夜が明け、私とカイジさんはエスポワール号を降りることができた。
このゲームに参加した1/3の人間が船を降りることができず、暗い海に消えている。絶対的な敗北をし二度と浮上することのない者達が36名もいるのだ。
そんな中で私もカイジさんも生き残ることができた。原作と同じように石田さんの救出にも成功している。この船で我々は戦い抜いた。最悪の状況を切り抜けた。
だけど、429万5000円の借金を背負った。
429万円、なんだかもう額が大きすぎて実感湧かないぞ。19歳の小娘になんとかできるものなのだろうか。
どうしよう、今まで割と大きな金額の勝負をしてきたけど借金を背負ったことはなかったから真剣に動揺している。えっと、時給800円のアルバイトだと5368時間? あ、金利もあるのか。あばばばば。
ちなみにカイジさんの借金は629万である。カイジさんは最初借りた1000万のうち200万ほど返しきれなかったらしくてその分が上積みされている。
30万の借金の連帯保証人になったら385万の借金ができて、それをチャラにしてもらえるっていうので船に乗ったら629万の借金になったのか。ダルマ式に借金が増えていっていますね。
だけどカイジさんはやさぐれて悲観的になるどころか意欲的に仕事に行くようになった。昼はコンビニ夜は居酒屋、日雇いで工事現場で働いたりと非常に勤労的である。誰だこれ、本当にカイジさんか? 社畜労働伝説カイジとか始まってない?
カイジさんが真面目に働いていて困惑する。え、原作でクズニートとか呼ばれてなかったっけ?パチンコとか競馬とかのギャンブルもしてないようだしなんならちょっとずつお金も貯まっているようだ。ファーストコンタクトでベンツにイタズラしていた人と同一人物だとはとても思えない。なんで働いているんだよカイジさん。いや、いいことなんだけどさ。
今日もカイジさんは夜遅くに帰ってくる。ふらふらとご飯も食べずに倒れ込み側から見てもわかるほど疲れ切っている。
「カイジさん、おかえり」
「ああ、蓮。これ今日の分だ」
そういって茶封筒を渡される。今日の日雇いの日給だろう。毎日ズタボロになるまで働いて稼いだお金をカイジさんは全部私に渡してくる。たぶんもうパチンコとか競馬とかにも行ってないと思うぞ。マジでどうしたんだカイジさん。船で落とされた時に別の人と入れ替わったんじゃないか?実は髪を下ろした森田さん?
「いらない。カイジさんが稼いだ分はカイジさんが持っときなよ」
「俺が持ってたら使っちまうかもしれねえ。いつ帝愛の奴らがやってくるかわからねぇから少しでも貯めとかないと」
仰向けに寝そべりながらカイジさんがそういう。え、カイジさんこの鬼畜金利の借金を真面目に返していくの?人としては正しい姿なのかもしれないが、16年と5ヶ月マジで働くの?
「カイジさんはまともに働いて借金を返していくつもり?」
「あいつら金を返さないと何してくるかわかんねえからな。またあの船みたいな危険なギャンブルをさせてくるかもしれねえ。俺だけならまだしも蓮をあんなことには巻き込まねえ。借金なんて気にするな。俺がなんとかする」
カイジさんがゆっくりと身体を起こす。足を組んでその場に座り込むと私の目を覗き込むように視線を合わせてくる。
「だから蓮、お前はもうあんなことをするな。負けたら全てを失うような自暴自棄の賭けをするんじゃねえ。自分を大切にしろ」
言葉と行動から心底そう思っていることが伝わってくる。自分を大切にしろ。その言葉が胸を貫いた。
伊藤蓮になってから色々な賭け事をした。負けたら路頭に迷う赤木さんとの初戦、ハワイでひろさんとルールも覚束ないまま始めた2戦目、赤木さんの意志を変えるため初めて自分の意思で挑んだ東西戦、ひろさんをHIROにと望んだペア戦、どうしようもなく強大な相手と戦いたくて森田さんと向き合った誠京麻雀。
最初は仕方なく、退路がないから前に跳ぶだけだった。だけれども途中から自分の意思でこの世界を選んでいた。この狂気じみた世界に身を躍らせることを望んだのだ。
だって赤木さんが好きだから。赤木さんに死んで欲しくないのだ。
何度思い返してみても答えは変わらない。赤木さんを掴まえる、それ以外何一つ欲しいものはないのだ。
堕ちていく。どこまでも深く堕ちていく。遥か彼方、誰も届かぬ場所へと沈んでいく。
誰もが私にそれを望んだ。天さんもひろさんも森田さんも赤木さんも、そして私自身も狂気に身を躍らせることを望んだ。
カイジさんだけなのだ。私を引き上げて日の当たるところへ連れて行こうとするのは。
「何かを失うつもりはないよ」
「確かに蓮には度胸も才覚もある。だけど嫌なんだ。あんな賭け方をしてたらいずれ破滅する。妹のように思っている蓮に酷い目にあって欲しくねぇよ」
カイジさんは真摯にそう訴えてくる。本気の目だ。カイジさんは本心でそう思っている。
私にはアカギさんがいる。私の家族だ。私の全てで私の神様。
私には森田さんがいた。恋人だった人。私に日常をくれた。
だけど本当の意味で心から純粋にただの蓮という人間を心配してくれた人はいただろうか。誰も彼もが普通の平穏というものから遠い人たちだった。
カイジさんの言葉は心に染みる。それは私の奥底にある本心に響いた。
だけども、
「私は生きたいように生きるよ」
今の生き方だって私が選んだのだ。
「なら俺はそれを止めるさ。お前がなんと言おうが関係ねえ。俺がお前にまともに生きて欲しいと思うからそうするんだ」
今まで関わりのあった人達は皆深く堕ちていく人たちだった。人の世の理の先の深淵へと誘う人達だ。
そんな中でカイジさんだけが私を引き上げようとする。平凡で普通のただの蓮でいいという。
それがなんだか嬉しかった。
私にとってカイジさんは兄だと思える人だ。
たぶんこの章の主人公はカイジさん