ホワイトボードが用意されてカードが渡される。そして利根川さんにさも今思い出したとばかりに腕時計を渡されたが、まあこれはいらないかな。腕時計に見せかけた受信機がバレないように渡されているだけだから使うことはないだろう。
そう、利根川さんは私の胸につけられた感知器から出たデータを受け取る為の受信機を腕に付けている。私の動揺、気の昂りを数値化されすべて利根川さんに知られているのだ。
カイジさんも原作ではこれに随分と追い詰められていた。鼓動を読まれ出すカードが全て裏目となる。決定的な敗北の前にカイジさんはそれに気づいて逆に利用し勝利を得た。私はカイジさんと違って最初から罠があることを知っているが極限状態で相手のイカサマに気付けたのは本当に凄いと思う。実際に装置を付けてみたけどこれが送信機なんて発想全然出てこないわ。
カイジさんは自分の耳を切り落とすことで物理的に装置を外し利根川さんをやり込めたが私はそうはいかない。私の感知器が付いている場所は胸なのだ。流石にこの場所にある装置を気付かれずに外すことはできない。
ではどうするか。このまま普通にゲームを進めれば私はあっさり敗北するだろう。だから私は利根川さんには言わずにこっそり自分の中にひとつのルールを設けた。
4枚の市民のカードは役割は同じだけど絵柄が全て違う。書かれている3人の顔がすべて左を向いている物、左を向いている人が、左、真ん中、右である物の4種類ある。
利根川さんは実際にカードを見ているわけではない、私の心の動きを見て判断するのだ。皇帝や奴隷を出す時と市民を出す時の数値の差を見て判断する。
ならばその差をなくしてしまえばいい。これは利根川さんには告げなかった私だけのルール。
市民の絵柄まで当てなければ私の敗北でいい。
利根川さんの出すカードと全く同じ絵柄を出す。1番左の人が横向いている絵柄を出してきたならそれを、髭の男性が横を向いているものを出してきたら私も同じ物を出す。
皇帝のカードには市民を出さなければ勝てないから全員が左を向いている絵柄を当てよう。利根川さんの奴隷には私の全員が左を向いている絵を合わせる。
浮き沈みがあるから利根川さんに見抜かれるのだ。全戦真剣勝負。赤木さんがナインで全ての絵柄を揃えたように私も全ての絵柄を合わせてみせる。
1戦目、張りを聞かれたから30ミリと答える。正直兵藤会長の破滅が何処かはわからないが取り敢えず金を積めなければ負けと考える。
原作で日本円の預金は100億だかなんだか言っていたような気がする。つまり兵藤会長が現金で用意できるのは100億までだ。取り敢えずここをひとつのラインに定める。
利根川さんとの勝負で100億勝つ。その先は兵藤会長と戦う時にきっとわかる。
私に先があるかどうかはツキがあるかで決まるだろう。
利根川さんと私、皇帝側が先出しというルールということで私の先出しだ。
じとりと緊張が身体を伝う。おそらく利根川さんの1枚目は市民だと思う。だけどもどの市民を出すかは利根川さんの指運だ。利根川さんにとって4枚の市民に区別なんかないから気まぐれで1枚目が選ばれる。
1の目以外が出たら死ぬというサイコロを振られるような物だ。市民だとわかっていても利根川さんのなんてことない1枚の選択で私は敗北する。
だけれどもギャンブルってそういう物だろう。不条理で不本意な物だ。それを赤木しげるという人間は愛した。だから私もそれに準じよう。
死ねばその無念を受け入れる。
カードを1枚選択する。オープン。私は皇帝。そして利根川さんのカードは全員左を向く市民だ。絵柄は揃った。
私の勝ちだ。
一回戦目はなんとか勝てた。だけど終わりではない。一度でも負ければ心臓を貫かれる命を賭けた勝負が続いているのだ。だから気を緩めていられない。
会長が今現金をこの場に運ばせてるから支払いができずに負けることはないという。それは有り難いね。
私もまだ赤木さんに至れてなどいないのだから、こんなところで終わるつもりはないのだ。
2戦目、皇帝。私の先出し。先出しだと相手のさり気ない気まぐれに左右されるから全くもって恐ろしい。
それでも利根川さんの出すカードは……これだと思う。
カードをセットする。じっくりと考えて利根川さんもカードを出した。オープン。全員左を向く絵柄と皇帝、絵柄を合わせることができた。
利根川さんがクククと笑う。『わしのような玄人に情報を明け渡してしまうとは、これでは次は勝ってしまうぞ』と利根川さんがいう。なるほど、次は向こうも本気だ。
この2回の戦いで私は2度とも皇帝を出している。皇帝を出す時の私の身体情報を得ることができたのだろう。全試合真剣勝負で命を賭けているつもりだが違いが出ているのなら私の敗北だ。この一戦で私は死ぬかもしれない。
カードの選択、利根川さんから先ほどまでよりずっと強い熱を感じる。これは1枚目から仕掛けてくるかもしれない。
たぶん、きっと、そうだろう。そういった曖昧な物に命を賭ける。ギャンブルする人なんて馬鹿ばっかりで、私も馬鹿だ。
でもこれが私のすべてなのだ。
全員左を向いているカードを出す。『残念だよ、蓮さん。わしに3度もその手が通じると思ったのか』と言って利根川さんがカードを出す。『蓮、貴様のカードは皇帝だろ?わしのカードは奴隷だ』という利根川さん。本気でそう思ったなら見誤っている。
私のカードは市民だ。
オープン。利根川さんのカードは奴隷だ。どうやら受信機に表示される数値は皇帝と市民で大差ないらしい。
利根川さんは動揺している。ここまでは狙い通り、後は全戦絵柄合わせを完遂できるかだ。
役割が交代する。私が奴隷で利根川さんが皇帝だ。4戦目、これが結構キツかった。
利根川さんは最後の最後まで皇帝を出さなかった。利根川さんは私の市民を出す時のデータを知りたいはずだから、皇帝を出すタイミングは読めていたが、それでも4枚の市民の絵柄まで合わせるのは緊張もするし神経も使う。
だけど赤木さんはこれを呼吸するのと同じくらい普通に自然にできる。考えるんじゃない、感じられるくらいにならなければ。カードが透けて見えるくらいの感覚がなければ赤木さんに至れない。
利根川さんはまた自信のある顔つきをする。おそらく私の市民を出す時の数値がわかったのだろう。ということは皇帝を出すタイミングは後出しの2枚目か4枚目、そこしかない。
1枚目、利根川さんがカードを出す。オープン。市民と市民。両方とも真ん中の人が隣を向いているカードだ。絵柄は揃っている。
そして2枚目、私の先出し。利根川さんはじれている。決着がつくと思った3戦目で皇帝を通されたことに焦りを感じているはずだ。だから2枚目だ。利根川さんは2枚目に皇帝を出してくる。
奴隷をセットする。利根川さんはしばらく手元の受信機を見ていたが顔を上げるとニヤリと笑いちらりと市民を見せてきた。
『次はこれでいくか。無難にな』と言いながら利根川さんは私の反応を見る。だけども市民も奴隷も等しく私を殺しうるカードなのだ。そこに価値の差はない。
返答せずにいるとどう解釈したのか利根川さんはパサリと1枚のカードを出してきた。
『蓮さん、終わりだっ…。今君は死んだっ…!』という言葉と共に利根川さんのカードが表になる。皇帝。予想通りの手だ。
カードを表にする。奴隷。王を討つ奴隷だ。
利根川さんの顔がぐにゃりと歪む。絶対的な勝利を確信していたのにそれを覆されたから動揺が隠しきれてない。
私と利根川さんにとっての勝利条件が違うこと、それが利根川さんの理外の結果を引き起こしている。
利根川さんは明らかに狼狽えている。命懸けの勝負をしているのだ、この隙を逃すほどお人好しにはなれないかな。
落ち着く間を与えず次の勝負を始める。皇帝、利根川さんの先出しだ。
さて、1枚目は、と思ったところでずっと利根川さんが手元の計測器を睨みながら汗をかいていることに気付いた。私に一瞥もない。
Eカードは心の対話、心理戦だと言っていたじゃないか。そんなところに私の心はない。
『見てたらわかるというのか』と利根川さんはいうが、わかるよ。わかってしまう。皇帝を出したことで心がいっぱいになっているから気付かないんだ。
周りのギャラリーだって絶対に気付いている。ああ、この人は勝負カードを出したんだって。
皇帝のカードを出したんだって。
奴隷のカードを出す。オープン。利根川さんは皇帝、私の勝ちだ。
利根川さんが『ぅ、っ』と声を出しその場に突っ伏す。折れた。利根川さんの心は今ポッキリ折れてしまった。隙があるならつけ込む、当然のこと、だって今しているのは真剣勝負なのだから。
「このクズが!愚か者がっ!」
突然会長が立ち上がり利根川さんを罵倒する。そのままツカツカと歩いてきて杖で利根川さんを殴り始めた。
「いくら負けたと思ってるっ…!54億だぞ!冗談では済まされないっ!ワシの金をよくも…!」
「申し訳ありません、会長。しかし」
「クズか…!お前は勝って当たり前だろ…っ!それを、こんな…!バカがっ!」
無防備な利根川さんの背中を会長は殴り続ける。ずれた軌道が頭にもあたり血が流れだした。
「一度、たった一度勝てば良かったものを…っ!もうよい、お前などに任せてはおけまい…!」
杖をつきはぁはぁと息を吐きながら兵藤会長がギロリとこちらを睨む。そうだね、会長。もう利根川さんでは勝てない。私を殺すには至らない。
私を殺すには貴方が出てくるしかない。
会長はやるつもりだ。自分が勝負するつもりだ。
引き摺り出せた。この世界の王である兵藤会長を勝負の場につかせることができた。
これで始められる。赤木さんに至る為の最後の勝負、神域への世界への片道切符。
始めればもうきっと戻ってこられない。勝っても負けても私は私でなくなるだろう。
そんな予感がある。神様に追いつくっていうことはそういうことだ。神様になる。人とは違う生き方になる。
落ちていく。暗く深く光すら届かない深淵に落ちて行く。
それでももう構わない。赤木さんがいればそれでいい。他には何もいらない。
これを狂気と呼ぶのかもしれない。だけどすべてを置いていくことになろうとも赤木さんが生きていてくれればそれでいい。
貴方だけが私の世界だ。
瞬間、ドアが勢いよく開く。
振り向くとそこには……カイジさんが立っていた。