気付いたら赤木しげるの娘だったんですが、   作:空兎81

45 / 74
中の行方

もうすぐ、この勝負も決着がつく。

 

蔵前さんの流れは止まった。しばらくの停滞、この間に流れを勝ち取りたい。

 

今この瞬間は私と森田さんの勝負、森田さんの手の進み具合はどうなのだろうか?發と白は対子ではあるだろうな。ひょっとしたらどちらかは暗刻になっているかもしれない。

 

中も1枚はあるだろう。2枚……恐らく2枚はないと思う。私の手にも中はない。ここからは森田さんと中の捲り合いの勝負になる。

 

この誠京麻雀において中はとても重要な牌だ。前哨戦では西条が蔵前に中で振り込み、原作では中がロン牌であることから蔵前を揺さぶり勝利を手にした。

 

この場面でのキーは中だ。引いた者が流れを掴み圧倒的に有利となるだろう。中の行方が今後の勝敗を左右するのは間違いない。

 

場代をアップしながら場を回す。今はひとツモ6400万、まだ足りない。まだ届かない。

 

供託金も5億ほどしか積っていないはずだ。役満祝儀で蔵前さんを飛ばす為には場代も供託金も足りてない。

 

3兆円、蔵前さんの持ちうる財をすべて吐き出させようと思ったら緩めている暇などないのだ。

 

場代をアップする。これでひとツモ1億2800万、億を超えてきたけれども止まることはない。この東一局で終わるのだ。すべてを出し切ろう。

 

そうして迎えた8巡目、私が引いた牌は……中だ。

 

ついに入った。私にも森田さんにも有効牌、引き合いに競り勝ったのだ。このタイミングで引くことのできた中、これからの流れを変える牌だろう。

 

これで後必要なのは九萬と一筒、国士の成就が見えてきたと思って手の中の二筒を切ろうとした瞬間、ざわりとした悪寒が全身を駆け巡った。

 

なんだろう、この感じは。この二筒が誰かの当たり牌?いや、そんな雰囲気はない。それどころかまだ誰も聴牌できていないだろう。

 

じゃあ何が、と思ったところで視線が中に向かう。そして気付いてしまった。

 

この中は私の物ではない。

 

このまま中を手の内に収めていれば私は和了することができなくなるだろう。持っているべきではない牌、このまま握りしめていれば私はおそらく敗北する。

 

中は戻さないといけない。この牌は私の物ではないのだから。

 

 

「……二度ツモします」

 

 

中を戻して次の牌を引いてくる。なるほど、九萬だった。おそらく蔵前さんが暗刻を抱えているだろうからこれが最後の一枚、私が逃せば森田さんにツモられそのまま切られていただろう牌だ。

 

九萬を手に入れ二筒を切りとばす。中を戻さなければ私は敗北していた。これが正着、これ以外に私の打つべき手はなかった。だけれども中が森田さんに渡ってしまった。今後の展開を握るキー牌、それを森田さんに掴まれたのだ。

 

……全くもって楽させてもらえないな。

 

口元がつり上がるのがわかる。このままいくと森田さんが大三元を和了するだろう。この中を森田さんにあけ渡さなければならなかったということ、それは間違いなく牌の流れが森田さんを勝利に導いていることに他ならない。

 

私には時間がない。今の場はひとツモ1億2800万、このまま場代を上げ続ければツモれるのは後4回だろう。その4回で森田さんから流れを奪い私は和了しなければならないのだ。

 

九萬が手に入ったから国士無双を完成させるのに必要な牌はあと一筒と中のふたつのみ。奇しくもそれは原作の森田さんの和了牌と同じだ。

 

おそらく今回の森田さんのロン牌も一筒と中になるだろう。完全に牌の食い合いだ。私と森田さんが同じ牌を競り合うということは流れを奪い合うということ。私が勝つためには森田さんを倒さなければならない。

 

牌をつもる。不要牌だ。そのままツモ切る。これで残りのツモはあと3回。

 

勿論場代を上げなければツモの回数は増えるがそれではこの勝負に勝つことができない。

 

蔵前さんの3兆という財産を全て攫うには一瞬足りとも緩める事はできない。後ろは振り返らない。だから場代は上げ続けていく。

 

 

「アップ、5.12」

 

 

周りがざわりと揺らめいたのを感じる。無駄ツモをしているというのに変わらず場代を上げ続けていくこの行動が理解できないのだろう。理性的ではない破滅的な選択、だけれどもこれでいい。

 

狂気に身を落とさないと辿り着けない領域がある。

 

そして、ツモった牌を手繰り寄せる。そこには“中”と書かれていた。ついにここまで来た。国士無双を聴牌、蔵前さんをとるための手が入った。あと、2巡。ここで一筒を掴むことができたら勝ちである。

 

一筒はどこにあるのだろうか?おそらく2枚は森田さんの手の内にある。残りは?記憶を手繰り寄せ、そして思い出す。

 

1枚は石井さんの手の中に入ったな。

 

誠京麻雀の最終局面、森田さんのロン牌のひとつである一筒が蔵前さん側に入った。

 

そして役満を和了されないために差し込まれた一筒だが、森田さんは和了しなかった。ただただ大三元……蔵前の死だけに焦点を合わせて懸命に抗った。

 

その一途な狂気が蔵前を溺れさせ判断を狂わせた。差し込まれた一筒という甘い誘惑を森田さんは見事断ち切った。

 

巡目だけでいうならば今は10巡目、中盤と言われる頃合いだが実際は違う。もうこの戦いは終盤、あと2巡で全ての決着がつく。

 

ならば一筒は石井さんの手の中に入る可能性が高い。今はそういう流れ、一筒は石井さんが掴む運命にある。

 

ならば私はどう動けば良い。森田さんに2枚、石井さんに1枚、それでももう1枚一筒は残っている。所在の分からない一筒があと2巡以内に私の手の中に入ってくることを祈るか?

 

それではとても神様の領域に踏み込める気がしないな。

 

引いて来た中に触れる。そもそもこんなに簡単に中を引いてくることに違和感がある。

 

中はこの勝負を決定づけるキー牌だ。誠京麻雀において中は綾牌、中を制した者が勝負を制する。それなのに先程手放さざるを得なかった中がもう一枚舞い込んでくる?

 

ああ、この中は劇薬だ。扱い方を間違えたら確実にここで殺される。

 

さて、どうする。あと私のツモは2巡、2巡で国士無双を和了できなければ私の敗北だ。

 

一筒の在り処は?中の扱いは?やらなければいけないことは多そうだ。クリアすべきハードルはあまりにも高い。

 

そして何よりこの勝負を勝つためには森田さんを下さなければならない。今は森田さんの流れ、それは間違いない。森田さんに中を渡さなければならない状況から今は何も変わっていないのだからこのままいけば勝利するのは森田さんだ。

 

これが本来の意味通りのチーム戦であるならば私は何もせずに大人しくしておけばいい。森田さんの手には大三元が入っている、黙っていれば蔵前さんを討ち取るだけの破壊力を持った手が炸裂するだろう。

 

だけどもここに座ったのは私の為だ。私は私の為だけにこの狂気渦巻くギャンブルの場に立った。望むことはただ一つ、神様を捕まえること。そのためにやはり引くことは出来ない。

 

今からすることは森田さんへの利敵行為にあたるだろう。森田さんは私の恋人だ。水族館に行ったり動物と戯れたり甘い物を食べたり、私に日常をくれた人。だけれどその手を離す。

 

落ちて行く。今この瞬間だけは狂気の世界に身を委ねる。この先に神様がいるから。

 

触れていた中をそのまま掴む。後ろで息を呑む音が聞こえたが止まることはない。この行為は明確な意図を持って選択した。森田さん、貴方を倒すよ。

 

中をツモ切った。国士無双の必要牌、それを河に捨てる。しかもこのことでフリテンになったからこの先聴牌したとしても他の人から和了することすらできない。

 

あと2巡、そこで私は一筒と中をツモらなければ私は負けなのだ。

 

さあ、森田さん。私は選択をしたよ。後は貴方が何を選ぶかだ。

 

河に置かれた中に視線を落とす。やはりこの勝負を決めるのは中、森田さんはこの扱いをどうするかによって結論が出る。

 

この中は私の物ではなかった。私が引くべき最後の1枚、おそらくそれはあの人が手にするのであろう。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。