ルイズさまは、お妃さま!?   作:双月の意思

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遥か宇宙、マール星レピトルボルグ王家は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールをお妃に迎えるための使者をハルケギニアに送った。
ワンダユウは、大使としてトリステインとマール星を行き来し、
チンプイは、ルイズの使い魔兼お世話役として、トリステインに残った。
ワンダユウ「チンプ~イ!頼んだぞ~!」

シエスタのピンチにチンプイは?
10月は忙しくて予想外に更新が遅くなってしまいました。すいません。
※『エリ』は、エレオノールの婚約者・ロップルが、エレオノールに付けた愛称です。(詳細は、『外伝 コーヤのエリおばさま』参照)


タルブの村の戦い

 トリステイン魔法学院に、アルビオンの宣戦布告の報が入ったのは、昼過ぎのことだった。

 ルイズはチンプイを連れて、魔法学院の玄関先で、王宮からの馬車を待っているところであった。アンリエッタとゲルマニア皇帝との結婚式の際の巫女に選ばれたルイズとその使い魔をゲルマニアへと運ぶために用意された特別な馬車だ。しかし、魔法学院にやってきたのは息せき切った一人の急使であった。

 彼はオスマン氏の居室をルイズたちに尋ねると、足早に駆け去って行った。

 ルイズとチンプイは、その尋常ならざる様子に顔を見合わせた。

「どうしたんだろう?ずいぶん急いでるね、あのおじさん」

「そうね。王宮で何かあったのかしら? チンプイ、科法であの使者とオールド・オスマンの会話をこっそりと聞くことはできる?」

「出来るけど・・、な~んか、また、ワンダユウじいさんに怒られそうなことになりそうだな~。

そうだ!エリちゃんも呼んでいい?」

「うっ・・。そ、そうね。内容によっては、わたし、また、暴走しちゃうかもしれないし・・、姉さまなら、ちゃんと私の暴走を止めて、どうすればいいか考えてくれるものね。

それに・・、わたし、もう、ルルロフやワンダユウに迷惑はかけたくないわ」

 チンプイの提案にルイズは同意し、エレオノールを呼んで、ルイズの部屋でこっそりとオスマンと急使の会話を聞くことになった。

 

「じゃあ・・。はい、これ」

 そう言って、チンプイが用意したのは、ピラミッドのような形をした物体であった。三つあり、それぞれ大人が座ってどうにか入れる大きさであった。

「何よこれ?」

「これは、『実感ホログラフィ』っていってね。遠く離れたところにいるロボットの行動をこの中でそっくり体験できる機械なんだ。これがそのロボットさ」

 そう言って、チンプイがどこからともなく取り出したロボットは、丸いボールに短い手足が生えたような形をしていた。

「これが?」

 ルイズは、そのロボットをまじまじと見つめた。

「うん。じゃあ、ちょっと見ててね」

 そう言って、チンプイが近くにあったピラミッド型の本体の中に入ると、一瞬ピカッと光った。すると、ロボットはチンプイの姿へと変化した。

「「どう?ルイズちゃん、エリちゃん」」

 ロボットは、チンプイと同じ声で喋った。ピラミッド型の本体からも同じ声がする。

「すごい・・、すごいわ!チンプイ!!」

「でも・・、これじゃあ、姿が見えてバレバレじゃない?」

「大丈夫だよ、エリちゃん。これには、不可視モードがあって、『透明キャップ』と同じように、姿を見えなくすることもできるから。それに、ロボットの居る場所には音が漏れないようすることもできるよ」

 そう言うと、パッとチンプイの姿をしたロボットの姿が消え、チンプイの声はピラミッド型の本体の方からしか聞こえてこなくなった。

「これなら、大丈夫そうね」

 エレオノールは、薄く笑みを浮かべて言った。

 ルイズとエレオノールもそれぞれのピラミッド型の本体に乗り込んだ。

 

 オスマン氏は、式に出席するために一週間ほど学院を留守にするため、自分がいないとできないことを早急に片付ける必要があり、様々な書類に追われていた。

 すると、猛烈な勢いで、扉が叩かれた。

「誰じゃね?」

 返事をするより早く、王宮からの急使が飛び込んできた。それに乗じて、ルイズたちのロボットらも飛び込む。

「王宮からです! 申し上げます! アルビオンがトリステインに宣戦布告! 姫殿下の式は無期延期になりました! 王軍は、現在、ラ・ロシェールに展開中! したがって、学院におかれましては、安全のため、生徒及び職員の禁足令を願います!」

 オスマン氏は顔色を変えた。

「宣戦布告とな? 戦争かね?」

「いかにも! タルブの草原に、敵軍は陣を張り、ラ・ロシェール付近に展開した我が軍と睨み合っております!」

「アルビオン軍は、強大だろうて」

 急使は、悲しげな声で言った。

「敵軍は、巨艦『レキシントン』号を筆頭に、戦列艦が十数隻。上陸せし歩兵は数百・・総兵力は三千と見積もられます。我が軍の艦隊主力はすでに全滅、かき集めた兵力はわずか二千・・。

敵軍に完全に制空権を奪われたため・・、我が軍が持ちこたえられるのも時間の問題でしょう」

「現在の戦況は?」

「敵の竜騎兵によって、タルブの村は炎で焼かれているそうです・・。同盟に基づき、ゲルマニアへ軍の派遣を要請しましたが、先陣が到着するのは三週間後とか・・」

 オスマン氏はため息をついて言った。

「・・見捨てる気じゃな。敵はその間に、トリステインの城下町をあっさり落とすじゃろうて」

 

 ロボットを介して聞き耳を立てていた三人は顔を見合わせた。戦争と聞いて、ルイズとエレオノールの顔が蒼白になる。

 タルブと聞いて、チンプイの顔色が変わった。

「シエスタちゃんの・・唯一『ラーミエン』を作れる村じゃないか! シエスタちゃんも心配だし・・、もう『ラーミエン』が食べられなくなるなんて、絶対にイヤだ!」

 チンプイはそう、心の中でひとりごちた後、すぐに中庭へと駆け出した。

 ルイズとエレオノールは慌てて後を追う。

 

「科法『局地的反重力場』、チンプイ!」

 チンプイが空を飛んで飛び出そうとした。

 後ろから、ルイズがチンプイに抱きついた。

「どこに行くのよ!」

「タルブの村だよ!」

「な、何しに行くのよ!」

「決まってるでしょ!助けに行くんだよ!」

「ダメよ! 戦争しているのよ! あんたが一人行ったって、どうにもならないわ!」

 エレオノールもチンプイにしがみつく。

「ちびの言う通りよ。それに・・、ワンダユウさんも言ってたじゃない! マール星は、ハルケギニアの国同士の厄介事には一切干渉しない方針だって」

「そうよ! それに・・、わたし、もうルルロフやワンダユウに迷惑をかけたくないわ!」

 ルイズもエレオノールの言葉に賛同する。

 しかし、チンプイは・・。

「マール星は関係ないよ。ぼくが、個人的に力を貸したいんだよ」

 そこで言葉を切ると、チンプイは低い声でひとりごとのように言った。

「ぼくの大好きな『ラーミエン』は、ぼくが守る」

 『ラーミエン』という聞きなれない単語にルイズは首をひねったが、すぐにピンときた。

 『ラーミエン』とは、チンプイがシエスタに付けた愛称なのではないかと。

 ルルロフは、ルイズの呼び方は『ルイズ』のままがいいと言っていたが・・、エレオノールは、自分の恋人に『エリ』という愛称を付けてもらっている。

 チンプイにとって、シエスタは愛称で呼ぶほど特別な異性であり・・、命を懸けてまで守りたいのだと、ルイズは思った。

 それでも・・。

「死んだら、どうするのよ・・。イヤよ、わたし、そんなの・・」

「死なないよ。心配してくれるのは嬉しいけど・・でも、行かなくちゃ。『ラーミエン』のためだもの」

「・・分かったわ。わたしも行く」

「ダメだよ。ルイズちゃんは、殿下と結婚するんだから」

「イヤ! チンプイだけ行かせるわけにはいかないわ! それに・・、チンプイに何かあったら、わたし、ルルロフに合わせる顔がないもの」

 黙ってその様子を見守っていたエレオノールが、チンプイの顔をまっすぐ見つめて言った。

「チンプイ君・・、これは戦争なのよ。いくらチンプイ君が、科法を使えて、伝説の使い魔の力を持っていたって、一人じゃ、限界があるわ」

「タルブの村を救いたいんだ。それだけだよ。エリちゃん」 

 チンプイの決意は固いようだ。

 エレオノールはため息をつくと、チンプイに尋ねた。

「チンプイ君、そもそもどうやってタルブの村を守るつもりなの?」

「大丈夫、ぼくに考えがあるんだ。まず、科法『パーソナル人工降雨』を使ってタルブの村の燃え盛る炎を消火して・・、後は、大勢の歩兵を一網打尽に出来る科法を使ってタルブの村を守るよ」

 チンプイは、胸を張って答えた。

「そんなすごい科法があるの!? なら、安心ね!トリステインも救われるわ! ありがとう、チンプイ!」

 ルイズは興奮した様子で、感極まって、チンプイをギュッと抱きしめた。

 しかし、エレオノールは呆れた声で言った。

「二人とも・・、肝心なことを忘れてない? 歩兵は何とかできたとして・・、空から来る竜騎士隊と戦艦はどうするのよ」

「「あっ・・」」

「『あっ・・』じゃないでしょう!はあ~、まったくもう!そんなんじゃ結果は見えてるわよ」

「エリちゃ~ん・・」

 チンプイのすがるような目に、エレオノールは根負けした。

「うっ・・。はあ~。分かった、分かったわよ。わたしも協力するわ。

まずは・・、そうね・・。チンプイ君の目的は、アルビオン軍をやっつけることじゃなくて、タルブの村の人たちを救うってことでいいのよね?」

「えっ?う~ん・・。うん!そうだよ」

 チンプイは少し考えて肯定した。

『ラーミエン』を作るのに必要なものが何かは分からないが・・、作り方を知っているシエスタたちさえいれば、また『ラーミエン』を食べられるだろう。実際、シエスタは、タルブの村にしかないと言いながら、『ラーミエン』を魔法学院で作っていたのだ。『ラーミエン』を作る材料のストックを気にしている様子もなかったことを踏まえると・・、『ラーミエン』は、特別な材料を必要とするわけではないはずだ。

「そう。なら、わたしが『空飛ぶほうき』で、アルビオンの竜騎士隊を撹乱するから、その隙にタルブの村の人たちを逃がすっていうのはどう?」

「そ、そんな危険なこと、エリちゃんにさせられないよ! エリちゃんは、殿下の未来の義理のお姉さんだし・・。殿下とワンダユウじいさんに、怒られちゃうよ~」

 チンプイは、焦って言った。ルイズがルルロフと結婚したら、エレオノールはルルロフの未来の義姉なのだ。チンプイの個人的な理由で、危険な目に遭わせるわけにはいかない。

 しかし・・。

「大丈夫よ。それに・・、これはトリステインの問題なの。大使のチンプイ君だけ、危ない目に遭わせるわけにはいかないわ」

「エリちゃん・・」

 チンプイは、エレオノールを潤んだ目で見つめた。

「・・あっ!せ、戦艦はどうするの?姉さま」

 ルイズが、一番の大物が残っていることに気が付いて、エレオノールに焦って尋ねた。

「大丈夫よ。味方の歩兵がいれば、大砲は下手に打てないわ。それと・・、チンプイ君、いい目隠しになるから、もしタルブの村がまだ燃えていたら、消さないで頂戴」

「分かった」

「・・それと、歩兵の足止めは、任せてもいいのよね?」

「うん。任せてよ!エリちゃん」

 チンプイは、胸を張ってみせた。その様子に、エレオノールは、薄く笑みを浮かべた後、ルイズの方を向いた。

「そう・・。じゃあ、お願いね。

ルイズ・・、竜騎士隊の注意をわたしが引いて、チンプイ君が歩兵の足止めをするから・・、その間に、タルブの村の人たちを安全な場所に誘導して。

タルブの村の人たちの避難が終わったら、合図して頂戴。

わたしの『空飛ぶほうき』とチンプイ君の『局地的反重力場』で全力で逃げるから」

「分かったわ。・・でも、姉さま。安全な場所って?」

「ラ・ロシェール付近に展開しているっていうトリステイン軍とタルブの村を直線で結んだところから離れた森がいいわね」

「なるほど!分かったわ。任せて、姉さま」

「決まりだね!早く行こうよ!エリちゃん」

「分かったから、そんなに急かさないの!チンプイ君。 じゃあ、二人とも、後ろに乗って」

 エレオノールは二人を乗せて、『空飛ぶほうき』に跨る。すると、『空飛ぶほうき』は、ぶわっと浮き上がって、空を裂き、あっという間に空を駆け上った。

「うおー、飛びやがった! やっぱり、何度乗っても、おもしれえな!」

 チンプイの背中のデルフリンガーが、興奮したように騒ぐ。

「そりゃそうよ。ロップルやドラえもんさん、のび太さんと一緒に作ったほうきなんですからね。

それに、『魔法使い』がほうきで空を飛ぶのは当たり前なのよ」

 エレオノールが、誇らしげに言うと・・、

「「いやいや、『魔法使い』がほうきで空を飛ぶなんて、普通あり得ないから」」

 ルイズとデルフリンガーが同時につっこみを入れた。

 

 タルブの村は未だに燃え続けていた。草原には大部隊が集結し、港町ラ・ロシェールに立てこもったトリステイン軍との決戦の火蓋が切られるのを待ち構えている。

 その上には、部隊を空から守るため、『レキシントン』号から発艦した竜騎士隊が飛び交っていた。散発的にトリステイン軍の竜騎士隊が攻撃をかけていたが、いずれもあっさりと退けられていた。

 タルブの村の上空を警戒していた竜騎士隊の一人が、自分の上空、二千五百メイルほどの一点に、あり得ない方法で空を飛ぶメイジを見つけた。掃除道具の”ほうき”に跨って、空を飛んでいるのだ。しかも、もの凄いスピードで。

 あり得ない光景を目にした竜騎士は、慌てて竜を鳴かせ、味方に敵の接近を告げた。

 

 一方、チンプイとルイズは、タルブの村に近づいたところで、エレオノールと別れ、チンプイの科法『局地的反重力場』で、先にタルブの村に降りていた。『空飛ぶほうき』に乗るエレオノールに気を取られたのか、幸いアルビオン竜騎士隊に見つかることはなかった。

 チンプイはタルブの村を見つめた。家々は燃え盛り、どす黒い煙が立ち昇っている。

 チンプイは、この前、ルイズの部屋でシエスタに言われたことを思い出していた。シエスタの言葉が甦る。

『チンプイさんに見せたいんです。あの草原、とっても綺麗な草原』

 シエスタの言葉を思い出したチンプイは、ギリリ、と奥歯を噛み締めた。

 草原を見ると、そこはアルビオンの軍勢で埋まっており、村はずれの南の森に向かってアルビオンの歩兵たちが今まさに押し寄せようとしていた。

 チンプイは、南の森でシエスタの姿を見つけた。すると、シエスタに襲い掛かる歩兵の姿が目に映った。

 

「怖いよ~。お姉ちゃ~ん!」

 幼い弟や妹たちが、シエスタにしがみつく。

「うるせえぞ!、ガキども、邪魔だ!死ねえ!」

 アルビオン歩兵が剣をシエスタたちに振りかざした。

「きゃあ!! 助けて!!チンプイさん!」

シエスタは兄弟たちを庇うようにギュッと抱きしめ、目をつぶった。

その時!

ガキィィイイン!!

という音がしたかと思うと、シエスタにその剣が振り下ろされることはなかった。

 シエスタが恐る恐る目を開けると、そこにはシエスタたちを守るようにチンプイが立っていた。

 間一髪のところで、チンプイが駆けつけ、デルフリンガーでその剣を受け止め、そのまま歩兵の体を弾き飛ばしたのだった。

「大丈夫?」

 チンプイが声をかけると、シエスタは大粒の涙を黒い瞳に浮かべた。

「チンプイさん!」

「お姉ちゃん・・、このおしゃべりするネズミさん、だあれ?」

 シエスタの後ろに隠れた、幼い妹が恐る恐る、シエスタに尋ねた。

「大丈夫よ、カルミン。このネズミさんが、前に話したチンプイさんよ」

「そうなの?」

 カルミンと呼ばれたシエスタの妹が、今度はチンプイの方を向いて尋ねる。

「うん、そうだよ。ぼく、チンプイ。君たち、お名前は?」

「カルミンよ。シエスタお姉ちゃんの妹なの」

「ぼく、カルロス。シエスタお姉ちゃんの弟だよ」

「カルミンちゃんと、カルロス君か・・。よし!大丈夫だから、あそこにいる桃髪のお姉ちゃんの後に付いて逃げて」

 チンプイがそう言って指を指した先には、タルブの村の住民を東の森へと誘導するルイズの姿があった。

「「分かった。ありがとう、チンプイさん」」

 シエスタの妹カルミンと、その横にいた弟のカルロスは、お礼を言った。

「どういたしまして」

 チンプイはにっこりと微笑んだ。

「・・チンプイさんは、どうするんですか?」

 シエスタが心配そうに尋ねると、チンプイは真剣な表情になって答えた。

「あいつらを止める」

「危険です!一緒に逃げましょう!」

「あいつらがタルブの村の人たちを追ってくるかもしれない。誰かが止めなくちゃ・・」

「でも!」

「大丈夫だよ。心配しないで、シエスタちゃん。

この戦いが終わったら、また『ラーミエン』を作ってよ」

 心配するシエスタの頭を、チンプイが優しく撫でた。

「絶対に・・、無事に帰ってきてくださいますか」

「もちろん」

「分かりました。どうかご無事で」

 シエスタはそう言うと、カルミンとカルロスを連れてルイズの方へと駆けていった。

 

「おい、ネズミ野郎! よくも俺たちの邪魔をしやがったな」

「せっかく、お楽しみだったのに、畜生め!覚悟しろよ!」

「我々の作戦を邪魔した罪は重いぞ」

 気が付くと、アルビオンの歩兵たちがチンプイを取り囲んでいた。中には、杖とマントを身に付けている者もおり、メイジも混じっているようだ。

 チンプイは、険しい表情になって叫んだ。

「たとえ戦争でも、村人は関係ないじゃないか! 覚悟するのはそっちだ! いくぞ!」

 チンプイは、素早く科法『バリヤー』を身に纏うと、呟くようにして言った。

「科法『ツルツル』、チンプイ」

スッテーン!

 アルビオンの歩兵たちは皆、一斉に転んでしまった。

 科法『ツルツル』。ある一定の範囲だけ摩擦係数をゼロにする科法で、主に悪戯目的で使用されることが多い。というのも、誰もがバランスを崩して転ぶものの、その効果は数秒しか持続しないからだ。しかし、チンプイは、その科法が、『ガンダールヴ』の力のお陰で誰よりも素早く動ける自分にとってかなり有効であることに、気が付いたのだった。

「相棒、右だ!」

 デルフリンガーは、立ち上がろうとして隙だらけの敵を目ざとく見つけて、チンプイに指示を飛ばす。

「分かった」

 チンプイは、疾風のごとく素早く動き、歩兵の腕を打ち据えた。剣の勢いを利用して、次々に歩兵たちの武器を持つ腕を狙って打ち据えていく。

「相棒、どうして・・」

「武器が無ければ、あの人たち、何も出来ないでしょ?」

 チンプイは笑って言った。

「相棒は優しいねえ。でも、数が多いぜ。どうするよ、相棒」

「こうするんだよ。科法『早回し』、チンプイ!」

 ビデオテープの早送りのように動作を速くする科法を、チンプイは自分にかけた。

「すげぇ!科法ってやつは、何でもありだな・・。よっしゃ!これならいけるぜ!俺の指示に付いて来いよ、相棒!」

「任せて!」

 チンプイは、科法『ツルツル』を何度もかけながら、アルビオンの歩兵たちをデルフリンガーで打ち据えていった。

「な、何が起こっているのだ・・」

 歩兵の一人が呟いた。風のようなものが過ぎ去ったかと思うと、次々に仲間たちが腕を押さえて倒れていく。

歩兵たちの中に混じっているメイジたちも、科法『ツルツル』で詠唱に集中させてもらえず、次々にチンプイに倒されていった。

 デルフリンガーが叫ぶ。

「相棒!今だ!」

「うん! 科法『選択性ミニ・ブラックホール』、チンプイ!」

 突然、アルビオン軍の頭上に、ミニ・ブラックホールが発生し、歩兵たちの杖や武器が全て吸い込まれた。

 チンプイに打ち据えられ、負傷した歩兵たちは、武器も取り上げられてなす術がなくなり、散り散りに逃げていった。

「ふう~!いや~、暴れた、暴れた!俺たちの方は、片付いたな、相棒!」

 デルフリンガーが満足げに言った。

「うん。・・あとは、エリちゃんだね・・」

 チンプイは心配そうに、上空を見上げながら言った。

 

ウォオオオオオ!!!

 アルビオンの歩兵たちを圧倒したチンプイを目にした、タルブの村の人たちは歓喜の声を上げた。

「あのネズミ殿は、タルブの村を救った英雄だ」

「いやいや、あのお方は、神様のお使いじゃ。ありがたや、ありがたや」

 村人たちが各々、感謝の意を表していると、カルミンがふくれっ面で訂正した。

「ネズミ殿じゃないよ!チンプイさんだよ! チンプイさんは、神様のお使いじゃなくて、お姉ちゃんのお友達なの!」

 カルミンの言葉に、村人たちは驚き、

「シエスタ、本当かい?」

「どういうお方なんだい?」

といった具合に、口々にその真偽をシエスタに尋ねてきた。

「ええ、本当ですよ。チンプイさんは、今わたし達を安全な東の森に誘導して下さっている、ミス・ヴァリエールの使い魔で、ロバ・アル・カリイエの大国『マール星』からはるばるこのトリステインまでやってきた大使なんです」

 シエスタは、少し誇らしげに答えた。

 少し前に、意識を取り戻したシエスタの母は、シエスタがチンプイを安堵した表情で温かい目で見つめていることに、気が付いた。

 

「全く・・、早くしてよね!」

 ルイズは、タルブの村の人たちをアルビオン軍の侵攻方向から外れた東の森へと誘導していたが、チンプイの話で盛り上がり、村人たちの避難がなかなか進まないことに、ルイズは少しイライラしていた。

 そんなルイズに、申し訳なさそうに、タルブ村の村長が話しかけてきた。

「申し訳ございません、ヴァリエール公爵夫人。チンプイ殿の活躍で、村人たちは興奮しているようですじゃ」

「村を焼いているあの炎が、たまたまアルビオン軍の竜騎士隊や戦艦からの目隠しになっているだけで、危ないことには変わりないわ」

「ごもっともです。あとは、わたしが村人たちを東の森に誘導しますので、ヴァリエール公爵夫人は少しお休みください」

「そうはいかないわ。わたしは、姉さまやチンプイに村人たちの誘導を任されているのよ」

「だからこそです。わたし達平民は、戦争では無力ですじゃ。ヴァリエール公爵夫人は、もしもの時のために体力を温存しておいて下さい。なるべく早く避難を完了させますので」

 ルイズは、魔法が満足に使える訳ではないので、胸が痛くなったが、村長に悪気はない。ルイズは、そんなもやもやした気持ちをぐっと飲み込んで、言った。

「分かったわ。なるべく早くしてよね。そこの木陰にいるから、避難が終わったら、教えなさいよ」

「承知いたしました」

 村長はそう言ってルイズにお辞儀すると、村人たちのもとへと走っていった。

 

ルイズは、木陰に腰を下ろすと、『始祖の祈祷書』を開いた。

ここに来る前・・。

「おい、貴族の娘っ子。 俺は、全部思い出したぜ。村人たちの避難にめどが立ったら、『水』のルビーを指に嵌めて『始祖の祈祷書』を開きな。必要な時に、必要な呪文が浮かんでくるはずだ」

と、デルフリンガーに言われたのだ。

 何が何だかさっぱり分からなかったが・・、チンプイ曰く、デルフリンガーは、六千年前、前の『ガンダールヴ』に握られていた伝説の剣らしい。信じてみる価値はあるだろう。

 そう思ったルイズが、ページを開いた瞬間、『水』のルビーと『始祖の祈祷書』が光り出した。

 

 時は少し戻って、チンプイがアルビオンの歩兵部隊と対峙している頃。

「本当に、平民が使う”ほうき”で空を飛んでいるのか・・ふざけた奴だ。しかも一騎だと? なめられたものだな。おい、あのほうきに乗ったふざけた奴が誰だか分かる者はいるか?」

 アルビオン竜騎士隊の隊長が部下に問う。

「ラ・ヴァリエール公爵家ゆかりの者と思われます」

 部下の一人が答えた。

「なるほど・・。ふむ、まだ若いな」

「いかがいたしますか?隊長」

「なに問題ない。どうやって飛んでいるのか分からんが・・、所詮は小娘だ。

それに、ラ・ヴァリエール公爵家は代々”土”魔法の家系・・。つまり、この空の上では、我々が圧倒的優位というわけだ」

「なるほど。我々”風”魔法の使い手が後れを取ることはないと」

「そういうことだ。ただし!油断はするなよ!認めたくはないが・・、見たところ、機動力は奴の方がわずかに上だ」

 そう。速いのだ。”ほうき”などというおおよそ魔法とは無縁なものに跨っているにもかかわらず、アルビオンの火竜に匹敵するスピードだ。

「では、どうすれば・・」

「なあに、数では圧倒的に我々が有利だ。それに、追いつけないほどではない。奴を追うぞ!

連携して奴の動きを止め、確実に仕留めるぞ!皆、わたしについてこい!」

「「「はっ!」」」

 こうしてアルビオン竜騎士隊は、エレオノールの後を追った。

 

「ふふっ。上手くいったわね」

 エレオノールは、にやりと笑って言った。

 エレオノールは、竜騎士隊が付いて来れるか来れないかのスピードで、距離を取りながら、ルイズたちと逆の方向にアルビオン竜騎士隊を誘導することに成功したのだった。

竜騎士が跨る火竜の速度は、おおよそ時速百五十キロ。エレオノールの『空飛ぶほうき』が出せる最高速度の三分の一だ。いざとなれば、本気で逃げれば問題ない。

 そう、考えていたエレオノールだったが・・、考えが甘かった。

 エレオノールは、戦場での実戦経験が、まだまだ足りなかったのだ。

 

 先回りをしていた竜騎士が、エレオノールに”エア・ハンマー”を放ってきた。

 エレオノールは、慌てて体をひねって、旋回する。

 しかし、後ろと上空にも、竜騎士たちが待ち構えており、一斉に”エア・ハンマー”を放ってきた。

 ”エア・ハンマー”は、不可視の風の槌であるため、その軌道が読めない。

 同時に攻撃され、エレオノールの動きが一瞬止まった。

 その隙に、竜騎士隊は、エレオノールを八方から取り囲む。

 アルビオン竜騎士隊隊長が、部下たちに指示を飛ばした。

「今だ!一番隊、火竜のブレスを浴びせろ!」

 驚いたエレオノールは、急降下を開始する。

 しかし・・。

「続けて、二番隊!”ストーム”だ!」

 エレオノールは、竜巻の渦に取り囲まれた。これでは、最高速度を出しても意味がない。一か八か上空へとエレオノールは逃げようとしたが、連携の取れたアルビオン竜騎士隊の攻撃は止まらない。

「続けて、三番隊!”ウィンディ・アイシクル(氷の矢)” 発射!」

 上空から何十にも及ぶ氷の矢が降り注ぐ。

「くっ!」

 エレオノールは、再び急降下を開始した。すると、氷の矢は、途中で溶けてなくなった。

溶けてなくなった?どういうことだろう、とエレオノールが考えていると・・、急に風が熱くなったことに気が付いた。

 エレオノールが、はっとして竜騎士隊の方を見ると、”ストーム”に向かって”ウィンディ・アイシクル”と火竜のブレスを放っているアルビオンの竜騎士たちの姿が見えた。

 風魔法により作り出された竜巻は、火竜のブレスと”ウィンディ・アイシクル” を巻き込んで一気に大きくなり、熱を帯びた嵐となる。

「気付いたか。だが、もう遅い! くらえ、小娘! ”ファイヤー・ウインズ・ストーム(熱風の嵐)”!」

「えっ。きゃぁあああああ!!!」

 熱風が吹き荒れ、エレオノールを完全に飲み込んだ。

 ”ファイヤー・ウインズ・ストーム(熱風の嵐)”。アルビオン竜騎士隊が得意とする合体魔法である。火竜の炎のブレスに、アルビオン竜騎士隊の風魔法を合わせることで、荒れ狂う熱風の嵐を生み出す。

 速度で勝る風竜ではなく火竜をアルビオン竜騎士隊が好む理由はここにあった。

 

「しかし、あの”ほうき”は惜しかったな」

 一人の竜騎士がぽつりと言った。

「そうそう。それと、あの女、顔はよかったから、生け捕りにして、俺の妾にしたかったな~」

 もう一人の竜騎士が軽口を叩く。

「そうかあ?お前、趣味悪いぞ。あの女の胸を見たか?」

 顎ヒゲを生やした竜騎士が、尋ねる。

「いいや」

 軽口を叩いた竜騎士が首を振ると、顎ヒゲの竜騎士は真顔で言った。

「まっ平だったぞ」 

「「「ぷっ!」」」

 その場にいた全員が、吹き出した。

「くっく・・。確かに、顔はいいが、妾には向かんな。・・皆、無駄口はそれ位にして、嵐の上空に移動するぞ」

 隊長は、笑いを堪えながらも、皆を上空に移動するよう促した。

 稀に運良く嵐の中心の風のない所に逃れる者がいる。そんな時のために、アルビオン竜騎士隊は陣形を組んで、真上から風魔法で狙い撃つことになっていた。こうすれば、敵が嵐から放り出されても真下に落下するため、敵を見失うことはない。

 

「悪かったわね!まっ平で! どの道、ロップル以外の男はお断りよ!

・・それにしても、危なかったわ。『空飛ぶほうき』の反重力場が無かったらと思うと、ぞっとするわね」

 アルビオン竜騎士隊の会話が聞こえてきてぷりぷりと怒るエレオノールだったが、先程の九死に一生を得た状況を思い出し、体を震わせた。

 エレオノールは、咄嗟に”エア・ハンマー”を嵐に向かって放ち、熱風の渦の中心へと逃れたのだった。それも、『空飛ぶほうき』の反重力場のおかげで、熱風の渦に飲み込まれなかったお陰だ。

 エレオノールは、ギュッと『雪の花』のネックレスを握って、ひとり呟いた。

「ロップル、見てて。わたし、絶対に生きて帰ってみせるわ」

 エレオノールは、意を決して顔を上げると、呪文を唱え始めた。

「ラグーズ・アース・デル・ウィンデ・・。”デザート・ストーム”!」

 エレオノールが呪文を唱え終えると、突然、土砂の混ざった竜巻が、熱風の嵐の中に発生した。

 ”デザート・ストーム”。土と風の合成魔法である。風2つと土1つによる、土砂の混ざった竜巻を発生させるトライアングルスペルだ。

 強力な魔法ではあるが、アルビオン竜騎士隊が連携して作り出した熱風の嵐に比べると、遥かに小さい。

「ふん!この程度の風で我々を止められると思ったか!」

 アルビオン竜騎士隊はその小さな土砂の竜巻をいとも簡単に避けた。

 しかし・・。

「隊長!女がいません!」

 アルビオン竜騎士隊の一人が、熱風の嵐の中にエレオノールがいないことに気が付いた。

「なに!すると、あれは脱出するための目くらましか!おのれ、絶対に逃がさんぞ!

これよりあの土砂の竜巻の中に突入する。皆、わたしに続け!」

「しかし、隊長・・」

 アルビオン竜騎士隊の一人が不安そうな声を上げる。

「なに、心配するな。苦し紛れに小娘が作ったあの程度の竜巻の風など、我々の竜は意に介さないだろう・・。大丈夫だ。わたしが保証する。いいから、わたしに続け!」

「「「はっ!」」」

 こうして、アルビオン竜騎士隊は、隊長を先頭に、エレオノールが作り出した土砂の竜巻の中へと突入した。

 すると、アルビオンの竜は、確かにエレオノールの作り出した竜巻の風の中に突っ込んでもビクともしなかった。

 しかし・・。

 グェエエエ!

 ギャー!

 シャー!

 アルビオンの竜は、土砂の竜巻の風をものともせず踏ん張れたが、砂が目に入り、前が見えず混乱して暴れ出した。

「おい!落ち着け!くっ・・!目に砂が!・・むっ、見つけたぞ。撃て!」

 隊長は、竜の目の砂を払いながら竜をなだめ、エレオノールを見つけると自分の目に入ってくる砂に耐えながら、部下に指示を出した。

 部下たちも同様に、竜の目の砂を払いながら竜をなだめ、土砂の竜巻の上の方を飛ぶエレオノールをめがけて、魔法を放った。

 しかし、竜が暴れるので狙いが上手く定まらず、エレオノールにあっさりと避けられる。

 エレオノールは、竜騎士たちの魔法を回避しながら、真っ先に土砂の竜巻の外へと脱出すると、新たな呪文の詠唱を完成させた。

「ラグーズ・アース・イス・イーサ・デル・ウィンデ・・。”デザート・カッター”!」

 ”デザート・カッター”。風がぶつかる摩擦によって生じたわずかな静電気で土砂に含まれる砂鉄を振動させ、鋭い砂鉄の刃を作り出す、土2つと風1つによる、エレオノールのオリジナル魔法だ。

 すると、土砂の竜巻は急に大きくなり、風の勢いも激しくなった。

 エレオノールは、”デザート・ストーム”に、”デザート・カッター”でさらに風の力を上乗せし、それに砂鉄の刃を加わえることで、母の”カッター・トルネード”に勝るとも劣らない威力を発揮したのだった。

 ザッ!ザザザザ!! ザシュ!!ザシュ!!ザシュ!!ザシュ!!

 砂鉄の刃が、竜の翼と竜騎士隊を次々に切り裂いていく。

 火竜は翼をもぎ取られ、次々に落ちていった。

「うっ!痛え!痛えよぉおお!!」

「ひぃいいい!おい、しっかり飛べ!飛んでくれぇええ!!」

「ああっ!杖が折れた! 隊長ぉおおお!!」

 竜騎士隊の面々も、”レビテーション”を使う間もなく、次々に落下していった。

「くっ!アルビオンの竜騎士隊がこんな”土”魔法風情の小娘に、空中戦で後れを取るとは・・。無念!」

 そう、悔しそうにぼやいたアルビオン竜騎士隊隊長は、落下していく途中で、独り言のような声を確かに聞いた。

「わたしの得意分野は確かに”土”魔法だけど・・、仮にも『烈風』の娘であるわたしが、空中戦で負けるわけにはいかないわ」

 それを聞いた竜騎士隊隊長は、ふっと笑い、

「『烈風』の娘か・・。そりゃあ、我々、アルビオン竜騎士隊にすら、負けることは許されんのだろうな」

と、落下していく中で、竜騎士隊隊長は心の中でひとりごちた。

 やがて、荒れ狂う熱風の嵐と土砂の竜巻が収まった。空中に浮かぶアルビオンの竜騎士は誰も居なくなり、エレオノールだけが残った。

 

「全滅・・、だと? わずか十二分の戦闘で歩兵も竜騎兵も全滅だと?」

 艦砲射撃実施のため、タルブの草原の上空三千メイルに遊弋していた『レキシントン』号の後甲板で、トリステイン侵攻軍司令長官、サー・ジョンストンは伝令からの報告を聞いて顔色を変えた。

「敵は何騎なんだ? 百騎か? トリステインにはそんなに竜騎兵が残っていたのか?」

「サー。そ、それが・・、報告では空と地上、それぞれ一騎ずつ・・合わせて二騎であります」

「二騎だと・・? ふざけるな!二十騎もの竜騎兵と、数百に及ぶ歩兵が、それぞれたった一騎に全滅だと!?」

 伝令が、司令長官の剣幕に怯えてあとじさる。

「ほ、報告では、空の方は、”ほうき”で空を自在に飛び回るメイジが、烈風の如く激しい風魔法を放ち、我が方の竜騎士隊を一気に討ち取ったとか・・」

「れ、烈風だと・・。ま、まさか・・あの『烈風』か!?」

 ”烈風”という言葉を聞いたジョンストンの顔が一気に青ざめた。”ほうき”がどうのとか言っていたが、そんなことはどうでもいい。

 『烈風』といえば、すぐに思い当たるのは、トリステイン始まって以来の風の使い手、”烈風”カリンである。最近噂を聞かないので、とっくの昔に引退して隠居していると思っていたが・・、未だにその力が健在だとすれば、十分にあり得る話だ。あるいは、『烈風』の弟子か子供なのかもしれない。

「その可能性が高いかと・・。竜騎士隊隊長が、死に際に『烈風・・』と言っていたそうです」

「なんということだ・・。まさか、『烈風』とは・・。して、地上の方は?」

「はっ。そ、それが・・、地上の方は、小さくて巨大なネズミの韻獣が、疾風の如き速さで動き回り、剣一本で我が歩兵を全員打ち据え、武器を一瞬で全て奪い去ったとか・・」

「なに!韻獣!? 小さくて巨大だと!? 冗談も休み休み言えッ! せめて、大きいのか小さいのか正確に報告しないか!」

 ジョンストンは伝令に掴みかかろうとした。

「し、しかし・・、逃げてきた歩兵たちの証言がバラバラで、詳細は分かりかねます」

「歩兵たちの中にはメイジも多くいたというのに・・、ネズミごときに臆しおって!」

 すっと手を出して、ボーウッドが咎める。

「兵の前でそのように取り乱しては、士気にかかわりますぞ。司令長官殿」

 激昂したジョンストンは、矛先をボーウッドに変えた。

「何を申すか! 竜騎士隊と歩兵部隊が全滅したのは、艦長、貴様のせいだぞ! 貴様が事前によく調べなかったから、『烈風』だの『ネズミの韻獣』だのが湧いて出たのだ! このことはクロムウェル閣下に報告する! 報告するぞ!」

 ボーウッドは、喚きながら掴みかかってくるジョンストンの腹に当て身を食らわせた。白目をむいて、ジョンストンが倒れる。気絶したジョンストンを運ぶように、従兵に命じた。

 初めから眠ってもらえばよかったな、と思う。砲撃と爆発以外の雑音は、神経を逆なでする。一瞬の判断が明暗を分ける、戦闘行動中は特にそうだ。

 心配そうに自分を見つめる伝令に向かって、ボーウッドは落ち着き払った声で言った。

「竜騎士隊と歩兵部隊が全滅したとて、本艦『レキシントン』号を筆頭に、艦隊は未だ無傷だ。

それに、いかに『烈風』といえど、この巨大な艦を個の魔法のみで沈めるのは不可能だ。

『ネズミの韻獣』とて、地上から遠く離れたここまでは来れないだろう。

諸君らは安心して、勤務に励むがよい」

 一騎で二十騎を討ち果たしのけたか。ふむ、さすが『烈風』だな、とボーウッドは呟いた。

歩兵部隊を全滅させた『ネズミの韻獣』も気になるが・・、どちらも所詮は、”個人”に過ぎない。いかほどの力を持っていようと、個人には、変えられる流れと、変えられぬ流れがある。

 この艦は後者に当てはまる、とボーウッドは呟いた。

 

 一方、ルイズは、『始祖の祈祷書』に光の文字を見つけた。古代のルーン文字だが、座学は極めて優秀なルイズには、容易にその古代語を読むことが出来た。

 ルイズは光の中の文字を追った。すると、頭の中が、すぅっと冷静に、冷ややかに冷めていく。今眺めた呪文のルーンが、まるで何度も交わした挨拶のように、滑らかに口をついた。

 昔聞いた子守唄のように、その呪文の調べを、ルイズは妙に懐かしく感じた。

 思えば、自分が呪文を唱えると爆発する理由は、誰も言えなかった。ただ『失敗』と笑うだけだった。

 ルイズは『虚無』の担い手かも、というエレオノールの言葉が甦る。

 やってみよう。

 ルイズは腰を上げた。

 『始祖の祈祷書』に書かれたルーン文字を詠み始めた。神経は研ぎ澄まされ、辺りの雑音は一切耳に入らない。

「エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ・オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド・ベオーズス・ユル・スヴュエル・カノ・オシェラ・ジェラ・イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル・・。”エクスプロージョン(爆発)”」

 長い詠唱の後、呪文が完成した。

 その瞬間、ルイズは己の呪文の威力を、理解した。

 巻き込む。全ての人を。

 自分の視界に映る、全ての人を、己の呪文は巻き込む。

 選択肢は二つ。殺すか。殺さぬか。

 破壊すべきは何か。

 上空に見えるのは、巨艦『レキシントン』号。

 ルイズは己の衝動に準じ、宙の一点目掛けて、杖を振り下ろした。

 

 アンリエッタは、信じられない光景を目の当たりにした。

 こちらに向かって進軍していたはずの数百ものアルビオンの歩兵部隊は、南の森の前で何かと小競り合いをしていたかと思ったら、次々に倒れていき、散り散りに逃げていった。

 天下無双と謳われたアルビオンの竜騎士隊は、一羽の鳥を追いかけ回していたかと思ったら、急に嵐が吹き荒れ、全滅した。

 終いには、空を遊弋する巨艦『レキシントン』号を有するアルビオン艦隊の上空に小型の太陽のような光の球が現れたかと思ったら、その球が膨れ上がり、全ての艦隊が地響きを立てて地面に滑り落ちたのだった。

 アンリエッタは、次から次に起こったあり得ない光景に、しばし呆然とした。

 辺りは、恐ろしいほどの静寂に包まれていた。誰も彼も、己の目にしたものが信じられなかったのだ。

 一番初めに我に返ったのは、枢機卿のマザリーニであった。彼は、戦艦や竜騎士隊が遊弋していた空に、一羽の鳥を見つけた。『空飛ぶほうき』に跨ったエレオノールであった。

 マザリーニは大声で叫んだ。

「諸君! 見よ! 敵の艦隊は滅んだ! 伝説のフェニックスによって!」

「フェニックス? 不死鳥だって?」

 動揺が走る。

「さよう! あの空飛ぶ鳥を見よ! あれはトリステインが危機に陥った時に現れるという、伝説の不死鳥、フェニックスですぞ! 各々方! 始祖の祝福、我らにあり!」

 すると、あちこちから歓声が沸き起こった。

「うおおおおおおぉーッ! トリステイン万歳! フェニックス万歳!」

 アンリエッタは、マザリーニにそっと尋ねた。

「枢機卿、フェニックスとは・・、真ですか? 伝説のフェニックスなど、わたくしは聞いたことがありませんが」

 マザリーニは、悪戯っぽく笑って言った。

「真っ赤な噓ですよ。しかし、今は誰もが判断力を失っておる。目の当たりにした光景が信じられんのです。この私とて同じです。しかし、現に敵艦隊は墜落し、敵歩兵部隊は逃げ、敵竜騎士隊は全滅・・。そして、あのように見慣れぬ鳥が舞っているではござらぬか。 ならば、それを利用せぬという手はない」

「はぁ・・」

「なあに、今は私の言葉が嘘か真かなど、誰も気にしませんわい。気にしておるのは、生きるか死ぬか、ですぞ。 つまり、勝ち負けですな」

 マザリーニは王女の目を覗き込んだ。

「使えるものは、なんでも使う。政治と戦の基本ですぞ。覚えておきなさい、殿下。今日からあなたはこのトリステインの王なのだから」

 アンリエッタは頷いた。枢機卿の言う通りだ。考えるのは・・、後でいい。

「敵は我々以上に動揺し、浮足立っておるに違いありません。なにせ、歩兵部隊や竜騎士隊だけでなく、頼みの艦隊まで消えてしまったのだから。今をおいて好機はありませぬ」

「はい」

「殿下。では、勝ちに行きますか」

 マザリーニが言った。アンリエッタは再び強く頷くと、水晶光る杖を掲げた。

「全軍突撃ッ! 王軍ッ! 我に続けッ!」

ワァアアアアアア!!

 

「ルイズ・・、ついに魔法を使えたのね・・。それも、大手柄よ!すごいわ・・」

 エレオノールは、ルイズがいるであろう東の森の方を目を細めて見ながら、感極まって涙を流した。

 突然アルビオン艦隊の上空に現れた光の球は、ルイズがやったのだろうと、エレオノールは直感したのだ。

 眼下では、タルブの草原から逃げようとするアルビオン軍に、トリステイン軍が突撃を敢行したところだった。トリステイン軍の勢いは、素人目にも明らかであった。

 武器を取り上げられた逃げ腰の歩兵部隊と、空から引きずり降ろされた水兵、そして強力な竜騎士隊の不在・・。未だに数で勝る敵軍だったが、敵軍にもはや勝ち目はなかった。

 

 夕方・・。

 シエスタたちは弟たちを連れて、森から出た。トリステイン軍が、敗走するアルビオン軍の兵たちをたくさん捉えたらしい。

 シエスタは、ようやく感謝の言葉を次々に述べる村人たちから解放されたチンプイのもとへと駆け寄った。

 シエスタは、自分の村を守ってくれたチンプイが愛しくて、チンプイの頭を抱きしめた。

 チンプイは、むぎゅ、と唸った。

「あっ!ごめんなさい。チンプイさん」

「ううん。大丈夫だよ。それより、シエスタちゃん。いっぱい動いたから、ぼく、お腹が空いたな」

「はい!じゃあ、腕によりをかけて、とびっきりの『ラーミエン』と『ヨシェナヴェ』を作るので、待っててくださいね」

 ルイズは、ずっこけた。というのも、『ラーミエン』は、チンプイがシエスタに付けた愛称だとばかり思ってたからだ。

 シエスタに後で話を聞いたところ、『ラーミエン』とは、マール星の『スパロニ』に似た食べ物で、チンプイの大好物らしい。

 やはり、チンプイはまだ子供だから、色気より食い気かと、ルイズが考えていると、『ラーミエン』に舌鼓を打っていたチンプイが言った。

「やっぱり、シエスタちゃんの作る『ラーミエン』は最高だね」

 チンプイのその言葉で、ルイズは思い直し、心の中でひとりごちる。

「いいえ、たかが食べ物で、命を懸けるわけがないわ・・。そうよ。『スパロニ』が食べたかったら、ワンダユウに持ってきてもらえばいいんだもの。本当は、シエスタのことが心配だったからなんじゃないかしら?

それにしても・・、もっとわたしを労ってくれてもいいんじゃない? ま、あの子が生きててよかったけど」

 そう考えていると、シエスタの母がおずおずと話しかけてきた。

「あの・・、ミス・ヴァリエール。わたしは、シエスタの母で、カルメルと申します。あの・・いきなりで申し訳ないのですが・・、チンプイ殿の嫁に、シエスタを貰っていただけないでしょうか?」

「ふぇっ!?」 

 遠慮がちに話しかけてきた割には、とんでもないことを言う平民だと思ったルイズは、驚いて思わず声を上げた。

が、貴族としてそれ相応の態度で接しなければと、ルイズは、気を取り直して尋ねた。

「んっ!ん!! ほんと、いきなりね。・・一応確認するわ。チンプイは人じゃないわよ?分かってる?」

「はい。百も承知です。家族や村の皆の中には反対する者もいるでしょうが・・、チンプイ殿を見るシエスタの目を見て気が付いたのです。ああ、この子は、チンプイ殿のことが異性として好きなんだなと・・。娘の恋を応援したいのです。・・それに、チンプイ殿もシエスタのことが心配で、助けに来てくれたようですし・・」

「そうね。でも、チンプイは、恋愛のことはよく分かってないと思うわよ?それに、他の家族や村の皆に認めてもらうのは難しいんじゃないかしら?」

 ルイズは、チンプイの”好き”は、まだ恋愛感情のそれではないと思った。そもそも、シエスタを助けに来たのは、『ラーミエン』のためなのだ。もちろん、シエスタのことも心配だっただろうが、恋愛感情には程遠いだろう。

おまけに、チンプイはヒト型宇宙人ではない。反対する者も多いはずだ。

「はい。そこは、シエスタにチンプイ殿を振り向かせるよう頑張ってもらおうと思います。それと・・、家族や村の皆に認めてもらうのは、そう難しくないと思っております」

「どうして?」

「はい。わたしの祖父の故郷の昔話に『赤鬼の嫁取り』というお話があるんですけど・・、今のチンプイ殿とシエスタの状況に似ているんです」

「へぇ・・。聞いたことないタイトルね。どんな話なの?」

「はい。僭越ながら、語りをさせて頂きます」

「うん。お願いね」

「では・・。

昔むかし、山奥に心の優しい赤鬼がおって、村の娘、おゆきに恋していたそうじゃ。けれど、赤鬼は恐ろしい顔のため村人に嫌われておった・・。話を聞いた、友達の、角の生えた鬼は、村で暴れ出したそうじゃ。その鬼がおゆきに剣で切りかかろうとしたんで、赤鬼は木の棒で応戦しておゆきを助けたそうな。村人に応援されて、角の生えた鬼を赤鬼が殴りつけていると、角の生えた鬼がこそっと言ったそうじゃ。『へっ・・、弱虫もやればできるじゃねえか。おゆきと幸せに暮らせよ』こうして、角の生えた鬼は逃げ、村人に感謝された赤鬼は、おゆきを嫁にもらい、いつまでも幸せに暮らしましたとさ・・。

おしまいです」

「・・ずいぶん、独特な語りね・・。それで、その昔話がチンプイやシエスタとどう関係があるのよ?」

「はい。チンプイ殿は、今回、村を救って下さった英雄さまです。おゆきがシエスタだとすると、赤鬼がチンプイ殿で、アルビオン軍が角の生えた鬼で・・」

「なるほどね。でも、昔話のように上手くいくかしら?チンプイに恋愛感情があるか怪しいし・・。二人をくっつける作戦とかあるの?カルメル」

「はい。………………、というのはいかがでしょう?」

 シエスタの母の提案に、ルイズは顔をほころばせながら言った。

「それは、いい考えね。わたしも付いて行くわ」

「でも、貴族の方が行くような場所では・・」

 困惑してシエスタの母が言うと、ルイズは笑って答えた。

「大丈夫よ。そんなに気になるなら、わたしが貴族ってことは伏せるから安心しなさい」

「分かりました。では、娘を・・シエスタを、これからもよろしくお願いします。ミス・ヴァリエール」

「ええ、分かったわ。こちらこそ、よろしくね。カルメル」

 こうして、シエスタとチンプイの知らない所で、ある計画が進められていたのだが、それはもう少し先の話である。

 ちなみにタルブの村の村人たちは、アンリエッタの計らいでタルブの村の復旧を支援してもらえることになり、復旧するまでは当面焼けずに残った、この戦いで戦死したタルブの村の領主、アストン伯爵の屋敷を解放し、屋敷に入りきらなかった村人たちは、屋敷の周辺に仮設住宅としてテントを設置することになった。

 

 その日の夜、ルイズたちは、エレオノールの『空飛ぶほうき』で魔法学院に戻っていた。

 ルイズは、寝息を立てて眠るチンプイの頭を撫でながら、考え事をしていた。

 あの時の呪文・・、虚無の系統、『エクスプロージョン』。実感はない。ゼロ(虚無)だけに、唱えた実感がないのかもしれない。自分は本当に『虚無の使い手』なのだろうか?何かの間違いではないか?

 でも、チンプイが伝説の使い魔『ガンダールヴ』の力を与えられたということも、これで頷ける。伝説がたくさんね、とルイズは呟いた。

 思えば、チンプイとワンダユウがやって来てから、驚きの連続だった。王室典範で婚約前に顔を見せられないという宇宙人の王子さま、ルルロフからの突然のプロポーズ。王国始まって以来の風の使い手である母、”烈風”カリンを、あっさりと負かしてしまったワンダユウ。チンプイとギーシュの決闘・・。

 色々あり過ぎね、とルイズは笑った。おまけに、あんなに拒んでいたルルロフのことが、今では大好きなのだ。

 とにかくこれから忙しくなるだろう。いずれはマール星の王妃になることがあまりにも実感がなくって・・、自分が伝説の担い手だということが信じられなくって・・、ルイズはぼんやりと考えてため息をついた。これが夢だったら、どれだけ楽か分からない。いや、ルルロフやチンプイが幻であっては困る。

 その辺は、あの能天気な使い魔を見習おう。チンプイは、伝説の使い魔でマール星の大使のくせに、まったく気負ったところがない。そのぐらいでいいのかもしれない。とにかく自分には荷が重すぎるのだ『伝説』なんてものは。

 そういえば、ルルロフと科法『遠隔通信』で話をしたのは、昨日のことだったが・・、もうずいぶん前のことのような気がする。早くルルロフに会いたい、とルイズは思った。

 しかし、横ではチンプイが幸せそうな顔で寝ている。とても連絡を頼めそうもない。

 なによ、バカ。勝手なことばかりして。わたしに心配かけて。そんなにあの子がいいわけ?、とルイズは心の中でひとり呟きながらも、チンプイとシエスタの恋が上手くいって欲しいと思っていた。

 早くルルロフの顔が見たい・・が、今日の所は我慢しよう。

 そもそも、チンプイがいたら、チンプイとシエスタの恋の相談なんてできない。

 そのうち、紙ふぶきと紙テープで祝いにワンダユウもやってくるだろう。困ったら、ルルロフとワンダユウに相談してみよう。

 ルルロフに甘えるのは・・、しょうがないから明日にしよう。その代わり、近いうちに直接会っていっぱい甘えてやるんだから、とルイズは心に決めて、眠りについた。

 




原作3巻分終わりました。少し長くなってしまいました。すいません。

ゼロの使い魔は魔法ファンタジーものなのに、『空飛ぶほうき』が出てこなかったので、原作の『竜の羽衣』の代用品として書かせて頂きました。(※『空飛ぶほうき』を手に入れた経緯の詳細は、『外伝 魔女っ子エリちゃん』参照))

※シエスタの妹と弟は、原作で名前がなかったので、『ザ・ドラえもんズ』に登場する”シエスタ(お昼寝)”をすることが大好きなスペインのドラ、『エル・マタドーラ』が働いている肉料理店”カルミン”の店長の息子と娘の名前をお借りしました。

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