LIFE OF FIRE 命の炎〔文章リメイク中〕   作:ゆっくん

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──────私は彼を殺せます。


Q、それは何故ですか


A、私が死神だからです。





第九話 GO_TO_HELL 死神

 

 

 

 

 

ネムリユスリカ

 

 

学名『 Sleeping Chironomid』

 

 

 

ネムリユスリカ。

 

 

昆虫程に大きく成長を遂げたにも関わらず、とある能力を持ち合わせていることから、生物学者の間で大きな注目を集める。

 

 

仮死状態『グリプトビオシス』。

 

 

それが、この昆虫が不死と呼ばれる由縁。

 

 

 

高温度下。

 

 

低温度下。

 

 

放射線下。

 

 

真空状態下。

 

 

いずれも死なず。

 

 

 

とある生物学者の実験にて。

 

 

脳部や腹部を切断するなど、物理的なアプローチに出ても仮死状態が発現出来るか。

 

 

そんな実験すらも行われた。

 

 

しかし、死なず。

 

 

脳部を失っても、仮死状態は発現した。

 

 

その個体は暫くして動き出す。

 

 

それどころか後に、神経系すら失われても蘇生することが判明した。

 

 

死なない。

 

 

どんな環境だろうと。

 

 

どんな暴力を受けようと。

 

 

ネムリユスリカは、死なない。

 

 

 

 

 

───────────────────

 

───────────

 

 

 

ネムリユスリカ。

 

 

絶対に死なない昆虫。

 

 

成虫や蛹になればその命は呆気ないものなのだが、能力のベースとなっているであろう『幼虫』の時は、異常なまでの生命力を発揮する。

 

 

引き裂いても駄目。

 

 

火の中に叩き込んでも駄目。

 

 

死なない。

 

 

「…………チートかよ」

 

 

クーガはボソッと愚痴を呟いた。負ける気もしないが、勝てる気もしない。この厄介者をどうしてくれようか。

 

 

太陽にロケットでぶち込むだとか、海に沈めるだとかがゲームや漫画における不死身の敵に対するセオリーだ。

 

 

しかしここは山奥の村。ロケットを射出する為の施設もなければ、大海原も広がっていない。

 

 

「巫女を捧げなさい。さすれば汝の命だけは助けましょう」

 

 

ああ。どうやらこの男はまだここに唯香がいると思っているらしい。

 

 

「唯香さんなら今頃天界でバハムートと戦ってるさ」

 

 

頭の中がファンタジーな相手にはこのぐらいぶっ飛んだ突拍子もない言い訳もいいと思ったのだが、どうやらそうもいかなかったらしい。

 

 

「アアアアアアアアアアア!!」

 

 

突如、目の前のケネスがヒステリックを起こす。どうやら彼の逆鱗に触れてしまったようだ。

 

 

「さっさと連れて来りゃいいんだよこの乳でか女をぉ!」

 

 

彼は無造作に唯香の写真を床に叩き付ける。その行為が、クーガの怒りの沸点を更に低くした。

 

 

だが、クーガは動かない。目の前の敵をどう始末するかだけを考える。どうすれば敵に『死』をもたらすことが出来るのか。それだけを敵を品定めしながら考える。

 

 

「来ないんだったらこっちから行くぞぉオオオオオ!!」

 

 

「あー来い来い。テメーの攻撃なんてちょちょいと避けてやる」

 

 

ネムリユスリカは生命力以外はあまり強力な力を持っていない。故にさして脅威にはならない筈。しかしクーガのその予想は瞬時に崩れ去った。

 

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛!!」

 

 

「ってオイ!!いきなり『二本挿し』かよ!!」

 

 

『MO手術』及び『バグズ手術』を受けた者における連続での薬の過剰接種。

 

 

これは何を意味するか。

 

 

より、ベースとなった生物へと近づく。

 

 

肉体への負荷と引き換えに、より力を増す。ネムリユスリカ自体はあまり強力な生物ではない。

 

 

しかし、昆虫型特有の『強化アミロースの甲皮』は薬を使用する度に固くなり、昆虫型特有の『開放血管系の併用』による筋力や運動能力の向上も薬を使用する度に上乗せされる。

 

 

結果。

 

 

「三本目だアアアアアアアアアアア!!」

 

 

絶対的な盾の立場であったはずのネムリユスリカが、凶悪な矛へと変貌する。

 

 

これではどちらが『捕食者』かわからない。

 

 

ケネスは拳を固めてクーガに向かって全力で振りかぶった。

 

 

「オラアアアアア!!」

 

 

そんなケネスの攻撃をクーガは素早く回避した。すると、クーガの後ろにあった巨大なパイプオルガンへとその拳が直撃し、オルガンは吹っ飛び粉々になった。

 

 

「………マジかよ」

 

 

流石のクーガも、冷や汗が背中を伝うのがわかる。

 

 

『いや待てよ。薬が切れた瞬間を狙えば。そんなクーガの作戦も瞬時に打ち砕かれる。

 

 

「おいクソガキィ!!薬切れを狙うってチンケな手使うつもりじゃねぇだろうな?」

 

 

図星であった。

 

 

「その前にお前の薬が切れるだろうがアア!!」

 

 

ごもっともすぎでぐうの音も出ない。ネムリユスリカ。最初この昆虫の話を耳にした時は、ここまでおっかないもんだとはクーガは夢にも思っていなかった。

 

 

 

 

 

───────────────────

 

──────────

 

 

 

少年時代のクーガ・リーと、小町小吉はガタゴトとバスに揺られて、田舎道を走っていた。

 

 

「………なあクーガ。退屈じゃねぇのか?」

 

 

小吉はクーガに尋ねる。

 

 

都心からも遠く、駅からも遠いし、トドメにバス停からも遠い場所に付き合って貰っている。

 

 

クーガぐらいの年代のこどもからしてみれば、退屈なのではないだろうか。

 

 

少なくとも、自分がクーガぐらいの年の時はそうだった。

 

 

「ううん!こんなにきれいなとこ見たことないもん!」

 

 

クーガは、無邪気にはしゃいでいる。この少年は、イスラエルという過酷な環境で過ごしていた。

 

 

こんな緑や自然に溢れる場所など、見たことがないのだろう。インスタントカメラを取りだし、

 

 

「ミッシェルおねぇちゃんとアドルフお兄ちゃんにも見せる!!」

 

 

と言って、パシャパシャと写真を取り出す。嘘ではなく、本当に満喫している様子だ。

 

 

「それに、小吉さんのこと大好きだもん!いっしょにお出かけするの楽しいよ!!」

 

 

そう言って、自分の膝の上にちょこんと乗っかる。

 

 

「ハハ…嬉しいこと言って」

 

 

ふと、小吉は周りを見渡す。

 

バスの中の乗客が、全員白い目でこちらを見てるのだ。小吉の状況を第三者視点で分析しよう。

 

 

クーガは後ろ髪を結わえ、中性的な顔をしていることもあってか普通にポニーテールの女の子に見える。その幼女に見えなくもないクーガを、膝の上に乗せてる。

 

 

次に、その幼女もどきが自分のことを『パパ』や『お父さん』と呼ばず、尚且つ『大好き』などと言ってるのだ。仮に『パパ』だとしても、『危ない方のパパ』として認識されているだろう。

 

 

「……降りるぞクーガ」

 

 

「でもあとみっつ先のバス停が一番近いって」

 

 

「事情が180度変わったんだよ!肩車するから!ネ!」

 

 

「わーい!!」

 

 

小吉は某名人よろしくにバスの降車ボタンを16回連打すると近場のバス停でいそいそと降りる。降りる時の乗客の白い目が彼にとって堪らなく痛かった。

 

 

「小吉さん、なんで泣いてるの?」

 

 

クーガは首を傾け、目を伏せて泣いている小吉に問いかける。

 

 

「………今の世の中は歪んでると思ってよ……いやクーガこの場面は写真に撮るべきじゃないと小吉さんは思うぞ!」

 

 

小吉が二分ぐらいして泣き止むと、フゥと息を吐いた後にクーガを持ち上げ、肩車をしてやる。

 

 

一気に広がった周囲の世界に、クーガは心底感動したような声をあげる。

 

 

「よし、行くか!!」

 

 

「うん!!」

 

 

のどかな田舎道を、ひたすらに進んでいく。

 

 

桜が、遥か先で咲いてるのが見えた。

 

 

「………ねぇ小吉さん」

 

 

「んー?」

 

 

「これから行く所って、『バグズ二号』の仲間の人達のお墓なんだよね?」

 

 

 

『バグズ二号』搭乗員。

 

 

クーガの父〝ゴッド・リー〟やミッシェルの父〝ドナテロ・K・デイヴス〟、そして小吉の〝愛する者〟や〝親友〟、そして仲間達が眠る場所。

 

 

遺体こそないものの、せめて魂だけはそこに眠っていると、小吉は信じていた。

 

 

「ああそうだ。桜がたくさん咲いてて綺麗な所だぞ」

 

 

「小吉さん以外の人ってみんな死んじゃったの?」

 

 

「………いや。正確に言うとさ、もう一人だけ生き残ったんだ」

 

 

「…前に言ってた〝ティン〟さんは死んじゃったんだよね?」

 

 

だとすると、一体誰なんだろうか。

 

 

どんな虫の能力を持ってるのだろうか。

 

 

クーガの頭の中は疑問符でいっぱいだった。

 

 

「蛭間一郎。クーガも名前ぐらい見たことあるだろ?」

 

 

「知ってる!新聞に出てたよ!!」

 

 

蛭間一郎。若くして優秀な手腕を持つ政治家として、今日本国内で注目を集めている。

 

 

「あいつだよ。あいつが『バグズ二号』の二人目の生き残りだ」

 

 

「ええ!?」

 

 

『バグズ二号』には、主に金銭に困った人間が乗り込んだと聞いた。

 

 

今政治家をやっているような人間が、当時は貧しかったなんて、こどものクーガからしてみれば軽くカルチャーショックである。

 

 

「ど、どんな虫の能力を持ってるの?」

 

 

クーガは、目を輝かせて尋ねる。

 

 

小吉のような筋骨隆々な訳ではなく、あれだけ太っている人物が何故生き残れたのか。

 

 

きっと、よほど強い『特性(ベース)』を持ってるに違いない。

 

 

「『蚊』だよ」

 

 

「カー?車の能力なの?」

 

 

「蚊だよ!蚊!車の能力ってどこのトランスフォーマーだ!」

 

 

クーガはキョトンとする。

 

 

蚊と言えば、ミッシェルが殺虫剤二刀流で『大虐殺』を行っていた、刺されても痒くなる程度の貧弱な虫だ。

 

 

それが、小吉と共に生き残った虫の能力。

 

 

釈然としない。

 

 

「弱そう………」

 

 

「ああ。事実弱かったよ。その『虫自体』は弱かったけど、『あいつ』自身が強かったんだろうな」

 

 

「え?でも…あの人太ってるよね?体重は100を越してるって…」

 

 

「ああ。あれ全部筋肉だぞ」

 

 

「えええええええ!!」

 

 

クーガ・リー、本日二回目のカルチャーショックである。

 

 

太ってるように見えるだけで、あれが全部筋肉だとは。

 

 

「因みによ、あいつの能力ベースは弱いけど…『死なない虫』だってのは知ってるか?」

 

 

「死なないの!?」

 

 

クーガ・リー、本日三回目のカルチャーショック。

 

 

蛭間一郎という人物は、どれだけアメイジングなのだろうか。

 

 

 

「ああ。そういう意味じゃかなり強い能力だな」

 

 

驚かされてばかりである。

 

 

「…………でも、それだけでよく帰ってこれたね」

 

 

クーガは知っている。

 

 

小吉から聞かされた火星のゴキブリ、テラフォーマーの恐さを。彼らは知能が並外れて高い。

 

 

例え死なない能力があったとしても『捕縛』され『実験材料』にされるなど、生きながらにして地獄を味わう羽目になってなっていたかもしれないのである。

 

 

「何で帰ってこれたと思う?」

 

 

「え?」

 

 

クーガは回答に迷う。

 

 

並外れた筋力と、死なない能力。

 

 

その二つがあっても、自分には帰ってこられる自信はない。

 

 

 

「ら、らっきーだった?」

 

 

「はは。あんな計画に巻き込まれた時点でアンラッキーだ」

 

 

「……う、う~ん」

 

 

「『生きようとする意思』」

 

 

小吉は答える。

 

 

「それがあいつにはあった」

 

 

人類の最高頭脳にして『バグズ2号計画』の責任者である『アレクサンドル グスタフ ニュートン』はこう言った。

 

 

 

──────たとえ虫けらの様に

 

 

 

「…意思?」

 

 

 

──────利用されるだけの人生でも

 

 

 

「そうだ。オレ達にはあって、あいつらには無い武器」

 

 

 

──────人には意思があるという事か

 

 

 

「人間の、最大の武器だ」

 

 

 

 

 

──────────────────

 

────────

 

 

 

「オラアア!避けてばっかりじゃ勝てねぇぞオオ!!」

 

 

暴力的な連撃が、クーガを襲い続ける。

 

 

小吉との思い出にふけっている場合ではない。そんな風に必死に回避を続けるクーガの耳に、とある言葉が飛びこんできた。

 

 

「『殺してみろ』やクソガキがアアアアアア!!」

 

 

「……………今、お前何て言った?」

 

 

クーガは全力で跳躍し、天井のシャンデリアへと飛び移った後に、相手に先程何と言ったか尋ねた。

 

 

「テメェ!!逃げてんじゃねぇぞ!!」

 

 

「さっさと下に降りてきて闘え!!」

 

 

彼と対話するには手下のガヤが五月蝿かった。そろそろ退場して貰うことにする。

 

 

クーガは腕から生えた大顎でシャンデリアの鎖を横一閃に引き裂いた。すると、

 

 

「えっ……」

 

 

「あっ」

 

 

巨大なシャンデリアは落下して、残った僅かな部下達を悲鳴を上げる間もなく全滅させた。

 

 

「テメェエエエ!!よくも信者達をオオオオオオオオ!!」

 

 

「いいからさっき何て言ったか言ってみろ」

 

 

クーガはもう一度問い掛ける。

 

 

きちんと、確認しておきたい。

 

 

「あ?『殺してみろ』って」

 

 

「もう一度」

 

 

「『殺してみろ』」

 

 

「すまん。もう一回だけ頼む」

 

 

繰り返されるクーガの問答に、ケネスはついに堪忍袋の尾を切らす。

 

 

「ぶっ殺してみろっつってんだよクソガキがアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 見 つ け た 」

 

 

クーガがポツリと呟いた。

 

 

相手には『生きる意思』がない。

 

 

人間唯一の武器である『意思』がない。

 

 

従って『人間』ではないも同然。

 

 

かといって、相手は『ネムリユスリカ』でもない。

 

 

『ネムリユスリカ』ですらない。

 

 

これらの事実から結びつく答えはただ一つ。

 

 

『ケネス・N・アイゴネス』は『クーガ・リー』に答えを与えてしまった。

 

 

『ネムリユスリカ』は『オオエンマハンミョウ』に弱点を悟られてしまった。

 

 

ゆらり、ゆらりとクーガ・リーは歩み寄る。

 

 

その背後には、クーガに秘められた得体の知れない恐怖が作り出したのか、こちらを静かに見つめる巨大なオオエンマハンミョウの幻覚がケネスの瞳には映った。

 

 

しかしその巨大な捕食者は特に威嚇音も立てずに、静かにケネスを見つめるだけだった。まるで獲物を品定めするかのように。

 

 

「な……なんだ。どうせハッタリだろうがアア!!」

 

 

しかし、クーガ・リーは止まらない。そんな彼は後ろ手に何かを構えていた。

 

 

「ナ、ナイフか!!私にナイフなんて効くはずねぇだろうがアア!!」

 

 

クーガ・リーは無言で歩み寄る。

 

 

「ウガアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

全力で、ケネスは真っ直ぐに拳を放つ。

 

 

クーガはそれを屈んで回避すると、首筋に何かを突き刺す。

 

 

「だから効かないって言ってんだろうがこのクズがアアアアアアアア!!さっさと女の場所吐けよこっちから出向いてやっからよオオオオオオオオ!!ギャッーハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ………あ?」

 

 

 

 

 

よく見るとナイフ、ではない。

 

 

『薬』。自分たちが『特性』を使う為の、『薬』。

 

 

クーガが持ち込んだ三本のうちの、二本目。

 

 

それを、首筋に刺した。

 

 

一瞬、何が起こったのかわからなかったが、その答えはすぐに自分の体が教えてくれた。

 

 

痙攣。吐血。肉体への負担の倍増。

 

 

拒絶している。

 

 

自らの『人間』の身体が、『ネムリユスリカ』の遺伝子を。

 

 

 

────────『バグズ手術』並びに『MO手術』は、共存できない筈の他の生物の組織を、人体が拒絶するのを防ぐ技術である。

 

 

 

────────更に注射することにより、そのバランスを崩して自らのベースとなったその生物に近付くことが可能となっている。

 

 

 

────────しかし、注射の効果が長く続きすぎた場合。過剰に接種しすぎた場合。

 

 

 

────────人間の体が持つ免疫によりショックを起こし

 

 

 

 

 

 

『死』に、至る。

 

 

 

 

「嫌だ…嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」

 

 

自分が死ぬ?

 

 

「死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない」

 

 

不死の能力を持つ筈の自分の体が、死ぬ?

 

 

「やめて下さいやめて下さいやめて下さいやめて下さいやめて下さいやめて下さいやめて下さいやめて下さいやめて下さいやめて下さいやめて下さいやめて下さいやめて下さいやめて下さい」

 

 

そんな馬鹿な。

 

 

人間を越えて神になったと思っていたのに。

 

 

クーガが、持ち込んだ三本のうち最後の一本を取り出す。

 

 

あれを打たれたら、確実に自分は『死ぬ』。

 

 

「お前は…こうやって嫌がる相手を」

 

 

一歩、歩み寄ってくる。

 

 

「殴って」

 

 

また一歩。

 

 

「犯して」

 

 

また一歩。

 

 

「殺したんだろう」

 

 

まるで死神だ。

 

 

「なのに…報いを受けないってのは釣り合わねぇよな」

 

 

巨大なオオエンマハンミョウの幻覚は、ダラダラと涎を垂らしてこちらを見ている。

 

 

「本当はここでテメェに『裏切り者』の情報を聞き出すべきなんだろうが」

 

 

クーガ・リーは注射を自分に向ける。

 

 

「オレは人間として許さねぇ。オレの仲間を殺して。何人もの命を奪ったアンタをな。オレも何人もの命を奪ってきた。偽善者だって言って貰っても構わねぇ。けどな…」

 

 

そして、自分の髪を引っ張り、顔を近付ける。

 

 

 

 

 

「アンタを殺す。それがオレの『人間』としての意思だ」

 

 

後ろのオオエンマハンミョウの幻覚が、身震いを起こして活発に動き出す。

 

 

顎を何度も開けたり閉じたりし、自らを補食しようとしている。

 

 

「アアアアアアアアアアア!!神よ!!どうか!!どうか私を!!お助け下さい!!もう二度と貴方と同格になったなどと盲信したりはしません!!それ故どうか!!どうか私めにお慈悲を下さいイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!」

 

 

十字架を取り出すと、必死にケネスは祈りを捧げていた。

 

 

それをクーガは蹴り跳ばす。

 

 

ケネスは、呆然とした顔でクーガを見上げる。

 

 

「祈っても無駄だ」

 

 

ケネスの首筋に、注射針を当てる。

 

 

 

 

 

「アンタの十字架は誰かの『涙』と『血』でとっくに錆びてる」

 

 

 

 

「やめてええええええええええええええええ!!」

 

 

 

ブスリ。

 

 

注射針が体内に侵入し、薬品が全身に広がっていく。

 

 

徐々に。徐々に。

 

 

ケネス・N・アイゴネスの身体は、ネムリユスリカの幼虫のものとなっていく。

 

 

殺せないのであれば、バランスを崩せばいい。

 

 

人間とネムリユスリカの。

 

 

それが、死に繋がるのだから。

 

 

「おっと…こりゃエヴァとかが見たら失禁レベルだな」

 

 

見るに耐えない。

 

 

ベースになった昆虫が昆虫だけに、かなりグロテスクな姿へと変貌していく。

 

 

 

「キュイイイイイイイイ!!」

 

 

最後に、断末魔を上げながら『巨大なネムリユスリカ』となったケネス・N・アイゴネスは動かなくなる。

 

 

巨大な『ネムリユスリカの死体』など、さぞかしU-NASAの連中に喜ばれるであろう。

 

 

 

「あ…そうだ。ロッカーに入れといてやろうか」

 

 

そんなことをしたらパニックもんの騒ぎになるが。

 

 

 

 

 

 

 

 

【ネムリユスリカは、死ぬ】

 

 

 

 

 

 

──────────────

 

────────

 

 

処理班のチームが現場に到着し、クーガはベンチで毛布を被りながらココアを飲んでいた。

 

 

「…なんか事件の被害者みてーだな」

 

 

自嘲気味に自らの状況を分析していると、後ろから拳骨が飛んでくる。

 

 

後ろを振り向くと、阿修羅を生易しく感じる程の威圧感を発している七星が立っていた。

 

 

「………ど、どうも七星さん。へへ………」

 

 

「『裏切り者』の情報を引き出さずに相手の 親玉を殺したと聞いたが」

 

 

「ごめんなさい!!カッとなってつい!!反省はしているだが後悔はしてない!!」

 

 

「犯行動機のように言うな。…まぁ、トミーとジェシカの死体におかしな傷痕が残っていた。それの解析を進めれば何れは特定できるだろうが」

 

 

七星とクーガは、運ばれていく二人の遺体を見送る。

 

 

本当に、幸せそうだ。

 

 

「…あのさ、七星さん」

 

 

二人の遺体を見ながら、クーガが口を開く。

 

 

「…なんだ」

 

 

「毒の解析が終わったら、あの二人どこか静かな所に埋めてやってくれないか。映画とかでよくある海の景色が綺麗な岬とかさ」

 

 

二人に、約束した。

 

 

事件が終わったら、墓に埋めると。

 

 

「どうせ事件が終わった後も『今後の研究の為』とかいう体のいい理由で実験材料にされるに決まってる。だからさ、アンタの力でどうにかできねぇか」

 

 

七星は、顎に手を当てて暫くした後に。

 

 

「…………わかった。話はつけておこう」

 

 

それに、と付け加える。

 

 

「あんな珍しい土産もあるし交渉は簡単だろう」

 

 

巨大な『ネムリユスリカの死体』を見て、七星は呟いた。

 

 

 

 

────────────────

 

────────

 

 

数時間後、クーガはテラフォーマー生態研究所第四支部に帰宅した。

 

 

U-NASA職員の送迎車から降りた後、クーガはくたびれた様子で研究所を眺める。

 

 

 

────────…かかか、帰ってきたら、た、ただいまのチューもしてあげ

 

 

 

唯香の言葉を思い出した途端に、クーガの顔を赤く染める。

 

 

そして、期待に胸を小躍りさせる。

 

 

「……………ん?」

 

 

ふと、黒いスポーツカーが止まっていることに気付く。

 

 

中には、見慣れない女性が。

 

 

こちらを見ると、ゆっくりと降りてくる。

 

 

顔付きからしてアジア系だ。

 

 

黒髪のサラリとしたロングヘアーで、服装は金色の龍の刺繍がついた青いチャイナドレス。

 

 

国籍は中国だろうか。

 

 

よく見ると、胸元が開いている。クーガはつい胸元を注視する。

 

 

唯香程でないにしろ、結構〝ある〟。

 

 

「いやオレどこ見てんだ馬鹿!!」

 

 

クーガは自分の頭を叩き、再び女性を注視する。

 

 

改めて見ると、顔付きからしてやはり美人である。唯香が『可愛い』と言うなら、この女性は『美しい』と言えるだろう。

 

 

「君がクーガ・リー君かしら?」

 

 

そう言うと、クーガの顔にそっと手を当てる。

 

「うひゃあ!!」

 

 

情けない声を上げて、クーガは後ろに飛び退く。

 

 

童貞には刺激が強すぎんだよ!!

 

 

とツッコむことすら出来ない。

 

 

「かわいいわね。アズサ達から聞いてた通りだわ」

 

 

女性はクスクスと、悪戯気味に笑う。

 

 

「へ?ア、アズサとレナの知り合いか?」

 

 

「ええ。私は彼女達の『サポーター』」

 

 

女性は、自らの名刺を差し出す。

 

 

テラフォーマー生態研究所第一支部長という肩書きの下部に、当然名前も記載されている。

 

 

しかし、どう読んでいいのかわからない。

 

 

やはり案の定、中国人のようではあるようだが。

 

 

  

「 (チョウ) 花琳(ファウリン) 」

 

 

「ふぁ、 花琳(ファウリン)さん?」

 

 

「花琳でいいわよ。クーガ君」

 

 

こちらに向かって艶やかな笑みを浮かべる。

 

 

クーガはつい照れて顔を背けてしまう。

 

 

この手の大人の女性には慣れてない。

 

 

「え、えーと…花琳は中に入らないのか?」

 

 

「 ええ。大人数で騒ぐの苦手なの」

 

 

すると、 花琳はクーガの手をそっと掴む。

 

 

そして、片方のスリットから露出した自らの太股に手を這わせる。

 

 

「それよりも、二人きりでいいことしない?」

 

 

まるで蛇のように、スルスルと右腕をクーガの首の後ろに絡ませ、身体を密着させる。

 

 

そして、身体を密着させる。

 

 

 

 

 

 

「ごめん」

 

 

クーガは 花琳の身体を軽く押し退けると、 相手の両肩に手を置く。

 

 

「好きな人が待ってる」

 

 

それだけ告げて、クーガは玄関へと足を運ぼうとする。

 

 

かと思えば、途中で足を止めて振り返る。

 

 

「お節介かもしれねーけどよ、あんまりオレみたいなシャイボーイからなうなよ。アンタみたいないい女に誘惑されたら理性が持たねーよ」

 

 

そう言った後、玄関に吸い込まれていくクーガを見送る。

 

 

花琳はクスリと笑うと、そっと口を開く。

 

 

 

 

 

 

「優しい男ね」

 

 

しかし。

 

 

「それが貴方の弱さ」

 

 

そして。

 

 

「人間という生き物の脆弱さ」

 

 

何より。

 

 

「…それが、いつか貴方を必ず殺す」

 

 

 

 

 

──────────────────

 

───────────

 

 

 

「た、ただいま!!」

 

 

クーガが大きな声で帰りを告げても、誰も出迎えに来ない。

 

 

お帰りのキスとやらを、少し期待していたのだが。

 

 

「…あれ?あいつら(・ ・ ・ ・)も来てんのか」

 

 

アズサとレナのものであろう靴も置いてある。

 

 

恐る恐る居間に入っていくと、

 

 

「な、なんだよこのポジショニング!?」

 

 

ソファーの中心には、真っ赤にした顔を必死に隠そうと手で顔を覆う唯香。

 

 

そのサイドには、ドヤ顔で腕を組むアズサとレナ。

 

 

そして、ハゲゴキさんがボイスレコーダーらしきもののスイッチに指を置いており、ゴキちゃんはあぐらをかいてこちらを見てる。

 

 

「ハゲゴキ!いいですわよ!スイッチを押しなさいな!!」

 

 

「じぎぎ!!」

 

 

コクリと頷くと、ハゲゴキさんはボイスレコーダーに録音された音声を再生する。

 

 

すると、任務出発の朝のこっぱずかしい会話がまるごと録音されていた。

 

 

それが、つらつらとこの空間にて再生され終わる。

 

 

「こ、こ、こ、この野郎!!」

 

 

真っ赤になって、ぷるぷると指を震わせながらハゲゴキさんをクーガは指差す。

 

 

どこまで悪知恵が働くんだ。このゴキブリは。

 

 

唯香が真っ赤になってるのもそのせいか。

 

 

「ごきちゃん。これもってて」

 

 

レナは自らの頭に装着していたカチューシャをカポッと外すと、ゴキちゃんの頭にパイルダーオンする。

 

 

カチューシャを装着したゴキちゃんは相当シュールな絵面であった。

 

 

「てっててーん。ごむ」

 

 

御丁寧にレナは効果音までつけてヘアゴムを取り出すと、自らの髪を後ろで結わえる。どうやら、クーガのつもりらしい。

 

 

「よいしょ、よいしょ」

 

 

対してアズサは、服の中に二つ小玉スイカを入れる。

 

 

その後、ボブカットのかつらを被る。

 

 

もしかして此方は唯香のつもりだろうか。

 

 

「ぐへへ。ゆいかさんいいからだしてるぜー」

 

 

「アン☆クーガ君が帰ってきたら好きなだけ触らせてあげますわ!」

 

 

 

突如開幕するアズサとレナ劇場。

 

 

 

「おらー。いってきますのちゅーしろー」

 

 

「ちゅー!ですわ!!」

 

 

「ぐっへっへっへっへっ」

 

 

 

見たところ先ほど録音されていた会話内容を再現したものらしい。もっともかなり尾ひれをつけているが。

 

 

 

「か、帰ってきたらおかえりのちゅーもしてあげましてよ?」

 

 

 

「ほんとーだな。よーし。くーが、がんばる」

 

 

 

「こんなミニコントやる為に遠路はるばる御苦労さん!!」

 

 

 

二人が繰り広げる小芝居に耐えきれず、クーガは思わず叫んだ。こんなもの新手の公開処刑である。

 

 

 

「そしてその〝しゅやく〟がかえってきました」

 

 

「さぁ!存分になさい!!お帰りのチューとやらを!!」

 

 

「やめて!やめて!!」

 

 

たまらず唯香が顔を真っ赤にしてアズサとレナにピョンピョンと跳び跳ねて止めに入る。

 

 

 

「きーす」

 

 

「キース!!」

 

 

「じーぎ!!」

 

 

「じょーじ」

 

 

そして唐突に始まるキスコール。

 

 

ハゲゴキさんはともかく比較的真面目なゴキちゃんまでもが参加していた。

 

 

「やめろって!マジで!!」

 

 

「往生際が悪いですわ!さ、一発ドカンとかましなさいな!」

 

 

「もし仮にするとしても何でお前らの前でしなきゃなんねーんだよ!」

 

 

「こーきしん」

 

 

「そんなフロンティア精神捨てちまえ!!」

 

 

「ゴキちゃんハゲゴキさんやめて!!二人に掴まれると私捕獲された宇宙人の写真みたいだから!!」

 

 

「じぎぎぎ」

 

 

翻訳『お前がノルなんて珍しいな』

 

 

「じょうじ」

 

 

翻訳『たまには空気を読むことも大切だ』

 

 

「えっ!いや!クーガ君避けて!!」

 

 

「無理!レナが軍隊仕込みの拘束術かけてるから無理!」

 

 

「キャアアアアアア!!」

 

 

「うわああああああああああああああああああ!!」

 

 

 

 

 

 

 

────────────────

 

─────────

 

 

 

あの後、アズサとレナは直ぐに帰宅した。

 

 

仲間の大勢を失い、塞ぎこんでいたのは二人も同じだったようで、クーガ達を励ましにきたらしい。

 

 

「……………いや他にもやり方あったよな?」

 

 

しかし、嬉しいことには嬉しかった。

 

 

また頬っぺたとはいえ、『お帰りのチュー』が実現するとも思っていなかったし。

 

 

あの後、恥ずかしくて唯香さんと顔も合わせられないが。

 

 

こんな日常的な幸せを噛み締めることができたのも、あの夢に出てきた男のおかげだろうか。

 

 

あの男からの言葉がなかったら、自分は臆病になり、あの任務を達成できなかったかもしれない。

 

 

「……………そういえば」

 

 

あの男にはアゴヒゲが生えていたことをクーガは思い出す。いつもシルエットすらも見えないのに、あの時だけは見えた。

 

 

見覚えがある気がする。

 

 

机の引き出しから、小吉から貰った集合写真を取り出す。

 

 

『バグズ2号』のメンバーの集合写真だ。

 

 

目的の人物は、直ぐに見つかる。

 

 

こちらから見て左端の方で、唯一横を向いて撮影されているのだ。

 

 

「ちょっと悪ぶりたい年頃の中学生か」

 

 

その人物を見て、思わず噴き出してしまう。

 

 

そして、よく注視する。

 

 

「………やっぱ生えてんのか、アゴヒゲ」

 

 

ハァと溜め息をつくと、写真を閉めてバタンと引き出しを閉じる。

 

 

ベッドに寝転ぶと、天井を見上げて誰が聞く訳でもなく、呟く。

 

 

「礼は言わねーからな。オレはアンタのせいで今まで散々酷い目にもあってきたし」

 

 

ただ。

 

 

「…………今回だけは礼を言ってやってもいい。ただしもう二度と夢の中に出てくるんじゃねーぞ」

 

 

 

     

───────── 親 父(ゴッド・リー)

 

 

 

 

 

 

 

 

 








くぅ~www疲れ(ry


ネムリユスリカって物理でも案外死なないんですよね。


2chのまとめの会話の中とかでは踏めば死ぬって言われてますけど、実際に海外での実験を翻訳したサイトとかだと頭切断しても蘇生は起こったとか。

書籍によると神経系やられても平気らしいですし。

化け物ですね。

調べるまで知らんかったです。

皆さんコメントたくさんありがとうございました!!

これからもクーガ達を見守ってやって下さい(^-^)

ネムリユスリカは、実は溺れ死ぬことならある←トリビア

(正確に言うと、エタノールに少し水を加えると仮死状態から二度と復活してこなくなる )





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