ダブリー・ツモ・七対子。裏が乗ってハネ満、逆転だ。
供託金は52億6200万。うん、目標の50億には届きましたね。これでやっとスタート地点に立つことが出来ました。
ここからが本番だ。50億という金額は蔵前さんにとって子どものお小遣い程度の価値しかないだろう。この程度では震えない。この程度では意味がない。
ここには“真剣勝負”をしにきたのだ。蔵前さんにも同じ土俵に乗ってもらわなければならない。
さあ、では次の半荘を、と思ったところで袋井さんがガタッと立ち上がりわなわなと震えながらこちらを指差した。
「思い出しました蔵前様!蓮とは確か裏社会でいくつもの組を潰した博徒の名前です!」
「なんじゃと?」
袋井さんがそう叫ぶ。ちょ、いきなりとんでもないことを叫ぶのはやめてもらえます?平凡な女子高生がヤクザ潰すとかそんなことできるわけがないじゃないですか。
まあ確かに赤木さんが喜ぶからちょくちょく賭場にいったけれども賭けたのはお金じゃなかったことも多かったし組を潰すようなことはしていないですよ。社会勉強のためにちょっと覗いただけです。
あ、でも赤木さんの右腕を賭けて勝負した時はやばかったかも。いきなり、『じゃあ蓮が負けたら俺の右腕やるわ』とか言い出したもんだから心臓が飛び出るんじゃないかというほど驚いた。
このジジイ、何勝手に人の賭け事の外馬に乗っているんだ?しかもそのときって私がボロボロに負けていて、ラス親終わった南3局でトップの人に4万点くらい負けていたはずだ。
完全負け戦なのに勝手に賭け金を吊り上げられてものっすごいプレッシャーだった。賭けの代償は惜しまず払う人だったから負けたら本気で腕を切り落としてしまう。私に負けるという選択はなかった。
そこからはとにかく必死だった。赤木さんが片腕を失うなんて絶対に嫌だったから2連続相手から直撃をぶんどりなんとか逆転する。
何を賭けていたのか知らないけどその後その組はなくなっていた。うん、あれってやっぱり私のせいだったのかな。いやでも赤木さんの腕とは比べられませんから仕方のない結果です。
ヤーさんは星の数ほどいるけど赤木さんはひとりしかいないのだ。その組に所属していたヤーさんはドンマイでした。
「確か4年前の東西戦で優勝したとも聞いています。実力は間違いなく裏社会随一。まさか森田様の恋人があの蓮だとは思いませんでしたが、とにかくまともに戦うべきではありません。幸い今のところ傷は深くありませんし、ここで撤収するのもひとつの手かと、」
「このわしに逃げろというのかっ。この王たるわしに、」
蔵前さんがわなわなと震えている。あ、まずい。まさか逃げるつもりなのだろうか。ここで逃げられると蔵前さんを倒すという目標が叶わなくなってしまう。それでは赤木さんを超える手段を失うことになる。
ん?でも本当に困るのだろうか?ここで逃げるようでは鷲巣さんと同等だとは言えない気がする。鷲巣さんは最後まで逃げなかった。金が尽き、血を抜かれることとなっても逃げなかった。
そして最後、1900という死に至る採血をすることになってもそれを受け入れた。『血などなくても生きていけるが気概がなくては生きていけない』といい致死量である血液を抜いた。
そんな鷲巣さんだから最後の最後に赤木さんの心を掴み勝利した。私が超えなければならないのは本物の“王”。蔵前さんは本当に王様なのだろうか?
「別に構いませんよ。退かれるなら退いていただいても。それなら勝負する価値はありませんから」
そういった瞬間、ぶわっと蔵前さんの顔が真っ赤に染め上がる。全身から溢れ出るそれは怒り、蔵前さんは怒り狂っていた。
「この、こんな小娘がわしを軽んじるというのかっ!断じて許さんッ!」
「落ち着いてくださいませ、蔵前様!それが奴の手なのです!貴方を怒らせなんとか勝負の場に引きずり出そうとしているのです!あれは本来なら関わるべきでない魑魅魍魎、悪鬼の類なのです!どうかここは何卒冷静にッ!」
怒り狂う蔵前さんをなんとか周りが諌める。なんか凄いこと言われているぞ。
え、ちょ、悪鬼って私のことだよね?それは言い過ぎではないですか?確かに赤木さんのDNA受け継いでいるから表情筋ニートだしなんだかんだギャンブルもしちゃっている気がするけど中身は一般的な女子高生なんです。化け物扱いは普通に傷つきます。
「何を言う袋井!誠京麻雀は金を持つ者が有利となるのだぞ?小娘が勝ったとはいえたかが50億程しかない!そんなものはわしの持つ金の圧力で踏み潰してくれるわッ!」
「しかし、蔵前様。この娘は異様です。いきなり二度ツモに行ったこともそうですが、今などは天和だったにも関わらずフリテンリーチをしたのですよ?まともではありません。どうか、ここはご自重下さいませ」
「ふんっ、そんなものは一回こっきりの奇策、手品と同じようなものだ。種がわかれば怖くない。わしはもう毛ほども緩めたりせぬ。どんな才を持っていようが金の前には無力、叩き潰してやろう」
ギリリと歯を食いしばりながら蔵前さんがそういう。どうやら降りるつもりはないらしい。
蔵前さんが鷲巣さんほどの王なのかはわからない。だけれどもこの人もあれだけの財を築きながら狂気に満ちている。
ならば戦えば間違いなくあの一夜に近づく。狂気の渦巻く生と死の境界線、その場に立つことができる。
「では勝負ということですね」
「そうやって余裕ぶっていられるのも今のうちだ。すぐに泣き喚きわしに赦しを乞うことになるぞ?カカカッ、いたぶってやる。覚悟するんだな」
血走った目で蔵前さんがそういう。場は整った。負けたら終わり、死よりも辛い代償を賭けた勝負が始まるのだ。
心臓がトクトクと鼓動を刻む。だけれどもこれは神様に届くチャンスを掴み取ったことでもある。
走り続けよう。神様に届くように、足を緩めたりしない。
その時ふと隣に誰かいるような気がした。顔を上げるとそこには森田さんが隣に並び立っていた。
「蓮が勝負するというのなら俺も席に着く。もともとこの勝負を始めたのは俺たちだ。文句はないだろ?」
しっかりと蔵前を見据えながら森田さんがそういう。え、まさかの森田さんの参戦?
「わしは今その小娘と勝負しているのだ。お前ごときがでしゃばって邪魔をするんじゃない。お前の相手は後でしてやるから引っ込んでおれ」
「蓮は森田の恋人、元々こちら側の陣営の者なのですから森田の参戦はそれほどおかしなことではありません。それに間も無く観戦者達が入ってきます。そこで会長が3対1でまだ少女といえる娘を痛めつけているのは少々醜聞が過ぎますよ」
「くっ、」
銀さんの言葉を受けて蔵前さんの表情が歪む。確かに大人3人で女子高生を囲んでいるのはあんまりイメージがよろしくないですよね。結局蔵前さんは森田さんの参加を許可した。
森田さんは私と目を合わせるように腰を落とす。その瞳には強い意志が宿っていた。
「蓮、君には俺はとても及ばないのだろう。ギャンブルにおいて君の覚悟を決めた懸命な闘牌はとても真似できない。でも恋人に全てを任せて逃げるような臆病者にもなりたくないんだ。一緒に戦わせてくれ」
森田さんの真っ直ぐな視線が私を射抜く。なんだろう、心が震える。
思えば誰かと共に戦うということはなかった気がする。赤木さんは家族ではあるが好敵手でもある。同じ場に座っても協力なんてしない。勝者は1人しかいない。
常にこの世界でひとりで戦ってきた。それが当たり前で勝利だけを目指してきた。だけれども森田さんは共に戦おうという。
暖かな気持ちになる。恋人として共にありたいと言ってもらえるのはとても嬉しい。
だけれども心の冷えた部分が冷静に訴えてくる。森田さんの参戦は私を有利にするものではないと。
森田さんは主人公だ。それだけでこの世界にある運命とやらの恩恵を受けることができる。主人公とは勝つようにできている。森田さんが卓にいるということは森田さんを中心に場が回るということだ。
それに森田さんは強運だ。卓につけば森田さんの運に牌が引き寄せられる。私の必要牌を取られ勝利を逃すかもしれない。リスクが高い。蔵前さん達3人を相手にするより森田さんの参戦の方が場が読めない。
だけれどもそれでいいかもしれない。ここは銀と金の世界、森田さんと蔵前さんがいる卓にこそ価値がある。
この道を登り進めていこう。進む道が険しいほど頂きに着いた時に得るものが大きい。
結末がどうなるかはわからない。だけれども精一杯戦おう。
恋人としても、博徒としても、それが私の選択だ。
蓮vs森田vs蔵前
(」・ω・)」うー!(/・ω・)/ファイ!