だろうか。

 

 

「お前…日本人だよな?」

 

 

「ええ。そうよ」

 

 

「〝オーディン〟は日本の料理だって聞いたぞ」

 

 

「日本にそんな罰当たりな風習はないわよ…」

 

 

リーが混乱させるせいで、彼女はすっかり酔いが冷めていた。

 

 

うんうんと頭を唸らせ、必死にリーが言っていることを理解しようとする。

 

 

「あっ…………」

 

 

そうしているうちに、一つの可能性に行き着く。

 

 

「もしかして〝オーディン〟って………」

 

 

 

 

 

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「ギャッハッハッハッハッ!!」

 

 

屋台の中を、明るい笑いが包む。

 

 

日本の大昔の屋台を真似た販売方式が、アメリカでは受けがいい。

 

 

ここは、そんな屋台の一つ。

 

 

「〝オーディン〟と〝おでん〟を間違える奴なんて初めて見たぜ!!」

 

 

「私だってびっくりしたわよ。どこのフェンリルかと思ったわ」

 

 

「ヒィッーヒッヒッ!!あんまり笑かすなねぇちゃん!!」

 

 

彼女のジョークとリーの話題で店主は笑い転げている。

 

 

当のリー自身は、ネタにされていることに舌打ちしつつもおでんを貪っていた。

 

 

「おっ、おい兄ちゃん!サービスだ!!くっ、食いな!!」

 

 

店主はヒクヒクと笑いを堪えながらも、馬肉の刺身をリーに差し出した。

 

 

「…………なんだ、こりゃ」

 

 

「オーディンの名馬〝スレイプニール〟の刺身だ!御上がりフェンリルさんよ!!ギャッハッハッハッハッ!!」

 

 

リーの言い間違えネタがよっぽど気に入ったらしく、店主は自分のジョークに大爆笑して床を転げている。

 

 

「チッ………」

 

 

リーは面白くなさそうにそっぽを向く。

 

 

笑い者にされるのも、あまりいい気持ちではない。

 

 

「ごめんね。からかいすぎたわ」

 

 

彼女は謝りつつ、リーの手元のおちょこに熱燗を注ぐ。

 

 

「あなたが可愛いからつい、ね」

 

 

「あ?可愛い?」

 

 

生まれて初めて言われる台詞に、リーは眉をしかめる。

 

 

「もしそう見えるならいい眼科を紹介するが」

 

 

「あら?眼にはこれでも自信あるけど?」

 

 

彼女は得意気に自らの眼を指差す。

 

 

「ならますますオレが可愛いって理由が謎だな」

 

 

「だってあなた、恐い見た目してるのに言い間違えたりおでん食べたいなんて可愛いじゃない。日本式で言うと〝ギャップ萌え〟ってやつかしら?」

 

 

「……サムライの言うことはさっぱりだ」

 

 

「そんなに拗ねないの。ほら。アーン」

 

 

リーは柄にもなく動揺し、起き上がってきたばかりの店主に向かって熱燗を噴き出す。

 

 

それを受けた店主は「目が!!目がぁ!!」と某ジブリ作品のキャラの如く悲鳴を上げ、再び地面に倒れた。

 

 

「嬉しい申し出だがお断りだぜサムライガール。歳上にそいつはいくらなんでも失礼じゃねぇか?」

 

 

「あら?あなたは何歳?」

 

 

「今は25才で来年26だぜ。お嬢ちゃん」

 

 

「私は26歳で来年で27歳よ。歳上の言うことはきちんと聞かないと駄目よ〝ぼ・う・や〟?」

 

 

「………クソッタレ」

 

 

リーは渋々と口を開き、馬刺を放り込まれるままにパクパクとたいらげていく。

 

 

「見た目からして24歳ぐれぇだと思ってたが」

 

 

「女は見かけによらないから騙されちゃ駄目よ?」

 

 

リーは彼女に振り回されつつも、食事と会話で過ごした。

 

 

文句を言いつつも、こんなに誰かと面と向かって談笑を楽しんだのは久々であった為、ついつい時間を忘れて楽しんでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「っ……………」

 

 

リーは、ずきずきと痛む頭を抱えて体を起こす。

 

 

どうやら飲み過ぎたようだ。

 

 

おでんの屋台を出てからの記憶が全くない。

 

 

「あら。お目覚め?」

 

 

リーは彼女の声がした方向に顔を向ける。

 

 

目に入ったのは、バスタオルを巻いた彼女の姿。

 

 

次に、自分の身体に目を移す。

 

 

服を一切身に纏っていなかった。

 

 

「………なぁ」

 

 

「なぁに?」

 

 

「やっちまたのか?その…〝ナニ〟を」

 

 

リーの問いに対して、彼女は微笑みを浮かべる。

 

 

「先手必勝でイかせて貰う。その一言が昨晩のあなたの開戦の合図だったわ」

 

 

「…………どうだったんだ」

 

 

「先手必勝でイってたみたいよ」

 

 

リーは布団に向かってボスンと前のめりに倒れる。

 

 

昨晩顔を見合わせたばかりの見知らぬ女性と身体を重ねただけでなく、西部劇のガンマン顔負けの早撃ちまでかましてしまったという事実が、自己嫌悪を加速させていた。

 

 

「…本当にすまねぇ」

 

 

リーは生まれて初めて土下座した。

 

 

これでは、昨晩彼女に絡んでいた連中と変わらない気がする。

 

 

「謝らないで。あなたをホテル(こ こ)に連れ込んだの私よ?」

 

 

「………あ?」

 

 

自分が無意識のうちに連れ込んだならともかく、彼女が連れ込んだというのはどういうことか。

 

 

雰囲気からして経験はありそうだが、行きずりの男と寝る程尻が軽いようには見えない。

 

 

「アメリカにはね、傷心旅行で来たの」

 

 

彼女はその明るい表情に僅かな陰りを見せる。

 

 

「今まで付き合ってきた人が三人とも私の身体とお金目当てだったの」

 

 

一人目は身体。二人目は金銭。三人目は両方。

 

 

彼女が今まで交際していた男性は、いずれも彼女の人間性に惹かれたのではなく、彼女が持つ何かに惹かれていただけであった。

 

 

「みーんな私のお財布か胸元ばかり見ながら話すんだもの。それが嫌になってね。三度目の失恋でヤケになってこっちに来たの。ありがちな理由でしょ?」

 

 

あくまで明るく振る舞おうとしている彼女の瞳を、リーはただ見守る。

 

 

「私ね、捨て子だから誰からも必要とされてないのかな、ってずっと思ってたの。だから自分の存在意義を認めさせてやるって頑張ってきたんだけど、その結果がそれ」

 

 

溜め息を吐くと、彼女はどこか寂しげな表情を浮かべる。

 

 

「けどあなたは違った。私が持ってるものじゃなくて、私がどんな人間か見ようとしてくれてた。ずっと私の眼を見ながら話してくれてた。当たり前かもしれないけど、嬉しかったのよ」

 

 

彼女はリーの両手をそっと包むと、彼の顔に近付いた。

 

 

そして、静かに接吻する。

 

 

「ありがと。とっても楽しかった」

 

 

「………とんでもねぇ女だな」

 

 

一連の件を聞き終えた後に、リーは深く溜め息をつく。

 

 

「つまりオレは失恋の傷を埋める為の玩具だったって訳か?」

 

 

リーの言葉は無味乾燥に聞こえるが間違ったことを言ってはいないし、ある意味的を射た言葉であった。彼女はただ俯くだけで、何も言い返さない。

 

 

「久々にまともに話してくれる奴に会ったと思ったんだが残念だ。悪いがお前の期待には応えられそうにねぇぜ、サムライガール」

 

 

そう言い終えると、リーは彼女の脇を抜けて自らの服に袖を通していく。

 

 

相変わらず彼女はその場で佇んだままだ。

 

 

「けどよ」

 

 

マントに手を掛けたリーがポツリと漏らす。

 

 

「こうしてやっちまったんだから『話し相手』は無理かもしれねーが責任取るって形で『カップル』とかいうやつにならなってもいいぜ」

 

 

「…………え?」

 

 

リーの斜め上をいく発言に彼女の思考回路はフリーズする。

 

 

自分の勝手な理由で一夜を共にしたのだから、責任を取る必要などない筈だが。

 

 

「お前はそのことについてどうなんだ?賛成か?反対か?」

 

 

いきなり突きつけられた二択に彼女は少なからず動揺する。

 

 

「……私もただ人肌恋しかったから貴方と寝た訳じゃないわ。あなたのことが凄く気になったの。だから…お互いのことを知り合えていけたら嬉しいけれど…」

 

 

「よし。じゃあ決定だサムライガール。お前はオレの『くの一』だぜ」

 

 

「あなた色々と日本の文化を誤解してるわよ」

 

 

リーの思いきりの良さに溜め息と同時に、微笑みも彼女からこぼれる。

 

 

「…出会ったばかりのあなたと寝てしまうような、尻の軽いふつつか者ですがどうかよろしくお願いします」

 

 

リーの『日本人に対する間違った知識ネタ』のノリに合わせて冗談気味にそう告げると、ペコリと頭を下げる。

 

 

その十分後、二人は着衣等を済ませてホテルを出ることにした。

 

 

部屋を出る直前に、リーはふと部屋の隅に目をやる。

 

 

ベッドのマットレスの下に、もう一枚シーツがあることに気付く。

 

 

引っ張り出したそれを見て、リーは彼女に会ってから何度目かわからない溜め息をつく。

 

 

「…わざわざ隠したのも日本人の美徳ってか?」

 

 

リーは再びシーツを何事もなかったかのように戻し、部屋のドアへと足を運ぶ。

 

 

「………どこが尻軽だクソッタレ」

 

 

もしデイヴス艦長が知ったら鉄拳制裁を食らってもおかしくない。

 

 

自分に責任を感じさせない為だったのだろうか。

 

 

彼女が隠したシーツの表面には、血が付着していた。

 

 

 

 

 

 

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昼下がりのU-NASAの前に一台のバイクが停止する。

 

 

バイクに跨がる二人の人物はヘルメットを脱ぎ捨てる。

 

 

彼女と、リーである。

 

 

「ありがとよ。助かったぜ。おかげさまで訓練に間に合いそうだ」

 

 

もし遅刻すれば、鬼のデイヴス艦長からお説教が飛んでくるところだ。

 

 

「お安いご用よ。引き留めたのは私だしね」

 

 

颯爽と髪を靡かせる彼女には、不思議とライダースーツとスポーツバイクが似合っていた。

 

 

「いくら間に合わせる為とはいえ…あんな危なっかしい運転するとは思わなかったけどな」

 

 

彼女は渋滞の道路を、車の間を縫ってスイスイと走り抜けていった。

 

 

しかも、ほぼ速度は落とさず、ぶつからず。

 

 

「危なっかしかったが…見事なもんだったぜ」

 

 

「あら。それぐらい当然よ?なんせそれがお仕事だもの」

 

 

「そうか………っておい。どういうことだサムライガール」

 

 

一瞬聞き流しそうになったが、今とんでもないことを聞いた気がする。

 

 

本人に問いただそうとした時には、彼女はバイクで走り去ってしまっていた。

 

 

「ったく………」

 

 

夜にまた食事をする約束をしていたので、その時にでも尋ねようか。

 

 

リーは身を翻し、U-NASAの訓練施設の入口へと向かう。

 

 

そうしようとしたところで、二人の人物がこちらを見つめていることに気付く。

 

 

『小町小吉』と『秋田奈々緒』。

 

 

どちらも彼女と同じ日本人だったか。

 

 

「…………」

 

 

こちらを眺める二人と対峙するリー。

 

 

そんなリーに向かって、小町小吉はプルプルと震える指を彼に向かって立てた。

 

 

「…あ、あぁ…あ」

 

 

「考えてから言え」

 

 

上手く言葉が出てこない様子の小町小吉に向かって、秋田奈々緒のツッコミが絶妙なタイミングで炸裂する。さながら夫婦漫才のように小気味よいやり取りだ。

 

 

しかし、そんな愉快なプチ漫才の結末を見守っていては訓練に遅れてしまう。

 

 

早足でその場から立ち去ろうとするリーだったが、小吉がまるで獲物に餓えたワニのように彼の足を捕らえた為にその場から動くことを許されなかった。

 

 

彼の瞳からは、悔しさ・怒り・切なさ・虚しさ等全ての感情が凝縮された面倒くさいタイプの涙が二滴、三滴と垂れてくる。

 

 

「ウッホォ!ウホ!ウッホォ!」

 

 

「………日本語でおkだぜ、キングコング」

 

 

突如野生に帰った小吉に、リーは呆れたように溜め息をつく。

 

 

「ウホ!ウホォ!!」

 

 

「本能で何かを訴えようとすんな!!」

 

 

奈々緒に首根っこを掴まれて、連行されていく小町小吉(キングコング)

 

 

嵐が過ぎ去り、ようやくリーは更衣室へと足を運ぶことが出来た。

 

 

 

 

 

 

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「な、なぁリー?」

 

 

体力作りのロードワークの訓練の最中、珍しくリーは話しかけられた。

 

 

相手は先程野生に帰った筈の小吉だ。

 

 

どうやら理性を取り戻したようだ。

 

 

「なんだ?」

 

 

「何で…『天城ほたる』と一緒にいたんだ?」

 

 

「誰だそいつは…」

 

 

そんな人物と一緒にいた覚えはない。

 

 

自分と一緒にいたのは彼女だけだ。

 

 

………いや、待てよ。

 

 

その彼女の名前は一体なんという名前だったのだろうか。

 

 

「…あいつのことなんか知ってるのか」

 

 

「バッ!知ってるもなにも…!」

 

 

「先程からうるさいぞお前達!!」

 

 

デスクワークの忙しいドナテロ艦長に代わって、集団を引率していた『明明』副艦長からお叱りが飛ぶ。どうやら私語がバレていたようだ。

 

 

「すまねぇな副艦長」

 

 

「全く…リーが珍しく私語してるかと思えばお前の仕業か、小吉」

 

 

それ以前に私語をする相手が自分の場合はいないのだ。

 

 

そうリーが心の中でぼやいていると、小吉が爆弾を落とす。

 

 

「だって副艦長!こいつ『天城ほたる』さんと一緒にいたんですよ!!」

 

 

「………なに?」

 

 

明明の眉がピクリ、と動く。

 

 

「…あー。リー。彼女とはどういう関係だ?」

 

 

訓練中は特に厳しい明明ですらこんな風に食らいつく始末だ。

 

 

彼女は、『天城ほたる』はよっぽど有名なのだろうか。

 

 

「肉体関係だ」

 

 

「ブッ!?」

 

 

直球すぎる返答に、水分補給をしていたジャイナが思わずむせる。

 

 

リーに対して男性陣からは嫉妬、女性陣からは軽蔑の視線が送られる。

 

 

「……冗談だ」

 

 

メンバー達はホッと胸を撫で下ろす。しかし、リーが続けざまに放った一言で再び場は荒れる。

 

 

「今日から交際してる」

 

 

「はぁ!?はああああ!?はああああああああぁあああぁあああああぁぁあぁあぁあああああああああ!?」

 

 

「落ち着けゴリラ!!保健所呼ぶぞ!!」

 

 

荒ぶる小吉を奈々緒が必死に抑えつける。

 

 

暴れはしないものの、他の男性メンバーも同様にリーを血の涙を流しながら睨みつけている。大人しく静観してる男性は『ティン』と『一郎』だけのようだ。

 

 

「…あいつのこと何か知ってるのか?」

 

 

「知ってるも何もほら!」

 

 

奈々緒が指差した先には、バイク屋の大きな看板。

 

 

アメリカだけあって、ド派手なサイズだ。

 

 

しかし問題はサイズではない。

 

 

彼女がその看板に大きく掲載されているのだ。

 

 

S B K(スーパーバイク世界選手権)チャンピオン

     

      【HOTAL(ほたる)AMAGI(天城)】贔屓の店』

 

 

 

「………道理でな」

 

 

合点がいった。彼女のバイクの運転は、危なっかしくもバイクに関しては素人の自分ですらも上手いと感じたレベルだ。リーが納得していると、続けざまに質問が飛んでくる。

 

 

「付き合うまでの経緯を三行で説明しろ!!」

 

 

「もうやったのか!?彼女とやったのか!?」

 

 

「具体的なコメントは控えさせて貰うぜ」

 

 

リーが軽く流そうとすると、ジャイナが明明の陰に隠れて挙手する。

 

 

相変わらずリーに対して怯えている様子だ。

 

 

「えっと…あの…『天城ほたる』さんが有名な方だって知らなかったんですか?」

 

 

「…イスラエル人が有名人と付き合うのがそんなに珍しいか?リトルガール」

 

 

「ヒッ!!」

 

 

ツカツカと歩み寄ってくるリーに怯え、ジャイナは頭を手で覆って屈み、プルプルと震える。

 

 

「たまたま気になった女が有名人だっただけだぜ」

 

 

ポンポン、とジャイナの頭に手を置くとリーは元の整列位置へと戻っていく。

 

 

「なんだか余裕があるな、リーのやつ。あれが非童貞の余裕か?」

 

 

「どう考えても違うだろ童貞」

 

 

「どどど童貞ちゃうわ!!」

 

 

小吉と奈々緒の夫婦漫才が暫く続いた後、一行は再びロードワークを再開した。

 

 

 

 

 

 

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夕方になり、本日の訓練は終了した。

 

 

いつもであればメンバー達は疲労困憊な様子なのだが、今日だけは違った。

 

 

『天城ほたる』に会えるからである。

 

 

さながらデパートの屋上に来るヒーローを待ちわびるこども達のようだ。

 

 

班猫女(はんみょうおんな)って呼ばれてんのか、あいつ」

 

 

目をそこそこにしか通していなかった週刊誌の記事の中に、彼女の記事が存在した。

 

 

「そうそう。『ハンミョウ』って虫はジャパンじゃ『道教え』って呼ばれてるぐらいに面白い動き方することで有名でしょ?」

 

 

『マリア・ビレン』は親切にも昆虫図鑑のハンミョウのページを開きながら解説してくれていた。

 

 

「ハンミョウは視力が異常に発達していて、動く物に素早く反応する。また、こちらが近付くと素早い動きで一定の距離を保つ。追い付けそうで追い付けない。彼女はその優れた視力と運転技術でハンミョウのような運転を体現してる…だって」

 

 

「常に常人じゃ真似出来ないような最短のコースを走る故に、後ろから続く後続車もそれを真似ようとするものの出来る筈もなく、レースの度に多くの事故車両が生まれてしまう…か。とんでもねぇ女だな」

 

 

フムフムと週刊誌をめくる二人。相手のことを知っておけば聞きたいこと、話したいこともおのずと見えてくる。故にリーはほたるに関するページにかじりつく。

 

 

「かっこよくて綺麗。男性からも女性からもファンが出るのも当然ね」

 

 

「ありがとよ、マリア。今日の予習はこれでバッチリだぜ」

 

 

彼女を迎えに行こうと腰をあげた時、ふと異常な光景が目に入る。メンバー達が何故か、めかしこんでいるのだ。

 

 

「なぁティン。これ似合ってるか?」

 

 

「え…あぁ。うん。似合ってるんじゃないか?」

 

 

「コラ!他人に反応求めるな!困ってんでしょ!」

 

「そういうアキちゃんだってめかしこんでるじゃん!!」

 

 

「なっ!?こっこれは普段着よ!普段着!!」

 

 

そうは言っても身に付けているのはデフォルメされた『天城ほたる』がウィンクしてるTシャツだ。あれが普段着とは考えづらいが。

 

 

「……お前ら着いてくる気満々だな」

 

 

「ばっ馬鹿者。これはお前が失礼のないように上司としての責任をだな…」

 

 

明明すらもファンTシャツに身を包んで目を輝かせている。

 

 

リーは肩を落として、彼女との初めての『デート』という行為についてくることを許した。

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

────────────

 

 

 

 

昨晩、ほたるとリーが食事したおでんの屋台。

 

 

その屋台で、二人とU-NASAのメンバー達が賑わっていた。

 

 

客席は足りておらず、机と椅子まで出されてまるでビアガーデンのような状態だった。

 

 

「へぇー。皆さん宇宙飛行士なんですか?」

 

 

「そうなんですよ~ほたるさん」

 

 

「火星を人類の生活圏とするのが目的であります!」

 

 

これ見よがしに、彼女のファンのメンバーはステータスをアピールする。

 

 

「ってことはあなたも?」

 

 

ツンツンと、ほたるはリーの腕をつつく。

 

 

「ああ。当然な」

 

 

「この掌の穴もその為?」

 

 

メンバーは一斉に飲み物を噴き出し、むせ返る。

 

 

『バグズ手術』の情報は禁則として情報の漏洩を禁じられている。

 

 

普通に生活していればバレない筈だが、リーの掌の穴は些かわかりやすすぎたようだ。

 

 

「あぁ。この二つの穴でゴキブリ共を吸い込むのさ」

 

 

「ふふ。某掃除機みたいね」

 

 

「リーソン。吸引力の変わらない(ゴッド)の掃除機だぜ」

 

 

それを聞いてジャイナがクスクスと笑う。

 

 

昨日と比べて、彼女はリーをあまり恐がらなくなっていた。

 

 

何故だろうか。

 

 

「ほたるさん!ここで我々からプレゼントがあるのですが!!」

 

 

突如、メンバーの一人である『テジャス』からサプライズが提示された。

 

 

「まぁそれは素敵!でも本当にいいんですか?」

 

 

「いいんです。私からはこれを…後、サインをTシャツにいただけたら嬉しいです…」

 

 

明明はごにょごにょと呟いた後に、彼女の好きな『どらえもん』の大きなぬいぐるみを取り出した。

 

 

“とても大きなもの”が苦手なジャイナは、それにビクッとしてリーの陰に隠れてしまった。

 

 

「オレからは…こいつを」

 

 

メンバーの一人、ルドンは大きな包み紙を取り出した。

 

 

「あら。何かしら?」

 

 

「日本のHENTAIゲームです」

 

 

メンバーが一斉にルドンをリンチした後に、メンバーは各々のTシャツにサインを貰ってホクホクした気分で帰っていった。

 

 

食事も一緒に楽しみたいところだが、流石にこれ以上デートの邪魔をするのは悪いということで退散していった。

 

 

「あれ?リー君じゃないか」

 

 

「あ?」

 

 

入れ違いに、誰かが屋台に入ってきたようだ。

 

 

そこにはU-NASAメンバーの一人、『ヴィクトリア・ウッド』がニヤニヤとこちらを見つめながら佇んでいた。

 

 

その横では、小さな女の子がこちらを見上げていた。

 

 

「ウッド姐姐(お姉ちゃん)、このひとたちだれ?」

 

 

「んー?花琳。この人はね、お姉ちゃんの知り合いだぞぉ」

 

 

「ったく…ガキは嫌いだってのによ…」

 

 

「こら」

 

 

ほたるが頭をこつんと叩くと、リーは渋々とおでんを口につけて食事を続ける。

 

 

「おでんください!!」

 

 

先程の女の子とはまた違う声が屋台に響く。

 

 

振り替えると、タクシーからとっとことっとこと、小さな女の子が駆けてくるのが見えた。

 

 

「おっ。お嬢ちゃん何歳だい?」

 

 

「“さくらゆいか”よんさいです!!」

 

 

リーは再び溜め息をつく。静かに食事をしたかったのだが、これでますます不可能になってしまった。

 

 

「あらお嬢ちゃん、一人?」

 

 

「まいごです!えっへん!!」

 

 

「迷子かよ…」

 

 

一人で彷徨かせる訳にもいかないので、警察が来るまで共に待つことにした。

 

 

そんな“ゆいか”に、花琳と呼ばれていた一人の女の子がちょこちょこと歩み寄ってきた。

 

 

「あなたなんさい?」

 

 

「よんさいだよ!」

 

 

「わたしはごさい。ひとつうえだからえらいのよ?」

 

 

「そんなことないよ!わたしなんて『いきものずかん』よめるもん!」

 

 

キャアキャアと、こども戦争が勃発する。

 

 

本当は静かな環境で ほたると色々話したかったのだが、こうなっては仕方のないことである。

 

 

そんな幼い声が飛び交う中でも、リーは ほたるに話しかけようとしたのだが、

 

 

「あなたも私のファンの方?」

 

 

「知ってるけど私はサインなんていらないよん。『ベテランぶったおばさん』は大嫌いだからね」

 

 

「あら!おばさんじゃないでしょ~?おねぇさんでしょ~!?」

 

 

「キャア!む、胸揉むなおばさん!!」

 

 

26歳のほたるはクスクスと笑いながら、18歳のウッドにセクハラ上司顔負けのボディタッチを平然と繰り返している。

 

 

どうやら自分の話す相手は、目の前の店主しかいなさそうだ。

 

 

「おい兄ちゃん!爪楊枝いるかい!?」

 

 

「あぁ。貰うぜ。卵の黄身が歯の間に挟まっちまった」

 

 

 「あいよ!オーディンの槍“グングニル”だ!刺されないように気を付けなフェンリルさんよ!!ヒッヒッヒッ!!」

 

 

 リーに爪楊枝を渡した後に、屋台の親父は一人で爆笑する。

 

 

どうやら昨日のリーが“おでん”と“オーディン”を言い間違えたギャグがよっぽど気に入ったようだ。

 

 

リーは爪楊枝をくわえながら、カオスなその現場に一人耐えた。

 

 

暫くして、“ゆいか”を迎えに警察が来た後にウッド達も帰っていき、ようやく二人で話せる時間が訪れた。

 

 

「散々な初デートになっちゃったわね」

 

 

「おでん屋に二日連続で来ちまってる時点でお察しだろ」

 

 

「ふふ。ごもっとも」

 

 

熱燗をリーのお猪口にトクトクと注ぎながら、ほたるはリーの瞳をじっと見つめる。

 

 

「もしかしてあなたがおでん好きな理由って…みんなとワイワイ話せるから?」

 

 

「おでん自体が特に好きって訳でもねぇさ。ただおでんを食う時の雰囲気は嫌いじゃねぇかもな」

 

 

それを聞いておでんの屋台主は、気分がよさそうに二人の前に牛すじをサービスで差し出した。

 

 

「店主さんありがとね」

 

 

店主にお礼を言うと、ほたるはリーの掌の上に自分の掌を重ねる。

 

 

「順番は違っちゃったけど…少しずつ知り合っていきましょうね。私達」

 

 

「物好きな女だな、お前も」

 

 

憎まれ口を挟みつつも、リーの頬は僅かに緩んでいた。

 

 

 

 

 

 

───────────────────────────

 

 

──────────────

 

 

 

 

その後、ほたるとリーの交際は思いの外順調に進んでいった。

 

 

互いが捨て子であることや、リーが過去に傭兵だったこと。

 

 

『U-NASAの機密事項』以外の秘密を、ほぼ全て彼女にさらけ出した。

 

 

「どことなく変わったな、リー」

 

 

「………デイヴス艦長か」

 

 

ドナテロ・K・デイヴス。

 

 

『バグズ二号』の艦長であり、自分達のリーダーである。

 

 

「いや。変わったというよりも少し素直になっただけか?」

 

 

リーは、ほんのわずかだが他人と話せるようになっていた。

 

 

言葉や雰囲気が少しばかり柔らかくなったおかげだろうか。

 

 

あのジャイナですら、リーに声をかけてくるようになった。

 

 

「噂の彼女のおかげか?」

 

 

「…まぁコミュニケーションの取り方は上手くなったと思うぜ」

 

 

ほたるは一つ歳上のせいか、とても聞き上手だ。

 

 

それ故に、こちらも柄にもなく少しばかり口達者になったと思う。

 

 

「後三ヶ月程で任務だ」

 

 

「………わかってる」

 

 

火星に行き、ゴキブリを駆除するだけの任務。

 

 

一見簡単そうに聞こえるが、イレギュラーなことも起こるかもしれない。

 

 

生きて帰って来れる保証など、どこにもないのだ。

 

 

「思いは口で伝えないと伝わらない。後悔しないようにな」

 

 

リーの肩にポンと手を乗せると、艦長は去っていく。

 

 

妻がいる身としては、リーの今の境遇を他人事には思えなかったのだろう。

 

 

「………今更愛の告白をしろってか?」

 

 

流れのままに交際することになったが、『好き』だとか『愛してる』だとかの月並みな言葉など、一度も言ったことがなかった。

 

 

今更だが、言った方が良いのだろうか。

 

 

それこそ火星に旅立つ前に。

 

 

「…U-NASAには恋愛カウンセラーはいねぇのか?税金泥棒が」

 

 

誰かに相談したいところだが、男性陣からは茶化されそうだし、女性陣に聞くのもどことなく気が引ける。噂が広がりそうで恐いからである。

 

 

偏見かもしれないが、女性のネットワークは非常に恐ろしい。

 

 

だとすれば、誰に相談しようか。

 

 

「……どうしたんだ?悩み事か?」

 

 

顔を上げると、そこにはタイ出身のティンがいた。

 

 

「…………ムエタイボクサーか」

 

 

彼ならば、口も固そうだし無闇に茶化さないだろう。

 

 

「一つ聞きてぇことがある」

 

 

「………なんだ?」

 

 

トレーニングで流した汗を拭き取りながら、ティンは聞き返した。

 

 

「変な話、好きな女には『好き』って伝えた方がいいのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────バイバイティン君。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………伝えた方がいいと思うよ。オレは」

 

 

ティンは、遠い昔の記憶を思い出しながら断言した。

 

 

人と人の縁は、いつ切れるかわからない。

 

 

故に、後悔しない為にも伝えておいた方がいい。想いを。

 

 

「そうか。そりゃそうだな」

 

 

リーは僅かに愁いを宿したティンの瞳を見て、何かを察する。

 

 

そして、彼女との待ち合わせを取り付けようと電話をかける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オカケニナッタ デンワバンゴウ ハ ゲンザイ ツカワレテオリマセン バンゴウ ヲ オタシカメノウエ モウイチド オカケナオシクダサイ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

──────────

 

 

 

2599年。

 

 

第二次テラフォーミング計画『バグズ二号』出発の日。

 

 

ゴッド・リーは、いつもと何一つ変わらぬ表情で出発の準備を進めていた。

 

 

「………リーの奴平気なのか」

 

 

「ほたるさんと連絡つかなくなってから三ヶ月…だっけ」

 

 

小吉と奈々緒は、リーを心配そうに見守る。

 

 

突如ほたると連絡がつかなくなってから、どことなくリーからは元気がなくなっていた。

 

 

「でも変だよね。リー…さんのことあっさり捨てたりするような人じゃないと思うけど…」

 

 

「だから余計に心配なんだろ。週刊誌のインタビューにも最近顔出してねぇみたいだし。事故でなけりゃいいんだけどな」

 

 

二人が心配していたところ、ジャイナが息を切らして 出発ロビーに走り込んできた。

 

 

「リ、リーさんはいますか!!」

 

 

「…どうした、リトルガール」

 

 

「ほたるさんが!ほたるさんがお呼びです!!」

 

 

「………あ?」

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────

 

 

─────────

 

 

「久しぶり。元気だったかしら?」

 

 

「ご覧の通りだぜ、サムライガール」

 

 

「ふふふ。ちょっとしょげてた?」

 

 

「正直に言うとな。そんなネガティブもお前の“それ”見て吹っ飛んだが。衝撃的すぎて息すんのも危うく忘れちまいそうだ」

 

 

久々に再会したほたる。色々と問い詰めようとしていたことがあった筈なのに、その質問は吹き飛んでしまっていた。

 

 

彼女のお腹が、ポッコリと膨らんでいたからである。

 

 

「………あん時、出来てたのか?」

 

 

「そ、あの時よ。けど安心して。養育費を請求しに来た訳じゃないから」

 

 

初めて出会ったあの夜に、リーとほたるは一度だけ体を重ねた。

 

 

その後の数ヵ月はデートを頻繁にするだけだったのだが、どうやらとんだミラクルを起こしてしまっていたようだ。

 

 

「お別れを言いに来たのよ。あなたに」

 

 

「………〝見送り〟じゃなくてか?」

 

 

「そう。〝お別れ〟よ」

 

 

「縁起でもねぇことは言うもんじゃねぇぜ」

 

 

自分が二度と帰って来ないような言い回し故に勘弁して貰いたいものだが、彼女はそのような意味で言った訳ではないだろう。

 

 

「本当はね。あなたに迷惑をかけない為に二度と連絡しないつもりだったの。けど、最後にもう一度だけ会いたくなったの。ごめんね」

 

 

リーは望んで自分と体を重ねた訳ではない。

 

 

責任を取ると言ってくれたが、自分はそれを真に受けて甘えていい程に、こどもではなかった。

 

 

ほたるはそれを理解していた故に、心に決めていた。

 

 

リーとはもう縁を切る。彼の負担にならない為にも、リーが今後自らの意思で女性を選び、彼自身が幸せな人生を歩んでいく為にも。

 

 

リーからすれば、一度だけの関係で惰性でダラダラと付き合わされることになっても、心の底では迷惑なのではないだろうか。

 

 

世間から見れば、自らのやったことは婚期を逃した三十路の女性が若い男性に所謂『中出し』させて既成事実を作り、『でき婚』させるのと同じであるからだ。

 

 

「とっても幸せだったけれど、私達の関係やっぱり『愛』とは呼べないと思う。ごめんなさいね、無理矢理付き合わせちゃって」

 

 

ほたるはリーに口づけすると、身を翻してその場を去ろうとする。

 

 

しかし、その手をリーがしっかりと掴んで離さない。

 

 

「オレは25年間戦争ずくめの毎日だった」

 

 

リーの年齢は26歳。その人生の25/26を、火薬と血の臭いを嗅ぎながら過ごしてきた。

 

 

「だが最後の1年間…戦争からようやく離れて仲間達、つまり『バグズ二号』の連中と会えた」

 

 

戦争でしか一日のスケジュールが埋められなかったリーにとって、戦争と無縁な一日を過ごせた1年間は幸せそのものだった。

 

 

「世間から見れば訓練尽くしできつい日々かもしれねぇ。だがオレからしたら幸せそのものだったぜ」

 

 

不馴れな様子で、リーはもう一方のほたるの手を握り締める。

 

 

「オレはお前といて幸せだったし、後悔もしてねぇ。『愛』ってやつの定義なんて世間の連中が決めることじゃねぇはずだ」

 

 

リーは一瞬照れ臭さが邪魔して躊躇いがあったが、意を決してほたるに口づけする。

 

 

ほたるはそれにキョトンとしている様子だ。

 

 

「オレはお前が大切で、お前もオレを想ってくれてる。『愛』ってのはそんだけじゃ証明不可能なめんどくせぇもんなのか?」

 

 

その言葉を聞いて、ほんの僅かにだがほたるの頬は赤く染まった。

 

 

何も言わない彼女に、リーは懐から何かを取り出して彼女に押しつける。

 

 

「……これは?」

 

 

「オレがクソU-NASAから貰った金全部だ」

 

 

「それを…何で私に?」

 

 

中を見ると、それなりの金額が入っていた。

 

 

こんな大金をどうさせるつもりなのか。

 

 

「オレが『地球』に帰ってくるまで預かっててくれ。ガキのミルク代にもしていいぜ」

 

 

「え?」

 

 

「サムライガール、日本じゃ財布の紐は女房が握ってるって聞いてるが?」

 

 

「それってプロポーズのつもり?」

 

 

「かもな」

 

 

シーンと、二人の間に沈黙が訪れる。

 

 

お互いの瞬きの音しか、聞こえるものはなかった。

 

 

「……交際の時といい今回といい、随分と破天荒な告白ね?兵隊さん」

 

 

「ワイルドだろ?」

 

 

「えぇ。とっても」

 

 

ほたるが幸せそうに微笑むと、お腹の子がドンドンと腹を蹴り出した。

 

 

「元気な子みたいよ」

 

 

「………そいつは良かったぜ」

 

 

リーは中腰になり、ほたるのお腹にそっと手を当てる。

 

 

その途端、お腹の子はピタリと腹を蹴ることをやめた。

 

 

「よく聞きやがれ。オレはもしかしたら二度と帰って来れないかもしれねぇ。そうしたらお前とベースボールしたり、休日にクタクタの体で遊園地とかいう場所に連れてってやることもできない訳だ」

 

 

万が一ではあるが、『バグズ二号』が故障して二度と帰って来れなくなるかもしれない。

 

 

もしかしたら、火星のゴキブリが怪物になっているかもしれない。

 

 

帰って来られない可能性は山程ある。

 

 

それ故、父は子に最後になるかもしれない言葉を大切に伝える。

 

 

 

 

「だから一応言っておく」

 

 

 

 

 

 

───────────────愛してるぜ、クソガキ

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────

 

 

───────────────

 

 

 

2620年。

 

 

『地球組』所属のクーガ・リーは水中に引きずり込まれ、微睡む意識の中で夢を見ていた。

 

 

両親が出会いから始まり、最後に父親が自分に『愛してる』と言う夢だ。

 

 

死ぬ直前は、自分の人生の走馬灯というのが相場だと思っていたがどうやら違うらしい。

 

 

けれど、嬉しかった。

 

 

父親が自分のことを、愛してるとは思っていなかったから。

 

 

父は望まないまま自分に生を授けたと思っていたから。

 

 

それ故に、お返しと言わんばかりに『MO呪い』を遺したと思っていたから。

 

 

今見た夢は、自分の都合のいい妄想かもしれない。

 

 

しかし、それでも充分だった。少しだけ幸せな気分で死ねるなら悪くないかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────悟り開いた聖人ぶってんじゃねぇぞクソガキ。生きろ

 

 

 

 

 

 

 

 

クーガの耳の奥に声が響く。

 

 

これも、自分の都合の良い妄想かもしれない。

 

 

しかし、そういったスピリチュアルなパワーは抜きにしても、体は確かに何かを感じている。

 

 

自分の中に秘められた、生物の『DNA(本能)』。

 

 

人間、オオエンマハンミョウ。

 

 

そして最後の一つ。その『DNA』が、理屈抜きに強く告げている。

 

 

生きろと。

 

 

それは、クーガ自身が呪いと呼んでいたもの。度重なる死の脅威から、クーガを守っていたもの。

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

───────────────

 

 

 

 

「クーガ君」

 

 

桜唯香は脱け殻になってしまったようなその瞳で、彼が消えていった水面を見つめていた。それを見て、花琳はクスリと笑みを浮かべた。

 

 

「本当に人間って…弱いのね」

 

 

花琳がそう告げた矢先のことだった。

 

 

「……あら?」

 

 

水面にプカリと何かが浮かんできた。最初はクーガ・リーの死体かと思ったが、それは違った。

 

 

ゲンゴロウタイプの『バグズトルーパー』の死体である。

 

 

一人浮かび上がってきたのを皮切りに、次々と浮かび上がってくる。

 

 

仰向けの死体をよく見てみると、『窒息』していた。

 

 

水中で生きるゲンゴロウの特性を持つ者が普通窒息するだろうか。

 

 

いいや。あり得る筈がない。

 

 

しかし、『薬』のないクーガ・リーに彼らの呼吸気管を力任せに破壊するなんて真似が出来るだろうか。

 

花琳が考えを巡らせている最中、大きな水柱が立った。

 

 

何事かと思ったが、花琳はすぐに理解した。

 

 

恐らく唯香も理解している筈だ。

 

 

あの虫は、二つの物質を体内で生成することが出来る。

 

 

体内の小室でそれぞれを生成し、バルブを開く。

 

 

どちらか片方だけを体外に放出なんて真似が出来るのかは知らないが、少なくとも20年間も身体にあの虫の『DNA』が馴染んできたクーガならお手のものなのかもしれない。

 

 

そのうちの一つである『過酸化水素』は、水中の生物に対して若干の毒性を持つ。

 

 

ゲンゴロウは綺麗な水の中でしか生きられないデリケートな生物だ。その毒によって、高度な呼吸法を崩されてしまったのだろう。

 

 

そして、あの水柱。

 

 

あの虫が二つの物質を合成して放出する『ベンゾキノン』だが、一説によると自分が遠くに吹き飛ぶこともお構いなしであれば、過度な威力で射出できるらしい。

 

 

恐らく、その特性を利用して水の底から一気に水面へと這い上がったに違いない。

 

 

築き上げられた生物の屍の山の上に、一人の男は還ってきた。

 

 

 

 

 

──────────────────────────

 

 

────────

 

 

 

 

《 進 化 論 》

 

 

 

【 反 進 化 論 】

 

 

 

この生物を語る上で、議論すると二つの意見に別れる。

 

 

125万種以上の生命の炎が燃え盛る地球上においても、非常に珍しい生物故である。

 

 

 

生物学者にとっては珍しい生き物で終わる話かもしれない。

 

 

 

しかし、とある青年にとっては別だった。

 

 

 

彼にとってこの生物は─────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「花琳。さっきお前人間が弱いとか言ってたな。確かにその通りだ」

 

 

 

彼を幾度も血で血を洗う戦火に巻き込んだ呪いであり災い。

 

 

 

「けどよ、人間にもたった一つだけ強いもんがあるって知ってるか?」

 

 

 

どれ程までに彼から疎まれたとしても、戦火から彼を守り続けた加護であり祝福。

 

 

 

「そいつが何かって?」

 

 

 

 

 

 

 

───────────────愛してるぜ、クソガキ

 

 

 

 

 

 

偉大なる父が息子にただ一つ遺した、遺産(あ い)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………案外、愛ってやつかもな」

 

 

 

落ちていたボロキレを身に纏ったその姿は、勇敢なある戦士を彷彿させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「親子揃って先手必勝でやらせて貰うぜ。悪いな、ワンパターンでよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クーガ・リー

 

 

 

国籍 イスラエル×日本

 

 

 

20歳 ♂

 

 

 

185cm 75kg

 

 

 

MO手術〝昆虫型〟

 

 

 

 

 

 

─────────オオエンマハンミョウ───────

 

 

 

 

 

 

先天性MO〝昆虫型〟

 

 

 

 

 

 

 

───────────ミイデラゴミムシ──────────

 

 

 

 

 

 

 

 

『アース・ランキング』一位

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────偉大なる魂(ミイデラゴミムシ)着 火(インフェルノ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







未完成のまま公開して慌てて小説自体を非公開にしてしまいました(震え声)



お騒がせして申し訳ありません(土下座)


文章力が他のハーメルン作者さんよりないので皆さんに出来るだけマシなもん見せたかったのです。


中途半端なもんは見せたくないんですよぉ!!(逆切れ)


忙しくて書けない間に、評価やお気に入りが増えててびっくりました。


皆さんも物好きですね←オイ


少しでも皆さんにおおっ…って思っていただけるように頑張ります。


本当にありがとうございます。



〇お知らせ〇

キャラクタープロフィールにて唯香さんとクーガのイラスト追加しました!


書いてくださったのは膝丸燈さんです(^-^)


感想欄にいますよ←





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