ルイズさまは、お妃さま!?   作:双月の意思

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遥か宇宙、マール星レピトルボルグ王家は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールをお妃に迎えるための使者をハルケギニアに送った。
ワンダユウは、大使としてトリステインとマール星を行き来し、
チンプイは、ルイズの使い魔兼お世話役として、トリステインに残った。
ワンダユウ「チンプ~イ!頼んだぞ~!」

ギーシュとの決闘編です。


チンプイvs青銅のギーシュ

 チンプイは出て行った後、食堂へと向かったが、長々と説教されたため、昼食の時間は終わっていた。

「はぁ、お腹空いたな・・」

 チンプイはお腹を抱えて、フラフラと飛んでいると・・

「フラフラしてるけど、大丈夫?」

 大きい銀のトレイを持ち、メイドの格好をした素朴な感じの、カチューシャで纏めた黒髪とそばかすが可愛らしい少女が心配そうにチンプイを見つめている。

「昼食の時間に間に合わなかったの」

 チンプイが答えた。

「わっ。話せるんですね。あなた、もしかしてミス・ヴァリエールの使い魔になったっていう、東の王族の従者の方ですか?」

 ワンダユウが高らかに素性を明かしたので下手に誤魔化さないで行こうということにはなったが、宇宙から来たと言っても誰もすぐには信じてくれないので、東の方から来たということになっている。そう言えば、『マール星』とは、直接の往来がない東の『ロバ・アル・カリイエ』の現地の呼び方であると、勝手に勘違いして納得してくれるらしい。

「そうだよ。知ってるの?」

「ええ。なんでも、使い魔召喚の儀の最中にやってきて、ミス・ヴァリエールをお妃にするために迎えに来たと高らかに宣言されたとか。噂になってますわ」

「そうだよ。言ったのはワンダユウじいさんだけどね。ぼく、チンプイ」

 チンプイが自己紹介をしたとき、チンプイのお腹が鳴った。

「お腹が空いてるんですね。私は、学院でメイドをさせて頂いているシエスタっていいます。こちらにいらして下さい」

 シエスタはそう言うと、チンプイを食道の裏にある厨房へと案内した。

 コックや、シエスタのようなメイドたちが忙しげに料理を作っている。

 チンプイを厨房の片隅に置かれた椅子に座らせると、シエスタは小走りで厨房の奥に消えた。

「昼食の時間は終わってしまったので、賄い食ですけど、良かったら食べて下さい」

「美味しい。これ、『スパロニ』みたいだ!」

 チンプイは、マール星の料理、『スパロニ』を思い出し、喜んで麵をすすった。これは、賄い食であり、食事マナーはあまり関係がない。チンプイは、食事マナーがなっていない生徒達も美味しいしこれでいいんじゃないかと、ひとりごち、食べ進めた。

「ふふっ。実はこれ、私が作ったんですよ。これは私の村の郷土料理の一つで、『ラーミエン(地球でいうラーメン)』っていうんですよ」

 シエスタは、ニコニコしながら夢中になって食べているチンプイの様子を見つめている。

「ご飯、どうして間に合わなかったんですか?」

「ルイズちゃんが魔法で教室滅茶苦茶にしたからって、長々とお説教されて遅くなっちゃったんだよ」

「まあ!そうなんですか。大変でしたね」

「美味しかったよ。ありがとう」

 チンプイは、空になった容器をシエスタに返した。

「よかった。お腹が空いたら、いつでも来てくださいな」

「助かるよ。ぼくに何かできることがったら言って。手伝うよ」

 チンプイが言った。

「そんな王族の従者の方にそんなことさせられませんわ」

 シエスタが驚いて言うと、

「気にしなくていいよ。ぼく、王族じゃないし。そんなこと言ったら、シエスタちゃんだって貴族たちのメイドでしょ?」

 チンプイが悪戯っぽく笑って言うと、

「ふふっ。言われてみたらそうですね。なら、デザートを運ぶのを手伝って下さいな」

 シエスタは微笑んで言った。

 

 大きな銀のトレイに、デザートのケーキが並んでいる。チンプイがそのトレイを持ち、シエスタがはさみでケーキをつまんで一つずつ貴族達に配っていく。

 すると、金髪の巻き髪にフリルの付いたシャツを着た気メイジがいた。薔薇をシャツのポケットに挿している。周りの友人たちが、口々に彼を冷やかしていた。

「なあ、ギーシュ! お前、今は誰と付き合っているんだよ!」

「誰が恋人なんだ? ギーシュ!」

 彼はどうやらギーシュと言うらしい。彼はすっと唇の前に指を立てると、

「付き合う? 僕にそのような特定の女性はいないのだ。薔薇は多くの人を楽しませるために咲くのだからね」

 その時、ギーシュのポケットから何かが落ちた。ガラスでできた小瓶である。中には紫色の液体が揺れていた。

 シエスタはしゃがみ込んで小瓶を拾うと、ギーシュに言った。

「あの、落としましたよ」

 だが、ギーシュは振り向かなかった。聞こえていて無視しているのか、聞こえていないのか分からなかったが、貴族同士のおしゃべりをわざわざ中断させるほどのことではないように思えた。

 仕方ない、とシエスタは、テーブルの隅に置いて立ち去ろうとした。

「待ちたまえ。これは僕のじゃない。君は何をしているんだね?」

 ギーシュは苦々しげにシエスタを見つめると、その小瓶を押しやった。

「でも・・。ミスタ・グラモンのポケットから落ちるのを見ましたよ」

 すると、その小瓶の出所に気付いたギーシュの友人達が、大声で騒ぎ始める。

「おお? その香水はもしや、モンモランシーの香水じゃないのか?」

「そうだ! その鮮やかな紫色は、モンモランシーが自分のためだけに調合している香水だぞ!」

「そいつがギーシュ、お前のポケットから落ちてきたって事は、つまりお前は今モンモランシーと付き合っている。そうだな?」

 友人達の指摘に、ギーシュは首を振りながら、

「違う。いいかい? 彼女の名誉のために言っておくが・・」

 ギーシュが何か言いかけた時、後ろのテーブルに座っていた茶色のマントの少女が立ち上がり、ギーシュの席に向かってコツコツと歩いてきた。

 栗色の髪をした、可愛い少女だった。着ているマントの色から、きっと一年生なのだろう。

「ギーシュさま・・」

 そう呟くと、少女はボロボロと泣き始めた。

「やはり、ミス・モンモランシーと・・」

「彼らは誤解しているんだ。ケティ。良いかい、僕の心の中に住んでいるのは君だけ・・」

 しかし、ケティと呼ばれた少女は、思いっきりギーシュの頬を引っぱたいた。

パシーン!という小気味良い音が食堂内に響き渡る。

「その香水があなたのポケットから出てきたのが、何よりの証拠ですわ!

さようなら!」

 ギーシュは頬をさすった。

 すると、今度は遠くの席から、一人の見事な巻き髪の少女が立ち上がった。いかめしい顔つきで、かつかつとギーシュの席までやってきた。

「モンモランシー。誤解だ。彼女とはただ一緒に、ラ・ロシェールの森へ遠乗りをしただけで・・」

 あまりに下手な言い訳である。その証拠に、彼は冷静な態度を装っていたが、冷や汗が一滴額を伝っていた。

「やっぱり、あの一年生に手を出していたのね?」

「お願いだよ。”香水”のモンモランシー。咲き誇る薔薇のような顔を、そのような怒りで歪ませないでくれよ。僕まで悲しくなるじゃないか!」

 モンモランシーはテーブルに置かれたワインの瓶を掴むと中身をどぼどぼとギーシュの頭の上からかけた。

 そして、

「嘘つき!」

と怒鳴って去って行った。

 沈黙の中、ギーシュはハンカチを取り出すと、ゆっくりと顔を拭いた。そして首を振りながら芝居がかかった仕草で言った。

「あのレディ達は、薔薇の存在の意味を理解していないようだ」

 シエスタがチンプイから銀のトレイを受け取って再び歩き出そうとすると、ギーシュがシエスタを呼び止めた。

「待ちたまえ、そこのメイドの君」

「な、なんでしょう?」

 シエスタが顔を強張らせて振り返ると、ギーシュは椅子の上で体を回転させ、すさっ!と足を組んだ。

「君が軽率に、香水の瓶なんかを拾い上げたおかげで、二人のレディの名誉が傷ついた。どうしてくれるんだね?」

 その言葉に、シエスタは青くなった。

「申し訳ございません。でも・・お言葉ですが、ミスタ・グラモンが二股をかけてるのがそもそもの原因かと」

 すると、ギーシュの友人達がどっと笑った。

「その通りだギーシュ! お前が悪い!」

 周りの友人達の笑い声で、ギーシュの顔にさっと赤みが差した。

「いいかい? メイド君。君が僕に声をかけたとき、知らないフリをしたじゃないか。話を合わせて瓶を拾わないぐらいの機転があっても良いだろう?」

 シエスタは顔を青くしたまま、弁解をする。

「ですから、黙って香水の瓶をテーブルに置いたじゃありませんか。瓶が落ちていることに気が付いて貴族の方に声をかけたのに、それを拾わないなんてその方が問題になってしまいますわ」

 さらに友人達の笑い声が大きくなり、ギーシュの顔がさらに赤みを増す。

「どうやら、君は貴族に対する礼を知らないようだね・・!」

 明らかに言いがかりだが、友人の笑いものにされ、ギーシュの顔が怒りで震えて目が光る。

 シエスタの顔はすっかり青ざめていた。

「待ちなよ」

 チンプイが声をかけた。

「君は・・」

 喋る謎のネズミのような生き物に呆気にとられ、ポカーンとしていたが、ギーシュは何かに気付いたような表情を浮かべた。

「ああ、君は確かあのゼロのルイズが使い魔にした東の王族の従者だったな。これは、僕とそこのメイドの問題だ口を挟まないでもらおうか」

「そうはいかないよ。シエスタちゃんだってさりげなくテーブルに置いたじゃないか。事情を知らないあの子の行動はどこも悪くないよ」

 チンプイが答えた。

「そうだ!そうだ!お前が悪い!」

 友人のヤジが飛ぶ。

「っ!さすがはゼロのルイズの使い魔だ! 主人が出来損ないであれば、使い魔も出来損ないというわけだ!」

 ――――その言葉で、チンプイの表情が変わった。

「・・どういう意味?」

「そのままの意味さ。出来損ないのゼロのルイズが召喚したのなら、その使い魔も出来損ないというわけだ。そんな使い魔に貴族の機転を期待した僕が間違っていたよ。どこへなりとも行きたまえ」

 ギーシュは、自分の非を誰かに強引に押し付けたかっただけだった。

 すると、チンプイはふんと相手を馬鹿にするように鼻を鳴らして、

「君が貴族?全然、貴族っぽくないけど」

「な、何だと!?」

「チンプイさん!」

 チンプイの言葉に、ギーシュが憤り、顔を青くしたシエスタがチンプイを制止しようとしたが、遅かった。

「二股の責任をぼくやシエスタちゃんに押し付けて、しかも何の関係もないルイズちゃんを馬鹿にする・・・君のような人間を何て言うか知ってる? 世間知らずの馬鹿って言うんだよ」

 その言葉でギーシュの顔が怒りで震え、目が光る。

「どうやら、君は貴族に対する礼を知らないようだね・・!」

「あいにく、ぼくは別の国から来たからね」

 二人はしばらくお互い睨み合っていたが、やがてギーシュの方が先に口を開いた。

「よかろう。君に礼儀を教えてやろう。ちょうど良い腹ごなしだ」

「ぼくは構わないよ」

 チンプイは怒っていた。この学院に来た時から思っていた事だが、どうもこの学院のメイジ達は貴族とは名ばかりのような気がしてならない。教室に入ってきたルイズを嘲笑うし、食事マナーはなっていないし、正直言ってあまり貴族という雰囲気が感じられない。本当にここの生徒達はきちんと貴族の教育を受けているのかと疑問に思うレベルである。 

 ギーシュはくるりと体を翻すと、チンプイに言った。

「ヴェストリの広場で待っている。ケーキを配り終えたら、来たまえ」

 ギーシュの友人達がわくわくした顔で立ち去り、ギーシュの後を追った。

 一人はテーブルに残っている。恐らくチンプイを逃がさないための見張りのようなものだろう。

 シエスタはぶるぶる震えながら言った。

「あ、あなた殺されちゃう・・・」

「え?」

「貴族を本気で怒らせたら・・」

 そう言うと、シエスタは、だーっと走って逃げてしまった。

 チンプイががきょとんとして彼女の後ろ姿を見ていると、ルイズが駆け寄ってきた。そして、話の内容が聞こえないようにシッシッと見張りの生徒を遠ざけた。

「あんた! 何してたのよ! 見てたわよ!」

「あ、ルイズちゃん」

「あっ、ルイズちゃん、じゃないわよ! 何勝手に決闘なんか約束してんのよ!」

「だって、悪いのはあいつだよ? それなのにあんな事言うから・・」

 チンプイが苦々しい表情を浮かべると、ルイズはため息をついてやれやれと肩をすくめた。

「謝っちゃいなさいよ」

「どうして?」

「科法は大っぴらに使えないし・・怪我したくなかったら、謝ってきなさい。今なら許してくれるかもしれないわ」

「・・・あいつは、ルイズちゃんをバカにしたんだ。ルイズちゃんは、すごく頑張ってるのに、それをバカにしたんだ!ちゃんと使い魔召喚だってできたのに!あいつを懲らしめなくちゃ、ぼくの気が済まないよ!」

 チンプイの決意は固いようだ。

「はあ、分かったわ・・。貴族の決闘は、杖を落とせば勝ちだから、適当に・・」

「分かった!ワンダユウじいさんみたいに、杖を科法『選択性ミニ・ブラックホール』で吸い込んじゃえばいいんだね」

「バカ!それじゃバレバレじゃない。そうね・・じゃあ、こうしましょう。ギーシュに剣を魔法で作らせるから、適当に剣を振って、適当にあしらってるフリをして、バレないように科法を使いなさい。それと・・チンプイ、やるからには勝ちなさい!これは、ご主人様の命令よ!」

「分かった。ぼく、頑張るよ」

 ルイズはチンプイを連れて、ヴェストリの広場へと向かった。慌てて、見張りの生徒もその後を追いかけた。

 

 ヴェストリの広場は、魔法学院の敷地内、『風』と『火』の塔の間にある中庭にある。西側にある広場なので、そこは日中でも日があまり差さない。そのため、決闘にはうってつけの場所になっていた。

 だが、今は噂を聞き付けた生徒達で広場は溢れかえってた。

「諸君! 決闘だ!」

 ギーシュが薔薇の造花を掲げると、うおーっ! と歓声が巻き起こる。

「ギーシュが決闘するぞ! 相手はルイズの使い魔だ!」

 ギーシュは腕を振って、歓声にこたえている。それからやっと存在に気付いたという風に、チンプイの方を向いた。

「とりあえず、逃げずに来た事は誉めてやろうじゃないか」

「じゃあ、ご褒美に、ルイズちゃんとシエスタちゃんに謝ってよ」

 ギーシュの眉がピクッと動いた。

「調子に乗るなよ、使い魔風情が。では、始めるとするか」

 ギーシュが言った直後、人混みの中からルイズが飛び出してきた。

「ギーシュ!」

「おお、ルイズ! 悪いな。君の使い魔をちょっとお借りしているよ!」

 ルイズは長い髪を揺らし、よく通る声でギーシュを怒鳴りつけた。

「いい加減にして! 大体、決闘は禁止のはずでしょ!」

「禁止されているのは、貴族同士の決闘のみだよ。使い魔と貴族の間での決闘なんか、誰も禁止していない」

 ギーシュのその理屈に、ルイズは言葉を詰まらせた。

「そ、それは、そんな事今まで無かったから・・。でも、自分の使い魔が、みすみす怪我するのを黙って見ていられるわけないじゃない!それでもやろうっていうなら、ハンデとしてチンプイに剣の一本ぐらい与えなさい。じゃないと貴族の名誉に傷がつくわよ?」

「ふむ、それもそうだな。おい、そこの君!その剣を取れ!それを開始の合図としよう!」

 ルイズは、ギーシュの貴族としてのプライドを利用して、剣を”錬金”させることに成功した。

「僕はメイジだ。だから魔法で戦う。よもや文句はあるまいね」

「別にいいよ」

「いい覚悟だ。ああ、言い忘れたな。僕の二つ名は”青銅”。”青銅”のギーシュだ。従って、青銅のゴーレム”ワルキューレ”がお相手するよ」

 チンプイが剣を手に取った。すると、左手に刻まれたルーン文字が光り出し、体が軽くなった。

 チンプイは軍人ではない。当然、剣を握ったこともないのだが、左手に握った剣が自分の体の延長のようにしっくりと馴染んでいる。襲ってくるゴーレムの動きがゆっくりとして見えた。

「チンプイ!」

 チンプイが科法『バリヤー』を使った。すると、ワンダユウの『超強力バリヤー』には遠く及ばないものの、バリヤーはいつもより高い効果を発揮した。

 あまりにもゴーレムの動きが鈍いので、チンプイはゴーレムに切りかかった。どうせ、バリヤーで反射されるし、あくまでも剣であしらっているように見えるからだ。

ぐしゃっと音を立てて、真っ二つになったゴーレムが地面に落ちる。自分のゴーレムが、粘土のように切り裂かれるのを見て、ギーシュは声にならないうめき声をあげた。

剣を握っているチンプイ自身も、信じられないという表情をしていた。

「ワ、ワルキューレ!!」

 叫びながら、ギーシュは慌てて薔薇を振るう。花弁が舞い、新たなゴーレムが六体現れた。

 全部で七体のゴーレムが、ギーシュの武器だ。一体しか使わなかったのは、それには及ばないと思っていたからだ。ゴーレムが、チンプイを取り囲み、一斉に躍りかかった。

 

 決闘が始まる、少し前。

学院長室で、コルベールは泡を飛ばしてオスマンに説明をしていた。

 チンプイのルーンが気になり、スケッチしてそれを調べていたら・・

「始祖ブリミルの使い魔『ガンダールヴ』に行き着いた、というわけじゃね?」

 オスマンはコルベールが描いたチンプイの手に現れたルーン文字のスケッチをじっと見つめながら、コルベールに尋ねる。

「そうです! チンプイ君の左手に刻まれたルーンは、伝説の使い魔『ガンダールヴ』に刻まれていたモノとまったく同じであります!」

「で、君の結論は?」

「チンプイ君は、『ガンダールヴ』です! これが大事じゃなくて、なんなんですか! オールド・オスマン!」

 コルベールは、禿げ上がった頭をハンカチで拭いながらまくし立てた。

「ふむ・・。確かに、ルーンが同じじゃ。ルーンが同じという事は、チンプイ君は『ガンダールヴ』になった、という事になるんじゃろうな」

「どうしましょう」

「しかし、それだけで、そう決めつけるのは早計かもしれん」

「それもそうですな」

するとその時、ドアがノックされた。

「誰じゃ?」

 扉の向こうから、秘書であるロングビルの声が聞こえた。

「私です。オールド・オスマン」

「なんじゃ?」

「ヴェストリの広場で、決闘をしている生徒がいるようです。大騒ぎになっています。止めに入った教師がいましたが、生徒達に邪魔されて止められないようです」

「まったく、暇を持て余した貴族ほど性質たちの悪い生き物はおらんわい。で、誰が暴れておるんだね?」

「一人は、ギーシュ・ド・グラモン」

「あのグラモンとこのバカ息子か。親父も色の道では剛の者じゃったが、息子も輪をかけて女好きじゃ。おおかた女の子の取り合いじゃろう。で、相手は誰じゃ?」

「・・それが、メイジではありません。ミス・ヴァリエールの使い魔のようです」

 ロングビルの報告に、オスマンとコルベールは顔を見合わせた。

「教師達は決闘を止めるために『眠りの鐘』の使用許可を求めております」

 オスマンの目が、鷹のように鋭く光った。

「アホか。たかが子供の喧嘩に、秘法を使ってどうするんじゃ。放っておきなさい」

「分かりました」

 そう言った直後、ロングビルが去って行く足音が聞こえた。

 コルベールは唾を飲みこんで、オスマンを促す。

「オールド・オスマン」

「うむ」

 頷いたオスマンが杖を振るうと、壁にかかった大きな『遠見の鏡』に、ヴェストリ広場の様子が映し出された。

 

 ゴーレムが、チンプイを取り囲み、一斉に躍りかかった・・刹那。チンプイとすれ違った六体のゴーレムはバラバラに切り裂かれ、金属音を立てながら地面へと崩れ落ちた。

「ひっ・・!」

 ギーシュは、怯えた声を出して地面に尻餅をついた。チンプイはギーシュに近づくと、剣の切っ先を彼の目の前に突き付ける。

「まだやる?」

 ギーシュはふるふると首を横に振りながら震えた声で言う。

「ま、参った」

 

 チンプイは、剣を手から離して言った。

「もう、二股なんかしちゃダメだよ。あと、酷い事を言ったんだからシエスタちゃんとルイズちゃんに後で謝っておいてね」

「シエスタ?」

「さっき君が責任を押し付けたメイドの子だよ」

 そうチンプイが言ったところで、ワンダユウがやってきた。

「チンプイ!何をやっているんだ!」

 ワンダユウが怒鳴った。

「あっ、ワンダユウじいさん。そこのギーシュ君が、ルイズちゃんをバカにしたから、決闘っていうのを受けたんだよ」

 チンプイは答えた。

「何だって!チンプイ!なんで、わしに相談しなかったのだ!」

 ワンダユウはそう言うと、チンプイの耳元へ近づき、「科法はバレなかったんだろうな」と、小声で聞いてきた。

「うん。 だって、ワンダユウじいさん、いなかったじゃない。・・で、一応、勝ったから、ルイズちゃんに謝るように言ったんだ。ここの生徒は酷いんだよ。皆で一緒になってルイズちゃんをバカにするんだ」

 チンプイが言うと、ワンダユウは眉を吊り上げて、その場にいた生徒や教師全員に聞こえるように、高らかに言った。

「ここにいる者たちよ、よく聞きなさい。ここにおられるお方をどなたと心得る。恐れ多くも、マール星レピトルボルグ王家の第一王子ルルロフ殿下の婚約者・・ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール妃殿下にあらせられるぞ!」

「何が妃殿下よ。わたしは婚約は・・」

 ルイズが文句を言いかけると、チンプイは手でルイズの口を塞いだ。

「まあまあ、ここはワンダユウじいさんに任せようよ」

 チンプイは、ルイズをなだめた。

 ワンダユウが話を続ける。

「妃殿下を侮辱するということは、マール星を侮辱したも同然。これは、立派な外交問題ですぞ!それに、ルイズさまを侮辱するということは、ラ・ヴァリエール公爵家に対する挑戦と受け取れますな」

 外交問題と言われ、事の重大さに、一同は顔を青くした。おまけに、忘れられがちだが、ルイズの実家はトリステインでも有数の大貴族である。これまで問題にならなかったが、もしルイズの実家を怒らせたら、ただでは済まない。

「以後、妃殿下への暴言はお控え願いたい。よろしいですかな?」

 一同は、力強く首を縦に振った。

 

 オスマンとコルベールは、『遠見の鏡』で一部始終を見終えると、顔を見合わせた。

 コルベールは震えながらオスマンの名前を呼ぶ。

「オールド・オスマン」

「うむ」

「チンプイ君が『科法』を使っている様子はありませんでした」

「うむ」

「そして、剣を持ってからのあの動き!あんなもの見た事ない!やはり彼は『ガンダールヴ』!」

「うむむ・・」

 コルベールは、オスマンを促した。

「オールド・オスマン。さっそく王室に報告して、指示を仰がない事には・・」

「それには及ばん」

 オスマンはそう言いながら、重々しく頷いた。白いひげが、厳しく揺れる。

「どうしてですか? これは世紀の大発見ですよ! 現代に蘇った『ガンダールヴ』!」

「ミスタ・コルベール。ガンダールヴはただの使い魔ではない」

「その通りです。始祖ブリミルの用いた『ガンダールヴ』。その姿形は記述がありませんが、主人の呪文詠唱の時間を守るために特化した存在と伝え聞きます」

「そうじゃ。始祖ブリミルは、呪文を唱える時間が長かった。その強力な呪文ゆえに、な。知っての通り、詠唱時間中のメイジは無力じゃ。その無力な間、己の体を護るために始祖ブリミルが用いた使い魔がガンダールヴ。その強さは・・」

 オスマンの台詞を、コルベールが興奮した調子で引き取った。

「千人もの軍隊を一人で壊滅させるほどの力を持ち、あまつさえ並のメイジではまったく歯が立たなかったとか!」

「で、ミスタ・コルベール。チンプイ君を現代の『ガンダールヴ』にしたのは誰なんじゃね?」

「ミス・ヴァリエールです」

「彼女は優秀なメイジなのかね?」

「いえ、むしろ、む・・」

 ”無能”と言いかけてやめた。二人も先ほどのワンダユウの話を聞いており、”外交問題”という言葉が頭をよぎり、口ごもったのだった。

「さて、今はその二つが謎じゃ」

「ですね」

「その・・なんじゃ、ミス・ヴァリエールと契約したチンプイ君が、何故『ガンダールヴ』になったのか。まったく、謎じゃ。理由が見えん」

「そうですね・・」

「とにかく、王室のボンクラ共にガンダールヴとその主人を渡すわけにはいくまい。そんなオモチャを与えてしまっては、またぞろ戦でも引き起こすじゃろうて。宮廷で暇を持て余している連中はまったく、戦が好きじゃからな。

それに・・、チンプイ君とミス・ヴァリエールをそんな戦に巻き込んだら、それこそマール星との重大な外交問題になってしまうぞい」

「ははあ。学院長の深謀には恐れ入ります」

 コルベールは、ワンダユウと”烈風”カリンの決闘を見ていないので、事の重大さがいまいち分かっていなかったが・・”烈風”カリンを圧倒するほどの力を持つワンダユウを有するマール星を怒らせたら、トリステインは一溜りもないだろう。その事を知るオスマンは、緊張感のないコルベールを見て頭を抱えた。

「とにかく!この件は私が預かる。他言は無用じゃぞ、ミスタ・コルベール」

「は、はい! かしこまりました!」

 オスマンは杖を握ると窓際へ向かった。そして遠い歴史の彼方へと、想いを馳せる。

「伝説の使い魔『ガンダールヴ』か・・。一体、どのような姿をしておったのだろうなあ」

 コルベールは学院長の背中を見ながら、夢見るように呟く。

「『ガンダールヴ』はあらゆる武器を使いこなし、敵と対峙したとありますから、腕と手はあったんでしょうなぁ」

 

 ところ変わって、ルイズの部屋。

そこには、ルイズ、エレオノール、チンプイ、ワンダユウがいた。

「・・全く余計なことをしてくれちゃって」

 ルイズはふくれっ面になった。

「まあまあ、これでルイズちゃんの悪口を言う人がいなくなるんだからいいじゃない」

「良くないわよ!実家の力を振りかざすなんて、不本意だわ!それに、ワンダユウ!何勝手なことをみんなの前で言ってるのよ!」

「別にいいじゃない、ちびルイズ。確かにスマートなやり方じゃなかったけど、ルイズのために二人とも頑張ってくれたのよ」

「でも・・でも!エレ姉さま!わたし、まだ、婚約するって決めたわけじゃ・・」

「それから、申し遅れましたが、ルイズさまのご日常をディスクに撮影することになりまして・・・」

 ワンダユウが言いかけると、ルイズは怒って言った。

「冗談じゃないわ!!勝手にプライバシーをのぞかないで!」

「いえ、これはルルロフ殿下のお望みでもありますし、国民も将来の妃殿下の・・・」

「妃殿下になんかならないったら!!」

「いえ、きっとなられます」

「しつこいわね!!」

 そう言って、ルイズは部屋にあったほうきを手に取り、振り上げた。

「こういうシーンは受けるよ。是非アップで」

というチンプイの言葉と、ビデオを構えるワンダユウを見て、ついルイズはほうきをはく動作に切り替えてしまった。

「ほう。ご自分のお部屋のおそうじでしたか」

 ワンダユウが言うと、ルイズは怒って、

「やーめた!」

と言って出て行ってしまった。

 その後も、ルイズが授業を受ける様子や、エレオノールに王族に必要な作法やマナーを学ぶ様子、決闘でチンプイに負けたギーシュが謝罪しに来た様子などが撮影された。

 

 数日後・・

「マール星から連絡が入ったよ。ルイズちゃんのディスクを公開したところ、一生懸命働く姿や学業に打ち込む姿、暴言を吐いたギーシュを寛大な心で許している姿に、殿下をはじめ全国民が感動して、一日も早くマール星に来てほしいってさ」

 チンプイの報告を受けて、ルイズは先が思いやられると思い、頭を抱えた。

 




チンプイが科法を使わずに原作の才人同様、大けがをするという流れにしても良かったのですが、せっかく科法が使えるのに使わないのは不自然かなと思い、このような流れになりました。
 チンプイの『バリヤー』の強度はどうしようか、考え中ですが・・、『ガンダールヴ』の力ありでも、トライアングルメイジのの攻撃が防げるかどうかレベルにしたいと思っています。

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