「銀さんのガン見破られるから牌変えた方がいいよ」
次の勝負まで一旦休憩を挟む、ということになったので私もご飯を食べて眠ることにする。
いやぁ、それにしても前半戦は大変だったなー。せっかく天さんにダマの待ちかた教えて貰ったんだけど満貫縛りで役作れず結局ガンガンリーチしちゃったよ。
おかげで相手に振り込みまくって残り7000点しかないけど僧我さんから振り込み貰っているしツモってもいるし結果オーライかな?初心者のにわか仕込みにしてはよくやっているよね。うん、私がんばった。
夕食は寿司で全部特上だった。大トロとかうますぎて口の中が溶けるかと思ったわ。東西戦に参加してよかったと初めて思ったね。取り敢えずたらふく食べるとしましょう。
お腹がいっぱいになって長いこと麻雀していて疲れが出てきて眠気がやってくる。じゃあこのまま寝るか、と思ったところでふと思い出したことがあったので口にする。確かもう銀さんのガン牌ってバレちゃうんだよね。前半戦で凄かったけどこの後は使わない方がいいだろう。
と思ってそう口にした瞬間周りの空気がガラリと変わった。え、私なんかまずいこといっちゃった。
「俺のガン牌が見破られるっていうのはどういうことだ?」
「そのままの意味だけど、そろそろバレて原田に利用されるだろうから牌変えた方がいいんじゃないかって話」
「そう思う根拠はなんだ?俺から見ても銀さんのガン牌は完璧だぜ」
何気なくした話にめちゃめちゃ食いついてこられる。ええっ、なんとなく親切心でいったつもりなのになんか予想外に盛り上がっているぞ?さらっと流して早く寝たいというのに、ああ、むっちゃ眠い。
「根拠もなにも知っているだからだけど?」
そりゃ原作読んでいるから展開は知ってますよ。くそう、まぶたが重くなってきた。こんなに長くなるなら起きてから話振るんだった。
「知っている?それはどういうことだ?」
「まさか銀さんのガン牌を見破ったってことか?!」
「嘘だろ、本当に気付きやがったのか?」
驚愕に満ちた声が辺りから聞こえてくる。うんうん、ホントホント。確か月明かりで照らされて浮き上がった影によって原田さんは銀さんのガン牌に気付いちゃうのだ。そんなことで気づかれるとは銀さんもついてない。まあいままでしっかりアドバンテージ稼いでいるのだからここは一歩後退して態勢を立て直しましょうよ。
「まあ落ち着けや。蓮が銀次のガン牌見破ったってならどんな目印か言えるはずだ。それを言わせればいいだけだろ?」
騒ぐ皆を諌めるように赤木さんがそういう。え、銀さんのガン牌見破ったの私じゃなくて原田さんなんだけど、もういいや。なんかガンについて言わないと解放してくれないオーラあるしさっさとネタばらしして寝よう。
「銀さんのガンは牌の表にあるんだよ。じゃあ私は眠いから寝てくるから」
あくびを噛み殺しながら部屋を出てお店の人が用意したという寝室に向かう。後でどんな会話がなされていたのか私に知る由もなかった。
※※※赤木視点
「だそうだが、どうだ銀次」
「…ああ、そうだ。間違いねえよ」
銀次が観念したように息を吐き出す。あたりに緩やかな騒めきが広がり皆が顔を見合わせる。
まさかと思ったが本当に蓮は銀次のガン牌を見破ってしまったらしい。俺や天にもわからなかった銀次のガン牌を見抜くとは全くもって大したタマだ。
蓮はほんの2ヶ月ほど前にあいつの母親が死んだことでわかった俺の娘だ。
ある日の夜、1組の男女が痴情の縺れの果てに死んだらしい。それだけならよくあることだろうが問題はその女が死に際に『私はあの赤木しげるの女よ!彼の子どもを産んだんだから!』と叫んだことだった。
女に飽きた男が捨てようとした瞬間、女が激怒し刺そうとしたのを返り討ちにしたのが事の顛末だ。男はとあるヤクザの下っ端で女が赤木しげるの名を出したことに怯えそれを上に伝えたところ俺にまで話が来た。
『赤木さんのスケに手を出すような不義理者は粛清しますんで』という若頭を宥めて取り敢えず俺の子とやらに会うことにした。そんな失敗はしたつもりはなかったがなにせ男盛りの30代は女から女の間を渡っているような生活だったしやらかしちまったのかもしれねえ。黒服の運転する車に乗りながら娘にどう接すればいいのか考えていた。
なにせ、自分の親もろくに知らないような生活を送っていたもんだから家族というものには縁がない。そんな中で娘なんてもんに接していくなんてどう考えても無理だろう。
興味本位とめんどくささが混じり合ったような心境だった。会ってみたいという気持ちはあるが娘なんてもんを背負い込むつもりは毛頭ない。最低限のケジメをつけてそれで終わりだろう。
そう思って訪れたアパートで油断した黒服に急所を撃ち込み次々と昏倒させていく少女を見たときはそれまで悶々と構築されていた娘像が全て吹き込んだ。
三人の男を倒し出口である玄関に向かって来た少女と目が合う。
その目はひたすら純粋だった。あれだけ暴れたというのにその目には怒りや喧騒など見当たらずどこまでも純粋に透き通っていた。
その目にどこか昔の自分を見た気がした。本能的にわかった。ここに来るまではどこか半信半疑だった存在、しかし確信を持てた。
こいつは間違いなく俺の娘だった。
『かっかっかっ、こりゃ間違いなく俺の娘だわ』
なんだか無性に気分がよくなった。こいつが俺の娘だというならばきっと自分の生を実感できるようなギャンブルが好きになることだろう。
そのままそいつを担いで組に戻る。そして麻雀牌を持って来させ中を見せる。
麻雀を知っているかと聞けば知らないという。ガキに教えるもんじゃねえだろうが俺の娘なら問題はねえだろう。ルールを教え込んでいく。
賭けをしないギャンブルなど弾倉のない拳銃のようなもの、なんも熱くなりやしねえ。だからこの勝負に賭けをしようと言った。勝てば俺の娘で負ければ赤の他人だと。
いくら血の繋がった娘だろうと足枷はいらない。この身ひとつで渡っていくのが俺の人生だ。余計な荷物を背負うつもりはない。
この歳の娘がなんの後ろ盾もなしに投げ出されれば生きていくのは難しいだろう。こいつにとってはまさに生死がかかった勝負なはずなのに全く表情は変わらなかった。無表情、無感動、ただ純粋な目で麻雀牌を見ていた。俺もガキの時はこんなだったんかね。そいつは南郷さんにも苦労をかけただろうな。
麻雀を覚えたてのガキと俺じゃ勝負にならんだろうからハンデをやった。1度でも上がれたらお前の勝ちでいいと。
それでもこいつにとっては難しいことだろう。こっちはその気になりゃ一度も相手を上がらせないように場を操作するのは難しくない。そして俺に手加減する気もない。
こいつが俺に勝つには豪腕、豪運、常軌を逸脱したなにか、異才が必要だ。
そんなわけで始めた一局目、そいつの親だった。何か切るように促すとそいつは静かに口を開く。
『切る牌はない』
ゆっくり倒された手牌はアタマひとつに四メンツ、上がっていた。役満、天和だ。
それを理解した瞬間笑いが込み上げてきた。周りを気にせずゲラゲラ笑う。
麻雀をやりつくした人生でも1度お目にかかれるかどうかなのにこいつは随分神様に愛されているようだ。とんでもない強運、こいつは俺より凄い博徒になるかもしれない。
2年ほど前にも天とかいう奴に粉かけられたが、これで勝負事で負けるのは2度目、いよいよ俺もツキが落ちてきたのかもしんねえな。
勝敗が決まったので賭けの内容に従う。『さすがは俺の娘だ』といってそいつの頭に手を乗せたが特に反応はなかった。まあこいつが俺の娘なら誰が父親だろうが関係ないだろう。
せっかくの勝者なんだからなんかひとつ言うこと聞いてやるというとここで初めてこいつは表情を変え、少し考え込むと『赤木の姓は名乗らない』と言ってきた。
俺の娘であることは拒否しないのに俺の姓を名乗るの拒むのを不思議に思い『なんでだ?』と聞くと『あんたの名を背負うのはごめんだ。私は私で生きていく』と答えやがった。
俺の名を背負うなんて言い方するってことはこいつは俺のことは多少知ってやがったのか?いや、これまでの流れで何か勘付いたのかもしんねえ。どちらにせよこいつの意思はわかった。
俺の力は借りず自分の力で生きていく。ったく、賭けの意味がなかったな。『お前さんは野心家だな』といって笑うとそいつは立ち上がって『伊藤 蓮だ』と淡々といった。そうか、蓮っていうのか。いい名だな。
それから世話になっている組に家を用意させて蓮と暮らし始めた。蓮は面白い奴だった。俺と同じで賭け事にしか興味ないのかと思えばそうでもなく料理したり学校に行きたがったりと普通のことを好んだ。
しかもどこで習ったのか料理が上手くて俺はついつい家に入り浸るようになった。蓮の料理はただ味付けが好みってだけじゃなくて、俺のために用意しているっていうのがわかる品ばかりだった。
どれもこれも手間暇かけられていてしかも品目が多い。俺がうまいっていった料理やもうちっと濃い方が好みだといった味付けは必ず覚えていて次の料理に加えられている。
ある時急な代打ちで二、三日目家を空けて戻るとちょうど夕飯時で蓮は飯を食ってた。
メニューは焼きそばだった。いかにも冷蔵庫の中のいらないものを炒めましたといった感じのメニューだった。俺がいない時の蓮の飯は随分と簡素だった。
蓮は俺に気付くと何か作ろうかといってきたが俺はそれを断って蓮の食べかけの焼きそばを食う。夕食を取られた蓮は不満そうだったが俺はいい気分だった。普段の飯が俺のために心を込めて作っているとわかったからだ。
その焼きそばは今まで食った物の中で1番うまかった。
それから蓮の飯を食うために家にいるようになり舌が馬鹿にならないようにとタバコも少し控えた。
組の奴らは俺の居所がわかりやすくなったと喜んだ。俺もこの生活を悪くないと思うようになった。
ごく一般的な生活を望む蓮だが、賭け事はどうかというとやはり俺の血が入っているだけあって強かった。
ハワイに行って、東西戦の口利きをしてほしいというひろゆきという青年と日本行きのチケットを賭けて勝負させてみたが見事勝ち切った。東西戦では初戦、実力を出し切っていないとはいえあの原田を圧倒した。予選ではひろゆきに打たせるというよくわからねえことをしていたが、今も銀次のガン牌を見破っている。
やっぱりこいつもこっち側の人間なのだろう。まだ13歳の蓮がこれからどうなるか楽しみに思った。
この戦いも後半戦に入る。ここからは大きく荒れるだろう。