※原田視点
休憩を挟みいよいよ決勝に残るメンツを決めるための最後の麻雀を始める。
ここまで本当に予想外の連続だった。まさか阿久津、三井の両方がこんなに早く落ちるとは思っていなかったし東のメンツがここまでしぶといとも思わなかった。
こうなったのは赤木や天の行動によって追い詰められたからだ。特に阿久津と三井を殺った赤木と天による四暗刻により西は大きく戦力を削られた。
だがそんなことはこの戦いを始める前からわかっていたことだ。東のメンツの中で天と赤木が抜き出ているのだからそれを俺と僧我で抑える、そういう作戦だった。
だが1つ計算違いが起きた。天と赤木以外にとんでもない打ち手がいたのだ。
伊藤 蓮、どうみてもただのガキにしか見えないこいつに西は翻弄されている。
最初に俺がこいつと打ったのは東西戦の第1局、ビケ殺しのルールでの卓だった。
その時の蓮はそこまで脅威に思わなかった。索子しか捨てられていない河で待ちを索子だと読み切る洞察力、リーチをかけた時の牌の乗り方、相手に振らない打ち回し、屑ではないがつけ込む隙はいくらでもある甘い打ち手だった。
蓮はやたらとリーチをかけてきた。すべての手を見れたわけではないが明らかにダマで待つべき手牌でリーチをかける。おそらく相手を降ろすことを意図しているのだろうがリーチをかけてくれるのならやれることはいくらでもある。ガキとしては打てる奴だがこの東西戦の相手と考えるなら脅威ではない。東のメンツの数合わせ、ただそうとだけ思った。
だがそうでないとすぐに思い知らされた。東一局、いきなり蓮は五索を捨てた。その次は二筒、明らかに萬子染めである。
しかも3巡目には字牌を切った。混一色ではなく清一色、ここまであからさまだと誰も振らない、ツモったとしても親は天だ。親被りを食うのだから東に旨みがない。
まだ所詮ガキ、高い手に浮かれて手作りしているのか?と思っているとついに蓮の手の内から萬子がこぼれた。いよいよ張ったのだろう。天の捨てた三筒を鳴く。
その後蓮がツモ切りした東を鳴く。これで聴牌、だが淀みなく東を捨てる蓮も間違いなく聴牌しているだろう。
この局の親は天だから蓮にツモられるのはそこまでの痛手ではない。してはいけないのは振り込みだがこの捨て牌で振るやつなどいないだろう。萬子の臭いところをツモれば手を回すだけだ。
そうこうしているうちに10巡がたった。それぞれ後ろにいたものと交代して新たな場が再開される。蓮の手牌を引き継いだ赤木はツモ切りをするだけだ。やはり聴牌だったのだろう。萬子は捨てられないなと思いながら見ていると三井の切った四筒で赤木がロンという。一瞬、何を言われたのかわからなかった。
ロンだと?バカな、赤木は蓮の手牌を崩していない。ということはあれは萬子の清一色ではないのか。
倒された手牌には萬子が多く並んでいる。しかしその隣には密やかに五筒と六筒が並んでいた。
ピンフ一通ドラ1、マンガン。なんてことだ、あの手牌は清一色などではなかった。
華やかな清一色で惑わしこっそり実利を取る。上がったのは赤木だがこれは蓮にしてやられたのだ。
予選の一回戦での打ち回しを見ていて俺は蓮を舐めていた。人ひとり死ぬかもしれないという状況で顔色を変えない肝っ玉の太さは評価していたが麻雀の腕が脅威だとは思っていなかった。
だがあの時蓮は実力など発揮していなかった。他者を圧倒するような打ち回しをしつつその裏できっちり相手に点棒を吐き出させる。東側の穴だと思っていたところはそうではなかったかもしれない。
だからといってやることも変わらない。蓮の実力を読み違えたのは痛いがそれでも俺には及ばない。純粋な実力で勝ち切るだけだ。
それから場が膠着し始めた。誰かが高い手を作る気配があると別の者が安手で場を回す。
そんな中で蓮はひとり突っ走っていた。平気でリーチをかけ捨て牌を読ませ自分の手を隠そうとしない。
派手で華やかな打ち回し、そんなものに振ったりしないが蓮が恐ろしいのは時折地味な打ち回しで確実に実利を取りに来るところだ。
3連続リーチをかけられた次の局、ダマで僧我を討ち取ってしまった。役は断么ピンフの平凡な手だが、ドラが絡んでマンガンには届いている。きっちり西の点棒を奪いに来ている。
3連続リーチという派手な打ち回しをされた後でいきなりダマに切り替えられては対応ができない。現に僧我も蓮のことを聴牌すればリーチをかける打ち手だと思っていたのだろう、苦々しい顔で点棒を払っていた。ここまで連続して手が入ることはないだろうから前の3連続リーチには空リーが含まれていたのかもしれない。リーチにつられ蓮にしてやられた形だ。
だが、蓮につけ込む隙はある。派手な打ち回しで相手を引きつけるためとはいえ奴はリーチをかけてくるのだ。その後どんな戦略を立てようがリーチをかけてしまえばただ牌をツモ切ることしかできない、赤子同然だ。
蓮がリーチをかける。俺も聴牌をしたがリーチはかけない。
捨て牌から見るに蓮の待ちは索子の真ん中、おそらく二・五索。筒子を掴めば出す可能性がある。
蓮が牌をツモる。自分の掴んだ牌を見た瞬間蓮は一瞬目を伏せ、そして俺の方を見ながら二筒を捨てた。
ロン、といって牌を倒す。タンピン三色、きっちりマンガンだ。蓮は黙って点棒を出す。
あの動作を見るに蓮は二筒が俺のロン牌だとわかったのだろう。わかったところでリーチをかけてしまえば何もすることができない。
点棒が減り続けるこのルールで誰か1人を狙い撃つことができるのは大きい。それを理解している僧我もリーチをかけた蓮を狙い撃ってマンガンを直撃させていた。
僧我にツモられた2000、俺と僧我に振り込んだマンガン、これで一気に蓮の点棒は7000まで落ちた。あと一度でもマンガンを振れば蓮は脱落である。
だが俺たちの狙いは蓮を脱落させることではない。次に振れば死ぬという状況を作り出すこと、肝の据わったガキではあるがチームに迷惑をかけるかもしれないという状況の中では手が縮むだろう。10巡交代制で荷物がひとつあればそれだけで東全体の戦力ダウンに繋がる。点棒を削ること、そして蓮を使えなくすることが俺たちの狙いだった。
だが次の局蓮はドラを鳴いた。そして五萬を強打する。
もう8巡目で捨て牌から俺に萬子がキツイこともわかるはずだ。それをこの打ち回し、逃げている者の打ち回しではない。蓮は攻めっ気を失っていない。振れば死ぬというのにこのガキどんな精神状態で打っているというのだ。
結局この局は僧我に打ち込んでもらい軽く流す。だが次の局わずか3巡目でリー棒を掴むと薄く笑った。
「リーチ」
出されたリー棒を見て背筋が騒めく。こいつは何をしているんだ?あと一度でも振り込んだら死ぬんだぞ?死ぬのが怖くないのか?
蓮から訳のわからない不気味さを感じた。しかしリーチをした以上これから先、手を変えることはできない。ここで蓮を殺れば西が圧倒的に有利だ。
だが3巡目ということで手が纏まらず結局その5巡後蓮にツモられる。これでまた東に差をつけられた。
このまま流れを東に持って行かれれば取り返しのつかないことになる。天から索子を鳴き早々に二副露、索子を染めているように見せているが待ちは三・六筒、三筒ならば三色がついて満貫だ。
索子を2つ鳴いているのだから周りからは混一色、清一色に見えるだろう。例え他の待ちだと見破られても索子を切る手は止まる。点棒が増えないこの麻雀では振ることを何より避けるべきなのだからそれが当然だ。なのに、
手番が回ってきた蓮はツモった牌を手の中に収めそして五索を切った。選りに選って1番点棒が少ない蓮が索子のど真ん中を切ったのだ。何故、何故そんな牌が切れる。
俺の手を染めてないと読むのは難しいことではない。だが振れば終わる蓮が切れる牌ではないはすだ。そこまで自分を信じ切れるものだろうか。一切迷いのない蓮の打牌に流れを東に持って行かれた。
東で厄介なのは蓮だけではなかった。派手な蓮の打ち回しに気を取られているうちに準備が終わった者がいたらしい。
銀次という男が明らかに次の牌がわかっているかのような打ち回しをし始めた。ガン牌という言葉が頭に過ぎる。事実銀次の打ち回しにはいくつも不自然な打ち回しがあった。
しかし、銀次のガン牌は完璧なものではないらしい。七対子を上がった銀次の河に2つも対子が捨ててあるのを見てそれを確信する。
ガン牌があろうと竹光ならば怖くない。周りを牽制するためにもリーチをかけた瞬間頭を落とした銀次にこちらの動きを牽制するためだけのガン牌だと確信する。
しかし、後俺のラス牌というところで銀次がリーチをかけてきた。僧我が鳴きを入れ事なきを得たが何もなければ俺は銀次に振っていた。西の苦しい戦いは続く。
場の空気を変えるために休憩を申し出た。食事を取った後誰もいない部屋で牌を睨みつける。その時月夜に浮かぶ影を見つけた。そうか、これで銀次を殺れる。
俺はやっと西の反撃の糸口を掴んだのだった。