気付いたら赤木しげるの娘だったんですが、   作:空兎81

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摩天の地獄

 

※佐原視点

 

美人、すっげえ美人。だけどそんなことは些細なことに思えるほどの違和感。例えて言うならば抜き身の刃、あからさまに危険だとわかる存在。

 

それがサングラスかけて金髪のいかにもヤクザですよみたいなおっさんから感じられるなら何の不思議もなかったが、目の前にいるのは19歳の女の子。

 

伊藤 蓮、初めて会ったカイジさんの従姉妹だというその子は暗闇に浮かぶ三日月のような印象を受ける子だった。

 

 

同じバイト先の同僚のカイジさんは無口で愛想がなく、もうちょっと気が使えたら店長にあんなに嫌われることもないのだろうなと思う世渡り下手な人だった。

 

だけどカイジさんはどこか人と違う。ただ負け犬オーラが出てるだけの人って感じじゃなくて何処か金の匂いがする、非合法だけど勝てば大金を得られるみたいな話があるんじゃないかと思える人だった。

 

そんなアウトローさを感じさせるカイジさんが店長に従姉妹がバイトを探しているから雇って欲しいと直訴していた。店長は最初は渋っていたけど19歳の女の子って聞いた瞬間、人手不足だからっていってすぐに許可した。西尾にも甘いし女の子に弱いよな、あのすけべ親父。

 

だけどやってきた女の子にたぶん店長も後悔したことだろう。『…伊藤蓮です。どうも』と無表情でいう女の子に『あ、えっと、うん。よろしく』と言葉を濁しながら目を逸らしてた。本当は雇いたくなかったのだろう。

 

だけどダメだと言えなかった。普段偉ぶっているけどいざとなったらガツンと言えないタイプだもんな。校舎裏でタバコ吸っている不良見つけても注意できない教師と一緒だ。

 

おそろしく似合わないコンビニの制服を着て蓮はレジ打ちをする。正直客も敬遠してレジの売り上げが落ちてた気がするが気の弱い店長は蓮には何も言えない。代わりにカイジさんがいつも以上に難癖つけられて髪を引っ張られたりトイレやゴミまとめといった汚い仕事を押し付けられていた。カイジさん、かわいそう。

 

だけど俺もこんな店長の機嫌を取って小銭を稼ぐ日々には鬱屈としていた。店長の隠し金を見つけたのでカイジさんの鞄に隠す。カイジさん、店長に嫌われてるし金がなくて疑われるとしても俺じゃなくてカイジさんだろうなと思ってると『ギャンブルだ』とカイジさんがいきなり言い出した。カバンを探して10万があったら金を払うがなかったら逆に10万くれと。

 

やばっ、なんてこと言うんだよ。カイジさんのカバンには10万円が入っている。なんとかその場は宥めて誤魔化せたが、10万はカイジさんが持っていってしまった。

 

もうこのコンビニもいいかと思って店長に辞めるとひと言いいカイジさんを追いかけた。

 

結局10万を忍ばせたことはカイジさんにバレてしまって謝り倒して飯を奢ってなんとか赦しを請う。あるかもしれない大金の話を聞くまではカイジさんとは縁を繋いでおきたい。

 

それを確かめる為に黒スーツの男が携帯番号を置いていったと言ってカイジさんにイタズラをしかけたのだが、まあ普通に怒られた。カッカッしているカイジさんに謝りながらついていくとカイジさんの家で5台の黒いベンツで囲まれた。そして明らかにカタギではないオーラの男が薔薇の花束片手に話しかけてくる。

 

男の話はこうだ。リスクはあるが1千万、2千万を得られる話があるんだと。カイジさんは渋ったが俺は一も二もなく飛びついた。こういうのを待っていたんだ。俺みたいなプーが世間に風穴を空けるチャンス、人生を変えるチャンスを探していたのだ。

 

遠藤という男に招待状をもらいその場を去る。遠藤は蓮は強制だと言っていた。他の人間は参加、不参加は自由だが蓮だけには出てもらわなければダメだと。

 

やっぱり蓮は普通の人間じゃない。何をしでかしたら主催者側に目をつけられるようなことになるんだよ。こちら側ではない、どこか別の世界の住人。参加者同士の戦いになるとしても蓮とは闘いたくねえな。

 

だけど当日、カイジさんはいたけど蓮はいなかった。どこか別の場所に連れて行かれたらしい。

 

これはチャンスだ。蓮がいなければ勝てる可能性がグンと上がる。ここで勝ち切り大金を手に入れるのだ。

 

そうして始まった第一陣のゲーム、種目は人間競馬だった。

 

早々に覚悟を決め鉄骨に飛び乗る。押して押されてと地獄のような競技だったが、なんとか俺はトップになることができた。これで2千万、やった。やった。大金を、目も眩むような大金を俺は掴んだのだ。

 

だがもらったのは2千万と書かれた紙切れ。これを換金するにはビルとビルに通された鉄骨を渡り向こう側に行かなければならないと。

 

人間競馬で勝ってやっと、やっと2000万手に入れて人生を変えられると思ったのに。ふざけるな。さっきとは違う。落ちたら死ぬんだぞっ…!

 

だけどこの機会を逃せば2000万なんて金はもう…。くそっ、やるよ。やればいいんだろ!

 

黒服に渡る順番を決めろとマジックペンとレポート用紙をカイジさんが渡されると、蓮が『私の分は?』と声を上げた。

 

カイジさんの必死に引き留める声も虚しく蓮は利根川とひと言ふた言、言葉を交わすとなんの躊躇いもなく鉄骨に足を乗せた。

 

そのまま平然と鉄骨を渡って行く。嘘だろ、正気とは思えない。

 

足を滑らせば落ちて死ぬというのになんでそんな普通でいられるんだよ。なんの覚悟もなく自分を奮い立たせることもなく、そのままの状態でこの狂気に身を踊らせることができるんだよ。

 

イカれている。まともな神経ではない。この状況で平然としているなんてそっちの方が狂っている。

 

こんなの、こんなの常軌を逸してる。

 

そんな蓮の姿に感化されたのかカイジさんまで渡り始める。カイジさんの足取りは蓮みたいに平常ではない。摺り足でゆっくりと落ちないようにそれでも確実に前に進むやり方だ。

 

そうだよな、俺達の渡り方はそうだよな。無茶でも無謀でも俺は渡らなければならない。金がいる。人生を変える金が、それはこの機を逃せば二度と手に入らない気がする。

 

前を渡るカイジさんに続くように他の奴らも渡り始めた。渡れている奴がいるのだから自分にもできるのではないかと錯覚する。後に続くように俺も鉄骨に足を乗せる。

 

ブワッと全身に鳥肌が立つ。突然の浮遊感、今まで全身に感じていた安定感が失われて宙に投げ出されるようなそんな感覚。違う、全然違う。さっきの人間競馬とは全然違う。

 

恐ろしい。落ちれば絶対に助からないとはこれほどの恐怖なのか。

 

それでも足を一歩一歩進める。だけど渡れる。蓮はカイジさんは渡っている。あいつらと俺の何が違うんだよ。渡れる。俺にだってできる。

 

自分を奮い立てるように大声で叫んでいた周りも今は沈黙している。誰もが無言で鉄骨を渡る。歯を食いしばっていないと漏れてしまいそうなのだ。身体の奥底から心底恐ろしい何かが。

 

瞬間、誰かが『風がっ!風が吹いている!』と叫んだ。風っ!?こんな不安定な場所で風に煽られたらひとたまりも無いぞ…っ!

 

バッと自分の身体を抱えるように両腕を交差させる。来るだろう衝撃に備えて身を縮こませていたが何も感じない。疑問に思って顔を上げれば周りも同じような顔をしている。風なんて吹いてない。

 

風が吹いているなんてもんは太田の勘違いだった。だけど太田の震えは止まらない。身体を抱きしめてガタガタと身体を揺らしている。

 

そこからは地獄だった。正気に戻れず太田は電流の流れる鉄骨に触れその衝撃で落ちていった。金なんていらないから電流を切れ!とカイジさんが声を荒げるも主催者側は一切聞く姿勢を見せない。叫ぶ者進もうとする者戻る者、誰もが恐怖に駆られ落ちていった。

 

気付けば鉄骨の上には俺と蓮とカイジさんと石田の4人になっていた。こんな橋の上で支えあったりできない。人は人を救えないのだ。

 

ひとり、ひとりだ。自力で渡り切るしかないのだ。後ろでカイジさんと石田のおっさんのやり取りが聞こえるが振り返らない。余計なことは考えない。ただ、俺は渡るだけだ。

 

前へ、前へ一歩ずつ進む。その時ふと前方を行っていたはずの蓮がこちらへ振り返っていることに気付いた。なんだ?今さら後ろに何かあるというのか?

 

「カイジくんに託す。渡してやってくれないか、俺のつれあい、女房に…」

 

「知らねえよっ、そんなこと…!渡って自分で渡せ…!あんたがっ!あんたが…!」

 

「そうだね。覚悟を決めたところ申し訳ないがそれは自分でやってもらえますか、石田さん」

 

後ろの2人のやり取りに蓮が口を挟む。先行していた蓮は俺やカイジさんよりだいぶ先を行っていたがそれでも声ははっきり聞こえた。

 

「自分でって、私はもう…、」

 

「正確に言えば渡ったとしてももう何もないのだから貴方が奥様に渡せるものは言葉だけなんだけど」

 

そういって身を屈め鉄骨に触れようとする。な、馬鹿な。鉄骨には電流が流れてるんだぞ…!触れたら耐えられない。絶対に鉄骨から落ちてしまう。

 

「何やってるんだよ蓮…!やめろ、やめるんだ…!」

 

「カイジさん、ゲームはもう終わったんだ」

 

蓮の手が鉄骨に触れる。電流が、あの衝撃がくる。感電し蓮が真っ逆さまに落ちてしまう。

 

どっと焦燥感が身体中を駆け巡る。目の前で人が、蓮が死ぬ。落ちて死んでしまう。

 

だが手のひらが触れたというのに蓮は平然としている。感電した様子はなく平然とまた立ち上がった。

 

「なんで、電流が流れてるんじゃ…、」

 

「カイジさんが切れと言ったから切られたんだよ」

 

「な、…ふざけろっ!切れと言ったらすぐに切れよ!何人死んだと思っている…!ちくしょう!ちくしょう…!」

 

カイジさんの激昂が聞こえる。鉄骨渡りはもう終わったんだ。

 

そう理解した瞬間、反射的に手をつき鉄骨を跨ぐようにして座り込む。汗が噴き出す。身体が震えて息が漏れた。終わった、こんな狂気じみている競技は終わったのだ。

 

ちらりと後ろを見ればカイジさんも石田のおっさんも鉄骨にしがみついているのが見えた。命を危険に晒さずに済むというならその方がいい。

 

助かったことに安堵しふーと息を吐いた時、ふと蓮がまだ鉄骨の上に立っていることに気付いた。ここまで一度たりとも不安定な様は見られなかったが何か起こって足を滑らせれば待っているのは奈落。わざわざ薄氷の上に立っていることもないだろう。

 

「あんた、何してるんだ。早く鉄骨に掴まれよ」

 

「最初から私の戦いの場はここではないからね。この先にいる人に用があるからここに立っているんだよ」

 

蓮が俺に背を向ける。先に進むためにスターサイドホテルに行くためでも戻るためにカイジさんの方向を向くでもない。ビルの立ち並ぶ夜景のある方向に蓮は向き直った。

 

「先に行って待っている」

 

そういって蓮は飛んだ。虚空に向かって身を投げた。咄嗟に起こったことが理解できない。

 

カイジさんの絶叫が聞こえる。落ちた。蓮が、あの蓮が身を投げたのだ。なんで、なんで、なんで。なんで、飛び降りたんだ…!

 

だけどもその疑問はすぐに解消された。蓮は落ちなかった。二本足で空中に立ち、そのまま歩いていく。

 

よく目を凝らしてみればガラスの道があった。透明で意識して見なければ絶対見つからないようなわかりにくい道がそこにはあった。見れば俺の方にもガラスの道はある。なんだってこんなものがあるんだ。

 

その時ゾクリとしたものが背中をかけた。もしこのまま鉄骨を渡って向こう側に着けたとしてあの扉はあけることができたのだろうか。

 

進むだけで良かったはずの道の先に別の選択肢がある。だったらその選択肢は何のためにあったのか。もしかしてその道でなければならなかったのか。

 

だとしたら、俺達の先にあったのは地獄へと繋がるものだったのかもしれない。

 

何故こんなものに気付けるのだろうか。必死だったじゃないか。落ちないように足を進めるだけで精一杯だった。喉の奥底まで込み上げてきた恐怖心を飲み込むのに必死だった。

 

こんな悪魔じみた場で蓮は誰よりも冷静で狂っている。こんなのまともな方がまともじゃない。

 

蓮はガラスの階段を上がって消えていった。俺は鉄骨にしがみつきながらそれでも前に進む。

 

同じ次元の人間ではない。だから見てみたい。

 

蓮がこれから起こすだろう奇跡を見てみたかった。

 

 

 

 




次からEカード編

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