LIFE OF FIRE 命の炎〔文章リメイク中〕   作:ゆっくん

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あれから10年の時が刻まれた。

第3次テラフォーミング計画、アネックス1号出発の1週間前。

クーガ・リーは、UーNASAへと足を運ぶ。

かつて、彼の父がそうしたように。






U-NASA編
第一話 SOLDIER 兵士


 

 

 

 

「ゲボエエエエエエ!!オエッ!!オエエエ!!」

 

 

天下のUーNASAの便所にて、いきなり吐瀉物をぶちまけた青年がいた。彼はヨロヨロと立ち上がり、洗面所に向かう。洗面所にドカッと手をついた青年は、目の前に映った自らの顔を虚ろな瞳で眺める。

 

 

 クーガ・リー。

 

 

十年前に『小町小吉』並びに『アドルフ・ラインハルト』の両名に救われたあの少年は、今や立派な青年に成長していた。漆のように艶やかな黒い長髪は後ろで結わえられ、顔は中性的で整っている。

 

 

ただし目付きは鋭く、やや細身ではあるものの身長は185cmもある。どう転んでも十年前のように女の子に間違われるような事態は発生しないだろう。

 

 

「大丈夫か?」

 

 

顎の部分までをコートで包んだ、これまた中性的な容姿の人物がハンカチをクーガに差し出す。

 

 

 アドルフ・ラインハルト。

 

 

テラフォーミング計画『アネックス一号』、ドイツ班の『幹部(オフィサー)』である。クーガの顔馴染みでもあったことから彼がクーガを迎えにきたのだが、敷地に足を踏み入れた途端にクーガはこのザマだ。

 

 

 最も、原因の検討はついているが。

 

 

「……そんなに緊張しなくてもいいだろう」

 

 

「無理だろ!!100人の前で模擬戦!?いっつもテンションだけ高いクラスのムードメーカーもどきがいざ文化祭の司会を勤めるようなもんだぞ!?」

 

 

「無茶ぶりにも答えるのが若手芸人だ」

 

 

「……ああ。そうだな」

 

 

 一瞬フゥと息を吐き出した後に、

 

 

「いやオレ芸人じゃないから!!例え!!」

 

 

そう切り返してきたクーガにアドルフは溜め息をついた。

 

 

10年前に「アドルフお兄ちゃん」なんて自分になついていて、遊びに来る度に足元をちょこまかと歩き回っていたあの少年はもういないのだ。

 

 

今自分の目の前にいるのはリアクション芸人もどきの残念なイケメンである。もし自分に兄弟がいたらこんな感じの感覚を味わっていたかもしれない。

 

 

小さい頃はかわいくて、大きくなってからは体だけは無駄にLサイズになって、中身は小さい頃とは全く別物。カードゲームのように誰かと気軽にトレードしてしまったのではないかと錯覚してしまうほどだ。

 

 

「とにかく決まったことだ。諦めてギロチンの下で横になればいい」

 

 

「言い方悪いなオイ!!余計行きたくなくなったわ~アドルフ兄ちゃん~」

 

 

ゲロまみれの口をうがいした後に、すがり付くようにアドルフの腰に抱きつく。

 

 

このサイズの青年が自分の腰に抱きつきながらアドルフお兄ちゃんなんて言っているのだ。知り合いじゃなかったら鳥肌ものである。

 

 

『MO手術』の使用許可が出てもおかしくないレベルだと思う。早速この大きいお友達を引き離すとしよう。アドルフはそんな思いを胸に、自らに小判鮫の如くくっついたクーガを引き剥がしにかかった時のこと。

 

 

「離れ」

 

 

「班長失礼しま」

 

 

そんな二声とともに突如、男子便所のドアが無造作に開けられる。そこには、2人の美女が立っていた。

 

 

『イザベラ・R・レオン』と『エヴァフロスト』。

 

 

どちらもドイツ班のメンバーの一員である。そして、その2人の顔馴染みにアドルフはこの現場を見られた訳だ。

 

 

褐色の男勝りな性格のイザベラはキョトンとしている。自分で男子便所のドアを蹴り開けておいてそれはないだろう。もう1人の美女、エヴァは顔面を赤らめてこちらを見ている。

 

 

違う。違うんだ。少なくともお前が今思っているような現場ではないんだ。アドルフかそう弁明しようとした瞬間、クーガの様子がおかしくなる。凄まじい量を吐いた後特有の朦朧とした状態だ。

 

 

「アドルフお兄ちゃ…オエエエエ!!」

 

 

余波がまだ残っていたらしく、再び吐瀉物を洗面台にぶちまけた。いや。この際この吐瀉物の件は放っておくとして、直前にアドルフお兄ちゃんという今この場におけるNGワードを投下していったのである。

 

 

流石にイザベラもこのあたりでありもしない事実を察したらしく、

 

 

 

「班長、そこの人を呼んでこいっていう『研究員の方』からの伝言だったんですけど…後10分ぐらいしたらまた来るっす」

 

 

そう言うとイザベラは、エヴァに一言「行くぞ」と言い、あたかも気の効くキャリアウーマンであるかのように去っていた。

 

 

そして肝心のエヴァはと言うと、頬を赤らめながらこう言った。

 

 

「……アタシ達、班長がどんな性癖でも班長のこと大好きです!慕っていますから!」

 

 

そう言うと、彼女もまたイザベラの後を追うように去っていった。残されたアドルフは表情を崩さぬまま、ポツリと呟く。

 

 

「……最悪だ」

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────

 

 

────────

 

 

 

UーNASAの地下に、映画館のような 施設が存在した。席には各国から集められた『アネックス1号』の搭乗員ほぼ全員で埋まっている。この全員が火星の人型ゴキブリ、『テラフォーマー』に対抗する為の手術を受けていた。

 

 

 

M O 手 術(モザイクオーガンオペレーション)

 

                 

テラフォーマーから得た臓器、通称『免疫寛容臓(モザイクオーガン)

 

 

これは、人と昆虫ほどに離れたもののDNAを無理矢理協調させ、人間を人間ではなくする為の臓器。『MO手術』はそれを体内に埋め込み、自分に適応した生物の『特技』を持った人間へと変貌させる驚異の手術である。

 

 

全ては、火星にてテラフォーミング計画を邪魔してくるであろうテラフォーマーに対抗する為。 全ては、20年前にその数を増加させ始めた、火星原産『AEウイルス』のワクチンを採取する為。

 

 

しかし、その『特技』もぶっつけ本番で使うのは些か無茶である。ここは、その為の訓練施設の1つだ。そして、本日はここで『地球』での任務を任された青年の『特技』を各国の搭乗員の前で御披露目する予定だったのだが、肝心のその青年は来ない。

 

 

「逃げたんじゃねぇのか?」

 

 

ポップコーンを頬張りながら、金髪の不良少年『マルコス・E・ガルシア』は軽口を叩いた。

 

 

「ちょっと!なんてこと言うのよアンタ!!」

 

 

それを美しいグリーンの瞳を持つ少女『シーラ・レヴィット』が叱る。

 

 

「だってよぉシーラ。オレたちが火星で必死に戦ってる間にそいつはポテチ食ってテレビ見てケツかいてりゃいいだけだぜ?こんな割のいいバイトねーよ」

 

 

「アンタ見てもいない人に向かってよくもそんだけ悪く言えるわね…アレックス!!アンタからも何とか言ってやってよ!」

 

 

シーラが呆れたように溜め息を吐くと、隣にいる黒髪の少年『アレックス・K・スチュワート』に援護を要請するが、

 

 

「いやぁ……マルコスの言ってることも間違いないと思うけどな」

 

 

「アンタもかブルータス!!何よ!いっつもアンタらケンカしてる癖にこんな時に限って共同戦線張っちゃって!!」

 

 

「誰がブルータスだ。まぁシーラ落ち着いて聞け。お前さ、地球での任務、って聞いてピンと来るか?」

 

 

「ん……そりゃ……んんん?」

 

 

アレックスの質問に言葉が詰まってしまう。そう言われてみると、中々出てこない。ましてや、『地球』での任務など。

 

 

「た、例えばひったくりを捕まえるとか」

 

 

「そんなもんはポリ公に任せりゃいいさ。アメリカの警察はいくらかマシなんだろ?」

 

 

「ぐぬぬ…」

 

 

悔しいがアレックスの言う通りである。悪人を捕まえるのにスーパーマンがいちいち出動していたらキリがない。

 

 

「それによ」とマルコスが言葉を紡ぐ。

 

 

「『MO手術』は機密事項だろ?そう簡単にホイホイと出せるもんじゃねぇだろ」

 

 

マルコスの言うこともごもっともだ。『MO手術』は世間では公表されていない。

 

 

世間で出回れば悪用する人間が次々に現れてもおかしくない。それこそ、日本の特撮もののような世界になってしまうだろう。

 

 

そう考えると、

 

 

「仕事、ないね」

 

 

「だろー?やっーぱり逃げたんだよ。わざわざ『地球組』に志願したってことはつまりはそういうこったよ。チキン野郎だチキン野郎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 そ ん な こ と な い よ !!」

 

 

 

 

突如、会場全体に響き渡るぐらいの声がその場を支配する。

 

 

 

声の主に注目が集まっている。

 

 

そこには、白衣に着られてるかのような印象を受ける、小柄な女性が最前列にてマルコス達をプクッーと頬を膨らませながら仁王立ちでキッ、と睨んでいた。

 

 

髪は朱に近い茶色と黒混じりのボブカットで、綺麗、美しいというよりは『可愛い』と言う言葉がよく似合う。

 

 

身長は159cmのシーラから見ても小さく、150cmといったところだろうか。その声の主はプクッーと頬を膨らませたまま、大きな瞳で威嚇しつつシーラ達三人に近寄ってくる。

 

 

「おい小動物系女子がすげぇわかりやすく怒りながらこっちに来るぞ!!」

 

 

「ア、アンタ達謝りなさいよ!!」

 

 

「きっとハムスターの『MO手術』を受けたに違いない!」

 

 

何て三人がギャーギャー騒いでるうちに、その女性は目の前に来ていた。

 

 

 

「君たち!!知りもしないのにクーガ君のことを知りもしないのに馬鹿にしちゃ駄目だよ!!」

 

 

腰に手を当てて、小動物系女子が自分たち三人を叱ってくる。

 

 

「は、はぁ。ごめん。つうか何でそんなに怒ってんの?お前もそのクーガだっけか?そいつのこと知らないはずだよな?」

 

 

マルコスが柄にもなくビクビクと尋ねると、小動物系女子はよくぞ聞いてくれました!

えっへん!!と言わんばかりに腰に片方の手を当て、胸にかけたネームホルダーを掲げて三人に言い放つ。

 

 

「UーNASA『テラフォーマー生態研究所』第四支部長!『桜 唯香』です!!えっへん!!」

 

 

……えっへんと本当に言うとは思いもしなかった。それにしても、どう見ても高校一年生ぐらいのこの女性が研究所の支部長なんてにわかに信じ難い。

 

 

マルコスとアレックスが訝しげな表情でこの女性、『唯香』のネームホルダーを見ていると、シーラがちょんちょん、と二人の肩を叩いた後に指を刺す。

 

 

「「 あん? 」」

 

 

二人は声を揃えてすっとんきょうな声を上げ、シーラが指を指した方向を見る。すると、そこにはその幼い顔立ちとは不釣り合いなデカイものが二つ自己主張していた。

 

 

「馬鹿な…アレックス!オレのおっぱいスカウターが故障した!!」

 

 

「ふんマルコス…お前のは旧型だから…待て。C…D…E…F…カップ数が上昇していく!」

 

 

「クッソ!!これが『燈』が言ってたロリ巨乳とかいうジャンルなのか!?」

 

 

「図鑑では滅びたって書いてあったのに…」

 

 

そして、アレックスとマルコスの目に次なる衝撃的事実が飛び込んできた。

 

 

『桜 唯香(25)』

 

 

「合法ロリかつロリ巨乳だと!!」

 

 

「童顔にも程があるだろクソッタレがぁ!!」

 

 

まるでギャングにでも仲間入りしたかのようにギャーギャーと騒ぎ出す二人を尻目に、シーラは唯香に向かって恐る恐る尋ねる。

 

 

「あのー…それで、今日来る人とはどんな関係なんですか?」

 

 

「え?クーガ君と?」

 

 

ピクリ、とマルコスとアレックスの二人が反応する。

 

 

「え…と…何て言うのかな?簡単に言うと私はクーガ君のマネージャーみたいなものなんだよね」

 

 

「地球にいる間ロリ巨乳独り占めかよ!!」

 

 

マルコス、大声で『おっぱい(タマシイ)』の叫び。

 

 

「ふえっ!?」

 

 

それにびっくりしたのか、唯香は後ろのめりに転びそうになる。

 

 

 

「おっと…大丈夫か?」

 

 

後ろから、たくましいガタイのダンディなおじさんが唯香の両肩を掴んで転倒を阻止した。

 

 

小町小吉。アネックス一号の艦長にして、日米合同一班の班長であり、クーガの恩人の一人でもある。

 

 

「こ、小町艦長!ありがとうございます!そ、それとお久ぶりです!!クーガ君も貴方に会いたいって言ってました!」

 

 

かなり緊張した様子で、ペコペコと小吉に頭を下げる。

 

 

「ああいいっていいって。そういやその…肝心のクーガが見当たらないみてぇだけど?」

 

 

「アドルフさんの班のエヴァちゃんとイザベラちゃんが呼びに行ったはずなんですけど…」

 

 

そう言った途端に噂のなんとやらである。イザベラとエヴァが勢いよく入ってきて、エヴァが息切れ気味に報告する。

 

 

「も、もう少しだけ待っててあげて下さい!もう少しでその…お、終わるみたいですから」

 

 

なんのことかは知らないが、どうやらもう少しかかるようだ。

 

 

「まだかかるみてぇだな…お前ら、どうだ。空席あるから最前列来ないか?そこで話そう」

 

 

いいんですか!?と口々に言う。最前列は『幹部』や唯香のようなゲスト専用席なはずだ。一搭乗員のシーラやエヴァが座れるような席ではないのだ。

 

 

「いいからいいから。クーガが来るまでの間に簡単にあいつの任務を教えてやるからさ」

 

 

そう言われると気になり、着いていきたくなる。

 

 

五人と唯香、小吉は最前列に腰をかけると、小吉は映画館で言うとシアターの部分に設置された、ガラス張りの巨大な舞台を指差した。

 

 

「まずクーガの任務は…あれだ」

 

 

通常の数百倍の強度のガラスで客席と区切られたステージの上に、何かが放たれる。

 

 

 

 

 

 

 

「  じ ょ う じ   」

 

 

「ヒイッ!!」

 

 

エヴァが思わず悲鳴を上げ、イザベラがそれをなだめた。通称『テラフォーマー』、火星で自分たちを襲ってくる敵。

 

 

あれ(・ ・)はそれをクローン技術により量産した劣化品、いわゆるデットコピーというやつだ。

 

 

 

「こいつらは火星にいる奴等と比べて弱い」

 

 

が。と付け加える。

 

 

「こいつらがなんらかのトラブルで研究所から脱出したら…誰が止める?」

 

 

「そりゃ…オレ達はいない訳だし…」

 

 

「それがあいつの仕事の一つさ」

 

 

小吉は、今度はマルコスを指差す。

 

 

「マルコス。お前がもしニューヨークで暴れたらどうなる」

 

 

え、とマルコスは授業中不意に教師に問題を当てられたかのように慌てて顎に手を当てて考える。

 

 

「自分を過大評価しすぎ…かもしれないっすけど、キングコングなんかよりもたくさん人殺せちゃうと思います」

 

 

「いや可能だ。もし『MO手術』を受けた人間がそいつを悪用したら…下手な兵器なんかよりもずっと恐ろしいことになる」

 

 

「でも…『MO手術』の機密はUーNASAが管理してるはずじゃ?」

 

 

シーラが先程も出た疑問を小吉に提示した。しかし、その答えは直ぐに返ってくる。

 

 

 

「過去に流出した事件があったのさ。『バグズ手術』の時な」

 

 

『バグズ手術』

 

MO手術よりも前の世代の手術であり、原理的にはMO手術と全く異ならないが、手術を施すベースとなる生物は、昆虫のみに限定されていた。そのプロジェクトに、一教授に過ぎない人間が介入したことがあるのだ。

 

 

撒いた種は、『エメラルドゴキブリバチ』並びに『ネムリユスリカ』。その2つの『特性(ちから)』を持つ両者が裏切りを起こしたのである。

 

 

「UーNASAの情報管理も百パーセントじゃあねぇってことさ」

 

 

小吉はハハッと、苦笑いを浮かべる。

 

 

「けど、少なくとも『地球組』のメンバーがいりゃあそんな心配をする必要はねぇ!!」

 

小吉の力強い呼び掛けに、五人は俯いていた顔をパッと上げる。

 

 

「オレ達が火星に行ってる間に地球で起きたイザコザはあいつらが処理してくれる。任務に専念出来るってのは案外嬉しいことなんじゃねぇかな?」

 

 

「なんか…その任務かっこいいっすね」

 

 

マルコスが言うと、残りの4人も同様に頷いた。

 

 

「なんつうか…縁の下の力持ちって感じだな」

 

 

アレックスとマルコスは2人で顔を見合わせると、クーガに非を詫びようと決心し唯香の方に向き直った。しかし、肝心の唯香がいなくなっていることに気付いた。

 

 

「ほらクーガ君!!だだ捏ねてないで準備して!!」

 

 

「人の目コワイ人の目コワイ」

 

 

「……諦めろ」

 

 

噂の縁の下の力持ちは、強制連行されている最中だった。

 

 

「……小町艦長」

 

 

「あ、あーシーラ。後にしてくれるか。オレ今さ、持病の何も見たくもないし聞きたくもない症候群なんだ」

 

 

「便利な体だなオイ!どう見ても力持ちじゃなくて箱入り息子の間違いでしょ!」

 

 

シーラのツッコミに怯むことなく、小吉は耳を塞ぎ続けた。

 

 

 

 

 

「あーあ。おじさん退屈しちゃうなぁ」

 

 

そんな騒がしい雰囲気を、たった一言で凍てつかせた人物がいた。

 

『シルヴェスター・アシモフ』

 

ロシア班の班長であり高齢であるにも関わらず、筋骨隆々の巨漢である。やや空気が読めない、もしくは意図的に読んでない節があり、度々場の雰囲気をロシアの大地のように凍てつかせる時がある。

 

 

「かーんちょ。こりゃこのままだと『地球組』の頼もしさとやらを伝える今回のこれ(・ ・)の意図……台無しになっちゃうんじゃないの?」

 

 

彼はポン、と馴れ馴れしく小吉の肩を叩いた。『幹部』が集まって会議をした時も一触即発のトラブルになりかけたのに、この男は一向に懲りる様子はない。

 

 

「……何が言いたい?アシモフ」

 

 

「こぉんなゴキブリじゃなくてさぁ。俺とその『地球組』のエースがやり合うってのはどうよ?」

 

 

辺りがザワつき始める。聞いていたプログラムと大幅に異なるのだから当然である。今回の『集会』の目的は、

 

 

・テラフォーマーの殺傷法を参考にする

・『地球組』の強さを掲示し、『アネックス1号』搭乗員達に任務の遂行に専念させる

 

の2つである。これでは1つ目は満たされないばかりか、相手がアシモフでは2つ目を達成できない可能性が極めて高い。

 

 

出発まで後一週間だからお前がケガをしては困るだろう、という無難な断り方もアシモフには通用しない。そんなものなどお構いなしの『特性』なのだから。

 

 

「勝手に話を進めるんじゃねぇぞ……クソジジイ」

 

 

眼鏡をかけた、金髪の女性が堪忍袋の尾が切れたのか立ち上がった。

 

『ミッシェル・K・デイヴス』

 

日米合同二班の班長にして、20年前の『バグズ2号』の艦長、ドナテロ艦長の愛娘である。

 

 

「そんなに怒らないで聞いてくれ。『地球組』ってのは『MO手術』の不正使用者をとっちめるのが役割なんだろう?おじさんなんか適任じゃないか?ん?」

 

 

アシモフがおどけた表情で言う。

 

 

「そんなもんが大義名分になると思うか?『地球組』の構成員が日米主体で進められたから気に食わないんだろう。そいつを目の前で叩き潰してロシアの威厳を保ちてぇってつまんねぇ理由じゃねぇのか?あ?」

 

 

それにミッシェルは青筋立てて咬みつく。『アネックス』クルーの間で亀裂が音を立てて走る。任務1週間前であるにも関わらず、この亀裂はまずい。チームとしての致命傷にもなりかねない。それを察した小吉が止めに入ろうとした時、スッとクーガが間に入った。

 

 

「アンタとやれるのか?」

 

 

突如目の前に現れたクーガにアシモフはギョッとする。先程の情けない面構えが嘘だったかのように、どこか凛とした顔付きでアシモフを見据えていたからだ。

 

 

「ん!?あ…ああ」

 

 

「だったら早くやろうぜ。オレのせいでしらけたなら引き受けるしかねーだろうさ」

 

 

「待てクーガ!まだ決まった訳じゃない!」

 

 

ミッシェルの制止も無視して、クーガとアシモフは舞台の裏へと消えていった。その背中を、見送ることしかできなかった。

 

 

 

 

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暫くすると、舞台裏からアシモフが入場してきた。自分もつくづく不器用な人間だ、とシルヴェスターアシモフは溜め息を吐く。先程ミッシェルが言っていた理由は心の隅に置いていた。

 

 

しかし大きな理由はそこではない。ただ純粋にクーガと闘ってみたかったのだ。昔のジャパニーズ不良漫画ではないが、実際に闘ってみないとわからないことだってある。

 

対テラフォーマー戦であればともかく、クーガが行うものの中には恐らく対人戦も含まれてくる。対人戦において油断は死を招く。人間は、テラフォーマーと違って感情があり、それを敏感に察知してくるのだから。

 

 

そんな風に想いにふけるアシモフを3体のテラフォーマーが眺めていた。しかし、そんなもの意に介さないと言わんばかりにアシモフは葉巻型の『薬』を吸った。

 

 

『薬』と言っても、ドラッグの類ではない。自らの『特技』・『特性』を使う為のものである。ビキビキと、アシモフの体が甲殻に覆われていく。テラフォーマーが殴りかかってきた瞬間にはもう既に、彼の体は変異を遂げきっていた。

 

 

マーズランキング第3位。

 

 

『タスマニアンキングクラブ』

 

 

頑丈な甲殻に身を覆われ、圧倒的な再生能力を持つ。テラフォーマーの打撃をものともしないその姿に、見物人は歓声をあげていた。

 

 

「……お前らはどうでもいい」

 

 

テラフォーマー3体を、まるでパン粉をこねる時のように持ち上げ、叩き落とした。ギイギイと、気持ち悪い声をテラフォーマー達は発した。地球のゴキブリと同じように踏み潰すと、あっさりと絶命した。

 

 

 

アシモフは、何事もなかったかのように仁王立ちしてクーガが出てくるであろう反対側の入口を見守った。メインディッシュはここからだ。

 

 

 

 

 

 

 

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「……大変なことになりましたね」

 

 

「ケッ、目立ちたがり屋のジジイが……」

 

 

「でも……偶発的とはいえアシモフの強さで士気が上がってるぞ。ホラ!結果オーライじゃん!!アド君!ミッシェルちゃん!そうだと言って!」

 

               

小吉、アドルフ、ミッシェルの『幹部』3人はどうしてこうなった、と言わんばかりに頭を抱えた。小さい頃からアドルフお兄ちゃんだの、ミッシェルお姉ちゃんだの、小吉おじさんだの言われてきたクーガの試合だ。

 

 

みんなの弟分みたいなところがあるから、心配にもなるし過保護気味にもなる。そんな3人をよそに、クーガの保護者である唯香は、全く心配した様子を見せなかった。

 

 

ふとアレックスは、あることを思い出して口を開いた。

 

 

「……唯香さん。クーガさんって親父さんの『特性』がミッシェルさんみたいに引き継がれてるって聞いたんですけど……どんな能力なんですか?」

 

 

「『ミイデラゴミムシ』のこと?体内で『過酸化水素』と『ハイドロキノン』を合成して『ベンゾキノン』を排出する能力だよ」

 

 

「えと、オレとマルコスにもわかるように言うと?」

 

 

「爆発を起こす能力、って言ったらわかりやすいかも?」

 

 

それを聞いた途端にマルコスとアレックスはカッコイイ……と呟いたのだが、

 

 

「ただしテラフォーマーには効果が極端に薄いの。表面がミディアムレアになるぐらい」

 

 

それを聞いた途端がっくりと肩を落とした。でも目眩ましくらいにはなるんじゃ、とアレックスが言おうとすれば、

 

 

「……クーガ君はあの『特性』にいい思い出がないらしくてね、絶対に使いたがらないの」

 

 

更に深く、マルコスとアレックスは肩を落とした。まるでサンタさんがいないんだよ、というロマンを奪われた小学生のようだ。

 

 

「肝心の遺伝がそれじゃあ……あの化け物みたいなじいさんには勝てないんじゃ……?」

 

 

「オレ能力5つあってもあのじいさん倒せる気しねぇ。チート使ってるだろチート」

 

 

と、仁王立ちで反対側の扉を睨んでいるアシモフを眺めて呟いた。見れば見るほど、ラスボスの風格がプンプン漂ってきた。

 

 

「あの……」

 

 

そんな時、エヴァが遠慮気味に尋ねた。

 

 

「なぁに?エヴァちゃん?」

 

 

唯香は笑顔で応じる。

 

 

「『MO手術』の方は……一体何のベースなんですか?」

 

 

エヴァの質問に、周りの関係ないメンバーまで聞き耳を立てる。まだワンチャンある。MO手術『ドラゴン』とかならまだワンチャンある!!

 

 

「ゴミムシだよ!」

 

 

「 嘘 だ ろ !?」

 

 

シーラだけでなく、周囲の人間が一斉に叫んだ。実はミッシェルやアドルフ、勿論小吉も知らなかった。それだけに、どっと冷や汗が噴き出してきた。

 

 

「『燈』を叩き起こして来い!!病人だろうが関係ねぇ!!こんな大事な日に風邪引くあいつが悪い!!あいつの糸ならアシモフを縛れる!!」

 

 

小吉が叫ぶ。

 

 

「ふえ!?どうしてアシモフさんを縛る必要があるんですか?」

 

 

「決まってるだろ!クーガがぶっ殺されるから」

 

 

「ああ。正確に言うとゴミムシじゃないですよ?」

 

 

「もー☆唯香ちゃんたらおじさんの心肺停止させないでくれよ!」

 

 

「ハンミョウです!」

 

 

「多少メジャーになっても無理!!」

 

 

小町昇吉はンミョウからどうも強そうなイメージが湧かなかった。小吉は恥をかきすててでもアシモフに土下座しに行こうとした時だった。唯香がパソコンの中から動画ファイルを開いた。

 

 

「この虫ですよ!」

 

 

画面に映し出された壮絶なその昆虫の生態に、一同が画面を見いった。

 

 

「なんだ……この虫?」

 

 

 

 

 

 

 

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クーガ・リーは反対側の扉からステージに立つ。その顔付きは、喚いていた青年とはとても思えない。まさに『兵士』の表情だった。

 

 

「オカシイな。オレはさっきまでの甘ちゃんを指名した筈なんだが?ボーイの指名ミスかなんかか?」

 

 

それを見たアシモフは思わずニヤリと笑った。

 

 

「オレもさっきまでの嫌味なじいさんを指名したはずだったんだけどどっか行っちまったみてぇだな」

 

 

クーガも口元を少し緩める。そして言葉を続けた。

 

 

「オレには1番好きな時間がある。その時間になると緊張とか余計なことなんて吹っとんじまう」

 

 

「ほう……その時間ってのは?」

 

 

アシモフも口元を同様に緩める。クーガが何を言わんとし、何を思っているのか予想がついてるからだ。鋭く、ギラついたクーガの瞳を見ればわかる。戦士の眼だ。

 

 

「『戦闘』のお時間だ」

 

 

2人の脳内をアドレナリンが駆け巡る。純粋な戦闘という透明な時間が、彼等の人間という動物の中に眠る、闘争本能を呼び覚ます。アドレナリンが堀り当てた油田のように噴き出した。

 

「とっととかかってこい」

 

 

「……面白ェ」

 

 

ポツリとそう漏らした瞬間、クーガ・リーは手に持った注射機型の『薬』を首筋に撃ち込む。徐々に、クーガ・リーは人ではなくなっていく。

 

 

強固な黒光りした甲皮が身を包み、腕にはその生物を象徴するであろう大顎が出現する。まるでクローと呼ばれる武器のようだ。プレデターとかいう昔の映画で、似たようなものをプレデターが使っていたことをシルヴェスター・アシモフは思い出す。

 

 

クワガタの物のように挟むのではなく、かといって切断するなんて綺麗なものとは思えない。引き裂く。そんな言葉が似合いそうな代物だった。

 

 

クーガが変異を終えた直後、唯香のパソコンのムービーでは丁度その昆虫がカブトムシの首を切断した直後だった。

 

 

殺し屋『サソリ』相手だろうが、王者カブトムシが相手だろうが、弱点を探し出し、的確に抉る。

 

 

その装甲は、厚く開かない。

 

 

【故に、硬い】

 

 

その脚は、追うことをやめなかった。

 

 

【故に、速い】

 

 

その牙は、貪り続けた。

 

 

【故に、強い】

 

 

 

 

「悪いが……先手必勝でやらせてもらう」

 

 

 

 

クーガ・リー 

 

 

国籍 イスラエル×日本

 

 

20歳 ♂

 

 

185cm 75kg

 

 

MO手術〝昆虫型〟

 

 

 

 

─────────オオエンマハンミョウ─────────

 

 

 

 

 

 

 

 

『仮定マーズ・ランキング』同率6位

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────絶対的捕食者(オオエンマハンミョウ)戦闘開始(プレデイション)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






ついにクーガ自身のMO手術が出てきました。


感想頂けると光栄ですぞ!!
(`・ω・)☆



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