Eカード12回戦、ついに最終ゲームが始まる。
たぶん、これが最後だろう。赤木さんと戦う前にできる最後の大勝負。勝てば神域、負けたら破滅。
正直体調は最悪だ。胸は痛いし頭もズキズキする。おまけに身体の中に針が食い込んでいていつ心臓を突き破るかわかったもんじゃない。真っ当な精神状態ではいられない。
しかも今から始まるのは9回連続会長の出す色の皇帝に同じ色の奴隷を当てる変則Eカード。確率なんかで計算なんかできない天文学的数字、奇跡でしか起こり得ないことだ。
だけども何故だろう。あんまり不安感はない。手元のカードだけが鮮明であとは朧になる。
今日私はあの日の後悔を取り戻しにきたのだ。
9色Eカードが始まる。1枚目は皇帝側の兵藤会長からだ。
「ふん、迷っても仕方あるまい。これじゃ」
兵藤会長がカードを出す。続けて私もカードを出す。オープン、紫の皇帝と紫の奴隷。紫の皇帝は殺した。
「大言を吐いただけはあるな。1枚目は同じか。次は貴様の番だ」
「そうですね」
手元から1枚選んでカードを出す。兵藤会長も少し間を置いてカードを出した。オープン、青の皇帝と青の奴隷。青の皇帝は殺した。
「2戦目も蓮の勝利ですね」
「ちっ、まだ7戦残っている。勝負はこれからじゃ」
兵藤会長が1枚カードを出す。続けて私もカードを出す。オープン、赤の皇帝と赤の奴隷。赤の皇帝は殺した。
ざわざわと周りが騒がしくなる。『3連続成功しましたよ!』『あり得ないだろ。9×8×7で、…504分の1の確率だぞ』と後ろで石田さんと佐原さんの話声が聞こえる。
「か、会長」
「五月蝿い…っ!まだ、6戦残っているじゃろっ!!1度でも外せばそれで勝ちなのだ…っ!!」
私の先出しだ。カードを1枚出す。すぐさま兵藤会長がカードを出す。オープン、橙の皇帝と橙の奴隷。橙の皇帝は殺した。
これで残りは5戦だ。
「すげえ、蓮がまた当てたぞ!」
「凄いですっ!蓮さんは凄いです!!」
「有り得えん!こんなことは有り得ないことじゃっ!!」
バンと両手を机について会長が立ち上がる。そして持っていた杖を振り翳し癇癪を起こす。
「何故4度も続けて当てることができる!イカサマか…っ!?」
「カードは其方で用意した物、そのようなことができないのは会長が1番ご存知のはずです」
「五月蝿いっ!このまま勝負を続けられるかっ…!譲歩じゃ、譲歩!少しくらいサービスしろ…っ!」
会長が喚き散らす。サービス?カードの色教えたら即死なんだが。
「譲歩とは?」
「カードにマーキングして当ててるのかもしれん。残りの勝負は全部蓮が先出しでやれ。それなら安心じゃ」
「会長、蓮は先攻でもカードを当ててます。カードに印をつけているなど有り得ない話です」
会長は私がカードを当てられるのをマーキングしたイカサマだと主張する。銀さんがイカサマをしていないというフォローをしてくれるが、そうだと思うのならそれは譲っても良い話だ。
「構わないですよ。では、残りの勝負は私の先攻で」
「蓮、こちらが譲歩する必要はないぞ」
「先攻後攻は要所となるところではないのでそれで納得されるならいいでしょう」
「ククク、流石は蓮。物分かりが良い。では勝負を再開しよう。そちらが先攻だ」
カードを1枚だす。会長はカードの上に手を翳しどれを選択しようかと迷っている。
「この5枚のカードのうち1枚じゃ。たった1枚だけ出してはいかんカードがある。それ以外はセーフ、全てセーフティなのじゃ」
やがて会長は1枚のカードを選択して場に出す。オープン、黄の皇帝と黄の奴隷。黄の皇帝は殺した。
「くっ、悪運が強い。くそっ、次だ次」
私の先出しだからカードを出す。会長もすぐ様出す。会長の目が閉じられているのが見えた。このカードは何の意思もなくランダムに出したのだろう。
オープン、緑の皇帝と緑の奴隷。緑の皇帝は殺した。
「馬鹿な…っ!!馬鹿な馬鹿なっ!!!こんなことが起こり得るはずがないっ!!」
叫ぶ会長を尻目にカードを出す。会長は悩んだ。5分時間いっぱい悩んで悩んで1枚のカードを出した。オープン、桃の皇帝と桃の奴隷。桃の皇帝は殺した。
これでカードはあと白と黒の奴隷のみ。
「凄え!凄えっすよ蓮!ここまで7連勝、こんなん神技っす!あとは2択なんでこの勝負もらったようなもんすよね」
「そうでもないよ」
喜びはしゃぐ佐原さんには悪いけど勝負は全然決まっていない。むしろここからが茨の道なのだ。
「いやいや、こんなんより難しい9択とか8択を当てたじゃないっすか。今更確率2分の1なんて楽勝でしょ」
「私はこの2択を外したことがある」
空気が凍る。全員がビシッと固まり声を発さなくなった。
「それをずっと後悔していた。最後の2択を外せばそれまでの途中経過など無意味だ。だから私は今日、この勝負をしに来たんだ。最後の2択を今度こそ当てるために」
この最終戦、初めて時間をかける。白と黒、兵藤会長の出すカードと同じ色のカードを出さなければならない。
赤木さんにはそれが出来た。なんてことなく本当に呼吸するのと同等レベルで自然に僧我さんの出す牌を当てることができた。
相手の出すカードがわかるくらいの感性がなければ赤木さんには勝てないのだ。
この8回戦が始まった時から出すカードは決めていた。だけれども手に取るだけでそのカードを出さないでいる。
たぶん、私は不安なのだ。もし違えばあの日の奇跡を私には再現できなかったことになる。赤木さんには永遠に敵わない。赤木さんをひとり高みに昇らせて死なせてしまうことになる。
それが堪らなく嫌なのだ。赤木さんを1人にさせない。私は家族なのだ。
その時ふと背中に温もりを感じる。振り返ると血だらけで顔色の悪いカイジさんが私の後ろに立っていた。
「カイジさん」
「蓮、大丈夫だ。俺がいる。お前を信じている。何があっても俺はお前の味方だからな」
そう言ってカイジさんは笑った。その言葉は私の選択にはなんの影響もしない物だった。カイジさんの言葉で白か黒かの判断ができるような物ではなかった。
だけれども心に火が灯った。勇気をもらった。私には何があっても味方だと言ってくれるカイジさんがいる。
1人でないことはこんなにも温かいのだ。
カードを提出する。続いて会長もカードを出す。オープン、黒の皇帝と黒の奴隷。黒の皇帝は殺した。
残る手札は互いに白のカードのみ、私の勝利だ。
喝采が上がった。フロアにいた債務者達が叫び、佐原さんが飛び跳ね、石田さんが涙し、カイジさんが吠えた。銀さんも薄く笑みを浮かべている。
『こんな…、こんなことが…』と小さく呟き会長が項垂れる。表情からは覇気が消え抜け殻のようになっていた。会長は力尽きた。きっと帝愛もこれで終わりだろう。
カイジの世界が終焉を迎えたのだ。
持っていた白の奴隷を机の上に置く。会長の手から滑り落ちたのか白の皇帝も机の上に置かれていた。
白の皇帝は殺した。次はきっと『白の神様』と戦うことになるのだろう。
私は赤木さんみたいに孤高の存在で頂点に至らなかった。カイジさんがいる。銀さんに助けられた。だけれどもそれで赤木さんに挑もうと思う。
1人きりではない、信じ合える人達と共に神様に挑戦するのだ。
Eカードは終わった。カイジさんと私は胸につけられていた装置を外されたが、穴を空けられていたわけだから胸から血が溢れ出す。これ、大丈夫?
「すぐに止血し蓮とカイジくんはすぐさま病院に連れて行くべきだな」
服の上からタオル押さえつけられ圧迫される。このまま病院に連れて行かれるようだ。
「俺は下のVIPの方々に改めて今回の勝負の立会人になってもらうよう言ってくる。後で病院に伺おう」
「銀さんお願いがある」
部屋から出て行こうとした銀さんを引き止める。後でまた会えるなら急ぐことでもなかったのかもしれないが一刻も早く言いたかった。
「なんだ、蓮。お前の頼みなら勿論引き受けるが」
「探して欲しい人がいる」
この人は銀さんにしかきっと見つけられない。
Eカードを終え私は成し遂げた。ナインでの雪辱を果たし帝愛を終わらせた。準備はできた。
さあ、『天』の幕を下ろそう。
次は天(通夜編)です。