誠京麻雀が始まった。最初にルールを説明されて箱にお金を投げ入れる人材をひとりつけられる。
私が麻雀に集中できるようにという心遣いだ。まあ確かにいちいちお金を入れるのもめんどくさいしこれは有り難いかな?
だけれども私の手が見える位置には立たないように頼んでおいた。ここにいるのは全員蔵前さん側の人間だ。信用はしないでおいたほうがいいだろう。
卓に座ったのは蔵前さんと私、それから石井さんという人と私をここまで連れて来てくれた紳士風の男性、袋井さんの4人だ。
『横の2人はただの数合わせで君とわしの勝負だ』と蔵前さんはいうがそれも信用しない。どう言い繕おうとやはり向こう側の人間なんだしいざとなれば何のためらいもなく蔵前さんの勝利のために動くだろう。
3対1、初めからそういう風に思っておこう。まあ確かにちょっと不利かもしれないけど赤木さんと天さんとひろさんの3人と麻雀するよりはしんどくないだろう。
あの人たちと勝負すると個人戦のはずなのに時々示し合わせて来たように3人で私を狙い撃ちしてくるからね。なんで超人3人が全員私を倒そうとしてくるんでしょうかね。こちらはただの一般的女子高生なのだからもっと優しくしてくれてもいいと思います。
ということで蔵前さんの腕前が赤木さん並みってこともないと思うし麻雀のメンツ的には問題はないと思う。やはり1番大変なのは蔵前さんの持つ圧倒的な財力だろう。
誠京麻雀ではお金があれば色々なことができる。例えば隣の牌をつもり直すことができたり王牌を開けたり、ツモるための金銭を吊り上げて強引に相手を下ろさせたりとかなり有利に勝負を進められる。
そうすると私の15億という金額はかなり心許ない。人ひとりの生涯年収が2億と言われている中で15億という値は充分すぎる価値をつけてもらったとは思っているけどこの誠京を戦うためにはとても足りない。
このゲームにおいてお金はメモリの役割でしかないのだ。商店街の福引きを引くみたいに牌をツモるために必要なチケットでしかない。だけれども無くなれば負ける。牌がツモれなければ麻雀で勝ち目はない。
ただ単に卓を回すだけならば15億という金額でも問題はないのかもしれない。ひとツモが200万とか400万なら半荘3回くらいはできるだろう。
だけれどもそれになんの意味がある?私がこの勝負を受けたのは蔵前さんと真剣勝負をするためだ。ただ牌をツモるだけの麻雀では意味がないのだ。
赤木さんはそうだった。損得なんて考えていない。ただ純粋に勝負のみに全てを注ぎ込んでいた。
いくらかの金を毟ればいいのではないのだ。限度いっぱいまで行く。蔵前 仁の持ち得る財産3兆円それを全て攫う。
それだけが勝利であり後はすべて敗北だ。これは互いの人生を賭けたギャンブルなのだ。
だからこれでは届かない。15億という金銭で3兆という資産を全て奪うのは無理だろう。
最低50億、たぶんそれくらいなければ勝負の場にも立てない。資産ランキングで名を連ねる蔵前 仁を吹き飛ばすにはそれくらいの火薬はいる。
だからこの半荘はそれを手にすることに目指そう。ここで50億攫う。
私の資金である15億、その3倍以上の金額をこの一回の半荘で掴み取るんだ。
卓が動き牌を積み上げる。山から自分の牌を取り手牌を開ける。2シャンテン、悪くない手だ。
だけれどもこれではダメだ。蔵前さんから50億攫おうと思ったら単に手が良いだけではうまくいかない。
おそらくこの手は和了れない。向こうの方が先、資金に際限のない蔵前さんは2度ツモを多用してくるだろう。
そして12巡目くらいにツモり合いになって負ける。その結果数千万という貴重な金を失う。この麻雀で勝負の場に立つ為に必要な金を無意味に失う。
それは最悪なことである。私がこの戦いに勝つ為に1番ネックになるものはやはり資金だ。それをただ消費してしまうほど劣悪なことはない。
蔵前さん達が牌をツモり捨てていく。私の番が来たが手は動かない。うん、ここは、
「どうかしたか?蓮さんの番だぞ?」
「……降ります」
パタンと手牌を伏せる。1度もツモることなく降りた私を見て蔵前さんは目を丸くした。
「どうした?いくら手が悪くてもツモによってはいくらでも張り直しがきくのが麻雀だぞ?1度もツモらず降りてもいいのか?」
「ええ、この手は和了できません」
「そうか。まあ余程悪い手だったのだろう。それなら我々はゆっくりと打たせてもらおう」
私を残して淡々と場が進んでいく。
2シャンテンだった。でもこの手では意味がない。行ったとしてもただ傷を負うだけの戦いになる。
今は耐える時。耐えて耐えて、行く時は最後まで行く。相手の喉元に刃を突き立てその首を落とすところまでやりきる。
あるのは0か100だ。全てを失うか全てを得るのかただそれだけの2択でいい。
場が回る。次もその次も私は勝負に参加しなかった。
そして親番が回って来た。
親はとても大切だ。親にはツモを引き上げる権利がある。このままひとツモ100万のままでは永遠に蔵前さんの財産を奪うことなんて出来ないのだから何処かで場代を吊り上げる必要がある。
それを最初から行使できるというのだから願ってもない。このゲームを制するには親番でうまく動かなくてはならない。だけど、
「降ります」
「……どういうつもりだ蓮さん。手が悪いから降りるのは確かに君の勝手だが、ここまで1度も勝負せず、しかも親番まで降りるだと?君は勝負する気はあるのか?」
パタリと手牌を伏せ親番を辞退すると蔵前さんが怒気を含ませた声でそういう。まあこれは当然の反応ですよね。私は1度も勝負せずに降り続けているのだから側から見れば尻尾巻いて逃げようとしているとしか思えないだろう。でも、
「勝負するつもりはありますよ」
「しかし、現実として君は1度もツモることなく降りているではないか。これではとても勝負とはいえん。初めから森田くんが来るまで時間を稼ぐつもりだったということか?」
「いえ、私は勝つつもりです。貴方の全財産をさらいますよ」
どうせやり切るつもりなのでこちらの思惑を伝える。その瞬間蔵前さんは目を見開きピタリと動きを止める。
そしてそのままマジマジと私を見つめてきた。それは何を言われたか理解できないというような顔だった。
「本気で言っているのか?わしの財産をさらうなど、いくらあると思っている?」
「三兆円ほどですよね。確かに膨大ですがそれだけ取らなければ貴方が破滅しない。仕方ないことです」
淡々とそういうとこちらが本気だとわかったのかみるみる顔が赤くなっていく。おそらく怒りがこみ上げて来ているのだろう。
「馬鹿なッ…!わしを誰だと思っているのだッ!この国でこれ程までの財を積み上げたわしからすべての金を奪うだと?そんな馬鹿馬鹿しい話があるわけがないっ!貴様、ことの重要性をわかっているのかッ!」
「勿論です。蔵前さんが莫大な財と絶大な力を持っているのは知ってます。だからこそ貴方を倒そうと思ったんですから。私には必要なのです。運命を捩じ伏せる力を手に入れるためには貴方に勝たなければならない」
怒りに表情を歪ませる蔵前さんにそう告げる。蔵前さんがとんでもない財産と力を持った超越者であることは知っている。まさにこの国の金庫、経済を支える大黒柱といっても過言ではない人物だろう。
だからいいんだ。蔵前さんは間違いなくあの鷲巣さんに並ぶ超人で狂人だ。
赤木さんの勝てなかった巨大な金の城を築き上げた狂った老人を倒すことができたら、
私は……赤木さんを超えられるかもしれない。
「それだけ尊大なことを言ったのだ。このまま逃げ続けるなど許さん。逃げられぬ楔、条件をつけるぞ」
「条件?」
「クククッ、そうだ。このわしの財産をすべて奪うなどとぬかしたんだ。まさかこの半荘を落とすなどあるまい。この半荘でトップを取れなければ蓮さん、君の負けということにしよう。残金がいくらあろうと関係ない。それで問題ないだろう?」
蔵前さんがニタリと笑いながらそういう。新しく付け加えられたのは私がトップを取れなければ負けだという条件。
局も半分終わっているというのに急に追加されたのは私が一方的に不利になるルールだった。
呑む必要はない。これはただの向こうの言いがかりだ。こちらから譲歩する謂れは全くないのだろう。だけど、
「構いませんよ。この半荘取れなければ私の負けということで」
「ククッ、そうか。後で後悔しないことだな」
蔵前さんが部下に合図を出し再び局が回り始める。
向こうの要求なんて認める必要はなかったのかもしれない。これで退路はなくなった。残る南場でトップを取らなければ飼い殺しの人生が待っている。
でも退路はいらなかった。負けたら終わり、それくらいでちょうど良かった。
神様を超える為には戻り道など必要ないのだ。
だから勝つよ。蔵前さん、貴方を倒す。
この道の先にきっと神様が待っているから。
次は蔵前視点