気付いたら赤木しげるの娘だったんですが、   作:空兎81

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神域

※ひろ視点

 

 

本当はずっとこの世界で生きたいと思っていた。天さんや赤木さんやそして、蓮のいるこの世界で…。

 

 

東西戦から2年、手の届かない世界を生きる天才を目の当たりにして僕は麻雀を辞めた。

 

小さな地元の文具メーカーに就職し社会に揉まれ、今では仕事にも慣れそれなりに人間関係もうまく行っていた。

 

だけども僕は燻っていた。訳もなくイラつき時々どうしようもない焦燥感に駆られる。

 

あの東西戦で思い知らされたはずだ。自分は麻雀で生きて行くための大切な資質が欠けていることに。赤木さんのような透明な天才性…、死ぬことさえ恐れぬ無欲…、天さんのような生きること、勝つことのぶ厚さ…、どこまでも切れない重厚な麻雀、

 

そして蓮の力強く止めることのできない豪運豪腕の麻雀…、魅せられる…心すら奪われる奇跡の闘牌。僕にはそんなこと無理だろう。

 

本当はずっと焦がれていたのに自分の限界に見切りをつけてしまった。今でもわからない…、これで、良かったのだろうか。それとも進むべきだったのだろうか…、二流と知りつつも。

 

イラつき酒を煽る。泥酔して道端に倒れ込む僕に声をかけたのはこの2年間僕がずっと焦がれていた人、蓮がそこにいた。

 

 

『ひろさん、』

 

 

惨めだった。憧れていた人にこんな情け無い姿を晒すなんて。

 

酒で酔っていたことを見られたのが嫌だったのではない。誇れるような生き方をしていない自分の姿を蓮に見透かされそうで嫌だった。

 

だが蓮は幻滅などしていない。まだ始まっていないのに何に幻滅すればいいのだという。

 

僕がまだ始まっていない…?

 

蓮には一体何が見えているというのだ。昔からそうだった。蓮は僕を買ってくれていて僕が必要だと、強くなるのだと言ってくれる。

 

僕はまだやり直せるのだろうか…。

 

その後来た赤木さんの三流でも、熱い三流でもいいという言葉に胸を打たれた。

 

そうだ、真面目であることにどんな意味があるんだ。こんな誰にも、自分にも誇れない生き方をするくらいなら思うように生きよう。僕はこれから勝負の世界で生きて行く。

 

蓮と打ちたかった。この先僕が生きて行く上で目標とする人とぶつかっておきたい。いや、それだけでない。僕は勝ちたいんだ。ずっとずっと蓮と戦って勝ちたかったんだッ!

 

蓮の居所は知らなかったから天さんを訪ねる。天さんは蓮に勝ちたいというとクリア麻雀を提案してくれた。

 

蓮に勝てるかもしれない可能性を教えてもらえた嬉しくもあり悔しくもあった。クリア麻雀はチーム戦だ。僕1人では蓮に勝つことができないと天さんに言われた気がした。

 

今の僕では蓮に勝つことができない。わかっている。それでもどうしても僕は蓮に勝ちたかった。

 

いざクリア麻雀を始めると蓮と赤木さんのペアはすぐに崩壊した。蓮が赤木さんに振り込み一歩後退する。

 

それだけでなく赤木さんに振り込んだ蓮はそれ以降勢いをなくす。蓮に勝つためには今しかないとそう感じた。

 

天さんのアシストで僕は3つの役をクリアした。このままいけば蓮に勝てるかもしれない。

 

だけどもそれは僕の望んだ勝ち方ではない。僕は僕の実力で蓮を倒したい。蓮と一対一の戦いをしたかった。

 

天さんとペアを解消するなら一言それを口にするだけでいい。だけれども僕たちは博徒だ。言いたいことは卓で語ればいい。

 

天さんから和了してペアを解消する。天さんはふっと口元を緩めながら僕に何か語りかけるような視線を向けて来たから元々こうなることはわかっていたかもしれない。蓮と勝負する場を整えてくれた天さんには感謝の言葉しかない。

 

そしてついに蓮と一騎打ちの機会が訪れた。ここまで僕は蓮の様子をずっと観察して蓮の癖は見抜いている。蓮は理牌する時に高確率で左側に索子を寄せる。

 

牌の出て来た場所から蓮が二・五・八索待ちだというのはわかった。左側の牌は最初から動かなくてわからないが真ん中の牌は筒子でおそらく一・一・二・三・四筒。萬子の動きはわからないが二・三・四の三色が濃厚だろう。

 

僕の待ちは一・四索。蓮が掴めば場に出るはずだ。

 

次順、蓮は牌をツモるとピタリと動きを止める。そして少し考えると一筒を切った。

 

三色を捨ててイーシャンテン戻し?まさか僕の待ちを見抜いて聴牌を崩したのか?

 

ざわざわとした予感が背中を駆け巡る。守備に回った蓮は恐ろしいほど振らない。リーチをかけなければ鉄壁だといっても過言ではないくらいだ。

 

後ろで蓮の闘牌を見ていた時はその硬い打ち回しに感嘆の声をあげていたがこうして対戦相手として向き合うとただただ恐ろしい。何故、その牌が止まるというのだ。蓮はここまで一度も和了できなくて焦っているはずなのにここで止まれるものなのか。

 

もう一・四索はでない。二筒をツモる。これで一索を切れば一・二・四筒待ち、蓮の残した雀頭の残り一筒を狙い打つ。

 

だがその次、蓮はツモった牌を横に置き顔を上げる。蓮は無表情でクールな印象を受けるが瞳だけは燃えるように熱い。そんな意思の篭った瞳をした蓮と目が合い僕は悟った。ああ、見つかったのだと。僕が蓮を狙い撃っていることがバレたのだ。

 

蓮が一索を捨てる。位置的に入ったのは二索、一筒を捨てると一・四・七の三面待ちなのに僕の待ちを読んでいるのか、蓮はけして振りはしない。

 

改めて僕の目の前に座る人がとんでもない領域にいるのだと実感する。蓮には全てを見透かされている。それでも追うのは止めるものか。

 

次に掴んだのは五筒、待ちを変えよう。二筒を切って四・五筒。

 

だが次に蓮から出て来たのは一筒、たぶんツモったのは五筒だったはず。読まれている、僕の待ちは蓮に読まれているのだ。

 

だけれども蓮は常に後手を引いている。蓮の引いた牌が僕のあたり牌になるように場が動いている。ならばここは追従しよう。追って追って逃がさない。ここで見失えば2度と見えなくなってしまう。今蓮を討ち取ることのできる最大の機会だ。

 

僕が手を変え蓮も手を変える。互いに聴牌を作りながら相手に振り込ませようと牌を捨てていく。

 

だが蓮は振り込まない。僕も蓮の手牌は読み切った自信がある。互いに振り込まずに場が進む。そして流局間近、ついに僕が牌を掴む。

 

僕はツモ和了した。これで蓮の点棒はあと1000点、あと一歩のところまで追い詰めたといえる。

 

だけれども僕は嫌な予感がした。蓮の点棒が後1000点だというのは逆に言えば僕が蓮を殺りきれなかったことになる。確かにさっきの局を制したのは僕だったが決着がついたわけではないのだ。

 

蓮の点棒はあと1000点でクリアした役はひとつもない。それに引き換え僕の点棒は44800もあり役も4つクリアしているというのに冷や汗が止まらない。

 

蓮が、蓮が発するオーラが燃えるように熱い。まるで東西戦の最後の勝負、蓮が赤木さんに戦いを挑んだ時のような闘気を纏っていた。

 

長引けば不利になるのは僕だろう。次で決めるつもりで勝ちにいこう。

 

配牌は恐ろしくよかった。リャンシャンテンで一通が見えている。これなら勝てそうだと思って捨てた九萬を蓮に鳴かれた。

 

それからツモが入らなくなる。反対に蓮は好調なようだ。結局蓮に和了されてしまった。役は一通、僕の流れを奪われた。

 

それから場が膠着しだす。理由は蓮が鳴いて流れを操作しているからだ。掴めたはずの必要牌を蓮に鳴かれずらされる。僕にあったはずの流れを乱される。

 

そして3順後、蓮がツモ和了しあっという間に蓮に流れを奪われた。チャンタ、三色、七対子、クリア麻雀の役を順調にクリアしていき残りは三暗刻ひとつ。

 

そして始まった局、場は完全に対子場だった。牌が重なっていく。気づけば完全に流れは蓮の物になっていた。

 

あの時、殺りきらなかったからこうなった。

 

蓮に1000点残してしまったからこうなった。勝利と優勢はあまりに違う、それを身を持って実感する。

 

この局、もう僕の最後のクリアすべき役である一通は和了できないだろう。なら僕がするべきことは一つ、蓮の和了を阻止することだ。

 

蓮に流れがある状況でそれをすることは困難なことだ。だけれどもあの1000点しかない状態から蓮はそれをやってのけた。僕の捨て牌を鳴いて流れを支配して今の状況を作り上げた。

 

蓮に勝ちたい、今ここでやらなければいつやるというんだ。手を整えチャンスを探る。流れは蓮にあった。蓮がリー棒を掴む。

 

 

「リーチ…!」

 

 

からんと蓮のリー棒が卓の上に転がる。この流れだ、間違いなく蓮の手の中には三暗刻ができているはずなのに蓮はリーチをかけてきた。いや、これが蓮の本来のスタイルだ。自分が聴牌したことを隠しはしない、振れば終わるとこちらに圧力をかけてきている。だけれども僕はもう逃げないと決めた。このリーチ、真っ向から戦ってやる…ッ!

 

蓮が捨てたのはドラ、四萬だ。これはチャンスなのかもしれない、蓮から流れを奪うチャンスが来た。

 

 

「その四萬ポンします…ッ!」

 

 

これで僕と蓮の流れが入れ替わる。いらない牌を捨ててドキドキと高鳴る鼓動を胸に蓮のツモ番に神経を集中する。蓮が牌をツモる。しかしそのままツモ切った。蓮は和了しなかった。

 

ほっと息を吐いて牌をツモる。これが蓮の一発目のツモ、引いたのは四萬だった。蓮は和了してなかったのだ。

 

まだここではなかったのか。この四萬は蓮に通っている。このままツモ切る選択肢もあったがあえて僕は牌を右端に置く。

 

 

「カン…!」

 

 

リーチしている蓮がいるのにカンは愚策かもしれない。だけれども今は点数より速さ、そしてクリアすべき役を作ることが優先される。一回でも多くツモるために僕はカンした。

 

有効牌を引いた。これで僕も聴牌。ドキドキと胸が高鳴ってきた。先ほどまで流れを持っていたのは蓮だったが今その流れに乗っているのは僕なのだ。ここで僕がツモ和了すればまだ勝負はわからない。

 

いらない牌をきり新しくドラ表示牌をめくる。それは三萬だった。……息が止まるかと思った。

 

つまりこの手はドラ8、親倍は8000オール、ツモれば蓮は飛ぶ。

 

この局が最終となったのだ。やはり蓮の流れに乗った牌はとんでもないことになる。これで僕が和了することができたら蓮の点棒はなくなるのだ。あの蓮に勝つことができる…!

 

 

「ひろさんがカンしてくれると信じていた」

 

 

蓮の声が静かに場に響く。その言葉に昂揚していた身体が冷めていくのを感じた。

 

え?とその声に反応し顔をあげると蓮はツモった牌を脇に寄せカタリと牌を倒す。

 

 

「カン…。貴方がカンをしてくれないとこの場所には届かなかったから」

 

 

蓮が六筒を倒しカンをする。そして嶺上開花、ツモった牌と手牌をゆっくりと倒した。

 

 

「ツモ。リーチ、嶺上開花、三暗刻…!」

 

 

暗刻が3つに三筒、蓮の待ちは二・三・五筒、三筒なら役満だった。いやそもそも三筒を切っていたら一発で四萬を引いて蓮は四暗刻を和了していた。だからおそらくこれはわざと三暗刻にしたてあげた手牌、クリア麻雀に勝利するため四萬を切れば僕がカンをして自分の和了牌を掴めることを見透かしての選択なんだ。

 

蓮はどこまで先を読んでいるのだろう。鳴かされたこともカンしたこともすべて蓮の読み通りだったのか。

 

一気通貫、チャンタ、三色同順、七対子、三暗刻、すべての役をクリアされた。結局僕は蓮の手の上で踊っていただけだったのだ。

 

 

「おめでとう、蓮。やっぱり君は凄いよ。残り千点の状況から逆転するなんて…、君はやはり最高の博徒だよ」

 

 

「ひろさん、まだ終わってないよ」

 

 

称賛の言葉を贈る僕を蓮が止める。終わっていない?でも蓮がクリア麻雀を制してもうこのゲームは終わったんじゃ…?

 

蓮はドラ表示牌を降ろし裏ドラをめくる。一つ目、三筒。ドラが三つ乗った。これで倍満。

 

僕は息を呑む。ねえ待ってよ蓮。どうして君がこれを知っているの。僕は知っている、この展開を見たことがあった。

 

これは赤木さんが天さんを打ち取ろうとした時の策、裏ドラを暗刻として数えた四暗刻地獄待ち単騎、なんで、まさか蓮がこれを…。

 

今の状況はあの時と似ていた。僕と蓮の点棒差は37400、ツモで蓮が僕に勝つなら倍満では足りない、役満をツモ和了するしかない。

 

カタンと二つ目の裏ドラがめくられた。八萬、これで三倍満、あとひとつで数え役満。

 

ドクドクと心臓の高鳴りを感じた。赤木さんや天さんも固唾をのんで見守っている。もし、もしこんな奇跡が起こるならそれは蓮はもう人ではない気がした。

 

 

「私と全力で戦いたいっていったよね。私は全力だったよ。それがこの結果だ」

 

 

そういって蓮が最後の牌をめくる。クルリと綺麗に回転して牌が表を向く。それは萬子、表になった牌を見て僕の意識は完全に真っ白になった。

 

最後の牌は八萬だった。裏はすべて乗ったのだ。数え役満、蓮はあの時赤木さんができなかった奇跡を成し遂げたのだ。

 

 

「これで逆転だ、ひろさん」

 

 

蓮が静かにいう。こんなのはもう人の領域ではない、神様の領域だ。蓮は今神がかった闘牌を僕に見せつけた。

 

勝てるのだろうか、こんな圧倒的な力を持つ蓮に敵う日がくるのだろうか。

 

わからないけれども心は昂揚していた。もう、追いつけないと諦めるのは2年前に行っている。ここからはひたすら君を追い続けるよ蓮。それがどんなに困難だとしても僕は一生追い続ける。

 

この感動は生涯忘れないだろう。いつか僕は神様を捕まえよう。

 

 

 


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