気付いたら赤木しげるの娘だったんですが、   作:空兎81

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ここからクライマックスです。
※原作の展開めっちゃ変わります。
※赤木さんの勝負観に捏造入ります。
※麻雀については大目に見てください。



家族

※赤木視点

 

 

「私は貴方を取りにきた」

 

 

真っ直ぐと射抜くような強い瞳をした蓮と目が合う。

 

その言葉を聞いて腹の底から湧き上がるような高揚感を覚えた。東西戦の途中であり実の娘から挑まれた勝負であるというのに魂が揺さぶられた。

 

やはり俺はどうしようもない根っからの博打好きらしい。これから始まるだろう真剣勝負に心が震えた。

 

 

「ほう、何を勝負しようってんだ?」

 

 

「雀箱の中には五索はないよ。あるのは五筒と五萬だ。それを賭けよう」

 

 

蓮は白の代わりに割りを食った牌が何か当てようという。俺があの箱の中にある牌が五索だと断言したのは先程の一戦で原田が五索で待つことを嫌ったからだ。あれから五索はキナ臭いと思っていたがさらに五索で頭ハネをするといった時の原田の反応から考えて今は五索を白と交換したのだと確信している。赤の五の数牌を避けるためだと錯覚したと言い訳もたつし間違いない。

 

だが、蓮は五索はないという。五索ではなくあるのは五筒と五萬だけだと。

 

どんな考えがあるのかは知らないが俺は俺の理に従うだけだ。勝負を挑まれた以上引くという選択肢はない。

 

 

「いいぜ、蓮。雀箱の中に五索があれば俺の勝ち、五筒と五萬ならお前の勝ちだ。何を賭けるんだ?」

 

 

「貴方の理を賭けてもらう」

 

 

俺の理?どういう意図だという意味を込めて蓮に目線を向けると、意思の灯った瞳で、だけれども静かに口を開いた。

 

 

「五筒で貴方は和了りなんだ。だから貴方の理を曲げてこの後も打ち続けてもらう」

 

 

蓮は五筒で俺に和了れという。俺の待ちが二・五索、五筒であることから五筒でもあがることはできるが、五索でロンと言った以上それ以外の牌であがるのは俺の意に反している。なるほど、俺の理を賭けるという言葉はその要求に即しているだろう。

 

口調は緩やかなのにそこに込められた意志は火傷しそうになるほど熱い。蓮が何を思って俺の理を変えさせたいのかはわからないがそこに強い思いが込められていることが伝わってくる。

 

クククッ、あんなにクールだったのに随分と熱くなっているじゃねえか。やっぱりお前は俺の娘だな蓮。博打に魂込めちまうなんてそれらしいぜ。

 

蓮は俺に理を賭けろという。ならばお前が賭ける物もお前の理であるべきだ。

 

 

「それで構わない。だが、賭けというならばお前にも同等の物を賭けてもらうぜ」

 

 

「何を賭ければいい?」

 

 

「俺が俺の理を賭けるんだ、お前にもお前の理を賭けてもらう。負けたらお前は赤木の姓を名乗れ」

 

 

そういうと蓮の目が見開かれ息を呑む音が聞こえた。

 

蓮は別に母親に思い入れがあるわけではないし俺を嫌っているわけでもない。それにも関わらず“赤木”の姓を名乗らない。

 

ここにこいつなりの理由があるのだろう。俺の娘であることを良しとしながら俺の姓を拒んでいる。蓮が蓮として生きるのにそれが必要であるならその理を賭けてもらおう。これは互いの理を賭けての勝負だ。

 

 

「…それでかまわない」

 

 

「そうか。じゃあ雀箱の中にあるのが五筒と五萬なら和了ってやるよ。五索があったらお前は今日から赤木蓮だ」

 

 

そう決め事をしていよいよ牌を検める。俺たちのことで随分と周りを待たせてしまったが西に特に損がある話でもないし構わないだろう。五索も五筒もなければチョンボで俺が落ちるといい雀箱を開けさせた。

 

誰もが牌の中に注目している。黒服が中を開け牌を1つずつ取り出していった。

 

まずは春夏秋冬、それを脇に寄せ残った4つの牌のうち1枚を卓の上に置く。

 

最初の1枚は五筒、まずは俺のあがり牌が1枚あったらしい。蓮の予想が1枚当たった形だ。

 

次の牌を表に向ける。白。もう一枚の牌も卓の上に置き表にすると白だった。

 

雀箱の中に残る牌はあと1枚、この牌が何であるかですべてが決まる。

 

 

「そいつは、蓮はお前の何なんだ」

 

 

「蓮は俺の娘だぜ」

 

 

「そうか、赤木の関係者だと思ったが娘だったのか」

 

 

最後の牌をめくる前、原田がそう尋ねてきた。そういえば蓮のことは西には言っていなかったな。蓮の名字は伊藤だったし西が俺の娘だとわからないのも無理はない。

 

 

「なら、これからは“赤木”が2人になるわけだな。最後の牌は五索だ」

 

 

原田が諦めたようにそういう。そうか、やはりあの七索待ちの違和感はあっていたのだろう。俺の理が正しかった。

 

決着はついた、そう思って蓮を見ると驚いたことに蓮の瞳から闘志は消えていなかった。いつもと同じように何も映し出さない表情の中に瞳だけが燃えるように熱を持っていた。

 

 

「まだわからない。牌を開けるまで何が起こるかわからない。そういうもののはずだ」

 

 

そういって蓮が雀箱を持つ黒服に目線を送る。

 

それを受けた黒服は怯えたように最後の牌を差し出した。それは蓮の言葉に恐れを抱いているようだった。

 

恐らくこの黒服が原田から指示を受け牌を入れ替えた人間だろう。ということは原田と同様にこいつは最後の牌が何かを知っているはずだ。それにも関わらずここで蓮に怯えるのはどういう理由だ?

 

途端、背筋が寒くなる。原田の七索待ちは蓮だって違和感を持ったはずだ。それでも蓮は五索ではなく五萬があるといった。蓮の理はどこから出てきたんだ?

 

震える手で黒服が最後の牌を差し出した。ゆっくりと卓の上に置かれたそれはついに最後の審判を下す。

 

そこには“伍”という漢数字と萬の字、最後の牌は五萬だった。白と取り替えられた牌は五筒と五萬、蓮の理が勝った。

 

足元から力が抜けていくような感覚がある。目の前に広がる光景が視界に入っているはずなのにうまく思考することができない。俺はゆっくりと手を伸ばし牌に触れる。

 

親指の腹で牌の表面をなぞる。何万回と行ってきた盲牌だ、その感触から掴んだ牌が五萬であることが伝わってくる。

 

 

そうか…、ああ…、そうか。俺は負けたのか…。

 

 

その事実がゆっくりと俺の中に染みてくる。2年前、天に粉をかけられ一ヶ月前、蓮の強運に勝ちを浚われ自分の衰えを感じていた。

 

そして、この東西戦。これほどまでの大勝負はもうないだろうと臨んだ戦いで俺は真剣勝負で蓮に敗れたのだ。

 

 

「勝負を再開しよう」

 

 

そう蓮がいう。勝ったのは蓮だ。賭けの内容に従うなら蓮が俺に振り込んで場が流れたところからの再開になる。

 

 

「ああ、そうだな。蓮の振った五筒で頭ハネだ。勝負を再開しようじゃねえか」

 

 

まだ、場の空気が騒めいている中次の局に進める。

 

今場を完全に制しているのは蓮だ。ここ一番の大勝負に勝ちきり西も東もすべて呑み込んだ蓮に圧倒的に流れがある。

 

そして俺は蓮が最高潮に流れに乗り切った時に何が起こるのかを経験している。まだ、麻雀牌も見たことがなかった蓮がたった一度の勝負で起こした奇跡を俺は忘れていない。

 

予感があった。すべての条件が整ったこの場で蓮がもう一度あの奇跡を起こすのだと俺は確信していた。

 

初めて牌を握らせた時に蓮が麻雀の神様に愛されていたことはわかっていたのだから。

 

配られた牌を開く。大敗した後だというのに思ったより悪くない。

 

この配牌なら一筒から捨てるな、と思ったところで親の原田が一筒を切った。続いて僧我も一筒を切る。ああ、なるほどな。仕上がるっていうのはこういう状態をいうんだろう。

 

 

「和了らなくてよかったのか、蓮」

 

 

からかうような口調でそういう。原田と僧我の第一打が一筒で俺の不要牌も一筒ならそういうことなのだろう。視界の端に驚いた原田と僧我の顔が見えたが視線を蓮から外さない。

 

蓮は俺の言葉に顔をあげると俺に視線を合わせてからまっすぐ手を伸ばし牌をツモった。そして牌を見ると表にして静かに右側に置いた。それはやはり一筒だった。

 

 

「貴方を取りに来た、っていったはずだよ」

 

 

ツモ、と言ってぱたりと蓮が手牌を倒す。ツモった一筒で蓮は和了っていた。地和、役満だった。まさしく天に愛された配牌だった。

 

原田の第一打で和了っていたくせに自分でツモるとは勝手な奴だな。東西戦のことを考えるなら原田を殺る選択肢以外ないというのに東のことを全く考えていやがらねえ。クククッ、本当にこいつは俺の娘なんだな。そうだ、博打っていうのは自分のために打つもんなんだよ。お前がお前であるための選択をすればいい。

 

それが、蓮にとっては俺を討ち取ることだったんだろう。まったくもって完敗だ。ここまで綺麗に決められると何も言えやしねえ。俺はこれで終わったのだ。

 

蓮が地和を和了ったことで東西戦は東の勝利ということになった。今までの取り決めで言うなら残り点数4000の原田が飛んで俺と蓮と天の三人で決勝という形になるはずだが僧我がそれを辞退した。俺との決着はついてないが僧我の中でも折り合いがついたのだろう。まあここまで鮮やかな手で和了られれば文句もでないな。東西戦はこれで終了した。

 

これまで積み上げたものはすべて崩してきた。あるのは俺が赤木しげるであるという矜持と博打だけ。その博打も今日完全に敗北した。俺に残るものはもう何もない。

 

ふと、蓮がこちらに近づいてくるのが見えた。今回の戦いの最大の功労者がやってきたか。まあ声でもかけてやるとするか。

 

そう思って立ち上がろうとした瞬間目の前に手が伸ばされる。手の先を追っていくと俺に向かって手を差し出す蓮の姿があった。

 

 

「帰ろう、…父さん」

 

 

その言葉に目が見開かれる。何を、と思って蓮を見ると相変わらずの無表情だが耳が赤い。ああ、そうだ、そうだった。

 

 

俺にはまだ家族がいた。

 

 

思わず口元が笑みを作る。その手を取って立ち上がり目の前の小さな体温を抱きしめる。

 

 

「おう、帰ろうぜ蓮。お前の飯が食いてえ」

 

 

蓮が腕の中でかすかに震えたのを感じた。

 

 


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