ルイズさまは、お妃さま!?   作:双月の意思

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遥か宇宙、マール星レピトルボルグ王家は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールをお妃に迎えるための使者をハルケギニアに送った。
ワンダユウは、大使としてトリステインとマール星を行き来し、
チンプイは、ルイズの使い魔兼お世話役として、トリステインに残った。
ワンダユウ「チンプ~イ!頼んだぞ~!」

アルビオンに向かう道中のお話です。
マール建国一万周年の儀式を行います。


マール建国神話

 ワルドが来る前に、作戦会議がルイズの部屋で行われていた。

「ルイズ、あんた魔性の女になりなさい」

「ふぇ!? エレ姉さま。そ、そ、それってどういうことでしゅか?」

 エレオノールの発言に、ルイズは顔を赤くした。驚きのあまり、語尾もおかしくなった。

「今回のアルビオンの大使は、ルイズ、あなたよ。ワルドは、十中八九、ルイズの元婚約者っていう立場を振りかざして、ルイズを甘い言葉で篭絡しようとするでしょう。だから、あんたは徹底的に拒絶しなさい。近寄るな、話しかけるな、余計な詮索するな、ヒゲ・・・何でもいいわよ。

でも、今回の任務をちゃんと真面目にこなせば、あなたを見直すかもねって最後に言っておくのが、ポイントよ」

 じーっとルイズはエレオノールの平らな胸を見つめて言った。

「・・・姉さまに魔性の女の在り方を言われても、説得力ないわ」

 ルイズの言葉を聞いたエレオノールは眉を釣り上げて、ルイズの頬を軽く一回だけつねった。

「さ、最近は、わたしも結構モテるの!結婚相手の候補だって数万人もいるのよ!」

「いひゃい! でも、それってワンダユウ達が探してくれてるだけでしょ。姉さま、キュルケ位しか・・いだだだ!いだいです!でえざば(ねえさま)!」」

 エレオノールは、ルイズの話をルイズの頬をつねり上げて遮り、言った。

「いいから聞きなさい!ちび!何も、ワルドを本気で惚れさせる必要はないの。ルイズを篭絡できる可能性を残しておけば、ワルドの行動は読みやすくなるわ。アイツが、いくら貴族の憧れでモテモテの魔法衛士隊の隊長だといっても、目の前の女に頑なに拒否されたら、冷静さを欠くと思うの」

「なるほど・・。分かりました、姉さま。わたし、やってみます」

 ルイズはつねられた頬をさすりながら答えた。

 

 話し合いが終わり、朝もやの中、出発のための準備をしていた。

 ワンダユウは、『透明キャップ』という被ると透明になれるキャップを被って、後からこっそりと付いて行くことになった。勿論、アンリエッタには口止めしてある。

 ルイズ・エレオノール・チンプイはマール建国一万周年の儀式をやりながら行くため馬車で、キュルケ・タバサ・ギーシュはタバサの使い魔の風竜で行くことになった。

 ギーシュが、馬車の御者としてワルキューレを錬成した後、困ったような口調で言った。

「お願いがあるんだが・・」

「あによ?」

「僕の使い魔を連れて行きたいんだ」

「それは別に良いけど・・・どこにいるの?」

「ここ」

 ギーシュが地面を指差した。

「いないじゃないの」

 ルイズが乗馬鞭を片手にすました顔で言うと、ギーシュはにやっと笑って足で地面を叩いた。

 すると、モコモコと地面が盛り上がり、茶色の大きな生き物がそこから顔を出す。

 ギーシュはすさっ! と膝をつくと、地面から出てきたその生き物を抱きしめた。

「ヴェルダンテ! ああ! 僕の可愛いヴェルダンテ!」

「あんたの使い魔ってジャイアントモールだったの?」

 ギーシュの使い魔は、巨大なモグラだった。大きさは小さいクマほどもある。

「そうだ。ああ、ヴェルダンデ、君はいつ見ても可愛いね。困ってしまうね。どばどばミミズはいっぱい食べてきたかい?」

 モグモグモグ、とヴェルダンデは嬉しそうに鼻をひくつかせた。

「そうか! そりゃ良かった!」

 ギーシュはヴェルダンデに頬を擦り寄せた。

「ねえ、ギーシュ。ダメよ。その生き物、地面の中を進んで行くんでしょう?そんなの連れていけないわよ。わたし達、馬で行くのよ」

 ルイズは困ったように言った。

「結構、地面を掘って進むの早いんだぜ? なあ、ヴェルダンデ」

 ヴェルダンデは、うんうんと頷いた。

「わたし達、これからアルビオンに行くのよ。地面を掘って進む生き物を連れていくなんてダメよ」

 ルイズがそう言うと、ギーシュは地面に膝をついた。

「お別れなんて、辛い、辛すぎるよ・・、ヴェルダンデ・・・」

 その時、巨大モグラが鼻をひくつかせた。くんかくんか、とルイズに擦り寄る。

「な、何よこのモグラ!」

 ルイズが思わず叫んだ直後、ヴェルダンデはいきなりルイズを押し倒すと、鼻で体をまさぐり始めた。

「や! ちょっとどこ触ってるのよ!」

 ルイズは体をヴェルダンデの鼻でつつきまわされ、地面をのたうち回った。スカートが乱れ、派手にパンツをさらけ出しながら、ルイズは暴れた。

「いやぁ、ジャイアントモールと戯れる美少女ってのは、ある意味官能的だな」

 ギーシュは腕を組んで頷きながら、目の前の光景を見た感想を述べた。

「バカなこと言ってないでやめさせなさいよ!きゃあ!」

 ヴェルダンデは、ルイズの右手の薬指に光るルビーを見つけ、そこに鼻を擦りよせた。

「この! 無礼なモグラね! 姫さまに頂いた指輪に鼻をくっつけないで!」

 すると、ギーシュが頷きながら呟いた。

「なるほど、指輪か。ヴェルダンデは宝石が大好きだからね。ヴェルダンデは貴重な鉱石や宝石を僕のために見つけてきてくれるんだ。”土”系統のメイジの僕にとって、この上もない、素敵な協力者さ」

 そんな風にルイズが暴れていると・・・。

 一陣の風が舞い上がり、ルイズに抱き着くヴェルダンデを吹き飛ばした。

「誰だ!」

 ギーシュが激昂してわめくと、朝もやの中からグリフォンに乗った羽帽子をかぶった長身の貴族が現れた。

「貴様、僕のヴェルダンデに何をするんだ!」

 ギーシュがすっと薔薇の造花を掲げるが、一瞬早く羽帽子の貴族が杖を引き抜き薔薇の造花を吹き飛ばす。模造の花びらが宙を舞った。

「僕は敵じゃない。姫殿下より、君達に同行する事を命じられてね。君達だけではやはり心もとないらしい。しかし、お忍びの任務であるゆえ、一部隊つけるわけにもいかぬ。そこで僕が指名されたってわけだ」

 長身の貴族は帽子を取ると、三人に向かって優雅に一礼した。

「女王陛下の魔法騎士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ」

 文句を言おうと口を開きかけたギーシュは緊張した顔つきに変わった。『レコン・キスタ』のワルドだ。ここからは、エレオノールの手筈通りやらねばと、気を引き締めたのだ。

 ワルドはそんなギーシュの様子を見て、首を振った。

「すまない。婚約者が、モグラに襲われているのを見て見ぬ振りはできなくてね」

「”元”婚約者よ!今は他人でしょう?ワルド子爵。・・そう、今着いたの。じゃあ、先に行ってなさい。わたし達は馬車でゆっくり行くから。賊とかいたら倒しておいて」

 ルイズは、エレオノールの指示通り、儀式の邪魔をされないように先に行かせるよう促し、言葉も突き放した言い方をした。

「久しぶりに会えたのに、冷たいことを言わないでくれ。僕のルイズ!」

 ワルドは困ったような笑みを浮かべると、ルイズに駆け寄って抱え上げようとした。

「触らないで!今回、たまたま任務が一緒になっただけでしょう?ワルド子爵」

 ルイズに拒絶されて、ワルドは渋々グリフォンのところに戻り、気を取り直して言った。

「久しぶりに会えたから、つい・・すまない。彼らを、紹介してくれたまえ。ルイズ」

「・・まあ、いいわ。皆、自己紹介して」

「ぼく、チンプイ。ルイズちゃんの使い魔だよ」

「そうか。君が・・」

 ワルドは、ルイズの使い魔と聞いて、目つきが鷹のように鋭くなった。エレオノールは、捕まったフーケあたりから、チンプイが『ガンダールヴ』であるという情報を聞いたのかもしれないと思った。エレオノールは、コルベールとチンプイから、フーケの小屋の書置きの一件を聞いていたので、そう予想したのだった。魔法衛士隊の隊長ともなれば、顔が広いだろう。

「わたしの名は、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。ルイズの級友ですわ」

「同じく級友のタバサ」

「同じく級友のギーシュ・ド・グラモンだ」

「ご存知かと思いますが、わたしは、ルイズの姉のエレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール公爵夫人です」

 エレオノールが名乗ると、ワルドは大きく目を見開いた。

「公爵夫人!?義姉さんは、『公爵』の称号をいつの間に・・」

 ワルドが言葉を続けようとすると、エレオノールがそれを遮り、言った。

「ルイズと婚約解消した貴方に、義姉さんって呼ばれる筋合いはないわよ。・・まあ、色々あってね。取り敢えず、もう出発しましょう。じゃあ、先に行ってなさい、子爵。キュルケ、付き合ってあげて」

「はあい、お姉さま。じゃあ、行きましょうか。おじさま」

 キュルケが腕を絡ませたが、ワルドはちらりとキュルケを見つめると、左手で押しやった。

「あらん?」

「君のような美人に言い寄られるのは嬉しいが、これ以上近づかないでくれたまえ。婚約者が誤解するといけないのでね」

「もう婚約者じゃないから、あたしは気にしないわ」

 ワルドはひらりとグリフォンに優雅に跨ると、ルイズに手招きをした。

「そんなこと言わずに、おいで。僕の小さなルイズ。君は僕のことが嫌いになったのかい?」

「どうせ親が決めた婚約だったし、興味ないわ。それより、わたしは、道中やることがあるの。いいから先に行ってて!」

「昔、僕のことを好きだったんじゃないのかい? 確かに、ずっとほったらかしだったことは謝るよ。婚約者だなんて言えた義理じゃないことも分かってる。ずっとほったらかしたことに怒った君は、ご両親に頼んで婚約を解消させたんだろう?でも・・ルイズ、僕には君が必要なんだ。婚約解消を取り消して欲しい。

その代わりと言ってはなんだが、君が道中ですることを教えてくれないか?僕にできることなら協力するよ」

 ワルドは頭を下げて言った。『レコン・キスタ』の一員として、ルイズが道中何をするつもりなのか、さり気なく情報収集をすることも忘れない。

「・・余計な詮索はやめなさい。いいから、先に行ってて。同じことを言わせないで、子爵」

 しかし、取り付く島もないルイズの態度であった。

「分かった。もう、余計な詮索はしないよ。約束する。だから、婚約解消だけは取り消してくれないか?」

 その時、太陽光に混ざって本人は気づいていないが、ある光がワルドを包んだ。『透明キャップ』を被ったワンダユウが、『約束固めライト』をワルドに浴びせたのだ。

 これで、ワルドは、本人の知らないうちに『余計な詮索』が出来なくなった。

「今回の任務を真面目にわたしの言われたとおりにやれば、婚約解消を取り消すのもやぶさかではないわ。もう一度だけ言うわよ。先に行って、賊がいたら片付けておいて」

 ルイズは同じことを何回も言わされて、いつもなら癇癪を起しているところだが、ワンダユウに言われたことを思い出し、少しだけ耐えることを覚えた。

 かなり上からの物言いであったが、ルイズは一応、エレオノールに言われた通り、自分を篭絡できる可能性が残っているような口振りで言ったのだった。

「・・・分かった。精々君に見直してもらえるように頑張るよ。じゃあ、先に行ってるよ」

 ワルドはグリフォンに跨り、駆け出した。

 続いて、キュルケ達もワルドを監視するために、タバサの風竜に乗って、その後に続いた。ヴェルダンデは結局、タバサの風竜に抱えられる形で付いて行くことになった。

 

 ワルドが行った後、ルイズ達も馬車で出発した。馬車の中で、ルイズとエレオノールは、チンプイからマール建国神話の話を聞かされていた。

「これから行われる儀式はすべてマールの建国神話に基づいているんだよ。よく聞いてね。

 今から一万年前の昔・・・、マール星は立ち寄る人もいない無人の星だったんだ。それはね、不死身の魔物、ドロロンボロが住んでいたからなんだよ。ドロロンボロはほうき星に乗って近くの星を荒らしまわってたの。そこに現れたのが、勇士レピ。彼は勇敢にも、ドロロンボロを退治しようと、たった一人でマール星に乗り込んだんだ。でも、マール星は広いから、魔物のすみ家を探し求めて、山を越え海を渡り砂漠をさすらううちに、食べ物が無くなっちゃったんだ。レピは心を込めて神に祈った。すると、しばらくして夢うつつの中でレピは確かに神様の声を聞いたんだよ。神の声に導かれるままに行くと、なんと!ダンゴの木が生えていたんだ」

「ダンゴって何よ?」

 ルイズが口を挟んだ。

「マール星のデザートだよ。ダンゴは木になる食べ物じゃないんだ。でも、神様だから木から生やすくらい簡単なのかもね。あとで、儀式で食べさせてあげるね」

「デザート・・。それって美味しいの?」

 ルイズはデザートと聞いて思わず、つばを飲み込んだ。

「すごく美味しいよ。『神饌の儀』で食べられるから、楽しみにしててね。じゃあ、話を続けるよ。

すっかり力を取り戻したレピは滝に打たれ身を清めて、ドロロンボロのすみ家を教えたまえと念じたんだ。すると、小鳥がアッチアッチとさえずり、レピをドロロンボロの所へ導いたんだ。レピは、その鳥の後を追って、実に七日七晩を走り通したんだよ」

「七日七晩って・・まさか!わたし達にも七日七晩走れって言うんじゃないでしょうね!?」

 ルイズは、儀式が神話に基づいているため、同じことをさせられるのではと、不安になってチンプイに尋ねたのだった。

 もっとも、科法『約束固めライト』の効果で、どの道やらざるを得ないのだが・・。

「心配しなくても大丈夫だよ。『七日走りの儀』は、息が切れるまで全力疾走するだけでいいから」

「「ホッ」」

と、ルイズとエレオノールは安堵の胸を撫で下ろした。

「話を続けるね。

小鳥に導かれて遂に、ドロロンボロのすみ家に辿り着いたレピは、枯れ木のような姿をしたドロロンボロと対峙したんだ。ドロロンボロに挑んだレピだったけど、ドロロンボロは確かに不死身だったんだ。切っても切っても生き返ってくるの。七日七晩過ぎて流石の勇士も疲れ果てて、魔物の枝のような手に捕まっちゃって、いよいよ最期かと思われたとき・・・レピは魔物の影がニヤリと笑ったのに気付いたんだよ。それでレピは、今まで相手にしていたのは魔物の影で、影に見えた方が魔物の本体だと気が付いて剣を突き刺し、見事に魔物を退治したんだ。そして、レピは跪き、八方を拝んで神様に感謝したんだ」

「何で八方を拝んだのよ?」

「神様はいたるところにいらっしゃるからだって、ワンダユウじいさんが言ってたよ」

「なわけないでしょ! 神様は始祖ブリミルが・・いひゃい!」

 チンプイに文句を言おうとしたルイズであったが、言い終わる前に、エレオノールにつねられた。

「話を最後まで聞きなさい!ちび! 大体、ブリミル教がマール星にあるわけないでしょ! どうしてあんたは、人の話を最後まで黙って聞けないのよ!」

 エレオノールは、落ち着きのないルイズに堪忍袋の緒が切れて、ルイズの頬をつねり上げた。

「あいだだだっだ!ぎぐ!じゃんどぎぎまずがら、ぎじぎもじゃんどやじまずがら、ゆるじで、でえざば!(聞く!ちゃんと聞きますから、儀式もちゃんとやりますから、許して、姉さま!)」

「ホントに?」

「ぼんどでず(ホントです)。いだい~~!」

「分かったわ。ちゃんと聞くのよ」

 ルイズの頬は、ようやく解放された。

「えっと・・話を続けていい?」

「ええ、いいわよ」

「分かった、続けるよ。

こうして、魔物ドロロンボロを退治したレピは、レピトルボルグ一世となって、国を作ったのでした。おしまい! じゃあ、儀式を早速やろうよ」

 儀式を始めるため、三人は一旦、馬車を降りた。

 ルイズとエレオノールは、まず、跪いて八方を拝み(『八方拝の儀』)、息が切れるまで全力疾走をした(『七日走りの儀』)。

 その後、チンプイの科法『パーソナル人工降雨』で水に打たれて「アッチアッチ」と唱えた(『滝みそぎの儀』)。

 科法『パーソナルサンルーム』で濡れた服と身体を乾かした後、

馬車に戻り、馬車に揺られながら、二人は一時間ほど心を空っぽにしてめい想にふけた・・・もとい、居眠りOKなので、一時間ほど眠った(『めい想の儀』)。

 そして、お待ちかねの、ワンダユウがマール星から持ってきたダンゴが、ルイズとエレオノールに馬車の中で用意された。

「あ~、よく眠っ・・じゃなくて、よくめい想した! 走ったし、お腹空いたわ・・。いい匂いね、それ」

「これが、聖なるダンゴだよ。さあ、召し上がれ」

 器に盛られたダンゴに、ルイズとエレオノールは、手を伸ばして頬張った。

「美味しいじゃない!こんなに美味しいデザート食べたことないわ!ねえ、エレ姉さま」

「ええ。ホント、美味しいわね。マール星の人達って、いつもこんなに美味しいものを食べてるの?」

「そうだよ。マール料理の美味しさは、宇宙でも屈指なんだ!マール星に来たら、こういう美味しいものが毎日食べられるよ」

「そうね・・・、考えておくわ」

 ルイズは、ダンゴの美味しさに感動して、初めてマール星に行くことに前向きな発言をしたのだった。

 こうして、『神饌の儀』も、つつがなく終わった。

「じゃあ、最後は『影さしの儀』だね。これは、深夜午前0時に月明かりのもとで大勢で賑やかに歌って踊りながら影を踏むんだよ」

「でも、ワルドはどうするの?」

 ルイズが尋ねた。

「大丈夫よ。別に見られたって、傍から見たら、楽しそうに騒いでる様にしか見えないわ。今晩、泊まる所に着いたら、夕食の後、ワルドだけ部屋にサッサと押し込めばいいのよ」

「なるほど、さすが、姉さまね!」

 

 一方、ワルドは、賊を雇って待ち伏せさせていたが、キュルケ達が見張っていたので、自分で賊を倒すしかなかった。

「くそっ!わざわざ雇った賊を自分で相手にしてたら世話ないじゃないか!・・・まあいい、ちゃんと仕事をしているようにみせれば、ルイズも僕になびきそうだったし、まだチャンスはある」

と、ワルドは心の中でひとりごちた。

 

 ラ・ロシェールで合流した一行は、一番上等な宿、『女神の杵』亭に泊まる事になった。

 『女神の杵』亭は貴族を相手にするだけあって、豪華な作りである。テーブルは、床と同じ一枚岩からの削り出しでピカピカに磨き上げられていた。顔が映るぐらいである。

 ワルドが『桟橋』へ乗船交渉に行っている間に、チンプイは、キュルケ達に夜中になったら”影さしの儀”に参加するように伝えた。

 そこに、『桟橋』へ乗船の交渉に行っていたワルドとルイズとエレオノールが帰ってきた。

 ワルドは席に着くと、困ったように言う。

「アルビオンに渡る船は明後日にならないと、出ないそうだ」

「急ぎの任務なのに・・」

 ルイズは口を尖らせている。

「あたしはアルビオンに行った事がないから分かんないんだけど、どうして明日は船が出ないの?」

 キュルケの方を向いて、ワルドが答えた。

「明日の夜は月が重なるだろう? 『スヴェル』の月夜だ。その翌日の朝、アルビオンが最もラ・ロシェールに近づくんだ。さて、じゃあ、今日はもう寝よう。部屋は取った」

 ワルドは鍵束を机の上に置いた。

「キュルケとタバサは相部屋だ。そして、ギーシュとチンプイが相部屋。エレオノール公爵夫人が一番上等な部屋。僕とルイズは同室だ」

 ワルドの言葉に、ルイズとエレオノールが、眉を釣り上げた。

「そんな、ダメよ!わたしたち、もう婚約者でも何でもないのに!」

 ルイズが叫んだ。

「大事な話があるんだ。二人きりで話したい」

「なら、今ここで話して。皆に秘密にする内容なんて何一つないわ」

 ルイズが言った。その間に、エレオノールは、さり気なくギーシュに頼んで鍵束をフロントに戻し、部屋を取り直させた。

 ワルドは、二人きりになってルイズを口説くつもりだったが、ルイズは取り合ってくれない。

 そして、ワルドは、エレオノールがこちらをじっと見ていることに気が付いた。

「くそっ!あの行かず後家がいるんじゃ、ルイズを口説けないじゃないか!・・・最悪の場合、これを使うか」と、ワルドは心の中で悪態をつきながら、クロムウェルに渡されたポケットの中のものをこっそりと確かめた。

 そもそも、こんな大勢の前で、しかもエレオノールがいる前でルイズを口説くのは無理だ。

「じゃあ、話は終わりね。ギーシュ君に頼んで部屋は取り直したわ。キュルケとタバサは同室、ギーシュ君とワルドはそれぞれ一人部屋、わたしとルイズとチンプイ君は同室ね。・・ちなみに、さっきふざけた部屋決めをした罰としてワルドは一番安い部屋ね」

 エレオノールは、そう言って各自に鍵を渡す。

 ワルドは、ばつが悪そうに、皆より早々に部屋へと退散した。

 

「さて、ワルドも居なくなったことだし、”影さしの儀”をするわよ!みんな準備して」

 エレオノールに促されて、皆は深夜午前0時に双月が照らす月明かりのもとへと集まった。

「科法『睡眠シェルター』、チンプイ!」

 チンプイは、騒いでも怒られないようにと科法『睡眠シェルター』で、『女神の杵』亭を覆った。

 チンプイが科法をかけた後、ルイズ達は宿の前の広場で影を踏んで、それぞれ楽しく踊り騒い始めた。(『影さしの儀』)

 

 みんなでしばらく楽しく踊ったところで、ルイズが、

「じゃあ、盛り上がってきたところで、わたしが一曲・・」

と言うと・・

「わぁい!待ってました!!」

 チンプイは嬉しそうに飛び跳ね、『透明キャップ』で隠れているワンダユウもしっぽを振って喜んでいるが・・

「ル、ルイズ・・何もこんな時に歌わなくても・・」

「そうそう、皆盛り上がっているし・・」

「折角の『影さしの儀』なのよ?」

 キュルケ・ギーシュ・エレオノールは、必死に説得し、タバサも表情はあまり変わらないが、冷汗をかきながらコクコクと首を必死に縦に振った。

 しかし、ルイズは、

「だからこそよ!チンプイはあんなに嬉しそうじゃない!これは、マール星の儀式なのよ!マール星で大人気のわたしの歌で盛り上げなくっちゃ!」

 そう言って、歌い始めた。

「仲良しの 月 がー ふたーつ 出た出ーた♬ 月がー 出た~~♬ さぞや お月さん けむたかろ サノヨイヨイ♬」

「いやあ、いつ聴いても素晴らしいね!めでたい♪めでたい♪」

 チンプイとワンダユウは、大喜びしていた。

 対照的に、キュルケ達は、ルイズが歌を聞き始めると、さっそく寒気がし始めた。しかし、科法『約束固めライト』の効果で、”影さしの儀”が終わるまで、退散することもその場で意識を失うことも今回は許されなかった。

「いつも不思議でしょうがないんだけど・・」

 ギーシュは気を紛らわすため、キュルケ・エレオノール・タバサに話しかけた。

「・・ルイズ本人はどうしてあのすさまじい歌にケロッとしていられるんだろう?・・ウウッ!」

「あ、当たり前でしょ。毒虫が自分の毒で死ぬ!? 同じことよ」

 エレオノールは、顔色を悪くしながら、吐き気を根性で押さえ込んで答えた。自分の妹に対して、ひどい言い草だが、ルイズの歌のこととなれば話は別である。

「そ、そうですよね・・じゃあ、チンプイ君達は、何で平気なんですか?・・オップゥ!」

「なんでも、正確な歌は、マール星では科法で人工的に作れるけど・・・これを微妙に外して歌うことは人間にしかできない。・・いかにも人間らしい人間の歌で・・マール星の人達には・・ちびルイズの歌は絶大な人気なんですって・・ウップ!」

「信じられないわ。お姉さま・・オップゥ!」

 エレオノール達は、もはや限界だったが、吐き気は感じても、吐くことは神聖な”影さしの儀”において、科法『約束固めライト』の力が強く働き、許されなかった。

 意識を失って倒れることも許されず、吐き気を感じても吐くことも許されず・・・拷問のような時間をエレオノール達は必至で耐え抜いた。

 三時間たっぷり歌って満足したルイズは、エレオノールを引っ張って(引きずって?)自分の部屋に戻って行った。

「チンプイ!」

 チンプイは、『女神の杵』亭を覆っていた『睡眠シェルター』を解除した。

 

 『女神の杵』亭で働く人たちや泊まっていた人たちは、『睡眠シェルター』の効果で無事だった。

 ところが・・、たったひとり、この歌を聞いた不幸な人があったのだ!!

「う~ん、こんな安っぽいベッドでは眠れないな。夜風に当たって来るか・・」

 ワルドは、夜風に当たるために外に出た。

 科法『睡眠シェルター』は、誰にも邪魔されず静かに眠るために、音だけを遮断する科法で宿の内装も外観も全く変わらないため、外に出ること自体は可能なのだ。

「・・・? こんな時間に、外で何の宴会だ・・・?」

 ワルドが声のする方が気になって、広場の方へと向かうと・・

「ジャガ ジャーン♬」

 ルイズがノリノリで歌っていた。

「オエ~~、なんというひどい歌!!」

 ルイズの歌を聞いて、ワルドに寒気と吐き気が同時に襲ってきた。

「は、はやく宿に・・」

バタ!

 ワルドは、本能的に宿に戻ろうとしたが、宿のドアに手をかける前に、力尽きて倒れてしまったのだった。

 

 ルイズは、歌い終わって戻る途中で、外で倒れているワルドを見つけた。

「こんなところで、こいつ何やってるのかしら・・・まさか!『影さしの儀』を覗き見に・・」

「い、いえ、それはないと思うわ。多分、安っぽいベッドで寝付けなくて夜風にでも当たろうとして、ちびルイズの歌を聞いたんじゃないかしら・・・」

 エレオノールはフラフラになってルイズに寄りかかりながら答えた。

「姉さま、そんなにフラフラになって・・いくら『影さしの儀』だからって飲み過ぎよ。・・・なんでわたしの歌でワルドがこうなるのよ?」

 ルイズはエレオノールの背中をさすりながら尋ねると、チンプイが代わりに答えた。

「そりゃあ、ルイズちゃんの歌に思わず聞き入っちゃったけど・・・眠気に勝てず、ここで寝ちゃったんじゃないの?」

「なるほど・・。それにしても、わたしの歌を勝手に盗み聞きしておいて、最後まで聞かないなんて!やっぱり、ワルドは礼儀知らずの『レコン・キスタ』なのね!失礼しちゃう!  ふぁっ・・あーあー。眠くなっちゃった」

 ルイズは、自分の歌を勝手に聞いておきながら最後まで聞かないことに腹を立てたが、眠くなってきたので、ワルドはそのまま捨て置き、部屋に戻った。

 

 ワルドは、その後、部屋に戻るキュルケ達に存在を気付かれることなく、キュルケ達にその場で吐かれたり、踏まれたりした。

 

 翌朝。

ワルドは、『女神の杵』亭の玄関前で目を覚ました。

「う~~ん。ここは・・?ん? なんかクサいな・・」

 そこに、吐物と泥まみれになったワルドを見つけた、『女神の杵』亭の従業員がやってきて声をかけた。

「クサいのはあなたですよ!貴族のおじさま!ウチの玄関を汚さないで下さいませんか!この『女神の杵』亭は、貴族の方にもご贔屓にして頂けているのに、こんな玄関では今日お泊り頂いている方々に不快な思いをさせてしまいます!どうしてくれるんですか!!」

 ワルドは、吐物まみれだったが・・、マントと杖を身に付けていたので、その従業員はなんとか貴族だと分かったのだった。

「お、おじさまって、僕はまだ二十代・・・」

「十代でも二十代でも何でも結構ですが・・・この玄関を汚した責任を取って頂けませんか?貴族様?」

 従業員は、怖い目をしていた。今から掃除をしても泊まっている客が出発するまでにとても吐物の臭いを取り切れないので、玄関を汚した犯人と思われるワルドに対して激しい怒りを覚えていたのだった。

「いや・・汚したのは、僕の婚約者達・・」

 ワルドはその勢いに押されて、必死に弁解したが、ルイズのことを婚約者と言ったのが失敗だった。

「ほう・・。そうですか・・、貴方の婚約者達・・ずいぶんおモテになるのですね。

では、この場合、殿方が責任を取るべきでは?」

「そ、それは・・いや、間違えた!”元”婚約者だ!僕は関係ない!」

「そんなお酒と吐物の臭いをプンプンさせて!無関係なわけないでしょう!この際、”元”婚約者でも”現”婚約者でも、どちらでも結構です! 殿方らしく、責任を取って下さいな!」

 その後、宿の支配人もやってきて、宿の外観を著しく損ねたとして、ワルドは五百エキューを宿に支払うことになった。

「ううっ・・!僕じゃないのに・・。クサっ!」

 




ちなみに、エレオノールは27歳、ワルドは26歳です。

 ワルドが出来なくなった『余計な詮索』は、相手をルイズ達と認識した上で、新たに浮かんだ疑問に対して有効です。
 ワルドが、あらかじめ決めておいたことに対しては、今回は『科法』による制限がかかりません。

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