気付いたら赤木しげるの娘だったんですが、   作:空兎81

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再戦

 

夢を見ていた。ずっと昔の夢だ。

 

まだ、暮らし始めて間もない頃、私の作ったオムライスを見て赤木さんが『なんでこのオムライスには絵が描いてあるんだ?』と首を傾げた。

 

つい癖でぐるぐるのお花なんか描いてしまったが、指摘されると急に恥ずかしくなる。

 

『いいよ。気にしないで。それは私が食べるから』と言ったのに赤木さんは『いや、俺はこれがいい』といって子どもっぽい花柄の描かれたオムライスを食べた。

 

『絵が描いてある方が美味いな』という赤木さんに『味は変わらないよ』と返す。

 

それでも赤木さんは『いや、これが美味いんだ』と答えた。今思い返せばこの日だったと思う。

 

この人を『赤木しげる』ではなく家族だと思ったのは。

 

 

痛みに目が覚める。胸を貫く激痛に思わず胸を押さえ歯を食いしばる。

 

いったたたぁっ!!!痛っぁぃ!!!いや、本当にマジで痛い。19年間怪我も病気も無縁の健康生活を送ってきたからこんな脳天を貫くような痛みは初めての経験だ。今までやばいものは賭けてきたけど失ったことはなかったもんな。気軽に心臓までの距離なんて賭けるもんじゃないよ。

 

えっと、確か今はEカードをしていて、カイジさんが奴隷の11戦目のはずなのだけど状況はどうなっているのだろう。

 

と思って、Eカードを行っているテーブルの方を見ればカイジさんが血溜まりの中椅子に座っていた。え゛、カイジさん生きてる?明らかに大丈夫じゃない状態になってるよ。

 

立ち上がりテーブルまで移動する。机の上には奴隷と皇帝のカードが置かれていた。

 

そっか。カイジさん勝ったんだ。利根川さんに身体情報が全て筒抜けという状況で策を講じカイジさんが勝ったのだ。

 

カイジさんが身じろぎをし焦点の定まらない目を向けてくる。ありがとう、本当にありがとう。

 

「あとは任せてよ、カイジさん」

 

その言葉にカイジさんは薄く笑うと倒れるように机に伏した。カイジさんは約束通り勝ってくれた。私を助けてくれた。

 

後は私の最終戦だ。

 

倒れたカイジさんは佐原さんと石田さんにお願いする。そして最後の相手に対峙する。

 

「このグズめっ!恥さらしめっ!わしに恥をかかせるだけかかせおって、この能無しめ…っ!」

 

会長が項垂れてる利根川さんを杖でぶつ。利根川さんはされるがままで頭の傷が開き出血していた。

 

「はっ、はっ、くそっ。こんなに役に立たん男だったとは。一体いくら損したと思って」

 

「なら最後の一戦を始めましょう。勝てば失った物が全て返ってくる。ここまでの敗北は全てなかったことになりますよ」

 

はぁはぁと息の荒い会長に誘いをかける。会長はチラリとこちらを見て、それから後ろにいた黒服に『映像を消せ』と指示を出す。

 

『はっ』と答えて黒服がリモコンを操作する。それと同時に奥から大量の黒服が中に入ってきた。ああ、この展開はよくないな。

 

「残念ながら12回戦は蓮が死んでしまっていた為できぬのじゃよ。やはり20ミリで針は心臓に到達してしまったようじゃな」

 

「なるほど。なかったことにするんですね」

 

「ククク、これが金があるということじゃ。何の後ろ盾も持たぬ物が権力者に刃向かった所で捻り潰されるだけなのだ。残念ながら12回戦はないのじゃよ」

 

会長がリモコンを手にとる。後ろから佐原と石田さんの『ひっ』という声が漏れた。この展開を思い描かなかったわけではなかった。

 

いざとなったら帝愛側が勝負を無かったことにするなど考えられることだった。こちらは何の後ろ盾もないちっぽけな存在、向こうが本気になれば消し去るなど容易いだろう。

 

だからこれも含めたギャンブルなのだ。赤木さんだってそうだった。その身ひとつで鉄火場に潜りヤクザに刃で切り裂かれ権力者に絡みつかれ、そうやって赤木さんだって生きてきたのだ。

 

だから最初からそうだった。会長と戦いたいと口にした瞬間からそれが成立するかも含めてギャンブルだったのだ。この12戦目は私にツキがあるかどうかで決まる。

 

「じゃが、今まで稼いだ金を諦め命乞いをするならば命だけなら助けてやらんでもない。わしも未来のある若者を殺すのは忍びないからのう」

 

会長が予想外のことを言い出した。金を諦め命乞いするなら助けてくれる?お金はいらないし命は大事だ。でもそれ以上に大切なものがあるからこの戦いにやってきた。だからこの11戦をはなから無にするようなことはしない。

 

それにそんなことをしても無意味だろう。

 

「いりませんよ。そんなの」

 

「ほほう。命は惜しくないというのか」

 

「それよりも大切な物があるので。それに、助けるつもりなんてありませんよね」

 

兵藤会長が、この他人が苦痛に塗れる姿を見ることを何よりの愉悦と感じている化け物が、今更見逃すなどあり得ないだろう。

 

「ちっ、蓮の無様な姿が見たかったが、まあいい。震えんでも喚き散らさんでもかまわん。ただ死ね」

 

会長がリモコンのスイッチに手をかける。どうやらもうこの状況はどうにもなりそうもない。私にはツキが無かったのだ。

 

ならばせめて自分の死からは目を逸らさない。結果はどうであろうとこれは私が選んだ道に他ならないのだ。誰に強制されるわけでもなく私自身が選んだのだ。例え戻れたとしてもこの道を選ぶ。赤木さんの生を探すのだ。

 

会長がボタンを押す、まさにその瞬間ドアが開いた。見知った人の姿に目を見開く。

 

「会長、そのボタンを押すのはお待ち下さい」

 

「誰だ貴様」

 

スーツ姿に銀色の髪、赤木さんに似ているようで似ていない人。銀と金において森田さんの憧れで相棒、平井銀二その人だった。

 

「本日、VIPルームにて一席頂戴しております、平井銀二と申す者です」

 

「ふん、その平井とかいう輩が一体何のようじゃ」

 

「単刀直入に言います。蓮を殺すと会長の信用が失墜する可能性があります」

 

銀二さんはカツカツ歩いてくると私の隣までくる。

 

「本日、会長はあの伝説の博徒、蓮を殺すと言ってこの場を設けて下さいました。それなのにカメラの映像を切られては皆様ご不満なご様子でしたよ」

 

「ああ、カメラが不調じゃったようだな。じゃが今日の催しはここまでだ。観覧席の方共々帰られるが良い」

 

「残念ながら会長。VIPルームの方々にこちらの様子はすべて筒抜けですよ」

 

そういって銀二さんはポケットから携帯電話を取り出す。その画面は通話中となっていた。

 

「皆様、とても楽しみにしておられるようでしたよ。若く才能のある賭徒が破滅するのか、それともまた新しい伝説が作られるのか」

 

「貴様、余計なことを……っ!」

 

会長がワナワナと震えている。話の流れ的にVIPルームで観戦していた銀さんが、権力によって揉み消されそうだったこの勝負を守りに来てくれたようだ。なんで銀さんがここにいるかはわからないけど勝負は継続されそうだ。

 

「どうも銀さん。助かりました」

 

「相変わらず無茶をしているようだな蓮。俺が来なかったらどうするつもりだったんだ」

 

「そうならただ死ぬだけです」

 

そこまで含めたギャンブルだったのだから負けたら死ぬのだろう。

 

「お前の才能はそんな軽く扱っていいもんじゃねえぞ。ちょっとしたツテで蓮が帝愛とギャンブルするって話を聞いて様子を見に来たんだが、まあ来て良かったな」

 

ふーと銀さんが息を吐く。うん、本当によかった。銀と金の主人公のひとり、『平井銀二』がこの世界にやって来てくれて本当によかった。

 

別にこうなることを予想できていたわけではない。誰か助けに来てくれるとも思ってなかったしまさかそれが銀さんになるとも思ってなかった。

 

だけれどもこうなるのであればそれは喜ばしいことだ。『カイジ』に『銀と金』が混じり合った。

 

世界は越えられることが証明されたのだ。

 

「会長、最後の勝負を始めましょう」

 

「……わしの金じゃ。貴様なんぞには1円たりともくれてやらんぞ」

 

ギリッと歯を食いしばりながら会長が鬼の形相でいう。ここまで私達が勝ったのは68億、会長が気にしているのは私に負けるとこの金を奪われるということだろう。

 

確かに68億は大金だ。生涯年収2億という現在で何人もの人生を変えうる大金だ。

 

それでも会長にとっては痛いだけで致命傷にならない金額。他にも預金はあるだろうし帝愛の母体自体はこの勝負で揺るがない。そんな物で済ますつもりはない。私が命を賭けるのだから会長には破滅を賭けてもらう。

 

『カイジ』の世界を終わらせるのだ。  

 

「最後の勝負はEカード本来のやり方でしましょう」

 

「あ?何のことだ」

 

「本来Eカードは互いに現金を賭けて闘うもの、それも、大金。負けが続くと息苦しくなり、やがて身も心も全て痺れてくるような、そんな魂の震えるような大金を賭けて行うゲームだと利根川さんが言っていましたよね。お互いの分を超えたそんな金を賭けた戦いをしましょう」

 

「馬鹿な…っ!どこにそんな金があるというんじゃ。言っとくがその68億はまだお前の物ではない。死ねば無効となるのだからこのEカード12戦全て勝ち切り初めてお前のものになるのだ。それを賭けるのは認めんっ!」

 

会長が唾を飛ばしながら机を叩く。まあ言っていることは間違ってない。この金はまだ私の物ではないといえる。

 

だから金の出所は別のところだ。

 

「銀さん」

 

「……本気なのか、蓮」

 

「うん。いくら出せる?」

 

銀さんがジッと見つめてくる。その黒い瞳を静かに見つめ返した。

 

この人しかいない。この国を買うといった人、いずれ世界の裏側の帝王となる人、帝愛グループを崩壊させるほどの金を出せるのは銀さんしかいないのだ。

 

それに『平井銀二』がこのゲームに参戦することに意味があるのだ。

 

最初は戦えればそれでよかった。兵藤会長を倒せればあの鷲巣さんを越えた場所にいけるんだと、赤木さんに追いつけるんだとそう思っていた。

 

だけど今はそれだけではない。もうこの世界を壊してしまおうとそう思っている。

 

『賭博破戒録』や『賭博堕天録』で常に敵役として出て来たカイジさんの宿敵、兵藤会長。この世界の頂点に君臨していた会長を倒せばこの世界は終わる。帝愛グループがなくなれば『カイジ』は崩壊する。

 

これは私ひとりではできないことだった。ゲームを成立させてたのも帝愛を吹っ飛ばすほどの劇薬を用意したのも全部銀さんだ。

 

『銀と金』の世界が『カイジ』の世界を終わらせる。もし、これができるならきっとうまくいくだろう。

 

『カイジ』の世界が『天』を終わらせるのだ。

 

「……3年前、俺は奇跡を目の当たりにした。俺は人の隙を見抜くのが得意だがそんな物は小手先の技でしかない。自分がただの小悪党で世の中には本物があると知ったよ」

 

銀さんは少し目を閉じた。そして、

 

「お前は本物だ。蓮、お前になら俺は全てを賭けられるさ」

 

少しだけ口元に笑みを浮かべた。

 

「そこにおられるのは頭取だな。俺の金を全てこの勝負に賭けてくれ」

 

「銀王の金と言いますと当銀行に預金している物で」

 

「裏も含めてだ」

 

「……それでしたら600億程になります」

 

凄い金額が出て来た。600億?いくら銀さんが裏世界のフィクサーだとしてもそんなお金を持っている物なのか。

 

あ、ひょっとして競馬勝負が終わっている?確か銀さんは森田さんと別れた後議員と300億を賭けた競馬勝負をしたはずだ。ひょっとしてそのお金だろうか。

 

「馬鹿なっ!600億賭けの勝負だと…っ!なら、負ければ」

 

「奴隷での勝利は5倍返し、3000億の支出になりますね」

 

帝愛グループの支払い能力がどれほどのものかは分からないけど屋台骨が折れるだけの損害にはきっとなるだろう。

 

「そんな物受けられるわけなかろう……っ!」

 

「これは会長が始められた勝負です。私と蓮の破滅を賭けた勝負、どうかお受け下さい」

 

銀さんがゆるりと頭を下げる。だが、会長は激昂する。

 

「ふざけるな……っ!!お前らとこのわしの破滅が対等なわけなかろう!このような条件で勝負などできん…っ!!」

 

「では、どのような条件ならば勝負をお受け頂けますか?」

 

銀さんの言葉に会長はピタリと黙り考え込む。観客席のVIP達も見ているのだ、流石にここまで話が大きくなれば会長自身も勝負自体は避けられないと思っているのだろう。

 

暫く考え込むと『おい、アレを持って来い』と黒服に指示を出す。黒服は『はっ』と答え、暫くするとトランプのようなカードの束を持って来た。

 

「わしはただの王などではない。王の中の王、利根川とは格が違うのだ。一度、ただ一度奴隷の奇襲を食らっただけで死ぬというのはおかしな話ではないか」

 

机の上に置かれたのはEカードだった。だけれども市民はない。全て皇帝と奴隷のカードで赤、青、黄……、という具合に色が塗られていた。

 

「好きな色を5枚選べ。それをもってゲームを始める。赤の皇帝は赤の奴隷でしか倒せず、青の皇帝は青の奴隷でしか倒せない。つまり同色の奴隷でしか皇帝を討つことができないというわけだ。わしが皇帝のカードを持ち蓮が奴隷のカードを持つ。全ての皇帝を倒すことができたら蓮の勝利としよう」

 

「つまり、この12回戦に限り5度すべて会長の出すカードを当てなければならないということですね」

 

「そういうことじゃな」

 

会長と銀さんがゲームの内容について確認し合う。目の前に置かれたカードの束を手に取った。背表紙は全て同じで目印はない。

 

皇帝、奴隷ともに色が塗られ赤、青、黄、緑、橙、紫、桃、白、黒と9色あった。……9色?

 

ドクドクと心臓の音が聞こえる。9色あるのは偶然だろうけど私には意味のある数字だ。

 

赤の皇帝に赤の奴隷を、青の皇帝に青の奴隷を合わせるだけのゲーム。色に優越はなく、数回の色合わせによって勝敗が決まる。

 

相手と同じ札を出し続ける、私はこのゲームを知っている。これは赤木さんのやり遂げたナインと同じルールだ。

 

「駆け引きでは勝てないから運で決する勝負に変えてきたな。5度とも当てるとなると1/120の確率、こちらが大分不利だ。どうする、蓮」

 

こっそりと銀さんが耳打ちしてくる。勝負方法はそれで構わないがひとつルールに問題がある。

 

「回数に問題がありますね」

 

「そうだな。何回ならいける?」

 

「9回ですね」

 

銀さんが固まる。銀さんはおそらく減らす方向に動こうとしたのだろうけど9でないと意味がないのだ。

 

ナインでないと赤木に追い付いたとは言えないのだ。

 

「ここにある9色の皇帝全てに同じ色の奴隷を合わせます。1度でも外せば私の敗北、それでいいですね」

 

「……どういうつもりだ。何故わざわざ自分から不利な条件をつけるのじゃ」

 

「必要なので。9度皇帝を討ち取られれば帝愛は終わりです。互いの破滅を賭けて戦いましょう」

 

あの時の後悔をずっと覚えていた。昔、赤木さんとナインをした時私は敗北した。7度は同じ数字を揃えたのというのに最後の最後に2択を外したのだ。

 

もしあれが赤木さんの命を賭けていた一戦だとしたら赤木さんは死んでいた。あの日に思い知ったのだ。私は赤木さんに追い付いていないんだと。

 

だから蔵前と戦った。カイジさんを倒そうとした。そして今帝愛を終わらせようとしている。

 

ここまで勝ち上がり巨万の富を築いた兵藤会長の運はけして細くはない。それはきっとあの赤木さんが敗れた鷲巣巌に匹敵するだろう。

 

9度皇帝を殺せば私は赤木さんに追い付いたと言えるのだ。

 

「この世のしきたりでは王は倒せない。人は眼の前のわずかな金のために、相当なことは耐えられ……、その特性を金持ちは利用し生涯かしづかれ安楽に暮らす。王の地位を揺るがせるものがあるとしたら、金の魔力さえ届かぬ自暴自棄……そんな輩の突発的暴力くらいのものだ。そんな物はこの世にないと思っていた。だが、蓮。お前がそうなのだな……っ!!!」

 

怒髪天をつく勢いで会長が怒鳴り声を浴びせる。目は血走っており全身から強烈な威圧感が出ていた。

 

「ここまでくればわしも後には引けん。この場を見ているVIP達は重要な顧客、その信用を失えば何れにせよ帝愛に待ち受けるは破滅だ。王を打倒しようとする化物め…っ!殺す…っ!お主は必ず殺す…っ!お前が怪物だとしても王国を築いたわしの豪運には敵うまい。9度、王を退けると言ったことを後悔させてやる……っ!!!」

 

「勝負です会長」

 

9枚の奴隷のカードを手に取る。さあ、世界を終わらせよう。

 





次で完結

『星天』もよろしくお願いします!

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