LIFE OF FIRE 命の炎〔文章リメイク中〕   作:ゆっくん

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一つの器の中に、複数の毒蟲を入れておく。


その器に蓋をしておくと、蟲達は互いを喰らう。


互いを食み貪る中で、闇のカクテルはその濃さを増していく。


そして、最後に残った極上の一匹は呪術に用いられる。


人はそれを〝蟲毒〟と呼び、太古より怖れ、それを避けた。


その坩堝の中に巻き込まれれば、たちまち負の渦に呑まれるだけだから。








第十六話 NOISE 蟲毒

 

 

 

 

「おじょーさま。ごはんでけた」

 

 

美月レナの一声で、アズサ・S・サンシャインは目を覚ます。

 

 

朝日が目に射し込み、 重い瞼と気だるい意識が少しずつ覚醒していく。

 

 

…いや。朝日だけではなかった。

 

 

朝日に当てられた、部屋の中をズラリと並ぶ金のトロフィーが反射し、黄金の光を眩いばかりに所有者であるアズサ自身に向かって放っていた。

 

 

この全てが『フェンシング』の競技大会で優勝を飾り、得たもの。

 

 

「………我ながら圧巻ですわね」

 

 

アズサは自らの功績を見て、ポツリと呟く。

 

 

それもこれも、父親の指導の賜物だと思う。

 

 

幼い頃から指導を受け、ずっと向き合ってきた自らの特技。

 

 

才能があったのだと思う。

 

 

別に『フェンシング』が好きだった訳ではない。

 

 

どちらかと言うと、可愛い動物と戯れる時間の方が楽しい。

 

 

かといって、父に強制された訳でもない。

 

 

ただ、何か武芸に打ち込めば強くなれると思っていた。

 

 

父を守る力が欲しかった。

 

 

事実、自分は力を手にした。

 

 

しかし、皮肉なものだ。いくら自分が力を手にしたところで、父は救えないのだから。

 

 

 

 

 

 

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「まいうーざます」

 

 

レナは、自らが作ったハンバーガーを食べながら自画自賛する。

 

 

手前味噌にも程があるものの、確かに美味しい。

 

 

もりもりと、目の前で清々しい程の食欲を朝から発揮しているレナを、アズサは眺めた。

 

 

美月レナ。

 

 

母がおらず、姉妹もいない自分を気遣って、父が日本の孤児院から引き取って以来、幼い頃から本当の姉妹同然に育ってきた。

 

 

ファミリー向けの特集番組にて、姉妹が犬と仲むつまじく遊んでいるシーンを見て「羨ましい」と自分が呟いていたのを父が目撃していたらしく、その願いを叶える為に妹として連れてきたらしいのだが。

 

 

 

 

 

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《十五年前》

 

 

 

『誕生日おめでとう。アズサにサプライズがあるんだ』

 

 

『あたくしにですか?なんですの?』

 

 

『ふふ。テレビを見ていた時羨ましいと言っていただろう?』

 

 

『え!まさか!』

 

 

『そのまさかだよ。出ておいで』

 

 

『わーい!わーい!かんげきです………わ?』

 

 

『あ、やせーの「れなちゅう」がとびだしてきた。どーも。すきなぽけもんは「ぴかちゅう」の「れな」です』

 

 

『…………お、おとーさま、だれですの?このこは』

 

 

『アズサの妹だよ。姉妹を見て羨ましいと言っていただろう?』

 

 

『「れな」はきょうから「おじょーさま」のいもーとです。おやつをはんぶんこするときはビッグなほうをしょもーする』

 

 

『あの…その…あたくしがほしかったのは…「わんちゃん」です』

 

 

『え?ど、どういう事だい?アズサ?』

 

 

『だからその…「わんちゃん」が…』

 

 

『もしかして…あの時「羨ましい」と言ったのは…犬のことだったのかい?』

 

 

『え、ええ。「わんちゃん」のことですわ…』

 

 

『にゃあにゃあ』

 

 

『それは「にゃんちゃん」ですわよ、れな』

 

 

 

 

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あんな手違いトラブルがあったものの、父は自分もレナも分け隔てなく育ててきた。

 

 

そのせいかどうかはわからないが、レナは父だけでなく何故か自分にも恩義を感じてくれていた。

 

 

自分は、レナに特に何かしてやれた覚えはない。

 

 

いつも一緒に遊んでいただけだだけである。

 

 

なのに自分を守ろうと躍起になって、幼い頃から肉体トレーニングを始めただけでなく、十八歳になる頃には一時自衛隊に入隊し、本格的な訓練を受けて帰ってきた。

 

 

レナの長年の努力の結果か、入隊して一年ほどで格闘勲章を得た。

 

 

しかし、素行不良の上官複数名を『殺しかけた』とかいう理由でその勲章は剥奪され、除隊処分を受けて帰ってきたが。

 

 

不謹慎だが、レナがいない間心細かったので、一見叱っていても内心ガッツポーズだった。

 

 

そんなレナと、そこそこの大きさの家で今は自分達二人で住んでいる。

 

 

『サンシャイン家』は名門である。入院している父親は、某食品チェーンの代表取締役だ。

 

 

資産は『巨万の富』とまではいかないが、それに近いものであると言えるだろう。

 

 

そんな『サンシャイン家』が何故このような一般家庭と変わらない環境に身を置いているのか。

 

 

それは、必要ないからである。

 

 

たった三人の家族なのに、何故広い豪邸や屋敷に住む必要があるのか。

 

 

全く必要ない。

 

 

家の掃除もさぞかし大変だろう。

 

 

豪邸に住めば、お金で使用人を雇えばいいじゃないか?

 

 

いいや。それは『サンシャイン家』ではご法度だ。

 

 

『お金がなければ何も出来ない人間』になるな。

 

 

それが『サンシャイン家』の家訓の一つである。

 

 

自分はそんな『サンシャイン家』を、いや。『父』を誇りに思い、心の底から慕っている。

 

 

そんな父親が、病の床に伏している。

 

 

自分には、アズサ・S・サンシャインには耐え難い苦痛だった。

 

 

 

 

 

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「へん」

 

 

U-NASAから指示を受けた任務の現場に向かっている途中に、運転しているレナが不意に口を開く。

 

 

「…………なにが、変ですの?」

 

 

アズサは、レナの疑問に検討がついていながらそう尋ねる。

 

 

「〝あのとき〟、みんながあっさりやられてたこと」

 

 

レナが言う『あの時』とは、言わずもがな『集会』のあの日のことだろう。確かにそれについては疑問が複数浮かぶ。

 

 

帝恐哉(みかどきょうや)』が『裏切り者(ユダ)』だということが先日の事件を機に判明した。

 

 

だがしかし、だからこそ浮かび上がる疑問がある。

 

 

本当に、『帝恐哉』が単独で幇助した〝程度〟で、精鋭揃いの『地球組(自分たち)』が壊滅するだろうか。

 

 

確かに『帝恐哉』の力は脅威だった。

 

 

彼自身の戦力としての力量も、その与えた情報も。

 

 

しかし、たった〝それだけ〟。

 

 

帝恐哉に『依頼主(ブレイン)』がいたこともわかっているが、正直それはさして問題ではない。

 

 

実行犯の数が足りないのだ。

 

 

当日、『地球組』の会場を占拠して制圧する、『実行犯』の数が。

 

 

『バグズ手術』を受けた雑兵達は、そのうちの数に入らない。

 

 

『帝恐哉』だけでなく、他にも『裏切り者(ユダ)』がいた筈。

 

 

それがわからない。

 

 

少なくとも、『裏切り者』による『地球組』壊滅騒ぎのせいで、更に厄介な事態になりかけている。

 

 

今から〝護送〟する人物も、そのせいで急遽起用することになった人物の一人だ。

 

 

何でも、『切り札(トランプ・カード)』と呼ぶにふさわしい力を有しているらしい。

 

 

戦力補充と言えば聞こえはいいが、何らかの隠謀が関与しているのは明らかだ。

 

 

少なくとも、一人や二人のメンバーの加入により片付く問題ではないのだ。

 

 

 

 

 

 

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とあるU-NASA施設の地下駐車場。

 

 

そこに、『護送車』が停車していた。

 

 

『護送車』とは、正真正銘『囚人』や『被疑者』などを輸送する為の車両である。

 

 

最も、映画によく出てくるモデルのような、檻付きバスのような大型車。

 

 

その大きな車両の中に、〝とある人物〟が拘束されていた。

 

 

現在の地球組メンバーを、トランプで例えるとしよう。

 

 

『心』を象徴する『ハート』はクーガ。

 

 

『剣』を象徴する『スペード』はアズサ。

 

 

『棍棒』を象徴する『クラブ』はレナ。

 

 

『硬貨』を象徴する『ダイヤ』はユーリ。

 

 

この四人を、各スートの『エース』とする。

 

 

この拘束された人物をトランプで例えるならば、『ジョーカー』。

 

 

この人物の有した戦力は勿論だが、それ以上にその『存在』が重要であった。

 

 

各国首脳が集まった会議にて、『とある国』の首脳が強行した『計画(プラン)』。

 

 

あまりにも危険であり、あまりにも浅はか。

 

 

だからこそ他の国の『首脳(トップ)』は反対した。

 

 

〝確実に裏があるからである〟

 

 

単純な戦力の確保?

 

 

笑わせてくれる。

 

 

『その国の首脳』は、『MO手術』よりも重火器をゴキブリに使用した方が有効であると考えている。

 

 

それが掌を返して〝過度に強力なMO手術ベース適合者の選別〟などという『計画(プラン)』を推進するとはどういうことか。

 

 

確実に裏がある。とどのつまり、『偽装(フェイク)』だ。

 

 

だが、それを言うのはご法度。

 

 

『その国』との間に亀裂が入っては不味いからである。

 

 

そこで起きる問題全ての責任を背負うという条約で、決定した。

 

 

しかし、〝確実に問題は起こる〟。

 

 

それを見越して、恐らく強行したのだ。

 

 

こんな計画、デメリットしかない。

 

 

仮に何の問題もなく、単純に戦力が確保されたとしよう。

 

 

その国には何の旨味もないのだ。

 

 

『地球組』の戦力が補充されたところで、全体の利益にしかならない。

 

 

『その国』が狙っているのは、逆に『起こりうる問題全てから生じる責任』。

 

 

むしろ、最初から〝デメリット〟を狙っているのだろう。

 

 

一見〝デメリット〟に見えても、恐らくあちらからすれば〝メリット〟なのだ。

 

 

 

 

 

 

話のフォーカスは再び、『切り札(ジョーカー)』と呼ばれる彼に戻る。

 

 

この男は、早く言ってしまうと『死刑囚』だ。

 

 

たまたま〝過度に強力なMO手術ベース〟に適合しただけ。

 

 

そして、優れた戦闘技術を持っていただけ。

 

 

それだけで、釈放された。

 

 

しかし、凶暴な犬には首輪をつけておかねばならない。

 

 

そうしなければ、こちらに歯向かうだけでなく『野良犬の群れ』、つまり『地球組』の敵である『バグズ手術』を受けた死刑囚の側につき、強力な戦力を確保されてしまう為である。

 

 

それ故に、〝脳を自在に制御し、いざとなれば自爆する装置〟などという人権を踏みにじるかのような機材を、装着させなければならない。

 

 

その手術を、アズサやレナ、花琳が所属する『テラフォーマーズ生態研究所第一支部』で行われる〝予定〟であった為に、現地まで〝護送〟する予定だったのだが。

 

 

アズサとレナが到着していた時には、U-NASA施設の地下駐車場には、既に『バグズ手術』を受けた囚人達複数名と、見覚えのある顔〝達〟が待機していた。

 

 

 

 

 

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「あら…遅かったわね?遅刻よ、アズサ」

 

 

フェラーリから降りたアズサとレナを迎えたのは、彼女達の『サポーター』である花琳。

 

 

相変わらず、『余裕』という言葉が服を着て歩いているかのような印象を受ける。

 

 

自分達の敵と仲良く肩を並べている現場を目撃され、全く動揺していないのだから。

 

 

「花琳…やはり貴女でしたのね、裏で糸を引いていたのは?」

 

 

その言葉に、花琳はクスリと笑う。

 

 

「……その話は後にしましょ?というか…貴女達がそれどころじゃなくなるわよ」

 

 

不適に微笑んだ花琳の横を、顔見知りの面々が通り抜けてくる。

 

 

〝死んだ筈のメンバー達〟が。

 

 

 

 

 

 

「よぉ…久しぶりだなお嬢ちゃん達…」

 

 

筋骨粒々で、スキンヘッドの頭部に大きな傷がいくつも入った男。

 

 

『マッド・D(ドッグ)・グレイシー』。

 

 

『アース・ランキング』第七位。

 

 

強力な力に、強固な甲殻。強靭な尾を備えた

漆黒の覇者(ダイオウサソリ)』の特性を持つ男。

 

 

『集会』の日、死んだと思われていた男。

 

 

それが、今目の前で生きている。

 

 

 

 

 

 

「レナさん…ああ!その純粋無垢な性格にその整った顔立ちとスタイル!!僕の嫁になって欲しい!!結婚式はハワイで挙げてそれ以降毎晩四六時中種付け作業に励もう!!僕って絶倫だから君をきっと満足させられるよ!!僕童貞だけど本読んでたくさん勉強したから!!ああ、アズサさんだけど後ろの方の穴で相手してくれるなら妾にしてやってもいいよ!!君のお尻は魅力的だからね!!『集会』の日、実はテーブルの下で君をオカズに思わず〝マス〟をかいてしまってたんだ!!ごめんね!!ごめんね!!」

 

 

醜悪な顔に、眼鏡をくもらせてブヒブヒと唸っている巨漢の肥満体の男。

 

 

『安堂タカシ』。

 

 

『アース・ランキング』第九位。

 

 

自重の千倍以上の重さを持ち上げる、

太陽を運ぶ者(スカラベ・サクレ)』の特性を持つ男。

 

 

〝糞転がし〟と呼ばれるこの昆虫だが、体重100kgの『安堂タカシ』が人間大で発現させれば、【100t以上】の重さの物を持ち上げることが可能になる。

 

 

『集会』の日、死んだ筈の男が目の前で囀ずっている。

 

 

 

 

その他『十一位』・『十三位』・『十四位』の者。

 

 

『地球組』五十人中、上位ランカーが揃い踏みだ。

 

 

『地球組』のメンバー自体、『マーズ・ランキング』であれば最低でも三十位以内での活躍が見込まれる者ばかり。地球各地にて、単独で任務をこなせるように選抜されたからである。

 

 

「なるほど…よくわかりましたわ」

 

 

アズサは溜め息混じりに、〝死んだ筈の面々〟を睨む。

 

 

「貴方がたは『あの日』…『帝恐哉』と共に反乱を起こした。そして自分達は死亡したように隠ぺいし…暗躍する実行犯は『帝恐哉』に託した。そしていざという時の兵隊として自分達は身を潜めた。そこの『花琳』に雇われて」

 

 

〝違いまして?〟

 

 

とアズサは尋ねる。

 

 

すると、パチパチと気の無い拍手が鳴り響く。

 

 

「ご名答よ、アズサ。一瞬でそこまでわかるなんてね」

 

 

「ふぁっく・ゆー」

 

 

レナは花琳に向かって中指を立てる。

 

 

アズサも、同じ気持ちだった。

 

 

同じ志を持つ仲間達を、彼らは恐らく『金銭』の為に裏切ったのだ。

 

 

彼処に佇んでいる、『女狐(花琳)』にそそのかされて。

 

 

「降伏しちまいな、お嬢ちゃん達。お前らの『ベース生物』はネームブランドだけは無駄にご立派な飾りもんだ。『人間大』にしたところで大したことはねぇ」

 

 

『マッド・ドッグ』はニヤニヤと、二人を嘲笑うかのような笑みを浮かべる。

 

 

二人のベースは既に把握している。

 

 

自然界にいれば強そうではあるが、人間大にしたらイマイチ冴えない印象だ。

 

 

「オレらはその『護送車』の中の〝化け物〟を解放したいだけだ。邪魔しなけりゃ危害も加えねーよ」

 

 

敵の狙いはやはり、『護送車』の中の人物。

 

 

なるほど、ここで戦力を確保して有利に今後の戦いを進める気だろう。

 

 

そうはいかない。

 

 

アズサは冷静に戦力を分析する。

 

 

自分の記憶上、『マッド・ドッグ』は実戦的な地下のストリートファイト大会で優勝を何度も何度も繰り返してきた経験のある男。

 

 

この中で最も桁違いに手強いだろう。

 

 

そして、『安堂タカシ』をはじめとした残りの四人の『裏切り者』は、『ベース生物』が強力すぎるだけであって、格闘技の経験はなかった筈。

 

 

最も、U-NASAから相当な訓練は受けさせられた筈だが。

 

 

後は、『バグズ手術』を受けた『死刑囚』が二十人ほど。

 

 

「……………レナ、〝あちらの雑魚〟は全て貴方が相手を」

 

 

「うぃ」

 

 

レナは、二つ返事で承諾する。

 

 

〝雑魚〟とくくるには相手としての荷が重すぎる。

 

 

そう思う者もいるかもしれない。

 

 

だが、アズサはわかっていた。

 

 

あの程度の実力では、レナの前では平等に〝雑魚〟でしかない。

 

 

「あたくしはあちらの〝大将〟を片付けますわ」

 

 

唯一〝雑魚〟の冠から逃れた『マッド・ドッグ』。

 

 

それをアズサは指差し、注射型の『薬』を注入した。

 

 

レナも、それに続く。

 

 

『裏切り者』達も、負けじと『変異』しようとする。

 

 

しかし、その動きは停止する。

 

 

目の前に現れた、(ブルー)(レッド)の『戦乙女(ワルキューレ)』の美しさに目を奪われて。

 

 

 

 

 

 

 

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血飛沫が、舞い散る。

 

 

美月レナを中心に、その血はコンクリートの地面に赤い華を描いていく。

 

 

彼女に近寄る者は皆平等に、その体を『切断』された。

 

 

彼女自身の紅蓮の甲皮が、返り血の化粧により深いルージュへと染められていく。

 

 

「ヒイッ!!ヒイイイイイイ!!」

 

 

腕を切断された『安堂タカシ』は、地面で芋虫のようにもがいていた。

 

 

レナの体に全力でパンチを放った途端に、その拳は腕から切り離された。

 

 

彼女の二対の武器がそれを許さなかったのである。

 

 

自慢の怪力も、届かなければ意味はない。

 

 

「じごくでしにがみと〝ちゅー〟してな」

 

 

棒読みでレナが決め台詞(?)を言い終える頃には、その場に立っている者はいなかった。

 

 

誰もかれも、重傷。

 

 

生きては、いる。

 

 

「たかし、おまえのばんだぜ。べいべー」

 

 

感情のない言葉と共に、レナは二対の武器を『タカシ』の首に添える。

 

 

まるで、ギロチンのようだ。

 

 

「あ、や、や、や、やだ、た、たすけてよ」

 

 

びくびくと、タカシは怯えたように後ろずさる。

 

 

「やだ」

 

 

「うわああああああ!!ママァアアアアアアアアア!!」

 

 

情けない声を上げてタカシが気絶すると、レナはすっと立ち上がる。

 

 

「〝おかーさん〟がいるならかなしませるな。こんなことからはあしを洗うのじゃ」

 

 

気絶したタカシから目を移し、敵が痛みにうめく中心で、レナは主人の戦いを見守った。

 

 

 

 

 

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「あらあら、先程までの威勢はどうしまして?」

 

 

「ぐ…ううう………」

 

 

『マッド・ドッグ』は、アズサを睨む。

 

 

こちらの戦いは、戦場を阿鼻叫喚の渦に巻き込んでいたレナとは異なり、静か。

 

 

相手の返り血はアズサには届かず、その蒼い身体は一切汚れていなかった。

 

 

不浄の蒼。

 

 

『マッド・ドッグ』が何かを仕掛ける度に、アズサは腕から生えた一本の武器で相手の身体を貫いた。そのお蔭で、全身の甲殻に穴が空いている。

 

 

『フェンシング』に精通した彼女は、その〝速さ〟で相手に何もさせない。

 

 

「クソ…何でだ!!」

 

 

『マッド・ドッグ』の、いや『ダイオウサソリ』の強力な鋏は届かず、強固な甲殻も貫かれ。強靭な尾から繰り出す針も、相手には通らなかった。

 

 

間違いであった。

 

 

『人間大』にすれば大したことはないと思っていた。

 

 

だが、アズサとレナのベースとなった生物は、事実強力無比な力を発揮している。

 

 

その『特性』はもとより、その『生物』が持つ『武器』が、二人の『人間』としての戦い方に非常にマッチングしているのだ。

 

 

彼女達がその『二種の生物』を選んだというよりも、『二種の生物』が彼女達を選んだという錯覚すらも覚えそうだ。

 

 

チラリと横を見れば、血のプールの中心でこちらを無表情に眺めるレナがいた。

 

 

背筋が凍りつく。

 

 

アズサにも、何もさせて貰えそうにない。

 

 

あまりの力量の差に愕然とした『マッド・ドッグ』は、自らの尻尾を引きちぎる。

 

 

僅かながらも毒を備えた、その武器を。

 

 

「頼む………!!殺さないでくれぇ!!」

 

 

ガタガタと震えながら、『マッド・ドッグ』は降伏した。

 

 

噂には聞いていた。

 

 

あくまで噂だと思っていた。

 

 

アズサ・S・サンシャインと、美月レナの二人は『クーガ・リー』よりも強いと。

 

 

『アース・ランキング』は、三つの項目を採点し、合計した点数により決定される。

 

 

あくまで目安だが。

 

 

・単独の相手に対する戦闘力

 

 

・複数の敵に対する殲滅力

 

 

・戦闘時の判断力

 

 

これらの十点満点の項目のうち、クーガ・リーは全ての項目で九点。

 

 

ユーリ・レヴァテインは戦闘時の判断力が十点。単独の相手に対する項目が九点、複数の相手に対する項目が六点だったか。

 

 

そして、件の二人。

 

 

アズサは、〝単独の相手〟に対する項目は十点。

 

 

レナは、〝複数の敵〟に対する項目が十点。

 

 

各自のそれ以外の項目は八点前後だったらしいが、各自の得意分野に関してはクーガ・リーを越している。

 

 

そんな化け物相手に、自分達が叶う筈がなかった。

 

 

「……………罪を憎んで、人を憎まずですわ。そこで待っていなさい」

 

 

気高き乙女は『マッド・ドッグ』に『待て』をした。

 

 

その後、『女狐』に向かって二人は歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

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「観念なさいな。貴女はさしずめ…袋のねずみですわ」

 

 

アズサとレナは、歩み寄る。

 

 

それぞれの『武器』を構えて。

 

 

花琳からはそれでも、余裕の表情が消えない。

 

 

「ねぇ…アズサ、レナ」

 

 

「うるさい。だまってこーさんするべし」

 

 

レナは、聞き入れようとせずに歩みを続ける。

 

 

「戯言であたくしたちを惑わそうとしても…そうはいきませんわよ」

 

 

アズサも、毅然とした態度で相手の言葉を払いのけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「〝貴方のお父さんを『AEウイルス』から救えると言ってもかしら〟」

 

 

ピタリと歩みを止め、アズサは今受け取った言葉を反芻する。

 

 

 

AEウイルスから

 

 

      父を救う?

 

 

 

「そんな世迷い言…聞きたくありませんわ!!」

 

 

AEウイルスの治療法など存在しない。

 

 

もしそうなら、火星に危険を犯してまで『アネックス一号』が向かう必要はない。

 

 

「まさか。そんな魔法ある訳ないじゃない」

 

 

花琳は、クスクスと笑う。

 

 

それが、アズサとレナをイラつかせた。

 

 

「アズサ…仮に『アネックス一号』が到着し…ワクチンが届いたとしてもそれか行き渡るまでにどれ程かかると思う?」

 

 

AEウイルスの感染者は日に日に増している。

 

 

ワクチンが行き渡るのには、時間がかかるだろう。

 

 

「お金を使えば順番を前の方に送ることが出来るかもしれない。けれど…貴女のお父様は金持ちには珍しい善人よ。他人を押し退けることなんて出来やしない」

 

 

アズサ自身も、それをよく理解していた。

 

 

父は、多少損しても賄賂だけは絶対にしなかった。

 

 

AEウイルスから逃れる為の治療を先に受ける権利がもしあったならば、名前も知らない小さなこどもにあっさりと譲ってしまうだろう。

 

 

だが、しかしそれでは自分が嫌だ。

 

 

 

 

「…あたくしは」

 

 

 

 

考えてもみて欲しい。

 

 

自分達の親が、見ず知らずのこどもの為に死ぬと言って納得できるだろうか。

 

 

納得しようと、無理矢理気持ちを押し込むことはできる。

 

 

親がしたことは、未来のこどもの命を守ることなのだから。

 

 

 

 

「…あたくしはっ!」

 

 

 

 

だが、納得はできまい。

 

 

見ず知らずのこどもがどうなろうと…までは言わないが、親には生きて欲しいだろう。

 

 

見ず知らずの子どもは救われるかもしれないが、その人物自身のこどもはどう思う?

 

 

生きて欲しいだろう。親に。どんな形でも。

 

 

 

 

 

「………………あたくしはっ!!!」

 

 

 

 

「私の口添えがあれば…何の取引もなしにこっそりとワクチン接種の順番を先の方にできるわよ?」

 

 

花琳の囁きに、アズサは困惑する。

 

 

感情がねじれ曲がり、胸が締め付けられる。

 

 

苦しい。苦しい。

 

 

そんなアズサの手を、レナはそっと握る。

 

 

「…だいじょーぶ。おじょーさまがどんな〝せんたく〟をしてもわたしはついてく」

 

 

「………………あたくしは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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『護衛車』の車内で、レナはどこか悔しそうに、ハンドルに力を入れる。

 

 

助手席のアズサは、静かに涙を流してる。

 

 

本当は、アズサもわかっていた。

 

 

花琳の話の虚偽もわからないし、本当は花琳をあそこで仕留めた方がよかったのだ。

 

 

しかし、アズサは僅かな可能性でもいいからすがりたかった。

 

 

父を救う可能性に。

 

 

それが、どんなに細い糸でもいいから。

 

 

レナは、そんなアズサに後悔して欲しくなかった。

 

 

でも、アズサは後悔している。

 

 

いや。どちらにしろ後悔することになったのだろう。

 

 

アズサを守る為に培ったこの力が、アズサの為に役立てられない。

 

 

いや。そもそも力でなんとかなるものではなかった。

 

 

それがレナには、たまらなく悔しかった。

 

 

バックミラーでこの大きな車両の座席を見る。

 

 

バス程の大きさのこの車両には、大量の座席が用意されている。

 

 

その一番後ろの座席には、拘束されていた『とある人物』と、花琳が独占していた。

 

 

そして各座席に座っている、忌々しい者達。

 

 

 

 

 

 

「じょう」

 

 

「じょじょう」

 

 

「じょじょじょーじょ・じょーじょじょ」

 

 

「じぎぎぎぎ………」

 

 

「じょおじ」

 

 

実験用テラフォーマーズ。

 

 

テラフォーマーズ第一支部にて、生態実験用に用いられているものである。

 

 

これが突如車両内から現れて、瀕死だったメンバーや『マッド・ドッグ』を殺し、始末したのである。

 

 

マジックミラー越の外の景色を見て、不思議そうにしている。

 

 

だが、その目は虚ろだ。

 

 

『とあるもの』の投与により、操られているからである。

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────

 

 

───────────────

 

 

 

 

花琳は、笑う。

 

 

自分が保有する戦力をアズサとレナにぶつけ、品定めをした。

 

 

生き残った方をそのまま手駒として確保する予定だったが、案の定このような結果となった。

 

 

「いい買い物しちゃったわね…フフ」

 

 

アズサ、レナ。

 

 

誰も貴女達のことを責めないわ。

 

 

大切な人が消え失せた世界なんて、存在する価値もないもの。

 

 

大切な人の為ならば、あらゆる物を犠牲にしてしまう。

 

 

それが、人間の弱さ。

 

 

大切なものを失うことを、人は誰よりも恐れる。

 

 

それがね、人間の弱さ。

 

 

私はもう、大切な人を失った。

 

 

 

 

 

『ふーん。アンタ花琳って言うのか~。ここに旅行に来たと思ったら?誘拐されて?親とはぐれた?アハハ!ついてない!アンタついてないなぁ!!』

 

 

 

『でもね、一つだけついてることがぞぉ。あたしに会えたことかな!来な!ここでの生き方を教えてあげよう!!チビのアンタでも解るように説明するよ?』

 

 

 

『中国に帰れる旅費が貯まった?…あー…ここでお別れかぁ…』

 

 

 

『…もし将来お金が貯まったらあたしをここに迎えに来る?あはは。そーか…うん。楽しみにしてるよ』

 

 

 

『…………約束だぞっ♡』

 

 

 

 

 

待っててね。

 

 

 

貴女の代わりに全てのテラフォーマーと…世の中のバカ共を私が支配してみせるから。

 

 

 

二十年前、反逆の牙を剥いた『特性』。

 

 

 

それが時を跨ぎ、再び反逆の刃を授けた。

 

 

 

地球の神は気紛れだ。

 

 

 

血の繋がっていない二名に、同じ『特性』を適合させたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「〝貴女〟の能力で」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────悪魔を従えし悪魔(エメラルドゴキブリバチ)復活(リユニオン)

 

 

 

 

 

 

 

 

 








本当はもっと早くにこの話をあげたかったのですが、お盆の期間中だったのでやめておきました。


皆さんがお墓参りに行っている時に、人の死を描くのもなんだかなと。


ワシも二人の大切なおじいちゃんの墓参りに行った翌日にこれを書くことは出来ませんでした。


御詫び?としてこいつを←


クーガのデフォルメイラストを書いていただいた86さんに、ワシとリーさんを描いて貰いました。


何故アザラシか?


ツイッターでのワシは、リーさんの一番弟子にしてマーズ・ランキング圏外、能力『ゴマフアザラシ』ってキャラなんだよぉ!!ちくしょう!!リーさん大好きだ!!




──────────雪見大福(ゴマフアザラシ)販売開始(ナウオンセール)



【挿し絵】
作…86さん
タイトル…ゆっくんとリーさん

【挿絵表示】




リーさん復活してくれ!!







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