「お、そこにいるのはひょっとしてひろか?なんでこんなところにいるんだ?」
「それより貴方は何故ここにいる?財布がなかったんじゃないのか?」
ひろさんじゃなくてなんでお前がここにいるんだよ。確か私は財布忘れたからといわれて深夜の繁華街に呼び出されたはずなんだがなんで普通に店から出てきているんですかね。まさか狂言?返答によっては私は明日からご飯作るのをストライキします。
「お前が来るのが遅かったから店の親父にコインの裏表を10回連続当てたらタダにしろって持ちかけたんだよ。まあうまくいったからここにいるな」
「ふーん、そう」
え、簡単に言っているけどそれとんでもない確率だよね?えっと2を10回かけるから1024分の1?この人裏社会から引退したとか言ってたけど全く衰えてないだろ。神域って通り名が伊達じゃなさ過ぎて怖い。
「で、なんでひろがここにいるんだ?」
「別に、たまたま会っただけさ」
「ほう、そうか」
赤木さんがじっとひろを見てそして静かに零す。
「止まっているなひろ」
「え、」
「あの東西戦からか?停滞している。お前は止まっているんだ」
その言葉を聞いた瞬間ひろがサァーと青ざめる。もともと血色が良かった顔色ではなかったがはっきりと顔色が変わったのがわかった。
「な、何いって…、今酔っ払ってこんなところにいるからそういっているんですか?でも、そんな日だってあるじゃないですか。仕事がうまくいかないとかわけもなく呑みたくなるとか…、」
「そういう話じゃねえ。お前は朧なんだよ。真っ直ぐ生きていない淀み、…濁りを感じた。お前はこの2年間動いていねえ…、半死だっ…!」
赤木さんのその言葉を聞いてひろさんがゆっくり顔を下げる。そして拳を握りしめ肩を震わせる。
「分からない…。赤木さんには、貴方たちには分からないんだ…。へこたれる人間の気持ちがわからない…!」
「そうか?」
「そうです…!だって、赤木さんも蓮も何でもできるじゃないですかっ…!やろうと思っても、心ならず停滞してしまうそんな人間の気持ちがわからないんだっ…!」
ひろが絞り出すようにそういう。顔には苦悩の表情がありひろさんが本当に苦しんでいることが伝わってくる。うん、でも待って。確かに赤木さんは天才だが私は凡人だぞ?私を赤木さんと同じ括りにいれるの心底やめてもらえませんか?私はコインの裏表を連続で10回当てられるような化け物と違いますので。
「…仮にそうだとしても命は関係ないだろ。人生は楽しむか楽しまないかだ。思うように勝負すればいい」
「でも、失敗したら…」
「別に構いやしねえよ。いいじゃないか…!三流で…!熱い三流なら上等よ…!」
そういってふっと笑うと赤木さんはひろに背を向けその場を離れる。え、放置?ひろさんこのままでいいの?
チラッとひろさんを見ると俯いたまま肩を震わせている。ううん、なんか悩んでいるっぽいしここは放っておいた方がいいのかな?
少し先を歩く赤木を追いかけ隣に並ぶ。
「いいの?」
「ひろのことか?後はあいつが決めることだ。まあひろの気持ちもわからなくない。とんでもない才能を目の当たりにするとどうすればいいかわからなくなるさ」
物思いに耽るように赤木さんがそういう。え、赤木さんがどうしようもなくなるほど凄い才能を持った人がいたの?誰だ、市川さん?鷲巣さん?あ、天さんか。うん、確かに“天”の主人公である天さんはとんでもない人間だったもんね。赤木さんがそういうのも頷ける。
「まあだからといって俺の生き方が変わるわけじゃねえんだけどな。人生ってのはただ生きることでしか実らねえんだ」
そういって赤木さんは笑って私の髪をくしゃくしゃに撫でる。ちょ、いきなりなんなんだこのおっさん。道端で人の髪ぐちゃぐちゃにするのはやめて下さい。
赤木さんが言おうとしていたことは少しわかる気がする。周りなんて気にせずに自分らしく生きろっていうことだ。とてもいい話だし原作でも感動したところではあるがでもこのおっさんは好きに生きすぎているだろ。好きに生きるのもいいけど深夜の繁華街に娘を呼び出すのはおかしいくらいの常識は身につけて下さい。
※※※
それから3日経った。何故か赤木さんはずっと家にいる。
いつもだったらふらっと何処かへ行ったり夜は飲みに行ったりするのにずっと家にいる。
不思議に思っているとその日の夜家のチャイムが鳴った。赤木さんに代打ちを頼むどっかのヤーさんかな?と思ってインターホンに出ると天さんとなんとひろさんがそこにいた。
ドアを開けて中に入ってもらう。ひろさんは前にあった時と同じように黒縁のメガネをかけ髭を生やしていたが前と違い目に力があった。
「昨日、会社を辞めてきました」
「ほー、それでひろ、どうするつもりなんだ?」
「この世界で生きます。例えどんなに苦しくても自分の心に嘘をつかないことにしたんです」
そういうひろさんの顔は晴れ晴れとしていた。安定した人生を生きるより勝負し裏の世界で生きることを選んだのだ。
世間一般では褒められる生き方ではないだろう。だけれどもHEROの世界を知っている私にとってはこれで良かったと思う。勝負事の世界で生きるひろさんは活き活きとしていて輝いている。
がんばってねひろさん、私も自分の生きたいように生きて平凡な日常を送るから。
「それで蓮、僕と打って欲しいんだ。これから先僕がこの世界で生きていく実力があるか君と打って試したい」
「別にかまわないよ」
「俺も打たせてもらうぜ。東西戦の最後の戦い、俺は勝負の場に座ることすらできなかった。赤木さんや蓮に勝ちたいって気持ちはひろと同等だぜ」
「じゃあこの4人で箱テンになるまで争うってことでいいんだな?」
ということで天さんひろさん赤木さん私の4人で打つことになった。まあ別に減るものじゃないしひろさんの裏社会復帰のため麻雀しようというなら打ちますよ。失うものもないし気楽に打ちましょう。
「いや、ここでひとつルールを追加したい。二翻の代表的な役が5つありますよね?」
「一気通貫・三色同順・チャンタ・三暗刻・七対子あたりか?」
「はい、その5つを先にクリアしたチームが勝ちということにしましょう」
「チーム?」
天さんの提案に赤木さんが首を傾ける。これってアレだよね、東西戦の本戦で行われるはずだったクリア麻雀だよね。え、それを今からここでやるの?あれって確かチーム戦だったってことだよね。ということは…、
「はい、俺とひろ、赤木さんと蓮がチームを組んで先に5つの役をクリアした方が勝ちです」
「俺は構わねえが蓮はどうだ?」
「問題ないよ」
「だ、そうだ。じゃあ早速始めるか」
そういって赤木さんが牌を出す。どうやら赤木さんとペア戦をすることになったらしい。ちょっとびっくりしたがあの赤木さんとペアを組めるのは頼もしいね。きっと無双してひとりで全部の役作ってくれることでしょう。がんばってくださいお父さん。
「蓮、この麻雀で僕は何かを掴んでみせる。だからこの勝負真剣に打って欲しい。本気の君に勝ちたいんだ」
真っ直ぐと意志を持ったひろさんの瞳が私を射抜く。赤木さんとチームを組めたがどうやら楽な戦いにはならないらしい。
クリア麻雀編はじまるよー
なお、クリアカード編ではない模様