カイジさんは私にとって兄のように思える存在だった。
初めに会った時はまあなんというかしょうもない人だと思った。ベンツにガリガリとイタズラしててやることがみみっちくて人として駄目だった。
だけどシュンと叱られた犬のように落ち込んで謝るもんだから憎めなくて、人に騙されて借金を負ったのにエスポワールではまた人を信じて星を2つも失ってる。お人好しのカイジさん。
だけど、ただ人の良い人というわけではなくて思考が深くて抜け目ない。カードの買い占めをしたり船井の策略に気づいたり気づきによりゲームを制してきた。勝つべくして勝てる人だった。
エスポワールの最終戦、私は勝った。カードの勝敗は勝った。でもカイジさんは負けようとした。自分の勝利よりも私の敗北を拒んだ。
ぼろぼろと泣きながらお前が落ちなくてよかったというカイジさん。私の生還の為に自らの身を犠牲にする。その立場にいたのが赤木さんなら絶対にこうはならない。限度いっぱい賭けてきて負けたら容赦なく全てを終わらせる。赤木さんは勝負の結果に誠実だ。
赤木さんとカイジさん、どちらもこの世界の主人公でそして血の繋がりのある家族だ。対極にあるような2人の存在を見て思う。
家族の存在ってどういうものだろう。
「何やってるんだよ蓮!」
ドアから入ってきたカイジさんがそう叫ぶ。他には一切目もくれずこちらに向かって直進だ。
「見ての通りだよカイジさん」
「ギャンブルをしているってことか」
「ひゃあっ!カイジさんやばいっす!このアタッシュケースの中身全部万札っす!すげぇ、金額だ!」
カイジさんの後ろから佐原さんと石田さんも入ってきた。佐原さんはそこら中に積み上げられていたアタッシュケースの中身を見たらしい。大声が辺りに響き渡る。
「ギャンブルで得た金か」
「そうだね」
「あそこにあるアタッシュケース、全部そうなのか」
「そうだね。ひとつ1億、全部で54億だよ」
ガッとカイジさんに両肩を掴まれる。真正面にカイジさんの顔がくる。明らかに怒っていた。
「こんな金額を得られるなんて普通のギャンブルじゃねえ。取り返しのつかない何かを賭けていないとこうはならない。何を賭けているんだ蓮」
「心臓までの距離だよ」
胸に取り付けられた機器をカイジさんに見せる。半球状の機器にはベルトが付いており×の形になるように私の身体に付けられている。密着しているそれは結構しっかりしていて取り外すことはできない。
「心臓までの3cmの値を賭けている。1mm1000万で勝てばその値の金額をもらえる。負ければ心臓が針に貫かれる。これはそういう勝負だよ」
「なんで、こんな…」
カイジさんは私の胸に付けられた機器に触れるとボロボロと涙を溢し始めた。それは私の膝にも落ちシミを作る。
「どうして、こんなことをするんだ…。なんで自分を大切にしないんだ。なんで自分の命をなんてことないように粗末に扱うんだよ」
カイジさんが泣いている。泣き続けている。涙は相変わらず私の膝を濡らし続けていて、どうしてか冷たいのに暖かい。
「必要なことだから」
「これが何に必要だって言うんだ」
「神様を捕まえるのに」
赤木さんをこの世界に繋ぎ止めるのに必要なのだ。
「馬鹿野郎!お前が命を賭けないと捕まえられない神様なんてくそったれだ」
「でもどうしても神様を繋ぎ止めたい。神様は私の全てなんだ」
「じゃあ俺が手伝ってやる!」
ダンと膝を叩いてカイジさんが顔を上げる。涙に濡れた瞳には意思が宿っていた。
「手伝う?」
「ああ、なんだってやってやる。だから自分の命を賭けるような危険なことをするんじゃねえ」
その言葉に衝撃を受ける。カイジさんが手伝ってくれる?カイジさんが、賭博黙示録の主人公である『カイジ』が、赤木さんの自殺を止めるのを手伝ってくれる?
たぶん、カイジさんは深い意味があって言ったわけじゃないのだろう。ただ無謀なことばかりする従兄妹を止めようと思っての言葉だったのだろう。
だけど私には大きな価値があった。
この福本作品の世界で『アカギ』に対抗できるのなんて『カイジ』しかない。そう思ったからこそカイジさんを倒したいと思った。カイジさんより強くなれば赤木さんの領域に踏み込めると思った。
だけどもそうじゃなくて、カイジさんが味方として赤木さんと戦ってくれるのなら、『天』の世界に『カイジ』が入り込むならその先の展開なんて想像もつかない。間違いなく原作なんてものはなくなる。
ドクンドクンと身体の奥から何かが湧き上がってくる。もし本当にカイジさんが赤木さんとの戦いを手伝ってくれるというならば。
それは希望だ。
手元のカードを伏せる。想いが奥底から漏れ出した。
「ギャンブルなんて興味ない。命懸けの勝負なんて別に好きでもなんでもないんだ」
「ああ」
「何の変哲もない平穏な日常でよかった。普通に生きていきたいんだ」
「ああ、知っている」
思い返せば他にはいなかった。赤木さんは共に堕ちていく人で森田さんは常に高みを目指す人。
平穏に生きたいという私の本当の願いに寄り添ってくれたのはカイジさんだけなのだ。
堕ちて行こうと思った。光も音も届かない深淵に、赤木さんのいる狂気の世界へこの身を沈めようとそう思っていた。
でもカイジさんは手を伸ばしてくれた。堕ちていく私の手を掴み陽の当たるところへ連れ出そうとする。
だから言える。ずっと本当は言いたかったこの言葉を口にする。
「助けて」
私を助けて、カイジさん。
「当たり前だ!」
くるりとカイジさんが振り返り兵藤会長と利根川さんに向き合う。ダンと机を叩き吠えるようにいう。
「利根川、ここからは俺が相手になる。蓮の胸についている装置を外して俺につけろ」
「カイジくんが相手になるだと?」
ゆっくりと顔を上げた利根川さんの目に光が戻る。選手交代は利根川さんにとっては朗報だったらしい。
「ああ、そうだ。だから蓮に付けられている装置を外せ」
「いかんな。今宵の主役は蓮の方だ。その蓮の装置を外すというのは有り得ん選択だ」
兵藤会長が髭をいじりながらニヤついた笑みを浮かべる。
「だが挑戦者を変えるというのは構わんぞ。蓮の装置はそのまま、カイジくんにも別の機器をつけ対戦を再開するというのは一向にかまわん」
「なっ、ふざけろっ!それじゃ意味ないだろ!俺が代わりになるから蓮は、」
「カイジさん、いいよ」
なおも食い下がるカイジさんを制止する。言っても無駄であろう。帝愛は今日私を殺しにきたのだから逃すようなことをするはずがないのだ。
それに私もこの装置を外したいと思っているわけではないのだ。
「だけど俺はお前を助けるって、」
「なら勝って」
戸惑うカイジさんに静かに言う。私はこの装置を外したくてカイジさんに助けを求めたわけではない。最後の時に隣で肩を並べて戦って欲しくて願っているのだ。
だからカイジさん、勝ってよ。命のかかった極限状態で勝ち切って。
この世界の主人公になって欲しい。
「私はカイジさんの勝利を信じている」
カイジさんはしばらくジッと見返してきたがやがて『わかった』といって席に着く。
「勝ってこの馬鹿げたゲームを終わらせてやる」
カイジさんの胸にも私と同じように装置がつけられた。
「くっくっ、カイジくんの家族愛にはいたく胸を打たれた。特別にカイジくんの針のレートも蓮さんと同じにしてやろう。1mm1000万、奴隷で勝てば5倍じゃ。最低の張りは10mmで、10mm賭けて勝てばそれぞれに1億ずつ支払おう。得られる賞金は2倍、これぞ慈愛の精神じゃ」
その代わり負ければ支払いも2倍。カイジさんが負ければ私とカイジさん両方の針が進む。致死圏内にいるのは相変わらずということだ。
ルールの説明が行われていよいよ利根川vsカイジが始まる。自分でギャンブルするのではない、カイジさんの選択がそのまま私の生死にも繋がる。だけれどもそれで構わない。カイジさんを信じると言った。
信じるとは自分の命を他人に委ねることだ。
主人公 : カイジ
ヒロイン : 蓮 ←重要