ヴィヴィオはそれでもお兄さんが好き   作:ペンキ屋

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ど〜う〜も〜

数年ぶりに戻って来ました!

最近は東方mmdの動画を作っているので、こちらの更新は行ってませんでしたが、気が向いたので、帰ってきました。


今回は過去編になりますが、投稿いたします!

後、次はいつになるかわかりませんが、この過去編と同じ内容の物を別枠で投稿します!

理由としてこっちでは、ヴィヴィオがメインヒロインなので、なのはルート用に分けます。

なのはルートが見たい方は、そっちも確認してみて下さい。

ただし分岐するのはもう少し後ですが……(内容が変わる時はわかるようにしておきます)

では、長話失礼致しました!




過去編【フッてから始まるなのはさんの恋愛事情】
1章【胎動する怪物】


★【プロローグ】☆

 

 

これは1人のエースオブエース……高町 なのはがした……

 

 

決して幸せではなく……

 

 

誰かが不幸にならざるをえない……

 

 

 

恋から始まるハチャメチャな物語。

 

 

 

 

 

 

「俺は真っ直ぐに生きている貴方が好きです! だから俺と付き合ってください! 」

 

「……あ、ありがとう。でもごめんなさい……私は……自分より弱い人に興味……ないから」

 

 

ある日ワン・カナダという青年は、2つ歳下の同僚の女の子に告白した。その女の子の名を高町 なのは。

彼女と青年は管理局と呼ばれるある世界の警察に似た組織に所属していて、同じ部隊だった。そして彼女はその管理局ではかなり有名な人間で、エースと呼ばれる人間の1人。

 

青年はそんな彼女にある事故をきっかけに憧れを持つようになった。

 

数年前、なのはと青年は大怪我をし墜ちた。だがなのははその時青年が同じ任務で出ていた事を覚えておらず、その事は知らない。自分の他に怪我をしていた人間がいた事を。だから青年がなのはにそんな感情を抱いているなど彼女は知りもせず、今日まで一緒に仕事をしていた。

 

結果から言えば青年は彼女にフラれた。キチンと真っ直ぐに告白し、フラれた。しかし間違えないで欲しいのは、なのはが断った理由がそのまま本心ではないという事だ。何故なら彼女にそんな好みがあるわけではない。ただ告白された事にびっくりして、彼女はとっさにそう断ってしまったのだ。勿論思わず断ったわけではない。単純に断り方を間違えただけ。現にこの時なのはは青年に対してまるで興味がなかったし、興味を持てなかった。

では何故なのはが青年に恋をするのか。それはどこにでもある話。なのはは今まで、告白された事がなかったわけではない。むしろかなりモテていた方だ。学校でもラブレターを何通も貰っている。

 

 

だが……

 

 

 

面と向かって真っ直ぐに気持ちを伝えられたのは初めての事だった。

 

 

 

言った通り、なのはは青年に対して興味がなかった。でもだからこそ彼女は恋をしてしまった。告白を断り、あっさりと身を引いた彼に。

 

 

彼女は告白をされた事で興味を持たされた。

 

 

最初は完全に無意識。なのはは気がつくと……青年を目で探していた。そこにいないとわかっていながら。油断すると彼の事を考え、目線を彼に向けようとする。彼女自身理解できない不思議な感情。今まで、感じたことのない胸の高鳴りや痛み。それはたまたま青年と目があっただけでより大きく、たまたま手が触れただけで顔は沸騰するように熱くなる。

最初は病気を疑い色々悩んだ末、なのはは認めた。自分が何に落ちたのか。どんな病を患ったのか。

 

 

そう彼女は恋病を患った。

 

 

彼女自身で認め、自覚した。でも問題なのはここからだった。1度断った相手を好きになった、それだけでも彼女から想いを告げるのは難しい。しかもそれに加え、彼女は断り方を失敗している。とても自分から告白などできる立場ではない。何故なら彼女は青年を傷つけるような断り方をしているのだから。

 

 

「あ、あの……ワ、ワン……くん? 」

 

「ん? どうしましたか? なのはさん? なんか元気が」

「あ、なんでもない!? えへへ、この通り! 元気いっぱいだよ! それで今日の予定表まだ貰ってなくて、貰えないかなって」

 

「え? ああ、すいません。まだ渡してなかったんですね。すいませんでした」

 

「ううん!? ち、違うよワン君!? 私が貰うの遅かっただけだから気にしないで!? (ああーっ!? 違う違う!? 違うでしょ私ーっ!? ワン君落ち込ませてどうするのーっ!? )」

 

青年と接している時、なのははアタフタとポンコツになり下がるが、青年は普通だった。別になのはに対して幻滅したとか、そう言ったことではない。でもなのはから見ればそれは自分に対して興味がなくなったのではないかと思う要因だった。

しかし実際、青年はそういった理由で普通なのではない。当然好きだった子から話しかけられれば嬉しいし、ドキドキもするだろうが、青年にはそれを表に出せない理由があった。

 

 

「バカ! バカバカ! 私の大バカ!! どうして彼をフったの、もうっ!? ううぅ……そ、そうじゃなきゃこんな状況にならなかったのになぁ〜……ワン君……もう私のこと……ううん! ダメ! ダメだよ私! 諦めない。まだ諦めるには早いよ! 」

 

 

その理由とはなのはの思い始めている事とはまったく逆の事だった。実は青年はなのはの事を諦めてなどいない。むしろなのはの返事を間に受け、強くなるための特訓をしていた。ランニングに筋トレ。今まで教導隊であっても予定表の管理が主な仕事の為、教導をしない青年がしてこなかった事をやり始めたのだ。勿論それはなのはにも周りの先輩にも一切告げていない。でもそれは単純に青年の男としての意地だった。

 

 

そして……

 

(あれ……ワン君……なんだか体つきが…………)

 

 

なのはが諦めずに青年に気づくか気づかない程度のアプローチを続けてしばらく。なのはは青年の変化に気づく。細身だった青年の体が、少し大きく。たくましくなっている事に気づいた。最初は何故だろうと疑問に思っていた彼女だが、青年が自分を見てくれる事を夢見るあまり、少し都合のいい妄想にふける。本当はそうじゃないなどと思いながらも、彼女は1人で盛り上がっていた。

 

 

 

「も、もしかして……私が言った事を間に受けて体鍛えてるんじゃ!? そ、そんなぁ〜えへへ〜。な、ならまだ私の事諦めてない? きゃー! だったらいいな、いいな〜! 」

「なのは? どうしたの? 」

 

「え? ふぇ、フェフェフェイトちゃん!? い、いやなんでもない!? なんでもないよ!? 」

 

1人で妄想し、キャッキャと声に出しながら盛り上がっていたなのはは、親友のフェイトに見られ、恥ずかしい思いをしたが、なんとか恋をしているとバレずに済んだ。

一方、このフェイトというなのはの親友でもある彼女はまったく別の形で青年と関わっていた。

 

 

それは……管理局のトレーニングルームでの事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆第1節【師弟】☆

 

 

 

 

 

 

 

 

丁度なのはが青年の変化に気付き始めたと同時期、フェイトは最近よくトレーニングルームで青年を見かけるようになった。彼女は執務官で、危険な場所へ任務や捜査に行くこともしばしば。だから体を鍛える事も彼女の仕事のうち。そんな彼女の毎日を少しばかり変えたのが青年だ。勿論最初は気になっただけ。一体どこの部隊の人なのか。どうしてそこまで一生懸命にトレーニングしているのか。歳も自分とそこまで変わらない青年が、ただ興味本位に気になっただけ。

そんな些細なキッカケ。でもフェイトと青年の関係はそこから大きく動き出す。

 

「あの、ちょっといいかな? 」

 

「はい? えっと……」

 

「あ、ごめんね。私フェイト・T・ハラオウンっていいます。最近よく見るなぁ〜って思って。少し気になっただけなんだけど。どこの部隊の人なの? 」

 

いきなりで青年は少し驚いたが、それも無理のない話。何故ならフェイトは管理局ではなのはと同じくエースと呼ばれる人間。管理局では有名だ。そんな人間が自分に声をかけてきた。これだけでも驚くには十分だろう。

 

「俺はワン・カナダといいます。一応教導隊で」

 

「という事は……教導官なのかな? だからそんなにトレーニング頑張って」

「ああ、俺は教導はしないんですよ。予定管理が仕事でして」

 

「へ? そ、そうなの? ならどうしてそんなに毎日トレーニングを? あ……ごめん、これは少し立ち入った話だったね。話したくなければ別に」

 

「いえ、構いませんよ。ですが……ここで話すのはちょっと恥ずかしいと言うか……よろしければ場所を変えませんか? せっかくなので貴方に少しご相談もあります! 」

 

「うん、大丈夫だよ? ならもうお昼だし、食堂にでも」

 

 

キッカケは小さくても2人の関係は進む。ただ、この2人、特別な関係には発展するものの、決して恋愛関係ではないと言う事だ。と言うのも、青年がフェイトに対して相談したいと言ったのはまったくの思いつき。フェイトが青年に話しかけた事で、青年が不意に思いついただけの相談だった。しかしこれがフェイト青年の仲を友達以上に加速させる。

 

「それでどうしてトレーニングを? 」

 

食堂へ移動した2人は食事をしながら先ほどの会話をし始める。フェイトは少し楽しそうに聞き、青年は少し恥ずかしそうに話し始める。

 

 

「その……同僚の子に告白してフラれまして。それでその時その子に俺がその子より弱いからだと言われまして。なので……努力して自分を変えてからもう一度アタックしようかと! 」

 

「…………」

 

「あの……そ、そうですよね。やっぱり不純ですよね」

「応援する! 」

 

「え、あの……」

 

フェイトは一瞬無言になったが、テーブルの上に両手を組んでいた青年の手を両手で包みこむと少し前のめりになってそう告げた。少し顔を赤くし、目をキラキラとさせて青年へエールを送る。フェイトは乙女スイッチが入っているのか楽しそうだった顔がさらに楽しそうになり、その話に興味津々になってしまった。

 

「相手はどんな子なの? 歳は? 私教導隊にすっごく仲のいい親友がいるからもしかしたら知ってるかもしれないし、協力できるかもしれないよ? 」

 

「その……はい。その子は俺より2つ歳下で、普段はサイドポニーテールをしていて。真面目で優しんですけど言うところは言える子で、あの歳でもう教導官をしていまして。最初は憧れだったんですが、真っ直ぐな彼女を近くで見ているうちに……段々と惹かれていきまして」

 

 

「それでそれで! (あれ? 2つ下って事は……14ぐらい? 私と同い年って事だよね? それでサイドポニーテール? 真っ直ぐな子で? ……なんだろう身に覚えが)」

 

「あ、はい。それでその子の事好きになって告白したまでは良かったんですけど……そんな事を言われまして。けど、考えて見たら当然なんです。俺は強くもないし、頼りにもならない。だからそう言われても仕方ないと思ってます。だから俺は強くなりたかったんです。この先あの子と結ばれなくても、彼女の視界に入るようなれば、対等になれればそれで! せめてそこまでの男になりたかったんです! 」

 

「それであんなに一生懸命にトレーニングしてたんだ。すごいねワンさんは」

 

「いえ、そんな事は……目的が目的ですし。わかってはいますけど。少し動機が不純で」

 

青年は自信がない様子でそう言ったが、スイッチが入ったフェイトは全身全霊で青年にエールを送り続ける。諦めるな。立ち上がれ。必ずその子は振り向いてくれる。などと言った意味合いの言葉を青年に投げかけ、相変わらず両手を包み込みながらフェイトは楽しそうに話をしていた。周りから見れば勘違いされそうな絵面だが、幸いにもそんな事はなかった。

 

「大丈夫! ワンさん頑張ってるから必ずその子も振り向いてくれます! それに不純なんかじゃありません。その子の事を一途に想ってフラれても自分を変えてからもう一度気持ちを伝えようなんて私、とても素敵だと思います! だから頑張ってください。私も協力できる事があるならなんでも協力しますから! ちなみに……その子の名前って? 」

 

「ああ、名前は多分知ってると思いますよ。有名な子ですし。高町 なのはっていう子です」

 

「そうなのはね。なのは……なの……は? なのは!? 」

「おおうっ!? は……はい……そうですが…………」

 

 

(道理で特徴に覚えがあると思った……)

 

 

フェイトは青年がフラれた相手の名を聞き、驚いて思わず立ち上がる。突然の事で青年も驚いたが一瞬で、フェイトもすぐに座り直す。フェイトともまさか親友の話だとは思わずに頭の中を整理し始めた。

まずなのはがそのような断り方をするだろうかという事だ。フェイトからすればなのははそんな事を言って断る姿が想像できない。そしてもし本当に断っているなら、もう一度アタックして、あの頑固な彼女が青年に惚れるだろうかという事実。でもそれを言ったら全てが終わってしまうし、可能性も0ではないのでフェイトは青年には言わなかった。

 

また、ここからフェイトと青年。その2人の関係は急速に加速することになる。青年のある申し出をキッカケとして。

 

「あの! 」

 

「え? 」

 

「俺に魔法を教えていただけませんか? 貴方の知る限りの物で構いません」

 

「えっと……ワンさん教導隊の人……だよね? 私なんかが教えられる事なんて」

「確かに基礎は問題ないのですが、応用は現役でない限りはちょっと。それになのはさんにそれを教えてもらうわけにもいかず。先輩方にもなんだか頼みづらくて。それで、なのはさんと同じくエースである貴方に教えて貰えないかと! さっきの相談って言うのはその事でして。お願いします! 」

 

青年は少しとはいえ年下のフェイトに頭を下げてそれをお願いした。プライドを捨て、強くなるためにどこまでも純粋。そして何よりこの時にフェイトの心を動かしたのは青年の目だった。自分が知っている誰かと同じ目。

 

真っ直ぐで曇りのない。誰かの為にどこまでも頑張れる強い目。そんな目をされてフェイトが断れるわけもなかった。かつて自分を救い。もう1人の親友、八神 はやてを救った小さな英雄の目。今の青年はその子と同じ目をしていた。

 

誰よりも強いと感じさせる目を。

 

「ふふ。わかった。なんか妬いちゃうな……私はすごくお似合いだと思う」

 

「え? 」

 

「ううん。なんでもない。けど……優しくしないよ? 」

「あ……はい! ありがとうございます! 」

 

 

こうして青年はフェイト魔法を教えてもらうことになった。もっと言えば、2人の関係は師と弟子。そんな特別な関係へといつの間にか発展する。ただ青年を鍛えるうちに、フェイトは気づいた。才能だけならそこらの魔導師より格段に優れていると。

呑み込みがはやく、基礎が完璧な為かフェイトの教えた魔法を次々と物にし、応用もほぼほぼフェイトとの特訓の中で掴みつつあった。だからこそフェイトは思う。どうしてこれだけの魔法の才がありながら、予定管理などと言った職務に就いているのか。青年の実力であれば教導官も夢ではない。むしろそっちへ進んだ方が自分の力を伸ばせるのではないか。フェイトは青年を鍛えるうち、そんな事を考えていた。

 

「ワンあのね? 魔力検定受けてみない? 今のワンならAもそんなに難しくないと思うんだ。どうかな? 」

 

「……せっかくですが、やめておきます。俺の目的は出世する事じゃありませんので」

 

「でも、受けないよりは受けた方がみんなから見る評価も」

「ありがとうございます。本当にフェイトさんは優しいですね。けど……俺は魔法で評価が欲しいわけじゃない。例え魔法が誰よりも強くなったとしても。俺は今の場所を選ぶ。どこまでも頑張れるあの子を支えられる場所を」

 

「そっか……ぷっ、ふふふ、うふふ」

 

「お、俺そんなにおかしい事言いましたかね? 」

 

フェイトは笑った。青年のこれ以上ない芯の通った言葉。欲しいのは評価じゃない。なのはの心。好きになった子のハート。それを聞いた時、フェイトは青年に対して弟子のして、その恋を応援して良かったと心から思った。親友であるなのはをここまで好きになり、想ってくれる人がこんなに真っ直ぐでフェイトは満足だった。この人ならなのはを幸せにしてくれる。当然選ぶのはフェイトではなくなのはではあるのだが、それでもフェイトは青年を100パーセント認めていた。弟子としても1人の男としても。

 

「ごめんごめん。それじゃ、もう一本、頑張ろうか? 全力全開で! 」

 

「はい! 」

 

まるで冗談まじりに、なのはの真似をするようにフェイトは青年にガッツポーズをとった。青年はそれに答えるように大きく返事をし、また特訓を再開する。

 

 

しかしこの時青年も、フェイトも知らなかった。努力とはこんなにも儚く消えてなくなるものだと言う事を。

 

 

頑張った分だけ傷は大きく。その間費やした時間が虚無に消える。フェイトが青年を手伝い、応援してくれればしてくれるほど、青年の心のダメージは大きかった。不幸な事故といえばそうかもしれない。だがこれは青年にとって人生を左右する1つの分岐点。この時死んでいればどんなに楽だったか。死ねなかったが故に青年の人生は人の道を完全に外れてしまう。

抗いようもない。誰が助けられたわけでもない。全ては青年の過去の任務で起きた出来事が引き金となって起きた事。

 

 

なのはと青年……2人の魔導師が墜ちた事はキッカケだった。

 

 

何故なら青年にとって、その過去こそが最大の終焉。その時点で青年の人生は決していた。もしこの時、なのはをかばってさえいなければ青年は何事もなく人生を送れた筈だ。しかし青年がそんな選択をするわけはない。そもそも彼は誰よりも強い正義感をもって管理局に入ったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★第2節【死の氷結】★

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? ワン君明日休みとるの? 」

 

「あ、はい。久しぶりに妹が会いに来るんですよ。元気な子だから、せめて1日くらい遊んであげたくて」

 

「そうなんだ。ワン君の妹……う〜ん……ちょっと想像しづらい……あ! 写真とかないの? 」

 

「ああ、それなら……これですね」

「どれどれ……はうっ!? (こ、これは!? )」

 

青年の人としての人生が終わったのは、なのはが青年の告白を断ってから1年後の事。事が起きる前日、有給を出している青年をなのはが見かけ、話しかけた。青年は妹が会いに来る為に2日ほど休みをとったのだが、なのはがその妹に興味津々なってしまい写真を見せることになった。だがその写真をなのはに見せた瞬間、彼女は1発で妹の虜になる。

叶うなら将来自分の妹になるかもしれない子がどんな子なのか、なのはは気になっただけだったのだが、その妹はなのはの想像を軽く超えて可愛かった為に彼女は少し壊れる。

 

「か、可愛いぃ〜何でこんなに……あ、ああ……会ってみたい」

 

「なのはさん大丈夫ですか? 顔が赤いですよ? 」

「ワン君!!! 」

 

「へ? 」

 

「会いたい」

「えっと……」

 

「私にも紹介して! ワン君の妹!! 私会ってみたい!!! 」

 

話す度、なのはは前のめりになり、声を大きくしながら青年に迫った。流石の青年も好きな子にこれでもかと言うくらい接近され、動揺しないはずはない。だから青年の顔は今真っ赤になっていた。ただかなり興奮しているなのははそんな青年の様子にまるで気づかず、自分が青年の気持ちに気づくであろう最大のチャンスを棒に振っていた。

 

「お、俺の妹に会ってどうする……ですか? 」

「抱きしめたい! 甘やかしたい!! 私おこずかいあげちゃう!!! 」

 

「いやいや……それはちょっと」

「何で!? こんなに可愛い子私みたことないよ!? だからおこずかいあげて私が貰うの! 」

 

「……すいませんもう一回お願いします」

「おこずかいあげて私が貰うの! 」

 

「うっ!? 近い……ちょ、ちょっと落ち着きましょうなのはさん! 少し冷静になってください。妹は物ではありません」

 

「あ……ご、ごめんね。あまりに可愛いからつい……」

 

暴走し青年の妹を物のように言ってしまったなのはは少し反省し落ち込んだ。ただそんな様子を見ていた青年はクスクスと笑い始め、堪えられずに吹き出し始める。

 

「あはは!! なのはさん喜怒哀楽激しいですね、ふははは! 」

「ちょっ!? 酷いよ!? そんなに笑わないでよワンくん!? 」

 

楽しく、今までで一番笑えた2人。これが心から笑えた……青年の最後の笑顔になる事も知らず、なのはは大笑いする青年を愛おしく見ていた。

 

そして翌日……

 

 

青年の人としての人生は死という形で決した。

 

 

 

それはただの事故。その日、青年が妹を迎えに行く為空港へと向かった。だがそこで……大規模な火災が起こる。幸い、青年の妹は飛行機が着陸する前にそれに気づき難を逃れたが、そこにいた民間人と青年はそれに巻き込まれ、炎の中に閉じ込められた。

立場上管理局員である青年はいち早く動き、民間人の安全を確保しながらより生存が高い場所へ誘導、外からの救援を待ち、炎の中を走り回っていた。青年の力ではどうしてもこの場から民間人を避難させることができず、外からの救援を頼る他なかったのだ。炎を超える砲撃など青年は使えない。フェイトから学んだ魔法も個人でなら役に立つが、今のレベルでは誰かを守るまでは至らない。

 

しかしそれでも青年は走った。1人でも救える。拾い上げられる命があるならと火傷を負いながら走る。この場から誰1人死者を出さない為に。

 

 

「誰かいないのか!? もうここには誰もいないか!! ……なっ!? 」

 

「た……助け……ひぐっ」

「おい!? 逃げろ!? クソっ!! 」

 

しばらく走り続けていた青年は1人の少女を見つける。短い青髪で、炎の中泣きながら横たわる少女。すると青年が声をかける間も無く近くにあった石像が砕け、そのまま少女の方へ倒れ始めた。青年は大声を出し逃げるように言うが当然間に合うわけもない。

 

「ソニックムーブ!! 」

 

デバイスは持ち合わせていない青年だが、使える魔法は使える。ここに来て青年は日々の努力を開花させた。並の魔導師では難しいデバイスなしの魔法。それも高速で移動する為の比較的扱いの難しいフェイトから学んだ魔法を補助なしで使い、少女がいる場所へ石像が落ちる前にたどり着くことに成功する。けどそこまでだった。

少女を抱え、石像に背を向ける形で青年は少女を庇う。実戦経験のなさ、そして魔法を発動してから次の魔法を使うまでのラグ。それは1秒を争う災害の場では致命的で、青年は少女を抱えて走り出すという一件簡単に見えて実は高いレベルを要求される行動を行うことができなかった。

 

「ダメか!? 」

 

青年は諦めたが、せめて少女だけでもと庇った。

 

「……はぁ、はぁ……よかった。間に合った」

 

だが石像は青年と少女へまだ倒れてこない。救援が間に合ったのだ。しかもそこへ駆けつけたのはたまたま青年と同じく休みを取って近くにいたいたなのは。彼女はバインドで石像を固定し2人を助けたが、内心青ざめていた。ボロボロになり、火傷も酷い。青年の今の状態は無事というにはあまりにもボロボロ。少女もそうだが、青年も早く避難させなければならない状況にあった。

 

しかしなのははここで決断を迫られる。青年がいる事が分かっていたなのはは、ペース配分も考えずに要救助者と青年を探した結果……かなりの魔力消費と疲労困憊で、今なのはが抱えていける人間は1人。子供なら別だが青年と少女2人は無理があった。知らない人間じゃない分、なのはは決めかねる。誰か応援を待つか。それとも1人に待ってもらうか……

 

 

 

彼女は決断を迫られる……

 

 

 

 

「なのはさん、その子を早く」

 

「え……で、でも!? 」

「俺は……管理局員です。優先するべきは民間人で、この子はまだ子供だ。なのはさんなら、もうわかってますよね? 優先しなきゃいけない事」

 

「それは……でもワン君だって酷い怪我だし!? できない……ワン君を置いて戻るなんて!? 」

 

「別にそのまま死ぬわけじゃない。俺は信じてますよ。戻って来るって。だからそれまで生きてこの場にいる事が俺の役目。そうでしょ? 大丈夫ですって、俺もそう簡単には死にませんから」

 

青年はなのはの目を真っ直ぐに見た。少し涙目で、それでいて不安を隠しきれない彼女の瞳はそれで覚悟を決めるように強く力強いものとなった。信じると言われたからには彼女は引かない。青年に背を向け、自分の相棒を構える。

 

「うっ!? ひぐっ……あ」

「大丈夫、安心してここから先は……安全場所まで、一直線だから! いくよ、レイジングハート! 」

 

《オーライ! 》

 

「ディバィィィン、バスター!! 」

 

ピンク色の閃光が天井に穴を開け、壁抜きという力技をやっててのける。少女を抱え、なのはは振り返らずに青年に言葉を送った。信じて待ってくれる仲間に対して、今言える1番の言葉を。

 

「必ず戻ってくるから、待ってて……ワン君! 」

 

「はい! お願いします、なのはさん! 」

 

 

なのはのした選択は最善。何も間違ってなどいない。でもそれは訪れる。なんの前触れもなく。さながら死神が青年を殺す為にやって来たかのように……

 

 

 

 

 

 

 

偶然が青年を殺しに来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

故になのはは今日の事を一生後悔することになる。約束をしたのに守れなかった事を。

 

そう……なのはは青年を助けに戻る事ができなかった。

 

 

「それではこの子を……お願いします」

 

「了解しました。責任を持って」

 

「はい。それでは私はまた現場の方に」

【要救助者全員避難を確認しました】

 

「え……」

 

この時1つの手違いが起きていた。それは管理局員である青年を要救助者対象にしていなかった事。管理局員とはいえ、彼も災害に巻き込まれた人間。彼の能力を考えれば本来どちらに入れなければいけないかは明白だったが、通信で青年から連絡を受けている事もあり、幹線本部はやってはいけない間違いを起こしてしまった。

 

「待ってください!? まだ中には……え、通信が……」

 

【了解! いくで! 】

 

止めようと抗ったなのはをあざ笑うかのように、一瞬通信障害のようなものが起こる。なのはの言葉は届かず、空中で消火要員として待機していた八神はやて。なのはの友人にして歩くロストロギアとまで言われる魔導師だが、避難完了の通信を聞き、なんの疑いもなく行動にで始める。

 

【仄白き雪の王、銀の翼以て、眼下の大地を白銀に染めよ。来よ、アーテム・デス・アイセス! 】

 

「ダメ、はやてちゃんやめてぇぇぇえええええええええええええええええ!? いやぁぁああああああああああああああ!? 」

 

「なのは? 」

 

なのはは、はやてに大声をあげ、それを同じく救援に来ていたフェイトが不思議そうに見る。しかしもう遅かった。炎は一瞬にして白銀に染まり、全てが凍りついていく。火を消す為、非殺傷設定などしていないその魔法は、確実に人を殺す事ができる代物だった。ましてや、大規模な広域魔法。威力も普通の魔法とは桁が違う。

 

一方、青年は炎の中、残酷な通信を聞いていた。

 

【要救助者全員の避難を確認しました】

 

「っ!? い、いや……まだ俺がいるんだぞ!? おい!? 何言って……え……通信が……なんで……ハッ!? 」

 

一瞬ヒヤリと冷たい風が走り、奥の方から赤いはずの景色を白く染め上げる。全てを凍てつかせる波が青年へと迫っていた。当然青年は逃げるように後ろへ走り出す。だが人間の走る速度程度で魔法が駆け抜ける速度から逃げる事などできない。抗いようもなく青年は足を白銀にとられた。動きが止まり、下からゆっくりと上へ上へと冷たい感覚が青年の体を登る。

 

下から徐々に上がってくる冷たい感覚。この時青年の感じている恐怖は、想像を絶するものだった。死が確定してしまった瞬間。抗えず、自分の死を100%認識した彼はパニックにならざるを得ない。

 

「嘘だろ!? 待ってくれ!? 俺はまだ!? まだ!? うっ!? ぁ……か……ま……だ……」

 

膝……腰……お腹……そして胸のあたりまで冷たい感覚が登った瞬間、青年は呼吸ができなくなり、それが心臓を止めた瞬間、意識が遠のいていった。すると青年は聞こえるはずもない声を……この時聞く。幻聴かもしれないが、確かに聞こえる少女のような声。

 

フワフワとした意識の中、青年は声に導かれるかのように目を閉じていく。

 

【死は全ての終わり。何も残らず……何も感じない。貴方は何を望む? 貴方が私の望む物をくれるなら、私は貴方の望みを叶えてあげる。見返りにどんな願いでも叶えてあげるの。さぁ〜貴方は何を望む? 】

 

「ぉ……れば……」

 

【私は……】

 

 

青年は死を迎えながら口にした。その時、死の間際に一番欲しいと思った事を。人間として当たり前で、でも純粋にはなかなか出てこない願い。その願いは偶然にもどこからか聞こえる少女の願いと重なり、光となって青年を包み込むとその場で大爆発を起こした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【生きたい】」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆第3節【まやかしの奇跡】☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空港火災から3日後、青年は病院のベッドで眠っていた。重傷を負い、まだ意識が戻っていない。また、そんな青年の横にはなのはの姿があった。約束をしたのにも関わらず、戻れなかった彼女。実は重傷を負った青年を見つけ、病院まで運んだのはなのはだった。死んでる可能性が高い状況で、それでも必死になって探した結果、青年は見つかり、しかもまだ息があった。

彼女は眠ったまま起きない青年を見つめながら嘆く。何故約束を守れなかったのかと。

 

「ごめん……ね。ごめん……なさい…………」

 

何を言い訳しても、どんなに周りが仕方がないと言っても、なのはは納得できなかった。青年がこんな状態になったのは自分の責任で、自分が至らなかったばかりに起こったものだと思い込んでいる。実際はどうしようもない事なのにも関わらず、彼女は青年を見つめながら泣いていた。自分の弱さを、不甲斐なさと呪って。

 

 

「先生? ワン君は大丈夫なんですか? 」

 

「うむ……こんな事言いたくはない。だが……残念な事に、彼が目覚める可能性は薄い」

「え……」

 

「全身凍結に加え、何をどうしたのか脳機能が著しく低下している。こんな状態……植物状態と何ら変わらん。すまないが……手の施しようもない」

 

定期的に来る担当医になのはは我慢できずに青年の状態を訪ねた。しかし返ってきた答えはなのはを絶望させる他ない。ただでさえ罪悪感が大きいなのはの心はそれで更に大きく闇をおとす。

 

 

自分が奪った。

 

 

自分が青年の人生を狂わせた。

 

 

一概に間違っていない事だが、それでも彼女はどこまでもそう思い込み始める。

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿だよね……私……こんな事なら……ごんな゛ごと゛な゛ら゛……もっと゛はやぐ……お願い゛……戻ってきてぇ……私は……君に゛言い゛たいごどいっばい゛あっだの゛。あや゛ま゛りだいの゛……伝えたいごど……山程……だから……ワン君……ワン……ぐん゛……」

 

 

 

医者のいなくなった部屋で、寝ている青年と二人っきりのなのはは、涙ながらに口にした。青年の右手を両手で包み込み、必死で懇願する。

 

青年に、神に……

 

もはや彼女には祈ることしかできなかった。

 

 

そんな事で青年が起きる事はないとわかっていながらも、彼女にはすがるものはない。医者でさえも助けられない青年を彼女は救う術を持たない。だからこそ祈る。すがる。この世のものでない……いるかも分からない全ての存在に。

 

 

「誰でもいいよ……あぐま゛だって゛いい!?……ワン君を……ワ゛ンぐん゛をがえじて゛!? お゛ね゛がい゛だから゛ぁぁ!? ワン君を゛助け゛で!? だずげでよ゛ぉぉ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、奇跡は起こる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空港火災から2週間後、青年は眼を覚ましたのだ。

 

 

 

「ここ……あれ? ……俺どうして……」

「ワン……くん? 」

 

仕事が終わり、毎日のようにお見舞いに来ていたなのはは、丁度その瞬間病室へと入ってきた。自分の状況が呑み込めず、身体を起こしていた青年を発見したなのはは、持っていた水の入れ替えた花の花瓶を落とし、破れるいい音がしたそんな事も構わずに青年の方へ走り出すと、青年の状態も忘れて彼に抱きついた。泣き喚き、青年が眼を覚ました事を誰よりも喜んだ。

 

「よ゛かっだ!? よがっだよ゛ぉぉ……うっ、うわぁぁあああああああぁぁん!? ぐすっ、ひぐっ、うわぁぁぁぁ……」

 

眼を覚ます確率は限りなく低いと言われていた中、青年はあり得ないほど早く眼を覚ました。だからなのはだけでなく、医者も驚かずにはいられない。

 

 

「し、信じられん……脳機能も、身体も……全て正常値。こんな事……奇跡としか…………」

 

「ぐすっ、ワン君ごめんね。それで、おかえりなさい! 」

 

「え、えっと……はい、なのはさん! ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 

青年は助かった。

 

 

なのはも笑顔になる。

 

 

みんなが青年の帰りを喜んだ。

 

 

幸運……奇跡……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな物はまやかしだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この時誰一人として気づいてはいない。

 

本来助かるはずのない命が助かる事そのものにあってはならない物が介入している事を。

 

神のような慈悲深い存在ではない。かと言って悪魔のような存在かと問われれば、それもまた違う。

人が人として終わる時には、現実でないような奇跡というまやかしが起こる。今回の青年の一件がそのいい例だ。終わりは始まり。始まりは終わり。それは2つがイコールであるように、青年が人の道を外れるのもまた必然だった。

本人が気づいた時にはもう遅く、その身体はもう自分の知っているそれではない。また周りがそれに気づいた時には……既に心が侵され始めている。

 

 

 

 

「はぁ……みんなに心配かけて俺は本当に……どうしようも……あれ? なんだこれ? 髪の毛か? 上からどうして髪が降ってきて……へ? 」

 

 

 

青年の体調もすっかり良くなった頃のある日、青年はベッドの上で座っていたが、フワフワと上から落ちてくる数本の髪の毛に気づき、不意に上を向いた。だが、その瞬間……ボトッ! っと何かまとまったものが自分の後ろで落ちるような音がした。青年は一瞬何が起きたのか理解してなかったが、あまりにも頭が軽くなった事とおかしいくらい頭がスースーする感覚に、現実を否定しながらも震える手で自分の頭に手を伸ばす。

 

 

「……ない……あはは……いやいや……何かの間違いだって。きっと鏡を見れば……」

 

自分の頭に触れた青年はペチペチと乾いた音が鳴る頭を叩き、分かっていながら現実を受け入れられない。そして、横の引き出しにあった手鏡を出すと何の躊躇もなく自分の顔をうつした。

 

 

「は? え……と……ぎゃぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!? ない!? ないぞ!? 髪がない!? 待て待て、どこに落としてきた!? ハッ!? ……さ、さっきの音って……っ!? な、なんだよ……これ…………」

 

鏡を確認し、本当に髪がなくなったと理解した青年はパニックに陥る。さらに最初に聞こえた何かが落ちる音。青年はそこに気づき、恐る恐る後ろを振り向く。するとそこには今まで自分の頭についていたであろう髪が全てそこにあった。こうなるとまともな精神状態ではいられない。青年は動揺しながらもベッドについているナースコールを握りしめ、何度も何度も連打する。

 

当たり前の事だが、最近まで重傷だった患者がナースコールを押せば、その主治医は飛んでやって来る。また、こんな状況を見て、誰が固まらずにいられるだろうか。それは青年の主治医も例外ではない。

 

「どうした……のか……ね…………」

 

「先生……これは何ですか……どうなってるんですか!? 先生!? 」

「す、すぐに精密検査をしよう……おい!? 誰か手伝ってくれ!? 緊急だ!? 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結果から言えば、青年の髪はこの時全て抜け落ちた。

 

 

 

これから先、生えるという事も絶望的にない。

 

 

 

「お、落ち着いて聞きなさい。検査の結果、君の毛根は……1つ残らず死滅している」

 

 

「死滅? ……は? ま、待ってくれ先生!? どうしてそんな!? 」

「だから落ち着きたまえ! それだけじゃないんだ……それよりも……こっちの方が問題だ…………」

 

「なんです? ハッキリ言ってください! こんな状況で今更身体に異常が何もないわけがない!? 頼むよ先生!? ハッキリ言ってくれ!!! 」

 

 

言い出す事をためらう。主治医は言えなかった。でも青年が敬語を忘れるほど動揺し、真実を求めた事で主治医も覚悟を決めた。

 

 

しかしそれはーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……君のリンカーコアが跡形もなく消滅している。残念だが……君はもう魔導師としては生きていけない」

 

 

 

 

 

 

 

必死に努力した青年が直面するには、とても受け入れられる内容の話ではなかった…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★第4節【胎動する怪物】★

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空がすっかり暗雲の中。真っ暗な病室で青年は一人俯いていた。告げられた言葉はいつまでも青年の心を蝕み、大きく削り取っていく。男としてなどと言う肩書きはこの時の青年からは消えた。誰がいても関係ないだろう。自分の顔に両手を添え、歳に似合わず泣きわめく。

 

 

悔しさ、虚無感、無力感、絶望……どんな言葉が似合うのだろうか。

 

 

管理局で働き、あまり魔法の使う機会のない今の道を目指した青年だが、それでもショックは計り知れないものだった。フェイトの協力で上達した日々の成果は全て消えてなくなった。彼女のさいてくれた時間は無意味になった。自分の費やしてきた努力はどこへ……そんな虚無感が今の青年を支配していた。

行き場のない怒りや悔しさはどこへもいけず、結果的に自分に返って来ていた。

彼女を……なのはを振り向かせる為の努力はこれで消えた。勿論、彼女からすれば魔法だけが全てではない。でもそもそも管理局という場所が、魔法を中心として動く場所である以上、評価はそこにある。だから魔法の使えない青年は、ただの一般人で、どうあがいてもなのはの言った強さには届かない。

 

 

思ってはいけない負の考え。

 

 

絶対に考えてはいけないその事実。

 

 

青年はそこへ至ってしまった。

 

 

目的は消え、残ったのは情けない、何もできない自分だけ。それ以上でも、それ以下でもない。平凡な自分。いや、今の青年の環境からすれば……お荷物と言ってもいいかもしれない。

 

 

 

青年がそう思った瞬間、彼の心は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

完全に折れた。

 

 

 

 

 

 

 

だが実際は誰もそうは思わない。管理局という場所はそこまで魔法の使えない人間に厳しい場所ではない。使えない者はたくさん所属しているし、そんな差別もほとんどない。

 

しかしそれでも青年は思ってしまった。

 

自分の能力が一つ欠けた事で、自分が人より劣ってしまったと勘違いをしてしまったのだ。

 

 

「く゛そぉ……ち゛く゛しょっ! うっ、う゛わ゛ぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!? 」

 

 

深夜、みんなが寝静まった中で青年は独り叫ぶ。でもそんな叫びは誰にも届きはしない。青年が生まれて初めて味合う底知れない絶望感。

 

「ぐぅ、あ゛っ! ひぐっ、あ゛ぐっ……くぅぅ……」

 

 

もしこの時、誰かが側にいればこの結末はもっと変わっていたのかもしれない。

 

 

 

 

もしこの時、青年がもう少し心を強く持っていれば……まだ希望はあったかもしれない。

 

 

 

 

 

もしこの時……別の形で守るべき信念が今の青年にあったのならーー

 

 

 

 

 

 

 

 

青年は絶望に呑み込まれることはなかったかもしれない。

 

 

 

しかし現実は違う。絶望とは、望むと望まないに関わらず、突如としてやって来る。だからその絶望に耐えられなかった青年は壊れた。

 

今まで形成された。周りも認知している青年の人格は……この時を境に粉々に破壊されてしまう。

 

 

「は……はは……うはは……もう……いい。真面目だ? 努力だ? 正義だ? ……もういい。そんな物……積むだけ無意味になる。だったら……最初からないほうがいい。ハンっ! クソ喰らえだ! 」

 

 

青年は吐き捨てるようにそう言った。誰が聞いていたわけでもない。そして青年はこの時気付いていなかった。黒い彼の瞳が右目だけ金色に変わっている事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ワン……くん? えっと……い、イメチェン……したのかな? でもその……前の方が素敵というか……似合わない……かなって。その〜頭とか? 」

 

「あー違う違う。なんかこの間髪が抜け落ちてさ。もう生えてこないんだと。笑えるだろ? この歳でハゲだ! フフ、ははは! 」

 

 

「う、うんと……ワンくん? だよね? 」

 

「そうだけど? なんでだ? 『高町』? 」

「っ!? え…………(ワンくん……じゃない。ここにいるのは……だ……れ? )」

 

 

今日もなのはは青年のお見舞いに来ていた。しかし、そこにはこの間までの青年はいない。外見もそうだが、彼女は恐ろしいほどに今の状況を認識できていない。まるでそこにいるのが別人である蚊のように、なのはの目の前には彼女が知る青年はどこにも存在しなかった。

 

言動、態度、性格や人間性……その全てが彼女の知る青年ではない。なのはは目の前にいながら別人を見ているようなそんな気分だった。

 

 

「ど、どうしたのワンくん? なんかいつもと違うよ? なんかあったなら私が相談に……っ!? 」

 

「……相談? 何言ってんだ? んなもん……何もねーよ」

 

「あ……ぅ……はは。わ、私……そろそろ帰るね。ま、また……来るから」

「なぁー? 」

 

 

来たばかりだが、なのははその場にいられなかった。見ていられなかった。自分が好きになった人が、こうまで変わってしまっている光景を。また、なのははこの時青年に何が起きているのか。いや、何が起きてしまったのかを知るのが怖くてたまらなかった。

 

 

「な……に? 」

「もう来なくていいぞ? 」

 

「え……なん……うぅ……ひぐっ……!? 」

 

拒絶、今まで聞いたことがないほどの冷たいさめた青年の声色。彼女はその言葉を聞いた瞬間走り出した。目に涙を一杯に溜め、逃げるように青年に背を向ける。

 

青年がその後何をつぶやいたかを知らぬまま。

 

 

「俺なんかに構ってる時間の方が……くだらない! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

それ以来、なのはは病院には顔を出さなくなった。正確に言えば出せなかった。だが、代わりと言わんばかりに、青年の所には別の見舞い客がやって来る。それはなのは程じゃなかったが、それでも頻繁に来ていたフェイトだ。

彼女からしてみれば、弟子の見舞い。来ない方がおかしかった。

 

 

しかし既にフェイトと青年の関係は破綻しているという事実をフェイトはこの時知りもしなかった。

 

 

「え、えっと……」

「人の頭を見ながら言葉に詰まるなよ。ねーもんはねーんだ」

 

「その……別に気にしなくてもまた生えて」

「俺の髪はもう生えてこない。この先一生な! 」

 

「あ……うんと……ごめんね? 」

 

「別に」

 

「……なんかあった? ワン……いつもより言葉遣い乱暴だから」

 

「いや……何もない」

 

その言葉が嘘であることはフェイト自身よく理解していた。でも自分の言葉の何が今の青年の地雷になるかわからない為、思い切って踏み込めない。彼女は変わり果てていた青年にどう接したらいいかわからないでいた。

 

自分は何も知らない。今まで知る彼がここまでになる原因が自分が考えられる単純な理由であるはずはないと慎重に言葉を選ばざるを得ない。

しかし青年の次の言葉はそんなフェイトの冷静さを一瞬で失わせた。

 

「ま、また治ったら特訓いくらでも付き合うから! 頑張って治し「あのさ」え? 」

 

 

「それ……もういい」

 

「それ……って? もういいって何が? 」

 

青年が突然告げたその言葉をフェイトは理解できない。自分は何を否定されたのか。何を拒否されたのか。

 

こればかりはどんなに優しいフェイトでも彼の為と思えば容認できなかった。

 

「特訓。もうやる意味がない。だから……もういい」

 

「ワン……」

 

「あ? なんっ……ぶっ!? ……なんだよ」

「……ふざけないでよ……そんなの……ワンじゃない」

 

乾いた音が病室に響き、青年の右頬は赤くなる。フェイトは許せなかった。理由はわからないが、青年がなのはを諦めている事実を。自分の費やした時間が無になるからではない。青年の努力が無になる事が許せないからだ。

 

彼女を……なのはを振り向かせる。その覚悟と信念がは間違いなくフェイトを突き動かした確かな物だった。だからこそ余計にフェイトは許せない。青年の今の卑屈な状態を。

誰がどんなに否定しようとフェイトが感じた彼の想いは本物で、そのまっすぐに瞳に宿る力は生半可な覚悟ではない。しかし今の青年の眼は……

 

 

 

 

 

死んでいた。

 

 

 

 

 

挫けたなら自分がいくらでも協力する。迷ったなら自分が道しるべになってあげる。フェイトは青年に何度もそう訴えた。それほどまでにフェイトにとって青年はもう他人ではない。自分に、この世に一人しかいない。自分にとって初めての弟子なのだ。

 

 

「お願いワン! もう一回頑張ってみよ? 怪我が酷いって事なら、時間をかけて治せばまた頑張れる。君の憧れたなのはは……今のワンみたいになった時期もあったけど、諦めないでリハビリして、それで今のように元気に」

「そんな事は分かってんだよ!!! 」

 

「……ワ、ワン…………」

 

フェイトは知らない。

 

 

何も知らない。

 

 

今青年に何が起きて、どんな状態であるかを。

 

 

故に心ない言葉が、彼の心を傷つけている事も知らない。

 

 

治る……それは今の青年にとってどんなに残酷な言葉か。

 

 

そしてーー

 

 

 

 

過去になのはが大怪我をしたその時、青年も同じ場所にいて、同じく大怪我をしていた事実も彼女は知らない。

 

 

「俺も高町が堕ちたのは知っている。その時どんなにリハビリを頑張ったかも。……すぐ近くで見てたからな」

 

「近く? 待って、それってどういう」

 

「……あの日、俺も同じ任務に出ていた。それで……俺も同じように……堕ちた」

 

「っ!? ……ほ、本当なの? 」

 

「どうして俺があの子に憧れたと思う? あの子が……絶対に諦めなかったからだ。 あんな怪我してたんだぜ? どうしてこんなにも強くいられるんだって思ったよ。しかも、それで現役復帰まで持っていくんだ。本当に信じらんねータフネスだ」

 

「でもだったら!? それを知ってるならどうして!? 」

「ダメなんだ……」

 

 

深く、深く……青年はかすれるように、泣き出しそうな声を絞り、フェイトにそう告げる。

 

フェイトは黙って次の言葉を待った。

 

恐怖を……知る恐怖を抱きながら、彼女はやっと青年の今の状態を……知った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リンカーコアが消滅した……んだ。だから……もう魔法は使えない」

 

 

 

 

 

フェイトの胸に残ったのは後悔。踏み込み過ぎた故に知らず知らずに青年を傷つけてしまったという後悔だった。だから彼女はこれ以上青年にかける言葉が見つからず、彼が一人にしてくれ言われ仕方なく病室を後にする。

けどこれはフェイトに限ったことではない。誰の所為でもない為に青年に対しては誰も手を差しのべられなかった。不毛にして無駄な状態。

 

人格が変われば接し方もわからない。フェイトやなのははどうすることもできなかった。

 

一方当の本人はそれに対して前向きになることが出来ない。医者にも治せず、他の道を探す他ない青年は、完全にマイナス思考だった。今の仕事には何の支障もない。でもだからといって無視するには欠けた物が大き過ぎた。

だが本来今すぐに人生を左右してもおかしくないその欠落したリンカーコアは今すぐではなく、じわじわと毒のように青年を苦しめた。そう、この事が今後、青年の人生を完全に狂わせる事になる始まり。

 

 

マイナスだったところに上乗せして嫌なことが起こればそれは掛け算の如く何倍にもなる。

 

 

仕事に復帰した青年を待っていたのはそんな絶望だった。

 

 

「お、ワン! はは、やっと戻っきやがったかこの野郎! 」

 

「先輩……心配かけました」

 

「ん? あ、おい!? ……どうしたんだ? ……あいつ? 」

 

 

一体誰が噂を始めたのかは一切わからない。根源は謎のまま、よくない噂が管理局で流れていた。青年が復帰して最初に感じたのは今までと違う感覚。同じ部隊の人間はそうではないが、その他の管理局員の目が明らかに今までと違っていた。

 

 

人は……少数ではなく多勢になればなるほどその意思を……考える力を失う。どんなに自分がそう思っていなくても、結果的に周りに流されてしまう事は珍しくない。青年に訪れた不幸な噂はそれが原因で生まれた偶然の産物だった。

 

 

 

 

『魔法を失った』

 

 

『魔導師生命を絶たれた』

 

 

『今まで魔法の使えた人間が魔法を失ったら管理局に居場所などない』

 

 

『哀れ』『不幸』

 

 

そしてーー

 

 

 

極め付けは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『役立たず』

 

 

 

 

 

 

 

 

例え聞こえないふりをしても、そういった噂は不思議と本人の耳に届く。ひそひそ声でも何故かハッキリと聞こえてしまう。

 

 

「うっ!? てて……悪い」

「悪いだ? てめぇ前も見て歩けないのか? 」

 

「おいコイツあいつだよ」

 

「あ? あーあの役立たずか」

 

「っ…………」

 

「へへ、本当に噂通りの人間らしいな? 戦う事も出来ない、誰かのサポートも出来ない。そんなんでよくここにいられるな? 」

 

いろんな人間が所属する管理局では稀だがこういう人間もいる。たかが肩がぶつかっただけでつっかかる。他者の弱点をえぐり、その傷口を広げる。言わなくてもいい事をいい、自分が圧倒的に優れている事をいい事に、下の人間を蔑む。

 

圧倒的格差。そう勘違いをしている人間。

 

 

「戦う事だけが……仕事じゃない。俺の仕事は事務だ。戦う力なんて必要ねぇよ」

 

「ハンっ、負け犬のセリフだな? ならお前は守って貰うだけか? もし管理局が窮地に陥った時、お前はただただ怯えながら逃げるただの……負け犬ってわけだ? フフ、ハハハ! 」

 

同じような事は、青年が復帰してから何度かあった。しかし今日はいつもと違っている。何が違っているかと言えば、青年の精神的なボルテージが、変化している事だ。本人すら気がつかないうちに、内にある何かが青年の精神に影響を及ぼしていた。

 

普段なら問題なく聞き逃せた言葉。

 

普段ならやり過ごせたはずの青年の精神的な受け皿。

 

 

まるでそんな物は鼻からなかったかのように、その日青年という人間は破綻した。

 

「……お前……なんつった……」

 

「あ゛? 耳も悪いのか? 負け犬って言ったんだ! もう一度言ってやろうか? いや、何度でも言ってやるぞ? 負けいぶっ!? 」

「なっ!? テメェ何しやが……る…………な、なん……だ…………」

 

最後の言葉を聞く事なく、青年をバカにしていた武装隊の男は、青年に殴り飛ばされた。当たり前だが、側にいた男の仲間はすぐに青年を黙らせようと動くが、瞬間そこにいた4人全員の動きが止まった。

 

動かなかったのではない。動けなかった。悪寒、寒気、恐怖。表現は色々あるが、誰も青年に反撃をする気を起こしていない。むしろ状況は逆だった。

全くと言っていいほど想定外な青年の変貌。怒りと共に青年の力は覚醒する。黒く、優しい目をしていた右眼は、いつの間にか金色へと変色し、怪しい光を放ちながら目の前の4人の動きを止めた。

 

 

青年をバカにした4人は、誰一人として冷静さを保っていない。何故なら、役立たずと思っていた人間が信じられないほど殺気立ち、自分達を睨みつけているのだから。

 

「お、お前……なんだ……」

「く、くそ、ふざけんなよテメェ!? 魔法も使えない『髪も無い』、タダの役立たずのくせに!? 」

 

「あ゛? おいコラ……何が……ないって言ったこの野郎」

 

「は? い、いや、だから魔法が」

 

「魔法? ちげーよ、その後だ。髪がない? それが何だってんだ? ふざけてんのはお前らの方だろ? 髪がないといけないのか? 役立たずと髪がない事を何故セットにされなければならない? ……何故……」

 

 

 

髪がない。

 

 

それは青年にとって実は、魔法が使えない事よりもショックを受けていた事だった。確かに総合すれば魔法が使えない方が問題なのかもしれない。でもそれはあくまで外見では他人からは判断できないし、知らない人間はツッコミようもない。しかし髪がないのは違う。身体的に頭が美しいほどツルツルになっていれば気づかない者などまずいない。ましてや本人に言わないまでも、影ではその事についてつい話題に出してしまう。

それはまだ20歳そこそこの青年にはとても我慢のできることではなかった。

 

ブチギレ、この時青年は手が付けられないほど感情の高ぶりをみせる。まるでそれに合わせるかのように右眼の輝きを鋭くし、青年は……

 

 

 

 

吠えた。

 

 

 

「ない……髪がない……だと? 言ってみろ……もう一度言ってみろぉぉぉおおおおおおおおお!!! 」

 

「っ!? なっがっ!? 」

 

 

青年は今自分が何をしているのか全くと言っていいほど理解していなかった。ただただ、怒りにまかせて拳を握り、近くにいた人間から殴り飛ばしていく。

しかし仲間がやられ、次は自分だと感じた人間が、何の抵抗もなしにやられるわけもなかった。青年の拳に対し、魔法でシールドをはり、その拳を防御する。

 

 

「そ、そんな拳なんか魔法さえあれば……ハッ!? ……い、いや……なん……でばっ!? 」

「…………」

 

「ひっ!? ……ば、化け物!? 」

 

 

再度言っておく。この時、青年は自分が一体何を『しでかしたか』をまるで理解していなかった。

 

タダの物理攻撃。それも拳を使っただけの何の魔力補助も行なっていないその拳で、青年は武装隊として出ている局員のシールドをまるで紙のように破壊し、最初から何もなかったかのようにそのまま殴り飛ばすという魔法が基準の世界では常識的に考えられない事をやっていた。

 

普通の人間がどんなに力が強くても、前線に出ている魔導師の魔法によるシールドを壊す事など理論上不可能な事。

 

「なんなんだ!? 何だお前!? 」

 

「は……はは……なぁ〜? もう一度言ってみろって。ほら、ハゲって言ってみろよ」

「ま、待て!? 俺達はそこまで言ってな……っ!? ぁぁ……ゃめてくれ……ぇ………俺達が悪かった!? だから、な? な? ……ひっ!? 」

 

「言えって言ってんだ……てめぇ聞こえねぇーのか? 」

 

「た、助けてくれぇぇええええええええええええ!? 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日、4人の武装局員を病院送りにした青年は一時的に拘束され、簡易牢獄へと入れられた。

そしてこの噂はたちまち管理局中を信じられない速さで駆け巡り、彼を知る者。同じ部隊の仲間は耳を疑った。当然なのはもその1人。

 

こうして青年は知らないうちに居場所をなくしていった。けど問題を起こしたと言うのは大したことではない。むしろここで問題なのは魔法の使えない人間が4人の魔導師を倒してしまったと言う事実。

 

 

 

そう、青年はこの頃から大多数の仲間に危険視され、独りになり始めていた。

誰にも理解されず、よくない噂だけが大きく拡大していく。

 

 

「どうしてこんな事をしたんだ? 」

 

「…………」

 

「君の事は知ってるよ。何せ、僕の義理の妹がよく君の事を話していたからね。初めて弟子ができた……って。もうわかるだろ? フェイトだよ」

 

 

「……ハラオウン提督があいつの兄? はは、どうりで聞き覚えのある名前だと思った。有名なのはエースだって事実だけじゃないみたいだな」

 

 

「……仮にも僕は君の上官だ。その言葉遣いは褒められたものじゃない。それでも僕は気にしない方なんだが、全員にそれでは少し君が心配だ。と言うよりも……何かあったんじゃないのか? 言ったとおり、君の事はフェイトから聞いて知っている。でも今の君は彼女から聞いていた人間とはまるで違う。真逆といってもいい。僕でよければ相談に乗るし、できる事はしてあげるつもりだ」

 

 

青年が牢に入れられてすぐ、彼の元にひとりの人間が訪れた。それはクロノ・ハラオウン……フェイトの兄。義理だがそれでも妹思いの優しい人間だ。

彼は青年と話をする為にここへ来た。自分が聞いていた人間性と今目の前にいる青年の人格があまりにもかけ離れていた為だ。だが、クロノはここに来て一つわかった事がある。

人を見る目は確かにあるクロノは彼を見て、あることに気づいた。今見据えている彼の目が、完全に前を向いていないという事を。

 

 

クロノはこれまで沢山の人間と関わって来た。同じ組織の仲間や協力組織の仲間。そして民間人や犯罪者まで数え切れないほどの人間を見てきた。しかし青年はそのどの人間にも当てはまらない。

 

どんな人間でも心の根っこでは希望を求めている。隠しても隠し切れず、瞳の奥にはほんの少しでもチャンスがあればと一雫の希望を抱いているものだ。

だからたとえそれがどんなに小さかろうと、人は希望を持たずにはいられない生き物である。

 

だが……

 

 

 

青年にはそれがなかった。

 

 

「なら……俺に構うな。もういい」

 

「……悪いが、それは逆に断らせて貰う」

「あ? 」

 

「僕は、仲間1人蔑ろにする提督ではありたくない。君が妹の弟子であるなら尚更な」

 

「は、はは……妹がお人好しなら兄も兄か……余計なお世話だってんだ」

 

「フフ、悪いが僕は君にそんなお世話をしたくてたまらないんだ。ほっとけなくてね(今君を見離してしまったら……君は道を踏み外してしまう気がするんだ。それも、一番良くない形で)」

 

 

クロノはそれからというもの、よく青年の場所を訪れるようになった。それは青年が簡易牢獄から解放されても変わらない。ただただ、たわいもない話だけをし、はたから見ても世間話をしに来ているようにしか見えないこの状況は、そっけない態度をしていても、その時だけはなんとなく青年を暖かい気持ちにさせていた。

 

 

 

 

そうーー

 

 

この時だけ……

 

 

 

いっときのマヤカシ。

 

 

 

クロノは気づくべきだった。

 

 

もっと慎重になるべきだった。

 

 

何故ならこの時、青年とはまるで関係ないところで、噂という火種は確実に大きく、そして青年に牙をむこうとしていた。

青年に妹の弟子だからという理由だけでなく、1人の仲間として接し、良かれと思って心を開こうとしたクロノの行動は、その火種に油を注いでいた。

 

 

今まで、魔法が使えなくなったなどと、たったそれだけの理由でよくない噂が流れた所に、管理局の提督クラスの人間が青年に目をかけ始めた。そんな僻みにも似た噂が付け加えられる形で管理局では噂になっていた。

 

鋭く鋭く……その噂はまるで青年を殺す準備をするかのように、時間と共に鋭利になる。

 

なのは……フェイトがこの事に気付いた時には、もう遅かった。

 

 

何故ならその時にはすでに目の前で事が起こった後だったからだ。

 

 

だがそれを語るにはまず、彼女の存在が重要不可欠となる。

 

 

 

 

八神 ヴィータ。

 

 

八神という姓がついている理由は、なのは達の親友にして青年に広域魔法をぶつけてしまった八神はやての家族だからである。しかし彼女が青年と知り合いと言うのは家族や友人は全く知らない。彼女自身内緒にしていたわけでは無いが、青年と彼女は古い友人どころか親友であった。

 

昔まだ青年となのはが墜ちる前、青年が魔導師として現場にでいた頃に同じ任務で仲良くなった2人。

彼女と青年は互いに決して恋愛感情はなかった。ただ気軽に気の合う友人。背中を任せて安心できる戦友。2人はそんな間柄だった。

 

だが青年となのはが堕ちた日。

 

 

青年にとって人生の分岐点とも呼ばれるこの日。

 

 

 

全ての真実を彼女だけが知っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは残酷な雪の夜の話。

 

 

 

「んあ? なぁ〜? お前なんでさっきからなのはの方見てんだ? あ! ははぁ〜ん、さては惚れたのか? な〜な〜どうなんだよ。なのはの事どう思ってんだ? なぁ〜ってワン 」

 

「いや、違うって。ただ有名な子だからどんな子なのかと思っただけだよ」

 

「本当か〜? ま、あいつの本性はただの砲撃魔だからなっぶっ!? 」

「聞こえてるの! 」

 

任務の帰り、青年とヴィータはたわいもない会話をし、その内容を聞いていたなのはに横からスフィアを叩き込まれるという少しおちゃらけた、なんでもない日常だった。

 

ただ違っていたのは、なのはの体調がほんの少し悪かった。ただそれだけ。

 

帰り道、想定外の襲撃を受けたとはいえ、なのはは日頃の任務の疲れや昔の無茶が祟り、正体不明の敵の攻撃を避ける事ができず、あっさりと堕とされた。

しかしここで疑問に思う事があるだろう。何故青年も一緒に堕ちたかという事だ。

 

彼はなのはを庇った。けどそれならばなのはがここまで重症であるはずはない。実は彼はなのはが堕ちた要因とは全く別の攻撃を庇って堕ちていた。

 

その夜の出来事をヴィータは忘れない。

 

彼女は全てを見ていた。なのはが堕ちた瞬間、その背後から何かが彼女めがけて飛んできた瞬間を。

そしてその何かからなのはを庇って青年が代わりにそれを受けた所を。

 

 

厳密に言えばヴィータはその何かの正体を知っていた。古より、膨大な時間をプログラムという形で体現している彼女だから知っていた。

 

 

「なん……で……嘘だ……どうしてよりにもよって……」

 

 

それは……どんな物より残酷で危険なロストロギア。ある生物を模して造られた物だという事を。

 

 

「なのは!? しっかりしろなのは!? おい……ワン……起きろよぉ……なんでだよ……誰か……誰か助けてくれぇぇえええええええええええええ!? うわぁぁああああああああああああああああ!? 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真実はどこかでねじ曲がった。誰も真実を知らない。だからその事実をヴィータだけが知っている。

 

また彼女はその出来事以降……全く青年と関わらなくなった。厳密に言えば関わるわけにはいかなかった。何故なら彼女の存在は今の青年にとって一種の爆弾となりうるからだ。

というのも、青年はある物に寄生された状態だった。勿論普通の医療検査などでは出てはこない。青年はそれに取り憑かれた瞬間からすでに細胞レベルにまで侵食され、引き剥がすのはほぼ不可能だった。

 

ただ一つ。

 

青年が何事もなく人生を過ごす方法は夜天の主である八神はやてと関わりを持たない事。

 

 

そもそもこの寄生型ロストロギアはベルカのとある王が、大戦時にある生物を模して創り出した失敗作にも等しい代物であった。ただ寄生しただけでは何も起きず、何も気づく事はできない。しかしある条件下でのみ覚醒し、辺りを破壊して消滅するただの爆弾のような存在。

 

その条件は夜天の主の魔法による攻撃、又はその存在と同等の性質を持つものとの戦闘。

 

つまりこのロストロギアは、対夜天の書として作られたものだった。

 

だからヴィータは知っていた。それがどんなものでどんな存在かを。

 

彼女は古の戦いで今の青年と同じくらい親しい親友をそれで亡くしていた。故に彼女からすれば忘れることのできないトラウマであろう。だが宿命は彼女を逃しはしなかった。

結果的に青年は空港火災ではやてによる魔法をモロに受けてしまった。これは完全にトリガーとなっていた。

 

今まで眠っていた青年の中のものを覚醒させ、呼び起こしてしまったのだ。

 

 

「なんであいつなん……だよ゛……どうして……でも……やらなくちゃ。私が終わらせなくちゃ……ダメなんだ。私しか……私しか知らないから……あ……」

 

青年が目を覚ます前。はやての攻撃を受けたと聞いたヴィータは全てを終わらせるため。心を痛めながら、今にも泣きそうな顔で青年のいる病室へと赴いた。

 

やらなければいけない。でなければ誰かが死ぬ。

 

 

青年の手で死ぬ。

 

青年を人殺しにはしたくない。

 

 

ヴィータはそんなことを繰り返し考えながら病室のドアを少し開け、中を覗き込んだ。しかしその瞬間、どっとおさえきれない雫が彼女の目から流れ出た。久しぶりに見た青年の顔。さっきまで青年を殺すつもりで来ていた彼女は青年の横まで歩いていくとそのまま崩れた。

彼女がこんなにも泣きじゃくった所は今までないだろう。誰も見たことはないはずだ。

 

「でき……ねぇ……よ。もう……私は幸せなぬるま湯に使っちまって……あの時とは……違う……だから゛……できねぇよ゛……」

 

 

彼女はできなかった。昔、数えきれないくらい人を殺したことのある彼女だが、今の環境と優しい主人が彼女の心をなまくらにしていた。仲間を……ましてや親友をどんな理由があるにしろ殺すなんてできない。ヴィータはトボトボ青年に背を向ける。

 

「みんなに……助けて貰おう。そうすれば、いい方法が……」

 

ヴィータはそこまで口にしてそれ以上言葉に出すのをやめた。

 

ふと……彼女の脳裏をある可能性がよぎった。この事を誰かに相談する。その計り知れないリスクを。

 

青年がロストロギアに侵されているという事実は誰も知らない。でももしそれが管理局の上層部に漏れた場合、青年は間違いなく自由を奪われるだろう。何故なら青年が宿している物は一歩間違えば世界が滅びかねない代物であるからだ。

 

それ故、ヴィータは助けすら求める事が出来なくなった。一度考えてしまうともうその選択肢は選べなかった。

 

 

「ごめん……ごめんワン……私は……臆病者だ」

 

 

これは青年が完全に壊れるまでの二つの偶然の一つ。

 

 

ヴィータが青年を殺せなくなってしまった偶然。

 

 

もう一つは……青年が、全てを呪い、恨み。自分の存在意義を完全に見失ってしまった出来事。それと直結しているのがまさに二つ目の偶然。

 

 

誰もがこんなはずじゃなかった。だから抗いようもない。

 

それは、突然起きてしまったのだから。

 

 

よくない噂が管理局中を駆け抜けて1週間ほど。青年は周りから疎外感を感じながらも仕事は真面目にやっていた。ただ以前ほど仕事に対しての情熱はなく、よく浮かべていた笑みも今では暗く、無表情に等しかった。

そんな青年がその日、予定の変更をなのはに伝える為、訓練所へ赴いた時、それは起きた。

 

 

あくまでもそれは偶然。

 

 

青年がなのはに用があった事、そこにヴィータがいた事、たまたまフェイトが通りかかった事。

 

青年が病院送りにした武装隊4人が、リハビリを兼ねてその教導に参加していた事。

 

 

そして何より……現状で管理局最強と呼ばれる近接魔導師。ハイド・プライマーがその4人の隊長として同行していた事。これが一番よくない要因だった。

 

「あれ? ワンくん? どうしたの? 」

 

「っ!? ……ぁ、いや……」

 

なのはが歩いてくる青年に気づき、なのはの横にいたヴィータが気まずそうに戸惑う。彼女からしてみれば起きている青年と顔を合わせるのは数年ぶりであり、戸惑わないほうがおかしかった。

 

「本日の予定変更。教導予定の部隊からの通達だ。確認しといてくれ」

 

「え、あ、う、うん。ねぇワンくん? 」

 

「なんだ? 」

 

「私……ワンくんに嫌われてるわけじゃないん……だよね? 」

 

「何故そう思う? 俺はそんな事言った覚えないけどな? 」

 

「それはそうなんだけど……なんか……前より言葉が刺々しくて」

 

彼女は変わってしまった青年に、嫌われてるからそんな態度なんだと少なからず思わずにはいられなかった。まるで突き離されているかのような冷たい言動。以前感じた青年の優しさと呼ばれる部分は全くと言っていいほどない。

 

「おい! 」

 

「あ? 」

「久しぶりじゃねーかよ? 元気してたのか? へへ、この間はよくもやってくれたな? 」

 

「お前ら……誰だっけ? 」

 

「このっ!? なんだとコラぁ!? 」

「まぁ〜落ち着けアガタ。こいつがお前らの言ってたバケモンか? ただの事務員にしか見えないけどな? 」

 

「ハ、ハイドさん……でも、こいつは」

 

青年に病院送りにされた4人は青年を認識すると敵意むき出しで青年に突っかかった。しかしそれを隊長のハイドが止め、少し笑みを浮かべると青年に興味津々とばかりに青年の目の前までやってくる。

 

そして……

 

真横からいきなり真っ赤なデバイスを展開すると2メートル以上はあろう大剣型のデバイスを回すように振り抜き、青年の顔の真横で止めた。

 

当たり前だが、なのはは小さな悲鳴をあげ、ヴィータは唖然とその光景を見ている。さらにたまたま通りかかった数人の局員とフェイトが、何事なのかと青年達の周りへと集まり始めた。

 

「フ、今のは反応できなかったのか? それとも俺が止めるのをわかってたって事か? まぁ〜どっちでもいいが……お前、今から俺と戦え! 」

 

「…………」

 

「え、ちょっ、ちょっと待って!? 彼は事務員だし、そんな戦いこの場の責任者として認めません!? それにまだ教導だって終わってな」

「関係ないな! こいつが事務員だろうがなんだろうが、俺の仲間が全員こいつに負けた。って事は少なくても魔法の使えない人間じゃない。悪いが……こいつには仮があるんだ。仲間を傷つけた仮がな? だから邪魔をするな! 高町教導官! オラァ!! 」

 

「っ!? ……え、きゃっ!? 」

 

 

なのはが止める間もなく、あっという間にヒートアップしてしまった2人。ヴィータもまだ動揺が抜けず、動けずいた。ただそれでも止めない訳にもいかず、なのはは2人の間に割って入った。しかしそれでもハイドの方が止まらず、彼はなのはが無防備でいることにもお構いなく再び大剣を振りかぶる。すると、青年はなのはの肩を真横へ押し出すように突き飛ばし、その後ハイドの剣撃を何の抵抗もできずに受けた。

 

そもそも青年には戦う力などない。いや、正確には知らないだけだった。自分の今の可能性を。

 

 

「なのは大丈夫!? 」

 

「あ、フェイトちゃん……う、うん。でも止めなきゃ!? はやくワンくん助けないと!? 」

 

 

一方、突き飛ばされたなのはは力加減を理解していない青年に想像以上に突き飛ばされ、転びそうになったところをフェイトに受け止められた。ただ、フェイトがなのはを心配するもなのははそれどころではない。目の前の青年が心配で冷静でいられなかった。止めようにもハイドの攻撃は止むどころか激しくなり、青年はそれを受け続ける。まるで無抵抗の民間人をただ嬲るように、青年はハイドにボコボコにされていた。

そしてそれを見かねたフェイトがハイドを止めようと立ち上がった時、その訓練場をおかしな違和感が包み込む。

 

冷たく空気が重い。それでいて何かが心の底からふつふつと湧き上がる。それはここにいる人間すべてが感じている事だった。

 

「な、何? この感覚って……どこかで……」

 

フェイトはかつて感じたことがある感覚に動きを止めた。自分がどこかで絶対に感じた事のある感覚。彼女は数秒固まった末、すぐにそれを思い出した。

 

「殺気? ……誰の? い、いや……そんな事あるわけ……え? あれ、ヴィータ? 」

 

「や、やめ……そ、それ以上やったら……取り返しのつかない事に」

 

 

そう、フェイト達が感じたのは間違えなく殺気であった。しかもそれは動物や、次元世界の大型生物と戦っている時にしか感じたことのない野生の動物が放つような本能にも似た物。ましてやそれがボコボコにされている青年から発せられているとなれば、フェイトも信じられるわけがない。

 

またその殺気は大剣で殴られる度、斬りつけられる度にその殺気は濃く、鋭い物になっていった。

 

「ハンっ、その程度かよ! 反撃一つできねーか? クソ! とんだ買い被りだったみたいだな!! あ゛あ゛? こんな雑魚に俺の部下が負けたってか!!! ……ん? っ!? 」

 

「はぁ、はぁ、はぁ……るせぇ……」

 

 

ハイドはトドメと言わんばかりに大きく大剣を振りかぶるとそれを何の躊躇もなく青年に叩きつけた。しかしその瞬間、ハイドは驚くように固まる。砂埃が起き、何も見えなくなった中……それが晴れると、そこには右手で大剣を受け止めている青年がいた。

 

「は……はは、なんだよ。やりゃ〜できるじゃねぇか。そうだ。それでいい! 俺にお前の本気を」

「う、らぁ!!! 」

 

受け止められ、最初は驚いたハイドだったが、タダでは終わってくれない青年に内心喜びを隠せなかった。ハイドは単に仲間がやられたから報復をしているわけではない。実は彼は、自分の仲間を4人も倒せる程の男が本物なのかが知りたかっただけだった。

そしてもし本物なら自分の部隊へ引き抜こうとまで考え、挑発じみた事や強引に痛ぶる真似をしていた。全ては青年の力を引き出すために。

 

だが……次の瞬間、ハイドの余裕は粉々に吹き飛ぶ事になった。青年は受け止めていた大剣を左拳で叩き、デバイスをまるで木の棒のごとく叩き折ったのだ。当然だが、それで動揺しない人間などいない。

 

「なんっ……だと……ちっ! 」

 

2人の戦いを傍観していた数十人の局員は信じられないと言わんばかりにその戦いに魅せられていた。青年が魔法を使えない事を噂で知っている為に、何かの間違いではないかと誰もが目を疑っていた。何故ならハイドのデバイス、デュランダルはデバイス中最高度を誇る硬度を有しており、その硬さは5トンの衝撃にも耐えうる頑丈さを誇っている。その事実は管理局でも有名で、管理局最強とはそこからきているといっても過言ではない。

 

決して折れない大剣。無敗の大剣士。青年はその異名をハイドの自身の元であるデバイスごと粉砕してしまった。

 

 

「デュランダルが……折られた。は……はは。はっははは! いいぞ!ますます気に入った!! 」

《リカバリー》

 

「はぁはぁ……はぁ」

 

「お前、俺の部隊に来い! どんなネタかはわからんが最高だ。お前になら背中を預けても文句はない! 俺は探してたんだ、俺と同格になりうる男を! だから俺の……っ!? 」

「るせぇ……うるせぇぇえええええええええ!!! 」

 

ハイドと青年。後に望むと望まずに関わらず、管理局のツートップとして名を馳せる事になる2人だが、この時……2人の温度差はあまりにも激しかった。

 

かたや相棒を求め、かたや平凡な日常を求める。この2人はいつだって対極にいた。

 

「おいおい……少し悪ノリが過ぎたか? (あの右眼……何かおかしい。だんだん金色に変色してきているのか? 元が黒いだけに余計目立つぞ。だがまぁ……)面白すぎんだよお前!!! 」

 

 

青年自身は気づいていないが、青年の右眼は時間が経つにつれ黒から金色へと薄く薄く、徐々に濃く変色していた。勿論この変化はなのはやフェイト達も気づいており、何も手が出せないまま青年がおかしくなっていくのをただ見ているしかできなかった。しかし青年の右眼が金色に近づくにつれ、その身体能力は飛躍的に上昇していく。ただ怒りに我を忘れている青年は全くその事には気づいていない。

 

そして、青年は高められていく威力の拳を何の躊躇もなくハイドに叩き込んだ。だがその攻撃は幅広いデュランダルの刀身にとって受け止められ、拳を受けた部分は軽くひび割れる。

 

「このクソ野郎!!! 」

「うっ!? は、はは! いいね? 俺こんなに気持ちが燃えてるの久々だよ。だから、本気出してもいいよな? デュランダル! 」

 

《オーケイ! Second mode……mission START! 》

 

「はぁぁああああああああ、でりゃぁぁああああ!!! 」

「なっぐあっ!? 」

 

デュランダルの電子音が鳴り響いた直後、真っ赤なデュランダルの刀身は黒く染まり、ひび割れた部分を高速で修復し始めるとそこから膨大な魔力が溢れ出始め、その魔力圧のみで青年を吹き飛ばした。

青年は受け身をとったが、顔を上げてすぐその目の前にハイドの大剣が迫る。防御する暇もなく青年は下から振り上げられた大剣にぶっ叩かれ、身体を真上へとかち上げられると、そのままグルリと回転して再び構えたハイドに今度は上から下へはたき落とされ、地面へと強烈に叩きつけられた。

 

「これで終わりだぁぁぁああああああ!!! 」

「がかっ!? 」

 

静まり返る訓練場には思わず口元を両手で押さえてしまっているなのはが、目を逸らしてしまっているフェイトがそれぞれ複雑な思いで動けず固まっていた。

 

「ふー! 終わったろ」

《mission complete! count zero……mode reset》

 

プシューっと熱を帯び、熱くなった本体を冷却するようにデュランダルから蒸気が噴き出すとデュランダルは元の赤い刀身へと戻り、ハイドは青年が中心にいるであろうクレーターから背を向け歩き出した。

そしてそれと入れ替わりになるように、いつのまにか走り出していたなのはとすれ違う。その際、なのははハイドを憎むように睨みつけた。

 

「ワンくん!? ワ……はうっ!? え……な、何……今の」

「つっ!? ……おい……何の……冗談だ」

 

青年の元へ走っていたなのはは突然動きを止め、背を向けていたハイドも驚いて振り返る。悪寒……突如恐ろしいほど冷たい、背筋が凍りつくような感覚を近くにいた2人は感じた。

 

それは到底人が放っているなどと思えない。まるでそこに化け物でもいるように。濃密で冷たく。息をする事も忘れてしまうほどの殺気。

 

 

「ぐっ……クソ……たれ。……構うなよ……もう俺に構うんじゃねぇぇええええええええええええええっ、くそがぁぁぁぁぁあああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ!!! 」

 

「なん……っ!? かっ、はっ!? 」

《破損……機能……テイ……止》

 

 

この日……

 

 

 

この時……

 

 

 

この瞬間……

 

 

 

不完全だった青年の中の怪物は完全に目覚め始めた。それまで薄かった右眼の金色は色濃く完全な金色にか輝き始め、左の黒い瞳との色合いがあまりにも違うため、他人から見れば異様な姿と言わざるおえない。また、覚醒した青年は丁度1分前とは比べ物にならない程身体能力が向上し、それはもう生身の人間が到達できる領域を完全に超えてしまっていた。

 

ハイドが異変に気付いた時にはもう遅く、青年が目の前に移動してきた事すら目で捉える事も叶わない。とっさに青年の拳と自分との間にデュランダルを滑り込ませたハイドだがそれは何の妨げにもならず、デュランダルに拳が接触した瞬間に柔らかい飴細工を殴ったかのようにハイドの相棒を粉々に破壊する。

自分が一体何をされたのか、どこに攻撃されたのかをハイドは拳をお腹に撃ち込まれたにも関わらず認識できていなかった。

いや、それ以前にハイドの脳は青年の姿を目の前に見た瞬間、機能を停止していたというべきだろう。

 

 

戦略、戦術……似たような言葉の羅列をいくら駆使したところで、今の青年は止められない。

 

 

「おら゛! おら゛! おら゛おらオラオラオラ!!! 」

「うっ!? おぶっ!? がほっ!? 」

 

「やめろ!? ハイドさんが死んじまうぞ!? 」

 

 

何故なら倒れていようが死んでいようが、青年は止まる気すらない。正確にはこの時理性が働いていなかった。本能のみで暴れ、本能で敵を察し、相手がこの世から消えるまで拳を強打し続ける。まさにバーサーク状態だ。

 

「ちきしょ……くっ……う……う゛わ゛ぁぁああああああああああああああ!? ア゛イ゛ゼン゛!!! 」

「あぶっ!? 」

 

そんな青年の姿を見せられたヴィータは自分の相棒を展開すると衝動のままに青年の頭を思いっきり真横からぶっ叩いた。しかし彼女自身、青年を諦めきれていない為、どこかでその力は緩んでしまう。仮に彼女が正真正銘本気の一撃を放っていれば、ここで青年は殺せただろう。

 

「ヴィータちゃん何して!? 」

 

「うるせぇ!? 邪魔すんな!!! 」

 

止めるなのはをふり切り目から雫を流し、悲痛に顔を歪ませながらヴィータはアイゼンを構えた。今の一撃で数十メートルぶっ飛ばされたダメージの抜けない青年はフラフラと立ち上がるがその瞬間を彼女は逃さない。

 

そして……

 

 

 

ヴィータは今一度青年へと相棒を両手で殺すつもりで振り下ろした。

 

 

「ぅぃ……タ」

「っ!? ……うっ……うくっ……なんで……なんで呼ぶんだよ……名前なんか……呼ぶんじゃねーよ!? 正気に戻んなよ!? 」

 

「ヴィ……タ? なんでなんだ? お前今殺そうとした……だろ? ……何か知ってるのか? じゃなきゃ……お前がこんな事……そんな顔しない」

 

 

結果的な話をしてしまえば、ヴィータは青年の顔の前でアイゼンを止めた。怒りで暴走していた筈の青年に名前を呼ばれ、後一歩のところで彼女は躊躇を見せてしまったのだ。弱くなった心を彼女は憎み、感謝する。

 

「ごめん……ワン。私は……臆病だ。お゛ま゛え゛を……殺したく……ないんだ。それが間違ってることもわかってる。わかってるんだ。だって……だってお前は……お前はもう人じゃねぇんだ!? 人とは……もう呼べない身体になっちまってる。このままだと……お前の意思に反して人を殺す可能性がある。今のがいい例だ。だから……せめて私に手で……全部私の所為だから」

 

「人じゃ……ない? いや、身体はなんとも」

 

「その金色に変色した右眼……それはお前が人じゃなくなった証だ。イービル因子感染者の覚醒兆候……それが発現したからには……後戻りなんてできねぇんだよ!? ……だから、だから゛……ごめん。許してくれなくていい。一生怨んで祟っていいから……み、みんなの……みんなの゛だめ゛に゛死んでくれ゛!! ……う、う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!! 」

 

誰も……彼女を知る人間が聞いたことのない断末魔のような雄叫びはそれを聞く者の心を動かした。やらせてはいけない。仕方ないにしても彼女にそれをやらせてはいけない。

なのはやフェイトに関わらず、たまたまこの場にいた数十人の局員はその雄叫びを聞くとともに一斉に走り出す。ここには誰一人管理局員としての正義をはき違えてるものはいないのだ。

 

ただ……間に合うか間に合わないかと言われれば、間に合う筈もない。ヴィータが放つのは人を殺せるような一撃。だからそんな威力の一撃を誰かが止めることなどできるわけもなかった。

 

「ヴィータちゃんダメっ!? やめてぇぇえええええ!? 」

 

「ヴィータだめだ!? ……え……嘘……」

 

 

轟音の先に……青年は右手で軽々とアイゼンの一撃を受け止める。ヴィータの一撃は間違いなく人を殺せる必殺の一撃であった。それはこの場にいた誰もが感じていた事だろう。

 

「はぁ……はぁ……くっ……ワン……ワ゛ン゛。ごべん゛……ごめ゛ん゛……うっ、う゛わぁぁぁ…………」

「何を謝るんだ? もういい。ヴィータ? 俺が死ななきゃいけないにしても、お前が殺す必要はない。俺は……誰かの手を俺の血で染めるなんてごめんだ! だからもういい。自分の事は……自分で始末をつける。……ははは……お前はいつもそうだよな。1人で抱えて、自分の事じゃねーのによ。でも……サンキュ、ヴィータ。俺なんかの為にありがとう」

 

青年はその場に泣き崩れたヴィータを抱きしめ、ただお礼を言った。この言葉でヴィータがどんなに救われているか、青年は知らない。しかし青年はこの時、ヴィータの背負う覚悟を受け、自らも覚悟を決めた。

 

死ぬにしても生きるにしても……タダでは終わらせないと。

 

自分の中にある物が何かは青年は知らない。だが、向き合わずに自分を諦めるのは彼の魂が否定していた。決して諦めない。最後の最後までどこまでも食らい付いて生き残る。今の青年はその覚悟をした。

 

「ヴィータ。俺行くよ。お前に迷惑はもうかけない。お前が心配するような事にはさせないから」

 

「ぁ……まっ……て……ま…………」

「待ってワンくん!? 」

 

ヴィータに別れを言うように、青年は立ち上がる。でもヴィータは意識が保てないのかひたすら小言のように青年を呼び止めようとした。しかしやがて意識を失う。するとその時、黙っていたなのはがヴィータの代わりに青年を呼び止めた。

 

「これから……どうする気なの? 身体がおかしいなら……管理局の医療チームに診てもらおう? ヴィータちゃんの家族のシャマルさんだっているし、きっとなんとか! 」

 

「いい…」

 

「いいって……ダメだよワン!? 君の体はそんな事言ってるような状態じゃ!? それになのはの言う事はもっともだ! 大事になる前に、診てもらわないーー」

 

必死に呼び止めているフェイトの言葉はこの時途中で掻き消された。では一体何に掻き消されたのか。

 

それは大きく息を吸い込んだと同時に大声をあげた……

 

 

青年の声だった。

 

 

「うるせぇ! うるせぇんだよ!! どういつもこいつも……もう二度と俺に構うなぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!! 」

 

これ以上ない拒絶。フェイトもなのはも……そこにいる局員全員がその声に圧倒され、言葉をやめた。しかし青年のこの拒絶は投げやりではない。誰かを嫌ってでも、ましてや本当にうるさいなどと思っての事ではない。

 

青年はこの時本能で理解していた。自分に中には何かがいる。息を殺し、自分の気がつかない所で小さく……そしてだんだんと大きくなりつつある何かの存在を。

 

神か悪魔か……その明確な存在を青年は知らない。だがヴィータが誰にも相談せず、悩んだ末に自分自身の手で青年を殺そうとした事で、青年は自分の中の何かは恐ろしく危ない物だと察していた。この先同じ理由で彼女と同じ事は誰にもさせない。他の知らない誰の手であっても自分は殺させない。自分の命は自分でケリをつける。

 

この時の青年はそう並々ならぬ覚悟を決めていた。

 

しかし青年は気づいていない。

 

自分の決めた覚悟は、結果的にある一つの願い……その怪物の力を増大させるだけの原動力にしかなっていないという事実を。

 

 

「俺の中にいるものが何であれ……タダで死んでやるものか。俺は俺のやり方でこいつと決着をつける。そしてどうにもならない時は……俺と一緒に死ね……化け物。だからそれまで……俺は絶対に死んでやらねぇぞ。俺は……最後の最後まで『生きる』! 」

 

決意の言葉。もはや訓練所を出る瞬間に吐いた言葉を誰も聞くすべはない。青年にとって、青年の中にいる化け物にとって……最後に口にした言葉はこれ以上ないくらいの2人の始まりの言葉。

 

【もっと……うふふふふ……はぁ〜……美味しい】

 

 

胎動を続ける怪物は静かに……求める。自分の願い。怪物の行動理念と目的の為。また、青年が全てに絶望するまでの目的。誰もが普通にやっている生きるという、ただそれだけの青年にとっては重すぎる願い。

 

【もっと私に生を……ちょうだい? 】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何言っているのか分かってるのか? 」

 

「貴方は前に俺を助けてくれると言った。なら……それが救いになる。クロノ提督」

 

「ダメだ! 君はわかってるのか? 確かに僕は君の助けになりたいと言った。だが、こんな事が助けになるなど僕は到底思えない! 前線にすら出ていない君を、ましてや魔法も使えない人間を最も危険な任務を扱う場所へ送るなど……くっ……自殺願望があるとしか思えないだよ!! 何故だ!? 納得のいく理由を聞かせてくれ! 」

 

騒動から早3週間。青年はクロノのいる部屋へと訪れた。最初はやっと自分を頼って来てくれたと内心喜んだクロノだが、青年の言葉を聞くなり取り乱す事になる。机を強く叩き、真剣な顔で青年を睨みつけた。ただそうなるのは当たり前で、青年が願ったのは部隊の異動。それが普通の場所であったならクロノも喜んで受け入れただろうが、青年が希望しているのは管理局の最前線の中でも最も危険とされる部隊。大型の危険生物や大規模なテロリストを殲滅する為にあるいわば、死に一番近い場所。だからクロノは認める事が出来ないでいた。

 

「俺は俺を知らなければいけない。自分の為に……仲間の為に。理解してもらおうとは思わない。だから……貴方にお願いしに来た」

 

「何故僕なんだ? 確かにそこへ手っ取り早く異動できるとすれば僕を使うのが一番早い。でも腑に落ちない。君の目はこの間までの目じゃなくなってる。死んでいない。だから腑に落ちない! 何が君をそうさせる! なげやりじゃなくなったならどうして! 」

 

「……クロノ提督。不躾なお願いですが、貴方のはれる全力のシールドをはって頂きたい」

 

「どういう事だ? 一体それとなんの関係が……まぁいい。今は君に乗ろう」

 

「スゥ……」

 

青年の行動はクロノにはまるで理解できていない。しかしクロノは何より強い目を見せる青年を信じ、何も言わずにそに要求に答えた。自身が張れる最大の防御魔法……それをクロノは青年と自分に間に展開し、青年の方を真っ直ぐに見た。

 

「それで? 何をするつもりなんだ? 別に馬鹿にする気はないが、君に素手で壊される程、僕の腕は鈍ってはいない。ましてや君……っ!? (これは……な、なんだ……動けない……違う……なんだこの異様な感覚は)」

 

クロノは青年が拳を構えた瞬間、何をするのか8割型理解した。だが次の瞬間、クロノは異様な感覚に襲われ、動揺する。

 

「ウラァ!! 」

 

青年の拳が放たれたと認識したクロノはその瞬間全ての感覚が凍りついた。冷たく、どんなに力を入れようとその場から動けない。いや、指一本とて動かす事は叶わなかった。ゆっくり、ゆっくりと青年の拳が近づいているのにも関わらず、クロノはただ呆然とその拳がシールドに着弾するまで眺めているだけ。

そして気が付いた時にはシールドは粉々になり、自分の目の前にピタリと止まった拳が存在していた。

 

 

「…………」

 

「クロノ提督……俺はもう……人間じゃない。今ので……理解した筈だ……ただの人間にこんな事は出来ない。俺はいずれ……管理局でも危険人物となる」

 

「分かった……後の手回しは僕がやっておく」

 

「……ありがとう……ございます」

「ただし」

 

 

すんなりと要求を聞き入れたクロノに青年は素直に感謝を伝える。ただクロノ自身もここでただ言う事を聞くだけの人間ではない。青年の為に何ができるか。何をしてあげられるのか。その答えをすでに出していた。

 

青年の抱えるこの問題は単縦なものでなく、すぐ解決する問題ではない。ましてや今目の前で見た青年の力は放っておくには過ぎたもの。だからクロノは決心した。

 

 

どんな手を使ってでも彼を守ると。

 

しかしそれは外敵からという意味ではない。政治的……管理局という少なからず権力のある組織においての上層部の政治的武力にはさせないと言う意味でだった。

 

 

「君は今日より僕の直属の部下になってもらう。それが条件だ」

 

「……」

 

 

青年は無言ながらもこの条件に頷き、誰も知らない2人だけの契約が結ばれた。

ただ、クロノはこの時青年という人間を把握しきれていなかった。それが、人間でありながら、人間でない。青年という化け物を生み出してしまう要因になる。

 

 

普通の人間は自分の命というかけがえのないものが天秤にかけられた時、恐怖を感じる。

 

生にしがみつき、身の危険を感じればそれに対する防衛行動を取る。生物である以上はこれが本能。決して恐怖しない人間など存在しない。だが、青年は違った。彼は自分の中の何かが目覚めた事をキッカケに豊富な感情と本能レベルで起こるはずの危機感を失っていた。つまり青年は何を前にしても恐怖を感じない。

 

いや……正確には、何で恐怖を覚えなければならないのかがわからなくなってしまったのだ。

 

 

 

そして、この数年後……なのは達から離れ、表舞台から完全に姿を消した青年は再び彼女達の前へと姿を表す事になる。

 

 

 

 

 

 

管理局の怪物【悪魔の拳ーデビル・フィストー】……その拭えぬ二つ名と都市伝説と共に…………

 




次回もよろしくお願い致します!

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