ルイズさまは、お妃さま!?   作:双月の意思

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遥か宇宙、マール星レピトルボルグ王家は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールをお妃に迎えるための使者をハルケギニアに送った。
ワンダユウは、大使としてトリステインとマール星を行き来し、
チンプイは、ルイズの使い魔兼お世話役として、トリステインに残った。
ワンダユウ「チンプ~イ!頼んだぞ~!」

フーケ戦を全部入れると、長くなるので、2回に分けます。


大胆不敵!?怪盗フーケ

 ギーシュとの決闘に勝利した後、チンプイの後ろから、

ドドドと足音が近づいてきた。聞こえてきた。チンプイが振り返ると、シエスタが自分に向かってものすごい勢いで走ってきているのが目に入った。

「チ、チンプイさん!」

 シエスタはチンプイの目の前まで走ってくると急ブレーキをかけて止まった。よっぽど急いだのか、深呼吸をして息を調えている。

「どうしたの、シエスタちゃん」

それに目を丸くしたチンプイが尋ねると、ようやく落ち着いたシエスタが言った。

「さっきの決闘、見てました。あの・・お怪我とかはありませんでしたか?」 

「う、うん。平気だよ。そんなに急いで、どうしたの?」 

「あ、はい・・。チンプイさんに謝ろうと思って。あの時はすいませんでした。私を庇ってくれたのに、逃げ出してしまって。でも、貴族は怖いんです。私みたいな、魔法を使えないただの平民にとっては」

「別にいいよ。ぼく、全然気にしていないし」

「それじゃあ、私の気が済みません。何かお礼をさせて下さい」

「じゃあ、『ラーミエン』をまた食べさせてよ。あれが一番ぼくの口に合うんだ。マール星の『スパロニ』を思い出させる味なんだよ」 

「そんなことでしたらお安い御用です。いつでも好きな時に厨房に来てくださいな。『ラーミエン』をいくらでも作って差し上げますわ」

 それから、チンプイは度々厨房に行き、シエスタに作ってもらい、『ラーミエン』を食べるようになった。

 そこで働く平民の中には、魔法を使い偉ぶっている貴族に不満を持つ平民も少なくない。ヴェストリの広場で貴族のギーシュを剣でやっつけたことで、厨房の人たちに感謝されたチンプイが、マルトー料理長を筆頭に厨房の人から『我らの剣』と呼ばれるようになったのは、別のお話。

 

 ギーシュとの決闘の数日後。

「そうだ、チンプイ。明日は街に剣を買いに行くわよ」

 その言葉に、チンプイは思わず目を丸くしてルイズを見つめた。

「え、どうして?」

「チンプイ、決闘のとき、科法使ったんでしょ?傍から見てて全然分かんなかったし、科法を隠すのに便利だと思うの。いちいち誰かに剣を”錬金”してもらうのも面倒だし・・。剣士なんでしょ?あんた」

「違うよ。剣なんか握ったことないよ」

「ふーん・・・」

 ルイズはしばらく考え込み、口を開いた。

「使い魔として契約した時に、特殊能力を得ることがあるって聞いたことがあるけど、それなのかもね」

「そうなんだ。でも明日の授業はどうするの?」

「それも大丈夫よ。明日は虚無の曜日だから、授業は無いわ。分かったら、早く寝なさい」

「分かった。ありがとう」

 ルイズの隣で、チンプイは丸くなり眠りについた。

 

 虚無の曜日の朝。

キュルケは化粧を終えると、自分の部屋から出て、そ~っとルイズの部屋の扉を開けようとした。キュルケは、朝に弱いルイズが起きる前にこっそりと忍び込もうとしていたのだ。

 しかし、鍵がかかっている。

 キュルケは何のためらいもなく、ドアに”アンロック”の呪文をかけた。すると、ガチャリと鍵が開く音がした。学院内で”アンロック”を唱える事は重大な校則違反なのだが、キュルケはまったく気にしていない。

最近、ルイズを大っぴらに茶化すことが出来なくてストレスが溜まっていたので、こっそりとルイズの寝顔にメガネやヒゲなどの小粋な化粧をしようと企んでいたのであった。

 だが、部屋はもぬけの殻である。二人共いない。

 キュルケはきょろきょろと部屋を見回した。

「相変わらず、色気のない部屋ね・・」

「全くその通りね。でも、校則で禁止されている”アンロック”を使うなんてどういうつもり?」

 キュルケは、突然声をかけられ、ギョッとした。

 すると、そこには、不機嫌そうにこちらを見つめる金髪の女性がいた。

「失礼ですけど、どなた?ここは、ミス・ヴァリエールの部屋よ?」

「知ってるわ。それより、黙って人の部屋に入るなんてどういうつもりと、聞いたのよ。いいから名乗りなさい!」

 金髪の女性は眼鏡をついっと持ち上げると、キュルケを睨んだ。

「あたしは、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーですわ。そういうあなたは、どこのどなた?」

 キュルケが尋ねると、金髪の女性は眉を吊り上げた。

「フォン・ツェルプストーですって!校則をを破ってわざわざここに忍び込むなんていい度胸してるじゃない!わたしは、ラ・ヴァリエールの長女、エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールよ。ルイズに、王族として必要な作法やマナーを朝からみっちり叩き込もうと思ってきたのだけれど・・・。そんなことより!あなた!貴族の淑女としての自覚が足りないようね」

 エレオノールの勢いに、キュルケはたじろいだ。

「そ、そうでしたの。ごめん遊ばせ。では、あたしは失礼させて頂きますわ」

 そう言って逃げようとするキュルケの肩をガシッとエレオノールは掴んだ。

「ちょうどいいわ。妹だろうがツェルプストーだろうが、関係ないわ。レディとして当然の作法をわたしが一から教えてあげる。返事は!?」

「は、はいッ!」

 キュルケは思わず背筋を伸ばして返事をしてしまった。

 それから、キュルケはエレオノールの”教育”を受けるはめになった。作法の教育といっても、ルイズに肩透かしを食らったエレオノールの憂さ晴らしだったらしい。取り敢えず、歩き方の練習と一礼の練習をさせられたのだが、散々エレオノールの小言を浴びせられた。

 キュルケは貴族の端くれとして貴族らしい振る舞いには自信があったのだが、今日のエレオノールのお眼鏡にはかなわず、何度もやり直しを命じられた。

 エレオノールの”教育”が終わったのは、夕方のことであった。

 ちなみに、キュルケの親友のタバサは、一日中平和に読書を楽しんだそうだ。

 

 虚無の曜日の昼。

トリステインの城下町を、チンプイとルイズは歩いていた。魔法学院からここまで乗ってきた馬は、街の門のそばにある駅に預けてある。

白い石造りの街はまるでテーマパークのようである。魔法学院に比べると、質素な身なりの人間が多かった。

 道端で声を張り上げたり、果物や肉、籠などを売る商人たちの姿があり、のんびり歩いたり、忙しなく歩いている人間がいたりと、老若男女取り混ぜて歩いている。

「狭いね」

「狭いって、これでも大通りなんだけど」

「これで?」

 道幅は五メートルもない。そこを大勢の人が行き来するのだから、歩くのも一苦労である。

「ブルドンネ街。トリステインで一番大きな通りよ。この先にトリステインの宮殿があるわ」

「へえ」

 チンプイは相槌を打ちながら、物珍しそうに辺りを見回していた。

「ほら、寄り道しない。この辺りはスリが多いんだから」

 ルイズは、財布は下僕が持つものだと思っているが、使い魔は下僕じゃないとエレオノールに徹底的に”教育”されたことと、チンプイは服を着ていないので財布を裸で持つことになってしまうため、ぎっしりと金貨が詰まった財布は、仕方なくルイズが持っていた。

 ルイズは、さらに狭い路地裏に入って行った。悪臭が鼻を突く。ゴミや汚物が、道端に転がっている。

「汚いね」

「だからあんまり来たくなかったのよ」

「ルイズちゃんの美容と健康に良くないよ。そこへいくとマール星の美しさときたら・・・」

「マール星の話は今は関係ないでしょ!そんなことより、今は武器屋よ!ビエモンの秘薬屋の近くだったから、この辺りなんだけど・・」

「あれじゃない?」

 武器屋には剣の形をした看板が下がっており、見るからに武器屋だと分かりやすい外見をしていた。

 ルイズとチンプイは石段を上り、羽扉を開けて、店の中に入った。

店の中は昼間だというのに薄暗く、ランプの灯りが灯っていた。壁や棚に、所狭しと剣や槍が乱雑に並べられ、立派な甲冑が飾られている。

 店の奥でパイプを咥えていた五十絡みの親父が、入ってきたルイズを胡散臭げに見つめた。紐タイ留めに描かれた五芒星に気付き、パイプを離してドスの利いた声を出した。

「旦那。貴族の旦那。うちはまっとうな商売をしてまさあ。お上に目をつけられるようなことなんか、これぽっちもありませんや」

「客よ」

 ルイズは腕を組んで告げた。

「こりゃおったまげた! 貴族が剣を! おったまげた!」

「どうして?」

「いえ、若奥様。坊主は聖具を振る。兵隊は剣を振る。貴族は杖を振る。そして陛下はバルコニーからお手をお振りになる、と相場は決まっておりますんで」

「使うのはわたしじゃないわ。使い魔よ」

「忘れておりました。昨今は貴族の使い魔も剣を振るようで」

 主人は商売っ気たっぷりに愛想を言った。それからチンプイをじろじろと見て、

「剣をお使いになるのは、このお方で?」

 ルイズは頷きながら、店主に言った。

「わたしは剣の事なんか分からないから、適当に選んでちょうだい」

 主人はいそいそと奥の倉庫に消えると、聞こえないように小声で呟いた。

「・・・こりゃ、鴨がネギしょってやってきたわい。せいぜい、高く売りつけるとしよう」

 主人は三十サントほどの長さの短剣を持って現れ、思い出すように言った。

「そういや、昨今は宮廷の貴族の方々の間で下僕に剣を持たすのが流行っておりましてね。その際にお選びになるのが、このようなダガーでさあ」

 確かにきらびやかな模様がついており、貴族に似合いそうな綺麗な剣である。

「貴族の間で、下僕に剣を持たすのが流行ってるの?」

 ルイズが尋ねると、店主はもっともらしく頷いた。

「へえ、なんでも最近このトリステインの城下町を盗賊が荒らしておりまして・・・」

「盗賊?」

「そうでさ。なんでも『土くれ』のフーケとかいう、メイジの盗賊が貴族のお宝を盗みまくってるって噂で。貴族の方々は恐れて、下僕にまで剣を持たせる始末で。へえ」

 ルイズは盗賊には興味が無かったので、じろじろとダガーを眺めた。

「もっと大きくて太いのがいいわ」

「お言葉ですが、剣と人には相性ってもんがございます。ましてや、今回お使いになるのは人ではありません。この小さな若奥様の使い魔とやらには、この程度が無難なようで」

「もっと大きくて太いのがいいと、言ったのよ」

 ルイズが言うと、店主はぺこりと頭を下げて店の奥に消えた。その際に小さく「素人が!」と毒づくのを忘れない。

 今度は立派な剣を油布で拭きながら、主人は現れた。

「これなんかいかがです?」

 それは見るも見事な剣だった。一・五メイルはあろうかという大剣で、柄は両手で扱えるよう長く、立派な拵えである。ところどころに宝石が散りばめられ、鏡のように両刃の刀身が光っている。見るからに切れそうな、頑丈な大剣である。

「店一番の業物でさ。貴族のお供をさせるなら、このぐらいは腰から下げて欲しいものですな。と言っても、こいつを腰から下げるのは、よほどの大男でないと無理でさあ。やっこさんなら、背中にしょわんといかんですな」

 チンプイは近づいて、その剣をじっと見つめた。

「あほか。そいつにそんなでけーの持てるわけねーだろ。それに、そのなまくらじゃ、大根一本切れやしねえよ」

 乱雑に積み上げられた剣の中から、低い男の声がした。ルイズとチンプイが目を向けるが、そこには積み上げられた剣しかない。

「おいデル公! ふざけた事言ってんじゃねえ!」

「はっ、本当の事言って何が悪いってんだ!」

 店主が大声を出すと、先ほどの声が再び返ってきた。チンプイが声のする辺りを探すが、やはり人の姿は無い。

「おいおい、おめえの目は節穴か!」

 ようやく声の出所を特定し、チンプイは少し目を見開いた。なんと、声の主は一本の剣だったのだ。錆の浮いたボロボロの剣から、声が発されているのだ。

 チンプイはその剣をまじまじと見つめた。ダガーと長さは変わらない短剣である。ただ表面には錆が浮き、お世辞にも見栄えが良いとは言えない。

「それって、インテリジェンスソード?」

 ルイズが当惑した声を上げた。

「そうでさ、若奥様。意志を持つ魔剣、インテリジェンスソードでさ。いったい、どこの魔術師が始めたんでしょうかねえ、剣を喋らせるなんて・・。とにかくこいつはやたらと口は悪いわ、客に喧嘩は売るわで閉口してまして・・・。やいデル公! これ以上デタラメ抜かすんだったら、貴族に頼んでてめえを溶かしちまうからな!」

「おもしれぇ! やってみろ! どうせこの世にゃもう、飽き飽きしてたところさ! 溶かしてくれるんなら、上等だ!」

「やってやらあ!」

 主人が歩き出した。しかし、チンプイがそれを遮って言った。

「勿体ないよ。喋る剣って言うのも、面白いし」

 ネズミのような生き物が喋ったことに驚いた主人は腰を抜かしてしまった。

「君は、デル公って言うの?」

「ちがわ! デルフリンガー様だ! つうか、おめえ、人の言葉しゃべれるんだな」

「ぼく、チンプイ。よろしくね。デルフリンガー」

 すると、剣は何故か黙ってしまった。それはまるで、チンプイを観察しているかのようだった。

 しばらくして、剣は小さな声で喋り始めた。

「おでれーた。見損なってた。てめ、『使い手』か」

「使い手?」

「ふん、自分の実力も知らんのか。それにしても、てめ、韻獣か?見たことねえ動物だな。まぁいい。それより、俺を買え」

「ルイズちゃん、ぼく、この剣にするよ」

 チンプイが言うと、ルイズは嫌そうな声を上げた。

「え~~~。そんなのにするの? もっと綺麗で喋らないのにしなさいよ」

「でも、喋る剣って面白いよ」

「それだけじゃない」

 ルイズはぶつくさと文句を言ったが、やがてため息をつきながら店主に尋ねる。

「あれおいくら?」

「あ、あれなら、新金貨百で結構さ」

「結構安いわね」

「こっちにしてみりゃ、厄介払いみたいなもんでさ」

 主人は手をひらひらと振りながら言った。

 ルイズは財布を取り出し、中に入ってた金貨を全てカウンターに落とす。店主は慎重に枚数を確かめると、頷いた。

「毎度」

 それから剣を手に取り、鞘に収めるとチンプイに手渡した。

「どうしても煩いと思ったら、こうやって鞘に入れとけば大人しくなりまさあ」

 チンプイは頷いて、デルフリンガーという名前の剣を受け取った。

 

 同じ頃。

「ちっ!」

 学園内にある宝物庫前で舌打ちをする影があった。名前はミス・ロングビル、学園長の秘書だ。

「スクウェアクラスのメイジが”固定化”の呪文をかけているみたいね。流石に頑丈だわ」

 すると、足音が近づいてきた。

「おや、ミス・ロングビル。ここで何を?」

「ミスタ・コルベール。宝物庫の目録を作っているのですが・・オールド・オスマンから鍵をもらうのを忘れてしまったのに今気が付いて、ちょうど戻ろうと思っていたところですわ」

 ミス・ロングビルは愛想のいい笑みを浮かべて答えた。

「その・・・、ミス・ロングビル」

「はい?」

「もしよろしかったら、昼食をご一緒にいかがですかな?」

「・・・」

 ミス・ロングビルは、少し考えた後、くすっとと笑い、申し出を受けた。

「構いませんよ」

 コルベールはこっそりガッツポーズをした。普段は教鞭をとるか研究に没頭する彼だがそんな彼だって女性を伴った食事をしたいことだってあるのだ。それが今である。

食事に向かう道中で、コルベールは口を開いた。

「宝物庫の鍵は頑丈でしょう?ですがあそこには一つ弱点があると思うのですよ」

「それはどんな?」

「魔法に関しては無敵ですが、物理的な攻撃には弱いと思うのです。例えば、まあ、そんなことはあり得ないのですが、巨大なゴーレムが・・・」

 コルベールは、得意気に、ミス・ロングビルに自説を語った。

 聞き終わった後、ミス・ロングビルは満足気に微笑んだ。

「大変興味深いお話でしたわ。ミスタ・コルベール」

 

 次の日の昼、ルイズ達が授業を受けているとずしんと大きな音がした。

 学院の宝物庫が巨大なゴーレムの拳によって破壊されたのだった。学院の教師や衛兵が駆け付けたときには、巨大なゴーレムは魔法学院の城壁をまたぎ、去った後だった。

去り際に犯人が置いたと思われる紙切れが1枚あった。そこには、こう書かれていた。

『破壊の杖、確かに領収致しました。 

返却をお求めの場合、トリステイン魔法学院の近くの森の廃屋にて、応対い致します。その際には、交渉人として、ジャン・コルベールと、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールの使い魔をご指名させて頂きます。

 土くれのフーケ』

 

 翌朝、教師全員とフーケに指名されたチンプイ、さらにチンプイの関係者としてルイズとエレオノールも、魔法学院の宝物庫に集められた。

 オスマンは、フーケが白昼堂々学院の宝物庫を襲ったこと、フーケが破壊の杖の返却の交渉人として、コルベールとチンプイを指定してきたことを皆に説明した。

「さて、賊は大胆にもメイジだらけのこの魔法学院に忍び込み、『破壊の杖』を奪っていきおった。つまり、我々は油断していたのじゃ」

 オスマンは壁にぽっかりと空いた穴を見つめた。

「それよりも、問題は、フーケの書き置きじゃ。なぜ、フーケはわざわざ盗んだ『破壊の杖』を返すと言うて、コルベール君とチンプイ君を交渉人に選んだのか・・・。その真意は分からん。しかし、マール星の使者であるチンプイ君を危険に晒す訳にもいかんのでな。護衛隊を編成しようと思う」

「しかしですな! オールド・オスマン!フーケは、二人を交渉人に指名してきたのですぞ!そんなもの作ったら・・・」

 オスマンは長い口髭を擦りながら、口から唾を飛ばして興奮するその教師を見つめた。

「ミスタ・・、何だっけ?」

「ギトーです! お忘れですか!」

「そうそう。ギトー君。そんな名前じゃったな。君は怒りっぽくいかん。しかし、誰か人質に取られたわけでもない。それに・・、フーケは、交渉人の人数までは指定してこんかった。何人で行っても構わんじゃろう。まあ、大人数で行けば逃げられるかもしれんがの。・・ときに、ミス・ロングビルはどうしたね?」

「それがその・・、朝から姿が見えませんで」

「この非常時に、どこに行ったのじゃ」

「どこなんでしょう?」

 オスマンとコルベールが噂をしていると、ミス・ロングビルが現れた。

「ミス・ロングビル! どこに行っていたんですか! 大変ですぞ! 事件ですぞ!」

 興奮した調子でコルベールがまくしたてる。しかしミス・ロングビルは落ち着いた調子でオスマンに告げた。

「申し訳ありません。朝から、急いで調査をしておりましたの」

「調査?」

「そうですわ。フーケのいう『トリステイン魔法学院の近くの森の廃屋』が、どこなのか調査を致しました」

「仕事が早いの。ミス・ロングビル。で、どこなんじゃ?」

「徒歩で半日。馬で四時間と行った所でしょうか」

 その時、護衛隊の編成に消極的だったギトーが叫んだ。

「すぐに王室に報告しましょう! 王室衛士隊に頼んで、兵隊を差し向けてもらわなくては!」

 すると、オスマンは首を振って、目をむいて怒鳴った。

「馬鹿者! 王室なんぞに知らせている間にフーケは逃げてしまうわ! その上・・、身にかかる火の粉を己で払えぬようで何が貴族じゃ! 魔法学院の宝が盗まれた! これは魔法学院の問題じゃ! 当然我らで解決する!」

 オスマンの言葉を聞いて、何故かロングビルは微笑んだ。まるで、この答えを待っていたかのように。

 オスマンは咳払いをすると、有志を募った。

「では、護衛隊を編成する。我と思う者は、杖を掲げよ」

 しかし、誰も杖を掲げなかった。困ったように、顔を見合わすだけだ。

「おらんのか? おや? どうした! フーケを捕まえて、名を上げようと思う貴族はおらんのか!」

 ルイズは俯いていたが、やがてすっと杖を顔の前に掲げた。

「ミス・ヴァリエール!」

 それを見てシュヴルーズが驚いた声を上げた。

「何をしているのです! あなたは生徒ではありませんか! ここは教師に任せて・・」

「誰も掲げないじゃないですか。それに、チンプイはマール星の使者であると同時に、わたしの使い魔です。主人であるわたしが行かない訳には行きませんわ」

「わたしも行きますわ。妹が心配ですもの・・。あと、この生徒もぜひ行きたいと言っているのですが?」

 エレオノールも杖を掲げた。杖を持っていない方の手は、キュルケの襟首をつかんでいた。

 キュルケは、ジタバタして逃げようとしている。どうやら、エレオノールはキュルケがルイズの部屋に忍び込んだ理由を聞きだしたらしい。キュルケがトライアングルメイジだと知り、それを黙っている代わりにフーケ討伐に協力しなさいと言って、有無を言わさずここまで引きずってきたのだった。

「キュルケ?何であんた、ここにいるのよ。関係ないでしょ。尻尾巻いてさっさと逃げなさいよ」

 ルイズは、そんなエレオノールの意図を知らず、ただチンプイの科法をキュルケに知られたくないと思って言ったのだが・・逆効果だった。

「ふん。ヴァリエールに負けてられませんわ」

 ルイズの言葉にカチンときたキュルケは思わず、自分で杖を掲げてしまった。しまった!とキュルケは思ったが、もう遅かった。エレオノールは、キュルケが杖を掲げたのを見て満足そうに手を離した。

 すると、もう一人、杖を掲げた者がいた。タバサだった。エレオノールに引きずられていったキュルケを心配して後を付けていたのだ。

「タバサ。あんたは良いのよ。関係ないんだから」

 キュルケがそう言うと、タバサはキュルケの目を見つめて短く告げる。

「心配」

 キュルケは感動した面持ちで、自分の小さな友人を見つめた。ルイズも唇を噛み締めて、彼女にお礼を言った。

「ありがとう・・、タバサ・・」

 そんな四人の様子を見て、オスマンが笑った。

「そうか。では、頼むとしようかの」

「オールド・オスマン! わたしは反対です! 生徒達をそんな危険にさらすわけには!」

「では、君が行くかね? ミセス・シュヴルーズ」

「い、いえ、わたしは体調が優れませんので・・」

「彼女達は、敵を見ている。その上、ミス・タバサは若くして『シュヴァリエ』の称号を持つ騎士だと聞いているが?」

 タバサは返事もせずにぼけっとした表情で突っ立っている。そんな彼女とは対照的に、教師達は驚いたようにタバサを見つめていた。

「本当なの? タバサ」

 キュルケも驚いている。『シュヴァリエ』は王室から与えられる爵位としては最下級なのだが、タバサの年齢でそれを与えられるという事自体が驚きなのである。男爵や子爵の爵位ならば領地を買う事で手に入れる事も可能であるが、『シュヴァリエ』だけは違う。純粋に業績に対して与えられる爵位、実力の称号なのだ。

 タバサの件で宝物庫の中がざわめくと、オスマンは続いてキュルケを見つめた。

「ミス・ツェルプストーは、ゲルマニアの優秀な軍人を数多く輩出した家系の出で、彼女自身の炎の魔法も、かなり強力と聞いているが?」

 キュルケは得意げに、髪をかきあげた。

 そして、オスマンはヴァリエール姉妹の方に体を向けた。

「ヴァリエール公爵家が長女、エレオノール君は本学院の卒業生であり、現在、アカデミーの研究員として活躍しておる。彼女の土魔法はかなりのものと聞いているが?」

 エレオノールは腕を組み、無言で頷いた。

 それからルイズが自分の番だとばかりに可愛らしく胸を張るが、オスマンは困ってしまった。褒める所が中々見つからなかったからである。

 こほん、と咳をすると、オスマンは目を逸らしながら言った。

「その・・・、ルイズ君は数々の優秀なメイジを輩出したヴァリエール公爵家の三女で、その、うむ、なんだ、将来有望なメイジと聞いているが? しかもその使い魔は!」

 そして、ルイズの横のチンプイを熱っぽい目で見つめた。

「マール星の使者であり、剣一本で、あのグラモン元帥の息子のギーシュ・ド・グラモンと決闘して勝ったという噂だが」

 オスマンは思った。チンプイが、本当に、伝説の使い魔『ガンダールヴ』ならば、『科法』を大っぴらに使えなかったとしても、『土くれ』のフーケに、後れをとる事はあるまいと。

 オスマンの言葉に、コルベールが興奮した調子で続いた。

「そうですぞ! なにせ、彼はガンダー・・・」

 途中まで言いかけたコルベールの口を、押さえ、誤魔化すようにして言った。

「そ、それに、何も生徒と卒業生だけではない。教師のコルベール君がついておる!大丈夫じゃよな!?コルベール君!」

「むぐ!はぁ!いえ、はい!大丈夫です!僕も頑張ります!」

「この六人に勝てるという者がいるのなら、前に一歩出たまえ」

 オスマンが威厳のある声で言うが、前に出る者は一人もいなかった。オスマンは六人に向き直った。

「魔法学院は、諸君らの努力と貴族の義務に期待する」

 チンプイ以外は真顔になって直立をし、「杖にかけて!」と同時に唱和し、恭しく礼をする。チンプイも慌てて真似をした。

「では、馬車を用意しよう。それで向かうのじゃ。魔法は目的地につくまで温存したまえ。ミス・ロングビル!」

「はい。オールド・オスマン」

「彼らを手伝ってやってくれ」

 ロングビルはそれを聞いて、頭を下げた。

「もとよりそのつもりですわ」

 




チンプイに大きさが合わないので、デルフには小型化してもらいました。

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