ルイズさまは、お妃さま!?   作:双月の意思

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遥か宇宙、マール星レピトルボルグ王家は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールをお妃に迎えるための使者をハルケギニアに送った。
ワンダユウは、大使としてトリステインとマール星を行き来し、
チンプイは、ルイズの使い魔兼お世話役として、トリステインに残った。
ワンダユウ「チンプ~イ!頼んだぞ~!」

アルビオン出発前夜のお話です。
今回は何やら大事な記念日の前夜でもあるようです。

※「チンプイやワンダユウなら、ウェールズにちょっと連絡して手紙を返してくれと要求すること位、科法『遠隔通信』でできそう」というご意見を頂いたので、それを踏まえて、話を一部改変させて頂きました。


妃殿下と姫殿下

 魔法学院から遠く離れたトリステインの城下町の一角にあるチェルノボークの監獄で、ミス・ロングビルことフーケが収監されていた。

 裁判は来週中にも行われるとのことだったが・・あれだけ国中の貴族のプライドを傷つけまくったのだから、軽い刑でおさまるとは思えない。おそらく、縛り首。よくて島流し。脱獄を考えたが、フーケはすぐに諦めた。

 というのも、杖を取り上げられてしまったので魔法が使えないからだ。食器も全て木製。金属のスプーンやフォークを使って、何年も掘り進め、脱獄した者が遠い過去にいたからだそうだが・・壁や鉄格子には魔法の障壁が張り巡らされており、脱獄は不可能に思えた。

 それからフーケは自分が捕まった時のことを思い出していた。

「大したもんじゃないの!あいつらは!」

 コルベールは、宝物庫の弱点を見抜くほどの頭脳の持ち主だったので”破壊の杖”を解析させるために指名したのだが・・まさか、あの冴えない中年男が巨大なゴーレムの足を焼き尽くすほど強力な炎を使えるとは思わなかったのだ。

 でも、自分を捕らえたのは彼ではない。コルベールの炎に気を取られたていたのは確かだが、うまく隠れていたはずなのに絶妙なタイミングで攻撃され、気絶させられたのだ。

 いったい、自分を捕らえたのは誰なんだろう?

 しかし、今となってはもう関係のないことだ。

 そう、考えていたとき、鉄格子の向こうに長身の黒マントを纏った人物が現れた。白い仮面に覆われて顔が見えないが、マントの中から魔法の杖が突き出ている。どうやらメイジのようだ。

「『土くれ』だな?」

「誰が付けたか知らないけど、確かにそう呼ばれているわね」

 おそらく自分を殺そうとどこかの貴族が雇ったのだろうとフーケは踏んだのだ。今まで盗んだものの中には世間に公にされるわけにはいかない禁制の品なども結構あった。口封じという訳だ。

 だが相手の言葉は予想に反したものだった。

「再びアルビオンに使える気はないかね?マチルダ・オブ・サウスゴータ」

「っ!」

 フーケの顔から余裕が消えた。それは、自分が捨てることを強いられた貴族の名であった。だが・・なぜこいつが知っているのだ?

「まさか!父を殺し、家名を奪った王家に仕える気なんかさらさらないわ!」

「大変結構。単刀直入に言う。今の無能なアルビオン王家を倒さないかと言っているんだ。我々『レコン・キスタ』の仲間になれ、マルチダ」

 貴族連盟『レコン・キスタ』・・・それは、ハルケギニアの天下統一と、強力な先住魔法を操るエルフに奪われた始祖ブリミルが光臨せし『聖地』の奪還を目論む連中である。

 トリステイン王国、帝政ゲルマニア、故郷のアルビオン王国、そしてガリア王国・・・、未だに小競り合いが絶えない国同士が、一つにまとまるなんて夢物語だ。

 おまけに、強力なエルフどもから『聖地』を取り戻すなど不可能だ。

「あんたらのことは知っているよ。あんたらの大将は、あんたらの”夢”を実現させる勝算はあるのかい?」

「だからこそ、我々は優秀なメイジが一人でも多く欲しい。協力してくれないかね?『土くれ』よ」

「どうせ・・断れば殺すってんだろ?分かったよ、その夢物語にしばし付き合ってやるよ。少なくとも、アルビオン王家が倒れるところ位は見せてくれるんだろうね?」

 フーケは笑って言った。

「それは、我々次第だ」

 男はポケットから鍵を取り出し、鉄格子に付いた錠前に差し込んで言った。

 

 ところ変わって、魔法学院。

朝食を終えたルイズとチンプイが教室で座っていると、扉が開いてギトーが現れた。ギトーはフーケの一件の際、オスマンに『君は怒りっぽくていかん』と言われ、チンプイの護衛隊の編成に消極的だった教師である。

 長い黒髪に漆黒のマントを身に纏ったその姿は、なんだか不気味である。まだ若いのに、その不気味さと冷たい雰囲気からか、生徒達には人気が無かった。

「では授業を始める。知ってのとおり、私の二つ名は”疾風”。”疾風”のギトーだ」

 教室中が、しーんとした雰囲気に包まれる。その様子を満足気に見つめ、ギトーは言葉を続けようとした。

 しかし、その時、教室の扉がガラッと開き、緊張した顔の珍妙ななりをしたコルベールが現れた。

 頭にやたらと馬鹿でかい、ロールした金髪のかつらをのっけている。見ると、ローブの胸にはレースの飾りやら刺繍が踊っている。何をそんなにめかしているのだろう?

「ミスタ?」

 コルベールのその姿を見て、ギトーが眉をひそめた。

「あややや、ミスタ・ギトー! 失礼しますぞ!」

「授業中です」

 コルベールを睨んでギトーは短く言った。

「おっほん。今日の授業は全て中止であります」

コルベールは重々しい調子で告げると、その途端教室から歓声が上がった。その歓声を抑えるように両手を振りながら、コルベールが言葉を続ける。

「えー、皆さんにお知らせですぞ」

 もったいぶった調子で、コルベールはのけ反った。その拍子に頭に乗せたカツラが取れて、床に落っこちる。ギトーのおかげで重苦しかった教室の雰囲気が、一気にほぐれた。

 教室中がくすくす笑いに包まれる。

 一番前に座ったタバサが、コルベールのつるつるに禿げ上がった頭を指差して、ぽつんと呟いた。

「滑りやすい」

 滅多に口を開かない彼女の一言で、教室が爆笑に包まれた。キュルケが笑いながらタバサの肩をぽんぽんと叩いて言った。

「あなた、たまに口を開くと、言うわね」

 コルベールは顔を真っ赤にさせると、大きな声で怒鳴った。

「黙りなさい! ええい! 黙りなさい小童共が! 大口を開けて下品に笑うとは、まったく貴族にあるまじき行い! 貴族はおかしいときは下を向いてこっそり笑うものですぞ! これでは王宮に教育の成果が疑われる!」

 コルベールのその剣幕に、教室中がおとなしくなった。ようやく冷静になったコルベールは再び咳払いをしてから、

「皆さん、本日はトリステイン魔法学院にとって、良き日であります。始祖ブリミルの降臨祭に並ぶ、めでたい日であります」

 コルベールは横を向くと、後ろ手に手を組んだ。

「恐れ多くも、先の陛下の忘れ形見、我がトリステインがハルケギニアに誇る可憐な一輪の花、アンリエッタ姫殿下が、本日ゲルマニアご訪問からのお帰りに、この魔法学院に行幸なされます」

 予想外の言葉に、教室中がざわめいた。

「したがって、粗相があってはいけません。急な事ですが、今から全力を挙げて歓迎式典の準備を行います。そのために本日の授業は中止。生徒諸君は正装し、門に整列する事」

 生徒達は緊張した面持ちになると、一斉に頷いた。コルベールはうんうんと重々しげに頷くと、目を見張って怒鳴った。

「諸君が立派な貴族に成長した事を、姫殿下にお見せする絶好の機会ですぞ! 御覚えがよろしくなるように、しっかりと杖を磨いておきなさい! よろしいですかな!」

 

 魔法学院に続く街道を、筋の冠を御者台の隣に付けた四頭立ての馬車が、静々と歩んでいた。聖獣ユニコーンと水晶の杖が組み合わさった紋章と煌びやかな装飾がかたどられている。よく見ると、馬車を引いているのは、無垢なる乙女しかその背に乗せないといわれるユニコーンであった。その馬車は、王女の乗る馬車であることを示していた。

四方を固めるのは、国中の貴族の憧れ、王室直属の近衛隊である魔法衛士隊の面々である。

 街道は花々が咲き乱れ、街道に並んだ平民たちが、口々に歓呼の声を投げかける。

「トリステイン万歳!アンリエッタ姫殿下万歳!」

 馬車の中に乗るのは、すらりとした気品のある顔立ちに、薄いブルーの瞳、高い鼻が目を引く瑞々しい美女、トリステインの第一王女アンリエッタ・ド・トリステイン姫殿下、その人であった。

 彼女は、馬車の中でため息をついていた。

「本日、十三回目のため息ですぞ。殿下」

「馬車の中で位好きにさせてくださいな。マザリーニ枢機卿」

 アンリエッタは、この馬車に同乗する痩せぎすの白髪白髭の男、マザリーニ枢機卿に反論した。

 先帝亡き後、一手に外交と内政を引き受けた激務が、実年齢は四十代なのに、二十歳以上老けて見えるほど、彼を老人にしてしまったのだった。

彼は、貴族連盟『レコン・キスタ』がアルビオン王家を亡き者にしようとしていること、その後はこの小国トリステインに矛先を向けるに違いないのでゲルマニアと同盟を結ぶ必要があること、そのためにはアンリエッタがゲルマニアに嫁ぐ必要があることを説明した。

 しかし、アンリエッタはため息をつくばかり。

 そこで、マザリーニはアンリエッタの気晴らしにと、魔法衛士隊グリフォン隊の隊長ワルド子爵を呼び寄せた。

 ワルドは、風の魔法で花を摘み、アンリエッタに渡した。

「あの者は?」

「『閃光』のワルド子爵。かのものに匹敵する使い手は、『白の国』アルビオンにもそうそうおりますまい」

「ワルド・・・、聞いたことのある地名ですわ」

「確か、ラ・ヴァリエール公爵領の近くだったと存じます」

「ラ・ヴァリエール?」

 アンリエッタは記憶の底をたぐった。それから、はたと頷く。確か、土くれのフーケを捕まえた貴族たちの中に、ラ・ヴァリエールの名前があったことを思い出した。

 『シュヴァリエ』を授与する予定であったが、アルビオンと戦になる前に軍務に服する貴族たちの忠義をいらぬ嫉妬で失いたくありませぬ、というマザリーニの意見で取りやめになっていた。

 なんとかなるかもしれない。アンリエッタはそう思って、少し安心した。

 

 魔法学院の正門をくぐって、王女の一行が現れると整列した生徒達は一斉に杖を掲げた。しゃん! と小気味よく杖の音が重なった。

正門をくぐった先に、本塔の玄関があった。そこに立ち、王女の一行を迎えるのは学院長のオスマンだ。

 馬車が止まると、召使い達が駆け寄り、馬車の扉まで緋毛氈ひもうせんのじゅうたんを敷き詰めた。

 呼び出しの衛士が緊張した声で、王女の登場を告げる。

「トリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下のおなーりー!!」

 しかし、がちゃりと扉が開いて現れたのは枢機卿のマザリーニだった。

生徒達は一斉に鼻を鳴らしたが、マザリーニは意に介した風もなく馬車の横に立つと、続いて降りてくる王女の手を取った。

 生徒の間から歓声が上がる。

 王女はにっこりと薔薇のような微笑を浮かべると、優雅に手を振った。

「あれがトリステインの王女? ふん、あたしやお姉さまの方が美人じゃない」

 キュルケがつまらなさそうな口調で言った。

「ふふっ、ありがとう。でも、今回だけ姫殿下に花を持たせてあげましょう、キュルケ」

 エレオノールは、そう言ってキュルケの頭を優しく撫でた。キュルケの顔が赤くなる。

「お姉さまがそう言うなら・・。あれ?でも、ルイズも妃殿下になっちゃったら、アンリエッタさまと立場変わらないのよね?」

「そうね。でも、そう言われても、実感がないわ」

「まあ、ルイズですからね」

 そう言って二人は悪戯っぽく笑った。

 

 そして、その日の夜・・・。

ルイズの部屋で、ルイズとエレオノールとチンプイが談笑していると、突然ドアがノックされた。

 ノックは規則正しく叩かれた。初めに長く二回、それから短く三回。

 ルイズの顔がはっとした表情になった。急いで立ち上がると、ドアに駆け寄って開く。

 そこに立っていたのは真っ黒な頭巾をすっぽりと被った少女だった。少女は辺りを窺うように首を回すと、そそくさと部屋に入ってきて後ろ手に扉を閉め、しっと言わんばかりに口元に指を立てた。それから頭巾と同じ漆黒のマントの隙間から魔法の杖を取り出すと軽く振った。同時に短くルーンを呟くと、光の粉が部屋に舞う。

「”ディティクトマジック(探知)”?」

 ルイズが尋ねると、頭巾の少女は首を縦に振った。

「どこに耳が、目が光っているか分かりませんからね」

 どうやら少女は部屋に聞き耳を立てる魔法の耳や、どこかに通じる覗き穴が無いか調べていたらしい。それらが無い事を確かめ終えると、少女は頭巾を取った。

現れたのは、なんとアンリエッタ王女だった。

「「姫殿下!」」

 ルイズとエレオノールが慌てて膝をつくと、チンプイもそれにならうように床に膝をついた。

 アンリエッタは三人を見て、心地よい声で言った。

「お久しぶりね。ルイズ・フランソワーズ。 お久しぶりです。エレオノール殿」

 ルイズの部屋に現れたアンリエッタ王女は、感極まった表情を浮かべて膝をついてルイズを抱きしめた。エレオノールは、その様子を懐かしそうに見ていた。

「ああ、ルイズ、ルイズ、懐かしいルイズ!そんな堅苦しい行儀はやめてちょうだい! あなたとわたくしはお友達! お友達じゃないの!」

「もったいないお言葉でございます。姫殿下」

「やめて! ここには枢機卿も、母上も、あの友達面をしてよってくる欲の皮の突っ張った宮廷貴族達もいないのですよ! ああ、もう、わたくしには心を許せるお友達はいないのかしら。昔なじみの懐かしいルイズ・フランソワーズ、あなたにまで、そんなよそよそしい態度を取られたら、わたくし死んでしまうわ!」

「姫殿下・・・」

 悲しげな声を出すアンリエッタに、ルイズは顔を持ち上げた。

「幼い頃、一緒になって宮廷の中庭で蝶を追いかけたじゃないの! 泥だらけになって!」

 幼少期の頃を思い出したのか、はにかんだ表情を浮かべながらルイズは応えた。

「ええ、お召し物を汚してしまって、侍従のラ・ポルト様に叱られました」

「そうよ! そうよルイズ! ふわふわのクリーム菓子を取り合って、掴み合いになった事もあるわ! あ、喧嘩になるといつもわたくしが負かされたわね。あなたに髪の毛を掴まれて、よく泣いたものよ」

「いえ、姫さまが勝利をお収めになった事も、一度ならずございました」

 ルイズが懐かしそうに言った。

「思い出したわ! わたくし達がほら、アミアンの包囲戦と呼んでいるあの一線よ!」

「姫さまの寝室で、ドレスを奪い合った時ですね」

「そうよ、『宮廷ごっこ』の最中、どっちがお姫様をやるかで揉めて取っ組み合いになったわね! わたくしの一発が上手い具合にルイズ・フランソワーズ、あなたのお腹に決まって」

「姫さまの御前でわたし、気絶いたしました」

 それから二人はあははは、と顔を見合わせて笑った。

「ねえ、エレオノールさん、二人はどんな仲なの?」

 チンプイは、アンリエッタ王女の顔をじっと見つめる。おしとやかに見えたが、とんだお転婆娘であるらしい。

「姫さまがご幼少の頃、うちのちびルイズが姫殿下のお遊び相手になっていたのよ」

 そんな二人の会話を横で聞いていて、アンリエッタは目を丸くした。

「エ、エレオノール殿、そこの可愛いネズミさんとお話していませんでしたか?もしや、韻獣?エレオノール殿の使い魔ですか?」

「姫さま、わたしの使い魔です!」

 ルイズがふくれっ面をして言った。

 

 すると・・ 

パン!パン!パン!パン!パンパカパカパンパーンパーン

という音とともに、いつもより物凄い量の紙ふぶきと紙テープが四人に降りかかり、四人を生き埋めにした。

「おめでとうございます!!!」

 ワンダユウがいつものごとく突然現れて言った。今回は、妙にテンションが高い。

「ぷはっ!また、いきなり・・ワンダユウ!」

 ルイズが怒鳴った。

「はい、なんでしょう?妃殿下」

「『なんでしょう?』、じゃないわよ!!今は、姫さまが来てるのよ!」

「ルイズ・・・これはいったい・・、妃殿下?」

 アンリエッタは理解が追い付いていない。

 そんなアンリエッタに気が付いたワンダユウは、トリステインの貴族に則った見事な一礼をして言った。

「ややっ!大変失礼致しました。今日は特にめでたい日でしたので・・・。

申し遅れました。わたくし、マール星レピトルボルグ王家の使者、ワンダユウと申します。妃殿下がいつもお世話になっております。アンリエッタ・ド・トリステイン姫殿下」

「まあ、これはご丁寧に・・。妃殿下?ルイズのことですか?」

 アンリエッタは思わずその一礼に応じた。

「うん。ルイズちゃんはねえ、幸運にもマール星レピトルボルグ王家第一王子ルルロフ殿下のお妃に選ばれたんだよ。 あっ、ぼく、チンプイ。ルイズちゃんの使い魔だよ。よろしくね」

「これっ、口のきき方に気を付けないか!この方は、トリステインの第一王女アンリエッタ・ド・トリステイン姫殿下にあらせられるぞ!」

 そして、チンプイを注意したワンダユウは、アンリエッタに向き合い申し訳なさそうに言った。

「ご無礼をお許しください。チンプイは、まだ子供なのです」

「良いのです。可愛い使い魔さんね。はあ、それにしてもルイズが妃殿下なんて・・・わたくし、びっくりよ」

 アンリエッタが言った。

「恐れながら、姫さま。お妃候補でございます。まだ、結婚するか決めかねてまして」

「そうなんですの?あなたが羨ましいわ。自由って素敵ね。ルイズ・フランソワーズ」

「そんなことありませんわ。・・・ところで、ワンダユウ、今日は何のご用?」

 ルイズが尋ねると、ワンダユウは「おお!そうでした!」と言って、

パンパカパカパンパーン

という音とともに、再びルイズとエレオノールに大量の紙ふぶきと紙テープが降りかかった。

「だから!やたらにめでたがらないんで欲しいんだけど」

 エレオノールは文句を言った。

「いえ、今日は特におめでたいのです。マール建国一万周年記念日前夜でございますから」

「「「一万周年!?」」」

 その歴史の長さに、ルイズとエレオノールだけでなく、アンリエッタの声まで重なった。

「一万周年って・・どんだけ歴史があるのよ!ハルケギニアでさえ、始祖ブリミルが光臨してから六千年なのに!!」

 ルイズは、悔しくなって癇癪を起した。

「やめなさい!ちび!・・・それにしても、マール星がそんな歴史ある国とは知りませんでした」

「いひゃい!いひゃいです!ねえさま」

 エレオノールは、ルイズを軽くつねりながらも、感心した様子だった。

「はい。王室では数々の儀式が行われるのです。つきましては、明日の儀式には、ルイズ妃殿下とエレオノール公爵夫人にもご参加いただきたいのです」

 ワンダユウが言った。

「だから、妃殿下じゃないってば!だいたい・・」

 ルイズが言葉を続けようとしたら、アンリエッタが言葉を被せてきた。

「公爵夫人!?エレオノール殿は公爵になられたのですか?」

「はい。フーケの一件で、マール星に『公爵』の称号を贈って頂きました」

 エレオノールは答えた。

「まあ!トリステインは『シュヴァリエ』の授与さえ渋ったのに、なんと豪気な・・・。失礼ですが、マール星はどこにございますの?」

「東の方です。姫殿下」

 説明が面倒なので、エレオノールはそう説明した。

「まあ、ロバ・アル・カリイエから?あのエルフの国を通って?  すごいのね。トリステインより歴史もあるし、そんな国の妃殿下になれるルイズは幸せね。しかも、結婚の選択の自由があるっていいわね・・」

「姫さま、どうなさったんですか?」

 アンリエッタの声の調子に、なんだか悲しいものをルイズは感じて尋ねた。

「いえ、何でもないわ、ごめんなさいね・・・、嫌だわ、自分が恥ずかしいわ。あなたに話せるような事じゃないのに・・・、わたくしってば・・・」

「おっしゃってください。あんなに明るかった姫さまが、そんな風にため息をつくって事は、何かとんでもないお悩みがおありなのでしょう?」

「・・・いえ、話せません。悩みがあると言った事は忘れてちょうだい。ルイズ」

「いけません! 昔はなんでも話し合ったじゃございませんか! わたしとお友達と呼んでくださったのは姫さまです。そのお友達に、悩みを話せないのですか?」

 ルイズがそう言うと、アンリエッタが嬉しそうに微笑んだ。

「わたくしをお友達と呼んでくれるのね、ルイズ・フランソワーズ。とても嬉しいわ」

 アンリエッタは決心したように頷くと、真剣な表情を浮かべる。

「今から話す事は、誰にも話してはいけません」

「席を外しましょうか?」

 ワンダユウが言った。

「いいえ、皆さんはルイズにとって大切な方々です。席を外す理由がありませんわ」

 そして、物悲しい調子で、アンリエッタは語りだした。

「わたくしは、ゲルマニアの皇帝に嫁ぐ事になったのですが・・・」

「ゲルマニアですって!」

 ゲルマニアが嫌いなルイズは、驚いた声を上げた。

「あんな野蛮な成り上がりどもの国に!」

「そうよ。でも、仕方がないの。同盟を結ぶためなのですから」

 アンリエッタは現在のハルケギニアの政治の情勢を、皆に説明した。

 アルビオンの貴族達が反乱を起こし、今にも王室が倒れそうなこと。反乱軍が勝利を収めたら、次にトリステインに侵攻してくるであろうこと。

 それに対抗するために、トリステインはゲルマニアと同盟を結ぶ事になったこと。

同盟のために、アンリエッタ王女がゲルマニア皇帝に嫁ぐ事になったこと・・。

「そうだったんですか・・・」

 ルイズは沈んだ声で言った。アンリエッタがその結婚を望んでいないのは、口調から明らかであったからだ。

「いいのよ、ルイズ。好きな相手と結婚するなんて、物心ついた時から諦めていますわ」

「姫さま・・」

「礼儀知らずのアルビオンの貴族達は、トリステインとゲルマニアの同盟を望んでいません。二本の矢も、束ねずに一本ずつなら楽に折れますからね。・・したがって、わたくしの婚姻を妨げるための材料を、血眼になって探しています」

「もし、そのような物が見つかったら・・・」

「トリステインは、たった一国でアルビオンと戦わなきゃならなくなりますな」

 ルイズの言葉を、ワンダユウが引き継いだ。

「で、もしかして姫様の婚姻を妨げるような材料が?」

 ルイズが顔を蒼白にして尋ねると、アンリエッタは悲しそうに頷いた。

「おお、始祖ブリミルよ・・。この不幸な姫をお救いください・・」

 アンリエッタは顔を両手で覆うと、床に崩れ落ちた。まるで悲劇のヒロインでも演じているかのような芝居がかった仕草に、エレオノールとワンダユウは冷たい視線を送った。

「言って! 姫さま! いったい、姫さまのご婚姻を妨げる材料って何なのですか?」

 ルイズはつられたのか、興奮した様子でまくしたてる。両手で顔を覆ったまま、アンリエッタは苦しそうに呟いた。

「・・わたくしが以前したためた一通の手紙なのです」

「手紙?」

「そうです。それがアルビオンの貴族達の手に渡ったら・・・、彼らはすぐにゲルマニアの皇室にそれを届けるでしょう」

「どんな内容の手紙なんですか?」

「・・・それは言えません。でも、それを読んだらゲルマニアの皇室は・・・、このわたくしを許さないでしょう。ああ、婚姻は潰れ、トリステインとの同盟は反故。となると、トリステインは一国にてあの強力なアルビオンの立ち向かわねばならないでしょうね」

 ルイズは息せきって、アンリエッタの手を強く握った。

「いったい、その手紙はどこにあるのですか? トリステインに危機をもたらす手紙とやらは!」

 その言葉に、アンリエッタは首を振った。

「それが、手元にはないのです。実は、アルビオンにあるのです」

「アルビオンですって! では! すでに敵の手中に?」

「いえ・・その手紙を持っているのは、アルビオンの反乱勢ではありません。反乱勢と骨肉の争いを繰り広げている、王家のウェールズ皇太子が・・・」

「プリンス・オブ・ウェールズ? あの凛々しいと噂の王子さまが?」

 アンリエッタはのけぞると、ルイズのベッドに体を横たえた。

「ああ! 破滅です! ウェールズ皇太子は遅かれ早かれ、反乱勢に囚われてしまうわ! そうしたら、あの手紙も明るみに出てしまう! そうなったら破滅です! 破滅なのです! 同盟ならずして、トリステインは一国でアルビオンと対峙せねばならなくなります!」

 ルイズは息を呑んだ。

「では姫さま。わたしに頼みたい事というのは・・・」

「無理よ! 無理よルイズ! わたくしったら、なんて事でしょう! 混乱しているんだわ! 考えてみれば、貴族と王党派が争いを繰り広げているアルビオンに赴くなんて危険な事、頼めるわけがありませんわ!」

「何をおっしゃいます! 例え地獄の釜の中だろうが、竜のアギトの中だろうが、姫さまの御為とあらば、何処なりと向かいますわ! 姫さまとトリステインの危機を、このラ・ヴァリエール公爵家の三女、ルイズ・フランソワーズ公爵夫人、見過ごすわけには参りません!」

 ルイズは膝をついて恭しく頭を下げた。そんなルイズとは対照的に、エレオノールとワンダユウは痛む頭を抑えるように額に手を当てながら、険しい表情を浮かべてため息をつく。

「『土くれ』のフーケを捕まえた、このわたくしめに、その一件是非ともお任せくださいますよう・・」

 そこまで言ったところで、ルイズの頬が再び引っ張られた。

 それも、今までにない位、激しく。

「こんの大ばかルイズ!!あんた、なに一人で先走ってるのよ!」

「あいだだだっだ!いだい~~~!!いだい!いだいです!でえざば(ねえさま)!」

「だまらっしゃい!あんた、フーケ捕まえたとき何にもしてないじゃないでしょう。一人で何ができるのよ!みすみす死にに行くようなもんじゃない!」

「でぼ、でえざば、づがいばどでがらば、じゅじんどでがら(でも、姉さま、使い魔の手柄は、主人の手柄)・・、いだい~~~!!」

 ルイズは、エレオノールにつねられながらも、ジャイアニズムな発言を宣った。暗に、チンプイが活躍したからいいだろうと、言っているのだ。

「なわけないでしょ!ルイズ!!あ・ん・た・じ・し・んの話よ!それに、チンプイが使い魔になる条件とこの間ワンダユウさんが言ったことをもう忘れたの!?取り敢えず、母さまに報告ね!」

「びぃ~~~!おでがいじばず!でえざば。ぞれだげば、ごがんべんぐだざい!(ひぃ~~~!お願いします!姉さま。それだけは、ご勘弁下さい!)」

「ふん!本当に殺されるわけでもない母さまのお仕置きも受けられないちびが、死ぬかもしれない戦場に行けるわけないじゃない!」

 エレオノールは、さらに激しくつねり上げる。

「条件?使い魔になるのに条件などあるのですか?」

 アンリエッタが驚いて口を挟んできた。

「姫殿下、今はルイズにお仕置き中・・まあいいわ」

 ルイズの頬を解放して順を追ってアンリエッタに説明し始めた。

 まず、チンプイがルイズを妃殿下として迎えに来た際に、たまたまチンプイの横にゲートが開いていて、チンプイがゲートを潜ることを最初は拒んだこと、話し合いの結果、ルイズのわがままに付き合う形でチンプイが使い魔になったが、その際の条件が、チンプイをマール星の大使としてとしてそれ相応に扱い、無理強いはしないことであったことを説明した。

 次に、マール星は、ルイズ達家族の身の安全を最優先事項としていること、外交問題になるのでトリステインを含むハルケギニアの国同士の厄介事・・・特に戦争に発展するようなことにはマール星は一切干渉しないという方針であることを伝えた。

 最後に、フーケ討伐で活躍したのは、ルイズ以外の面々であり、ルイズは足を引っ張っただけだということも説明した。

 それらを聞き終えて、アンリエッタは、困ったように言った。

「・・・そうでしたの。ルイズは昔から見栄っ張りな所がありましたものね。・・・でも、手紙はどうしましょう」

「それでしたら、わたくしに策がございます」

「本当ですの!?」

 ワンダユウの言葉にアンリエッタは目を輝かせた。

「簡単です。姫殿下が違う内容の手紙をたくさんお書きになり、アルビオンにばら撒けばよろしい。そうすれば、姫殿下によく似た筆跡であることないことを書く、質の悪いニセモノがアルビオンにいるという噂が立ち、ゲルマニアはどの手紙も信じないでしょう」

「素晴らしい策ですね。ワンダユウさん」

「さすが、ワンダユウじいさん!」

「確かに、それなら、姫さまも安心ね!」

 エレオノール、チンプイ、ルイズは、喜んだ。この策ならば、わざわざ戦場に行く必要がない。

 しかし、それを良しとしない者がいた。

「確かに、そうですわね。でも、ゲルマニアがトリステインの揚げ足を取りに行く可能性や噂が拡がるのに時間が掛かる可能性も否定できませんわ。アルビオンの貴族達は、王党派を国の隅っこまで追い詰めていると聞き及びます。敗北も時間の問題でしょう。・・・でも、安心して。わたくしは、ルイズにアルビオンに行くことを依頼するのはやめます」

 ワンダユウの作戦は、噂が拡がるのに時間が掛かったとしても、後で弁解できるので、決して悪い作戦ではない。そもそも、ゲルマニアがトリステインのあら捜しをするような国ならば、政略結婚をしたところで意味をなさないだろう。アンリエッタの話はどうにも要領を得なかった。

「姫さま・・」

 ルイズが何か言おうとしたが、エレオノールに睨まれて黙ってしまう。

「わたくしはフーケをルイズが討伐したと聞いて、信用できるからと甘えていただけですわ。でも、大丈夫ですわ!こんなこともあろうかと、明日の朝、ワルド子爵にアルビオンに向かってもらうことになっていますもの!」

 アンリエッタが胸を張って答えた。

 ルイズ達はワルドという名前に反応して、顔を見合わせた。

「ワルドって、『レコン・キスタ』でルイズちゃんの元婚約者のワルドだよねぇ?大丈夫なの?」

 チンプイが尋ねた。

「ワルド子爵が、あの礼儀知らずの『レコン・キスタ』?まさか!ご冗談でしょう?

・・・えっ、もしかして本当ですの?」

 アンリエッタが笑い飛ばそうとしたが、ルイズ達の渋い表情を見て、冗談ではないと気が付いた。

「はい。その通りです。ですから、わたしが・・・」

 そこまで言いかけたところで乱入者があった。ルイズの部屋の扉が勢いよく開き、誰かが飛び込んできたのだ。

「姫殿下! その困難な任務、是非ともこのギーシュ・ド・グラモンに仰せ付けますよう」

「色々と聞きたい事はあるけど・・・一体いつ頃から部屋の前にいたの?」

 チンプイの問いに、ギーシュはうむと頷きながら、

「廊下を歩いていたら、偶然薔薇のように見目麗しい姫様を見つけてね。それで後を追ってみたら、ここに入って行ったんだ。それからは、ドアの鍵穴からまるで盗賊のように様子をうかがっていたんだよ」

「あなた、縛り首になっても、文句言えないわよ?・・・姫殿下、どうやら”サイレント”もかけておいた方が良かったようですわね」

「えっ?」

 驚くアンリエッタを尻目に、エレオノールは、覗き魔のギーシュを思いっきり蹴り飛ばした後、廊下に向かって声をかけた。

「いるんでしょう?キュルケ、タバサ。 タバサ、扉を閉めて”サイレント”をかけて」

 キュルケは両手を上げて降参のポーズで、タバサは大きな杖で”サイレント”をかけ、部屋に入ってきた。

「・・・さて、彼女達はゲルマニアとガリアの留学生です。色々話を整理しなければいけませんね」

 エレオノールは、額に手を当てて考え、なにやらワンダユウとヒソヒソ話を始めた。

ヒソヒソ話が終わると、二人はみんなの方を向いて言った。

「話がまとまりました。姫殿下は、”手紙”をアルビオンに取りに行って欲しいんですよね。ルイズ、あなたはそれに協力したいと」

 エレオノールが確認するように言うと、ルイズは返事をして、ワンダユウに向き合って言った。

「ええ。でも、わたしだけじゃ死にに行くようなものだってことは分かったわ。でも・・・ねえ、ワンダユウ?今回は戦争しに行くわけじゃないし、”友達”を助けたいの。 思いっきり、国家間の問題になるようなことだから約束を早速破るようで申し訳ないけど・・・どうしても姫さまを助けたいの。協力してくれる?」

「・・・本来なら、承知できませんが、今回だけ条件付きで協力させて頂きます」

「ありがとう。それで、条件って?婚約とは関係なしよ・・・」

「はい。ただし、本当に今回だけです。まずは、これから話すことは全て秘密にすると誓って下さい。この場の全員、姫殿下もです」

 皆黙って頷いた。

「よろしい。今回の道中では、わがマール星の魔法『科法』を使わねばならないでしょう」

「ワンダユウ、それはっ・・」

 ルイズは、ずっと皆に秘密にしてきたことなので止めようとしたが、エレオノールが肩を叩いて首を横に振ったので、渋々引き下がった。

「『科法』?あの詠唱無しで使ったレビテーションのようなもののことかね?」

 ギーシュが尋ねた。ワンダユウは、皆に科法のこと、マール星が東ではなく宇宙にあること、マール星の方針、姫さまご指名のワルドが”レコン・キスタ”であることなどを説明した。

「あの『烈風』を圧倒するワンダユウ殿がいれば安心だ。ワルドは捕らえて、我々で行けばいいじゃないか!」

 ギーシュは興奮した様子で言った。身の安全を確保しつつ、モンモランシーに自分の道中の活躍を土産話にして見直してもらえると思ったからだ。

「ダメ。証拠がない・・」

 タバサが否定した。科法を他人に知られるわけにいかない以上、立証が出来ないのだった。

「そう。だから、敢えて今回は泳がせて、証拠をつかむの。それに、ワルドに頼んだ以上、今回のことはもう、”レコン・キスタ”に知られてしまっているわ。もし、ワルドを捕まえたら、別の刺客を送り込んでくるでしょう。でも、ワルドの動向に注意していれば、どんな協力者がいて何をするつもりなのか大体分かるはずよ。 ワルドがしっぽを出したら捕まえて科法で洗いざらい”レコン・キスタ”のことを話してもらった後、縛り首でいいんじゃない?」

 エレオノールの言葉に一同は納得をした。確かに、その方がどこから来るか分からない刺客におびえるよりもよっぽどマシだ。

「・・・わたくしは、よかれと思ってウェールズさま達を殺す刺客を送り込もうとしていたのね・・。これじゃあ、王女失格ね」

 アンリエッタは自嘲気味に言った。

「ねえ、思ったんだけど・・科法『遠隔通信』でウェールズ皇太子に直接連絡を取るのはダメなの?手紙がヤバイなら、燃やしてもらうとかすればいいじゃない?」

 キュルケが最もな疑問を口にした。

「それも考えたんだけどね。『科法』をウェールズ皇太子に知られることになるでしょう?『科法』の存在をなるべく他の人に知られたくないのよ。

 それに、ワルドが『レコン・キスタ』だっていう証拠がない以上、今すぐにワルドを捕まえるのは難しいでしょう。姫殿下の権限で強引に捕まえてもいいけど、それだと姫殿下は”暴君”のレッテルを張られることになるわ。

『レコン・キスタ』は、ハルケギニアの天下統一を狙っているから、強力な使い手であるワルドをもし正式に捕らえることが出来れば、ワルドを公式の場で処刑することで、『レコン・キスタ』への牽制になるのよ。

もし証拠がつかめなかったら、これから戦場に行くわけだから、戦争に乗じて戦場で始末するわ」

 エレオノールが答えた。

「なるほどね~。ハルケギニアの天下統一を狙っているなら、ゲルマニアもガリアも他人事じゃないし、ワンダユウさん達以外全員にメリットがあるわけね、お姉さま」

 キュルケの言葉が、ルイズの胸にグサッと刺さった。確かに、ワンダユウやチンプイ達マール星には何のメリットもないことだ。にも関わらず、婚約とは関係なしよと言って無理に頼んだのだ。チンプイには無理をさせることになるだろう。それもチンプイが使い魔になる条件を破ることになる。

「わたし・・・、なんて卑怯なのかしら」

と、ルイズは心の中でひとりごちた。

 

「………………という訳だから、各自条件があるからそれを了解したら、各自復唱して頂戴」

 ルイズが罪悪感を感じて考え事をしている間に、エレオノールは話を進めていた。

「まず、ルイズは、マール星一万周年の儀式を道中行うこと。最後は大勢必要だから、皆も協力者して。それと、戦いになって危なくなったら逃げること」

「・・・分かったわ。儀式には、ちゃんと参加するわよ。戦いも・・悔しいけど・・・この間迷惑かけたし、危なくなったら逃げるわ、約束する」

 ルイズは罪悪感を感じていたので、珍しくプライドに邪魔されることなく、あっさりと同意した。

「そう。それでいいのよ、ちび。それから、これはこの場にいる全員に約束して貰いたいことなんだけど・・まずは、道中見たこと聞いたこと、姫殿下の密命の件、そして科法を一切口外しないこと。それから、さっきもルイズに言ったように、危なくなったら逃げるけど、それ以外でも勝手に動かれたら作戦に支障をきたすの。絶対に個人プレイには走らないようにして頂戴。特に、そこの覗き魔君!あんたも、ちびルイズみたいに、格好つけて先走って勝手なことしそうだから、特に気を付けなさい!」

「し、しませんよ!そんなこと! 覗き魔君はやめて下さい。・・ところで、密命や科法を伏せて土産話をするのもダメですか?」

 ギーシュは格好をつけて勝手なことをするところがある。ギーシュは、図星を指されて声が裏返ったが、モンモランシーに土産話をしたくておずおずと尋ねた。

「ダメに決まってるでしょう!皆で勉強合宿でもしていたことにするわ。追及されたりしてボロが出てからじゃ遅いのよ?」

「ぐっ・・分かりました」

 ギーシュは、ボロを出さない自信が無かった。すぐに調子に乗るクセがあるからだ。以前のギーシュなら、そんな自覚は無かったが、チンプイとの決闘の一件で、ギーシュも反省して、自分の悪い癖位は自覚できるようになっていた。

「話を続けるわよ。次は、姫殿下です。今後、この様な無茶なことをわたしや両親を通さずにルイズに勝手に頼まないこと、ワンダユウさんやチンプイ君を東の国”マール星”出身の大使として正式に受け入れ、マール星のことを探る連中がいたら真っ先に知らせること」

「・・分かりました。始祖ブリミルに誓って約束しましょう」

 アンリエッタが同意した。

「最後は、キュルケとタバサよ。あなたたちには、万が一の場合、ゲルマニアとガリアで、亡命や噂を流す手伝いをしてもらうことが条件よ」

「分かったわ。お姉さま」

 キュルケは了解したが、

 タバサは、

「わたしは母国でそこまでの力がないから約束できない」

と答えた。タバサはなんとなく訳ありだと思ったエレオノールは、ガリアに関しては諦めた。

 そして、エレオノールは、全員に約束して貰う条件を復唱させた。

「よし・・ワンダユウさん、お願いね」

「かしこまりました。では、失礼して・・科法『約束固めライト』、ワンダユウ!」

 ワンダユウは、約束固めライトという道具を使って全員に浴びせた。

「な、何したのよ!」

 ルイズが叫んだ。

「科法『約束固めライト』、守る気のない約束でも言葉にしたら、それにこのライトを浴びせるだけで、約束を守らずにはいられなくなるという科法です」

「そ、そんな恐ろしい物を使ったの!?エレ姉さま!」

 明らかに協力者であるエレオノールにルイズは抗議する。

「あんたが、約束を守らないからよ」

「うっ・・。分かりました、姉さま」

 約束を次々に破った負い目があり、エレオノールに睨まれて、渋々ルイズは引き下がった。

「しかし、こんなもので、約束が守れるのかね?」

 ギーシュが疑問を口にする。

「じゃあ試してみたら?」

 チンプイに言われて、各々は約束を破れるかどうか試した。さりげなく言おうとしたり、紙に書こうとしたり、ジェスチャーで伝えようとしたり、口を滑らせるように誘導尋問したり、ギーシュに短時間作用型の自白剤を飲ませたりしたが・・どう頑張っても、本人の意思に関係なく・・約束を破ろうとすると約束を破るな、守れ守れと体中に凄まじい苦痛が責め立て、決して破ることが出来ないことを皆実感した。

 その過程で、ギーシュに自白剤を飲ませた際に、ギーシュが女子寮侵入の常習犯であり、女子風呂や着がえの覗きの常習犯でもあることが判明し、キュルケ達に魔法でギタギタにされボロ雑巾のようになったのは、余談である。

 

 アンリエッタが帰った後。

「・・ねえ、ワンダユウ?どうして、わたしに婚約させるのに、そのライトを使わなかったの?」

 ルイズが尋ねた。このライトを使えば、手っ取り早くルイズをマール星に連れて行くことが出来るのに、今までしなかったのはなぜなのか、ルイズはどうしても知りたくなったのだった。

「確かにそうですな。国王陛下も殿下も待ちかねておられますし、このライトを使えば、我々もお役目を早々に果たすことができるでしょう。しかし、ルルロフ殿下は、あくまでもルイズさまが納得してマール星においでになることを望んでおられるのです。わたくしどもも殿下と同じ気持ちです。ですから、こうしてルイズさまのお心の準備ができるように、わたくしどもがルイズさまのお相手役として色々お世話をしながら、マール星の美しさやルルロフ殿下の素晴らしさをお伝えしている次第でございます」

 じわっと、ルイズの目から涙がこぼれた。ルイズは、先程の自分の愚かな行為を思い出して恥じたのだった。

「ル、ルイズさま?どうなさったのですか?」

「ごめんね。ワンダユウ、さっきは姫さまに久しぶりに会えたから、わたし調子に乗っちゃって、どうかしてたわ・・。ねえ、ワンダユウ、もうしないって約束するから、そのライト使って。わたし、すぐ調子に乗るクセがあるの。もう、皆に迷惑かけたくないのよ」

 ルイズがそう言ったが、ワンダユウはライトを使おうとはしなかった。

「今回は、命がけになるので、やむを得ず『約束固めライト』を使いましたが・・今、使うわけにはまいりません。ルイズさまはご自身のためにも、科法に頼らず、ご自分をコントロール出来る様になって下さい」

 ワンダユウがルイズを優しく諭した。

「・・分かったわ。ありがとう、努力するわ」

 ルイズはワンダユウにお礼を言った後、まだ会ったことのないルルロフ殿下のことを考えていた。

 こんな自分を好きだと言ってくれて、決して婚約を無理強いしないでくれる殿下は、どのような方なのだろうか?もし叶うのならば、是非婚約するより前に会ってみたいなと、アンリエッタにせめてものお守りにと託された『水』のルビーを弄りながら、ルイズはひとりごちた。

 




キュルケやタバサを何とか”科法を知る側”にねじ込むことが出来ました。

『約束固めライト』の道具の効果は同じですが、微妙に設定をいじらせて頂きました。というのも、約束した時の声をパネル状に固めて、約束が果たされるまでハンマーでひっぱたくという設定は、ずっと守ってもらう系の約束でどのように効果を発揮するか原作で登場しなかったため言及されなかったからです。
 まさか、ずっとハンマーでひっぱたくわけにもいかないですからね(笑)

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