ヴィヴィオはそれでもお兄さんが好き 作:ペンキ屋
遅れまして申し訳ない限りです。
かなり間があいてしまったので、お詫びに少し長くしておきましたよ〜
でもほんの少しですよ?
では、よろしくお願い致します!
「あれ? コロナ〜? リオは? 」
「え? リオならお兄さんの部屋に行ったよ? お兄さんともっと仲良くなりたいんだって〜」
「へぇ〜そうなんだ〜お兄さんともっと……なか……よく? …………ん? え、えっと……んんんっ!? 」
青年がコロナの名を叫ぶ少し前、ヴィヴィオはリオの姿がない事に気づき、それをコロナに尋ねた。しかし不意に放たれたコロナの言葉はヴィヴィオの思考に衝撃を与え、彼女は一瞬にしてパニックとなる。
だがそんなヴィヴィオにコロナは悪魔のような笑みを浮かべると、穏やかな口調で口を開く……
それはとても心の底では青年を慕ってるとは到底思えない悪魔のような言葉だ。
「ヴィヴィオ? お兄さんって誰が好きなのかな? 私絶対いると思うんだ。お兄さんが好きな人」
「そ、そそそそんな人いないよ!? お、お兄さん面倒くさがりだし!? それにそれにツンデレだし!? ぜんっぜん!! 素直じゃないもん!! だから」
「それってヴィヴィオがお兄さんの事好きだからそう思いたくないだけでしょ? 考えてみて? ヴィヴィオ? どうしてお兄さん……アインハルトさんを弟子にとったの? 面倒くさがりなんでしょ? 私もお兄さん面倒くさがりなのはよく知ってる。ならどうして? それに何だかんだ言ってお兄さんって私達には甘いし優しいと思わない? ヴィヴィオ? お兄さんって……私、ロリコンだと思うんだぁ〜」
「コ、コロナ何を……言っ」
「ふふ。はやく行かないと私リオにお兄さん取られちゃうと思うなぁ〜。だっってお兄さんロリコンだもん絶体〜。それにね、ヴィヴィオはもっと積極的に行かないと……無理矢理、強引に、傷つけて、刻みつけて……お兄さん自分の物にしないと……ライバル多いんだから……ね? ヴィ・ヴィ・オ」
コロナの言葉は決してヴィヴィオを傷つけない。彼女にしてもヴィヴィオには幸せになって貰いしたいし、その為なら全力で彼女を応援する事もいとわないだろう。だが、青年に対しては別だ。
コロナの理不尽な怒りの矛先は青年であってヴィヴィオではない。だからコロナはヴィヴィオの青年に対する想いを応援しつつ青年に罠を張る。青年にとっては苦悩で、ヴィヴィオにとっては幸福。
天使と悪魔。
コロナの中ではその二つが協力し合っていた。
「もっと……積極的に……や、やっぱりそうかな!? 私もっとグイグイお兄さんにアピールしてもいいのかな!?」
「うん! ヴィヴィオ可愛いから、ヴィヴィオが本気になったらお兄さんなんてイチコロだって」
「わ、わかった!私頑張ってみるよ!」
すっかりのせられたヴィヴィオは軽快に青年にいる部屋へと駆けていく。その部屋に残した彼女の満面と言うべき狂気の笑みを見ずに。
コロナは笑う。細く、限りなく細く悪魔のような薄ら笑い。
満面な笑みなのにもかかわらず、彼女の笑みは歪んでいた。しかし彼女も気づいていない。自分がやっている事が、単なる報復ではないと言うことを……
自分の趣味の世界を土足で踏み荒らされ、その原因である青年に殺意を覚える。確かに最初はこれで間違っていなかった。でもそれはコロナの歪みの原因ではない。コロナ本人が気づくレベルにこの感情があるはずもない。
誰かに対する愛情……それを完全に自覚するには彼女はあまりに幼く。ヴィヴィオのように純粋に想いがあれば、歪まずに自覚できた想い。しかもそれはコロナの趣味もこうじて完全に拗らせたが故の物。
「あはは……ヴィヴィオがお兄さんの事好きじゃなかったら……あの人の隣には……誰がいたんだろうなぁ…………」
ヴィヴィオがいなければコロナは青年と出会っていない。自分が知らない、切なく……ズキズキと痛む胸の痛みを彼女は感じていない。青年に対する怒りや嫉妬。彼に関わる全ての感情を彼女は抱いていない。
だからコロナは青年に純粋な、本当の意味での想いを誰かがいる前では表現できない。いや、する訳にはいかなかった。ヴィヴィオの涙を見たくないから。親友の悲しむ姿を見たくない。
自分の気持ちがどう転んだとしても泥沼でしかない自分の気持ち。
そんな行き場のない想いは彼女も気づかない、ほんのひと雫の涙と共に流れたのだった。
一方部屋を出ていったヴィヴィオは青年の部屋のドアを開け、カオスな現場に直面していた。どう言い表したらわからない。どう声をかけたらいいかわからない。
ヴィヴィオはその光景を見たまま、ア然と立ち尽くしていた。
「リオさん、これは弟子である私の責務です!? 」
「そんなのズルいよアインハルトさん!? 私もヴィヴィオのお兄さんと仲良くしたい! みんなだけズルい!! 」
「そんな事はありません!? 先生の身の回りのお世話は、おはようから、夜のその……お、おやすみに至るまで全て私の責務なんですからー!? 」
「お前らいい加減にしろ!? 腕と脚を引っ張るな!? 」
リオが青年に詰め寄っていた時、アインハルトが弟子として彼女なりのな義務を果たしに青年の部屋へ乱入。おかしな勘違いをしたアインハルトはリオに対抗心を燃やし、2人は青年を取り合うような形でリオが手をアインハルトが脚をそれぞれ引っ張り合いながら青年を取り合っていた。
そして……それを見ていたヴィヴィオ。そんな彼女の心に段々と小さく、本当に小さく……黒い何かが立ち登り始める。最初はまるで気にもしていなかった事だ。しかしコロナに青年が好きなのは自分だけじゃないと言われた事で、それはある感情として顕現する。
「えっと……クリス? ……セットアップ」
【!? ……】
完全に目の光を消し、隣について来ていたクリスにヴィヴィオはそう言った。しかしクリスは全身を使って喋れない代わりにそれを拒否する。必死に止めようと体を横にふるが、完全に嫉妬に覚醒し、降臨した白い悪魔の娘はそんな事では止まらなかった。
「協力してくれないなら……じゃ〜いいよクリス。……お兄さんのーー」
「イタタ!? マジいい加減、にっ!? え……ヴィ、ヴィヴィがぼっ!??? 」
「スケコマシ!!! 」
「「へ……」」
ヴィヴィオはこの時完全に無意識だった。彼女が今まで感じたことのない程の嫉妬という感情。相手が青年だからこそ抱く、誰にも絶対渡したくないが為に抱く大きな嫉妬はヴィヴィオの虹色の魔力光と共に彼女の右拳に宿り、青年の左頬を捉えた。
青年もまさかヴィヴィオがここまで過激な行動に出る事など察せるはずもなく、全くの無防備な状態で彼女の全力全開の右ストレートを受けてしまう。当たり前だが、子供とはいえ、鍛えている拳に大量の魔力が乗ればその威力がどうなるのかなど言うまでもない。
「ち、ちょっとヴィヴィオ!? 何してるの!? 」
「ヴィヴィオさんお、落ち着いてください!? それ以上は、いくらなんでもやり過ぎです!? 」
「え? ……あ…………」
我を忘れ、一度全てを嫉妬という感情に委ねてしまったヴィヴィオだが、リオとアインハルトに羽交い締めにされながら止められた事で正気を取り戻す。ただ、目の前の青年だった屍には声が聞こえるはずもなく、ヴィヴィオは涙目になって慌て始めた。
「あわわ!? ど、どうしよう!? ご、ごごごごめんなさいお兄さん!? えっと、えっと!? し、しっかり!? 目を開けてお兄さん!? 」
すっかり伸びて起きる気配のない青年。そしてそれを何度も揺する涙目のヴィヴィオ。
そんな2人の姿を見て、自分達の所為もあると自覚しながらリオとアインハルトは思う……
この2人はどこまでいってもお似合いなんだろうな……と。
「バカップルだ……」
「バカップルですね」
「お兄さぁぁあああああああん!? 」
昨夜の一波乱が明けて翌日。合宿最終日。
練習や模擬戦を一通り行い。誰もがやりきったと思った中……ただ1人、彼女だけは満足していなかった。
「やはり……我慢できません……」
「あれ?アインハルトさんどうしたんですか? もう模擬戦終わり……です……よ? ん? 」
そう、アインハルトである。彼女は相変わらず1人で特訓をやっていた青年の方をじっと見つめ、ヴィヴィオの言葉も聞こえていない。そして彼が特訓を終えたのを見計らいゆっくりと青年へと近づくと、気合の入った声量で青年へと頭を下げる。
「先生!! 」
「あ? な、なんだよ急に大きな声出して……」
「……最後に……最後に私と本気で戦っていただけないでしょうか!! 短いですが成果を……この合宿での成果を先生に見て貰いたいのです! (絶対領域……その世界を私も見てみたい。その領域へ行ってみたい。でもその為には先生の絶対領域に反応する必要がある。だから)」
「……ああ〜そういう眼は卑怯だわ……んー、でも本気か……本気……ね? 」
「お願い致します先生!ぜひ、ぜひ合宿最後のご指導を!? 」
彼女の熱心な言葉はこの場の人間の心を和ませた。青年に、教わる師に対してこれ以上ないほどの敬意。それを目の当たりにしてここにいるなのは達が暖かい目で見ないわけがない。特に青年を弟子にもったことのあるフェイトは口には出さないが内心とても嬉しい気持ちになっていた。
自分から弟子へ、その弟子からその教え子へ。
フェイトは青年が弟子をとって教えてる事が何より嬉しくてたまらない。青年の日常を暖めてくれる事すべてが、フェイトの今の願いだからだ。
すると青年はほっこりとして気の緩んでいたフェイトに大声で呼びかける。しかもわざと子弟を強調するような呼び方を使いフェイトを困惑させた。
「お〜い何口元緩ませてるんだフェイトー! というかちょっと手伝ってくれよ〜!可愛い弟子の頼みだ! 頼むわ大師匠〜」
「へ? うえ!? え、えっと……な、何? 」
だが次の瞬間、青年の言葉にフェイトはおろか、ヴィヴィオ達子供以外の全員が固まった。
「それで今からアインハルトと試合をしようと思うんだが」
「あ……先生ありがとうございます!! 」
「だから俺が拳を振ったら全力でコイツに防御魔法を展開してくれ」
「先生何を!? そんな気遣いは無用です!? どうか一対一で」
「まぁ〜そう言うなってアインハルト。別に俺はお前をナメてるわけじゃない。これからのお前に必要なんだ。だから今からお前に必要な経験をさせてやるよ。多分……一生経験できない事だ。お前が俺のいる世界を見たいなら尚更な? 」
青年はただ真っ直ぐ……アインハルトの目を見た。周りの驚きなど微塵も気にせず、ただただアインハルトの為だけに真剣な眼差しを向ける。最初こそ反発したアインハルトだが、青年のこの目を見てそれ以上は何も言わなかった。何をするつもりかは彼女もわからない。いや、それはなのは達も分かっていないだろう。
しかしそれは当然で、なのは達は青年がどの程度力を取り戻しているかを把握していない。しかもなのはに限っては青年が完全に力を失っていると思っている為にそれがわかるはずもない。
自分の中のイービルΩと対峙した夜。青年はまた一つ自分の真理という扉をこじ開けた。その力の根源である彼女と拳を交えた事で青年の身体は4年前の青年の状態へと近づきつつある。
かつて怪物と言っても間違いではない時の青年に
「では先生
よろしくお願い致します! 」
「なぁ〜アインハルト〜? 自惚れる訳じゃないけど……お前は俺に憧れてくれたんだろ? 」
「はい! 私は4年前の先生の戦いを見て……その時は誰だが分かっていませんでしたけど、私はずっと尊敬していました。 それに私だけではありません。ミッドチルダの子供達……ストライクアーツを頑張ってる子達はみんな先生を尊敬してると思います! 」
「それは大げさじゃないか? 俺はそんな凄い人間じゃない。ただがむしゃらにやらないと何も守れない……弱い男だ」
アインハルトは熱心に青年への尊敬を伝える。青年には到底理解できない事だが、実際ストライクアーツと呼ばれる格闘技の世界では4年前の青年を称賛、讃えない人間などいない。人を守る為に拳を振るい、敵を倒す為に拳を振るい、ミッドチルダの人間を救う為に利き腕を犠牲にしてその拳を終わらせた青年を……だがミッドチルダの誰もが青年の名を知らない。
だから世の中では名は残らず、その姿だけが残っている。
青年を象った銅像として。
「それは先生が……自覚してないからです。先生の拳に魅せられた人間が、どれだけいるか。私もその1人です! だから先生を先生と呼べる事を誇りに思っています! 」
「うっ……やめろ恥ずかしい。だがまぁ……それなら尚更……見せてやらないとな? 」
「? 」
「お前が尊敬した男の『本気』ってのをさ! だから一撃だ……お前にする攻撃は一撃。それまで俺は攻撃しない。でも勘違いするなよ? これは俺の本来の戦闘スタイルだ。別にお前をナメてるわけでも自分の力を過信してるわけでもない。それが……俺という男だ! 」
「ハッ……っ!!?!? 」
アインハルトは青年がそういった瞬間に言いようのない悪寒を感じ、思わずファイティングポーズを取った。
彼女は感じている。桁の違う青年のオーラと威圧感。それはまるで巨大な猛獣を相手にしているような野生にも似た動物が放つ気あたりのようなもの。
彼女は2回青年と戦い、それだけでも自分にはない何かを感じて彼の弟子となった。しかし今アインハルトが青年から感じているのはその時感覚とは全く別のものだった。強者から放たれる特有のオーラ……前の青年から感じていたのはそれだ。でも今はそんな生温いものではない。そもそもアインハルトからは今の青年が人に見えていない。人として見ることなど到底できなかった。
「こ、こんな感覚……今まで感じたこ、ここ事……(ダメ!? 呑まれたら!! )はぁ……はぁ……こ、怖い」
「敵を前にして迷うな!! 引いたら攻められるぞ、今のお前に前に出る以外の選択肢なんてないんだよ!!! 」
「っ!? ぐっ……う、うわぁああああああ!? 」
「フフ、それでいい」
恐怖で奥したアインハルトは青年のカツで拳を握りながら青年へと突っ込んだ。
相手に恐怖して前に出れないぐらいなら玉砕覚悟で一撃入れる。
それが青年の戦いでの美学だ。下がる事は時として死を意味する。それは極論であるが、ファイターとして一歩前進するには必要な事だった。青年は見抜いている。アインハルトには圧倒的に足りないものがある事を。
「はぁああっ!!! (どうしてこのタイミングで……)くっ、やぁぁああああああああああ!!! 」
「……」
(当たらない……タイミングは確実。当たらないわけはないはずなのに……それにこの手ごたえの違和感は……なんなのでしょうか……)
「やはりな。アインハルト、お前には足りない物がある」
「っ!? 」
アインハルトの拳を紙一重でかわす続ける中、青年は彼女の目から視線を外さずにそう言った。しかし彼女からしてみれば、尊敬する青年の言葉に驚きを隠せるわけもない。すぐに問いただし、その理由を尋ね続ける。
「先生、何が足りないと言うのですか!? 私に一体何が!? 」
だが、青年は素直にそれには答えない。まるでこれから分かると言わんばかりに、今まで一度も構えなかった拳を握りしめると、自分の顔の前へと左手をあげた。
「先生が構えた……ですが! 」
戦いの中で集中しているアインハルトはいつの間にか青年に対する恐怖を感じなくなっていた。それどころかどうやったら勝てるか。自分の限界は青年のどこまで通用するのか。ハンデを背負っているとはいえ、一度でも勝っている相手。だから勝てる。
無意識の油断……勝てる。それを信じて疑わない自分に対する絶対の自信。できると疑わない気持ち。確かにそれはなによりも大事なものの1つだろう。
しかしアインハルトに足りないものはまさにこの気持ちに関係するもの。
無謀と可能性は紙一重。
アインハルトは青年に対してその力の全てを把握し、測りきれていない。自分が相手にしている『今の青年』は先日まで自分が拳を交えた彼ではないという事を……
例えば、一体この次元世界のどこに武装無しの生身で高層ビル30階はあろう巨体の巨大生物と戦えるだろう。
一体誰が、武装無しの生身で戦車や装甲車に立ち向かえるだろう。
一体誰が、絶対的な防御力を誇る聖王化したヴィヴィオの聖王の鎧を拳だけで粉々に粉砕できるだろう。
一体誰が……
複数のアルカンシェルを拳による一撃のみで相殺できるであろうか。
今アインハルトが相手にしているのはまさにそんな相手。故に青年がアインハルトに経験させようとしているのは『絶対領域の外』。
人間がどんなに努力しようと超える事が許されない不可侵の領域。
「私は先生にこの拳を……届かせる!! 」
「スゥー……」
小さく息を呑んだ青年は拳を握りしめて自分に向かってくるアインハルトに合わせるように自分も前に出ると構えた拳を決して前には出さず、彼女の攻撃をかわし続ける。だが、彼女もその程度で手玉に取れる程弱い相手ではない。青年の動きを学習し、先読み。確実の当てる為に拳の軌道は段々と青年の体を掠めはじめる。
そして、その拳は青年が動く位置……アインハルトの先読みの軌道と完全に一致するとまるで吸い込まれるように青年のお腹を捉え、彼女はそのまま青年を真上へとアッパーをする要領で自身の全力の必殺技をゼロ距離で炸裂させた。
「うぐっ!? 」
「っ!? ……ぁ…すごい……見える……(これが……)覇王ーー」
(見えたか。そうだアインハルト……それが入り口だ)
「断・空・拳!!! (これが絶対領域の入り口……でもまだ……届かない)」
アインハルトが青年を拳で捉えた刹那、彼女は一瞬の世界をその目で体現した。
《スローリングディストーション》
体感時間で0.01秒の感覚。全ての動きをスローで捉えるいわば脳内リミッターの外れた状態。これこそが絶対領域の入り口であり、この状態を維持できなければ相手に錯覚を起こすことはできない。
青年が必要以上にアインハルトの拳をかわし続けたのは単に青年の戦い方だけが理由ではない。アインハルトがその領域を覗く手助けをする手伝う意味もあった。
青年が知る絶対領域の世界に至る為には相手の動きを捉え続ける必要があり、相手の脳内でその動きを先読みという形で完結させる必要がある。
自分の脳を常に回転させリミッターを外す事で活性化。
相手に間違った認識をさせる為に相手の行動予測を超える言わば思考カウンターの為の感覚。
「見えた……ハッ!? 先生は……え……っ!? 」
彼女は自分が今体現した感覚に浸るあまり、青年の事を一瞬忘れた。だが、それはどっちでも大して大きい問題ではないだろう。何故なら青年はアインハルトの一撃を受け、遥か上空へとかちあげられたのだから。
「せ、先生……な、なな何を……あぐっ!? うっ……くぅぐぅ!? (何……上から風……風圧? え?)」
しかし彼女にとって、これから驚くのは自分の今感じた感覚ではない。
また……アインハルトは戸惑い、今起きている事が現実のそれだとは決して思うことができないでいた。彼女は今、身動きが取れない。攻撃をして青年を突き飛ばしたのは自分であるのだが、その直後……彼女の周りは大きく沈む。まるで巨大な重力でも発生したかのように地面に上から押さえつけられ、もはや立っているのがやっとの状態だった。
するとその瞬間、フェイトは動揺しながらも大声で叫ぶ。誰を問わず、そこにいる全員に叫んだ。
「み、みんな防御魔法をかけるの手伝って!? あ、あれは、私一人じゃ防ぎきれない!? 」
「あ、あれって……嘘……まさか!? れ、レイジングハート、対衝撃吸収シールド!! 最大出力で!? 急いで!? 」
ギャラリーは慌てふためく中、青年はアインハルトの遥か上空で拳を構えていた。まるで落下するような体勢で、左拳を握りながら腕を後ろへ引くと独特の呼吸法で息を吸い込む。そして上から下へ、まるで大気を叩くかのように、青年はその拳を真下へ振り下ろす。
「コォォォォ、ダウン……」
それはさながら自然災害の如く。絶対領域の外というのはまさにここからきている。
魔法であれば防ぐ事は容易だ。どんなに威力が高かろうと防ぐ事は不可能ではない。
しかし自然災害は別だ。範囲を限定しない状態であれば、それを防ぐ事は出来ない。予測もできなければ威力も測る事は叶わず、なんの抵抗もできずに蹂躙される。
天候すら狂わせる青年の拳。
かつて、青年が怪物と言われるようになり。仲間にすら恐れられた代名詞とも言える技。
その内の一つの名を……
「うぐっ!? ぁ……ぐっ!? ……ふふ……凄い……やはり……凄いです!? これが……私が憧れた……先生の実力……んぐっなん……ですね! でしたら……私は……わた…しは!? 先せーー
【ダウンバースト】
次回もよろしくお願い致します!