※赤木視点
ようやく本気を出したか。
静かに闘気を纏う蓮を見てクツクツ笑う。
停滞しているひろを蓮が見つけ、ひろが前に進み出すために始まったこの麻雀は乱戦を極めた。
ひろと天が仕掛けてきたクリア麻雀というゲームはチーム戦という前提で行われ、先に決められた5つの役を先にクリアした方が勝ちという物だった。
俺と蓮がチームになったが、俺はハナから蓮と組む気はなかった。これがただの身内の、暇つぶしのような物なら蓮と組んで戦うのも面白かったかもしれない。
だがこれはひろの進退がかかった真剣勝負だ。勝負事であるなら色々なルールが追加されようと結局勝者はひとりとなる。馴れ合いなど不要だった。
だがそうとは思わなかった蓮が、天がひろを鳴かす隙を見計らってサインを送ってくる。“七対子”“四筒”、蓮の待ちと状態はわかった。
2年前、俺を倒し東西の猛者たちを圧倒した蓮だが意外と勝負事に執着はない。むしろ勝負を忌避している感じすらある。
俺と同類だと思った蓮は全く違うタイプの人間だ。勝負が人生と思う俺と平穏を望む蓮、父娘だが似るわけでもねえんだな。だが、それでも蓮の才能が異質というのは疑いようがないことだった。
安穏とした生活を好みながら、勝負の熱に晒されれば焼け落ちるどころか逆に熱を纏い支配する。これで勝負事を望まないというのだから蓮は本当に神様という奴に愛されているのだろう。
そしてまた蓮の勝負観も他と常軌を逸していた。普段の蓮はあの小さな身体から想像もつかないような豪運と剛腕で相手をねじ伏せてきた。だが、蓮が自分から望んだ勝負ではそれが変わる。
蓮は、一途だった…。勝負事に対して一途で健気で、何かをすくい上げようと必死に足掻く。何を掴もうとしているかはわからない。だがそれが蓮にとって、すべてを投げ打っても手に入れなければならないものだというのは感じた。
あの東西戦でもそうだった。蓮は東西戦の勝者になることも俺を倒すことも望んじゃいなかった。だが、あの場には蓮にとって全てを懸けても欲しいものがあったのだ。
それが何かはわからない。知りたいとは思うが、俺が博打に不条理であることを求めるように蓮にも何かこだわりがあるのだろう。本人が喋らないのにそれを暴き立てるようなこともない。
蓮の待ちが四筒であるならコレは切れない。他の待ちを確定させて俺も四筒で待つ。俺が切らなければ蓮は四筒で待たなくなる可能性が高い。そして案の定、蓮は次の自分の手番でツモった牌を手の中に入れて四筒を切った。
「ロン。タンヤオ一盃口ドラ3、満貫だな」
「へー、四筒持っていたんだ。どういうつもり?」
「くっくっ。なに、簡単な話さ。お前を倒したいと思っている男がもう1人いたってだけのことだ」
そういうと蓮は黙って点棒を差し出した。相変わらず表情がわかりにくい奴だが眉間に少しシワがよっている。不快というよりは不安が心の中に渦巻いているんだろう。はっ…、お前にとっては唐突なのかもしれないが最初からこうだったんだぜ?勝負はとっくに始まっていたのだ。
場の空気を理解していなかった蓮はいつものような力を発揮できていない。そうこうしているうちにひろが3つの役をクリアした。
だがここでも予想外のことが起こった。ひろがクリアできる役もないのに天から和了したのだ。これでひろと天のペアも決裂となる。
ひろゆきは本気で勝ちに来ているのだ。ペアという優位性を捨て単独で勝負を挑んだ。まだ場の空気を掴めていない蓮と、がむしゃらに勝ちに来ているひろじゃ勝負に対する熱量が違いすぎる。こりゃ、蓮は負けるかもしれねぇな。
その後天が和了し、俺が和了し、ひろゆきが和了するが蓮に動きはない。細かい和了を繰り返しながら場は進んでいくが、蓮にはそれすらない。振り込みもしないがツモりもしない。ジリジリ点棒だけが減っていった。
そして、ひろが蓮に勝負を仕掛ける。蓮との直接対決を望み打ち取りにいった。中盤以降ふたりは手出しの応酬だった。手の内を見ねえと詳しくはわからねえが次々にあぶれ牌を狙うひろに蓮がその待ちをかわしているように見える。
だが、そもそもの流れが蓮にとって悪すぎる。最後は1000へと数少ない点棒を減らした。
俺、天、ひろの3人との麻雀は蓮にとって身内のお遊びの領域を出なかったのかもしれない。そして、ただ漠然と戦うのには他のメンツの勝ちへの執着が強すぎた。結局この麻雀は“勝負”なく終わるのかもしれない。そう思った時だった。
ゆらりと蓮の纏うオーラが変わる。静かに佇むその姿から考えられないほどの熱が感じられる。
まるで青い炎だ。静かに揺らめくのにその内すべてを焼け焦がすように何よりも熱い。
…ああ、あの時の蓮だ。俺を倒した燃えるような熱を持った蓮がそこにいる。
何が蓮をその気にさせたのかわからない。ひろにやり込められたのが癇に障ったのか?いや、蓮はそんなことでは勝負をしない。蓮は勝敗には興味がないのだ。
蓮が心を注ぎ込むもの、それが何かはわからないがここにあったのだろう。蓮が、勝負を望んだ。
クックッ、点棒が1000でクリアした役もないのにこのメンツ相手に逆転するつもりかよ。面白え、やってみろよ蓮。楽にはさせねえぞ。
ひろの親から再開だ。ひろも蓮の変化には気付いているだろう。引き締まった顔で牌をツモっていく。
だが、いくらやる気になろうとそう簡単に流れは変わらないだろう。しかもこの局はひろが蓮に競り勝った後だ。流れはひろにある。
下手すればこのままひろが和了しそれで終わる可能性すらある。そうして始まった第1打、ひろが捨てた九萬を蓮が鳴く。
「ポン…!」
蓮が引き寄せた牌を右に寄せる。早速ツモ番を飛ばされたわけだが、蓮の狙いはなんだ?九萬ってことはチャンタ狙いか?いや、混一色や役牌の後付けも充分考えられるな。切る牌は考えねえといけねえ。
だがその後すぐに蓮の狙いがわかった。ひろがツモった牌をツモ切っている。その反対に蓮がツモった牌は手牌に入るようだ。
蓮が仕掛けたこと、それはひろのツモを奪うことだ。好調のひろと不調の自分のツモを入れ替え、ひろの流れを奪い取ろうとする。言いたいことはよくわかるが実際にやるとなるとそう簡単なことじゃねえ。流れなんて目に見えない曖昧な物の存在を信じきり、不要な牌を鳴いて相手のツモ番を奪うなんてことは理屈では説明できない。
蓮は自分の信念に身を任す事が出来るらしい。この土壇場で不条理に身を任せるなんてこいつもどこかおかしいな。だが、実際にその不確かな流れを捕まえ流れを手にしているんだから、こいつはとんでもない博徒だ。
蓮は好調だが、そろそろひろに復活の兆しがある。一度鳴いてツモ番を入れ替えたわけだが、その程度でなくなるほどひろの流れも薄くない。
「その牌、チー…!」
「おっと、コレか」
蓮が俺の捨てた一索を鳴く。これで蓮は二副露、ポンと鳴いた九萬と今食った一・二・三索。混一色は消えたな。チャンタか?なんにしてもまたツモ番がズレた。この鳴きは単に必要牌を食いたかったのか、それとも…。
俺のツモ番がくる。掴んだのは二索、これが本当にひろの必要牌ならこいつはとんでもねえことになるぞ。とても切れる牌ではないから手の中に収める。この局の終わりも近い。
そしてその3巡後、ツモと言って蓮が手牌を倒す。開かれた手牌を見て納得する。ひろのツモを奪ったならひろの望んだ手が入るはずってことか。七索をツモって索子の一通が完成している。ひろの最後のクリアすべき役がそこにあった。
「僕の必要牌は蓮に食い取られたんですね」
ひろが手牌をパタンと内に倒す。ひろの手は見えなかったが、その時ふと思った。蓮が索子の一通をツモ和了するということはひろの手も索子の一通だったんじゃねえのか?
ぞくりと背筋に何かが伝う。二索は本当にひろの必要牌だったのかもしれない。それを蓮が鳴いて阻止したのだ。
今までの蓮の麻雀は降ろしの麻雀だった。聴牌したことを隠しはしない。そして時折強烈な手を和了しきり振れば死ぬという印象を抱かせる。
その代わり大物手を捨てて千点食い和了するといったことは蓮は苦手だった。千点取るならフリテンリーチをかけて相手を降ろす、そんな奴だった。だからクリア麻雀は蓮にとって不利だったのかもしれない。高得点を取るのではなく必要な役を作るというのは蓮の麻雀に合っていない。
だが、それは思い込みだったのかもしれない。今蓮は流れを読み切り、ひろからクリアすべき役をひとつもぎ取った。
この戦いでひろが一皮剥けたのは感じていた。以前のうまく打とうとする打ち回しが消え、何が何でも勝つといった気概を持っている。だが、それは蓮もだった。蓮もかっこつけて打つのをやめている。華やかで誰をも圧倒する打ち筋ではない。勝ちに来ている。静かに細やかな打ち回しを持って流れを支配しようとしている。
今、こいつはとんでもねえ化け物になったのかもしれねえな…。
この場には駆り立てるような焦燥があるわけではない。命を懸けたひりひりと肌の焼けるような緊張感のあるギャンブルがあるわけでもない。
だがこいつを見ていると、どうしようもなく胸がざわめく。全身に血が通い、身体が熱くなる。
これから蓮が起こす奇跡を見ていたいと思った。
俺が博打以外に興味を持つなんてこういうのを歳をとるって言うのかもしんねえな。まあ悪いこったねえだろう。親が子供に興味持つっていうのはよう。
クツクツ笑いながら前の山を崩す。ここから蓮が何をするのか見届けてやろうと思った。