ワンダユウは、大使としてトリステインとマール星を行き来し、
チンプイは、ルイズの使い魔兼お世話役として、トリステインに残った。
ワンダユウ「チンプ~イ!頼んだぞ~!」
ついに、ルイズとチンプイの魔法学院での生活が幕を開けた。
朝、ルイズは体中が痛すぎて目が覚めた。昨日は、母カリーヌの”激しい”お仕置きにより、身体中痛いしも服もボロボロであった。
ルイズの隣でスヤスヤと眠るチンプイを見て、ルイズは何となく腹が立ってきたので、ルイズは叩き起こした。
「痛いなあ。ルイズちゃん、何するの~」
チンプイは目をこすりながらルイズに不満を言った。
「うっさいわね。チンプイ、わたしの使い魔になったんだから、わたしより早く起きなきゃダメでしょ!・・・まあ、いいわ。使い魔のことを今から説明してあげるからよく聞きなさい」
「うん。メインの仕事じゃないけど、ぼくのできる範囲でならやるよ」
チンプイは答えた。
「メインでしょ!あんた、使い魔なんだから」
「違うよ。あくまでも、ぼくの個人的なサービスだよ。メインは、ルルロフ殿下との婚約のお手伝いだよ。まあ、話してみてよ」
チンプイの言葉で、ルイズはお妃候補のことを思い出し、憂鬱な気分になったが、気を取り直して話し始めた。
「そ、そうだったわね。まあいいわ。まず、使い魔は主人の目となり、耳となる能力を与えられるわ」
「・・つまり、ぼくが見たものはルイズちゃんも見ることができるってこと?」
「そういうこと。でも、あんたじゃ無理みたいね。わたし、何にも見えないもん!」
「ふ~ん。見えたら、殿下の顔を見て、ルイズちゃんに見せてあげられるのに、残念だな~」
「ぐっ!き、昨日、そっくりさんのシャシンを見たからいいわよ。それから、使い魔は主人の望む物を見つけてくるのよ。例えば秘薬とかね」
「秘薬って?」
「特定の魔法を使う時に使用する触媒よ。硫黄とか、コケとか・・・。でもあんた子供だし無理そうね。秘薬の存在すら知らないのに」
「ごめんね」
「そしてこれが一番なんだけど・・・。使い魔は、主人を守る存在であるのよ! その能力で、主人を敵から守るのが一番の役目!・・あっ、チンプイ、もしかして昨日のワンダユウみたいに『科法』使える?」
ルイズは、母カリーヌを圧倒したワンダユウを思い出し、期待の眼差しをチンプイに向けた。
「『科法』は使えるけど、ワンダユウじいさんほど強力なのはまだできないよ。ルイズちゃんのママにはとても敵わないな。でも、ちょっとは使えるよ」
「そう・・・。じゃあ、あんたにできそうな事をやらせてあげる。洗濯。掃除。その他雑用」
「それ、他の使い魔もやってるの?なら、やるけど・・見た感じ、何も出来なさそうな生き物ばっかりだったけど・・。ぼくは使い魔になるためにはるばる来たんじゃないんだよ?」
チンプイは顔をしかめて抗議する。
「うっ、うっさいわね!ウチは、ウチよ!置いて欲しけりゃぜいたく言うんじゃないの!・・まあいいわ。昨日の母さまのお仕置きで服が汚くなっちゃった・・。着替えるから手伝いなさい」
ルイズは誤魔化すようにして言った。
「しょうがないなぁ。科法『汚れ蒸発』、チンプイ!」
チンプイがそう言うと、服の汚れがキレイに無くなった。
「汚れが無くなったわね・・・。何よ、あんた、ちゃんと科法使えるんじゃない!早く言いなさいよ」
文句言いつつルイズは上機嫌だった。
「あっ・・。でも、先住魔法と間違えられて面倒だから、人前で科法使っちゃダメだって、オスマンじいさんに言われたな」
「そうかもね。でも、今は二人だから問題ないわ。それに、バレなきゃいいのよ。チンプイ、先住魔法だって分かんないように科法を使って、これからもご主人さまを助けなさい」
ルイズはチンプイが科法を使っているところをクラスメイトに見せて自慢しようと思っていたので、がっかりしたが、科法があると便利なので、バレなきゃ大丈夫と思い、チンプイにこれからも科法を使って助けてもらおうと思ったのだった。
ルイズとチンプイが部屋を出ると、燃えるような赤い髪の女の子とばったり会った。一番上と二番目のブラウスのボタンを外し、胸元を覗かせている。大抵の男ならばその谷間に思わず目が行ってしまうだろう。褐色の肌が、健康そうでプリミティブな色気を振りまいている。身長、肌の色、雰囲気、胸の大きさ・・。全部がルイズと対照的な女性だった。
彼女はルイズを見ると、にやりと笑みを浮かべた。
「おはよう。ルイズ」
ルイズは顔をしかめると、嫌そうに挨拶を返した。
「おはよう。キュルケ」
「あなた、使い魔の契約できたのね。おめでとう。ってことは、晴れてお妃さまって訳?」
チンプイを指差して、バカにしたような口調で言う。
「あのね。まだ、お妃じゃないの!候補よ候補!間違えないでよね!」
「そうなの?まあ何でもいいけど。”サモン・サーヴァント”で使い魔に召喚を拒否されるなんて、あなたらしいわ。さすがはゼロのルイズ」
ルイズの白い頬に、さっと朱がさした。
「うるさいわね」
「あたしも昨日、使い魔を召喚したのよ。誰かさんと違って、一発で呪文成功よ」
「あっそ」
「どうせ使い魔にするなら、こういうのがいいわよねぇ~。フレイムー」
キュルケは勝ち誇った声で使い魔を呼んだ。すると、キュルケの部屋からのっそりと真っ赤なトカゲが現れた。大きさはトラほどもあり、尻尾が燃え盛る炎でできていた。チロチロと口から火炎がほとばしっている。
「これってもしかして、サラマンダー?」
ルイズが尋ねた。
「そうよー。火トカゲよー。見て? この尻尾。ここまで鮮やかで大きい炎の尻尾は、間違いなく火竜山脈のサラマンダーよ? ブランドものよー。好事家に見せたら値段なんかつかないわよ?」
「そりゃ良かったわね」
苦々しい声でルイズが言う。
「素敵でしょ。あたしの属性ぴったり」
「あんた”火”属性だもんね」
「ええ。微熱のキュルケですもの。ささやかに燃える情熱は微熱。でも、男の子はそれでイチコロなのですわ。あなたと違ってね?」
キュルケは得意げに胸を張った。ルイズも負けじと胸を張り返すが、ボリュームが違いすぎて勝ち目が全く無かった。
ルイズはそれでもぐっとキュルケを睨み付けた。どうやらかなりの負けず嫌いらしい。
「あんたみたいにいちいち色気を振りまくほど、暇じゃないだけよ」
キュルケはにっこりと余裕の笑みを浮かべると、今度はチンプイを見つめた。
「あなた、お名前は?」
「ぼく、チンプイ」
「チンプイ? 変な名前。というか、あなた、やっぱり喋れるのね」
「変な名前って酷いな~。そうだよ」
チンプイは文句を言った。
「ふふん!そうよ!あんたのサラマンダーと違ってチンプイは喋れるし、チンプイのがスゴイわよ!サラマンダーっていったって、ただのトカゲでしょ!」
ルイズは得意げに自慢した。
「なんですって! 聞き捨てならないわね、ヴァリエール! あたしのフレイムを侮辱するの!?」
ルイズとキュルケはぎゃーぎゃーと口げんかを始めてしまった。
その様子を見守っていたチンプイが、しばらくして言った。
「・・・どうでもいいけど、二人とも朝ごはんは?」
「あっ、いけない!ゼロのルイズに構ってる場合じゃなかったわ。じゃあ、お先に失礼」
キュルケはそう言うと、炎のような赤髪をかきあげて颯爽とキュルケは去って行った。ちょこちょこと、大柄な体に似合わない可愛い動きで、サラマンダーがその後を追う。
「そう言えば、あの子、ルイズちゃんの事をゼロのルイズって呼んでたけど、”ゼロ”ってなんのこと?」
「・・ただのあだ名よ。チンプイ、あなたは知らなくていいことよ。いいから、朝ごはん食べに行くわよ」
ルイズはバツが悪そうに言って、ごまかすように歩き出した。
トリステイン魔法学院の食堂は、学院の敷地内で一番背の高い真ん中の本塔の中にあった。食堂の中には長いテーブルが三つほど並んでおり、百人は優に座れるだろう。ルイズ達二年生のテーブルは、その真ん中だった。
どうやら学年ごとにマントの色が決められているらしく、食堂の正面に向かって左隣のテーブルに並んだ、少し大人びた雰囲気のメイジ達は全員紫色のマントを着けていた。三年生なのだろう。
右隣のテーブルのメイジ達は、茶色のマントを身に着けている。おそらく一年生だ。
ルイズによると、学院の中の全てのメイジ達、つまり生徒も先生も全員、ここで食事をとるらしい。
一階の上にはロフトの中塔があり、先生達がそこで歓談に興じているのが見えた。
すべてのテーブルには豪華な飾り付けがなされていた。いくつもの蝋燭が立てられ、花が飾られ、果物がたくさん盛られた籠がのっている。
得意げに指を振ってルイズが言った。彼女の鳶色の目が、悪戯っぽく輝く。
「トリステイン魔法学院で教えるのは、魔法だけじゃないのよ。メイジはほぼ全員が貴族なの。『貴族は魔法をもってしてその精神となす』のモットーのもと、貴族たるべき教育を存分に受けるのよ。だから食堂も、貴族の食卓にふさわしいものでなければならないのよ」
「貴族の食卓、ね」
呟きながら、チンプイは食堂を見渡す。ルイズちゃんの言ってることは分かるけど、学生相手にしてはやけに豪華だなと、チンプイはひとりごちた。
「いい? ホントならあんたみたいな使い魔はこの『アルヴィーズの食堂』には一生入れないのよ。感謝してよね」
「そのアルヴィーズって何?」
「小人の名前よ。周りに像がたくさん並んでいるでしょう」
ルイズの言う通り、壁際には精巧な小人の彫像が並んでいた。
「結構よくできてるね。動くの?」
「っていうか踊ってるわ。いいから、椅子を引いてちょうだい。気の利かない使い魔ね」
腕を組んでルイズが言った。チンプイはやれやれと言うように肩をすくめながら椅子を引く。
ルイズが礼も言わずに腰掛けると、チンプイも自分の椅子を引き出して座った。
すると、チンプイは、ルイズが自分をじっと睨んでいる事に気付いた。
「どうしたの?」
その眼差しにチンプイが尋ねると、彼女は床を指差した。そこには皿が一枚置いてあり、小さな肉の欠片が浮いたスープが揺れている。皿の端っこには硬そうなパンが二切れ、ぽつんと置かれていた。
「あのね? ほんとは使い魔は、外。あんたはわたしの特別な計らいで、床」
ルイズは、使い魔との主従関係をはっきりさせたくて、周りに見せつけたくてやっているようだ。
「じゃあ、ぼく、外がいい」
チンプイは、そう言って出て行こうとするが、止められた。
「だめ。ご主人様の好意を無下にする気!?」
どうもこの少女は使い魔の意味をはき違えているようだ。おまけに、チンプイをマール星の使者としてそれ相応に扱うようにと、ワンダユウに釘を刺されたことも忘れているらしかった。
すると・・・にゅ~~っとルイズの横から手が伸びてきて、その手はルイズの頬を思いっきりつねり上げた。
「あいだだだっだ!いだい~~~!!」
「コラ!ちび!ちびルイズ!!昨日、ワンダユウさんから言われたことをもう忘れたの!チンプイ君をマール星の使者としてそれ相応に扱うように言われたでしょ!これじゃあ、平民の方がまだマシな食事してるわよ!!」
そう言って現れたのは、ルイズの姉、エレオノールだった。
「でえざば(ねえさま)! どぼしてごごに(どうしてここに)!いだい~~~~!」
「あんたをビシバシ教育するよう母さまに言われたからよ!だいたいね!チンプイ君は、あんたのわがままに付き合って残ってくれたのよ!それなのに何様のつもり!」
エレオノールはそう言うと、眉を吊り上げて、ルイズをさらに激しくつねり上げた。
「あいだだだっだ!でぼ、ざいじょにどっぢがじゅじんかばっぎりざぜないど(でも、最初にどっちが主人かはっきりさせないと)・・・。いだい!いだいです!でえざば(ねえさま)! 」
「だまらっしゃい!他の使い魔だって、もっとマシな扱いよ。そんなことも分かんないの!とにかく、今日から徹底的に教育してあげる。返事は!」
「ば、ばい(は、はい)ッ!」
ルイズが返事をすると、ようやくルイズの頬は解放された。
そして、ルイズの隣にチンプイが座り、チンプイを挟むようにしてエレオノールが座った。
「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかな糧を我に与えたもうた事を感謝いたします」
祈りの声が、唱和される。唱和が終わると、ルイズは美味しそうに豪華な料理を頬張り始めた。
「ねえ・・。ルイズちゃん、エレオノールさん。本当にここの生徒達はきちんと貴族の教育を受けているの?食事のマナーが全然なってないよ」
生徒達の食事の様子を見たチンプイは、そう言って眉をひそめた。目の前にある料理は、『スパロニ(地球でいうラーメン)』のように細かい食事マナーをあまり必要としない料理ではない。それ相応の食事マナーが本来要求されるはずの料理であったが、よく見るとみんな食器の使い方がそれほど上品じゃない。がっちゃがっちゃと皿とフォークを当てて派手な音を立てるし、ズズズと音を立ててスープを飲み平気でこぼしたりしている。
ルイズや女の子はそれなりにおとなしめな食べ方ではあったが、それでも、食事マナーがキチンとしているとは言い難かった。エレオノールも生徒達よりまだマシだが、上流階級の貴族であることを考えると、もう一声というところであった。
「・・・マール星では、どの様な食事マナーが求められるのですか?」
エレオノールが尋ねた。
「料理によるけど・・この手の料理だったら、なるべく食器の音を立てないように食事することかな。細かい食事マナーは、ワンダユウじいさんの方が詳しいと思うよ」
チンプイは答えた。
「なによ、偉そうに」と、ルイズは心の中でひとりごちた。声に出すとエレオノールに頬をつねられるからである。しかし、そういうチンプイは確かに食器の音をほとんど立てずに行儀よく食べており、ルイズは悔しくてわざと音を大きく立てて食べた。
「コラ!ちびルイズ!仮にもお妃候補なんだから、レデイたるもの、行儀よく食べる努力をしなさい」
エレオノールはルイズをたしなめた。
「うっ・・。ごめんなさい。姉さま」
エレオノールに頭が上がらないルイズはしゅんと大人しくなり、音を立てないように注意して食べ始めた。
その後、エレオノールは、ワンダユウから預かった『王族として必要な作法やマナー』のディスクを見ると言って別れた。ルイズに厳しいことを普段言っているが、なんだかんだ言って妹思いの良い姉なのだ。
魔法学院の教室は大学の講義室のような造りをしていた。ルイズがチンプイを連れて中に入っていくと、先に教室にやってきていた生徒達が一斉に振り向き、くすくすと笑い始めた。生徒達の中には先ほど出会ったキュルケもいて、彼女の周りを男子が取り囲んでいる。どうやら男の子がイチコロだというのは本当のようだ。周りを囲んだ男子達に、女王のように祭り上げられている。
皆、様々な使い魔を連れていた。
キュルケのサラマンダーは椅子の下で眠り込んでいる。肩にフクロウを乗せている生徒もいた。窓から巨大なヘビがこちらを覗いており、男子の一人が口笛を吹くとヘビは頭を隠した。他にも、カラスや猫などもいた。
ルイズが不機嫌そうな顔をしながら席に一つに腰掛けたのが見えた。チンプイが、他の使い魔を見習って教室の後ろへ行こうとすると、ルイズがチンプイを睨んだ。
「今度はどうしたの?」
「チンプイ、わたしの使い魔でしょ。使い魔は近くにいなさい」
ルイズは、どうしても自分の魔法が成功した証である使い魔を周りに見せつけたいようだ。
「でも、他の使い魔は大体教室の後ろにいるよ」
そうチンプイに言われ、またしても自分の隣で床に座らせようとしたが、エレオノールの顔が浮かんだルイズは、
「い、いいから!席に座っていいから近くにいなさい」
ルイズがそう言った直後、扉が開いて先生が入ってきた。
入ってきたのは、中年の女性だった。紫色のローブに身を包み、帽子を被っている。ふくよかな頬が優しい雰囲気を漂わせていた。
彼女は教室を見回すと、満足そうに微笑んで言った。
「皆さん、春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に様々な使い魔達を見るのがとても楽しみなのですよ。私の二つ名は”赤土”。”赤土”のシュヴルーズです。これから、一年、”土”系統の魔法を皆さんに講義します。では、授業を始めますよ」
「今から皆さんには土系統の魔法の基本である、”錬金”の魔法を覚えてもらいます。一年の時にできるようになった人もいるでしょうが、基本は大事です。もう一度、おさらいすることにします」
シュヴルーズは机の上に置かれた石ころに向かって杖を振り上げ、短くルーンを呟くと突然石ころが光り出した。
光が収まると、ただの石粉だったそれは光る金属に変わっていた。
「ゴゴ、ゴールドですか? ミセス・シュヴルーズ!」
キュルケが興奮したように身を乗り出した。
「違います。ただの真鍮です。ゴールドを錬成できるのは『スクウェア』クラスのメイジだけです。私はただの・・『トライアングル』ですから」
こほんともったいぶった咳をしてから、シュヴルーズはそう言った。それを聞いたチンプイは、横のルイズに小声で尋ねる。
「ねえルイズちゃん」
「何よ。授業中よ」
「スクウェアやトライアングルって、何?」
「系統を足せる数の事よ。それでメイジのレベルが決まるの」
「・・? どういう事?」
ルイズは小さな声でチンプイに説明する。
「例えばね?”土”系統の魔法はそれ単体でも使えるけど、火の系統を足せばさらに強力な呪文になるの。単体の魔法を使うメイジの事を『ドット』メイジ、二つの系統を足せるのが『ライン』メイジよ」
それを聞いてチンプイは考え込むように顎に手を当てながら、
「そうか、図形の形になってるんだ。じゃああの先生は三つの系統を足せるから『トライアングル』メイジ・・。『スクウェア』メイジは四つの系統を足せるって事?」
「そうよ。ま、スクウェアメイジは超一流の証だから、滅多にいないんだけどね。ちなみに、母さまはそのスクウェアメイジよ。ワンダユウの科法には全然歯が立たなかったけど、ここじゃスゴイのよ」
そんな風にしゃべっていると、シュヴルーズに見咎められた。
「ミス・ヴァリエール!」
「は、はい!」
「おしゃべりする暇があるのなら、あなたにやってもらいましょう」
「え? わたし?」
「そうです。ここにある石ころを、望む金属に変えてごらんなさい」
ルイズは立ち上がらない。困ったようにもじもじするだけだ。
「ご指名だよ。行ってきたら?」
とチンプイが促した。
「ミス・ヴァリエール! どうしたのですか?」
シュヴルーズ先生が再び呼びかけると、キュルケが困った声で言った。
「先生」
「何です?」
「やめといた方が良いと思いますけど・・」
「どうしてですか?」
「危険です」
キュルケがきっぱりと言うと、教室のほとんど全員がそれに同意するように頷いた。
「危険? どうしてですか?」
「ルイズに教えるのは初めてですよね?」
「ええ。でも、彼女が努力家ということは聞いています。さぁ、ミス・ヴァリエール。気にしないでやってごらんなさい。失敗を恐れていては、何もできませんよ?」
「ルイズ。やめて」
キュルケが蒼白な顔で言うが、ルイズは立ち上がってはっきりした声で告げる。
「やります」
そして、緊張した顔で、つかつかと教室の前へと歩いて行った。
隣に立ったシュヴルーズはにっこりとルイズに笑いかけた。
「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を、強く心に思い浮かべるのです」
こくりと頷いて、ルイズは手に持った杖を振り上げた。何故か前の席に座っていた生徒は椅子の下に隠れていた。その姿に嫌な予感を感じたチンプイは、自分も椅子の下に隠れる。
ルイズは目をつむり、短くルーンを唱え、杖を振り下ろす。
その瞬間、机ごと石ころは爆発し、驚いた使い魔たちが暴れだした。
キュルケのサラマンダーが先ほどの爆音に驚いてか炎を口から吐き、マンティコアが飛び上がり、窓ガラスを割って外に飛び出していった。その穴から先ほど顔を覗かせた大ヘビが入ってきて、誰かのカラスを飲み込んだ。
ちなみにルイズとシュヴルーズは爆風をもろに受けて、床に倒れていた。
すると、チンプイと同じように椅子の下に避難していたキュルケがルイズを指差して叫んだ。
「だから言ったのよ! あいつにやらせるなって!」
「もう! ヴァリエールは退学にしてくれよ!」
「俺のラッキーが食われた! ラッキーが!」
その光景にチンプイが呆然としていると、煤で真っ黒になったルイズがむくりと立ち上がった。ブラウスが破れ、華奢な肩が覗いている。しかもスカートが裂け、パンツが見えていた。見るも無残な姿である。ちなみにシュヴルーズは倒れたまま動かないが、たまに痙攣しているので死んではいないようだ。
ルイズは大騒ぎの教室を意に介した風もなく、顔についた煤を取り出したハンカチで拭きながら、淡々とした声で言った。
「ちょっと失敗したみたいね」
その直後、ルイズは他の生徒達から猛然と反撃を食らった。
「ちょっとじゃないだろ! ゼロのルイズ!」
「いつだって成功の確率、ほとんどゼロのルイズじゃないかよ!」
チンプイはやっと、どうしてルイズが『ゼロのルイズ』と呼ばれているのか理解した。
その後、ルイズと使い魔のチンプイは、長々と説教をされ、めちゃくちゃになった教室の掃除を命じられた。罰として魔法を使って修理する事が禁じられたが、ルイズは魔法が使えないのであまり意味が無かった。なお、掃除を命じたミセス・シュヴルーズはその日一日錬金の講義を行わなかった。どうやらトラウマになってしまったらしい。
しかし、科法はダメとは言われていないので、チンプイは科法を使った。
「科法『モトノモクアミ』、チンプイ!」
すると、ワンダユウの時と同様に瓦礫が集まり・・何事もなかったかのように、教室はあっという間に元の姿に戻った。
一方、この状況を生み出した本人は既に元に戻ったのに意味もなく黙って机を拭いている。
「・・これで分かったでしょ」
突然、机を拭いていたルイズがそんな事を言った。
「分かったって、何が?」
「わたしの二つ名の由来に決まってるでしょ!!」
教室に、ルイズの悲しそうな声が響き割った。
「何を唱えても、爆発ばっかり!! 魔法の成功率ゼロパーセント!! それで付いたあだ名が”ゼロ”のルイズよ!! あんただって本当は、わたしの事馬鹿にしてるんでしょ!? 貴族のくせに魔法が使えない落ちこぼれだって!! メイジ失格のできそこないだって!! 笑えば良いじゃない!! どうせ本当の事なんだし、あんたも笑って馬鹿にすれば良いじゃない・・」
ひとしきり叫ぶと、ルイズはうずくまって啜り泣き始めた。
「どうしてよ・・。どうしてわたしは、魔法が使えないのよ・・どうして・・」
チンプイはそんなルイズに近づいて言った。
「魔法が使えなくても心配ないよ。魔法が使えなくてもお妃は務まるから」
「ひぐ・・何よ、こんな時にマール星の話なんかしないでよ。あんた達は良いわよね!『科法』で何でも出来て!母さまだって簡単に負かしちゃうし、あんた達にとってハルケギニアの魔法なんて取るに足らないのかもしれないけど・・。あたしにはその取るに足らない魔法すらできない・・何にもないのよ!」
ルイズが叫んだ。
「でも、ルイズちゃんはきちんと魔法を使えたでしょ?」
「え?」
ルイズがチンプイの顔を見ると、チンプイは優しい笑みを浮かべてルイズの顔を見て言った。
「ぼくを召喚したじゃないか。それは、ルイズちゃんが魔法を使えたってことでしょ?ルイズちゃんは魔法を使えたんだから、”ゼロ”じゃないよ。それに、『科法』は、ルイズちゃんも使えるようになるよ」
「『科法』ってわたしにも使えるようになるの!?」
科法が自分にも使えるようになると聞いて、ルイズは身を乗り出してチンプイに尋ねた。
「勿論だよ!・・でも、あいにくなことに、科法はマール星人だけにしか教えちゃいけないことになってるの。でも、もし、ルイズちゃんが殿下と婚約してくれるなら、マール星人になるわけだから、教えても問題ないんだよ」
「な、何よ。結局、わたしを丸め込もうって、魂胆だったのね!魔法も満足に使えないあたしに、科法が使えるわけないじゃない!」
ルイズが叫んだ。
「魔法は関係ないよ。科法は魔法じゃなくて道具みたいなものだし」
「えっ?」
ルイズはヒステリー気味だったが、びっくりして我に返る。
「だから、『科法』は魔法じゃないよ。マール星の科学技術は設備も機械もいらないの。キーワードひとつで使えるんだよ」
「カガクギジュツって何よ?」
「う~ん。だから、一言でいったら道具かな。覚えたら誰でも出来るんだよ。ルイズちゃんはドアを開けたり靴を履いたりするの、出来ない人いると思う?」
「いないでしょ。・・でも、あんた言ってたじゃない。ワンダユウみたいな『強力な科法』は使えないって。『科法』にもメイジみたいにレベルがあるってことでしょ?じゃあ、わたしがマール星人になったって使えないかもしれないじゃない!」
「『科法』は使う時に、自分の体力をエネルギーとして使うんだよ。ぼくは、子供で体力がないからあまり強力な科法を使えないの。例えるなら、簡単な科法が軽い木のドアで、強力な科法が重い鉄のドアだとすると、体力が無さ過ぎて重い鉄のドアはまだ開けられないって感じかな」
「そうなの?じゃあ、わたしに科法を教えなさいよ」
「ルイズちゃんが今すぐに婚約するならいいよ」
「まだ、その気はないって言ってるでしょ!ああ、もう!教室も片づいたし!先にどっか行ってなさい!もうマール星の話なんか聞きたくないわ」
「いや、しかし・・・」
「聞きたくないの!!」
ルイズが怒鳴ると、ブスッとしてチンプイは出て行ってしまった。
「ふざけんじゃないわよ・・あれ?わたし、何で・・」
ルイズの目から涙が溢れていた。貴族は魔法を使えなければならないという強迫観念がルイズにあったが、チンプイに魔法が使えなくても心配ないと言われた。それは、ルイズをお妃としてマール星に連れて行くための口説き文句に過ぎなかったかもしれない。しかし、その言葉はルイズの肩の荷を確かに軽くしていた。
ひとしきり泣いた後、ルイズはポツリと呟いた。
「何なのよ・・全く。マール星、マール星、うるさいのよ。あのバカ使い魔」
文句を言いながらも、その口元は笑っていた。
ゼロの使い魔の本編、始まりました。
パワーバランスが崩壊しないように注意しますので、よろしくお願いします。
取り敢えず、『遠隔テレポート』や『テレポート』はホイホイと使う気は物語の前半ではありません。それやっちゃうと、お話が終わっちゃいますし、
原作でも『テレポート』は疲れるから嫌だとチンプイは言っていたので、ちょうどいいかと(笑)