LIFE OF FIRE 命の炎〔文章リメイク中〕   作:ゆっくん

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ワルキューレは、その羽衣を涙で濡らした。



刃が友を貫いてしまったからである。



哀しさは癒えず、彼女の馬も引き返さなかったことを後悔した。






第十七話 TEARS 悲しき聖戦

 

 

 

 

天の涙が木々を潤し、月明かりが辺りを照らす。闇に包まれた幻想的な情景。そんな中を黒の軍勢が行進する。

 

 

「じょう」

 

 

「じょじょじょじょう」

 

 

「じょうじょう」

 

 

実験用テラフォーマーズ。

 

 

現在は、花琳が自らの能力で摘出した『エメラルドゴキブリバチ』のエキスにより、コントロールすることが出来ている。それが切れれば、直ぐ様反旗を翻してくるだろうが。

 

 

率いるのは、四人の将。

 

 

 

 

 

「カカカ!!『地球組』の上位ランカーがほぼ反旗を翻すたぁ傑作だな!!」

 

 

全身にピアスをつけ、骸骨のTシャツを着込み、茶髪の前髪をゴムで留めた青年。

 

 

『黒巳キサラ』。

 

 

『アース・ランキング』第十位。

 

 

蛇の中でも最大級の大きさを持ち、蛇の中において最速の移動速度を誇る。その猛毒は投与されれば一時間で死に至る、『常闇の井戸(ブラックマンバ)』の特性を持つ。

 

 

死んだことになっている男。

 

 

 

 

 

「……軍勢といい戦力差といい圧倒的。拙者らに負けはない」

 

 

やや古風な口調に、〝ざんぎり頭〟かつ袴羽織といった変わった服装。

 

 

『小金 五右衛門』。

 

 

『アース・ランキング』第八位。

 

 

触覚は高性能レーダー。その体に纏うは猛毒の『カンタリジン』。人間大の大きさとなれば大量殺人が可能な『炎を纏いし翠石(スパニッシュフライ)』の特性を持つ。

 

 

死んだことになっている男、その二。

 

 

 

 

 

そして、二人の『戦乙女(ワルキューレ)』。

 

 

アズサ・S・サンシャイン。

 

 

美月レナ。

 

 

机上論ではあるが、クーガ・リーの戦力を上回ると言われている二人の戦士。

 

 

四人の大きな戦力に、圧倒的な数のテラフォーマーの軍勢。

 

 

この過多とも言える戦力が向かっている場所は

ただ一つ。

 

 

『テラフォーマー生態研究所・第四支部』。

 

 

山中に隔離されたちっぽけなこの場所を、よってたかって叩き潰そうと言うのだ。

 

 

この先、花琳の計画に支障をきたす恐れのある戦力を叩き潰しておこうというのだ。

 

 

この場所は人気が少ない。

 

 

故に、いくら助けを呼んだところでそれは届かない。

 

 

そして、夜のぬばたまと無数の木々が軍勢を隠し、雨が足跡を消してくれる。

 

 

好機。

 

 

クーガや貴重な『上位種の実験体』を殺し、それを持ち帰るのが任務。

 

 

「カカカッ!ソッコーで終わらしちまおう!!」

 

 

「左様。寒くてかなわん」

 

 

裏切り者二人からは、これから戦争が始まるという緊張感も感じさせない言葉が漏れる。

 

 

他人の命を奪うことに何の抵抗もない様子だ。

 

 

そんな二人とは正反対に、アズサ達の気分は浮かない。

 

 

これから、かつての仲間と戦わなくてはならないのだ。

 

 

気分を高揚させろという方に無理がある。

 

 

「…………………逃げて下さいませ」

 

 

アズサは祈る。

 

 

自分は卑怯だ。

 

 

どうせなら、自分達が知らない間に全てが終わって欲しい。

 

 

耳を塞いでいたい。目を閉じていたい。

 

 

そんな想いすら浮かんでくる。

 

 

涙が流れてくる。

 

 

出会ったら、戦わなくてはならない。

 

 

 

 

「…………………」

 

 

レナも、激しく後悔していた。

 

 

主人だからと言って、アズサにあのまま従うだけでよかったのか。

 

 

アズサの父は、本当にそう望んでいただろうか。

 

 

アズサの父には、本当の娘のように可愛がって貰った。

 

 

両親も知らずに、孤児院で育った自分を拾い上げ、家族の暖かみをくれた。

 

 

アズサという姉のような存在までくれた。

 

 

それ故に、恩義を返したいと思っていた。

 

 

それ故に、アズサを一生守る決意をした筈だ。

 

 

だが、何か大切なことを忘れている筈。

 

 

何か。

 

 

 

 

 

 

「よぉーし!!いいかぁゴキブリ共!!」

 

 

そんな二人を、『黒巳キサラ』の一声が目覚めさせる。

 

 

彼の声を、虚ろな瞳で無数のテラフォーマーが見つめる。

 

 

「テメェらは使い捨てティッシュみてぇなもんだ!!遠慮なく死んでこい!!」

 

 

酷い言い様だ。

 

 

いや、正常なのかもしれない。

 

 

第四支部の雰囲気に慣れすぎたせいか。

 

 

二人の人間とテラフォーマーが和気あいあいと食事を共にするあの空気が好きだった。

 

 

それを、自分達は壊そうとしている。

 

 

胸が、堪らなく締め付けられる。

 

 

 

 

「カカカッ!!んじゃあの建物の中にいる奴等始末してこい!!」

 

 

「じょじょじょじょじょう!!」

 

 

一斉に、テラフォーマーの大群が遥か向こうに見える第四支部目掛けて押し寄せていく。

 

 

暗闇の中で、更に漆黒が蠢く。

 

 

その光景は、まさに圧巻である。

 

 

「…………少々軍の動かし方が雑ではござらんか」

 

 

『小金 五右衛門』は、『黒巳キサラ』に苦言を呈する。

 

 

いくら圧倒的な軍隊とはいえ、動かし方一つで効果は大きく違ってくる。

 

 

「カカッ!テメェは重大なこと忘れてんぞぉ?」

 

 

「重大なこと…?」

 

 

「あの女から貰った『エメラルドゴキブリバチ』の毒の効力がそんなに長持ちすると思うかよ?」

 

 

今のテラフォーマー達は、ゴキブリを操る『エメラルドゴキブリバチ』の毒の効力で自分達の命令に従っているだけに過ぎない。

 

 

もしそれが切れれば、『薬』を使っていない無防備なところを、逆襲してくるかもしれない。

 

 

「だからここで一気にパッーと使っときゃいいってこった。あいつらに襲われればあっちの戦力は最低でもじり貧、特攻かけて全員()れたら恩の字じゃねぇか」

 

 

『黒巳キサラ』の意見を聞いて、フムと 『小金 五右衛門』は納得する。

 

 

最善ではないが、利にかなっている。

 

 

「それに加えてオレ達四人。弱ったクーガ・リーならオレ達でも仕留め切れる上に…」

 

 

アズサとレナの二人を指差す。

 

 

「あいつら二人なら地力でも勝てるってオレァ聞いたぜ?」

 

 

ビクリ、と柄にもなくアズサは体を震わせる。

 

 

「カカッ!まさか…今更後悔してんのかぁ!?」

 

 

「だまって」

 

 

レナは、白兵戦時に愛用している『トンファー』を構え『黒巳キサラ』に向ける。

 

 

「いいやぁ!黙らねぇよ!!こいつは重大だ!!」

 

 

脅されても尚、『黒巳キサラ』は怯まない。

 

 

「お前らが唯一あいつに真っ正面から対抗出来るカードなんだぜ?」

 

 

まるで蛇のように舌使いが上手く、饒舌によく喋る男だ。

 

 

更にアズサに顔を近付け、こう告げる。

 

 

「………もし()ることを躊躇ったら…花琳(あの女)に報告させて貰う。いいな」

 

 

「そ…それだけは…」

 

 

アズサは弱々しく、すがるように哀願する。

 

 

いつもの堂々とした彼女の面影はない。

 

 

「…まぁいい。そんじゃ行くか。カカッ!!」

 

 

自分よりも遥かに強い筈のアズサが、自分相手にこのザマだ。

 

 

『黒巳キサラ』はそれに満足したのか、三人に各々別方向から別れて第四支部の建物を目指すように言い渡す。

 

 

万が一あの軍勢から逃れられた時の為に、出来る限り包囲網を厚くしておく為だ。

 

 

まぁ万が一、逃げられるとは思えないが。

 

 

事前に用意でもしておかない限り、あの軍勢をどうにか出来る訳がない。

 

 

約六十体のテラフォーマー。

 

 

車両で運搬出来るギリギリの数まで運んできたのだから。

 

 

 

 

 

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「フム…納得がいかぬ」

 

 

『小金 五右衛門』は、ブツブツと呟きながら第四支部を目指していた。

 

 

正規の、一応ではあるが草木が伐採されるなどして鋪装された下登山コースで。

 

 

「拙者は過小評価されている」

 

 

自分は、武術に心得がある。

 

 

柔道で黒帯も取得している。

 

 

ベースとなった『スパニッシュフライ』も、相手は触れるだけで毒に侵され、炎症を起こす『カンタリジン』を持っている。

 

 

常に相手と密着した状態での戦闘を前提とした自分とは、かなり相性がいい筈だ。

 

 

しかも、防御力も相当なもの。

 

 

ランキング八位は間違いだ。

 

 

自らこそが、一位に相応しい。

 

 

所詮、戦場の中だけで培った暗殺術など恐るに足りない。

 

 

自分の武こそが無敵なのだと、証明してみせる。

 

 

「拙者の特性ならば奴は触れることも出来ずに倒れるはず…」

 

 

ニヤリ、と笑みを溢しているこの瞬間にでも気付くべきだった。

 

 

レギュラーに慣れすぎた人間程、イレギュラーな事態に遭遇すればそれに対処することが出来ない。

 

 

ましてや、『畳の上』という限られた箱庭の中でしか戦ったことのない、井の中の蛙である彼にとってこの思い込みは致命的であった。

 

 

足を踏み出した次の瞬間、 『小金 五右衛門』の体は突如重力により下に落ちていく。

 

 

「なっ!?」

 

 

落ちていく。どんどんと。

 

 

最下層まで落下し、尻餅をつく。

 

 

凄まじい衝撃が自身の体を突き抜けた。

 

 

最初、自分の身に起きた事態が理解出来なかった。

 

 

だが、数秒の後にようやく理解する。

 

 

落とし穴だ。

 

 

典型的なブービートラップ。

 

 

夜という時間帯で足元が見えず、雨という天候が地面を掘り起こした形跡を消した。

 

 

自分達が選んだ条件が、逆に相手に対して有利に働いたのである。

 

 

とにかく脱出をしなければならない。

 

 

そう考え、『薬』を取り出そうとした瞬間。

 

 

「よぉ」

 

 

暗闇の中から、ゆらりと人影が現れる。

 

 

「なっ!?」

 

 

慌てて後ろずさる。

 

 

月明かりに照らされたその人物の姿は。

 

 

「………穴に落っこちてピンチになるのがそんなに珍しいか?ざんぎり頭…」

 

 

汚れ、ほんの僅かに痩せこけたクーガ・リーであった。

 

 

「な、何故!!」

 

 

『小金 五右衛門』の頭の中で、疑問が氾濫する。

 

 

〝もしかして襲撃を予期していたのか〟

 

 

〝何故、こんなところに落とし穴を仕掛けておいたのか〟

 

 

〝どうしてクーガ自身も入っているのか〟

 

 

「大体予想はつくだろうよ。『帝恐哉』の一件が終わった直後だぜ?あんなあからさまな裏切りがバレた直後ってんなら…オレなら真っ先にここを潰す」

 

 

『裏切り者』の目的はイマイチわからない。

 

 

毎回目的が異なり、そしてどれもこれも中途半端に終わっている。

 

 

何を狙っているのかわからない分、不気味だ。

 

 

ただし、一つだけ分かることがある。

 

 

〝まだ〟バレることを恐れている。

 

 

クーガが間近で戦場を観察して気付いたこと。

 

 

敵の目的に『始発点』はあっても『終着点』はない。

 

 

恐らく、今起きている全てのことが『本命(メインプラン)』の隠れ蓑(カムフラージュ)

 

 

あくまで個人の推測の域を出ないが。

 

 

『地球組』を壊滅させたいなら、あの『集会』の日に全ての戦力を注ぎ込めばよかっただけのこと。

 

 

『蛭間一郎』を暗殺したいのであれば、わざわざ脅迫文を出すなどという親切なことはしない。

 

 

自分を捕獲したいのであれば、『集会』の日に襲撃なとせず、気が緩んだところを襲撃すればいい。わざわざ、自分の警戒センサーをONしてやる義理は敵にはない筈だ。

 

 

どれもこれも、いかにも〝本命っぽい〟作戦。

 

 

その水面下では、間違いなく別の何かが起こっている。

 

 

しかし、それらしいことは起こっていない。

 

 

自分の推測が正しければ、敵の本命の計画はまだ『準備ができていない』か『まだ時期ではない』ということ。

 

 

それ故に、現時点で正体を暴かれることを恐れているだろう。

 

 

ということは、だ。

 

 

真実に最も肉薄していた自分や唯香を潰してくる筈。

 

 

『帝恐哉』という『裏切り者(ユダ)』に近付いたこのタイミングで。

 

 

それ故に、予想は出来た。

 

 

 

 

 

「で、では!!何故このような場所に罠を用意し!!何故某もここで待機している!!」

 

 

二つ目、三つ目の疑問が一気に飛び出る。

 

 

しかしクーガは、溜め息混じりに頭を掻きながら億劫そうに口を開く。

 

 

「仮にこの落とし穴の下に剣山や毒を用意したとするぞ。それでお前は十中八九くたばる訳だ。けどよ…お前が勝手にくたばったところでそれを知る術がない。警報?おいおい冗談だろ。こんな

だだっ広い山の中で響くかよ。落ちたら電子メールで知らせてくれりゃあいい?雨でおじゃんだ。山の中じゃ電波の通りも悪い」

 

 

そうなれば必然的に。

 

 

「オレが入っておくしかねぇよな…」

 

 

クーガは相当なフラストレーションが貯まっているのか、やや血走った眼で『小金 五右衛門』を見据える。

 

 

絶食していた理由は、汚い話『食えば出る』からである。

 

 

密閉された落とし穴の中で糞尿を催せば、匂いは凄まじいものになる。それには耐えられる自身が我ながらなかった。

 

 

食糧の問題についてだが、〝遺伝MO〟が長年、体に馴染んできたクーガは絶食に強い。

 

 

『ゴミムシ類』は23日間の絶食にも耐えることが出来るのだ。

 

 

しかし、〝耐えられる〟だけであって〝我慢できる〟訳ではない。

 

 

腹も減るし、喉も渇く。

 

 

それ故に、クーガはやや窶れた様子だ。

 

 

「あー。ちなみにここに落とし穴設置した理由だけどよ、唯一歩きやすいハイキングコースだろ?ここ。だから絶対通る馬鹿が出ると思ったんだ。戦場の定石(セオリー)も知らずにな」

 

 

「なっ!拙者を馬鹿にするのか!!」

 

 

クーガは、もう一歩踏み寄ってマジマジと『小金 五右衛門』の顔を見つめる。

 

 

「…………最も、その馬鹿が死んだ筈の仲間だってことは予想外だったけどな」

 

 

『集会』の日の面子の顔は全て覚えている。

 

 

判別不能の死体が多かった為に、それが死体判別にて活かされることはなかったが、今こうして『裏切り者』に冷や汗を掻かせられただけ良しとする。

 

 

どうやらこの反応、黒だ。

 

 

「お前生きてたのか!」と感動の再会とはいかなかったようだ。

 

 

クーガは素早く『薬』を自らの首筋に打ち込み、変異する。

 

 

「ふふふ…いいだろう!大閻魔斑猫(オオエンマハンミョウ)!『アース・ランキング』一位!クーガ・リーよ!いざ尋常に勝」

 

 

相手が長ったらしい口上を言い終える前に、『薬』で変異する前にクーガは素早く相手の腸を引き裂き心臓をえぐり取ってしまった。

 

 

「ぐあうっ…あ……あ……ひっ…卑怯な…」

 

 

息絶え絶えにこちらを睨む『小金 五右衛門』を鼻で笑う。

 

 

「…………〝夜襲仕掛けた〟上に〝仲間を売った〟武道家様の言うことは違うな」

 

 

敢えて『武道家』という言葉で形容したが、小吉や燈のような人間性まで出来ている彼らと、この男を一緒にしては彼らに失礼だろうか。

 

 

息が絶えそうな『武道家様』を見下ろして、クーガは引導を渡そうと『オオエンマハンミョウの大顎』を首に添える。

 

 

どうやらこの男は、スタートの合図を出してくれる優しい『畳の上』と、何でもありの『戦場』という二つの会場を間違えてしまったらしい。早急に退場して頂かねばなるまい。

 

 

「『武士道精神(オ ナ ニ ー)』なら家でやれ」

 

 

相手の首を引き裂き、ゴロゴロと転がってきた首をマジマジと眺める。

 

 

興味本意で叩いてみたが、残念ながら文明開化の音はしなかった。

 

 

クーガは落とし穴から一気にジャンプして抜け出し、着地する。

 

 

その瞬間、雨が降りしきる夜空故に見づらかったものの、モクモクと煙が上がっていたことに気付く。

 

 

非常時何かあってはと、唯香に渡しておいた発煙筒だ。何かあったのか。

 

 

クーガは素早く、迅速にその地点に目掛けて駆けていった。

 

 

 

 

 

 

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「チッ…『テラフォーマー(雑魚ども)』には有利に働いたかもしれねぇが…オレにゃあ最悪の天候に時間帯だぜ。カカッ!!」

 

 

『黒巳 キサラ』は、この取り巻く状況(シチュエーション)に憤りを感じていた。完全に人選ミスである。

 

 

自分のベースとなった最凶の蛇、『ブラックマンバ』は昼行性である。

 

 

勘違いされがちだが、蛇全てが『ピット器官』を持っている訳ではない。

 

 

『ピット器官』、即ち赤外線探知器官。

 

 

簡単に言うと『サーモグラフィー』である。

 

 

夜間でも温度により獲物の存在を探知することが出来る体内器官。

 

 

夜行性の蛇の仲間の多くに備えられてはいるが、備えていない昼行性の蛇も決して少なくない。

 

 

その分、自分の『ブラックマンバ』には蛇の中で最速のスピードと過敏な鼻と眼が備えられている。

 

 

しかし、雨ではその鼻も効きそうにはない。後は、眼に頼るしかないだろう。

 

 

「……………あん?」

 

 

変異もしてない状態の自分の肉眼でもきっちり解る。

 

 

自分の五十メートル先を何かが通りすぎていった。

 

 

耳が生えていた。

 

 

まさか新種のUMAとかいう話ではあるまい。

 

 

その〝何か〟が通っていった後を、全速力で駆け抜けて様子を見る。

 

 

木の影から、そっと顔を覗かせて様子を伺う。

 

 

運悪く月が雲で隠れてしまい、非常に視認しづらいが。

 

 

「はい!手当て終わったよ!ママのところには自分で戻ってね!」

 

 

よく見えないが、背丈や声からして恐らく桜唯香だ。テラフォーマーズ生態研究所第四支部のメンバー。

 

 

小さな犬のような大きさの動物は、唯香の手の中から地面に足を着いた途端、トコトコと離れていく。一瞬、唯香の方を振り向いていてその後野山を駆けていった。

 

 

「…流石に生き物大好きな私でもママのところにはついていけないの。ごめんね」

 

 

唯香は苦く笑うと、クルリと振り向いてこちらに歩いてくる。

 

 

その瞬間、月明かりが一瞬ではあるが彼女を照らす。

 

 

やはり、耳が生えていた。

 

 

「おいおい…情報にゃあなかったがマジかよ」

 

 

再び辺り一面が暗くなり、よく見えなかったが間違いなく頭部から耳が生えていた。

 

 

恐らく彼女は、MO手術を密かに受けていたのだ。

 

 

耳の形状からして、小動物。

 

 

恐らく、ネズミの類。ハムスターやハツカネズミといったところだろう。

 

 

「カカッ!!面白いじゃねぇか!!」

 

 

自分のベースとなった『ブラックマンバ』は、小動物を餌としている。

 

 

ただの人間を狩るよりも、遥かに面白いことになりそうだ。

 

 

「おい待て女」

 

 

「ふえっ!?」

 

 

自分が声をかけると、ビクン、と体を震わせた後にゆっくりとこちらを振り向く。

 

 

プルプルと震え、怯えた様子でこちらを警戒する仕種。間違いない。この女は小動物系のMO手術を受けている。

 

 

『黒巳 キサラ』は心底楽しそうにニヤリと微笑み爬虫類型専用の『薬』を接種すると、その体はみるみるうちに鱗で覆われていく。

 

 

そして『ブラックマンバ』の最大の特徴。口の中がまるで〝闇を呑み込んだ〟かのように深い漆黒に包まれる。この闇の井戸の中に、獲物を呑み込むのだ。

 

 

黒く染まった舌先も二股に別れ、シュルルルとあからさまな威嚇音をあげる。

 

 

相手はそれにあからさまに怯えている様子だ。

 

 

「ゲーム・スタートだ。カカッ!!」

 

 

 

 

 

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「ヒアアアアアアアアア!!」

 

 

桜唯香は、とっとこ、とっとこ、と密林の中を走り回る。

 

 

後ろから、物凄い勢いで敵が追いかけてくるからである。

 

 

どうやら『黒巳 キサラ』は唯香が『MO手術』を受けたと思っているようだが、それは違う。

 

 

彼女の頭から生えているハムスターの耳は、彼女の寝巻きの一部である。

 

 

『動物フレンズ』というアニメーション番組が現在、日本では流行っている。

 

 

それがアメリカ本土に輸入され、放送が始まった時から『レナ』と共にすっかりはまってしまった。

 

 

唯香のお気に入りキャラは、『動物フレンズNO8,ハム野郎』。

 

 

正式名は、ひょっとこハム野郎。

 

 

そのモチーフとなったパジャマが抽選で応募されていると聞いて、年齢に不相応だとわかっていながらも唯香は応募した。その結果、見事に当選してしまったのである。

 

 

流石に着るのはどうかと思っていたのだが、二日前に突如クーガが「今すぐここを出た方が良いかもしれない」と言い出した時、急いでいたものだから寝巻きをこれに選んでしまった訳だ。

 

 

ハゲゴキさんからは笑われ、ゴキちゃんからはキョトンとされ。クーガは何故か鼻血をダラッダラ流してた呪いのアイテムだ。

 

 

それがまた不幸を呼んでしまった。

 

 

今の唯香は『ハムスターのパジャマを着て密林を疾走する桜唯香(25 )』ではなく、『MO手術:ゴールデンハムスターの特性を持つ同等の相手』として『黒巳 キサラ』から認識されているのである。

 

 

夜という暗い時間が、そのよう誤解を生んでしまったのである。

 

 

少なくとも、彼が悔やんだようにベース生物に『ビット器官』を備えていたのであれば、そんなことも起こらなかったであろうに。

 

 

「カカッ!!退屈だから十秒間またタイムやるよ!!」

 

 

余裕しゃくしゃくな様子で、木にもたれかかって逃げる唯香を眺める。

 

 

予想よりも早くに追い付いてしまい、退屈なのである。

 

 

唯香は普通の人間であるが故に当然の結果なのだが、『黒巳 キサラ』自身はそれに気付いていなかった。

 

 

「…そそそ、そうだ!」

 

 

唯香は走りながらも、懐にしまっていた発煙筒の存在を思い出す。

 

 

キャップを引き抜き、すり薬をこすって点火する。

 

 

それを放り投げると、鮮やかな赤い煙が天に向かって伸びていく。

 

 

「発煙筒!?カカッ!!厄介なことしてくれるじゃねぇか!!」

 

 

今まで余裕の姿勢を保っていたものの、『黒巳 キサラ』の表情にも焦りが浮かぶ。

 

 

彼は、自分の戦力的価値を客観的に理解していた。

 

 

だからこそわかる。

 

 

まともに闘り合えばクーガ・リーに自分は間違いなく勝てない。

 

 

唯香がこんな場所にいるということは、何処かに隠れ家を用意しており、襲撃を予期してそこに移っていたということである。まさかあの包囲網をくぐり抜けた訳ではあるまい。

 

 

クーガ・リーもそこに身を移しているかどうかはわからないが、少なくとも襲撃を予期していたことは確かである。あの圧倒的な軍勢の襲撃を回避したということだ。

 

 

と、言うことはクーガ・リーは全く弱っておらず、テラフォーマーの妨害もなく真っ先にここに駆け付けてくるだろう。

 

 

だったら打つ手は一つ。

 

 

唯香を人質に取るしかない。

 

 

「遊びは終わりだ!女ァアアア!!」

 

 

「ヒアアアアア!!」

 

 

咄嗟に、唯香は目に入った洞穴の中に身を隠す。

 

 

行き止まりであればまさしく、〝袋の鼠〟になってしまうのだが。

 

 

「あわわわ!はわわわ!」

 

 

とにかく、奥へ奥へと洞窟の奥に向かってとっとこ、とっとこ、と駆け抜けていく。

 

 

その途中、柔らかい何かに衝突した。

 

 

「ふえっ!?いたたた…」

 

 

尻餅を着いた状態で、ゴシゴシと目をこすって暗闇で目をこらす。

 

 

毛深く、茶色い。ツンツンと、つついてみる。

 

 

その何かは動き出す。のそり、のそりと。

 

 

かなり大きく、唯香の顔は青冷めていく。

 

 

「今から捕まえてやっから覚悟しろよぉ!カカッ!!」

 

 

滑るように、素早い動きで『黒巳 キサラ』が接近し、飛び掛かってくる。

 

 

真上から、獲物を狩る蛇の如く。

 

 

そんな『蛇』に向かって、とある一撃が降り下ろされた。

 

 

それは『ハムスター』に向かって降り下ろされたはずの一撃。

 

 

悲しいかな、図らずも獲物である『ハムスター』を『蛇』は庇う形になってしまったのである。

 

 

「グルルルルオオオオオオアオオ!!」

 

 

熊、ベアー、グリズリー。

 

 

様々な言い方があるこの生物、凶暴につき注意。この手の大型動物を『MO手術』で人間大にすれば、大したことはないかもしれない。

 

 

ただ、目の前のこの生物は『その生物そのもの』である。

 

 

その筋力から放たれる一撃は、ライオンや虎などの大型生物の首すらも一撃でへし折る。

 

 

それをモロに受けた『黒巳 キサラ』は、声も無く吹き飛んでいった。

 

 

壁に叩き付けられた彼は、ピクピクと痙攣を起こす。

 

 

泡を吹き、白眼を剥く。

 

 

流石に『MO手術』を受けてるだけあって頑丈だ。

 

 

平気ではなさそうだが。

 

 

「ごごごごめんなさい!出ていきます!!」

 

 

熊の攻撃対象になってしまった時点で、従来の対処法は通用しない。

 

 

枝を掴み、牽制しながら後ろずさる。

 

 

そんな唯香の寝巻きを、何かがグイグイと引っ張る。

 

 

まんまる尻尾の部分を引っ張られているようで、恐々と振り向く。

 

 

それは、大きな包帯を脚部に巻いていた。

 

 

唯香が助けた『子熊』だ。

 

 

隠れ家にしていた洞穴の付近で、倒れていた。本当は洞窟から出てはいけなかったのだが、唯香はついつい助けてしまい、逃がす為に外に出たのである。

 

 

それを見た途端、〝親熊〟はクンクンと唯香の寝巻きの匂いを嗅ぐ。

 

 

〝子熊〟に染み付いた消毒用アルコールの匂いがする。

 

 

動物には『感情がない』と言われている。

 

 

ペットとして飼育されている動物に関しては、その限りではないかもしれない。少なくとも日々生きることに必死な野性の動物は、『本能や判断』を優先して行動しているのである。

 

 

〝親熊〟は『判断』した。

 

 

この人間の雌が我が子を助けたのだと。

 

 

腹も減っていないし、もし自分が攻撃すれば〝子熊〟までこの人間と一緒に巻き込んでしまうだろう。〝子熊〟はこの人間になついている。よくされたのだろう。

 

 

以上の『判断』を下した〝親熊〟は、『黒巳 キサラ』の服の端をくわえて洞窟の外に放り出した後に、小熊をくわえて洞窟の奥に帰っていく。

 

 

「ゴアッ」

 

 

二度と来るんじゃないわよ、とそれは言っているように、唯香は聞こえた。

 

 

「子熊ちゃんありがとう!親熊さんお休みなさい!ごめんなさい!」

 

 

ペコペコと会釈した後にとっとこ、とっとこ、と洞窟の外に出れば、丁度クーガが現地に駆け付けた。

 

 

「唯香さん大丈夫かっ………てなんだこりゃ!?」

 

 

事情を知らないクーガの目からは、あたかも唯香が『黒巳 キサラ』を倒したように見えなくもない。

 

 

「え、えーと…」

 

 

チラリ、と後ろを見る。

 

 

すると〝親熊〟が、あたかも「その男にチクるんじゃないわよ」と言わんばかりにこちらを洞窟の奥から睨んでいる。

 

 

「コ、コ、コメットパンチしちゃったら決まっちゃった!」

 

 

「コメパンで!?どこのメタグロスだよアンタ!!」

 

 

「い、いいから!早くここから離れよ!!ね!!」

 

 

グイグイと、唯香はクーガの背中を押してその場から離れようとする。

 

 

「あー…唯香さん。先に隠れ家に戻っててくれるか?」

 

 

「ふえ?なんで?」

 

 

「こいつから話を聞くのと…〝ゴキちゃん達〟の方の見回りに行きたい」

 

 

クーガは『黒巳 キサラ』の首根っこを掴むと、遠方で煙が上がっている『第四支部』の建物を見る。

 

 

煙の色は鮮やかな赤、ではなく黒い煙だ。どんな襲撃者を相手に、どんな作戦を展開しているのかは知らないが、どうやら上手くいっているようだ。

 

 

「あ、いや…でも…待てよ。戻ってる最中に別の敵に会うかもしれないのは危険だな…」

 

 

すると、クーガは唯香の後ろにある洞窟に目をつける。

 

 

唯香の中で、ドンドンと嫌な予感が膨れ上がっていく。

 

 

「唯香さん、そこの洞窟の中で隠れててくれ」

 

 

「ふえっ!?で、で、でも!クーガ君!?待って!!」

 

 

唯香が返事を終える前に、クーガは闇の中に消えていった。

 

 

「………………」

 

 

足元に駆け寄ってきた〝子熊〟を抱えて、再び唯香は洞窟の中へと歩みを進めていく。

 

 

〝親熊〟は、威嚇しながら『ハムスター』と対峙する。

 

 

どうやら今回の雨宿りは、命懸けになりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────────────

 

 

─────────────

 

 

 

『第四支部』の建物の上で、二人のゴキブリは佇んでいた。

 

 

その傍らには、実験用テラフォーマーを扱う施設であれば必ず設置が義務づけられる、『対テラフォーマー発射式蟲獲り網』。

 

 

ドイツが主体として開発されたこの網は非常に頑丈であり、一度捕らえたテラフォーマーを逃がすことはない強力なものとなっている。

 

 

事実、『アネックス一号』搭乗員の中の一人、日米合同一班の『ジャレッド・アンダーソン』は

この武装を主体とした戦闘を展開し、後々高い戦果をあげることになる。

 

 

それ程に、高い完成度を誇るのである。

 

 

それを用いて、この二人は〝とあるもの〟を捕らえた。

 

 

「キィィイ………」

 

 

同族、テラフォーマーである。

 

 

最も、腸を引き裂かれて死にかけてはいるが。

 

 

「じょう…………」

 

 

〝ゴキちゃん〟は、自分の手の中に残った嫌な感触に違和感を覚え、何度も掌を握ったり、広げたりする動作を繰り返した。

 

 

この手で、同族を捕らえた。

 

 

この手で、腸をナイフで切り裂いた。

 

 

殺害、しかも同族を殺すことがここまで嫌悪感を覚える行為だとは思っていなかった。

 

 

クーガ達は、こんな感触を毎回のように味わっていたのだろうか。

 

 

そう思うと、ゴキちゃんは何とも言い難い気持ちに襲われる。

 

 

 

 

 

 

「じぎぎぎ………」

 

 

ハゲゴキさんは、次々と同族達が列をなして鉄の扉の中に吸い込まれていく光景に、目を背ける。

 

 

何かで操られているせいか、その眼は虚ろ。

 

 

十中八苦、『エメラルドゴキブリバチ』の毒だろうか。

 

 

クーガや唯香と出会う前、散々実験で投与されてきた為にその存在は知っている。

 

 

それが、仲間達の知性を短絡的なものにしたのだろう。

 

 

ここまで簡単に引っ掛かってしまうと、まるで『ゴキブリホイホイ』のようで嫌な気持ちになる。

 

 

自分も友人も、あれが嫌いだ。

 

 

地球(ここ)』では、『ゴキブリ(自分達)』の命はゴミのように軽いという事実を顕著に突きつけられるから。

 

 

ハゲゴキさんは、空を見上げる。

 

 

雲で隠れていて隙間から断片的にしか覗くことは出来ないが、深緑の星である『火星』が目に飛び込む。

 

 

かといって、今更『火星(あそこ)』で仲間達と共に人間を駆逐したいとも、今更思えない。

 

 

自分達の居場所は、一つしかない。

 

 

第四支部(ここ)』である。

 

 

ここを守る為であれば、同族であろうと戦わなければならない。

 

 

ここの防衛を引き受けたのは自分達だ。

 

 

ならば、相手が同族だろうと戦うしかない。

 

 

最も、既に勝負はついているが。

 

 

「………………じょう」

 

 

ゴキちゃんはポリタンクを持ち上げ、同族達が向かっていった先に自分も赴こうと立ち上がる。しかし、それをハゲゴキさんは腕で制した。

 

 

「じぎぎぎ」

 

 

自分がやる。ハゲゴキさんはそう告げた。

 

 

作戦だけ立てておいて、自分が手を汚さないのはアンフェアだ。

 

 

いや。アンフェアでは言い方が悪いし、『友の為に自らも手を汚す』という綺麗事で着飾りたくもない。

 

 

自分の気持ちを、そんな中途半端にしておきたくない。

 

 

自分の為に、今から同族達に『酷いこと』をするのだ。

 

 

自らの気持ちを整理すれば、マッチとポリタンクを持って下に着地する。

 

 

丁度、最後の『一人』が中に入ったところだ。

 

 

 

 

 

テラフォーマー実験体を扱う施設では、シェルターの設置も義務づけられている。

 

 

テラフォーマーが暴走した際や、武装組織がその力を奪おうと襲撃してきた際に、その身を隠して安全を確保し、外部と素早く連絡を取る為である。

 

 

『第四支部』は土地には恵まれていた為に、特別それが広かった。

 

 

このテラフォーマーの軍勢も、多少窮屈でも収納できてしまう程に。

 

 

その中心に、群れからはぐれた同族を捕獲し、その腸から取り出した糞を置いておいた。

 

 

これにより〝集合フェロモン〟が拡散され、本来それが密集した中でコロニーを築き上げているゴキブリの習性により、テラフォーマー達はその中に全員引き寄せられたのである。

 

 

そうなれば、後は簡単。

 

 

大量に灯油を入り口付近にばら蒔き、火のついたマッチを投げ入れる。

 

 

その後、すぐに扉を外部からロックする。

 

 

こうなれば、中からも外からも開けられない。

 

 

U-NASAの職員が到着しない限りは。

 

 

「キイイイイイイイイイ!!」

 

 

丁度毒が切れたのか、中にいる同族達は喚き始めた。

 

 

それもそうだろう。後は、燃焼による酸素の欠乏か、炎に焼かれて死を待つだけなのだから。

 

 

「じぎぎぎ…」

 

 

「………じょじょう」

 

 

二人の鼓膜に、脳内に。

 

 

これでもかと言う程に、その悲鳴が刻み込まれていく。

 

 

二人はそこから暫く、動くことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────────────

 

 

───────────

 

 

 

 

雨が止み、クーガが歩みを進める音だけが辺りを支配する。

 

 

先程の青年は余程自分の身が大切なのか、ペラペラと饒舌に全てを語ってくれた。

 

 

途中、自分の『仲間』を極度に咎めるようなことを言ったものだから、我慢出来ずに始末してしまった。

 

 

余計なことは言うものではない。

 

 

口は災いの元。

 

 

人間の神経を逆撫でる。

 

 

特に、蛇に足がついていると。

 

 

 

 

先程の〝口封じの件〟について思い出していたところ、ふとあることに気付く。

 

 

腕の黒みががった甲皮が引いていく。

 

 

『オオエンマハンミョウ』の変異がそろそろ解ける合図だ。

 

 

しかし、まだ新たな『薬』を打つ気はない。

 

 

話をしてから。それからでも遅くはない。

 

 

二人は、絶対に不意討ちなどしてこない。

 

 

正々堂々。

 

 

馬鹿正直。

 

 

そんな言葉が似合う二人だ。

 

 

最もそれを生半可な実力で実行すれば、先程の男のような無惨な結果になってしまうのである。

 

 

それが出来るのは、二人が自分すらも越す程に強いからである。

 

 

二人は自分よりも遥か前から、戦う理由を胸のうちに秘めていた。

 

 

アズサは父親を救う為に『地球組』に志願し、『MO手術』を受けた。

 

 

レナはそのアズサを守る為に、後を追う形で『MO手術』を受けた。

 

 

自分は、小吉やアドルフ、ミッシェルや燈達と出会わなければ得られなかった答え。

 

 

それを自力で見つけ出したのだから、本当に大したものである。

 

 

尊敬している。

 

 

二人のことを、一人の兵士として。

 

 

何よりも、仲間として。

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────────────

 

 

──────────────

 

 

 

 

 

暫く歩くと、広い草原のような場所に出た。

 

 

草の背丈は低く、芝生といってもいいかもしれない。

 

 

草には滴が滴り、ピチョン、ピチョンと雨が明けたことを感じさせる。

 

 

この音のみが、空間の中で唯一のBGMだった。

 

 

それがより一層、眼前に広がる風景を幻想的・夢幻的なものへと昇華させている。

 

 

時折顔を見せる満月も、心無しか青い光を帯びているような気がする。

 

 

ブルームーンと呼ばれる現象だろうか。

 

 

これがより一層、情景を神秘的にしている。

 

 

とはいえ辺り一面をそうさせているのは、彼女らの恩恵が大きい。

 

 

クーガの美的感覚はそんなに鋭くないのだが、そんなクーガでも美しいとハッキリ分かる。

 

 

凜と身構えた彼女らの姿とこの光景を、ついつい瞼に焼き付けてしまう。今から、彼女らと刃を交えなければならないのに。

 

 

 

 

 

「よっ。お二人さん。元気か?」

 

 

 

「…………クーガ」

 

 

 

いつもの調子で話し掛ければ、アズサは光の弱った瞳をこちらに向ける。

 

 

 

「おいおい。どうした?オレの首取りにきたんだろ?そんなんじゃ取れねぇって」

 

 

 

「…………………………」

 

 

 

いつもであれば天然ボケを飛ばしてくるレナも、全く口を開かない。

 

 

 

ただでさえ顔に表情がないレナが、何も喋らないと何も感情を読み取れない。

 

 

 

「…………なぁ。事情は全部聞いたから言わなくていい」

 

 

 

先程の青年『黒巳キサラ』の話では、AEウイルスワクチン接種の優先権のことで花琳に誘惑されたらしい。

 

 

 

『集会』のあの日に花琳のみがいなかった時点で彼女のキナ臭さについては気付いていたが、案の定だ。まさか二人の仲間を懐柔してくるとは思ってもみなかったが。

 

 

 

「お前らさ、やっぱすげぇよ」

 

 

 

「………………何がですの」

 

 

 

「絶対に、自分を曲げないんだな」

 

 

 

苦渋の決断だっただろう。正義感の強いアズサのことだ。花琳の元に下るのは、相当な苦行だっただろう。

 

 

 

そして、側にいたレナも相当苦しかった筈だ。ただ涙を溢すアズサを、見守ることしか出来なかったのだから。

 

 

 

それでも貫いたのだ。彼女達は、自分自身の信念を。従ったのだ。各々が打ち立てた誓いに。

 

 

 

「オレの一番尊敬してる人もそれが出来た人だ」

 

 

 

小町小吉。秋田奈々緒を守る為に、義父を殺害した。彼も自らの心に従って大切な人を守ったのだ。

 

 

 

小吉と彼女達のやった事は決して誉められた行為ではない。

 

 

 

しかし、忘れてはいけない。小吉も彼女達も、人間なのだ。

 

 

 

冷たい昆虫ではない。

 

 

 

人間が大切な人を守る為に戦うのは当たり前だ。

 

 

「その人が言ってたぜ。〝オレ達も〟『自分自身の大切な物を守ってもいい』ってな」

 

 

 

かといって、それは決して簡単なことではない。

 

 

 

だからこそ。

 

 

 

「それが出来たお前らを、オレは尊敬する」

 

 

 

「お止めなさいッ!!」

 

 

 

アズサの叫びが、辺りを切り裂く。

 

 

 

「あたくしは…貴方を裏切りッ!!自らの私利私欲の為に貴方に刃を向けている卑しく!!下衆な!!欲にまみれた裏切り者ですわ!!さぁ!!〝変異〟なさい!!」

 

 

 

自分を卑下し吹っ切れ、自分と闘おうとしている。しかし、それは出来ないだろう。

 

 

 

「わたしも。おじょーさまとおなじ。………くーががたたかわないなら、くーがをころしたあとで ゆいかさん もころす」

 

 

 

同じく、レナも口を開く。不慣れな様子で、クーガを挑発しようと躍起になっている。

 

 

 

しかし、彼女達は口にしたことを有言実行出来ないだろう。

 

 

 

二人には到底不可能な理由は至って単純。

 

 

 

いくら自分達の気持ちを誤魔化そうとしても、彼女達は心の底ではクーガのことを未だに『仲間』だと認識してしまっているからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………来いよ」

 

 

しかしクーガは、敢えて相手のリクエストに応えて自らの首筋に『薬』を注射する。

 

 

 

瞬く間に、『オオエンマハンミョウ』の『特性』が発現した。

 

 

 

「やらないで後悔するよりやって後悔する方がいい。だから全力で来いよ。オレが受け止めてやるからよ?」

 

 

 

アズサもレナもわかっている筈だ。自分達が今やってる行いは正しくないと。しかし、頭では理解していても体はもう止まれないのだろう。

 

 

 

アズサは父を救う為に、レナはアズサを守る為に死力を尽くして闘う筈だ。ならば自分はそれを真っ正面から受け止め、彼女達を止めるのみ。

 

 

 

故にクーガは彼女達と刃を交えることを決意した。

 

 

 

「ただし終わったら全力で反省して貰うぜ。七星さんの拳骨は覚悟しとけよ?」

 

 

 

クーガの、柔らかい笑みに優しい言葉。

 

 

 

『仲間』として、未だに自分達を見ている証拠。二人の瞳からは、月明かりに照らされた滴が流れ落ちた。

 

 

 

しかし、そんな『弱さ』を切り捨てるかのように、二人は同時に『薬』を注射した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────

 

 

───────────

 

 

 

 

 

この生物は、よく絶滅しないものだ。

 

 

 

とある者が言った。

 

 

 

その二対のキバをワイヤーやチューブで拘束しておかねば、メスを殺してしまう為である。

 

 

 

最も凶暴と言われ、体の大きさも最大級。

 

 

 

そしてこの個体の亜種の中には、まるでルビーの如く赤みを帯びる個体も存在する。

 

 

 

 

 

 

【闘いの中で死に】

 

 

闘いの中でのみ生を得る。

 

 

【生ける者の血を浴び】

 

 

その中でようやく、死を得る。

 

 

【己ノ体ヲソメタノハ】

 

 

返り血との血飛沫の『DNA(キオク)』。

 

 

 

 

 

美月レナは、深紅の翅を乱暴に広げる。

 

 

その左右の腕にはそれぞれ、下腕部に沿う形でその生物を象徴するであろう荒々しく大きな〝刃〟が現れた。

 

 

その形は、レナの得意とする『トンファー』という二対の武器と非常に似ている。

 

 

左に一つ、右に一つ。

 

 

左右で初めて一セット。

 

 

レナは、静かに自らを抱き締める。

 

 

すると、自然とその生物の『大牙』が姿を表した。

 

 

まるで、命の芽を摘むギロチンのように。

 

 

 

 

 

 

「…………………ころす」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美月 レナ

 

 

 

国籍 日本

 

 

 

20歳 ♀

 

 

 

163cm 50kg

 

 

 

MO手術〝昆虫型〟

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────マンディブラリスフタマタクワガタ────

 

 

 

 

 

 

『アース・ランキング』三位

 

 

 

 

 

 

 

─────────紅蓮の破壊者(マンディブラリスフタマタクワガタ)、 解放(アンロック)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

──────────

 

 

 

 

この生物の中で最強の種はどれか。

 

 

 

そんな疑問が出る中で、引き合いに出されるのがこの種である。

 

 

 

攻撃性は極めて消極的で、自ら攻撃を仕掛けることは少ない。

 

 

 

だが、いざこの昆虫が勝負するとなれば、敗北した姿を見た者は多くはない。

 

 

 

その『武器』が、相手を寄せつけない為である。

 

 

 

また、この個体の亜種の中には自然界では非常に珍しい、淡いサファイアの色を帯びる個体も稀に存在する。

 

 

 

 

 

 その性格、極めて温厚。

 

 

 【その甲冑、極めて重厚】

 

 

 天に掲げしその剣先。

 

 

 【敗北を知らず、許されず】

 

 

 その身を照らしたのは。

 

 

 【果てしなき、『DNA(イノチ)』の色】

 

 

 

 

アズサは、空色の翅を静かに広げる。

 

 

 

その右腕には、大きな武器が携えられていた。

 

 

 

長き角。説明不要の長き角。

 

 

 

一本の剣。折れない意思の『象徴(シンボル)』であるかのような、そんな『武器』。

 

 

 

これで、アズサは勝利を掴み取ってきた。

 

 

 

Δεν(私自らが) είναι ότι (こうして望んで)το δικό (剣を、刃を、柄を、勝利を

)μου πήρε (この手に握り締め、)το σπαθί (掴み取ってきた)στο χέρι(訳ではない)

 

 

 

アズサは、『フェンシング』の試合前に呟くギリシャ語の口上を唱え始める。

 

 

 

これを唱えると、妙に落ち着くのだ。

 

 

 

何より、友に剣先を向けている現実を少しでも忘れさせてくれる。

 

 

 

Ξίφος μου επέλεξε(剣自らが 私を 選んだのだ)

 

 

 

剣を携えたギリシャ英雄、その名前が『由来(ルーツ)』となった自らのベース生物、その両者に敬意を込めて。

 

 

 

Κοιτάξτε τα στοιχεία(そ の 証 拠 に ホ ラ)

 

 

 

アズサは、その剣をクーガに向ける。

 

 

 

すると、自然とそのベースとなった生物が浮かび上がってくる。

 

 

 

 

 

 

 

Πιο ευγενή ξίφος(私の右手にはこの世で)

        έφερε σε αυτόν τον κόσμο(最も気高い剣が携えられている)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アズサ・S・サンシャイン

 

 

 

国籍 アメリカ×日本

 

 

 

20歳 ♀

 

 

 

170cm 49kg

 

 

 

MO手術〝昆虫型〟

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────ヘラクレスオオカブト─────────

 

 

 

 

 

 

 

『アース・ランキング』二位

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────蒼天の剣士(ヘラクレスオオカブト)君臨(アドベント)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

─────────

 

 

 

 

クーガの前に出現した二人の『戦乙女(ワルキューレ)』。

 

 

 

深紅のルビーのようなレナ。

 

 

 

蒼天のサファイアのようなアズサ。

 

 

 

見れば見るほど、その美しさに目を奪われる。

 

 

 

クーガにとって最悪なのは、今からこの二人を同時に相手しなければならないということだ。

 

 

 

そして更に残念なことにこの二人は、クーガよりも各々強い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

           紅

            蓮

             の

              破

               壊

                者

 

           蒼

          天

         の

        剣

       士

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────双璧の女神(ビートルズ)同時襲来(ブルース)

 

 

 

 

 

 

 

 

 







この話書くのに今までで過去最大で一番かかりました(実話)


あれ?一日潰したぞ?


感想頂けると嬉しいですぞー\(^-^)/


おまけ


レナ「ミカサと御坂はややこしー」


アズサ「テラフォーマーズ6巻、北海道だけ函館線事故の影響で遅いらしくてよ~」


↑最近のワシの悩みです

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