気付いたら赤木しげるの娘だったんですが、   作:空兎81

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利根川vsカイジ②

 

肉を切り裂く激痛が終わり息を吐く。俺は生きている。蓮は、蓮は…っ!

 

蹴り飛ばすように席を立ち蓮の元へ走る。蓮は頭を下げてだらりとした姿勢で椅子に座り込んでいた。意識はないようだ。

 

手を握る。冷たい。脈は、

 

手首に触れる。とくとくと僅かな鼓動がそこには確かにあった。よかった、蓮は生きている…っ!

 

「その顔を見るに蓮は生きていたようじゃのう」

 

会長はくつくつ笑う。

 

「だが、僅かな延命じゃ。どうせこの回でカイジくんが負ければ確実に命尽きるのじゃからな」

 

「その通りです、会長」

 

会長と利根川が余裕の笑みで話をする。くそっ、今は言い返せない。あいつらのいう通りこのまま戦っても勝てるとは思えない。

 

「カイジさん」

 

「カイジくん、」

 

「ちっ、小休止だ。顔を洗ってくる。蓮を頼む」

 

佐原と石田さんに蓮を任せてトイレに逃げ込む。くそっ、何で利根川は2枚目のあの場面で皇帝が出せるんだ。

 

本当に利根川は人の心が読めるのか。そうだとしたら打つ手はない。心が読めるとしたらこのEカード、俺に勝ち目はない。だけどそうではない。利根川は人の心が読める超能力者なのではない。

 

だってあいつ蓮に全敗だったじゃねえか。

 

俺が来た時には利根川はボロボロで戦意喪失といった具合だった。単に心を読める超能力者というのなら蓮にだって負けるはずがないのだ。だからそうではない。

 

なら、利根川が人の心を読む技術に長けていて蓮には通じなくて俺には通用するというのはどうだ?くそっ、割とこれはあり得そうなことだ。それなら俺がただの負け犬ということで活路はない。戻った所でただ死ぬだけだ。

 

だけど蓮は俺が気付くことを信じるといった。蓮がそういうってことはやはり何かあるに違いない。向こうには必勝の策が、何か。

 

そもそも利根川は本気で蓮に勝つつもりだったのか。限定ジャンケンで蓮が驚異の星12個を得たことは向こうも当然知っているはずだ。異次元の才能、蓮こそ超能力を持っているんじゃないかと疑う話だ。その蓮に利根川が真っ向から挑んで勝つつもりだったのか?そんなわけないだろう、絶対に何かある。

 

何かというのはつまり、イカサマだ。向こうはイカサマをしていてこちらの手の内がわかるということだ。

 

手段はなんだ。ガンか?目印をつけ、カードを見分けているのか?しかし、手札は皇帝側、奴隷側が終われば交換される。目印をつけるのは非常に危険だ。

 

ならば誰かが俺の手元を覗いている?いや、位置的に誰かが覗き見るのは無理だ。それならカメラか?だがそれらしきものも見当たらなかった。

 

俺の手札を見ている奴なんて誰もいない。じゃあ奴らはどうやって俺の手の中を見て……、いやまて。1人いる。俺の出すカードを知っている奴が1人いる。

 

それは俺だ。俺は出したカードが何か知っている。

 

ってことは、俺が何か出したカードの情報を向こうに送っているのか?それならば送信機があるはずだ。送信機……、ああっ!あ!これか!!!

 

この心臓に取り付けられた機械、これが送信機か!ここから体温、鼓動、血圧といった情報が送られているのか!

 

てことは当然受信機もあるはずだ。利根川の手元でそれらしき物……時計か?そういえば鉄骨を渡る前は確か逆。はめ方が逆だった。時計を変えたんだ。何の為か、このギャンブルに勝つために決まってる。

 

汚い、こちらは破滅を、命を賭けているというのにこのイカサマは酷いっ……!

 

どうすればいい。イカサマはわかった。だからといってどうすればいいんだ。利根川に時計を外せといっても口八丁で煙に巻かれる。だがこのままでは勝率0%の勝負に挑まなければならない。

 

蓮はどうやって利根川を欺いたのだろう。蓮にも同じように送信機がつけられて、身体情報を知られていたはずだ。でも蓮なら心拍数とかも何とかできそうだもんな。このプレッシャーの中、毎回30ミリ賭けて勝ち切る。あいつは凄いやつだ。

 

俺なんて出てこなかった方が良かったのかもしれない。勝敗のことだけ考えれば間違いなくそうだった。でもそうしなければ蓮はもう引き返せないところまで行っていただろう。それに蓮は俺に助けてと言ってくれた。蓮を助けられるのは俺だけなのだ。

 

俺は蓮みたいに体温や心拍数や血圧といった情報を隠せない。奴隷を出す時にはきっと身体に出てしまう。

 

だからこれしかない。俺が出来ることといえば身体を張ることだけだ。

 

覚悟がいる。これをやるには俺にも覚悟が必要だ。痛みを伴う。命の危険もある。

 

それでも俺は蓮を救いたいのだ。

 

振りかぶる。右手に力を込めて鏡を叩き割った。

 

 

 ̄ ̄ ̄

 

※利根川視点

 

なるほど、なるほど。ついに気づいたか。

 

手元の時計の数値が滅茶苦茶に暴れ回る。トイレで起こっているカイジの状況が手に取るようにわかった。

 

その通りだ。お前の胸につけた装置は単にお前の胸を貫くだけではなく脈拍、体温、血圧、発汗を感知、そしてそのデータをわしの時計に送る送信機なのだ。何故か蓮には通じなかったがカイジの様子ははっきりとわかった。

 

カイジ、お前の狙いはわかる。お前は暴れることでその仕掛けを無にしようとしているのだろう。もちろん、そんなことより一番いいのは胸の装置を外すことだが、それだけはできない仕様になっている。

 

つまり自分の身体を異常な状態にもっていきすべての数値を役立たず状態に持っていくのがお前の狙いだろう。しかし、結局はそれも浅知恵なのだ。

 

やがてカイジが手洗い場から出てきた。血みどろでふらふらとした足取りで席に着く。

 

鬼気迫る表情でカイジは両手を机についた。

 

「お前だけは倒す」

 

「カイジくんの準備もできたようだし、始めようか」

 

皇帝側のわしの出番からになる。だが、焦る必要はない。今、確かに計測器の値は滅茶苦茶だ。だが、脈も発汗も体温も乱れ続けることはできないのだ。だからわしは待てばいいのだ。お前の身体が収まるのをただ、ゆっくりと。

 

「どうしたっ!何をグズグズしている…っ!さっさと…、」

 

「ククク、何せこれでカイジくんと蓮さんの命が決まるという大勝負。慎重にもなるさ」

 

しっかり5分、時間を使い切ってカードを出す。ついで、カイジもカードを出す。オープン。市民と市民。まあ、当然だな。

 

次に2枚目、奴隷側のカイジの先出し。カイジは即座にカードを出す。当然のことだろう。カイジは今時間をかけたくないのだから即行く。

 

わしは再び長考。当然のことだ。ククク、下がっていく。はげつつある、偽りのメッキが剥がれ奴の怯え、生の声が出つつある。

 

わざとらしい演技を、あの押さえ気味の息切れも言うならば奴の手の込んだ芝居。脈拍、体温、血圧、発汗も低すぎる。もはや正常値を下回っているくらいだ。

 

奴隷を出しているならばこうはいかない。勝負カードを出しているならばもっと高い数値を出しているはずだ。

 

つまりあのカードは市民なのだ。

 

間違いないが、でかい勝負だ。念を押すか。

 

手元の市民をクルリとひっくり返しカイジに見せつける。

 

「次はこれにするか。無難になる」

 

「うっ、」

 

カイジは動揺したように俯くが数値に変化はない。なんならさらに下がったくらいだ。ククク、ということは今ちょっと困ったような演技を見せているがあれもブラフ。わしを欺く演技。数値に変化がないということはそういうことなのだ。

 

きまりだ。奴が出したカードは市民。それしかない。

 

ならば殺す。皇帝を出して終わりだ。

 

「カイジくん…、終わりだっ。今、君は死んだ…っ!」

 

出したカードを表にする。皇帝、カイジと蓮を殺す皇帝のカード。

 

「クゥ…、クゥ…、ククク、蓮に意識がないのが残念だのう。死ぬ最後の無様な顔を見たかったのだが、代わりにカイジくんの絶叫を期待しよう」

 

会長もご満悦で涎を垂らして膝を叩いておられる。これで蓮に負けた失態も幾分か取り戻すことができただろう。

 

「せめてもの慈悲だ。カードを開けた瞬間に殺してやる。せめて精神的には苦しまぬようにな」

 

カイジは動かない。まあ、流石に死ぬとわかっていてカードを表にはできないか。

 

開けてやろうと手を伸ばした瞬間、カイジの手が割り込む。カイジは目に涙を浮かべ睨みつけるようにこちらを見ていた。

 

そこで初めてカイジの顔面が蒼白なことに気づいた。

 

「これが、俺と蓮のギリギリ、最後の声。死の淵での最後の意地だ……っ!」

 

カードが表に向けられる。そこに描かれていたのは奴隷、王を討つ奴隷。

 

2枚目のカードは皇帝と奴隷。奴隷側の勝利だ。

 

グニャリと視界が歪む。何故、何故、奴隷のカードなんだっ!数値は正常値を下回っているくらい低かった。とても奴隷を出した時の数値ではなかった!

 

そこで時計を見て驚く。そこに示されていた数値は全て0に近い物だった。なんだこれは、まるで死人の数値ではないか。

 

そこでハッと立ち上がりカイジの方を見る。まさか、カイジ。お前…。

 

カイジの足元にはおびただしい量の出血が広がっていた。どう見ても致死量を超えている。そうか、カイジは自らを傷つけて血を失うことで半分死人となったのだ。体内の血が減り続ければ当然脈拍、体温、血圧なんてもんは下がっていき精神的な動揺で変化しにくくなる。

 

数値の異常さは気付いていた。正常値を下回っていると、だけれども気にしなかった。目が曇っていたのだ。驕っていたのだ。

 

蓮に引き続きこのクズにもわしは負けたのだ。

 

 

※カイジ視点

 

ついに、利根川を倒した。

 

俺は蓮みたいに自分の身体的動揺を抑えることはできない。奴隷を出す時になれば鼓動は速くなるだろうし血圧は上がる。そんなものは自分の意思でどうにかなるものでは無いのだ。

 

だからそれを物理的に止めることにした。つまり心臓の鼓動を止めることにした。

 

もちろん、心臓が止まれば俺は死ぬ。だから割れた鏡の破片を手に手首を切り裂いた。致死量に近い血が流れれば当然、心臓の鼓動は弱まるし血圧だって下がる。大量の血液が洗面台に流れていった。

 

頭がくらくらする。心臓に楔を打ち込まれた状態でのリストカット。本当に俺は死ぬかもしれない。だけど蓮は死なせない。

 

俺があの悪魔を倒すのだ。

 

なんとか利根川を騙す事ができたらしい。目の前に出させた皇帝のカードを見て息を吐く。

 

本当はもう一戦騙し切りたかったが、利根川に気づかれてしまった。それに俺の方も限界だった。

 

視界が霞んでいく。血を流しすぎたようだ。ちくしょう、あと一戦残っているというのに。ここで俺達は終わるのか。

 

霞んでいく意識の中声だけが届く。

 

『あとは任せてよ、カイジさん』

 

……ああ、俺もお前のことを信じてるぜ。

 

 





かっこいいカイジさんに夢見てます。

あと2話で完結。

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