気付いたら赤木しげるの娘だったんですが、   作:空兎81

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追走

 

※カイジ視点

 

まともになる。今度こそまともになって蓮に普通の日常を送らせてやるのだ。

 

エスポワールを降りてから俺は真面目に働いた。昼はスーパー、夜はコンビニ、深夜は工事現場のバイトと精力的に働いた。

 

さもなくば蓮がまたあの狂った勝負に身を躍らせると予感があった。冗談じゃねえ。蓮はまだ19のただのガキだぞ。それをあんな負けたら破滅するギャンブルに突っ込ませるなんて正気の沙汰じゃねえ。

 

金がいる。俺と蓮合わせて1千万円の借金がある。金を返さなければ帝愛はまたあの狂ったギャンブルを強要するだろう。せめて蓮の分だけでも金を用意しなければ、と思ってると蓮も自分も働くと言ってきた。カイジさんだけを働かせるわけにはいかないと。

 

働く、蓮が働く。なんてまともなことだ。そうだよな、蓮。毎日ちゃんと仕事に行って金を稼いでそういうのがまともな人生だよな。やっとお前もわかってくれたんだよなぁ。

 

で、どこで働くんだ?え、適当に探す?でもお前未成年だよな?未成年でも稼げるところって、うわー!まてまて蓮!俺が探すから腕一本賭けるようなギャンブルはしないでくれ!

 

なんとか蓮を説得して俺と同じコンビニで働くことになる。正直このコンビニの店長は嫌なやつだけど贅沢は言ってらんねえ。

 

10万取ったと難癖つけられるし佐原に運び屋させられるし最悪だった。詫びに佐原に奢ってもらってほろ酔い気分で家に帰ればそこには死神がいた。

 

酔いが一気に醒める。俺をあの狂気の船、エスポワールに引き摺り込んだ張本人、悪徳金融の遠藤がそこにいた。

 

遠藤は一攫千金のギャンブルがあると言ってきた。それに参加すれば俺も蓮も借金がチャラになるという。

 

佐原は参加したいというが俺はごめんだ。俺ひとりならば参加したかもしれない。16年、借金を返すにはそれだけの歳月がいるという遠藤の言葉に心が揺れたのは事実だ。

 

だが俺には蓮がいる。放っておくと危うい従姉妹の蓮が俺にはいるのだ。俺がしっかりしないと蓮を鉄火場に巻き込んでしまう。だから怪しい匂いのする賭博など参加するつもりはない。

 

だが遠藤は蓮は強制だという。断ろうにも家の周りは帝愛の車で囲まれていて逆らえばこの場で身柄を攫われるだけだ。

 

言葉に詰まりグッと歯を食いしばっていると蓮が遠藤のいうギャンブルに参加するという。王を冠する化物を倒したいから誘いに乗るんだと。

 

まただ。また蓮は狂ったギャンブルに足を踏み入れ戦いに赴こうとする。何でだよ、何でそんな危険なことをするんだ。

 

穏やかな日々が好きだと言ったじゃないか。俺が働いてきて飯作って待っている日常が落ち着くと言ったじゃないか。たまに贅沢でコンビニのプリンを買ってくると嬉しそうに笑うじゃないか。

 

蓮は普通の人間だ。ギャンブルなんかとは無縁な変わり映えのしない日常に幸せを感じる普通の女の子なのだ。そんな蓮を怪しげなギャンブルにひとりで行かせたりしねえ!

 

遠藤に俺も行くと告げると開催日時の書いたチケットを渡し奴は去っていった。チケットを握りしめながら今度こそ誓う。

 

これで終わりにするんだ。俺と蓮の借金を返し切って今度こそギャンブルと無縁の人生を送る。まともな人生とやらを送るのだ。

 

7月13日金曜日、夜通しギャンブルをするかもしれないから体調は整えておこうという蓮と共に昼寝して蓮に作ってもらった星が描いてあるオムライス食って万全の状態でギャンブルに臨む。午後7時を少し回ったくらいの時間に黒いベンツが家の前に止まった。どうやら迎えが来たようだ。

 

だが、会場のスターサイドホテルに到着するとそこで蓮と引き裂かれる。俺は地下に蓮は建物に直接入っていった。

 

前々から思っていたが帝愛の蓮への扱いがおかしすぎる。逃さないように複数の車で迎えにくる。別会場へ連れていく。

 

確かに蓮は前回星12個を獲得するという尋常ならざる成果を上げたが他の債務者とここまで扱いが変わるものなのか?薄々感じていたが蓮には俺の知らない一面がある。それが何かはわからないが蓮は蓮だ。家族なのだから気にかけるのは当然なのだ。

 

地下では見知った顔がいくつかあった。エスポワールの生き残りに佐原に石田のおっさん、ざっと60人ほどの人間がこの場にいるが2千万を手に入れられるのはおそらく1人。参加するまではグダグダと揉めてしまったがやると決めたならば覚悟を決める。

 

2千万手に入れられればもう今回みたいに強制的に蓮が連れていかれることもなくなる。だからここはガチだ。俺が勝ち残るのだ。

 

時間になりサングラスをかけた男が第一陣に参加する者は挙手するようにと声をかける。エスポワール組が参加しないこと、初めに行った方が有利なギャンブルを選べるかもしれないという思いで手を挙げる。佐原と石田さんも手を挙げていた。

 

列をなし地下の通路を歩かされる。そして歩かされた先には12の棺があった。抵抗するも無理矢理詰め込まれ、運ばれて暫くすると周りが騒がしくなった。

 

急に明るくなった視界に広がる光景に思わず目を見開く。目の前にあったのは4本の鉄骨とその下にいる観客、そして『早く渡れ』と飛ぶ野次の声。

 

これは人間競馬だ。状況を理解するも渡るのを躊躇っていると隣の奴に先行される。すぐさま追うも前に人がいる時点で一位通過はない。

 

判断の遅さを悔やんでいると観客から声が上がる。『……せっ』

 

“押せっ…!”

 

悪魔じみている。勝つ為には前の人間を突き落とさなければならない。金を得る為に人間性を手放さなければならないようなギャンブルだ。

 

周りの列では前を行く無防備な背中を押す。泣きながら、謝りながら皆背中を押していく。押さなければ押される。わかっている、押さなければならない、わかっているんだ。

 

だけど俺にはできない。こんな無垢な背中を押して得られる金で蓮と生きたいのではないのだ。

 

俺を押そうとした後ろの奴ともつれ合い俺は失格となった。結局先行逃げ切りの佐原と周りが脱落して棚ぼたを拾った石田さんがチケットを得た。

 

俺は正しかったのだろうか。それとも間違っていたのだろうか。怯えていたのか?勇気があったのか。

 

わからない。だけれどもひとつ確かなことは俺はまた得られなかったのだ。勝つ為の何か、根本的な何かが俺には足りてないのだ。

 

全てのレースが終わり権利のある者はチケットを渡された。だがそれはただ2千万、1千万と印字されただけの紙切れだ。

 

換金する為にはついてこいという黒服の後に続き外に出る。そこにはエスポワール船にいた利根川と、蓮がいた。思わず駆け寄る。

 

『カイジさん、お疲れ』

 

『蓮…っ!よかった無事だったのか…っ!あいつらに何もされなかったか?』

 

『何も。ただ、カイジさん達の試合を見させられてるだけだったよ』

 

よかった。蓮はあの狂ったギャンブルに参加していないようだ。

 

俺が蓮に駆け寄る傍ら、佐原が利根川に金を払えと詰め寄る。

 

利根川が言うには受け渡し場所はスターサイドホテルのメインビルの22階だがエレベーターも階段もない。そのため我々で便宜を通したという。

 

鬼がっ。ビルの端を覆う黒いビニールシートを見て気付いてしまった。あの狂気の鉄骨渡りはまだ終わっていないのだ。

 

案の定、ビニールシートの覆いを取ると隣のビルまで続く鉄骨が現れた。つまりチケットを換金するためにはビルとビルとを結んだこの鉄骨を渡るしかないのだ。

 

1千万、2千万という金は安くない。渡ればスッパリ払ってやるという利根川に俺は余っているチケットを寄越せと手を挙げた。

 

こんな機会はもうない。誰も押さず競争もせず大金を得られる機会はもうこれしかない。俺だ、俺が渡ればいいのだ。そうすれば蓮と俺の借金を返せる金が手に入るのだ。

 

俺に続くように10人の渡る人間が決まった。渡る順番を決めるがいいと紙とペンを受け取った時、蓮が『私の分は?』と声を上げる。

 

『蓮っ!お前まさか渡るつもりなのか!?』

 

『そうだけど』

 

『馬鹿っ!やめろ!この高さだ、落ちたら絶対に助からない。借金のことなら気にするな。俺が渡れば1千万、蓮と俺の借金が両方とも返し切れるんだ。俺が渡るっ!だからお前は何もしなくていいんだっ…!』

 

落ちたら死ぬのだ。蓮はどこか浮世離れした雰囲気を醸し出してるがそれでも人間なのだ。足を踏みはずせば助からない、こんなギャンブル絶対にするべきではない。

 

だけども蓮は『このギャンブルをすること、それ自体が私の目的なんだ』と言って利根川に蓮をこのギャンブルに呼び寄せた会長とやらとギャンブルすることを求めた。

 

なんでだよ、なんでなんだよ蓮。命懸けのギャンブルをすることに何の意味があるんだよ。なんで助かってくれないのだ。なんで生きてくれないのだ。

 

気持ちが昂る。ボロボロと涙が溢れたが蓮は振り返ることなく鉄骨へ向かう。まさか、もう行くつもりなのか。

 

止まることなく蓮は地上74メートル上空へと足を進めた。最初の一歩、それは命が掛かっているとはとても思えない軽やかな足取りだった。

 

一歩、また一歩蓮は安定して歩み続けていく。まるでこの屋上がそのまま続いているかのように蓮は普通に進んでいくのだ。

 

蓮の背中がどんどん遠くなっていく。それにどうしようもない焦りを感じた。

 

まただ。蓮はまた堕ちていく。闇の中、深く深く狂気に満ちていく。

 

命を賭けてギャンブルをしてしまうのだ。

 

ダメだ、行かせるものか。誰に何を求められても、たとえそれがお前の意思なんだとしても絶対に行かせてなるものか。

 

まともに生きて欲しい。普通の日常を送って欲しい。

 

お前に生きていて欲しいのだ。

 

持っていたペンとレポート用紙を投げ捨てる。『カイジ!』と後ろから声がしたが振り返らない。

 

一歩鉄骨へと足を踏み出す。地からの離脱、己が存在の基盤からの離脱。先ほどの人間競馬とは違う。まるで違う。気を抜けば持っていかれる。

 

在らん限りの力を振り絞って心の奥底から湧き上がる感情を押さえ込む。ダメだ、麻痺させろ。考えるな。心臓を冷えた両手で鷲掴みされるようなそんな悪寒…。血の震え、身震い。

 

この感情はまずい…。俺を殺す。殺される。

 

ボロボロと涙が溢れる。身体が震える。

 

だけども前には蓮がいる。同じ状況のはずなのに蓮は震えることもなく淡々と歩んでいる。

 

そのことに勇気づけられる。そうだ、蓮は渡れているのだ。俺だって渡れるはずなのだ。

 

蓮ほど軽やかには進まない。それでも一歩一歩足を交互に動かす。愚鈍でも亀のようでも構わない。一歩一歩進むのだ。

 

そうすればいつかは辿り着けるのか。いや、辿り着かなければいけない。

 

俺は蓮の家族なのだから。

 

 

 




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