ルイズさまは、お妃さま!?   作:双月の意思

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遥か宇宙、マール星レピトルボルグ王家は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールをお妃に迎えるための使者をハルケギニアに送った。
ワンダユウは、大使としてトリステインとマール星を行き来し、
チンプイは、ルイズの使い魔兼お世話役として、トリステインに残った。
ワンダユウ「チンプ~イ!頼んだぞ~!」

お待たせ致しました。
多忙のため、更新がかなり遅くなってしまいました。すいません。
今後も更新が早くなったり、遅くなったりすると思いますが、ご了承下さい。

※『エリ』は、エレオノールの婚約者・ロップルが、エレオノールに付けた愛称です。(詳細は、『外伝 コーヤのエリおばさま』参照)


妃殿下のマフラーは誰のもの?(前編)

 ある日の昼下がり、ルイズはチンプイに頼んで、科法『遠隔通信』でルルロフと話をしていた。

「へえ~、こっちは初夏だけど、マール星は今冬なのね」

「うん、寒い日が続いてるね」

「ルルロフは、冬でも夕方、王宮のバルコニーに立ってるの?」

「うん、そうだよ」

「寒くないの?ルルロフ」

「寒いけど、そこから見える夕日が好きだからついつい見ちゃうんだよね。でも・・」

「でも?」

「ルイズと一緒に眺めたら、肌を指す寒風も暖かい南風に変わるんじゃないかな?」

「まあ・・//ルルロフったら// そうね。いつかわたしもルルロフと王宮のバルコニーから夕日を見てみたいわ。でも、夜風に当たり過ぎて風邪をひかないでね?ルルロフ」

「うん、気を付けるよ。ありがとう//ルイズ。・・っと、そろそろ公務の時間だ。じゃあ、またね!ルイズ」

「ええ、またね!ルルロフ。公務、頑張ってね」

「ありがとう、ルイズ。頑張るよ」

 そこで、通信が切れた。

「ふぅ・・。なんだか、久しぶりにルルロフと話したわ」

「久しぶりって・・。昨日、話したじゃない」

「そうなんだけど。この前、色々なことがあったからか、一日が過ぎるのが長い気がして・・、なんとなくそんな気分なの」

「ゴメンね。ルイズちゃん」

「ううん、いいの。悪いのは、『レコン・キスタ』だもの。チンプイが謝ることないわ。

チンプイのお陰でタルブの村も無事だったんだし、むしろ感謝しているくらいよ。ありがとう、チンプイ」

「そうかな?えへへっ// どういたしまして。ルイズちゃん」

「んっ~~!さてと! わたし、ちょっと散歩してくるわ。チンプイも好きにしてていいわよ」

「分かった。いってらっしゃい、ルイズちゃん」

 こうしてルルロフと話が出来たルイズは、上機嫌で学院内の散歩へと出かけた。

 

一方、アンリエッタは自分のベッドの上で、夢を見ていた。アンリエッタとウェールズが初めて出会った、ラグドリアンの湖畔が舞台だった。

 夢の中のアンリエッタは、ウェールズと手を握り合って湖畔を歩いていた。

「遅かったね、アンリエッタ。待ちくたびれたよ」

「ごめんなさい。晩餐会が長引いたの。もう、酔っ払いの長話にはうんざり」

「でも・・、こんな風に毎夜抜け出して大丈夫なのかい?」

 ウェールズが心配そうに尋ねた。というのも、二人とも、好きな相手と結ばれることが赦される身分ではないからだ。二人のことを誰かが知ったら・・、二人は公式の場でも顔を合わすことは不可能になるだろう。そんなウェールズの心配をよそに、アンリエッタはいたずらっぽく笑って言った。

「平気です。ウェールズさまも、先日の昼食会のおり、ご覧になった、わたくしのお友達・・。彼女にわたくしのベッドで、わたくしの影武者になってくれてますの」

「あの、桃色がかったブロンドの長い髪の、スマートな女の子かい?彼女と君は全然似てないじゃないか!」

「大丈夫ですわ。布団をすっぽりかぶっておりますので、誰かがベッドのそばに立っても、顔は見えませんわ」

「ずいぶんと悪知恵が働くじゃないか!」

 ウェールズは大声で笑った。

「しっ! そのような大声で笑ってはいけません。どこに耳があるか分かりませんわ」

「なあに、こんな夜更けに水辺で聞き耳を立てているのは、水の精霊ぐらいなものだよ。ああ、一度でいいから見てみたいものだね。月が嫉妬する美しさというのは、どのようなものなんだろう」

 アンリエッタは唇を尖らせて、恋人を困らせるような口調で言った。

「なぁんだ。そうでしたのね。わたくしに会いたいわけじゃありませんのね。水の精霊が見たくって、わたくしを付き合わせているだけですのね」

「そんなことはないよ。機嫌を直してくれよ、アンリエッタ」

 ウェールズは悲しそうな声で呟いた。

「ならば、誓って下さいまし」

「誓い?」

「そうですわ。このラグドリアン湖に住む水の精霊のまたの名は『誓約の精霊』。その姿の前でなされた誓約は、たがえられることはないとか」

「迷信だよ。ただの言い伝えさ」

「迷信でも、信じて、それが叶うのなら、わたくしは信じます。そう、いつまでも・・」

 アンリエッタはドレスの裾をつまむと、じゃぶじゃぶと水の中に入った。

「トリステイン王国王女アンリエッタは水の精霊の御許で誓約いたします。ウェールズさまを、永久に愛することを」

 それからアンリエッタはウェールズを呼んだ。

「次はウェールズさまの番ですわ。さあ、わたくしと同じように誓って下さいまし」

 ウェールズは水の中へと入っていった。そして、アンリエッタを抱きかかえる。アンリエッタはウェールズの肩にしがみついた。

「ウェールズさま?」

「すまない、アンリエッタ。それはできない」

「どうして? そんな意地悪なことを言わずに、誓って下さいまし」

「実は、近々婚約することになってるんだ」

 そのとき、強い風が吹いてアンリエッタは思わず目をつむった。

 すると、アンリエッタは、いつの間にか湖畔に立っていた。そして、ウェールズの腕の中には、いつの間にか別の女の子がいた。アンリエッタは、その女の子の顔を見て、当惑の声をあげた。

「ルイズ!? あなた、わたくしのベッドにいるはずじゃ・・。それよりも!ウェールズさまから離れなさい!」

「それはできませんわ、姫さま。 だって、ウェールズさまが、わたしをお選びになったのですから」

 ルイズは、勝ち誇ったような調子で言った。

「そういうことなんだ。すまない、アンリエッタ」

「ちょっと!ウェールズさま!? どうして!!」

 

 そう叫んだところで、アンリエッタは、自分のベッドでぱちりと目を開いた。

「嫌な夢を見てしまいましたわ。まったくもう・・。ルイズが婚約するのはルルロフ殿下ですのに・・。もう!それもこれもウェールズさまがどこに行かれるおつもりか、ルイズに伝えておかないのが悪いんですわ!」

 アンリエッタは、ぶつくさと文句を言った。どこに耳があるか分からないので、ウェールズが亡命先を言えなかったのは無理もないことであり、本来ならば命を落としていたはずの最愛の人が生きていただけでも喜ぶべなのだが・・。生きていると分かった日から、ウェールズに会いたいという気持ちが日に日に強くなっているのを、アンリエッタは感じていた。

「わたくし、なんて夢を・・」

 アンリエッタは、自分が見た夢に自己嫌悪して、そうぼやいた。

 アンリエッタは、ゲルマニア皇帝との婚約を解消した。隣国のゲルマニアは渋い顔をしたが、一国にてアルビオンの侵攻軍を打ち破ったトリステインに、強硬な態度が示せるはずもない。

 ましてや同盟の解消など論外である。アルビオンの脅威に怯えるゲルマニアにとって、トリステインはいまやなくてはならぬ強国である。

 つまり、アンリエッタは、己の手で自由をつかんだのだった。

 自由を手に入れ、恋人も生きているとなれば、会いたいと思ってしまうのは、無理もない話だ。

 しかし、アンリエッタは、一番のお友達であるはずのルイズのことを夢の中とはいえ、疑ってしまったことにショックを受けていたのだった。

「そういえば・・、ルルロフ殿下って、どんなお方なのかしら・・」

 ふと、アンリエッタはそうひとりごちた。

 

 トリステインの城下町、ブルドンネ街では派手に戦勝記念のパレードが行われていた。

 聖獣ユニコーンにひかれた王女アンリエッタの馬車を先頭に、高名な貴族たちの馬車が後に続く。その周りを魔法衛士隊が警護を務めている。

 狭い路地にはいっぱいの観衆が詰めかけている。通り沿いの建物の窓や、屋上や、屋根から人々はパレードを見つめ、口々に歓声を投げかけた。

「アンリエッタ王女万歳!」

「トリステイン万歳!」

 観衆たちの熱狂も、もっともである。なにせ、王女アンリエッタが率いたトリステイン軍は、先日、不可侵条約を無視して侵攻してきたアルビオン軍をタルブの草原で打ち破ったばかり。数で勝る敵軍を破った王女アンリエッタは、『聖女』と崇められ、今やその人気は絶頂であった。

 この戦勝記念のパレードが終わり次第、アンリエッタには戴冠式が待っている。母である太后マリアンヌから、王冠を受け渡される運びであった。これには、枢機卿マザリーニを筆頭に、ほとんどの宮廷貴族や大臣たちが賛同していた。というのも、先の戦いで、戦いに赴くことに二の足を踏むマザリーニたちを一喝して、真っ先にタルブの村へと飛び出し、強いリーダーシップを発揮したからだ。

 

 賑々しい凱旋の一行を、中央広場の片隅でぼんやりと見つめる敗軍の一団がいた。

 捕虜となったアルビオン軍の貴族たちであった。捕虜といえど、貴族にはそれなりの待遇が与えられる。杖こそ取り上げられるが、見張りの兵が置かれるだけで、縛られることもないのだ。その気になれば逃げ出せるのかもしれないが、逃げ出そうと考える者はいなかった。というのも、貴族は捕虜となる際に行う捕虜宣誓を破って逃げ出すことは、名誉と家名が地に落ちるからだ。何よりも名誉を重んずる貴族たちにとって、それは死に等しい行為なのであった。

 その一団の中、日焼けした浅黒い肌が目立つ精悍な顔立ちの男の姿があった。

 ルイズの『虚無』で炎上沈没した巨艦レキシントン号の艦長、サー・ヘンリ・ボーウッドである。彼はひとり、先の戦いに思いを巡らせていた。

 竜騎士隊と歩兵部隊を全滅させたのは、『烈風』と『ネズミの韻獣』だ。

 『聖女』アンリエッタは、逃げ腰の歩兵部隊と、レキシントン号の上空に輝いた”光の玉”により空から引きずり降ろされた水兵などの残党狩りを行ったに過ぎない。それでも、戦場に赴くことすら躊躇っていた貴族たちを一喝し、真っ先に飛び出しただけでも立派なことだとは思う。彼女は、軍人ではなく王族だ。であれば、先の戦いに大きく貢献したか否かではなく、トリステインの民たちに強いリーダーシップを示すことが出来たという紛れもない事実が、彼女が大きく評価されるに至った原因に違いない。これにより、年若くして女王に即位しても、問題ないということなのだろう。

 気になるのは、あの”光の玉”だ。突然現れ、見る間に巨大に膨れ上がり・・、艦隊を炎上させたのみならず、積んでいた『風石』を消滅させ、進路を地面へと向けさせた・・。そして何より驚くべきことは・・。その光は誰一人として殺さなかったことである。光は艦を破壊したものの、人体には何の影響も与えなかったのだ。そのお陰で、火災での怪我人が出ただけで済んだのだった。あんな魔法は見たことも聞いたこともない。『烈風』といい、『ネズミの韻獣』といい、未知の魔法”光の玉”といい、個人の力でここまで戦況を変えようとは・・。

「いやはや、我が『祖国』は恐ろしい敵を相手にしたものだ」

 ボーウッドはひとり呟いた。その後、近くに控えた、大きな斧槍を掲げたトリステインの兵士に声をかけた。

「きみ。そうだ、きみ」

 兵士は怪訝な顔をしたが、すぐにボーウッドに近寄る。

「お呼びでしょうか? 閣下」

 敵味方を問わず、貴族には礼がつくされる。しごく丁寧な物腰で兵士はボーウッドの言葉を待った。

「ぼくの部下たちは不自由してないかね。食わせるものは食わせてくれているかね?」

「ご心配なさらなくても大丈夫です。捕虜に食わせるものに困るほど、トリステインは貧乏ではありませぬ」

 胸を張って兵士は答えた。ボーウッドは苦笑を浮かべるとポケットから金貨を取り出して兵士に握らせた。

「これで『聖女』の勝利を祝して、一杯やりたまえ」

 兵士は直立すると、にやっと笑った。

「おそれながら閣下のご健康のために、一杯頂くことに致しましょう」

 立ち去ってゆく兵士を見つめながら、ボーウッドはどこか晴れ晴れとした気持ちでひとり呟いた。

「もう軍人は廃業してもいいかもしれないな。あんな光を見てしまったあとではね」

 

 パレードを横目にアンリエッタは、ぼんやりと手元の羊皮紙を見つめた。

 先日、アンリエッタの元に届いた報告書である。それを記したのは、捕虜たちの尋問にあたった一衛士である。そこには、エレオノールに撃墜されたアルビオンの竜騎士隊の話や、チンプイが退けた数百に及ぶアルビオンの歩兵部隊の話が書いてあった。

 空の方は、”ほうき”で空を敏捷に飛び回り、烈風の如く激しい風魔法を用いて、そのメイジは味方の竜騎士隊を一気に撃墜したと、捕虜となったアルビオンの伝令役の水兵は語ったらしい。アンリエッタは、”烈風”という単語を聞いて、”烈風”カリンを真っ先に想像した。が、違うと思い直した。最近カリンが熱心に指導しているマンティコア隊から、そのような報告は受けていない。そもそも、カリンの武勇伝も含めてトリステインの長い歴史の中で、”ほうき”で空を飛ぶ魔法などという奇想天外な魔法は聞いたことがない・・。ということは、未知の技術で空を飛んだのでは?という仮説が、アンリエッタの中で生まれた。

 その仮説を裏付けたのが、地上の戦闘に関する報告である。小さいはずなのに凄まじい力を秘めた『ネズミの韻獣』が、疾風の如き速さで動き回り、剣一本でアルビオンの歩兵部隊を全員打ち据えて、武器を一瞬で全て奪い去ったと、逃走中に捕らえられたアルビオンの歩兵は語ったらしい。『ネズミの韻獣』とは、十中八九、マール星の大使にしてルイズの使い魔であるチンプイのことだろう。しかし、『マール星』は、”ハルケギニアの国同士の厄介事には一切干渉しない”方針のはずだ・・。

 アンリエッタと同様に疑問に思った衛士は調査を続けたらしい。その後に、タルブの村での報告が書かれてあった。

 まず、”ほうき”で空を飛んでいたのは、ラ・ヴァリエール公爵夫人(長女)だったということが分かった、と書いてあった。

 アンリエッタは、エレオノールがワンダユウと仲が良さそうだったことを思い出した。アカデミーの優秀な研究員である彼女ならば、マール星の技術を取り入れてほうきで空を飛ぶくらい造作もないのかもしれない。また、彼女は『烈風』の娘でもあるのだ。”烈風”カリンに匹敵するほど魔法が強力であってもおかしくない。

 しかし、衛士の報告によれば、ラ・ヴァリエール公爵夫人(長女)は、アルビオンの竜騎士隊を撃退した後、何かをするそぶりはなかったと、たまたま空を見上げていたアルビオンの歩兵が証言していたらしい。視力には自信があるというその歩兵は、”ほうき”で空を飛ぶ彼女のスカートの中が見えそうだったので、スカートの中を見たくて熱心に彼女を見ていたので間違いないそうだ。ちなみに、その後、わいせつ未遂罪でそのアルビオンの歩兵が逮捕されたのは、余談である。

 次に書いてあったのは、『ネズミの韻獣』に関する報告だった。彼は、『マール星』の大使であり、トリステイン魔法学院で働くタルブの村娘と仲が良かったそうだ。彼は、たまたま帰省していたその娘の身を案じて、独断で、ラ・ヴァリエール公爵夫人(三女)を引っ張って助太刀に来たらしい。

 しかし・・、あの敵艦隊を吹き飛ばした光との関連を衛士は見つけられなかったようだ。

 エルフすら意に介さないと噂されるほどの武力を持った『マール星』の大使が、何かしたのでは?と、衛士は疑ったが、村人によるとそのようなそぶりはなかったらしい。

 それに加えて、先方は余計な詮索をされることを嫌っていると衛士は聞いていたので、事が事だけに、衛士は直接の接触をその三人にしてよいものかどうか迷ったらしい。報告書はアンリエッタの裁可を待つ形で締められていた。

 自分に勝利をもたらした、太陽のような眩い光。

 なるほど。『マール星』の『科法』ならば十分にあり得る話なのかもしれない。

 しかし、アンリエッタは、チンプイがやったのだとはどうしても思えなかった。というのも、歩兵部隊を追い払ったことは、仲の良いその村娘を助けるついでだったと弁解できるが・・、敵国の戦艦を撃ち落とすことは、マール星の方針に明らかに触れることになり、弁解の余地はない。チンプイは、マール星の大使として、ハルケギニアの戦争にそこまで干渉するわけにはいかなかったはずなのだ。

 しかし、あの場にチンプイとエレオノールの他にいたのは・・。

「あなたなの? ルイズ」

 もう一人の『烈風』の娘にして、アンリエッタの友人でもある、桃色がかったブロンドの少女が、あの光を発生させたのでは? という考えにアンリエッタは至った。

 そう思ってあの光を思い出すと、アンリエッタの胸は熱くなった。

 

 さて一方、こちらは魔法学院。戦勝で沸く城下町とは別に、いつもと変わらぬ雰囲気の日常が続いていた。やはり学び舎であるからして、一応政治とは無縁なのであった。

 そんな中、あまり人が来ないヴェストリの広場には、チンプイとシエスタがベンチに一緒に腰かけていた。

 

 陽光香るベンチに腰かけたチンプイは手に持った包みを開いた。ぱあっと顔が輝く。

「すごい! マフラーだ!」

 隣に座ったシエスタが、ぽっと頬を染めた。

「あのね? ほら、あの『空飛ぶほうき』でしたっけ? ミス・ヴァリエールの後ろに乗って空高く飛ぶとき、寒そうでしょ?」

 時間は午後三時過ぎ。シエスタは渡したいものがあるからと、このヴェストリの広場までチンプイを呼び出したのである。

 そのプレゼントはマフラーであった。真っ白なマフラー。シエスタのやんわりした肌のような、暖かそうなマフラーである。

「エリちゃんのほうきには反重力場が働いているから寒くはないんだけど・・、マール星は今冬だから寒いんだよね。だから、助かるよ。この前、ちょっと里帰りした時も寒かったし・・」

「えっ!? チンプイさん、いつ里帰りなさったんですか?」

「三日前だよ。ワンダユウじいさんに口止めされてるから、ルイズちゃんには内緒なんだけど・・」

 ガサッ!

 何やら草むらから物音がしたので、二人は一瞬目を向けたが、その後物音がしないので、気のせいだろうと思いチンプイは話を続けた。

「内緒なんだけどね。一瞬でマール星に行くことができる『五次元トンネル』を作ってあるから、そこからマール星に戻って、直接ルルロフ殿下にこの前のタルブの村であった戦いのことを報告してたの」

 ガサガサッ!

 また物音がしたので二人は視線を向けたが、何かが出てくる様子はないので、すぐに視線を外した。

「そうだったんですか。いいな~、チンプイさん。すぐに里帰りできて」

「シエスタちゃんも帰りたいの?」

「ううん、いいの。そんなに頻繁に帰ってたら、チンプイさんに会えなくなっちゃうし・・」

「そう・・。でも、いいの?ほんとに貰っちゃって・・。大変だったんじゃない? これ編むの」

 チンプイがそう言うと、シエスタは頬を染めた。

「いいの。あのね? 私、アルビオン軍の兵に切り殺されそうになったとき、すっごく怖かったの。でもね、あの時、チンプイさんが助けに来てくれたでしょう?」

 チンプイは頷いた。

「あのとき、すっごく、すっごく嬉しかったの。ほんとよ! だから私・・、戦いが終わって森から出てきたとき、いきなりあんなこと・・」

 チンプイも少し頬を染めた。シエスタは、チンプイの頭を抱きしめた際に、なんと頬にキスをしていたのであった。

 チンプイは照れているのを誤魔化すように、マフラーを首に巻いてみた。あれ? と気づく。

「シエスタちゃん、このマフラーずいぶんと長いんだけど・・」

「えへへ。それはね、こうするの」

 シエスタはマフラーの端を取ると、なんと自分の首に巻いた。なるほどそうすると、マフラーはちょうどよい長さになるのであった。

「えっ、二人用?」

「そうよ。いや?」

 そういってぐっとチンプイの目を覗き込んでくるシエスタは、なんとも素朴な魅力を放っている。まるで無邪気に懐いてくる子犬のような目だ。しかし、チンプイはシエスタの意図をいまいち理解できず、首を傾げて言った。

「ぼくには、ちんぷいかんぷいだよ」

 ガサガサッ!ザッ!!

「なんで分からないのよ!チンプイ!」

 ルイズが草むらから現れた。

「わっ!ミス・ヴァリエール! これは、その・・。五次元の話なんて、私たち全然してませんから!」

 突然のルイズの登場に驚いたシエスタは、動揺して今言わなくてもいいことを口走ってしまった。

「シエスタちゃん!」

 ”五次元”というシエスタの言葉にピクっと反応したルイズは、今言おうとした言葉が全部頭の中から吹っ飛んだ。具体的には、シエスタの好き好きアピールに気付かないチンプイを窘めようと思っていたのだが、そんなことはどうでもよくなってしまった。ルイズが今言いたいのは・・。

「チンプイ!『五次元トンネル』って何よ!自分だけルルロフに会うなんてズルいわ!!早くわたしにも使わせなさいよ!そのトンネル!」

「ま、まだ、ダメなんだよ。ルイズちゃん」

 ルイズの剣幕にうろたえながら、チンプイは答えた。

「なんでよ!わたしは、ルルロフの恋人なの!彼女なの!! ルルロフも、マール星に来ていいよって言ってたじゃない!」

「そ、そうなんだけど・・。ワンダユウじいさんが、ルイズちゃんが初めてマール星に来ることになったら、一大イベントだから、国を挙げて大歓迎したいって・・。だ、だから、ルイズちゃんにマール星に最初に来てもらう時は、是非王室御用達の宇宙船で来て欲しいから、『五次元トンネル』のことは内緒にな、って言われたんだよう」

 チンプイは少し涙目になりながら、慌てて説明した。

「そう・・。そうなら、そうと早く言いなさいよ」

「あれ?怒らないの?」

 チンプイは、急に大人しくなったルイズを見て、キョトンとした顔で尋ねた。

 ルイズはこほんと可愛らしく咳をすると、少し落ち着いた声で言った。

「そ、そういう事情があるのなら仕方がないわ。ワンダユウもチンプイも悪気があったわけじゃないって分かったから、もういいわ。・・でも、それならそうと早く言ってくれればいいのに」

 ルイズは唇を尖らせて、不満を口にした。

「だって、宇宙船より早く行ける方法があるなら、早くそっちを使わせろって、ルイズちゃん言うでしょ?」

「うっ・・。か、歓迎の準備とかあるなら、そ、そんなわがまま言わないわよ!・・多分」

「ほんとに?」

「ほんとよ! そ、それより、シエスタ!」

 ルイズは誤魔化すようにして、シエスタに声を掛けた。

「ひゃっ、ひゃい! な、な、何でしょうか? ミス・ヴァリエール」

 突然、貴族、それも公爵に声を掛けられたので、シエスタは緊張のあまり声が裏返てしまった。

「そんなに畏まらなくていいわよ。今後、長~い付き合いになりそうだし? ねっ?シエスタ」

 チンプイの方をチラッと見ながらルイズがイタズラっぽく言った。すると、シエスタは、顔を真っ赤にさせて恥ずかしそうに俯きながら、小さくコクコクと頷いた。

 チンプイは、意味ありげな二人の会話の意味が分からず・・。

「ちんぷいかんぷい」

 と言って、お手上げのポーズをした。

 

「それでね、シエスタ。わたしも、一応母さまに編み物を仕込まれたんだけど・・。イマイチ上手くいかないのよ。わたしに編み物を教えて頂戴」

「そ、そんな! 貴族の・・それも、こ、ここ公爵様に教えるだなんて、恐れ多過ぎます」

「だからそんなに畏まらないでよ。お願い!マール星に行く前に、どうしてもマフラーを自分で編みたいの!」

「えっー!?ルイズちゃん、マール星に行くの!?」

 チンプイは、目を丸くして口を挟んだ。

「そうよ」

 ルイズは、何でもないことのように答える。

「聞いてないよ」

「当たり前よ。今決めたんだもん。早くワンダユウに伝えてきて、チンプイ。どうせ、わたしがマール星に行けるのは何日か後でしょう? だから、早く!」

「そ、そそうだね。わ、分かった! 今すぐ、ワンダユウじいさんに伝えてくる!」

 チンプイは、慌ててワンダユウのもとへと急いだ。

 ルイズはチンプイがいなくなったのを確認すると、こそっとシエスタに小さな声で言った。

「あの二人用マフラーをどうしてもマール星に行く前に自分の手で編みたいのよ。あれは、ズルいわ。わたしも、二人用マフラーを編んで、ルルロフをメロメロにしたいのよ」

 キョトンとしていたシエスタだったが、ニコッと笑って言った。

「そういうことでしたら、お任せください。大丈夫、ミス・ヴァリエールなら、すぐ編めるようになりますわ。その代わりと言ってはなんですが・・」

 シエスタはそこで言葉を切ると、真剣な顔つきになって、ルイズの方に向き直った。

「なによ?改まって。 お礼なら、ちゃんとするから安心しなさい」

「ありがとうございます。あの・・、そうではなくて・・、その・・チ、チンプイさんとの交際を認めて下さい!」

「いいわよ」

「へっ? 今、なんて・・?」

 ルイズのあっさりとした返事に、シエスタは思わず聞き返してしまった。

「だから、いいわよ。言ってなかったけど・・、少なくともわたしとカルメルは、あなたとチンプイの恋を応援するつもりだから」

「え、えーーーっ!?」

「この前、あなたの母親と話してそう決めたのよ。でも、チンプイの心を射止められるかは、あなた次第だからね。チンプイは、恋愛のことは全然分かってないみたいだから、かなり大変だろうけど・・親族とか外野は、わたしとカルメルで押さえてあげるから、頑張りなさい」

「あ、ありがとうございます!お母さんとミス・ヴァリエールが味方なら百人力です!私、チンプイさんに振り向いてもらえるよう、頑張ります!」

「ええ、頑張ってね。・・っと!それより、時間がないわ。二人用マフラーの編み方、早く教えてくれない?」

「は、はい!分かりました!僭越ながらお教えさせて頂きます」

 その後、二人はルイズの部屋に移動して、ルイズはシエスタの指導の下、二人用マフラーの製作に取り掛かった。

 

 チンプイはワンダユウに、シエスタと話したことと、ルイズがマール星に行きたいから準備して欲しいと言っていることを伝えた。

「おおっ!!ついに・・ついに!ルイズさまが、マール星に来て下さるのか! このワンダユウ、こんなに嬉しいのは、初めてだ!ワォ~~ォ~~」

 ワンダユウは、感極まって、泣いて喜んだ。

「うん、ぼくも嬉しいよ。それでね。マール星に行くまでにマフラーを完成させたいんだって。だから、あんまり早く準備が出来てもダメみたいだよ?」

「なんと!!ルイズさまが、マフラーを!? 殿下へのプレゼントに違いない!」

「そうかなあ」

「そうに決まっている!おまえとシエスタ殿の二人用マフラーを見て羨ましくお思いになったのだ」

「どうして? ぼくとシエスタちゃんは恋人同士じゃないよ?」

 チンプイは、キョトンとして尋ねた。

「どうしてって・・、そりゃ、おまえ・・。 ああっ、もう! とにかく!吹きさらしのバルコニーに立たれる殿下が風邪など召されぬようにという、ルイズさまのお心遣いだ!」

 シエスタの気持ちに全く気付いていないチンプイに、ワンダユウは飽きれながら説明した。

「うん、それはそうかも。ルイズちゃん、そういう心配してたし」

「やはり! ついに、殿下の愛がルイズさまの心を動かしたのだ!! こうしちゃおれん! チンプイ!わしは殿下への報告とルイズさま歓迎の準備のために帰る!おまえは、一日も早くマフラーが完成するようお手伝いせよ!」

 ワンダユウはそう言うと、大急ぎでマール星へと帰って行った。

「なんだゆう! まったく、じいさんはいつも一方的なんだから!」

 そう文句を言いながらも、チンプイの口元は笑っていた。

 

 同じ頃。

エレオノールが、ルイズの部屋に入ろうとすると、ルイズの声が聞こえてきた。

「それでね。ちいねえさまったら・・」

 覗いてみると、学院の使用人にカトレアとの昔の思い出話を楽しそうにしながら編み物をするルイズの姿があった。

 エレオノールは、その様子を見て、そっとその場を離れた。

「・・やっぱり、あの子は、カトレアにべったりなのね。寒くなる前に、カトレアに手編みのセーターかマフラーでもプレゼントするつもりなのかしら?」

 最近は自分にも懐いてきたと思っていたエレオノールは、やはりルイズが好きな姉はカトレアなのだということを少し寂しく思いながらも、ルイズと同じくらい大切で、体の弱いもう一人の妹のために編み物をしてくれているルイズに感謝した。

「カトレアのために・・、ありがとう。ルイズ」

 エレオノールはひとり呟いた。その後、チンプイに頼んで、科法『遠隔通信』でカトレアと話をした。

 

「まあ!ルイズがわたしのために編み物を!?」

「ええ。学院の使用人に教わりながら編んでいるから、多分ちゃんとしたものが出来るんじゃないかしら?」

「そう。わたし、嬉しいわ」

「えっ・・。あの・・エリちゃ・・」

 二人の会話を聞いていたチンプイは、慌ててエレオノールに声を掛けようとした。

「ええ。わたしもあの子が優しい子に育てくれて嬉しいわ。じゃあね、カトレア」

「ええ、またね。姉さま」

 しかし、チンプイが声を掛ける前に二人は会話を終わらせてしまった。二人とも嬉しそうで、実はルルロフのために編んでるのかも、とはとても言い出せなかった。

 エレオノールがお礼を言ってその場を立ち去った後、チンプイはひとりごちた。

「ひとつのマフラーに、もらい手ふたり!! まさか・・いつもは相談役のエリちゃんが、とんだ勘違いをするなんて・・。どうしよう・・。どっちかがっかりするぞォ・・」

 チンプイは、うんうんと唸って必死に考えた結果、ある結論を出した。

「なんとか、カトレアさんに諦めてもらおう。寒くなってきたら、マール星の防寒グッズでしばらく我慢してもらうことにして・・。ルイズちゃんたちの母親のカリーヌさんにうまく取り成してもらおう」

 チンプイは、そう呟くと、ルイズの部屋に向かった。

 

 時は少しさかのぼり、チンプイがエレオノールとカトレアの会話を聞いているとき。

マンティコア隊の訓練を終えたカリーヌは、ルイズの顔を少し見ようと、ルイズの部屋に向かった。話声がするので覗いてみると、そこには学院の使用人に教わりながら編み物をするルイズの姿があった。

「そんなにギチギチ編むと肌触りがゴワゴワになってしまいます。毛糸を強く引っ張らなくても解けませんので、もう少し優しく、です。ミス・ヴァリエール」

「分かったわ。なかなか難しいのね」

「ええ。でも、ミス・ヴァリエールは呑み込みが早くていらっしゃるので、もう私が教えることはあまりありませんわ」

「そ、そんなことないわよ// でも、失敗したくないから、失敗しそうだったら、言ってね?ちゃんと直すから」

「はい!お任せください。ミス・ヴァリエール」

 カリーヌは、その様子を見て、ルイズの部屋には入らず、そっとその場を離れた。

「わたくしが教えた甲斐があったわ。やっぱり、わたくしの子ね。それに・・、学院の使用人が付いていてくれたら、きっと変なものはできないでしょう」

 カリーヌは、ルイズに置手紙をドアの前にすると、口元を少し綻ばせながらラ・ヴァリエールの屋敷へと帰って行った。

 

「ナニ!?ルイズがわしのために編み物を!? まさか!!」

 カリーヌから話を聞いたラ・ヴァリエール公爵は美髯を揺らし、気難しそうな灰色の瞳を輝かせた。口元は見たこともない位緩んでいた。

「本当ですわ。学院の使用人に教わりながら、今もせっせと編んでいると思いますわ。・・あなた、口元がだらしないわよ?」

「おおっ!すまん、すまん。つい、嬉しくてな。かわいい奴だ・・」

 カリーヌに窘められ、一度は口元をキュッと引き締めたが、また緩み始めていた。

「まったく・・、言ったそばから・・。まあいいわ。あの子のことだから、完成はいつのことか分からないけど、楽しみに待ってってあげて下さいね」

 カリーヌは、少し呆れてため息をつきながら言った。

「うむ! 楽しみにしているぞ!」

 

 こうして、ルイズの与り知らぬところで、マフラーのもらい手が、三人に増えてしまった。

 はたして、妃殿下のマフラーは誰の手に?

 続く

 




原作4巻 スタート。

『ゼロの使い魔』は、サイト争奪戦が多いイメージでしたが、いざ、原作リスペクトで、ルイズとサイトの恋愛要素を除外して書いてみると・・、戦闘シーンや『冒険編?』ばかりで、『日常編』担当のシエスタもなかなか登場しないことが多々あることに気が付きました。

今までは登場人物相関図がハッキリとしていなかったので恋愛要素を入れられず、『チンプイ』のお話のノリを入れることも困難でしたが・・、ようやく恋愛模様も明確になってきたので、これからは『チンプイ』度も多めで書きたいと思っております。

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