気付いたら赤木しげるの娘だったんですが、   作:空兎81

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Eカード

 

空が近い。高層ビルの上だからか周りに何もない鉄骨の上だからか空がとても近く感じる。

 

手を伸ばせば星が掴めそうだ。だけどどんなに手を伸ばしてもこの手に星が収まることはない。

 

私にとって赤木さんはそんな存在だ。食べて寝て一緒に過ごして、隣にいるのにとても遠い。届きそうで届かない人。なんというか赤木さんの身体はここにあるけど魂は違う、別世界にあるみたいな感じだ。

 

そこに行く方法をずっと探していた。運命を変えて未来に賭けて人生を天秤に乗せる、これが合っていたのかは今からわかるだろう。私が赤木さんに追い付けたかどうかは兵藤会長との一戦でわかる。

 

 

佐原さんに背を向けガラスの道に飛び乗る。正直こんな透明で不安定そうな道に飛び乗るなんて不安で仕方なかったがこのまま進んで落ちるのもごめんだったので、気力を振り絞って飛んだ。両足がガラスの道の上に乗った時はちょっと涙が出たよ。実はこっちが罠でパリンって割れたら南無阿弥陀でお空のお星様コースだったからね。

 

ちらりと後ろを見るとカイジさん佐原さん石田さんが鉄骨に捕まりながらズリズリと少しずつ前に進んでいた。電流が切られることは知ってたから利根川さんの様子をうかがってたんだけど、石田さんが落ちる前に切れてよかったよ。石田さんいい人だから死んで欲しくなかったもんな。

 

カイジさん達の進みは緩やかでいつまでもこんな不安定なガラスの上に立っていたくないから先に行く。階段を登るとその先にあったガラスのドアがバンと開き中に入れるようになったからそのまま進む。

 

入った部屋は薄暗くて大人数に囲まれているような気配がした。伺うように辺りを見渡すとパチパチと拍手が響き渡り『Congratulations!』と口々にいう声が聞こえてきた。

 

「おめでとう…!」

 

「おめでとう…!完走おめでとう…!」

 

「見事、見事。実に見事な完走だ」

 

「利根川」

 

たくさんの黒服の中に利根川さんがいることに気付いた。利根川さんはクククと笑っている。

 

「流石は蓮だ。この鉄骨を渡り切るだけでなく電流が切られたことにもガラスの階段にも気付いた。あの極限状態でよくぞ冷静な判断が出来たものだ。驚嘆に値する」

 

「どうも」

 

「君は見事に渡り切った。そのことに賞賛と報酬を与えたいのだが、残念なことに報酬の方は渡すことができない。『報酬は要らぬから電源を切れ』とカイジくんは叫び、我々はそれに応じた。この状況では君が望んだ会長との勝負、それを叶えるのは難しいだろう」

 

利根川さんが淡々とそう述べる。原作でも渡り切ったカイジさんのチケットを交換しないという嫌がらせをしていたからそういう展開もあると思ってたけど、え、本当に何の報酬もなし?あんな死ぬような思いして頑張って渡ったのに?原作読んでた時も理不尽だなと思ってたけど実際に我が身に降りかかってくると納得なんてできるもんではない。ちょっと君達一度渡ってみなよ。マジで大変なんだぞ。

 

「その割にはすぐに電流が切れてませんでしたが?」

 

「そうじゃな。その点はこちらの落ち度といえよう」

 

暗闇の奥から声が聞こえた。目を凝らすと誰かが腰掛けている。その人はスーと立ち上がるとゆっくりとした足取りでこちらへ向かってきた。

 

初対面だけどひと目で誰だかわかった。ああ、この人がそうなのか。ここまで来るのは中々骨が折れたよ。

 

「若者には可能性があると言われているが最近の奴らはどいつもこいつも中身がない。空っぽだ。が、そんな中君は本物だ。選ばれし者だ。是非とも計りたい、お前の容量を」

 

白髪の老人で特徴的な鼻の形をした老人が黒服を引き連れて側までやってきた。悠然とした立ち振る舞いをするこの人が誰かだなんて聞くまでもない。

 

帝愛グループの総師、兵藤和尊だ。

 

「さて、わしがお前の望んだ対戦相手だ。あの鉄骨を渡り切った蓮さんの願い通り勝負をしてもいいが、ここまで来てただ暇つぶしの余興というのもいかん。子どものお遊びではないのだからただのゲームではない、やるからには血の湧き立つような身の凍えるようなそんな勝負がしたいものだ。違うか?」

 

「そうですね」

 

「ククク、そうじゃろう。そんな君の器を測れるようなゲームを用意した。ついてくるが良い」

 

歩き出した兵藤会長の後に続いていく。ドアを開けると暗闇が広がりその先から人の呻き声が聞こえてきた。

 

すぐに電気がつけられゼッケンをつけた大勢の人間が廊下に転がっているのが見える。この人達が誰かわかった。人間競馬で落ちて脱落した人達だ。

 

『わしは生涯人を助けぬと決めている』と言って転がっている人の折れた足を杖で叩く。痛めつけられた人は絶叫するが黒服が現金を渡すと文句ひとつ言わずに丸まって耐えた。

 

『折れた足をいじられると彼は痛いが…、わしは痛くない』と兵藤会長がいう。兵藤会長の言っていることは間違っていないが、その感性は突き抜けている。常人にはない感覚、王が王である方の在り方をただ言っている。怪物だ。

 

だからこそ倒しに来たんだけどね。

 

そのまま歩いていくと開けた場所に辿り着いた。『こっちだ』と利根川さんがいうので付いていき席につく。

 

このゲームの名前はEカード、10枚のカードを使って行うと利根川さんが言う。8枚の市民と1枚の王、そして1枚の奴隷。王は市民に勝ち市民は奴隷に勝つ。そして唯一、奴隷は王に勝つのだ。

 

全部で12回戦。王を3回、奴隷を3回と交互に役職を変えゲームを行う。ルールは至ってシンプルだった。原作通りのEカードの流れ、だけども問題はここからなのだ。

 

「さて、本来このEカードは互いに現金を賭けて闘うものだ。それも、大金…。負けが続くと息苦しくなり、やがて身も心も全て痺れてくるような、そんな魂の震えるような大金を賭けて行うゲーム。会長との勝負を望んでいるようだが金がなければそもそも勝負の場にも上がれない。なので、蓮さんには別の物を賭けてもらう」

 

ガシャンと机の上に半球の機器を置かれる。ベルトが付いていて、そして中心を貫通するように針が突き刺さっていた。

 

「目か、耳を賭けてもらう。この機器をつけて3cm針が伸びると目なら目を、耳なら鼓膜を破壊するように出来ている。蓮さんにはこの3cmを賭けてもらう」

 

利根川さんが手元のリモコンを操作するとウィーンという機械音と共に針が動き出す。私が賭けた長さの分だけ針が進むのだ。

 

「通常で言えば、たとえば君の従兄弟のカイジくんがもしこのゲームをするのならば1ミリあたり10万という値をつけている。1cmなら100万。だが君はあの誠京グループをギャンブルで潰した異才の博徒、蓮の参加で世界中のVIPもこの戦いに注目している。皆、君の勝負を見たくて堪らないのだよ。よって、我々は君に1ミリあたり100万の値をつけよう。通常の10倍だ」

 

さらに奴隷で勝てば5倍の金を支払うと利根川さんがいう。原作を知っていたから針の長さに金額をつけられることは知っていたが、1ミリあたり100万となるとは思っていなかった。随分と高く買われているらしい。

 

「その代わり縛りを設ける。最低ベットは5ミリからだ。つまり6回敗北すれば君は視力か聴力を失うということだ。まああの誠京グループを崩壊に追い込んだ蓮さんならこんな縛り、あってないようなものだろう。きっと大金を掴んで五体満足でこのビルから出られるさ」

 

どうやら上手い話ばかりでなかったらしい。最低ベットが5ミリということは6回負けたら欠損するということだ。この最低条件の付け方は私が敗北した時に確実に器官を損なわせようとするものだ。私が致命的な痛みを負うことを望んでいる。なんなん?VIPの奴らはそこまでして未成年の女の子の悲鳴を聞きたいの?性格悪すぎない?

 

「君は会長との対戦を望んでいるようだが電流を切った以上我々は君の要望を聞く必要性はない。しかし、会長の言うようにこちらにも落ち度はある。そこで12戦目、最後の戦いのみここまで頑張ってきた君に報いようと慈悲の心でひと勝負を受けてくださるそうだ。11戦目までに得た金を賭けて戦うといい」

 

兵藤会長との戦いはどうやら最後の一戦のみとなったらしい。だらだらと朧な戦いを何戦もしたいわけでもないし一戦あるなら充分だ。一撃で終わらせる。

 

「他の11戦の相手は?」

 

「私だ」

 

ですよね。知ってた。

 

「さて、ルール説明は以上だ。何か質問はあるかな?なければ目か耳を選ぶがいい」

 

「ルールには問題ない。だけど、ひとつだけ変更していただきたいことがある」

 

機器を差し出してくる利根川さんを制す。ここまでは想像の範疇、問題はこの先。

 

「なんだ?」

 

「あれでは足りない。あのレートではあなた方が破滅しない」

 

「なっ…」

 

「破滅させるにはケタを変えるしかない。つまりレートを10倍にしていただきたい」

 

「バカなっ…!1ミリあたり1000万も出せというのか!!」

 

利根川さんがバンと机を叩き立ち上がる。想定内。まあ耳の鼓膜破るのに億単位の金出せは怒るよね。

 

ここからの言葉を口に出すには私にも覚悟が必要だ。引き返せない、負ければ待っているのは紛うことなき破滅だ。

 

目を閉じる。瞼の裏に浮かぶのはいつだって赤木さんの顔だ。

 

この数ヶ月、カイジさんと暮らしながらも私は赤木さんを探し続けた。雀荘を巡ったりアングラなカジノに行ったり、全国にいる知り合いに連絡を取ったりそれでも赤木さんは見つからない。赤木さんはどこに行ってしまったのだろうか。もうあの夜が来るまで3年しかない。

 

正直、あの夜が来ることは止められないと思っている。赤木さんを見つけることができたって、赤木さんが死ぬことになるそもそもの原因は病だ。それを防ぐなんてことは人智の及ぶところではないのだ。赤木さんはきっと自殺しようとする。それが赤木しげるという人間の生き方なのだから。

 

止めるためには赤木さんの理を曲げる必要がある。東西戦のことを思い出す。5筒でなければ和了しないといった赤木さんの意思を確かに捻じ曲げることができた。原作を変えることができた。

 

赤木さんに生きていてもらう為にはやはりギャンブルで勝つしかない。神様となった赤木しげるに真っ向から勝負を挑み勝ち切るしかないのだ。

 

それがどれだけ難しいことか私は知っている。僧我さんと行ったナインで9つ牌全てを同じにした。並外れた才気ではない、あんなの奇跡だ。

 

それでも赤木さんの立つ場所に行かなければならない。何を賭しても追い付かなければならない。

 

普通の日常を送りたかった。学校に行って友達を作って進学して就職して疲れ果てながら通勤電車に揺られて。

 

家に帰ったら飯をたかってくるジジイがいて、作ったご飯に文句を言われながらそれでも美味いって完食してくれて、たまには食器洗わせてタバコの吸う本数減らせって文句言って、

 

そんな日常を送りたいんだ。私の日常には赤木さんが必要なのだ。赤木さんがいてくれなくてはダメなのだ。

 

その為なら全てを賭けていい。

 

「魂の震えるような勝負をしたいと言いましたね」

 

「だからと言って…!」

 

「心臓を賭けます」

 

荒ぶっていた利根川さんがピタリと止まる。意外なことを言われたというよりは何を言われたかわからないといった表情だ。

 

「どういうことだ…?」

 

「この機械、胸にもつけられますよね? 心臓までの距離、3cm。これを賭けます」

 

唖然とした顔で利根川さんがこちらを見る。思考が追いついていないのだろう。だけれども私の望みはシンプルなことだ。

 

「確かにその機械は胸にもつけられる。針が伸びれば心臓に到達するだろう。表皮から心臓までおよそ3cmと言われているがあくまで平均値の話だ。人によってはもっと手前に心臓があることもある。蓮さんは小柄だから2.5cm、いや2cmでも到達するかもしれない。本当にわかっているのか?」

 

「わかってますよ」

 

赤木さんが帝王、鷲巣巌に致死量の血液を賭けて挑んだように、

 

「命を賭けているんです」

 

心臓を賭けて勝負に臨むのだ。

 

「ククク、素晴らしい。本当に蓮さんは素晴らしい」

 

いまだ呆然とする利根川さんの後ろで兵藤会長が強烈な笑みを浮かべた。口元は裂けそうなほど吊り上がり涎を垂らしている。

 

「命は大切にし過ぎると澱み腐るのだ。親も、教師も、牧師も…TVの見識者…果てはミュージシャンまで、命を大切にしろというがそうではない。命は粗末にすべきなのだ。それを蓮さんはわかっておられる。実に素晴らしい」

 

クツクツと兵藤会長が笑う。こんなに喜ばしいことはないとばかりに狂喜的に笑う。

 

「だがいくら何でも1ミリ、1000万というのはいかん。数億、下手すれば数十億の支出になりかねん。だがわしは慈悲深い。蓮さんの勇敢な心意気に免じて2つばかり条件を呑んでもらえるなら受けてやってもいい」

 

ニィと笑って兵藤会長が指を2本立てる。

 

「ひとつ、最低の縛りを5ミリから10ミリにすること。金額を上げるならば代償だけでなくリスクも背負ってもらおう。ふたつ、蓮さんが死ねばそれまでいくら勝とうが支払いをしないということ。勝った相手がいないのに勝ち分を払う気はない。この2つを呑んでもらえるなら1ミリ1000万を受けてやってもよい」

 

兵藤会長から新しく条件をつけられた。死ねば勝ち分を払わないというのは別にどうでもいい。私が負けた後のことなんて気にする物ではない。それよりも問題は縛りを10ミリにするということ。私の心臓の位置によっては2回の負けで死ぬことになる。

 

…でもそれもまあ関係ない話か。限度いっぱい行くところまでいく。勝つ為にここに来た。自分の命の心配をしていては兵藤会長を追い詰めることはできない。

 

「それでいいですよ」

 

「ククク、利根川。必ず勝ちなさい。今日は蓮さんの絶命する顔を見てみたい」

 

「はっ…!ご安心を。必ず勝ちます」

 

利根川さんが険しい顔でこちらに向き直る。向こうも覚悟が決まったのだろう。

 

Eカードが始まる。おそらくこれが最後の勝負になる。赤木さんに至ったかどうかを知ることのできるラストチャンスだ。

 

勝つか負けるか生きるか死ぬか、すべてはこの10枚のカードで決まる。

 

他には何もいらない。赤木さんだけでいい。だから、

 

……おいていかないで。

 

あなたの隣が私の居場所なんだ。

 

 

 

 




【新Eカードのルール】
⭐︎皇帝で勝つと1ミリ1000万円
⭐︎奴隷で勝つと1ミリ5000万円
⭐︎賭ける物は心臓までの距離
⭐︎最低BETは10ミリ
⭐︎死ねばそれまでに得た金は全て没収
⭐︎12戦目(奴隷側)は会長と勝負

インフレEカード編、開幕っ…!


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