LIFE OF FIRE 命の炎〔文章リメイク中〕   作:ゆっくん

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〝小石を投げただけで、世界は形を変える〟






第十二話 TRAST ロシアより毒をこめて

 

 

 

 

ユーリ・レヴァテイン。

 

 

幼少の頃より祖父の狩猟に同行し、非凡なまでの狙撃の才能を発揮する。

 

 

数々の射撃大会で賞を総ナメ。

 

 

並んでゆくトロフィーに比例して、ロシア政府の彼に対する期待は膨らんでいった。

 

 

その結果、数々の審査をパスして狙撃手の養成所に入所。

 

 

その齢、十五歳。

 

 

最年少で養成所に入所し、最短で卒業。

 

 

政府直属の『狙撃手(スナイパー)』として、軍人の間で注目を集める。

 

 

的を外したことはなく、裏の仕事を一手に担う。

 

 

内戦の発生を未然に防いだことなんてこともあった。故に、政府からの信頼は厚い。

 

 

しかし、それだけ才能を光らせれば妬む者を当然いた。

 

 

暗闇の中で光を灯せば、蟲がたかるのは当然なのだから。

 

 

 

 

 

「ユーリ!任務達成祝いに友情のハグだ!!」

 

 

「…やめて頂きませんか。暑苦しいにも程がある」

 

 

「チェー!!」

 

 

熱烈なハグをしたにも関わらず、ユーリに拒まれたこの男の名前はヤーコフ。

 

 

ユーリの『観測手(スポッター)』である。

 

 

観測手(スポッター)』とは、『狙撃手(スナイパー)』とコンビを組んで任務を行う人物のことを指す。

 

 

目標までの距離、風速、周囲の警戒等を一手に担う。

 

 

狙撃手(スナイパー)』の命綱と言ってもいい。

 

 

仮に『観測手(スポッター)』無しで任務を達成できる『狙撃手(スナイパー)』だったとしても、その存在は必須である。傍にいるだけで、心強い。

 

 

針の穴を通すような技術が必要である『狙撃手(スナイパー)』にとって、精神的な安心感は何ものにも変えがたい。

 

 

二人で一人。そんな関係。

 

 

「お前…今二十歳だよな?オレよりも十歳年下だよなぁ!?なのにそんな舐めた口聞いてにその態度はなんだよ!!」

 

 

「三十歳にもなってそのようにはしゃぐ態度こそ…おかしなものだとは思いますが。私からしてみればヤーコフさんは…」

 

 

「…ヤーコフさんは? 」

 

 

「ハイスクールにいる先輩風吹かせて後輩に絡む…陰口叩かれるタイプの人間ですね」

 

 

「例えが生々しい!!チキショウ!!ボルシチをその減らず口に叩き込んでやろうか!!」

 

 

憎まれ口を叩きながらも、ユーリはヤーコフを信頼していた。

 

 

実の兄のように尊敬もしているし、何より狙撃に関する技術も指導してくれる。

 

 

観測手(スポッター)』は、基本的に『狙撃手(スナイパー)』の経験がある者がその役割を担う。

 

 

ヤーコフはベテランであり、実戦の中でしか学べないことを教授してくれた。

 

 

頼もしいことこの上ない。

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────

 

 

──────────

 

 

 

「…………犯罪組織の幹部…ですか」

 

 

「そうだ。グレーゾーンで治安を引っ掻き回してる。秘密裏に処理したいらしいぜ」

 

 

車内でヤーコフから手渡された資料に目を通す。

 

 

どうやら、また汚れ仕事を任されたようだ。

 

 

法で裁けない悪党を始末するのも、しょっちゅうである。

 

 

暗殺したところで、犯罪者同士のトラブルだとしか思われないだろう。

 

 

暫くして、目的地に到着する。

 

 

着いた地は、ビル街。

 

 

ユーリとヤーコフは素早く隠密行動の『5つのSの法則』を実行する。

 

 

Shape(形)・Shadow(物陰)・Shilhouette(輪郭)・Shine(輝き)・Spacing(位置取り)。

 

 

都会に溶け込む為に、敢えてありふれたルーズな服装を。

 

 

色彩はブラック。

 

 

時刻は夜。

 

 

スコープの光反射による位置の特定を防ぐ為に、目標の通過点からかなり離れたビルの屋上を狙撃スポットに指定。

 

 

完璧な条件が揃っている。

 

 

スーツケースに収納していた、愛用の狙撃銃を構える。

 

 

そして、スコープを覗いて目標をひたすらに待ち続ける。

 

 

ヤーコフも双眼鏡で覗き込む。

 

 

十分後、『目標(ターゲット)』とおぼしき人物を視認する。

 

 

「距離970。風速西南1〔m/s〕。湿度20%、気温2℃。クソ寒いロシア(ここ)にしちゃマシな方だが手が悴む前に撃ち抜け」

 

 

「…言われなくとも」

 

 

スコープの照準を、『目標(ターゲット)』の左上方に定める。

 

 

距離や風速を計算してのことである。

 

 

トリガーに指をかけ、相手の脳天を貫く。

 

 

いつもと変わらない、『一つの動作(ワンモーション)』。

 

 

その筈だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

ユーリの利き目から、大量の血液が滴り落ちる。

 

 

突然すぎて、何が起こったのかわからない。

 

 

ただ覚えているのは、こちらに向かって発射されたであろう弾丸がスコープを叩き割り、そのガラスが眼球に雨の如く突き刺さったことだけである。

 

 

狙撃手(スナイパー)の命とも言える、瞳を奪われた。

 

 

いや。それよりも、理解できないことがあった。

 

 

何故、相手は自分の位置を特定できたのか。

 

 

まさか居場所がバレた訳ではあるまい。

 

 

細心の注意を払っていた。

 

 

居場所が事前に知られていた訳でもない限り、待ち伏せなどあるはずもない。

 

 

ましてや、スコープを貫く射角までこんなにもドンピシャなことなどあり得ない。

 

 

射角を『狙撃手(スナイパー)』に指示できる、『観測手(スポッター)』もグルではない限り。

 

 

 

 

 

 

 

「スコープまで防弾製にしてなきゃ楽に死ねてたかもしれないのに…ドンマイだ!ユーリ!!」

 

 

ポン、ヤーコフが肩を叩く。

 

 

振り返った瞬間、もう片方の瞳からも光が消え失せる。

 

 

ヤーコフが、散らばったスコープのガラス片の一つを眼球に突き刺したからである。

 

 

「ッアアアアア!!」

 

 

ユーリは両目から血の雨を降らせながら、ヨロヨロとフラつく。

 

 

あまりにも突然すぎて、理解が出来ない。

 

 

いや、理解したくなかったのかもしれない。

 

 

「うわ…ユーリ。お前もう『狙撃手(スナイパー)』やれねーな…残念だ」

 

 

ヤーコフは、いつものような明るいトーンでユーリに言葉をかける。

 

 

「何でオレがお前を裏切ったか聞きてーだろ!じゃあピュアなユーリ君でもわかるようにオレが説明してやろう!!」

 

 

ノシノシと歩み寄り、ユーリの肩を叩く。

 

 

「…お前さ、邪魔くさいんだわ!」

 

 

「私がッ…邪魔ッ……………!?」

 

 

「そーそ!オレに仕事回ってこねぇじゃん!!」

 

 

頬を膨らませ、理不尽を叩きつける。

 

 

「悪党と取引してよ!死亡扱いする代わりに大量に金が貰えるビジネスをお前が来る前はやってたんだわ!!まぁそいつには当然整形やら変声手術だとか受けさせて別の人間として生きて貰うんだけどな!!」

 

 

たったそれだけの為に。

 

 

この男は自分を裏切ったのか。

 

 

祖国を守りたいという正義が根幹となっている自分と違い。

 

 

金を得たいという、欲望剥き出しの理由で。

 

 

「この…外道が…」

 

 

「へいへい!ユーリ君はご立派デスヨー!!アッカンベー!!…って見えねぇんだったな。無駄に顔芸しちまったわ。ブハハハ」

 

 

異常だ。他人の瞳を奪い、仲間を裏切ったにも関わらず。

 

 

いつもと何ら変わらないトーンと態度。

 

 

吐き気を覚える。

 

 

「んで、ユーリが消えればオレは前に組んでた相棒とまた組めるって訳よ!!芋づる式でな!!ユーリがもうちょい悪いこと知ってて生意気じゃなけりゃ…お前と組んでたかもしれねーのに…オレァ悲しいぜ。グスン」

 

 

ユーリを米俵のように強引に肩に担ぎ上げると、ヤーコフはビルの屋上から躊躇なく放り投げた。

 

 

ドスン、と鈍い音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

──────────

 

 

 

気が付くと、まっ暗闇だった。

 

 

モゾモゾと動かすが、あまり手足は動かず、瞳は見えない。

 

 

生きてるか死んでるかもわからない。

 

 

ベッドに横になってることだけは確かだ。

 

 

「目が覚めたか 」

 

 

声からしてロシアの首相だ。

 

 

どうやら自分は生きてるようだ。

 

 

「生きてるだけで奇跡だ。両目の損傷に全身の骨折。ビルから落下途中にバルコニーに落下しなきゃ即死だった」

 

 

カーテンをシャッと開ける音が聞こえた。

 

 

「ヤーコフについてはお前が生きてるとわかった途端に逃亡したようだ。詰めの甘い男だ。君に仕事を奪われたのも当然だな」

 

 

しかし、僅かな光すらも感じられない。

 

 

「…ッアアアアア!!」

 

 

怒りのあまりに、叫び、暴れる。

 

 

周囲の人間が慌てて取り押さえる。

 

 

しかし、止まらない。

 

 

体の自由が効かない。

 

 

瞳が光の欠片も感じない。

 

 

何より、裏切られた。

 

 

兄のように慕っていた、信頼していたヤーコフに。

 

 

暴れざるを得ない。

 

 

 

 

 

 

 

「…もう一度、瞳に光を宿してみたいと思わないか」

 

 

ロシアの首相が放った一言で、ピタリと動きが止まる。

 

 

「『ある特別な手術』の被験者を募集している。成功確率は36%とかなり低い。しかし…成功すれば君の視力は戻り、身体も何の障がいもなく復活する。ただし成功すれば人間ではいられなくなる。それでもや」

 

 

「やらせて下さい」

 

 

先程まで暴れていたのが嘘だったかのように、ユーリは即答する。

 

 

大雑把にリスクを説明したにも関わらず。

 

 

得体の知れない手術を、詳細も聞かずに。

 

 

 

 

 

 

 

「瞳に光が戻ればいい」

 

 

いや。

 

 

見えたとしても、他人の善意はもう見えないだろう。

 

 

見透かすのは、他人の中にある悪意だけ。

 

 

他人の光に照らされた道を歩いて、突然ドン底に突き落とされるのは真っ平だ。

 

 

真っ暗な闇の中を、自力で掻き分けて進んだ方がいい。

 

 

そして。

 

 

 

「………『ヤーコフ(あいつ)』を探し出して脳天にぶち込めるならなんだっていい」

 

 

 

 

 

 

───────────復讐の為ならば、人間を捨ててもいい。

 

 

 

 

 

 

──────────────────

 

 

─────────

 

 

 

 

 

ユーリ・レヴァテインは息を切らして、襲撃者の大群と向かい合っていた。

 

 

倒せども倒せども、涌いてくる。

 

 

 

「おいユーリ!!無理すんな!!」

 

 

もう片方の大群を相手にしている、クーガが声をかける。

 

 

しかし、その声は無視される。

 

 

いや、聞こえていないのかもしれない。

 

 

ユーリの血走った瞳を見ればわかる。

 

 

「オラァ!!」

 

 

パラポネラの能力を持った襲撃者が、すかさずユーリに殴りかかる。

 

 

裁き切れなかった分が、いつの間にか接近していたのである。

 

 

ユーリは息を切らしながらも紙一重で回避すると、至近距離で『毒銛』を撃ち込む。

 

 

元より『狙撃手(スナイパー)』は単数の標的を狙撃する役割を担う。

 

 

しかも動きは比較的鈍いアンボナイガイの能力だ。

 

 

多人数相手は不得意なのだろう。

 

 

「ユーリ!!下がってろ!!オレが時間を稼ぐ!!」

 

 

クーガが再び声をかけるも、やはり聞き入れる様子はない。

 

 

息絶え絶えなユーリの上空から、芸達者な能力を持った二体の襲撃者が襲いかかる。

 

 

オケラ。

 

 

跳ぶ・飛ぶ・泳ぐ・穴を掘るなど、達者な芸を持った昆虫。

 

 

アメンボやバッタなど、各種のスペシャリストに一つ一つの芸が到底及ばないことから、器用貧乏と蔑まれている昆虫。『ケラ芸』という言葉の語源にもなっている。

 

 

しかし、その器用貧乏も憔悴しきったユーリの前では脅威となる。

 

 

ユーリの左右の腕を『穴を掘る』強靭な腕力でそれぞれ掴むや否や、空中に『跳んで』橋の鉄骨に叩き付け。

 

 

『翔んで』地面に叩き付け。

 

 

『疾走』する脚力で引きずった後、再び橋の鉄骨に叩き付ける。

 

 

アンボナイガイの『貝殻(アーマー)』にヒビが入った後、ユーリは吐血して倒れる。

 

 

朦朧と意識で、目の前の襲撃者を眺める。

 

 

脳に受けたショックのせいで、反撃するという思考回路すらも浮かばない。

 

 

目の前で、カマキリの特性を持った襲撃者がユーリに向かって死の鎌を振り上げる。

 

 

「…………………」

 

 

自分の力量が不足していた。

 

 

そうあっさりと受け入れ、ユーリは瞳を閉じて暗闇に身を委ねた。

 

 

しかし、数秒経っても自分に死は訪れない。

 

 

ユーリはそっと瞳を開ける。

 

 

目の前には、両腕のカマをもぎ取られて絶叫するカマキリの襲撃者。

 

 

そして、そのカマキリの両腕により首を切断されたであろう二人のオケラ。

 

 

その後ろには、死神の鎌をもぎ取った補食者。

 

 

「大丈」

 

 

クーガがユーリに手を差し出した途端に、後ろからクロカタゾウムシの能力を持った襲撃者がクーガに向かって正拳を放つ。

 

 

恐らく避けることができただろうが、避ければユーリに当たる。

 

 

「ッ…!!」

 

 

結果、強固な拳をまともに受け、苦悶の表情を見せる。

 

 

しかし、次の瞬間にはその襲撃者の首も甲皮の隙間を『オオエンマハンミョウの大顎』によって引き裂かれ、刈り取られていた。

 

 

「…何故私を助けた」

 

 

ユーリは徐々に意識を取り戻してる最中に尋ねる。

 

 

少なくとも、この男は自分に対してあまりいい印象を持ってなかった筈だ。

 

 

裏切り(ユダ)』が自分かもしれないと言う噂が流れていることも耳にした。

 

 

人間不信の自分にとって『サポーター』など邪魔でしかなく、その『サポーター』が死んで全く動揺してないことから、疑われても仕方ないとは思うが。

 

 

そんな自分を、何故守ったのか。

 

 

 

 

 

 

 

「決まってんだろ。仲間だからだ」

 

 

そう即答したクーガに、ユーリは呆気に取られた。そんなユーリに構わず、クーガは言葉を続けた。

 

 

「お前の質問に答えたんだ。こっちの質問にも答えて貰う。何でそんなに他人を遠ざけようとする?」

 

 

「……最も信頼していた人間に裏切られた。故に他人が信じられん」

 

 

他人の質問にまともに答えたことに、自分自身ですらも驚く。

 

 

よく知りもしない男に。

 

 

「オレにも似た経験があった。一昔前にな」

 

 

最も、オレを裏切ったのはクソムシみてぇな奴だったけどな、とクーガは苦く笑いながら付け足す。

 

 

「あの一瞬はオレも世界の全部が真っ黒なクレヨンで塗り潰されちまえばいいとも思った。散々利用されて、裏切られて。この世に神様なんかいねぇとまで思った。けど」

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────オレは小町小吉。宜しくな。

 

 

 

 

 

 

───────────…アドルフ・ラインハルトだ。覚えなくてもいい。どうせもう会う機会なんてないだろうしな。

 

 

 

 

 

 

「瞳を開けた途端に、『英雄(ヒーロー)』が来てくれた」

 

 

「…だが、私には来てくれなかった」

 

 

「そうだな。オレの運が相当良かったんだ。けどよ。お前の横見てみろよ」

 

 

「お前がいる」

 

 

「そうだ、オレがいる」

 

 

クーガはドン、と自らの胸を叩く。

 

 

「お前に無理に『瞳を開けろ』。『世界を見渡せ』なんてデリカシーねぇこと言わねぇよ。瞳を閉じたままでもいい。オレが隣にいることだけは忘れんな」

 

 

ユーリは返事をしない。

 

 

しかし、先程とは違い聞き流している様子はなさそうだ。

 

 

「少なくとも今だけはお前は一人じゃないってこった。疑っても構わねーけどよ、嫌って言ってもお前を守るからな」

 

 

そう告げると、クーガは再び襲撃者の群れに向かって突っ込んでいく。

 

 

その姿を、ユーリは見送った。そんなユーリに、唯香と一郎が駆け寄ってきた。

 

 

「ユーリさん!大丈夫ですか!?」

 

 

「………なんなんだ、あの男は」

 

 

ユーリはクーガを見ながらポツリと呟いた。あまりにも、不思議だったからだ。一度は衝突した自分を、未だに仲間と言い切ったクーガのことが。

 

 

「…俺が知ってる男に一人あんな奴がいる。多分そいつの影響を受けたってとこだ」

 

 

一郎は静かにクーガの闘う姿に小吉の姿を重ねた後、静かに口を開いた。

 

 

「『仲間』と言ったあいつの言葉を疑っているんだろう」

 

 

一郎は、ユーリに向かって尋ねる。

 

 

「………『バグズ二号計画』で裏切りを起こした貴方に人への信頼についてとやかく言われる筋合いはありませんが」

 

 

バグズ二号計画で、蛭間一郎とヴィクトリア・ウッドは裏切りを起こした。

 

 

それは、まごうことなき事実である。

 

 

そんな裏切り者に何か言われたくはないと、ユーリは質問を突っ返した。

 

 

「さっきあいつはお前を庇った。そしてあの傷がついた。それは『事実』だ」

 

 

一郎が指差した先には、クーガが先程ユーリを庇った際に出来た傷。

 

 

今まで寡黙だった一郎が、次々と言葉を繋ぐ。

 

 

「俺もお前と同じだ。他人のことなんざ信用できない」

 

 

学生時代、一郎は酷いイジメにあっていた。

 

 

教科書を便所に捨てられるのは日常茶飯事。

 

 

ゴミを投げられるのも。

 

 

強姦魔扱いされて、退学させられたことも。

 

 

故に、他人など容易く信用出来る訳もない。

 

 

ましてや、信じていた教師に裏切られては。

 

 

しかし。

 

 

「ただ。俺ともう一人の奴の為に命を投げた『仲間』がいた」

 

 

彼は、自分と小吉を逃がす為に死んだ。

 

 

それは、『事実』。

 

 

疑いようのない『事実』。

 

 

「そいつが俺にしてくれたことだけは『仲間ごっこ』なんて誰にも言わせはしない。クーガ・リーがお前にしたようなことも似たようなことじゃないのか」

 

 

そう言い終えると、向かってくる『襲撃者』たちに目線を移す。奴らはさぞかし、自分の大切な仲間達の力を悪用したのだろう。

 

 

そう思うと久々に怒りで体が震え、一郎はスーツを脱ぎ捨てて筋骨隆々の体を露にする。

 

 

「『薬』を借りるぞ」

 

 

「ふえ!?総理!駄目です!!」

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────

 

 

──────────

 

 

 

「ハァッ…ハァッ…!! 」

 

 

クーガは、息を切らして膝をつく。

 

 

屍の山が積み重なっていくが、キリがない。

 

 

遠方から、更なる増援が向かってくる。

 

 

「………レナがいてくれたら楽チンなんだろうけどな」

 

 

「よばれてとびでてじゃじゃじゃじゃーん」

 

 

「アバアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

後ろから突然ニョキッと顔を出してきたレナに、クーガは戦闘中とは思えない情けない声を上げる。

 

 

「おおおお前任務はどうしたんだよ!!」

 

 

「終わったから駆け付けたのよ。唯香さんからのSOSでね」

 

 

後ろから、アズサとレナの『サポーター』、花琳が現れる。

 

 

なるほど。唯香の手回しとはこのことか。

 

 

「…ところでどっから湧いた?橋の両方の出口はあの通り敵でわんさかだろ」

 

 

すると、花琳とレナは後ろ指を刺す。

 

 

パラシュートだ。

 

 

あれで上から降下してきたのか。

 

 

と、言うことは。

 

 

クーガは、上を見上げる。

 

 

ヘリがかなり高度のある橋の柱付近で停止し、その上に誰かが着地する。

 

 

案の定、目立ちたがりやのお嬢様の姿があった。

 

 

「アズサ・S・サンシャイン!!推ッ参ですわ!!」

 

 

「アズサー!お前そっからどうやって降りるつもりなんだー!!」

 

 

「勿論パラシュートで」

 

 

「バカヤロー!!そっからだと高度足りなくて足ポッキーだ!!」

 

 

「………………ゆ、唯香さんのおっぱいならばいい塩梅にクッションになるに違いありませんわ!!」

 

 

「ふえっ!?」

 

 

「シンプルに馬鹿だろお前!!目立って登場しようとするからそうなんだよ!!」

 

 

「たまにはおじょーさまにかしてあげて」

 

 

「たまにはって何だよ!!こちとらまだ一回も…ハゲゴキさんの謀略はカウントしないよな?」

 

 

そんな茶番を掻き消すかのように、重量感のある音が橋全体に鳴り響く。

 

 

一同の視線が集中する。

 

 

そこには、三本の注射によって【ネムリユスリカ】の特性を発現させた一郎の姿が。

 

 

クーガ達が乗っていた車を力任せに解体し、エンジンを襲撃者の集団に向かって投擲する。

 

 

すかさずそこに、ユーリが『毒銛』を連射する。

 

 

すると、襲撃者の群れの真ん中で大爆発を起こす。

 

 

目の前で起きたことに、一同は呆然とする。

 

 

「クーガ・リー」

 

 

「おおおおう!!」

 

 

ユーリに声をかけられ、ハッと意識を取り戻す。

 

 

「『指示をよこせ』。私がお前の言う通りに動いてやってもいい」

 

 

「…お前に?」

 

 

クーガはきょとんとした表情を見せた後に、意味ありげにニッと笑うと柱の上でただ指をくわえて見守ってるだけのアズサを指差す。

 

 

「あの馬鹿お嬢様を降ろしてやってくれ」

 

 

「承知した」

 

 

ユーリは柱に向かって『毒銛』を打ち込んだ後に、例の『フックショット』の要領の移動術を披露してアズサの横に降り立つ。

 

 

「聞きましてよユーリ・レヴァテイン!!貴方の能力はアンボナイってキャア!!」

 

 

アズサをいわゆる『お姫様抱っこ』の形で抱え込むと、ユーリは移動術を用いて地上に着地する。

 

 

「ははは破廉恥ですわ!よ、嫁入り前のあたくしのお尻をサラッと触ってくれましたわね!!」

 

 

「クーガ・リー。私は柱の上で待機してる。『援護は任せろ』」

 

 

アズサの罵詈雑言を無視して、ユーリはアズサのいた柱の上に降り立つ。

 

 

ここまで頭数が揃ってしまえば、もう一郎の付近で護衛する必要もない。

 

 

ようやく、『狙撃手(スナイパー)』としての真価を発揮できる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『仲間』がいるお陰でな」

 

 

ユーリは、誰にも聞こえない声で密かに呟いた。

 

 

「よっし!!向こうの二十体程度の奴らはレナ一人でやれるか?」

 

 

「よゆー」

 

 

レナは、注射型の薬を取り出して反対側の群れに体ごと向ける。

 

 

「アズサ。お前はオレが取りこぼした奴らをぶち抜け。お前なら確実に仕留められるだろ?」

 

 

「承りましたわ!!」

 

 

アズサも、注射型の薬を取り出し、敵の軍勢を見据える。

 

 

「総理は…って」

 

 

一郎は、敵の軍勢の頭を掴んで地面に叩き潰したり、車の残骸で薬の過剰接種によるネムリユスリカ対策を防ぎつつ、その敵の頭をトマトのように握り潰していた。

 

 

「総理、止めたのに………」

 

 

一郎の職権濫用によりクーガの予備の薬を持っていかれた唯香は、心配そうに見守る。

 

 

「…………あの人自分が要人だってこと絶対忘れてるだろうな」

 

 

クーガは駆け出す。

 

 

「ユーリ!!総理の援護に徹してくれ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「『任務了解』だ」

 

 

ユーリの瞳には、少なくとも今だけは、久々に光が射し込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────

 

 

──────────

 

 

 

 

朝日が照らす頃には、もう襲撃者の軍勢も、その死体の処理ですら片付いていた。

 

 

朝の六時まで、後一時間の間、閉鎖された橋の中央で全員毛布をかけられ、ココアを飲んでいた。

 

 

「毛布とココア最早鉄板になってるな」

 

 

「りゃくしてもふこあー」

 

 

「モスクワみたいに言うな」

 

 

レナとクーガがくだらない談笑をしていると、唯香がニコニコとした表情で何かを運んでくる。

 

 

「えへへ。U-NASA職員の人達が持ってきてくれたパンと食べ物でサンドイッチ作ったよ!!」

 

 

「〝たまごさんど〟をしょもーする」

 

 

真っ先にタマゴサンドを奪いにかかったレナの手を、はしたないですわよ!というアズサの手がはねのける。

 

 

こういう時、目上かつ要人の一郎から選ぶのがベターだろう。

 

 

「…俺は残ったもので構わん。お前らが先に選べ」

 

 

「〝かつさんど〟をしょもーする」

 

 

「さっきの話聞いてたか!?後カツにさりげなく浮気すんな!!…やっぱ今回の功労者だしユーリに選んで貰うか?」

 

 

唯香は、ユーリに差し出していいものか躊躇う。

 

 

勿論本人が希望するのであればよいのだが、麦茶を出した際に断られた記憶があるからだ。

 

 

ユーリを不愉快にしてしまわないか。

 

 

それだけが心配で唯香がウンウンと悩んでいると、そんな心配をよそにユーリはサンドイッチを一つヒョイと取り出す。

 

 

「ハムサンドを頂こう」

 

 

気のせいか、ユーリの表情は少しだけ和らいでいる気がした。

 

 

一同の食事が終わり、退散しようとしていると、遠くから七星がリムジンから降りて、歩いてくる。

 

 

「…………『総理』、ご無事で何よりです」

 

 

蛭間七星は、蛭間一郎に敬礼する。

 

 

私情は挟まず、あくまで職務上の付き合いとして。

 

 

「おにーちゃーん」

 

 

「弟よ、今は兄と弟ではないですの。部下の手前毅然とした態度を示さないといけませんわよ」

 

 

「やだー。なでなでしてー」

 

 

「お前らタチの悪いアテレコやめろって!!ホラ!!七星さん睨んでるから!!」

 

 

アズサとレナに鉄拳制裁をくわえた後に、クーガとユーリの方に七星は向き直る。

 

 

「…………よくやってくれた」

 

 

七星は二人と握手する。

 

 

裏切り者(ユダ)』と疑っていたユーリには、謝罪も添えて。

 

 

しかし、ユーリへの疑いが晴れた訳ではない。

 

 

最も可能性が高いのは、ユーリであることに揺るぎはなかった。

 

 

数々の、風穴を空けられた死体には、『死後硬直以前』に麻痺のような症状があったであろうことが検死の結果判明した。

 

 

ユーリの『アンボナイガイ』の毒は神経毒である。

 

 

かすれば、麻痺して身動きが取れなくなる。

 

 

しかも、死体の真後ろにはいずれも何メートルも離れたところに何かが突き刺さった跡が見られた為に、『飛び道具』が使われたことが推測される。

 

 

両者を満たすのは、現状でユーリぐらいしかいないのだ。

 

 

アズサのベース生物も『貫通』に重きをおいた『特性』を持っているのだが、麻痺させることなどできやしない生物だし、自分達と共にいた。

 

 

従って不可能。

 

 

クーガとレナは論外だ。

 

 

クーガは引き裂くし、レナが殺しをやるならもっと綺麗に『切断』されていただろう。

 

 

ユーリが現状怪しいのは、変えようのない事実。

 

 

しかし。

 

 

 

 

 

「七星さん。ユーリは『裏切り者(ユダ)』じゃない」

 

 

クーガは、七星の眼を見て告げた。

 

 

「…クーガ・リー。今回の任務でユーリ・レヴァテインと友愛を深めたのであれば結構だが現状怪しいということだけは変わりない」

 

 

「違う。感情論で言ってるんじゃない」

 

 

クーガの眼は、至って冷静。

 

 

心は『平等(フラット)』。

 

 

ただ、見つけただけ。

 

 

英雄(ヒーロー)』のアドバイス通り。

 

 

ユーリでは不可能だという証拠を。

 

 

アリバイがあるだとか、動機がないだとか不確定な情報ではない。

 

 

ユーリでは、文字通り不可能なのだ。

 

 

その殺し方自体が。

 

 

クーガは、六位の死体を見た時から見覚えのある傷だと感じていた。

 

 

その生物は、麻痺させることなど出来ない。

 

 

ただ、その開けられた風穴の形状からして、そっくりだった。

 

 

訓練用のテラフォーマーに、試していた所を見たからである。

 

 

英雄(ヒーロー)』は、得意気に見せてくれた。

 

 

カッコいいと誉める自分に対して、こう言っていた記憶がある。

 

 

 

 

 

 

────────カッコいいのも、スズメバチの特性だ!

 

 

 

 

クーガ・リーは、対峙しなければならない。

 

 

憧れの『英雄(ヒーロー)』の力と。

 

 

もしくは。

 

 

 

 

────────────けどそうやってオレの人生と関わったヤツは何であれ…好きだよオレは

 

 

 

 

 

 

 

それ以上の、悪夢と。

 

 

 

 

 








テストは水曜あたりに終わりますのでそっからまたぼちぼち更新していきますよ。


金曜ぐらい夜は小説書きたかったのじゃ(≧ω≦)


感想頂けると嬉しいです(^-^)


次回、クーガ・リーと最悪の相性を持つ敵が現れます。


これに関しては生態がよくわかってない新種の生物なので間違った知識配信してしまう可能性がありますが自己責任でお願いしますm(__)m





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