ルイズさまは、お妃さま!?   作:双月の意思

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遥か宇宙、マール星レピトルボルグ王家は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールをお妃に迎えるための使者をハルケギニアに送った。
ワンダユウは、大使としてトリステインとマール星を行き来し、
チンプイは、ルイズの使い魔兼お世話役として、トリステインに残った。
ワンダユウ「チンプ~イ!頼んだぞ~!」

お待たせ致しました。久々に『チンプイ』度多めのお話です。

※『エリ』は、エレオノールの婚約者・ロップルが、エレオノールに付けた愛称です。(詳細は、『外伝 コーヤのエリおばさま』参照)


妃殿下のマフラーは誰のもの?(後編)

 シエスタは、ルイズが編み物をマスターしてきたので、仕事に戻ろうと部屋を出ようとすると、ドアの前に置手紙があることに気が付いた。

「頑張って下さいね、ミス・ヴァリエール。何かあればいつでも呼んで下さい。

あと、これ、ミス・ヴァリエール宛ての手紙みたいですよ」

「うん、ありがとう。困ったら呼ぶわね」

「はい、いつでも呼んで下さいね。では、私はこれで」

 シエスタは、ぺこりとお辞儀をすると仕事に戻っていった。

「ええと、これは・・母さまからの手紙?内容は・・」

 ルイズは、カリーヌの置手紙を読んだ。

 ルイズが手紙を読み終えたタイミングで、チンプイがやってきた。

「ルイズちゃん、あのね・・」

「助けて!チンプイ!大変なことになったわ!!」

「どうしたの?そんなに慌てて・・。まさか!」

「実はね、母さまが、わたしが編み物しているところを覗いていたみたいで・・」

「! そう!ちょうどよかった!」

 カトレアのマフラーの件で、カリーヌに相談しようと思っていたチンプイは喜んだが、それもつかの間だった。

「よくないわよ!」

「どうして?」

「母さまったら、なぜかわたしが父さまのために編んでいるって勘違いして、父さまにそう伝えちゃったみたいなの!」

「えーーっ!カリーヌさんも!?」

「”も”って何よ?チンプイ。・・嫌な予感しかしないんだけど・・」

「・・その前に、ルイズちゃん。誰のためにマフラーを編んでいるのか、教えてくれない?」

「もちろん、ルルロフよ。二人用マフラーを編んで、ルルロフと王宮のバルコニーから夕日を見るの・・。ロマンチックでしょ?」

 ルイズは、その場面を想像しているのか、少しうっとりしながら言った。

「そういうものなんだ? とにかく、ワンダユウじいさんの予想が当たって、エリちゃんの予想が大外れだったんだね」

「えっ・・。エリ姉さまがどうかしたの?」

「実は、エリちゃんもルイズちゃんが編み物をしているところを覗いてて・・、カトレアさんのために編んでいるって勘違いして・・もうカトレアさんに伝えちゃったんだ」

「えーーっ!今度は、ちいねえさま!? なんで!皆、覗くだけ覗いて、勝手に勘違いして、帰るのよ!!」

 ルイズは、癇癪を起した。

「し、知らないよ。そ、そうだ!二人には待ってもらったら? いつまでに編むとか言ってないし、二人とも家族だから分かってくれるよ」

 チンプイは、ルイズの癇癪にうろたえながらも、丸く収まりそうな案をルイズに言ってみた。しかし・・。

「・・ダメよ」

「どうして?勝手に勘違いしただけでしょ?」

「母さまとエリ姉さまが、ね。 父さまとちいねえさまは被害者よ。何も悪くないのに期待させておいてガッカリさせるのは、悪いわ」

「ルイズちゃんは優しいね。 分かった!じゃあ、ぼくも手伝うよ」

「ほんと!?あっ・・、でも、やめとくわ・・」

「どうして!?」

「だって、科法でマフラーを編んだら、それはもうわたしの手編みのマフラーじゃなくなっちゃうじゃない」

「大丈夫!ルイズちゃんが編むってところは変えないから」

 チンプイは、胸を張って答えた。

「ほんとに?・・じゃあ、お願いしようかな」

「うん、任せて! 科法・・」

 チンプイが科法をかけようとしたまさにその時、

 

パン!パン!パン!パン!パンパカパカパンパーンパーン

という音とともに、部屋が埋まってしまうほど大量の紙ふぶきと紙テープがルイズとチンプイに降りかかり、二人を生き埋めにした。

「おめでとうございまーす!!」

 ワンダユウが突然現れて言った。

「もう!これから編もうってときに!」

「これは失礼を・・。今回、ルイズさまがマール星に来ていただけるということで、現在のルイズさまを歓迎する準備の進行具合などをお知らせに伺ったのですが・・」

「それなんだけど・・、延期してもいいかしら?」

「えっー!それはまた、なにゆえでございますか!? 殿下はもちろん、王さまもお妃さまも、大変なお喜びで・・」

「行かないとは言ってないわよ! わたしだって、ルルロフのご両親に早く挨拶がしたいし・・。そうじゃなくて!もう少し待って欲しいの!・・具体的にはマフラーが出来るまで」

「なんだ、その件でしたか。承知しております!ですから、それも計算して・・」

「ワンダユウじいさん!事情が少し違うんだよ!」

「はて?事情が違うとは?」

 ルイズとチンプイは、ワンダユウにカリーヌとエレオノールの勘違いで、作らなきゃならないマフラーの数が三つに増えたことを説明した。

「なるほど、そんなことが・・。カリーヌさまとエレオノールさまの勘違いから始まったのに・・、なんとお優しいお方・・」

 ワンダユウは、ルイズの優しさに感動して涙を流した。

「チンプイに科法で少し手助けしてもらうつもりだけど・・、それでも三つだから・・」

「分かりました! マール星への出発は、妃殿下がご自身でお決めください。時間が掛かっても構いません。ご自愛くださいませ」

「ありがとう。分かったわ。メドが立ったら、連絡するわね」

「はい、よろしくお願いします。それと・・」

「まだ、何かあるの?」

「はい。二つございます。一つ目は、ルイズさまとエレオノールさまに、Dr.チョロン先生の健康診断を受けて頂きたいのです」

「ケンコウシンダン?そう言えば、前にチンプイがそんなこと言っていたわね。ケンコウシンダンって何よ?必要なことなの?」

「はい、必要な手続きなのです。健康診断とは、ルイズさまがご健康でいらっしゃるかどうかを確認する検査のことでございます。妃殿下となられれば、様々な宮廷行事、外星使節の接待などお忙しい毎日となります。 さらに、立派なお世継ぎを産んでいただかねばなりません。そのためにも、ぜひともご診察をお受けいただきたいのです」

「お世継ぎ// そ、そうよね。分かったわ。ところで、そのDr.チョロンって医者でしょう?」

「さようでございます」

「ちいねえさまの病気、治せる?」

「はい、恐らくは・・。 分かりました! カトレアさまの診察もお願いしておきましょう」

「ありがとう!ワンダユウ。 それで、二つ目は?」

「いえいえ、礼には及びません。はい、二つ目は、ルイズさまがどのマール料理が特にお気に召されるのか、ルイズさまの歓迎の準備をする上で、是非知っておきたいので、王室料理長ブースカ氏がルイズさまの本日の夕食を作ることをお許しいただきたいのです」

「マール料理・・」

 ルイズは、マール建国一万周年の儀式で食べた聖なるダンゴがとても美味しかったことを思い出し、つばを飲み込んだ。

「はい。ブースカ氏は、超一流のシェフですから、きっとお気に召されるかと・・」

「分かったわ。ちいねえさまのことも気になるし・・。せっかくだから、実家で作ってもらおうかしら。ついでに、家族の分もお願いね」

「かしこまりました。味の好みやリクエストがございましたら、ブースカ氏にお伝えください」

「分かったわ。取り敢えず、今日のところはお任せで、気に入ったものがあったら、ブースカに伝えるわね」

「承知いたしました。では、わたくしはこれで」

 ワンダユウは一礼すると、Dr.チョロンとブースカを呼びにマール星に帰って行った。

 

「さて・・、じゃあ、時間まで編み物をやろうかな」

「じゃあ、早速、科法をかけるよ」

「うん、お願いね」

「分かった。 科法『人間オートメ化』、チンプイ!」

 チンプイが科法をかけると、ルイズの指がひとりでに動き始めた。

「あら? あらあら・・。 指が勝手に・・」

「ひとつの動作を休むことなく続ける科法だよ」

「どんどんはかどるわ。・・でも、疲れそう」

「大丈夫、言ってくれたら、科法を解いてあげるから」

「ありがとう。後はやっておくから、チンプイはちいねえさまの様子、見てきて」

「分かった」

 チンプイは、ルイズの部屋を後にした。

 

 しばらくすると、リスのようなマール星人、Dr.チョロンがやってきた。Dr.チョロンは、エレオノールの健康診断を済ませると、チンプイと話し合った結果、ルイズの健康診断は夕食前にやることにして、先にカトレアの診察を行うことになった。チンプイは、Dr.チョロンを連れて、ラ・ヴァリエールの屋敷を訪れた。

「こちらは、Dr.チョロン先生だよ。カトレアさんの病気の治療をしに来てもらったんだ」

 チンプイが、Dr.チョロンを紹介した。

「あらあら、可愛い先生ね」

 自室で、リスにしか見えない小柄なDr.チョロンを見たカトレアは、コロコロと笑いながら言った。

「娘をよろしく頼む」

「よろしくお願い致しますわ」

 ラ・ヴァリエール公爵とカリーヌは深々と頭を下げた。

「お任せ下さい。では・・」

 Dr.チョロンは、カトレアに今まで起きた症状とその頻度を尋ね、カトレアの両親には持病が何かあるか?カトレアと同じような症状を持っている親族はいないか?などを尋ねた。

 その上で、身体診察をして、蚊のロボットで採血をし、科法で『透視写真』(レントゲン写真とCTの画像を合わせたようなもの)を撮った。

「ふむふむ。なるほど・・」

 しばらく考えていたDr.チョロンは、診断名をカトレア達に伝えた。

「分かりました。カトレアさまのご病気は、”気管支喘息”と、先天性胆道閉鎖症を基礎疾患とした胆汁うっ滞による”肝硬変”です」

「キカ・・?セン・・? Dr.チョロン先生、どういう病気なのだね、それは?」

 聞きなれない単語に、ラ・ヴァリエール公爵は、首をひねりながら、Dr.チョロンに尋ねた。

「はい。ご説明いたします。大きく分けて二つございます。まず、一つ目は、”気管支喘息”という名前のご病気です。カトレアさまが時折、咳込んでしまうのは、家の埃やダニなどにカトレアさまのお身体が過剰に反応してしまうからなのです」

「なんと! では、使用人たちに言って、もっと掃除を徹底させねば!」

 ラ・ヴァリエール公爵が、外に控えた執事に早速指示しようと立ち上がると、Dr.チョロンはそれを止めた。

「いえ、それには及びません。掃除を徹底しても、埃が立ってしまって、かえって逆効果になることもありますので・・」

「では、どうすれば・・」

「マール星には、”気管支喘息”の特効薬がございますので、それを飲んでいただきます」

「それで治るのかね?」

「はい。薬を飲んで、三日間安静にしていれば治ります。・・その代わり、その間は、動物たちに近づかないで下さい」

「あらあら、どうしてですか?」

「動物にはダニがいるので、”気管支喘息”を悪化させてしまうのです」

「・・どうしても、ダメですか?」

カトレアは、ちょっと困ったような声で言った。

「動物たちと少しの間でも会えないのは、お辛いでしょうが・・、どうかご辛抱下さい。薬が効いてくれば、今まで通り動物と接していただいても構いませんから。念のため、普段動物が出入りしない埃っぽくない部屋でお過ごし下さい。

 ”気管支喘息”が治った後も、また再発しないように、動物と接した後は、毎回うがいと手洗いをするようにして下さい」

「分かりました。カトレアには、わたくしが普段使っている部屋で過ごしてもらうことにしましょう。それでよろしいですか?先生」

 カリーヌが、尋ねた。

「はい、問題ありません」

 Dr.チョロンの同意を得たカリーヌは、カトレアに言った。

「たった三日です。その位我慢なさい、カトレア。 動物たちの世話は、使用人たちにしばらく任せます」

「・・分かりました。母さまがそうおっしゃるのなら、わたし、我慢します。たったの三日ですものね。手洗いとうがいも、ちゃんとするようにしますね」

 カトレアは、少し寂しそうに笑いながら承諾した。

「・・それで、先生、二つ目の病気は?」

 ラ・ヴァリエール公爵が、Dr.チョロンに尋ねた。

「はい。二つ目は、”肝硬変”といいます」

「カンコウヘン? なんだね、それは?」

「今、ご説明いたします。人間には、肝臓という臓器があり、食べ物から得た栄養分を身体が利用しやすい形に変えたり、人間の体に良くないものを分解したりしています。”肝硬変”とは、一般的には暴飲暴食などによってこの臓器の働きが悪くなってしまう病気のことを言います」

「”一般的には”ということは、カトレアは別のことが原因という訳ですね?先生」

 カリーヌは、鋭い質問をした。

「そうだな。カトレアは、暴飲暴食などしていない。むしろ、食はやや細い方だ」

 ラ・ヴァリエール公爵も、口を挟む。

「はい、その通りでございます。

人間は、肝臓で胆汁という体液を作り、”胆道”とよばれる管のようなものを胆汁が通って食べ物にかけることによって、食べ物を自分の栄養として取り込みやすい形に分解し、役目を終えた胆汁は便と一緒に排泄されているのです。

しかし、カトレアさまの場合、この”胆道”が生まれつき閉じているので、胆汁が行き場を失って、肝臓に溜まることで、肝臓の働きが悪くなってしまい、結果、暴飲暴食をせずとも、若くして”肝硬変”になってしまったという訳です」

「先生、娘の病気は治るのでしょうか?」

「はい、治ります。カトレアさんの口の中から爪の先より小さい位のほんの少しのお肉を採取させて頂き、そこから新たな肝臓と胆道を作って、カトレアさまの今の肝臓と胆道と入れ替えます」

「ナニ! カトレアの肉を取るだと!? 貴様、どういう・・」

ゴォオオオオ!!!

 その言葉が途中で轟音にかき消された。見るとカトレアの部屋の壁が消失していた。

「これ以上、弱く放つのは難しいわね・・」

「カ、カリーヌ! しかし、カトレアの・・」

 じろっと、カリーヌは夫の顔を睨んだ。

「お黙りなさい! たかが爪の先より小さい位の肉を口の中から取るだけなら、少し口の中を切った程度の話じゃありませんか!そこから、カトレアのカンゾウとやらを新しく作って、今の悪くなったカンゾウと入れ替えると、先生がおっしゃっているでしょう! どこが悪いというのです!」

 妻に怒鳴られ、公爵は思わず頭を押さえた。

「ご、ごめんなさい! でも、そう簡単に体の中のものを入れ替えるなんて、わしには信じられなくて・・」

「マール星をトリステインの常識に当てはめていたら、どれもこれもあり得ないことでしょう!あなた、最初にワンダユウ殿に魔法学院まで一瞬で飛ばされたのをもうお忘れになったのですか!」

「そ、そうだったな。今考えてみると、あれもあり得ないことだ。・・Dr.チョロン先生、怒鳴ってしまって悪かった。この通りだ」

 公爵は、頭を深く下げて謝罪した。

「い、いえ、わたしは気にしていませんから・・、どうか頭をお上げください」

「ありがとう。それで、そちらの治療はどのくらいかかるのかね?」

「はい。今、口の中から小さなお肉を採取させて頂き、三日もあれば、新しい肝臓ができるので、そうしたら、手術支援ロボット『レピトルボルグ』を使って、科法『亜空間移植手術』でカトレアさまのお腹を開けることなく”手術”をさせて頂きます」

「シュジュツ? なんだね、それは?」

「はい。”手術”とは、大きな怪我や、カトレアさまのような生まれつきの体の中の異常などに対して、皮膚を切り開いて、直接原因を修復したり取り除いたりする行為のことを指します。しかし、患者さまの負担が大きいことから、マール星では、皮膚を切り開かなくてもいい方法が開発されたのです」

「なるほど・・。そのシュジュツはどの位かかるのかね?」

 カリーヌが鋭い眼光で睨んでいることもあって、公爵は、今度は取り乱すことなく尋ねた。

「だいたい二、三時間くらいで終わります。その間、カトレアさまには、麻酔薬とよばれるお薬でお休みになって頂きます」

「そのマスイヤクとやらを使わなくても、単にカトレアが寝ている間に、そのシュジュツというのはできないのでしょうか?先生」

 今度は、カリーヌが尋ねる。

「麻酔は、必ず必要です。お腹を切り開かないといっても、カトレアさまの体の一部を切ることには変わりないですから、麻酔で痛みを一時的に感じないようになって頂く必要があるのです」

「・・よく分かりました。Dr.チョロン先生、治療よろしくお願いします」

 これまで黙っていたカトレアはそう言って頭を下げた。

「わしも、先生がカトレアを治そうとしていることだけはよく分かりました。娘の治療、よろしくお願いします」

 そう言うと、公爵は深々と頭を下げた。

「そう言えば、話は変わりますが・・、先生はご結婚は?」

 カリーヌが不意に尋ねた。

「はい。妻と子供が三人おりますが・・?」

 Dr.チョロンは答えた。

「そうですか・・。残念ですわ」

「カ、カリーヌ」

 カリーヌは、公爵の言葉を華麗にスルーすると、ぽんと手を打って言った。

「それはそれとして、カトレアの治療、よろしくお願いしますね。先生」

「? はい。お任せ下さい」

 Dr.チョロンは、カリーヌの質問の意味が分からず、首をひねりながらも、そう答えた。

 その後、夕食前に、ルイズの診察を終えたDr.チョロンは、マール星へと帰って行った。ちなみに、ルイズの診察結果は、”ルイズさまは、申し分のない健康体でいらっしゃいます”とのことだった。

 

 編み物にキリを付けたルイズは、エレオノールと迎えに来たチンプイ、やってきたブタのような見た目のブースカとともに、ラ・ヴァリエールの屋敷へと向かった。

「こちらは、王室料理長のブースカ氏だよ」

 チンプイが、ブースカを紹介した。

「わたしに料理を作りに来てくれたんだけど、せっかくだから母さま達にも食べてもらおうと思って・・、大丈夫ですか?母さま」

「ええ、構いませんよ。ブースカ殿、よろしくお願いしますね」

 カリーヌは、少し笑みを浮かべながら言った。どうやら、エレオノールからマール料理が美味しいという話を聞いていたらしく、期待の眼差しをブースカに送っている。

「はい。お任せください」

 ブースカはそう言うと、指揮棒のようなものを持って、ラ・ヴァリエールの屋敷の食卓にて、ルイズたちの前で料理を作り始めた。

「料理は、オーケストラであります。様々な材料の味を引き出し、組み合わせてハーモニーにまとめるのです。 ブースカ!」

 ブースカが科法をかけると、次々に料理が出来上がった。

「美味しい!」

 ルイズが食べた『シンテン』なる料理は、小籠包のような見た目をしている蒸し料理で、儀式で食べた聖なるダンゴとはまた違った美味しさだった。ツルッとした皮が唇を通り抜けた後で豚肉と細かく刻んだ野菜の旨味が追いかけてきた。

「やっぱりこれだよね~!」

 チンプイは、大好物の『スパロニ』を美味しそうにすすっている。

「やっぱり美味しいわね!」

エレオノールが口に運んだ『レギチョサラダ』なるサラダは、トリステインのものよりもシャキシャキとしていて、朝の水浴びのような爽やかさがありながら、エレオノールがしずかの家で食べたものと違って、クセになる味付けが施されていた。

「まあ・・!」

 カトレアは、『豚のマルニ』なる肉料理を食べて、感動するあまり言葉を失った。科法により時間的には一瞬だが、その実、じっくりと煮込まれた豚肉は、香辛料や香草、お酒とともに煮込まれたことで複雑な味わいを奏で、口に含んだ瞬間、ホロホロと崩れ、口いっぱいにその旨味が広がっていった。

「・・・!」

 カリーヌは、食事中喋らないので分かりにくいが、『アッチアッチドウフ』なる麻婆豆腐のような豆腐料理がいたく気に入った様子で、息もつかずにスプーンを何度も口に運んでいる。辛味を吸った油が豆腐の旨味を引き立て、驚きの美味しさを奏でていた。

「こ、こりゃあ、美味い!!」

 公爵は、夢中で『ヤーハン』というチャーハンのような米料理を掻き込んでいる。パラパラとした白い米粒を良質な油が包み込んでおり、細かく刻まれた野菜と新鮮なエビと合わさって、素晴らしいハーモニーを奏でていた。エビの淡白な味ながらプリプリとした食感も面白い。

「最後にデザートをお召し上がりください」

 そう言って、ブースカが差し出したのは、『ニンアンチーズケーキ』というレアチーズケーキのようなケーキだった。絹のように滑らかで、すっきりと口の中で溶けるケーキでありながら、杏仁豆腐のようなさっぱりとした爽やかさがあった。ほんの少しだけ酸味があり、とても甘い実で作った赤いソースがその味をさらに引き立てていた。

 

「そういえば、ルイズ。あなた、何か編んでいるそうね?」

 食事を終えた後、エレオノールは思い出したかのように聞いてきた。

 ルイズとチンプイは、思わず、ビクッとなった。

「え、ええ。エリ姉さま。マフラーを編んでいます」

 ドギマギしながら、ルイズは答えた。

「どうですか?はかどっていますか?」

 カリーヌがその進行具合を尋ねてきた。

「は、はい。でも、少し時間がかかりそうですわ。母さま」

「そうか~。楽しみだなあ」

 公爵は、顔を綻ばせながら言った。

「ええ、楽しみです」

 カトレアもニコニコしながら言った。

「そう言えば、ルイズさまがマフラーを編まれているというニュースは瞬くうちにマール星の国民の間に知れ渡り、なんとお優しい皇太子妃殿下だろうと、感動の嵐を呼んでおります。 ところで、ルイズさま。どのお料理がお気に召しましたか?」

 ブースカは、マフラーの件に関するマール星の国民の反応をルイズに伝えつつ、ルイズが気に入った料理がどれか、尋ねた。

「・・・ホッ!」

 三人とも、マフラーを誰のために編んでいるか言っていることは違うのだが・・、ブースカの質問のお陰でこの場はなんとかなりそうなので、チンプイは安堵のため息をついた。

「え、ええと・・。そうね・・、どれもほんとに美味しかったけど、『シンテン』が特に美味しかったわ。あと、デザートなんだけど・・。『ニンアンチーズケーキ』もとっても美味しかったけど、やっぱりわたしは、クックベリーパイみたいなデザートがいいわ」

 ルイズは、マフラーの話題になったことに少しドギマギしながら答えた。

「ハッ、光栄でございます。かしこまりました。ルイズさまを歓迎するためのおもてなし料理の参考にさせて頂きます」

 その後、ブースカは、自分が作った料理をルイズたちが気に入ってくれたことを嬉しく思ったようで、満足そうにマール星に帰って行った。

 

 三日後・・。

「ルイズちゃん、ほんとにいいの?」

 チンプイは、不安そうにルイズに確認していた。

「ええ、お願い。この前、マフラーの話題が上がった時は生きた心地がしなかったもの」

 ルルロフの二人用マフラーを編み終えたルイズは、覚悟を決めたような様子で、チンプイに言った。

「分かった・・。じゃあ、いくよ。 科法『人間オートメ化』、十倍速フルオートマチック!!チンプイ!!」

 ルイズの指が、ものすごいスピードで動き始めた。

チャカチャカチャカ

「う~っ。こ、これは相当くたびれそうね・・」

「やめる?」

「いいえ!やるわ! チンプイ、明日、マール星に行くって、ワンダユウに伝えてきて!」

「本当に大丈夫?」

「このくらい平気よ!もう慣れてきたわ!さすが、わたしね!」

 ルイズは精一杯強がってみせた。

「分かった・・。ワンダユウじいさんに伝えてくるね」

 チンプイは、ルイズのことを気にかけながら、ルイズの部屋を後にした。

 

「ななな、なんと! もうマフラーが完成なさるのか!」

 ワンダユウは、目を丸くした。

「う、うん。ルイズちゃん、殿下に早く会いたいって、頑張ってたから」

 チンプイは、少し困ったような笑顔を浮かべながら言った。ワンダユウが心配するといけないので、科法『人間オートメ化』を十倍速にしていることは伏せるようにルイズに指示されたためだ。一応、嘘は言っていない。

「そうか・・、分かった!大急ぎで殿下たちに伝えてくる! チンプイ!お前も来なさい!」

 ワンダユウは、ルルロフの大きな愛がルイズに伝わったことに、感無量の感動を覚えつつ、チンプイを連れて大急ぎでマール星へと帰って行った。

 

 夕方、チンプイがルイズの部屋に戻ると、そこにはかなり疲れた様子で、それでも指だけは信じられないスピードで動かすルイズがいた。

「あっ、チンプイ・・。あと一列でおしまいだから・・、科法、解いて・・」

「わ、分かった。 チンプイ!」

 チンプイが科法を解くと、ルイズは疲れ果てた様子で、クタ~と腹ばいになった。

「お疲れ様、ルイズちゃん」

 チンプイはそう言うと、科法でルイズをベッドまで移動させ、優しく布団をかけた。

ルイズは本当に疲れたようで、夕食もとらずにそのまま朝まで寝てしまった。

 

 翌朝・・、ルイズが目を覚ますと、

パン!パン!パンパカパカパンパーン

という音とともに、ルイズに大量の紙ふぶきと紙テープが降りかかった。

「ルイズさま!おはようございます! マフラー完成、おめでとうございます!!」

「ふぁ~・・。おはよう、ワンダユウ。ずいぶん早いのね」

 寝起きの悪いルイズには珍しく、ルイズは怒った様子もなくワンダユウに話しかけた。いよいよルルロフとルルロフの両親に会えるかと思うと、気持ちがウキウキして、眠気と昨日の疲れはどこかに吹っ飛んでしまったのだった。

「はい、朝早く申し訳ありません」

「いいわ、わたしも早く行きたいし・・。用意するから、少し待ってね」

「かしこまりました」

 ルイズは顔を洗って着替えて準備を済ませて、ワンダユウに促されるまま、魔法学院の屋上に行くと、そこにはエレオノールとルイズの両親、そして、Dr.チョロンの治療により元気になったカトレアの姿があった。

「ちいねえさま! もうお身体は大丈夫なのですか?」

「ええ。Dr.チョロン先生のお陰で、もうこの通り、すっかり元気よ」

 カトレアはコロコロと笑いながら答えた。

「良かった・・。じゃあ、早速だけど、ちいねえさまと父さまにプレゼントです!」

 ルイズは、そう言うと、カトレアと公爵にマフラーを手渡した。

「何!? カトレアの分も編んでいたのか?」

「ええ、父さま。・・本当は、最初はルルロフのために編んでいたんですけれど、父さまとちいねえさまの分も編みたくなって・・」

 ルイズの言葉を聞いて、カリーヌとエレオノールは、ばつが悪そうに、少し目を逸らした。

「そ、そう。偉いわね。ルイズ」

「お疲れ様、ルイズ」

 事情を全て察したカリーヌとエレオノールは、ルイズにねぎらいの言葉をかけた。

「ありがとうございます。母さま、エリ姉さま。・・・ところで、母さま達はどうしてここに?」

「わたくしたちもマール星に行こうと思ってね。ダメだったかしら?」

「い、いいえ。嬉しいですわ、母さま」

「では、早速出発致しましょう。船の中に朝食のご用意もございます」

 ワンダユウはそう言うと、ルイズたちを、最新型の光子推進の豪華宇宙船の船内へと案内した。宇宙船はヨットのような形をしており、帆にはマール星レピトルボルグ王家の紋章が輝いていた。

「中はずいぶん広いのね」

 ルイズたちは感心した様子だった。

「では、出発致します」

 宇宙船が出発した後、マール料理に舌鼓を打ったルイズたちは、朝食を終えた後、展望室へと移動した。

「うわ~。宇宙ってこんな風になっているのね!見て!チンプイ!」

 ルイズは、宇宙船の窓際に駆け寄り、外を眺めた。

「ルイズちゃんは初めてだったね。良かった。気に入ってもらえて。宇宙船の旅もいいものでしょう?」

 チンプイも嬉しそうだ。

「そうね・・。宇宙の船旅も悪くないわ」

「あらあら、まあ・・!」

 エレオノールから話を聞いていたカトレアも、感動した様子で窓際に駆け寄ると、じっと外を眺めていた。

「そんなにはしゃぐと危ないわよ。ルイズ、チンプイ君、カトレア」

 カリーヌは、はしゃぐ三人を窘めたが、カリーヌも興味津々といった感じだった。

「これは何かね?」

 公爵は、テーブルに置かれた飲み物を指差してワンダユウに尋ねた。

「はい。冷た~いレモンのカクテルでございます」

「カクテル?どれどれ・・。ほう!これは冷たくて美味いな!」

 公爵は、外の景色はそこそこに、カクテルを飲み始めた。

「あまり飲み過ぎないで下さいね、父さま」

 エレオノールが窘める。

「うむ! しかし、これは美味いぞ!エレオノールとカリーヌも飲んでみなさい」

 公爵は、エレオノールとカリーヌとともにグラスを交わし、マール星に到着するまで楽しそうに飲んでいた。

 

 マール星に到着すると、お祭り騒ぎの歓迎ムードで包まれていた。

「「「「「「「ルイズさま!!ようこそ!!」」」」」」」

「「「「「「エリさま!いらっしゃ~い!」」」」」」

「「「「カリーヌさま!!」」」」

「「「「公爵さま~!!」」」」

「「「「カトレアさま!!」」」」

 トリステインのブルドンネ街で行われていた戦勝記念のパレードとは比べものにならない位の盛り上がりようだった。

「す、すごい歓声ね・・。道路もずいぶん広いのね」

 珍しく、カリーヌが戸惑ったような声を上げた。

「ああ。しかし・・、心なしか、ルイズとエレオノールの歓声の方がわしらより大きいような・・?まあ、仕方がないか」

 公爵は、少し不満を漏らしたが、歓迎ムードに気を良くしているようだった。

「それは、無理もありません。ルイズさまとエリさまは、メディアを通じて国民の目に触れる機会も多く大人気ですから・・。特に、ルイズさまの歌は、街中に流れ、空前の大ブームとなっております」

「ルイズの歌?」

 よく見ると、羽根を頭と背中に付けたデザインの衣装に身を包んだルイズが歌を歌う映像が、色々な建物の大スクリーンに映っていた。その映像を見て、歓声を上げるマール星人や、失神して倒れる観光客らしき宇宙人など、様々だ。

「ル、ルイズの歌が、マール星でこんなに人気があるとは・・分からぬものだな」

「え、ええ。そうね」

 公爵とカリーヌは、眉を若干引きつらせながら、苦笑いした。

 

 ルイズたちが王宮に到着すると、ルルロフとルルロフの両親が出迎えた。赤いカーペットが敷かれ、大量の紙ふぶきと紙テープが舞い、王宮で働く使用人がずらっとその横に大勢、並んでおり、ぺこりと挨拶をした。

「ようこそ!マール星へ!」

 ルルロフはにっこりと魅力的な笑みを浮かべながら、言った。

「ルルロフ!」

「ルイズ!」

 ルイズは、ルルロフの方に駆け寄った。二人は、カリーヌたちとマール星の王さまたちが見守る中、ひっしと抱き合った。

 ルイズは自分達を見つめるルルロフの両親に気が付き、慌てて挨拶をした。

「し、失礼しました。申し遅れました。初めまして、国王陛下、王妃殿下。わたしは、ヴァリエール公爵が三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール公爵夫人と申します」

「はっはっはっ。そんなに畏まらんで下さい。ルルロフと仲良くなってくれて、嬉しい限りですよ」

 ルルロフの父、マール星の国王は笑いながら言った。

「カリーヌ殿たちも、遠路はるばるようこそおいでくださいました。心より歓迎いたしますわ」

 ルルロフの母もにっこりと笑ってそう言った。

「「「「ありがとうございます」」」」

 カリーヌたちは、ルイズとエレオノールに教わったマール星の王族に則った見事な一礼をした。

 一同は昼食をともにした。その後、ルイズとルルロフに気を利かせて、皆、部屋を離れた。

 

「ルイズ。科法を使わないで、クックベリーパイを作ってみたんだけど・・、どうかな?」

「わたしのために作ってくれたの!嬉しい! とっても美味しいわ!ありがとう、ルルロフ」

 その後、ルイズはクックベリーパイを食べ終えて、ルルロフと談笑していると、気が付いたら夕方になっていた。

 

「ねえ、ルルロフ。王宮のバルコニーに連れてって」

「いいよ。行こうか」

 二人がバルコニーに移動すると、冬の肌寒い風が二人を突き刺した。

「ルルロフ、これ、プレゼントよ」

 ルイズは、すかさずマフラーをルルロフに手渡した。

「これを、ぼくに? ありがとう、ルイズ。・・あれ?このマフラー、ずいぶんと長いね」

「えへへ。それはね、こうするの」

 ルイズは、マフラーの端を取ると、自分の首に巻いた。

「えっ、二人用?」

「そうよ。ダメ?」

 ルイズは、頬を染めながら、上目遣いでルルロフの顔を覗き込んだ。

「そんなことないよ。嬉しいよ。ルイズ」

 二人の顔が自然に近づき、二人は大運河の夕日に照らされながら、キスをした。

 その後、二人には静かなゆったりとした時間が流れた。

「ねえ、ルルロフ?」

 ルイズはルルロフ肩に頭をのせながら言った。

「なんだい?ルイズ」

 ルルロフは、そんなルイズの肩を優しく抱きながらルイズの方を見た。

「わたし・・、ね。ルルロフと婚約するわ。いいでしょう?」

 ルイズは、鳶色の目でルルロフの目をうっとりと見つめながら言った。

「もちろんだよ!ありがとう。これからよろしくね、ルイズ」

 ルルロフは突然のことで大きく目を見開いて驚いたが、にっこりと笑って答えた。

「ええ、こちらこそよろしくね、ルルロフ。今までわたしのわがままで、散々待たせちゃってゴメンね」

「ううん。そんなことないよ、ルイズ」

「ありがとう。それで、ね・・?トリステインの魔法学院を卒業するまで結婚は待って欲しいの。一応、ちゃんと卒業したいのよ」

「分かった。大丈夫!ぼくは、いくらでも待つよ、ルイズ」

「ありがとう、ルルロフ」

 その後、二人は黄金色のバターのような巨大な太陽が光のしずくを川面いっぱいにまき散らす大運河を眺めていた。光のしずくの最後の一滴が消え、気が付くと、紫紺の空が星で満たされていた。

 




やはり『チンプイ』度多めのお話は、書いてて楽しいです。
キリが良いので、この辺で完結とさせて頂きます。
今後も何かしら投稿しようと思うので、良かったら、今後も読んで下さると嬉しいです。

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