LIFE OF FIRE 命の炎〔文章リメイク中〕   作:ゆっくん

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思い出が溶かされてゆく。


記憶が湿っていく。


汚されていく。


インクを滲ませたのは、私の涙だった。





第十四話 WITH_YOU 面影

 

 

 

 

───────────アネックス一号艦内

 

 

 

 

 

 

約10日前に火星へと舵を取ったアネックス一号。

 

 

今も尚、その進路はブレることもなく順調に宇宙を航海していた。

 

 

そんな中、アドルフ・ラインハルトは独り、地球を眺めていた。

 

 

懐にしまった一枚の写真を取り出す。

 

 

幼き日のクーガとの写真。

 

 

自分の両親は、『バグズ手術』の被験者となり死んだ。

 

 

 

 

───────わかった…母さん…僕も…いつか父さんと母さんみたいになるよ。がんばる…でも────できたら帰ってきてね…僕…っ…

 

 

 

 

似ていた。過去の自分に。

 

 

だからこそ、あの少年も『電極で繋がれた鰻(自 分 と 同 じ よ う)』にはさせまいと、家族のように接してきた。

 

 

事実、自分とクーガの間には兄弟のような、そんな絆が出来ていた。

 

 

そんなクーガは今も地球で、闘っているのかもしれない。

 

 

もし、出来ることなら駆け付けてやりたい。

 

 

昔のように手を繋いで、守ってやりたい。

 

 

「班長!!」

 

 

物思いにふけってる最中、ふと肩を叩かれる。

 

 

振り向けば、ギョッとする。

 

 

自分の部下の、ドイツ班のメンバー全員。

 

 

何故か自分の後ろにいつもついてくる。

 

 

困ったものだ。

 

 

だが、彼らもクーガと同様にかわいく思えてしまう。

 

 

「とうっ!!」

 

 

「あ…お、おい。イザベラ…」

 

 

唐突に写真をイザベラが横から掠め取る。

 

 

元気すぎる彼女からは、自分だけでなく他のメンバーも活力を貰っているが、元気すぎるのも困ったものである。

 

 

「わあ…かわいい」

 

 

エヴァは、写真の中の幼き日のクーガを見て思わずポツリと感想を漏らす。

 

 

これだけ見れば、女の子にしか見えない。

 

 

そんなクーガが、よくあそこまでたくましく育ったものだ。

 

 

「何気に班長もかわいいな」

 

 

「あら。本当…」

 

 

わいやわいやと、自分とクーガの写真を見て賑わい出すメンバー達。

 

 

恥ずかしい。

 

 

アドルフは赤くなった頬を隠すようにプイッと横に顔を背ける。

 

 

しかし、顔を向けた先にはとある人物が立っていた。

 

 

「ア~ド~く~ん」

 

 

「ッーーーーッ!?」

 

 

「そんなにビビることはねぇだろ!大丈夫!艦内に動物園から脱走したゴリラが紛れ込んだ訳じゃないから!!」

 

 

アネックス一号艦長、小町小吉はあまりにもマジのリアクションをされてショックを受ける。

 

 

いやまあ、自分が横に立っていたら、自分でも多分驚くであろうが。

 

 

「…何の用ですか。艦長」

 

 

取り繕うかのように咳払いした後に、用件を尋ねる。

 

 

〝艦内〟放送で呼び出さなかったあたり、本当に大したことではないんだろうが。

 

 

「アドルフがクーガの心配してそうだなと思ってよ。ちょっと冷やかしにきたんだが…もしかしてビンゴだったか?」

 

 

「そうっす」

 

 

イザベラが、クーガとアドルフのツーショット写真を見せる。

 

 

そして、ドイツ班員全員がコクコクと頷く。

 

 

最早誤魔化しようがない。

 

 

「…私だって人並みに心配はしますよ。『一応』人間ですから」

 

 

溜め息をついた後に、肯定する。

 

 

「先日も事件があったんでしょう。かなり大規模な」

 

 

地球組の上位メンバーを除いての壊滅。

 

 

山奥の村の占領。

 

 

総理大臣の暗殺騒ぎ。

 

 

どれをとっても、想定していたことよりも大規模すぎる。

 

 

非常に危険だ。心配するのも当然ではないだろうか。

 

 

「心配すんなよ。アドルフ」

 

 

そんな気持ちとは反対のことを、小吉は口にする。

 

 

「…………しかし」

 

 

「あいつは今、俺達との約束を果たそうとしてる」

 

 

約束。

 

 

幼き日の、忘れてしまいそうな小さな約束。

 

 

一度落としたら見失ってしまいそうな、小さな。

 

 

それを今でも彼は大事に秘めていた。

 

 

その為に、『地球組』に志願したのである。

 

 

「俺達が任務に専念できるように今、あいつは闘ってる。…もう、昔の小さなクーガじゃないんだ」

 

 

バン、アドルフの肩に強く手を置く。

 

 

「信じよう。クーガを」

 

 

小吉の瞳には、強い意思が秘められていた。

 

 

本当に、クーガの強さを信じてやまない様子だ。

 

 

「…………わかりました。オレも、信じます」

 

 

口ではそう言ってても、アドルフの不安は消えなかった。

 

 

自分の妻のことを思い出したからである。

 

 

彼女のことを想うと、悲しくなると同時にこう思うのだ。

 

 

 

 

 

 

────────────────人間は、弱いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

───────────

 

 

 

オリエントスズメバチ

 

 

 

学名『Vespa Orientalis』

 

 

 

とある昆虫が発見された。

 

 

その生態系は、イマイチ掴めず。

 

 

何故そのような進化を遂げたのかすらも不明。

 

 

全てが、UNKNOWN。

 

 

しかし、たった一つだけ確かな『習性(いきかた)』があった。

 

 

 

 

《 太 陽 光 発 電 》

 

 

 

『ソーラーセル』というシステムを生まれながらにして備えたこの蜂は、その独特な体色によって、電気を吸収してエネルギーへと変換していた。

 

 

それにより、運動能力を上昇させている為に、昼間での活動が多いと考えられている。

 

 

しかし、エネルギーへの変換効率は『0.335%』と非常に低く、エネルギーの大部分はエサから接種することにより得ている。

 

 

しかし、そこはさして重要ではない。

 

 

太陽光を吸収し、エネルギーに変換する。

 

 

それを自然界の、天然の生物が備えている。

 

 

それだけで、充分すぎるのではないだろうか。

 

 

母なる星は、人類の文明が発展することに比例して、自然界にも大きな進化をもたらした。

 

 

その小さな発見こそが、更なる発見への大きな一歩。

 

 

オリエントスズメバチ。

 

 

小さな彼は、大いなる力の体現者である。

 

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

───────────

 

 

 

 

が。

 

 

帝恐哉の体からは目に見えて電気と電流が満ちていた。

 

 

その答えが、彼の体にあった。

 

 

パーカーやTシャツといった上着を脱ぎ捨てた彼の体には、機械が埋め込まれている。

 

 

背中には平たいバックパックのようなものが装着され、アドルフが『デンキウナギ』の『特性』を使用する際の必需品である『安全装置』まで埋め込まれていた。

 

 

SYSTEM(システム)APOLLO(アポロ)』。

 

 

オリエントスズメバチの特性をフルに活かせるように、帝恐哉の『依頼主』が特別に製造したもの。

 

 

太陽光の電気変換効率を、特殊なソーラーパネルと、内部の小型のモーターやタービンなどによって底上げする装置。

 

 

{〔モーターの稼働率+タービンの回転率〕×α(自身とパネルの採光量)}=電気変換効率

 

 

結果、オリエントスズメバチの太陽光発電の効率を約『3%』から、最高で『150%』、最低でも『60%』までの上昇が約束されていた。

 

 

しかも、余剰にエネルギーが発生した場合は蓄電が行われ、後々天候が悪くなった際などにもフルパワーでの戦闘を持続することが可能となっている。

 

 

最早この生物は、『オオスズメバチ』の毒と『デンキウナギ』の並の電流を兼ね合わせた、最凶のハンターへと姿を変えていた。

 

 

 

 

 

 

「……せいぜい、優しい思い出にでも抱かれて眠っとけ」

 

 

 

帝恐哉のこの言葉を皮切りに、二人の戦闘が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

───────────

 

 

 

「シャアッ!!」

 

 

帝恐哉の動きは、最早反則といってもいいぐらいに躍動的で、運動量の高さを示すものであった。

 

 

体内で生成した電気エネルギーによって、運動能力が大幅に上昇している為である。

 

 

飛びかかり、クーガの胸部に全力でパンチを放つ。

 

 

『オオスズメバチ』の特性にも似たパワー。

 

 

相当な威力だが、恐らく『オオエンマハンミョウ』の強固な甲皮には傷をつけられない。

 

 

だが、そこで『デンキウナギ』の発電にも似た、発電能力が活かされてくる。

 

 

「ッ…グガアアッ!!」

 

 

相手の『ベース生物』に一瞬でも気を取られていたクーガが避けられる早さではなかった。

 

 

吹き飛ぶと同時に、クーガは感電する。

 

 

焼けるような痛みが、全身を貫く。

 

 

地面に叩きつけられた後に起き上がろうとしたが、まともに体が動かない。

 

 

「そら次にもういっちょお!!」

 

 

帝恐哉はスタミナを切らすことなく、追い討ちを仕掛ける。

 

 

肘からスズメバチの顎が出現し、倒れたクーガに向かって肘打ちを放つ。

 

 

勿論、これにも電流は付加されている。

 

 

「ッ…ゲホォ!!」

 

 

あまりの腹部への衝撃と焼けるような電流に、クーガは嘔吐する。

 

 

「勝手に眠るんじゃねぇぞ第一位イイイイイイイイイイイイ!!」

 

 

帝恐哉はマウントポジションを取って、倒れたクーガの上に乗る。

 

 

帝恐哉は、上に乗りつつ放電をし続ける。

 

 

先程以上の電流がクーガを襲うと同時に、帝恐哉は全力でクーガを殴り続ける。

 

 

しかし、息が切れる様子は見られない。

 

 

スズメバチの無限の体力と電流の。

 

 

このままではなすすべもなくやられる。

 

 

クーガは飛びそうになる意識を保ちながら全力で、膝蹴りを帝恐哉の背中に向かって放つ。

 

 

「ガッ……!!」

 

 

帝恐哉の体は吹き飛ぶ。

 

 

ようやく体勢を立て直せる。

 

 

クーガは立ち上がり、身構えた。

 

 

しかし、その身体は震えている。

 

 

電流による痺れもあるが、それだけではない。

 

 

相変わらず、帝恐哉の後ろで『オオスズメバチ』と『デンキウナギ』がこちらに向かって威嚇してきているからである。

 

 

憧れた力が襲ってくる。

 

 

これほどまでに、恐ろしいものはない。

 

 

『憧れ』が強ければ、強いほど。

 

 

向き合った際の『恐怖』や『絶望』もまた、膨れ上がる。

 

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」

 

 

それを無理矢理取り払おうと、クーガは吼える。

 

 

それを見て、帝恐哉は鼻で笑う。

 

 

「バーカ。〝もうお前には無理だ〟」

 

 

クーガ・リーは、駆け出す。

 

 

『オオエンマハンミョウの大顎』で、相手の急所を狙う。

 

 

しかし、あっさりと避けられた。

 

 

「〝電撃で痺れたの〟忘れてたかぁ?」

 

 

クーガとオオエンマハンミョウの得意とする戦法、『弱点』を突く。

 

 

ただ、それには多くの『弱点』があった。

 

 

一つ目に、『ワンパターン』な為に実力者には避けられてしまう。

 

 

これは、帝恐哉の身体能力では簡単にクリア出来てしまう。

 

 

二つ目に、鋭く『冷静』な観察眼があって初めて可能であること。

 

 

クーガの感情は散々揺さぶった。もう少し揺さぶれば、完璧だろう。

 

 

三つ目に、オオエンマハンミョウの特徴である異常な『速さ』、あらゆる獲物を引き千切る『力強さ』、多少の攻撃ではものともしない『防御力』の三つがなければ成立しないこと。

 

 

これに関しては、『電撃』が全て解決してくれた。

 

 

筋肉の痺れで『速さ』と『力強さ』を奪った。

 

 

電撃の前では、『防御力』など意味を成さない。

 

 

「キィキィ吠えてろオオエンマハンミョウ!!今すぐテメェを叩き潰してやっからよおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 

帝恐哉は、攻撃を避けて無防備な体勢になっているクーガの、両腕から生えた『大顎』を掴み取る。

 

 

多少、握った拳が切れるものの構いはしない。握ったまま、クーガに全力で電流を流し込む。

 

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」

 

 

クーガは痺れで身動きを取れぬまま、感電し続ける。

 

 

それと同時に、自らの武器である『大顎』に力が加わっていくのを感じた。

 

 

通常では折れぬであろう、自らの大顎。

 

 

しかし。

 

 

電流により、全身の運動能力を異常なまでに強化している帝恐哉ならば話は別だ。

 

 

一瞬では折れなくとも、『スズメバチ』の怪力と、無限のスタミナがあれば時間をかけることにより可能である。

 

 

 

 

 

 

 

 

四分後、鈍い音を立てて『オオエンマハンミョウの大顎』は全て折られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────

 

 

───────────

 

 

 

 

 

 

「フー…案外呆気なかったなぁ…と」

 

 

帝恐哉は、倒れたまま動かなくなったクーガ・リーを見てポツリと呟く。

 

 

もっと苦戦するかと思ったが、大したことはなかった。

 

 

後は、捕獲して『依頼主』に引き渡すだけ。

 

 

ただ、運んでいる途中に暴れられると面倒だ。

 

 

殺すか、これ以上ないぐらい精神をズタボロにして『心を殺す』か。

 

 

『生きたサンプル』の方が高く買い取ってくれるらしいので、後者でいこう。

 

 

心を殺して、抵抗する気など起きないようにしてやろう。

 

 

クーガの後ろに結わえた髪を引っ張り、無理矢理意識をこちらに向けさせる。

 

 

目は虚ろだが、辛うじて意識を保っている様子だ。

 

 

そんなクーガの眼前に、一枚の写真をヒラヒラとつまみながら見せる。

 

 

ドイツ班の、集合集合だ。

 

 

 

 

 

 

「第一位。お前に昔話をしてやるよ」

 

 

意地悪く、汚い笑いを浮かべる。

 

 

「むかーしむかしあるところに。『バグズ手術』で両親がクソムシみたいにくたばっちまったかわいそぉ~な少年がいました」

 

 

クーガは、パクパクと小さく何かを呟く。

 

 

「その少年はぁ…来る日も来る日も実験されて、毎日死ぬことばかりを考えていましたとさ」

 

 

しかし、帝恐哉は構わず話を続ける。

 

 

「ところがどっこい!ある日かわいこちゃんを見つけて…人間として生きようと心に決めましたとさ!!めでたしめでたし………」

 

 

「いい話じゃねぇか…泣かせるねぇ」

 

 

取り巻き達は、わざとらしい合いの手を入れる。

 

 

 

 

 

 

「 と は な ら な か っ た ん だ な こ れ が ぁ !!自分を人間にしてくれたと思った彼女はぁ!!『動物』みてぇに毎日他の男に種付けされてガキ孕まされちまいましたとさぁ!!そんでよぉ!!そのことがわかってたってのに言えなかったんだとさ!!また自分の周りから何かが失せるのがこええからあああ!!」

 

 

「その話何回聞いても最高に笑える!チキンすぎんだろ!!いや~オレだったら女の足折るけどなぁ!!」

 

 

取り巻き達の下品な喝采が終わった後に、帝恐哉はドイツ班の写真をピラピラと上方に掲げた。

 

 

「んで…心も身体もボロボロな『アドルフお兄ちゃん』は今家族ごっこしてるって訳だ。アネックス一号の中でな」

 

 

「ぷっ…男ブサイク多いな…」

 

 

「でも女はいいの揃ってんじゃん!!なるほど…『アドルフお兄ちゃん』は毎日このデカパイちゃんと褐色のこの娘に種付けしてんのか。自分の嫁に種付け出来なかったからリベンジかぁ?」

 

 

 

 

 

──────────ドイツ班の連中?…いい奴らだよ。みんな。お前と一緒で、オレの傷を見てもさ、恐がらないんだ。だから、ついついかわいくなっちまう。

 

 

 

 

 

 

 

「もう一人の話もお前らとクーガちゃんにしてやるよ」

 

 

 

ドイツ班の集合写真を踏みつけて泥だらけにした後、帝恐哉は話を再開する。

 

 

 

「義理の親父に()られまくった女に惚れてよ!!自分の人生捨ててまで義理の親父ぶっ殺してよ!!その女が火星でゴキブリにあっさり殺されたんだぜ!?そんで今でもズールズルと引きずってよ!!挙げ句の果てにこんなパチもんの墓作って女々しいったりゃありゃしねぇ!!個人的にはこれが一番オレの笑いのツボに入っちまうなぁ……『小町小吉』も相当なギャグセンスしてるわ!」

 

 

 

 

 

────────────もう一度あの時に戻れても同じことをするか?うーん。やっちまうんだろうなぁ。もし『アイツ』が泣いて止めても、何回チャンスを与えられても、やっぱりオレは『アイツ』の為にまた…やっちまうんだろうな。………殺人を正当化する訳じゃねぇけど。

 

 

 

 

「…………に…するな」

 

 

 

クーガは、小さな声で呻く。

 

 

帝恐哉は、それに対して顔をしかめる。

 

 

「小吉さんと……アドルフ兄ちゃんを馬鹿に…するな…」

 

 

ポロポロと、こどものように涙が零れる。

 

 

動かない身体で、何とか立ち上がろうとする。

 

 

「……………もういいわ、お前」

 

 

クーガの髪を離すと、支えられていたクーガの頭は地面に落下する。

 

 

帝恐哉は、クーガを無視して墓に近寄る。

 

 

「うー…っと…………」

 

 

糞や尿まみれにした墓の墓石の部分に、小吉の『大切な人』の顔写真を貼りつける。

 

 

そして次の瞬間

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わっしょーーーーいっと!!」

 

 

パンチを放って、墓石を粉々にした。

 

 

「ッ…アアアアアアアアア!!」

 

 

クーガは最後の力を振り絞って、立ち上がる。

 

 

最早『オオエンマハンミョウの大顎』すらも失ったその拳で、立ち向かう。

 

 

 

「第一位。二つの物語の続きを今考えたんだわ」

 

 

変異した右腕を、クーガに向ける。

 

 

「二人に救われた小さな男の子は、結局何も恩を返せないまま『ゴミムシ』みたいに死んで、一生二人を悲しませましたとさ………ってのはどうだ?」

 

 

右腕から、『毒針』を射出する。

 

 

見事にそれはクーガの胸部にダーツの如くヒットする。

 

 

風穴が空かなかったものの、その衝撃と付与された電撃は憔悴しきったクーガの命を、停止させるには充分すぎる威力である。

 

 

クーガの身体は段々と冷たくなり、目の前が真っ暗になっていった。

 

 

そして数秒後、『命の炎』は吹き消された。

 

 

 

「生きたまんま捕獲したかったけど…最後まで抵抗したお前が悪いんだぜ?お前のせいで事故起きたらオレの責任になっちまうからな」

 

 

 

帝恐哉は電流を迸らせて、息絶えたクーガ・リーを見た。

 

 

 

もう、ピクリとも動かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

────────────

 

 

 

 

 

目を開けても、真っ暗だった。

 

 

自分は恐らく死んだのだろう。

 

 

小吉と、アドルフとの約束も守れずに。

 

 

そんな風に後悔の念を渦巻かせていると、不意に右手が暖かい感触に包まれる。

 

 

右手を、誰かが握ってくれていた。

 

 

小吉や、アドルフのものとは異なる手。

 

 

柔らかくて、優しい手。

 

 

真っ暗で何も見えないが、その人は語りかけてきた。

 

 

 

 

 

『あんただよね。毎回お墓綺麗にしてくれてたのは』

 

 

 

「──────────────」

 

 

 

『うちの馬鹿が迷惑かけてるみたいで申し訳ない…』

 

 

 

「──────────────」

 

 

 

『ぷふっ…アイツ四十二にもなってまだそんなことしてんの?』

 

 

 

「──────────────」

 

 

 

『酒飲んだ時に?』

 

 

 

「──────────────」

 

 

 

『うん…ってん?ん!?』

 

 

 

「──────────────」

 

 

 

『バッ…照れるかアホ!』

 

 

 

「──────────────」

 

 

 

『あー…やっぱあいつといるとツッコミスキル上がるのがカルマなのか…』

 

 

 

「─────────────」

 

 

 

『あ!それで思い出した!あたしあの生き物嫌いなのに毎回供えないでって言っておいて!!人工環境下でなきゃ生きられない筈だったのに徐々にタフになってんのよあいつら!!』

 

 

 

「─────────────」

 

 

 

『いやシーズーもかわいくないから!!アンタあいつと同じこと言ってるぞ!!』

 

 

 

「─────────────」

 

 

 

『うん…そうだね。あいつ曰く仁義は大切だからもう戻った方がいいかもね』

 

 

 

「─────────────」

 

 

 

『大丈夫。きちんと戻れるから。生きてあげて。あいつ、あの子の前では強がってるみたいだけど…あの子の名前…なんだっけか。アンタらが側で弁当食ってる時にポロッと聞いたんだけど…クトゥルフ君…だっけ?ん?何か違うな。というか絶対違う。何かこんな禍々しい感じじゃなかった!!』

 

 

 

「─────────────」

 

 

 

『お、覚えてなくたって仕方ないだろ!!というかアンタらが土曜の鰻の日のことを『アドルフ兄ちゃんの日』とか呼んで新手のイジメが発生しそうだった時チラッと聞いただけなんだよ!!』

 

 

 

「────────────」

 

 

 

『ま、そんなところね。アドルフ君に「心配すんな(キリッ)」とか言ってても、所詮は小吉だから。馬鹿みたいに優しいから、アンタのこと心配してるわよ』

 

 

 

「────────────」

 

 

 

『うん。行ってらっしゃい。あ、最後に一つ。あのうんこのドミノみたいなドレッドヘアーの男に言っておいて』

 

 

 

 

 

──────────ゴリラは不本意ながら私だ、…ってね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────

 

 

──────────

 

 

 

 

帝恐哉の身体から発生した僅かな電流が、足元に落ちていた『とあるもの』が媒体となってクーガの身体にショックを与える。

 

 

それはまさしく、『A・E・D(電気ショック除細胞器)』にも似た働きをした。

 

 

クーガの命の蝋燭に、再び炎が宿ろうとしている。

 

 

身体に電流が走った瞬間に、クーガの身体に『生きよう』という意思伝達を全細胞・全内蔵・全神経・全骨・全筋肉に送ったのは、とある小さな、ちっぽけな約束であった。

 

 

 

一度落としてしまえば、見失ってしまいそうな豆粒大の約束。しかし、彼はそれを片時も手離したことはなかった。

 

 

 

 

 

 

〝僕ね、いつか二人みたいになってみせる〟

 

 

 

 

 

 

〝そうしたら今度は、二人の大切なものを守ってみせるよ〟

 

 

 

 

ちっぽけな。

 

 

どうしようもなく、小さな約束。

 

 

ずっと、胸に抱えてきた想い。

 

 

それが、クーガ・リーの血となり、肉となり、心となり、魂となり、想いとなり、祈りとなり、誇りとなり、誓いとなり、過去となり、現在となり、未来となり。

 

 

彼の命を、再び燃やす。

 

 

 

 

立ち上がったクーガ・リーは、ふと自分の右手に何かが収まっていることに気付く。

 

 

 

それは、糸。

 

 

 

たった一本の、細い糸。

 

 

 

それは、墓石の根元へと繋がっていた。

 

 

 

恐らく、前に放流した『蜘蛛糸蚕蛾』の糸だろう。

 

 

 

自然界では生きられるはずもないのに、唯香に頼んで徐々にタフになっていき、自然界のこんな片隅でコミニュティを築いてしまってるようだ。

 

 

 

生態系を狂わせるとかでどこかの団体に怒られても裁判で勝てないだろう。

 

 

 

 

 

単なる偶然かもしれない。

 

 

 

風で運ばれた糸が、自分の右手へと納まって。

 

 

 

帝恐哉と、いや。墓石と自分を繋ぎ、電流の導体となり。

 

 

 

自分の命を救っただけかもしれない。

 

 

 

「そんな訳ねぇよな………」

 

 

 

偶然にしても出来すぎである。

 

 

 

 

 

 

 

 

奈々緒さん(あ の 人)』がオレを呼んだのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

二十年前に小吉さんを呼んだ、その時のように。

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

───────────

 

 

 

 

帝恐哉は、異常な光景に目を疑う。

 

 

 

生命活動を停止したであろうクーガが立ち上がったのも相当な驚きだ。

 

 

 

ただ、それ以上に『いる筈のない二人の人物』が、何故クーガの横に立っているのか。

 

 

 

恐らく幻覚だろうが、不気味なものは不気味だ。

 

 

 

 

 

 

「小吉さん、アドルフ兄ちゃん」

 

 

 

クーガ・リーは口を開く。

 

 

 

「今度はオレが、 アンタ達二人の大切なもんを守る」

 

 

 

拳を固める。

 

 

 

「〝あの日の約束〟を守る」

 

 

 

目を開く。

 

 

 

「もしそれを邪魔するのが『アンタ達の力』だったとしても」

 

 

 

思い出す。

 

 

 

「『アンタ達の教え』を信じて、貫き通す」

 

 

 

そして、墓石に足を乗せた帝恐哉の方を指差す。

 

 

 

「「『奈々緒さん(そのコ)』を放せ。糞野郎!!!」」

 

 

 

隣の人物が、クーガと共に声を重ねてこちらを睨む。

 

 

 

「その人だけじゃねぇ」

 

 

 

クーガ・リーは、恐ろしくゆっくりと歩み寄ってくる。

 

 

 

それだけなのに、何故だろう。

 

 

 

何故、こんなにも恐ろしいのだろう。

 

 

 

今度は、帝恐哉が怯えていた。

 

 

 

「ティンさん」

 

 

一歩。

 

 

「マリアさん」

 

 

一歩。

 

 

「明明さん」

 

 

一歩。

 

 

「ウッドさん」

 

 

一歩。

 

 

「虎丸さん。ジャイナさん。テジャスさん。ジョーンさん。ルドンさん。トシオさん」

 

 

一歩、一歩、一歩、一歩、一歩、一歩。

 

 

「ドナデロ艦長」

 

 

一歩。

 

 

確実に、距離を詰めてくる。

 

 

 

「………………親父(ゴッド・リー)

 

 

ポツリ、と空から雫が落ちる。

 

 

雨。本日の天気は、どこのテレビ局も快晴と報道していたのだが。

 

 

なんとなくだが、もう一人の横にいる人物のせいかもしれない。

 

 

そんな気がした。

 

 

 

 

「「 待 っ て ろ …ッ 」」

 

 

 

そして今度はその人物が、クーガと声を重ねる。

 

 

 

本来の主には頭が上がらないのか、帝恐哉の後ろで佇んでいた二匹の生物の幻影は消えていた。

 

 

 

「「 今 助 け る … ! ! 」」

 

 

 

そして、今度は〝三人〟で墓石の前を占領してる取り巻き達を指差す。

 

 

 

雷鳴が鳴り響く。

 

 

 

さっきまでの快晴が嘘だったかのように、空が曇天に呑み込まれていく。

 

 

 

 

 

「「「  (そこ) を………  」」」

 

 

 

三人の声が重なる。

 

 

 

 

 

 

「「「   退()  け  ! !  」」」

 

 

 

 

雷鳴が鳴り響く。

 

 

 

クーガ・リー。

 

 

 

彼の両手には『武力制圧(オオスズメバチ)』と『闇を裂く雷神(デンキウナギ)』の力は、握られていなかった。

 

 

 

ただ『武神(小町小吉)』と『闇を裂く雷神(アドルフ・ラインハルト)』の意思と想いは、片時も離れずに彼の側にあった。

 

 

 

クーガ・リーは、再現する。

 

 

昔教わった、彼らそのものを。

 

 

 

 







次回、小吉戦法とアドルフ戦法でオオスズメバチもどきとデンキウナギもどきに反撃開始。


先日から感想ドサドサ頂けて感無量です。


本当に毎回ありがとうございます。


ニヨニヨしながら感想欄毎回チェックしとるんですが絶対電車の中で不審者に見られてるでござるwwwフヒヒwww(夏で頭湧いた+ヤケクソ)


皆様も夏バテには気を付けて下さい。それではまた次回。



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