気付いたら赤木しげるの娘だったんですが、   作:空兎81

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支配者

※銀二視点

 

 

……これは本当に現実に起こっていることなのか?

 

蓮、裏世界最強の博徒。彼女が人ならざる者だと言われても今のオレは信じてしまうだろう。

 

首に紐を付けられ身動きの取れない議員8人を解放するためにオレたちは誠京グループ会長、蔵前 仁に勝負を挑んだ。

 

負けたらそれで終わり、一生この男の下でいいなりの人生が待っている。浮上することのない圧倒的な敗北、負ければ死とさして変わらない。

 

そんな大勝負の相手にオレが選んだのは森田だった。森田の無欲さ、強運が蔵前を討つとそう思っての判断だ。

 

だが、前半戦。森田は惨敗を喫した。2連敗により残金が半分近くなる。このままフラフラと戦い続けていても勝機は来ないだろう。

 

インターバルを申し出ると共に森田にナイフを渡す。今森田は酔っ払いのようにふらついている状態、それでは勝つことなどできるはずがない。

 

森田に必要なこと、それは覚悟を決めることだ。負けたら死ぬと決意する、そこから道は開かれるだろう。

 

だが、オレたちが席を外している間に状況が大きく変わっていた。白髪の少女がひとり、3対1の中誠京麻雀に立ち向かっていたのだ。しかもその娘は驚くべきことに森田の恋人だという。

 

森田に恋人がいることは行きの車で話を聞いていた。ホテルのロビーで女に告白されたが自分には恋人がいるから断ったと。

 

それに対して安田がからかうような口調でどんな恋人か聞いていた。だが森田は気にすることなくこっちが聞いていて恥ずかしくなるような惚気を話し出す。

 

『俺の一目惚れで、その場で告白して付き合って貰いました。浮世離れしたところがあって、そこに惹かれたんです。だけれども水族館に行くとか一緒に街を歩くとか普通のことを好んでいました。

甘い物が好きですね。でも辛い物も好きらしいです。意外と食い意地は張ってますよ。普通のことを好む子なんですが、多分普通の女の子ではないですね。何かを抱えてます。一線を越えたことのあるようなそんな匂いを感じました。

 

いつか彼女のすべてを知りたいと思ってます』

 

茶化した様子もなくそういう森田にオレたちは両手をあげた。森田は恋人に惚れ込んでいると、そうはっきりと認識されられた。

 

それにしても森田は俺の身内贔屓を抜いたとしても良い男だ。その森田にここまで言わせるとはどんな女なのだろうか?

 

少し興味が湧いたがその時は蔵前との勝負が控えていたからそこまで意識はしていなかった。それよりも考えるべきことが山ほどあった。

 

だから森田の恋人があの蓮だとわかった時は心底驚いた。

 

蓮とは裏社会で最強であるとまことしやかに囁かれている博徒の名前だった。

 

かつて裏社会の頂点と呼ばれていた伝説の博徒、赤木しげるの実の娘らしい。ただ、名字は赤木ではないと聞いたことがある。真偽はわからないからただ蓮と呼ばれていた。

 

オレが蓮の名前を知ったのは歌舞伎町を纏めていたひとつの組が崩壊したと聞いた時だった。

 

今の裏社会では昔のように斬った張ったなんてことは滅多にない。全て金で解決される。そんな中腕の良い雀士はどの組も喉から手が出るほど欲しい物だった。

 

抗争は武力で行われない。代理戦争ということで高レート麻雀によって決着をつけるのだ。

 

詳しくはわからない。だが、蓮という人間の所属について決める卓が立ち、その結果ひとつの組が歌舞伎町から消えたのだ。

 

歌舞伎町は莫大な利権が絡む重要な場所だ。その組が潰れたということでかなりの混乱を極めたがそれに乗じてこちらはそれなりの甘い蜜も吸えた。

 

オレにとっては悪くない展開ではあったが、その原因となった蓮には当然興味を持った。

 

裏社会に圧倒的な影響力を持つ博徒、蓮。一体彼女は何者なのか?

 

だが探そうとしても彼女は神出鬼没、どこの組に所属するでもなく何かに属するでもなく唐突に現れる。

 

まるで雲を掴むような話だ。運良く元歌舞伎町を仕切っていた組員に話を聞くことができたが、

 

『……とても、人だとは思えません。人間があの領域に到達できるのですね』

 

と言われてしまった。その男も名のある雀士だったから言葉の重さに驚いた。蓮の実力は疑いようがないだろう。

 

裏社会最強の博徒、蓮。しかしその存在は陽炎のように虚ろで掴み所がない。

 

そんな蓮が森田の恋人だというのだから人生何が起こるかわかったものではない。

 

しかも蔵前に挑むこのタイミングで恋人という関係にあるのだから森田の強運には心底驚く。

 

蓮は早速蔵前に一勝を上げ50億を手に入れていた。自分の値段と同じ値を勝てばこのゲームから抜けることができる。蓮に付けられた値段は15億、たった一回のゲームでそれを達成してしまったのだ。

 

だが止めることなくそのまま続行ということらしい。森田も参戦し新たなゲームが始まる。

 

蓮が親だ。牌を取り手を開ける。

 

……あまり良いとは言えない手だ。牌が散らばっているし1つや2つ急所を引いたからといって和了できるかわからない形だ。

 

だが手の中には白と發がある。森田の手を覗き込めば白と發が対子になっているのが見えた。こうするとある役が浮かび上がってくる。

 

大三元、白發中を3枚揃えることで成就する役満だ。

 

大三元は鳴いても問題ない。蓮が森田を鳴かせれば二副露、森田が中を掴めば本格的に大三元も見えてくる。

 

流石恋人同士、手配がそっくりパズルのピースのようにハマるように出来ている。

 

この誠京麻雀で役満には莫大な祝儀がつく。供託金と場代に応じてツモった、もしくは振り込んだ相手に払わなければならない。

 

今は東1局で供託金はあまりないが賭け金を吊り上げていけば祝儀も天文学的な数字となるだろう。

 

この局はいかに森田の役満を成就させるかにかかっているだろう、そう思った瞬間蓮が八筒を切った。

 

八筒は手牌に3枚、つまり暗刻だった。それなのに切るということは国士を狙うということか?

 

手牌の幺九牌は7種、手はあまりよくないから国士を狙うという選択肢もあるだろうが先はあまりに遠い。

 

俺ならば恐らく手を作りつつ森田のサポートに徹しただろう。だが、この選択をしたのはあの蓮だ。当然何かがあるのだろう。

 

さて、蓮の選択はどうなのだろうか、と見ていると蓮が立て続けに幺九牌を3枚引いてくる。

 

まさかと思って目を疑うが蓮の手牌には3巡目にして10種の幺九牌があった。国士が形となっていく。

 

蓮の役満が見えてきた。だがそうすると今度は森田が厳しくなる。

 

蓮が国士をするというのならば当然白と發は手牌から出てこないし大三元と国士は互いの必要牌を食い合っている。森田と蓮、互いが互いの役満を目指すというのならば2人の手が進まない可能性が高い。

 

蔵前の河には筒子と索子が並んでいる。恐らく萬子の染め手、進み具合がわからないが向こうは二度ツモを多用する。それなりに形は纏まっているのだろう。

 

まだ東1局、役満を和了することができればそれは大きいがそもそも蔵前に和了されれば何の意味もない。

 

ここは協力すべきではないのだろうか。どちらかが片方の役満に協力する。和了出来ればこの半荘と祝儀を手にできる。

 

……いや、ダメだな。俺だとどうしてもそろばんを弾いてしまう。そんな理詰めでこの状況を勝ち抜くことなどできるはずがないのだ。

 

もっと狂気的でなければ勝てるはずがない。足を踏み出し虚空に身を躍らす、それが出来なければ蔵前を追い詰めることなど出来ないだろう。

 

この場に座っている者にしかわからない流れという物もあるだろう。俺たちはふたりの奮闘をただ見守るだけだ。

 

莫大な金銭と俺たちの人生が賭けられた誠京麻雀、まず最初に流れを掴んだのは……蔵前だった。

 

蔵前の捨て牌を見ると筒子や索子が並んでいる。ツモった牌は殆ど手の中に入っているようだしこのままだと和了するのは早そうだ。

 

森田も手は形になりつつあるが肝心の三元牌は引いてこれていない。このまま東1局は蔵前に持っていかれるのだろうかと思い見届けていると……動いたのは蓮だった。

 

蓮は、信じられない行動を取った。

 

蓮が切った牌、それは一萬だ。手牌に1枚しかない一萬を捨てたのだ。

 

……どういうことだ?国士を降りたということだろうか?ならばそれならそれで捨てる牌があるだろう。

 

森田が大三元を狙っていることくらい蓮ならば気づいているだろう。降りるというならば森田をサポートするために發、白を切るのではないのだろうか?

 

そうではなくとも一萬というのは切るべきではない。蔵前が萬子で染めていることは一目瞭然、下手すれば振り込みまである牌だ。

 

何故ここで一萬を切らなければならない?蓮の意図は一体どこにある?

 

 

「その一萬をポンするぞ」

 

 

蔵前が蓮の捨てた一萬を鳴く。蔵前の手が進んでしまった。これで聴牌したのだろうか?これで差し込まれたらこの局は終わりだろう。

 

だが石井は差し込まなかった。まだ聴牌していないのか、それともツモやこちらからの振り込みを狙っているためかはわからないがまだ猶予はある。

 

この間になんとか態勢を立て直したい。蓮が降りた以上あとは森田が突っ走るしかないだろう。

 

そう思って蓮のツモってきた牌を見た瞬間、背筋が凍り付いた。

 

蓮の引いてきた牌は……一萬だった。

 

……俺は一体何を見ているのだ?

 

本来だったら蔵前に入る筈だったツモ、それを蓮が食い取った。あの一萬を捨てたのは降りるためではない、蔵前を鳴かす為に蓮が放ったのだ。

 

蔵前は萬子の染め手だ。鳴かなければ一萬が暗刻になっていたことになる。一萬の暗刻に萬子の染め手……

 

ひょっとして蔵前は九蓮宝燈だったんじゃないか?

 

ザワリとした感覚が身体中を駆け抜けていった。蓮が強いとは聞いていた。その闘牌は神懸かっている、奇跡を起こすのだと。

 

噂を聞いてかなりの腕だろうと思っていた。裏社会最強と謳われる蓮、その実力は疑っていなかった。

 

だが実際に目の当たりにして俺の認識が甘かったことを確信する。そんな次元ではなかった。ただ、麻雀が上手いとかそういう話ではなく、

 

蓮は場の流れ自体を支配しようとしているのだ。

 

これから場がどう動くのかはわからない。森田が中を重ねる可能性がある。蔵前に和了される可能性もある。

 

わからない。だが蓮を見ていると心が震えて仕方ない。

 

場の全てを見通す力、勝利のため自分の利を捨てる心の強さ、そして場を望んだ通り動かす支配力。

 

人とは思えない。これは本当に人間の至ることのできる領域なのか。

 

勝負を支配しているなにものか、運命宿命を支配する非情かつ慈悲深い存在、

 

それはひょっとしたら目の前の白髪の少女の形をしているのかもしれない。

 

 

 




余談 : 歌舞伎町の名のある雀士は天牌の三國さんのつもり

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