「オスマン学院長。ミス・ヴァリエールおよびマール星レピトルボルグ王家の使者のワンダユウ殿とチンプイ殿をお連れしました」
「うむ。入りたまえ」
部屋の中から声がかかり、二人と二匹は、中に足を踏み入れた。
「お初にお目にかかるの。わしは、このトリステイン魔法学院の長、オスマンじゃ。人はオールド・オスマンと呼んでおる。ミス・ヴァリエールをそちらの国の第一王子ルルロフ殿下の妃として迎えたいということと、チンプイ殿の前にミス・ヴァリエールの使い魔のゲートが開いておるが使い魔になりたくない、という認識でよろしいかの?」
外の騒ぎで気になったオスマンは、『遠見の鏡』で観察をして状況は大体把握しており、秘書のロングビルにはすでに席を外させていたのだった。先住魔法らしきものをワンダユウが使ったのも見ており、いつものとぼけた感じではなく、いつになく真剣な表情であった。
「はい、その通りでございます。・・・ところで、ルイズさまのご家族の方々のお姿が見当たらないのですが・・コルベール殿、まだ到着なさらないのですか」
「大変申し上げにくいのですが・・先刻、フクロウ便で手紙を出したばかりですので、どんなに早くても明日の夕方になるかと・・」
コルベールは、申し訳なさそうに言った。ハルケギニアの連絡手段はフクロウ便しかない上に、交通手段が馬か竜籠かフネしかないので、無理もない。
夢中になると周りが見えなくなるコルベールを同席させるわけにはいかないと判断したオスマンは、コルベールを退室させた。
コルベールの退室後、ワンダユウが口を開いた。
「わたくしもあまり長く滞在できないので・・ルイズさまのご家族には今、お越し頂きましょう。科法『遠隔テレポート』、ワンダユウ!」
すると、そこに、ラ・ヴァリエール公爵、カリーヌ、エレオノール、そしてカトレアが、皆、紅茶のカップを片手に突如現れた。
突然のことで、一同唖然としている。
「突然お連れしてしまい、申し訳ございません。わたくし、ワンダユウと申します、以後お見知りおきを。恐れながら、ラ・ヴァリエール家三女のルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールさまが、全宇宙えりすぐり数万人候補者の中から厳正審査の結果、マール星レピトルボルグ王家第一王子ルルロフ殿下のお妃に選ばれましたので、わたくしの『科法』でお越し頂きました」
そう言うと、ワンダユウは、先ほど同様、トリステインの貴族に則った見事な一礼をした。
「な、何ですって!?っていうかここはどこ!?わたしたちお茶をしてたはずじゃ・・って!ちびルイズがお妃!?冗談でしょ!?」
突然のことで訳が分からず、長女エレオノールが叫んだ。手に握られた紅茶が自分たちがさっきまで確かにヴァリエール邸でお茶をしていたことを証明していた。
「あらあら。ルイズがお妃さま?すごいじゃない。わたし、自分のことみたいに誇らしいわ」
カトレアは、ルイズとお揃いの桃髪を揺らしてコロコロと笑った。
「ルイズ・・」
紅茶のカップをおもむろに置くと、カリーヌはルイズを見据えた。
「ひゃい!母さま」
ルイズは情けない声を上げた。
「あなた・・ワルド子爵との婚約はどうしたのです?お妃?どういうことか説明なさい」
カリーヌは鋭い目を光らせて、ルイズに詰め寄った。
「わわわ、わたしは何も知りません。つ、つつ、使い魔を召喚しただけです!」
慌てて弁解するルイズの横には、光のゲートがあり、同じものがチンプイの横にも浮かんでいた。
「・・使い魔。そこのネズミのような生き物ですか?ゲートが2つ・・まだ、”召喚”が出来ていないようですが・・」
カリーヌは、チンプイを一瞥して言った。
「ネズミって、酷いな~。ぼく、チンプイ。まだ使い魔じゃないよ。ルイズちゃんがルルロフ殿下と婚約したら、使い魔になってもいいよ」
チンプイは答えた。
「だ・か・ら、婚約しないって言ってるでしょ!いいから、ゲートを潜りなさいよ!・・そうよ、わたし、ワルドさまと婚約してるから無理!ねっ!分かったら、ゲート潜りなさい!」
ルイズは、思い出したかのようにワルドとの婚約のことを言い、無理矢理チンプイをゲートに押し込もうとするが・・やはり避けられてしまう。
「その点はご心配には及びません。ワルド子爵は、『レコン・キスタ』の一味でございます。祖国トリステインを裏切ろうとしている男に嫁ぐのは、妃殿下も本意ではないでしょう?我々マール星レピトルボルグ王家は、トリステインには一切干渉いたしませんのでご安心を」
ワンダユウが言った。
「誰が妃殿下よ!それより・・ワルドさまが『レコン・キスタ』って本当なの?」
ルイズはさらりととんでもないことを言われ、婚約よりもその真偽を確かめたくなった。
「そうでございます。わたくしどもがルイズさまの身辺調査をしていて分かったことです。それに・・恐れながら、祖国を裏切るおつもりの『子爵』と国民から愛される『第一王子』のルルロフ殿下・・どちらを選ばれるのがルイズさまにとってお幸せか比べるまでもないでしょう。あと、ここにルルロフ殿下がルイズさまのために愛を込めて吹き込まれたディスク・・・恋文がたくさんございます。失礼ながら・・ワルド子爵は、ルイズさまに今まで何通の恋文をお書きになりましたか?」
「ゼロ・・ゼロ通よ!悪い!!ワ、ワルドさまはお忙しかったのよ。それに、”まだ”裏切ってないんでしょう?」
憧れていたワルドが裏切り者なのがまだ信じられないのか、ルイズはワルドを必死でフォローする。
「・・今の話は本当なのか?ワンダユウとやら。本当ならば、即刻、ルイズとワルドの婚約など破棄だ。・・しかし、貴様らの『マール星』も『レピトルボルグ王家』も全く聞いたことがない。まさかと思うが、動物の国とか抜かすのではあるまいな?」
これまで黙っていたラ・ヴァリエール公爵であったが、相手をじっと睨み付けて言った。喋る犬とネズミのような生き物に驚きを隠せなかったラ・ヴァリエール公爵であったが、娘の将来に関わることと分かると、頭を切り換えていた。
「マール星にはいろいろな人種が住んでいるんだよ。でも、安心してよ。ルルロフ殿下は、ヒト型宇宙人で、ルイズちゃんと変わらないよ」
チンプイがワンダユウの代わりに答えた。
「宇宙人!?あんた達、宇宙人なの!?わたし、宇宙人のお嫁になんかならないわよ!」
ルイズが驚いて叫んだ。
「宇宙人種差別は良くないなあ。ま、一度会ってみれば、君も夢中になると思うよ」
チンプイは何でもないことのように言った。
「あなた達・・ワルド子爵が裏切り者であろうとなかろうと、婚約済の女性に新たに婚約を申し込むのは、”規律違反”だと思わないのですか。あと、ルイズにも罰が必要ですわね」
カリーヌの言葉に学院長室の空気が凍り付いた。
エレオノールが珍しく作り笑いを浮かべ、
「か、母さま、ここで暴れるのはちょっと・・それに今回は、ちびルイズに非はないわよ・・・、ねえ、カトレア?」
カトレアも、ちょっと困ったような声で、
「わ、わたしもそう思いますわ」
こほんとラ・ヴァリエール公爵が咳をした。
「なあ、カリーヌ。娘たちの言う通りだ。それなら、あのワンダユウとチンプイとやらだけで良かろう?何もルイズまで・・」
その言葉が途中で轟音にかき消される。パラパラと机の上に埃が舞い落ちる。見ると、学院長室の壁が消失していた。なんとも強力な風の呪文であった。
しかし、ワンダユウはそれに動じることなく言った。
「・・・確かに、その点は殿下にも申し上げたのですが、殿下自らお選びになって言ったのです。『ぼくはルイズさんがいい。ルイズさんじゃなきゃダメなんだ!・・それに、ルイズさんが、騙されるのを黙って見過ごすことなんてぼくには出来ない』と。
ですから、せめて、ワルド子爵が、大悪党であることだけでもお伝えしなければと思った次第でございます」
「・・事情は分かりました。しかし、先ほど、ルイズは、そこのチンプイさんを無理矢理ゲートに押し込めようとしていました。神聖な使い魔の儀にあるまじき行為です。・・やはり、ルイズへの罰は必要ですわ」
そう言うと、カリーヌの目が光った。
「ひいい!スミマセン、母さま!婚約とか言われて混乱していて・・二度としませんから、どうかお許し下さい!」
ルイズが懇願する。
「言い訳無用。お仕置きです。それと・・ワンダユウさん?あなたが、ルイズの婚約騒動のこの場の責任者のようですから、皆さんを騒がせた責任を取って頂きたいわ。わたくしと、決闘しなさい。それで、あなたが負けたら、この縁談はなし。あなたが勝てば、この縁談の話の続きを聞きましょう」
そう言ったカリーヌの手には既に杖があった。やる気満々、場所を変えるのももどかしいようだ。
「・・はあ。しかし、わたくしとしては、公爵夫人に手荒なことをするのは気が進まないのですが・・」
ワンダユウが遠慮がちに言った。
「遠慮なさらなくて結構!オスマン殿!」
「なんですかな? 公爵夫人殿」
「合図をお願いできますか?」
「ほっほっ、よろしいでしょう」
カリーヌは、今すぐに決闘を始めないと気が済まないらしかった。オスマンは、すでに学院長室は悲惨な状態だったので今更文句を言うこともなく、心の中でおいおいと泣きながら、黙って手を振り上げた。
「わたくしは”烈風”カリン、ことカリーヌ・デジレ・ド・マイヤール。いざ!参ります!」
ラ・ヴァリエール公爵は、カチカチと震えながら口ひげをいじり始めた。昔を思い出したのである。若く、美しく、そして、峻烈だった自分の妻の過去を・・・。
しかし、ワンダユウはやはり、動じることなく、気が進まないという感じで名乗った。
「マール星レピトルボルグ王家の使者、ワンダユウ。気が進みませぬが、謹んでお相手致します」
「始め!」
オスマンの手が振り下ろされると同時に、カリーヌは呪文を唱え始めた。
それに対し、ワンダユウは、
「・・やはり気が進みませんな。科法『超強力バリヤー』、ワンダユウ!」
「”カッター・トルネード”!」
”烈風”カリンの十八番の風のスクウェアスペルがワンダユウに襲い掛かるが・・先住魔法”反射(カウンター)”のように簡単に跳ね返されてしまった。
「・・!」
カリーヌはレビテーションを自分にかけてその場を離れる。
「カリーヌの”カッター・トルネード”が跳ね返されるのか・・。もしやあれは・・せ、先住魔法か?」
ラ・ヴァリエール公爵の顔に焦りの色が浮かぶ。
「ラ・ヴァリエール公爵殿・・・お忘れか?そなたたちをこの学院長室に一瞬で連れてきたのは他ならぬワンダユウ殿なのじゃ。先住魔法にそのような便利なものがあるとは、聞いたことがない。おそらく、マール星の・・宇宙人の魔法なのじゃろう・・」
オスマンが自分の見解を述べる。
カリーヌは”偏在”を10体作り出し、同時に”カッター・トルネード”を放つが、やはりはじき返されてしまう。そして、学院長室の天井は跡形もなく消し飛ばされた。
「くっ!」
流石の”烈風”カリンにも焦りの色がみえた。
「このまま続けたら、公爵夫人がお怪我を・・やむを得まい。科法『選択性ミニ・ブラックホール』、ワンダユウ!」
突然、カリーヌの頭上に、ミニ・ブラックホールが生まれた。予想外の出来事にカリーヌの対応が遅れ、カリーヌの”偏在”とともに杖が吸い込まれてしまった。
「・・勝負ありですな。勝者、ワンダユウ殿」
決闘の終わりを、オスマンが告げた。
「・・・完敗ですね。仕方がありません。ワルドの件については、婚約を破棄しましょう。そちらのお話の続きをお願いできますか。・・ルイズへのお仕置きはその後にしましょう」
カリーヌは、穏やかな表情で言った。ルイズへの死刑宣告つきではあるが。ルイズは、顔を青くしている。
「母さま!何もワルド子爵との婚約を破棄しなくても!裏切り者かどうかも分からないのに!先ほどの戯言を信じるのですか!」
エレオノールが声を荒げる。
「エレオノール。わたくしは半ば強引に決闘を始めたのに・・ワンダユウ殿は終始、わたくしの身を案じて闘っておられました。ルイズの母であるわたくしを傷つけまいとしたのです。その姿勢、王家の従者の鏡です。信じるに値するでしょう」
カリーヌは答えた。
「お褒めに預かり、光栄でございます。では、この学院長室を元に戻しましょう。科法『モトノモクアミ』、ワンダユウ!」
すると、学院長室に瓦礫が集まり・・何事もなかったかのように、学院長室は元の姿に戻った。
「おおっ・・!」
カリーヌの魔法で徹底的に破壊しつくされた学院長室が元に戻り、オスマンは泣いて喜んだ。
「こんなことまでできるなんて・・。ねえ、ワンダユウ?あんたのその魔法何なの?」
ルイズが尋ねた。
「ふむぅ。なんと説明すれば良いでしょうか・・。そうですな。こちらのエルフの”先住魔法”とは異なる、マール星の魔法だと思って下さい。わたくしどもは、『科法』と呼んでおります」
厳密には、マール星の、設備も機械もほとんど必要としない高度な科学技術なのだが、科学技術の発達していないハルケギニアで育ったルイズ達には伝わらないので、敢えてワンダユウはそう説明した。
「『科法』・・スゴイのね。母さまが手も足も出ないんですもの。・・でも、わたしも信じるわ。ワルドさま・・いえ、ワルドが裏切り者だって話。母さまを傷つけないようにしてくれたんですもの。
でも、わたし、そんなに魅力的な女じゃないわ。それに、年老いた両親を残して遠い宇宙に・・それもお会いしたこともない王子様のお嫁になりに行くなんて、わたしには出来ないわ!!」
ルイズは、何とか諦めてもらおうと力説した。
「オ~~、なんというお優しいお言葉!しかし、マール星の技術をもってすれば、ハルケギニアとマール星は簡単に行き来できるので、ご安心を。・・ただ、王室典範でご婚約前にお顔をお見せすることは出来ぬのです。昔からの決まりなのです」
「う~。でも、でも!やっぱり、会ったこともない人と結婚なんて!」
渋るルイズに、チンプイが言った。
「じゃあ、殿下にそっくりな人の写真を撮ってルイズちゃんに見せたら?ワンダユウじいさん」
「じいさんとは何ごと!!しかしな~。う~~典範にはないし・・背に腹は代えられん!殿下にそっくりの方をハルケギニアで探すか。殿下ほどハンサムな男性がいるとも思えんが・・。科法『探知スター』・『遠隔撮影』・『画像作成』、ワンダユウ!」
ワンダユウが渋々ながらチンプイの提案を受け入れ、科法を使った。
すると、一枚の写真が現れた。
「おおっ!奇跡だ!ほとんど、瓜二つの方がおられた!」
ワンダユウは興奮気味にチンプイに写真を見せる。そこには、金髪の美青年が写っていた。アルビオンの王子ウェールズ・テューダーその人である。
「わあ~。ホント、殿下そっくりだね~」
チンプイは写真を見て目を丸くした。
「ついでに、ワルド子爵が『レコン・キスタ』の一味である証拠の映像をお見せしよう、ワンダユウ!」
ワンダユウがそう言うと、貴族連盟『レコン・キスタ』の総司令官オリヴァー・クロムウェルにアルビオンを滅ぼしトリステイン侵略するための謀略を命じられ、ワルドがそれに従う映像が壁に映し出された。
「・・どうやら、信じるしかないようだな。しかし、こんなものまで映すことが出来るとは、『科法』とはスゴイものだな」
ラ・ヴァリエール公爵は、ワルドが裏切り者である証拠となる映像をみて眉をひそめたが、科法に感心した様子だった。
「これが、ルルロフ殿下の写真だよ。そっくりさんだけど」
チンプイがルイズにヴェールズの写った写真を見せた。
「シャシン?何よこれ・・どうやったらこんな精巧な絵が描けるのよ。でも・・そうね、確かに、顔はまあまあね。でも、これだけじゃどんな方なのか分からないわ」
ルイズは顔を重視するタイプではない。無論、ハンサムであることに越したことはないが・・。
「ですから、ここに、殿下からの愛のディスクをお持ちしたのです。ご覧下さい」
ワンダユウがそう言うと、ワルドの映像から見たこともない景色と建物の映像に変わった。
「本当は、ルイズさま個人に宛てたディスクなので、他の方が観るのは良くないのですが・・マール星がどのような所か分からないと、ご家族も不安でしょう。ルイズさま、今回だけ、ご家族で一緒にご覧になることと、説明役としてわたくしどももご同席させて頂くことをお許し下さい」
ワンダユウは、ルイズに頭を下げて、許可を求めた。
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。では、わしは席を外させてもらおうかの。では、ごゆっくり」
そう言うと、オスマンは出て行ってしまった。
「別にいいわよ。ところで、この声って、ルルロフ殿下?」
ルイズが尋ねた。恋文を家族で観るのは何とも複雑な気分だが、両親を差し置いて真っ先に自分に許可を求めてきたので、悪い気はせず、許可した。
「その通りでございます。では、ご覧下さい」
そうワンダユウが言うと、ディスクの本編が始まった。
「ルイズさん。はじめまして、ルルロフです。本来なら、顔を見せて直接お話したいのですが、王室典範で婚約前に顔をお見せることはできない決まりなのです。ごめんなさい・・。
まず、マール星がどのような所かルイズさんに知ってもらいたいので、見て下さい。大銀河の中心部近く・・、ハルケギニアから五光年離れた場所にマール星があります」
「五光年て何よ」
ルイズが尋ねる。
「はい。光の速度で五年かかる距離ということでございます。しかし、ワープを使えばほんの数時間でマール星とハルケギニアを行き来できるのでご安心を」
ワンダユウが答えた。
「ワープとは、先ほど我々をここに一瞬で連れてきた魔法かね?」
ラ・ヴァリエール公爵が尋ねた。
「はい。大体そのようなものでございます。ただ、ワープを使っても距離が離れているので、どうしても数時間はかかってしまうのです」
ワンダユウが答えた。
「数時間で済むのなら、わたしたちが普通にこの魔法学院に行くまでにかかる時間とそう変わらないわね」
カトレアがコロコロと笑いながら言った。
「まったく・・、『科法』ってどんだけデタラメなのよ」
エレオノールは、驚きを通り越して呆れていた。
「では、続きを」
ワンダユウがディスクの続きを観るよう促した。
「水と緑に囲まれて、広場には四季折々の花が咲き乱れ、マール星では人間も動物も分け隔てなく暮らしています。ぼくのおすすめは王宮のバルコニーから見えるこの景色です。ぼくはここから、大運河の落日を眺めるのが好きなのです。黄金色のバターのような巨大な太陽が光のしずくを川面いっぱいにまき散らしながらゆるゆると・・・その眺めの美しさ、厳かさ・・・とても言葉では表現できません。ぼくは、光のしずくの最後の一滴が消え、紫紺の空が星で満たされるまで、立ち尽くしています。そして思うのです、この夕日を早くルイズさんとともに眺めたいと・・・」
ディスクはこのような内容で、マール星のことを紹介しながらルイズへの愛の言葉が続いていた。
一同は、ディスクを観終わった。
「なんと美しい所なのだ・・それにルルロフ殿下の教養の高さもうかがえる。わたしは、この結婚、賛成だな」
「わたくしも、初めて見る景色や建物に驚きましたが・・ルイズを大切にしようという殿下の気持ちが伝わってきました。反対する理由がありませんわ」
ルイズの両親は、この縁談に乗り気のようだ。宇宙人とは言え、一国のそれも『第一王子』、『子爵』とは比べ物にならないほど家柄も良い。ルルロフ殿下のディスクから彼の誠実さとルイズを好きな気持ちがこれでもかという位伝わってくる。ハルケギニアの魔法も関係なさそうなので、魔法で苦労しているルイズにはこれ以上ない良い話だと両親は判断したのである。エレオノールとカトレアも賛成した。
しかし、ルイズは、
「わ、わたしは、結婚なんてまだ分からないわ。ルルロフ殿下がいい人だっていうのは何となく分かったけど・・・まだ、どんな方なのかよく分からないし・・。まだ時間が欲しいの。・・・でも、使い魔は欲しいの・・、ダメ?」
エレオノールはやおら立ち上がり、その頬をぎゅ~~~っと激しい勢いでつねり上げた。
「ダメに決まってるでしょ!ちび!ちびルイズ!」
「あいだ!でえざば(ねえさま)! いだい~~~~!」
「あなたはもう、勝手なことばかり言って!一体あなたは何を考えているの!」
「ぼく、使い魔になってもいいよ」
チンプイが言った。
「しかし!」
”規律違反”に厳しいカリーヌの性格を受け継いでいるエレオノールが、食い下がる。
「気にしなくていいよ。ぼくの個人的なサービスだから。ルイズちゃんのこと好きになっちゃった。あくまで心から愛情で迎えてくれるんなら・・なってもいいよ。ルイズちゃんに婚約を無理強いする気もないよ。
でも、ぼくは使い魔になるためにはるばる来たんじゃないから、ルイズちゃんが自分からマール星のルルロフ殿下のところにお嫁に行きたいって思ってもらえるように、ぼくなりに頑張るつもりだよ」
チンプイは、ニッコリ笑って答えた。
「ありがたいような迷惑なような・・・。分かったわ。じゃあ、代わりと言っちゃなんだけど・・ルルロフ殿下と”仮”婚約するわ。勘違いしないでよね!か・り!あくまでも、”仮”だからね!」
ルイズは複雑な表情をしていたが、いつもの調子で言った。
「ちびルイズ!王族をつかまえて、”仮”って何よ!無礼にも程があるでしょ!」
「あいだだだっだ!いだいです!でえざば(ねえさま)! 」
宇宙人とは言え、王族に対してあまりにも上からの物言いに、エレオノールは、眉を吊り上げてルイズの頬をつねり上げた。
「・・でも、ワルドみたいに、後で、問題が起こるかもしれないし・・それに、わたし、まだ学生だし・・」
ルイズはつねられた頬をさすりながら弁解した。
「・・・分かりました。一日も早く来て頂きたいのがわたくしどもの本音ですが・・、殿下の深い愛がいつかルイズさまに通じるまで、何年でも待つと、殿下はおっしゃっておりました。気長にお待ちしております。
その代わり、殿下からのディスクを観たり、殿下のためにディスクに吹き込んだり・・・つまり文通をなさることと、使い魔とはいえチンプイをマール星の使者としてそれ相応に扱い、無理強いはしないこと・・まだ子供ですからな、この二つを条件とさせて頂きたいと思います。取り敢えず、お妃候補ということで、いかがでしょう?」
ワンダユウが提案した。
すると、今まで黙って話を聞いていたカリーヌが口を開いた。
「・・分かりました。エレオノール、ワンダユウ殿からマール星の王族としてのマナーや決まりを学びなさい。そして、すぐにでもルイズの家庭教師として、ビシバシ王族の何たるかを叩き込みなさい。仮にも、お妃候補なのですから、それなりでは困ります」
「分かりました、母さま。ワンダユウ殿、お願い致します。・・・ちびルイズ、一から鍛え直してあげるから覚悟なさい」
エレオノールが答えた。二人の勢いに押され、ルイズはたじろいだ。
「それと、ルイズ・・・母はあなたにどのような教育を施しましたか?どんな事情があろうと、貴族としての振る舞いが全くなっていませんでしたよ。今回のお仕置きは、”激しく”いきます。覚悟なさい」
カリーヌの目がギラリと光った。
その夜、ほんのりと頬を染め、しばらくワイングラスをエレオノールは眺めて、
「はう、どこかにいい男いないかしら・・・」
と、ぼんやりした声でエレオノールはつぶやいた。
同じ夜、ルイズの部屋には、ボロボロになって転がっているルイズを、心配そうに見つめるチンプイがいた。チンプイはあの後、使い魔としての契約を済ませ、その左手にはルーンが刻まれていた。
「ルイズちゃん、今日は大変だったね。ぼく頑張るから、これからよろしくね」
使い魔の契約をする場面は、話の流れで入れられませんでした。
チンプイはルイズの恋人候補って訳でもないので、今回はサラッと流させて頂きました。
また、今回、ワンダユウを、”烈風”カリンが全く相手にならないほど強くしてしまいましたが・・これは、トリステインやロマリアは、マール星を無理矢理従わせて、戦争に巻き込むことが出来ないことを示唆するために、こういう設定にしました。
マール星が介入すると、マール星無双状態になりかねないので(笑)
チンプイの強さは、まだ子供だからという理由で、それ程強くしないつもりです。
簡単に言うと、ワンダユウの強さをオスマン位とすると、チンプイは『ガンダールヴ』の力無しだったら、ギーシュ位にしようかと思っています。