気付いたら赤木しげるの娘だったんですが、   作:空兎81

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死神の手渡し

わしは王だ。絶対的な王なのだ。豆粒のような先代の会社を一代で日本有数の巨大コンツェルンにしたのはわしなのだ。

 

だからその偉大なる王であるわしが追い詰められるなどありはしないのだ。

 

 

蓮の捨てた一萬を鳴いてから全くと言って良いほど手が進まない。二度ツモしようが有効牌が来ず石井も鳴かせられる牌は引いてないという。

 

明らかに流れが来ていない。ちっ、安易に鳴くべきではなかったか?いや、この手は鳴いて充分なものだ、今萬子が引けないのはただの一時的な偏りにすぎん。またすぐにわしの流れへと戻るだろう。

 

そんなことより今気にするべきは蓮だ。この小娘は訳の分からないことばかりする。

 

一度しかツモらない二度ツモも天和フリテンリーチもおよそ常人がするようなことではない。イカサマではない、この牌はすべてわしが用意したものであるし部下に見張らせても不審な動きはないという。認めたくはないがこの小娘には牌が見えているのかもしれぬ。

 

今、蓮は何を企んでおるのだ?八筒を暗刻で落とすという常軌を逸脱した捨て牌、初めは国士無双かと思ったが一萬の後に手から二筒を捨てている。明らかに萬子で染めているわしがいるのに一萬を切る必要性はなんだ?蓮は国士ではないのか?

 

牌をツモる。ようやく有効牌を引く。清一色が聴牌だ。

 

よし、なんとか形が整ったわい。蓮に先んじて聴牌することができた。石井がロン牌を持っていないから差し込みは出来んが取り敢えずは一歩リードというところだな。所詮麻雀とは色々策を弄しようが最後の一牌が全てを決めるもの、蓮の狙いはわからんが先に和了してしまえばこっちのものじゃ。

 

蓮の番になり山から牌を引く。蓮はそれを手元に引き寄せると手牌に入れることなくそのままツモ切った。

 

 

「その中、ポンするぞ!」

 

 

森田が発声し中が右に寄せられる。

 

っ、しまった!そちらが本命か!

 

蓮に気を取られ森田に注視していなかったが場に三元牌は1枚も出ていない。石井も1枚も持っていないという。

 

くっ、やられた。蓮はおとりだったのだ。最初に八筒を暗刻で落とすことで注意を引き森田に大三元を和了させる作戦だったのだ。

 

供託金は50億を超えた。場代は10億2400万。この時点での役満祝儀は5000億となる。そんなことになればわしは破滅だ。

 

くっ、なんとしても森田の大三元は阻止しなければならない。手を伸ばして牌を掴む。ここでわしが和了すればそれで良いのだ。

 

掴んだ牌を見る。それは發だった。

 

クックックッ、天はまだわしを見放していないようだな。三元牌の1枚を掴んだぞ。

 

二度ツモして發は石井に渡す。ツモった牌は不要牌、そのまま切る。

 

石井は發をツモり蓮のツモ番となる。恐らく蓮は森田を鳴かせてくるのだろう。中を鳴かせたのだ、もう躊躇う必要はない。

 

ここまで静観していたのは森田の大三元を完成させるのに必要牌が足りなかったからだろう。くっ、もうすでに森田の大三元は完成しているのか?奴より先に何としても和了しなければならん。

 

蓮はツモった牌を手牌に入れる。そしてカチャリと手元を開けると千点棒を取り出しそれを前に出した。

 

 

「リーチ。それから場代をアップします。20.48」

 

 

蓮が二索を横に向ける。蓮は三元牌を切らなかった。それだけではなくリーチをしたのだ。

 

……は?

 

やっていることがまるでわからない、一体何をしているのだこの小娘は。森田から注意を逸らすために自身が注目を集めていたのではないのか?森田を和了させたいのではないのか?三元牌を切るのではないのか?

 

しかも蓮がツモることができるのは1回だけ。場代を上げたことによりツモるための資金が足りないのだ。リーチをするならば何故自分の首を絞めるようなことをする?わからん、まるでこやつの考えが理解できん。

 

森田が山を引く。そして五筒をカンした。新ドラは一筒だ。有効牌は引けなかったようでそのままツモ切る。

 

今度はリーチをした蓮を援護するようにカンか?わからん、どちらが本命だ?蓮か、森田か。

 

いや、冷静になれ。ここでまずいのは森田に大三元を和了されることだ。それ以外のことは多少痛手でも致命傷ではない。今は森田に大三元を和了されないこと、それだけを考えるのだ。

 

蓮のリーチなど捨て置けば良い。

 

 

「それで恋人を援護しようとしているのか?涙ぐましい努力だな」

 

 

恐らく蓮のリーチは最後に少しでも森田から意識を外させようという魂胆なのだろう。イタチの透かしっぺというやつだ。

 

 

「なんのことです?」

 

「惚けなくても良い。そのリーチ、森田くんの大三元を成就させるための目眩ましじゃろ?」

 

 

目的を見透かされたというのに蓮は淡々としている。ふん、それくらいのことでは動揺せんか。だが狙いはわかっている。

 

 

「八筒の暗刻を切り出して自分に注目を集めさせたのは森田くんが大三元を目指しているのを悟られないようにするためだったのじゃろ?まんまとしてやられたわい」

 

 

蓮の麻雀を見るのはたった1回の半荘、それも2回場が回っただけのことだ。だがその2回があまりにも強烈だった。

 

まるで来る牌が流れそのものが分かっているかのような打ち回し、並の打ち手ではないことを意識させられた。

 

それを今回の局では利用された。あの蓮だ、蓮が動くのだから何か起こるはずだ、そう錯覚させられた。

 

だが今回動いたのは森田だった。派手な打ち回しの蓮に気を取られている間に大三元を和了する手筈を整えていた。

 

今回の本命は森田、それで間違いない。

 

 

「私が森田さんの為に立ち回っていたと?」

 

「ああ、そうじゃろう」

 

「フッ」

 

 

蓮が口元を吊り上げた。その表情に驚く。それは今まで冷徹な仮面を付けていた蓮が初めて感情を含ませた顔だった。

 

 

「な、何がおかしい」

 

「蔵前さん、勝者は1人しかいないんだよ」

 

 

蓮が笑みを浮かべたままそういう。だけれどもそれを笑顔とは呼べない。その笑みにはなんとも言えない凄みがあった。

 

 

「なんじゃと?」

 

「ギャンブルに於いて勝者は1人しかいないんだ。2人無頼がいるならば1人は偽物、本物しか勝利は掴めない」

 

 

ジッとこちらを見つめる蓮と目が合う。

目だ。蓮の笑みに圧があるのは目に熱を持っているからだ。

 

先程までの全てを見通すような冷たい目と違い今の蓮は驚くほど熱い。全てを焼き尽くすような熱量を持ち決意に満ちている。

 

 

「ここでしか至れぬ領域がある。だから貴方を取るのは私だよ。蔵前さん、私が終わらせるんだ」

 

 

言葉にも力がある。蓮が本気でそう言っているというのが有り有りと伝わってくる。

 

思わず呑まれかけるがその言葉の意味を考え辛うじて止まる。終わらせる?馬鹿な、この小娘は状況が分かっているのか!?

 

 

「だが残りの資金から考えてもお前のツモはたった1回しかないのだぞ!わしは振り込まぬし石井にも振り込ませぬ!それでどうやって和了するというのだ!!」

 

「1度ツモれるのだから何の問題もない」

 

 

淡々と蓮が言う。馬鹿な、馬鹿な馬鹿な馬鹿な!

 

この小娘は本当に状況がわかっているのか!?たった1度のツモで和了するだと?二度ツモももう出来ないんだぞ?蓮の和了牌が何枚あるか知らんが確率を何だと思っている!そう易々と和了出来るわけがないのだ!

 

それに万が一、次の蓮のツモが和了牌だとしてもこれは誠京麻雀、二度ツモを駆使すれば蓮のツモる牌はわしが選ぶことができるのだ。そう、蓮のツモる牌をわしが決めることができるのだ。

 

現物を送り込めばそれでしまいだ。蓮が和了できる筈がないのだ。

 

だが蓮の表情は変わらない。不敵に笑い堂々とした佇まいでそこに座っている。

 

殺す。こやつはここで殺す。わしを舐めおって後悔させてやる。地下にて飼い殺しにし哀れな声で赦しを乞わせてやる。

 

現物だ。蓮の現物を引けばいい。そうすればそれを送り込んで蓮の和了を潰すことができる。

 

手を伸ばし牌を掴む。引き寄せた牌、それは中だった。

 

よし!クククッ、引いたぞ。蓮の現物だ。さっき蓮は中を捨てていたのだからこれは現物、蓮の和了牌ではない。これを二度ツモで送り込めば蓮の和了はなくなる。

 

さあ泣き喚け。無様な醜態を晒せ。このわしに生意気な口を利いたことを後悔させてやる。二度ツモだ。蓮に中を引かせてやる!

 

ゾクリ

 

引いた中を戻そうとしたその瞬間全身に悪寒が走る。死神の鎌が喉元に食い込んだかのような感覚、全身から血の気が引いた。

 

なんだ?なんなんだこの寒気は。中は蓮の捨てた牌だ。これで蓮が和了することはまずない。なのに何故こんなにも嫌な予感がするのだ?

 

その時ふと左側に寄せられた牌に目がいく。そこには森田の鳴いた牌が3枚置かれている。そう、中が3枚。つまりわしの手の中にある中は4枚目の中なのだ。

 

蓮が国士なら中は和了牌だ。

 

ゾッとした感覚が身体中を駆け巡った。悪寒の正体がわかった。この牌は死神の配牌、蓮が国士無双を聴牌しているというならば待ちは4枚目のこの中でしかあり得ない。

 

わしを殺しうる役満の和了牌なのだ。

 

馬鹿な!馬鹿な!馬鹿な!蓮が国士?そんなものあり得るわけがないだろう!

 

国士だというならば何故染め手のわしに一萬を切った?中をツモ切った?国士ならばそんなことをするはずはない!

 

いや、そうだ。そもそも蓮は中をツモ切っているのだ。中が和了牌だというならば何故1巡前に中を手元に残さなかった?必要牌だったのだろう?やはり蓮が国士などあり得ない。

 

この誠京麻雀では人生が賭けられているのだ。負ければ金輪際解放されることのないわしに飼われるだけの人生が待っている。それなのに国士の聴牌を取らないだと?そんなことができるはずがない。誰だって命は惜しいだろ?助かりたい筈だ。

 

自分を捨てることのできる人間などおるわけがないのだ。

 

蓮は国士などではない。だが不気味な牌であることには違いない。二度ツモで石井に回して抑えさせるか?いや、このままツモ切っても構わないな。本当に国士ならばフリテンだ。わしからは和了できまい。

 

いやまて、そうするとそのまま蓮にツモ番が回ってくるぞ?次の石井が再び蓮の現物を引くことが出来れば二度ツモで回すことも可能だが危険牌を引けばどうにもならない。そのまま蓮にツモ番が回ってくる。

 

いかん!いかん!それだけはいかん!そのまま蓮にツモ番を回す、それだけはしていけないのだ。

 

蓮は牌の流れが見える。こんなオカルトじみた事を信じたくはないが、蓮の闘牌はまるで来る牌が分かっているかのような打ち筋だ。そのまま何もせずに蓮にツモらせること、それだけはしてはならない。

 

ならばどうする?蓮にこのままの流れでツモらせることだけはしたくない。とすれば、

 

 

「……二度ツモじゃ。蓮、お主のツモる牌が決まったぞ」

 

 

引いてきた牌をそのまま捨てる。石井に目配せをする。

 

 

「……チーします」

 

 

石井がチーしたことで山牌には触れられることなく蓮の牌が回ってくる。蓮が牌を手に取る。

 

これだけはない。いくら考えてもこれだけはない。蓮は自分で捨てていたではないか。本当に国士を目指していたのならば大三元を目指している森田のいるこの場で中を捨てるなどあり得ない。

 

中は蓮のあたり牌ではない。

 

 

「きっと、貴方が掴むと思っていましたよ」

 

 

コトリ、と蓮がツモった中を倒す。ま、まさか、

 

 

「中はこの誠京麻雀の綾牌、2人の豪運を前に私が掴み取れるとは思っていなかった。だからこれしかなかった」

 

 

蓮が手牌を倒す。表になっていく牌を見て息を呑む。馬鹿な、こ、こんなことが起こるとは、

 

 

「貴方がたが自分を信じ抜いたら勝負は分からなかった。揺れない心、ギャンブルではそれが求められている」

 

 

手牌が全て表となる。幺九牌の中だけ欠けた手牌を倒して蓮は凛とした声で言った。

 

 

「ツモ。国士無双です」

 

 

未だに何が起こったのかわからない。それだけはない。それだけはっ、国士だけはあり得ないッ!!

 

 

「何故じゃっ!!何故中をツモ切ったッ!!有り得ない、国士無双だなど有り得ぬッ!!」

 

 

そう、有り得る筈がないのだ。国士の必要牌をこの一刻を争う時に捨てる道理などないのだ。有り得ぬ、そんなことは有り得ぬ。

 

 

「そうでないと和了できなかったので」

 

「何を言っている! 聴牌を捨てて中をツモ切るなど有り得ぬじゃろッ!! わかっておったのか? これはお主の人生がかかっていたのだぞ!」

 

 

そうだ、これは人生のかかった麻雀だったのだ。それなのに何故国士の必要牌を捨てフリテンに受けることができるのだ。

 

負けたら飼い殺しの人生なのだぞ?命が惜しくないのか!?

 

 

「そうしなければ森田さんが和了してしまったので仕方ないことです」

 

「何?森田だと?」

 

 

森田が和了する?どういうことなのじゃ?

 

その時ふと身体中に稲妻が走ったような感覚に陥る。そうだ、そうだ、確か……。

 

中を森田が鳴いた後のわしのツモは發と中だった。森田の手は大三元、ひょっとして蓮が中を捨てなければ森田は大三元をツモ上がっていたのではないか?

 

視界が暗くなる。意識が遠のき全身が冷えていく。

 

閉じていく世界で蓮の姿だけが映っている。能面のようになんの感情も感じられない顔で目だけが迸っている。

 

ああ、わしはどこで間違えたのじゃ。一萬を鳴いた時か?あれで流れが変わったのか?

 

いや、そうじゃない。そもそも勝負などしなければ良かったのだ。席についた時にはもう魅入られていた。小娘の形をしているがこれは怪物。

 

人の皮を被った化け物だ。

 

 

 


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