ルイズさまは、お妃さま!?   作:双月の意思

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遥か宇宙、マール星レピトルボルグ王家は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールをお妃に迎えるための使者をハルケギニアに送った。
ワンダユウは、大使としてトリステインとマール星を行き来し、
チンプイは、ルイズの使い魔兼お世話役として、トリステインに残った。
ワンダユウ「チンプ~イ!頼んだぞ~!」

トリステイン帰還後のお話です。

※多忙のため、今後は、また亀更新になると思いますので、ご了承下さい。
※蛇足ですが、ドラえもんの誕生日に合わせて更新させて頂きました。
 ちなみに、ルイズとチンプイの誕生日設定はないようです。


アンリエッタ姫の憂鬱

 トリステインの王宮は、ブルドンネ街の突き当たりにあった。王宮の門の前には、当直の魔法衛士隊の隊員達が、幻獣に跨り闊歩している。戦争が近いという噂が、二、三日前から街に流れ始めていたためだ。隣国アルビオンを制圧した結果、貴族派『レコン・キスタ』が、トリステインに進行してくるという噂だった。

 よって、周りを守る衛士隊の空気は、ピリピリしたものになっている。王宮の上空は、幻獣、船を問わず飛行禁止令が出され、門をくぐる人物のチェックも激しかった。

 いつもならなんなく通される仕立て屋や、出入りの菓子屋の主人までもが門の前で呼び止められ、身体検査を受け、ディティクトマジックでメイジが化けていないか、『魅了』の魔法等で何者かに操られていないか、など厳重な検査を受けていた。

 そんな時だったから、王宮の上に一匹の風竜が現れた時、警備の魔法衛士隊の隊員たちは色めきたった。

 魔法衛士隊はマンティコア隊、ヒポグリフ隊、グリフォン隊の三隊からなっている。三隊はローテンションを組んで、王宮の警護を司る。一隊が詰めている日は、他の隊は非番か訓練を行っているのだ。今日の警護はマンティコア隊であった。マンティコアに騎乗したメイジ達は、王宮の上空に現れた風竜めがけて一斉に飛び上がる。風竜の上には複数の人影があった。しかも風竜は、巨大なモグラをくわえ、何かボロ切れのようなものをかかえていた。

 魔法衛士隊の隊員たちは、ここが現在飛行禁止である事を大声で告げたが、警告を無視して風竜は王宮の中庭へと着陸した。

 桃色がかったブロンドの美少女に、ネズミのような生物、燃える赤毛の長身の女、そして金髪の少年、眼鏡をかけた小さな少女、そして黒いマントを羽織った騎士だった。その騎士は、隊長職を意味する羽飾りのついた帽子を被っており、騎士の羽飾りの下の顔は下半分が鉄の仮面に覆われていた。おまけに、ネズミのような生物は、なぜか剣を背負っていた。

 マンティコアに跨った隊員たちは、着陸した風竜を取り囲んだ。腰からレイピアのような形状をした杖を引き抜き、一斉に掲げる。いつでも呪文が詠唱できるような態勢を取ると、ごつい体にいかめしい髭面の隊長が大声で怪しい侵入者達に怒鳴る。

「今現在、王宮の上空は飛行禁止だ。ふれを知らんのか? それと・・、そこのマントと帽子を被った・・貴様だ、貴様! それは選ばれた者しか身に付けることを許されぬのだぞ!怪しいやつめ!答えろ!何者だ!」

「・・貴様とは、ご挨拶ね。わたくしにそのような口をきくとは、ずいぶん偉くなったものね?ド・ゼッサール」

 騎士はそう言って、髭面の隊長を睨み付けた。

「その声は!まさか、カリン殿!?」

「わたくしを忘れるなんて・・ずいぶん偉くなったのね?ド・ゼッサール」

「い、いえ・・、その・・。大変失礼致しました! すぐに取り次ぎます!」

 ド・ゼッサール隊長の豹変ぶりに魔法衛士隊の隊員たちはざわつき出す。

「おい!何をやっている!早くしろ!

ここにおられるお方をどなたと心得る!恐れ多くも先のマンティコア隊隊長”烈風”カリン殿にあらせられるぞ!」

 ド・ゼッサールの言葉で隊員たちに衝撃が走った。何人かはアンリエッタの所へ急いだが、ある者は生きる伝説を前に恐れおののくあまり失禁してしまい、ある者はビックニュースだとばかりに仕事を投げ出してどこかへ行ってしまい、またある者は空の上ということも忘れてジャンピング土下座をして仲間に助けられた。

 そんな現マンティコア隊を見て、カリーヌは顔をしかめて低い声で現隊長の名を呼んだ。

「ド・ゼッサール」

「は、はい!」

「今の魔法衛士隊はたるんでいますよ。まったく・・裏切り者のワルドだけじゃなく、わたくしのマンティコア隊まで・・。ド・ゼッサール!」

「はい!!」

「姫殿下に密命の報告が終わったら、マンティコア隊の隊員を全員連れてすぐにわたくしのところに来なさい!皆まとめて、一から鍛え直して差し上げますわ!」

「ひっ! わ、分かりました!カリン殿! ・・ところで、ワルド子爵が裏切り者とは?」

 かつて峻烈だった先代マンティコア隊隊長を前にして、ド・ゼッサールは涙目になりながら、誤魔化すように気になったことを訊いた。

「密命に関わることなので、詳しいことは言えませんが・・、言葉通りの意味ですわ。ワルドは、あの『レコン・キスタ』の一味だったのよ。 ほら、これよ。これ」

「その汚いボロ切れが何か・・。って、ワルド子爵!?」

 カリーヌが指さした、風竜が抱えているボロ切れに見えたものは、カリーヌの拷問でボロボロになったワルドであった。

「まあ、自業自得よ。

それよりも!今の堕落したマンティコア隊の方が問題ですわ!

ド・ゼッサール!今日は、”激しく”いきます!覚悟なさい!」

「は、はい!承知致しました~!」

 こういうときの先代隊長に下手な言い訳は逆効果と知っているド・ゼッサールは、今日の自分の運命を恨みながら、混乱している隊員たちの収拾に当たった。

 

 しばらくして、宮殿の入り口から鮮やかな紫のマントとローブを羽織った人物がひょっこりと顔を出した。中庭の真ん中で魔法衛士隊に囲まれたルイズの姿を見て、慌てて駆け寄ってきた。後からマザリーニも出てきた。

「ルイズ!」

 駆け寄ってくるアンリエッタの姿を見て、ルイズの顔が薔薇をまき散らしたようにぱあっと輝いた。

「姫さま!」

 二人は、一行と魔法衛士隊が見守る中、ひっしと抱き合った後、興味深そうにそんな自分達を、魔法衛士隊の面々が見つめている事に気づき、アンリエッタは説明した。

「彼らはわたくしの客人ですわ、隊長殿」

「さようですか」

 アンリエッタの言葉で隊長は納得し、持ち場へ去ろうとした。が、そんな隊長をカリーヌは呼び止めた。

「お待ちなさい、ド・ゼッサール。あとで、マンティコア隊の隊員を全員連れて王宮の練兵場に来るのよ。分かりましたね?」

 カリーヌの言葉を聞いて、ド・ゼッサールは顔を青くするが、アンリエッタはそれを聞いて口を挟んだ。

「まあ!やはり、ラ・ヴァリエール公爵夫人が、”烈風”カリン殿だったのね! ワンダユウ殿から話は聞いておりましたが、本当だったなんて・・。

わたくし、子供の頃大変憧れてましてよ。火竜山脈での竜退治!オーク鬼に襲われた都市を救った一件・・。煌びやかな武功!山のような勲功!貴族が貴族らしかった時代の、真の騎士!数々の騎士が、あなたを尊敬して、競って真似をしたと聞いております!」

「お恥ずかしい限りです」

「何をおっしゃるの!そんなことありませんわ! 

ところで、カリン殿、先ほどの発言・・。もしや、マンティコア隊に稽古をつけて頂けるのかしら?」

「はい。先ほどのマンティコア隊の様子を見る限り、失礼ながら、わたくしが隊長を務めていたころよりずいぶんと堕落したようにお見受けしました。そこで、わたくしが現マンティコア隊を一から鍛え直そうと思い、現隊長に声をかけた次第です」

「まあ!それは、またとない機会ね!カリン殿、お時間があるときだけで結構ですので、よろしければ、マンティコア隊を鍛え直しに、時々来て頂けないかしら?」

 アンリエッタの言葉に、ド・ゼッサールの顔が引きつる。そんなド・ゼッサールの心情を知ってか知らずか、カリーヌが微笑んで答えた。

「はい。喜んで」

「嬉しいわ。これで、今のマンティコア隊も、少しはかつての騎士らしくなるでしょう」

 そんな二人の様子を見守っていたマザリーニが声をかけた。

「殿下」

「なんです?マザリーニ枢機卿。その位いいでしょう」

 アンリエッタが不機嫌そうに言うと、マザリーニはにっこりと笑って言った。

「そうではありませぬ。ただ教えに来て頂くだけでは、申し訳ないと存じます。ですので、………………というのはいかがでしょう?」

 マザリーニの助言に、アンリエッタの顔がぱっと輝いた。

「まあ!それは、いい考えね。 カリン殿」

「はい」

「あなたを『魔法衛士隊教導・マンティコア隊 名誉隊長』に任命いたします。

・・ちょっと、誰か、机と羽ペンと羊皮紙をここに」

 アンリエッタは、そう言って机と羽ペンと羊皮紙をマンティコア隊の一人に持ってこさせると、さらさらと羊皮紙に何かをしたためた。それから羽ペンを振ると、書面に花押が付いた。

「これをお持ち下さい。わたくしが発行する正式な許可証です。王宮を含む国内外へのあらゆる場所の通行と、マンティコア隊の教導と使用を認めた許可証です。

もちろん、引退した身であるカリン殿は、戦への参加は自由とさせて頂きますわ」

「ご配慮感謝いたします。しかし、通行とマンティコア隊の使用は・・」

「良いのです。密命の件でカリン殿やマール星の大使殿にご迷惑をお掛けしたので、せめてものお詫びです。

それに、ルイズとエレオノール殿の身に何かあっては、マール星の方々に申し訳が立ちません。

全ての魔法衛士隊をお貸しするわけには参りませんが・・、必要な時にはマンティコア隊を是非お使いください。カリン殿はマンティコア隊の先代隊長にして、王国始まって以来の風の使い手。隊員たちも喜んで従うでしょう」

 

 アンリエッタはマザリーニに『密命』と『マール星』について事の次第を予め説明していた。

 『密命』の内容は、

 『現在のハルケギニアの政治の情勢を正確に把握するためにウェールズ皇太子達から亡命の意思の有無を聞き出すこと

 裏切り者の可能性があるワルドを、アルビオン王家をエサに連れ出してしっぽを出させ、ワルドが裏切り者である動かぬ証拠を押さえた時点で、マール星の大使と”烈風”カリンで捕らえ、出来れば生かしたままトリステインに連れ帰ること』

 ・・の以上二点であると説明した。

また、『マール星』に関しては、

 『ロバ・アル・カリイエ』の大国であり、エルフすら意に介さないほどの武力を持った国と説明し、『科法』のことは伏せた。

そして、マール星の第一王子はルイズをお妃とすることを望んでおり、

 ルイズの家族も賛成していること

 ルイズがうんと言えば、家族全員でマール星に移り住むこともあり得ること

 なども、アンリエッタはマザリーニに説明していた。

 

 マザリーニは、これらの情報を踏まえて、 

 『烈風』を有するトリステインの大貴族であるラ・ヴァリエール公爵家がいなくなれば、トリステインの弱体化は必至であること

 あわよくばマール星と同盟を結び、ラ・ヴァリエール公爵家にトリステインに留まってもらうために、マール星とラ・ヴァリエール公爵家の機嫌も取っておく必要があること

 いずれラ・ヴァリエール公爵家がマール星に移住してしまうとしても、移住するまでの間に一人でも多くの『烈風』の後継者を本人に育ててもらう必要があること

 などを考え、アンリエッタに提案したのだった。

 アンリエッタは、マザリーニの考えに今回ばかりは心底感心した様子であった。

「隊長殿」

「はっ!」

 アンリエッタは、ド・ゼッサールに声をかけると、真摯な目で言った。

「カリン殿の長女・エレオノール殿と三女のルイズは、ロバ・アル・カリイエの大国『マール星』にとって重要な方々です。

マール星と良い関係を続けるためにも、今後、ラ・ヴァリエール公爵家とマール星の大使殿たちをお守りすることを命じます。

また、カリン殿が自ら教えて下さるのです。色々学び、精進しなさい」

「はっ!承知いたしました。姫殿下。

これから、ご教導よろしくお願い致します。名誉隊長殿」

「ええ、よろしくね。ド・ゼッサール隊長」

 カリーヌとド・ゼッサールのそんなやり取りを見た後、アンリエッタがぽつりと言った。

「本当は、『マール星』と同盟を結び、『レコン・キスタ』との戦いになった場合の協力が得られたら良いのだけれど・・。本来なら、ルイズではなく、わたくしがマール星の第一王子ルルロフ殿下のもとに嫁ぐべきよね」

 アンリエッタの言葉を聞いたルイズは、眉と口角をピクつかせながらも、必死に笑顔を作って言った。

「ひ、姫さま。マール星は、このハルケギニアから遠く東に離れた国・・。無理を言ってはなりませんわ。それに・・、ルルロフ殿下はわたしをお選びになったのです!姫さまが気にすることはありませんわ!」

「そ、そうね・・。というか、ルイズ? あなた、ルルロフ殿下との婚約に消極的だったのではなくて?」

 ルイズは、身を乗り出して、アンリエッタに言った。

「いえ!!かなり前向きに考えております!というか、いずれ必ず婚約します!姫さまは、お気になさらないでください!」

「そ、そう。分かったわ。あなたに任せるわ、ルイズ」

 ルイズの勢いに驚いたアンリエッタは、そう答えた。

「はい!!お任せください!」

 ルイズは、胸を張って力強く答えた。

 そんなルイズとアンリエッタのやり取りを黙って聞いていたカリーヌが言った。

「姫殿下。わたくし、早速、マンティコア隊に稽古を付けたく存じますので、密命の詳細はルイズ達に聞いていただけますか? ・・それと、『レコン・キスタ』に関する情報も、ワルド子爵から聞き出せるだけ聞き出したので、これ以上の尋問は不要かと」

「分かりました。では、マンティコア隊をよろしくお願いしますね。カリン殿。

ところで、ワルド子爵のことですが・・、やはり裏切り者だったのね・・」

 ワルドの方をちらりと見たアンリエッタは、そこで言葉を切った。その表情は曇っていた。裏切り者を使者に選んだこと、合意の上とはいえ裏切り者と知りながら使者としてワルドをウェールズのもとに送り出したことなどが頭をよぎり、アンリエッタは心を痛めたのだった。

「殿下。………………」

 マザリーニが、再びアンリエッタに助言をする。マザリーニの助言を聞いて、最初は戸惑った様子のアンリエッタであったが、しばらくして、アンリエッタはきっと顔を上げると、毅然とした態度でド・ゼッサールに言った。

「隊長殿、ワルドは『レコン・キスタ』の一味だったのです。証人もここに大勢いるわ。先日のフーケのように脱獄できぬよう、即刻、打ち首になさい」

「はっ!承知いたしました」

 そう言うと、ド・ゼッサールは、気後れして動けないでいる隊員たちを促し、カリーヌと共にワルドを引きずって、王宮の練兵場へと去っていった。

 その後、ワルドは処刑された。

 ちなみに、ド・ゼッサール達は、その日、カリーヌに徹底的な”指導”を受けた。その後も、たびたびカリーヌの”指導”を受けた。カリーヌの”指導”の後は、マンティコア隊の隊員たちは皆ボロボロになったが、隊員たちは確実に強くなっていった。

 後に、マンティコア隊の面々が、他の魔法衛士隊を寄せ付けないほどの強さを身に付けるのは、もう少し先の話である。

 

 アンリエッタは再びルイズに向き直った。

「道中、何があったのですか? ・・とにかく、わたくしの部屋でお話ししましょう。他の方々は別室を用意します。そこでお休みになってください」

 キュルケとタバサ、そしてギーシュを謁見待合室に残し、アンリエッタはチンプイとルイズを自分の居室に入れた。マザリーニも、アンリエッタに気を利かせて、仕事があると告げて、その場を去っていった。

「ああ、無事に帰ってきたのね。嬉しいわ。ルイズ、ルイズ・フランソワーズ・・」

「姫さま・・」

 ルイズの目から、ぽろりと涙がこぼれた。

「件の手紙は、無事、この通りでございます」

 ルイズはシャツの胸ポケットから、そっと手紙を見せた。アンリエッタは大きく頷くと、ルイズの手を固く握りしめた。

「やはり、あなたはわたくしの一番のお友達ですわ」

「もったいないお言葉です。姫さま」

 しかし、一行の中にウェールズの姿が見えない事に気づいたアンリエッタは、顔を曇らせる。

「・・ウェールズさまは、やはり父王に殉じたのですね」

「いいえ。お二人ともご無事でございます」

 ルイズの言葉を聞いて、アンリエッタの表情がぱあと明るくなった。

「まあ! して、ウェールズさま達は、何処に?」

「存じ上げません。ですが、ご無事であることは確かです。

それと・・、ウェールズ皇太子達が生きていると分かれば、『レコン・キスタ』にまた狙われるので、公にはウェールズ皇太子達は生死不明と発表していただけますでしょうか?」

「それは、確かにそうですわね。・・ルイズ、ウェールズさま達は、本当にご無事なの?」

「はい。それは、間違いありません」

 そして、ルイズはアンリエッタに事の次第を説明した。

 アルビオンへと向かう船に乗ったら、空賊に襲われたこと。

 その空賊が、ウェールズ皇太子だったこと。

 ウェールズ皇太子にトリステイン王家への亡命を勧めたが、断られたこと。

 ワルドに奇妙な魔法をかけられ、無理矢理結婚させられそうになったこと。

 結婚式の最中、ワルドが豹変し、ウェールズを殺害してルイズが預かった手紙を奪い取ろうとしたが、カリーヌとチンプイが駆けつけてくれたので、事なきを得たこと。

 ウェールズ皇太子達は、秘密の港より密かに脱出し、どこかは分からないが、逃げ果せたこと。

 ウェールズ皇太子達は無事で、こうして手紙も取り戻してきた。『レコン・キスタ』の野望・・ハルケギニアを統一し、エルフから聖地を取り戻すという大それた野望はつまずいたのだ。

 しかし・・、ウェールズ皇太子達が無事で、トリステインの命綱であるゲルマニアとの同盟が守られたというのに、アンリエッタは浮かない表情をしていた。

 アンリエッタは、かつて自分がウェールズにしたためた手紙を見つめながら、はらはらと涙をこぼした。

「・・あの方は、わたくしの手紙をきちんと最後まで読んでくれたのかしら? ねえ、ルイズ」

 ルイズは頷いた。

「はい、姫さま。ウェールズ皇太子は、姫殿下の手紙をお読みになりました」

「ならば、ウェールズさまはわたくしを愛しておられなかったのね」

 アンリエッタは、寂しげに首を振った。

「では、やはり・・、皇太子にトリステイン王家への亡命をお勧めになったのですね?」

 悲しげに手紙を見つめたまま、アンリエッタは頷いた。

 ルイズは、ウェールズの言葉を思い出した。彼は頑なに『アンリエッタは私に亡命など勧めていない』と否定していた。やはりそれは、ルイズが思った通り彼の嘘だったのだ。

「ええ。死んで欲しくなかったんだもの。愛していたのよ、わたくし」

 それからアンリエッタは、呆けた様子で呟いた。

「ウェールズさまは、わたくしに会うのが嫌だったのかしら」

「姫さま。ウェールズ皇太子は、あなたやこのトリステインに迷惑をかけないために、トリステイン王家への亡命を拒んだんだと思いますわ」

 ぼんやりとした顔で、アンリエッタはルイズの方を見た。

「わたくしに迷惑をかけないために?」

「自分が亡命したら、反乱勢が攻め入る格好の口実を与えるだけだって王子さまは言っていました」

「ウェールズさまが亡命しようがしまいが、攻めてくる時は攻め寄せてくるでしょう。攻めぬ時には沈黙を保つでしょう。個人の存在だけで、戦は発生するものではありませんわ」

「・・それでも、迷惑をかけたくなかったんですよ。それは、ウェールズ皇太子が誰よりも姫さまを愛しておられるからこそですよ」

 アンリエッタは、深いため息をつくと、窓の外を見やった。

アンリエッタは美しい彫刻が施された、大理石削り出しのテーブルに肘をついて、悲し気にルイズに問うた。

「ウェールズさまは生きておられるのに会えないなんて・・、残された女はどうすれば良いのでしょうか?ルイズ」

「姫さま・・。わたしがもっと強く、ウェールズ皇太子を説得していれば・・」

 アンリエッタは立ち上がり、申し訳なさそうに呟くルイズの手を握った。

「いいのよ、ルイズ。ウェールズさまは無事だったのだし、あなたは立派にお役目通り、手紙を取り戻してきたのです。あなたが気にする必要はどこにも無いのよ。それにわたくしは、亡命を勧めて欲しいなんて、あなたに言ったわけではないのですから」

 それからアンリエッタは、にっこりと笑った。

「わたくしの婚姻を妨げようとする暗躍は未然に防がれたのです。わが国はゲルマニアと無事同盟を結ぶ事ができるでしょう。そうすれうば、簡単にアルビオンも攻めてくるわけにはいきません。危機は去ったのですよ、ルイズ・フランソワーズ」

 アンリエッタは努めて明るい声を出した。

 ルイズはポケットから、アンリエッタにもらった『水』のルビーを取り出した。

「姫さま。これをお返しします」

 しかし、アンリエッタは首を横に振った。

「それはあなたが持っていなさいな。せめてものお礼です」

「こんな高価な品をいただくわけにはいきませんわ」

「忠誠には、報いるところが無ければなりません。いいから、とっておきなさいな」

 ルイズは頷くと、それを自分の指に嵌めた。

「それと・・これを」

 そう言って、アンリエッタは、古びた革の装丁がなされた一冊の本をルイズに手渡した。

「これは?」

 ルイズが怪訝な顔でその本を見つめた。

「『始祖の祈祷書』です」

「『始祖の祈祷書』?これがですか?姫さま」

「ええ。トリステイン王室の伝統で、王族の結婚式の際には貴族より選ばれし巫女を用意し、選ばれた巫女はこの『始祖の祈祷書』を手に、式の詔を詠みあげる習わしとなっております。巫女は、式の前より、この『始祖の祈祷書』を肌身離さず持ち歩き、詠みあげる詔を考えることになっているのですが・・。

わたくしとゲルマニア皇帝との結婚式の際の巫女を、ルイズ・・あなたにやって欲しいの」

「えええ!わたしがですか!わたし、ちゃんとした詔を作る自信ないですよ!」

 すると、アンリエッタは悲しそうな笑みを浮かべて言った。

「もちろん、草案は宮中のものに推敲させますが、わたくしにとっておそらく一生に一度のことなのです。お願いよ、ルイズ・フランソワーズ」

 ルイズは、アンリエッタの悲しそうな笑みを見て、胸が締め付けられるような気がした。というのも、自分は一目で恋に落ちたルルロフ殿下と結婚するのに、幼馴染みのアンリエッタは政治の道具として好きでもない皇帝と結婚するからだ。アンリエッタは、幼い頃、共に過ごしたそんな自分を式の巫女役に選んでくれたのだ。

 ルイズはきっと顔を上げた。

「わかりました。謹んで拝命いたします」

「あなたならそう言ってくれると思ったわ!ありがとう!ルイズ・フランソワーズ」

 アンリエッタはそう言って、ルイズを抱きしめた。

 

 そして、アンリエッタは、ルイズから離れると、今度はチンプイの方に向き直って言った。

「チンプイ殿、あなたが、ワルドを捕らえたそうですね。さすが、マール星の大使殿だわ」

 チンプイは、照れながら答えた。

「いや~、あれは、ワルドが自滅しただけだよ。カリーヌさんがいなかったら、何もできなかったし・・」

「そんなことないわよ!母さまも、ワルドの”ミスト”で足止めされて、危うく逃げられるところだったんだから!ワルドを倒せたのは、チンプイのお陰よ。もっと自信を持ちなさい」

 ルイズが口を挟む。

 それからアンリエッタは、思いついたように、体中のポケットを探る。そこにあった宝石や金貨を取り出すと、それをそっくりチンプイに握らせた。

「ルイズの言う通りよ。これからもルイズを・・、わたくしの大事なお友達をよろしくお願いしますわね。優しい使い魔さん」

「そ、そんな・・・、こんなにたくさん受け取れないよ」

 チンプイは手に持った金銀宝石を見て、あっけにとられた。

「是非、受け取って下さいな。本当ならあなたを『シュヴァリエ』に叙さねばならぬのに、それが適わぬ無力な王女のせめてもの感謝の気持ちです」

「うん。分かった。そういうことなら、ありがたく受け取っておくよ。ありがとう、姫さま」

 チンプイは笑って答えた。

 

 ところ変わって、ニューカッスル城。

 浮遊大陸の岬の突端に位置した城は、一方向からしか攻める事ができない。密集して押し寄せた『レコン・キスタ』の先陣は、魔法と大砲の攻撃を何度か食らい、損害を受けた。

 しかし、所詮は多勢に無勢。一旦、城壁の内側へと侵入された堅城は、もろかった。ところが、城内に侵入すると、そこはもぬけの殻であった。

 どこか王軍しか知らない秘密の抜け道でもあったのかもしれない。

 城内では、今、『レコン・キスタ』の兵士達が財宝あさりにいそしんでいる。宝物庫と思われる辺りでは、金貨探しの一団がお目当ての物を探し当てたらしく、歓声を上げていた。

 長槍を担いだ傭兵の一団が元は綺麗な中庭だった瓦礫の山に転がる死体から装飾品や武器を奪い取り、魔法の杖を見つけては大声ではしゃいでいる。

 その様子を苦々しげに見つめて、

「やはり、トリステインの貴族は口ばかり達者で、信用できんな」

 と、ひとりごちたのは、年のころ三十代の半ばくらいの男であった。丸い球帽をかぶり、緑色のローブとマントをその身に纏っている。一見すると聖職者のような格好に見えた。だが物腰は軽く、まるで軍人のようだった。高い鷲鼻に、理知的な色をたたえた碧眼。帽子の裾からカールした金髪が覗いている。

 緑のローブの男は、

「ワルドめ!何一つ目的を達成できておらんではないか!しかし、困ったな・・。信用していたからこそ、あの指輪を貸したというのに・・。あの指輪がないと、困るぞ」

と、心の中でひとりごちた後、

「おい!財宝漁りもいいが、まだ見つからんのか!」

と、『レコン・キスタ』の兵士達に怒鳴った。

 すると、兵士の一人が、慌てた様子で緑のローブの男のもとへと駆け寄ってきて言った。

「閣下!見つけました!そこの瓦礫の山のそばに転がっておりました!」

 そう言って、その男が指をさしたのは、二日前まで礼拝堂であった場所だ。ワルドとルイズが結婚式を挙げようとした場所であり、ワルドが捕らえられた場所でもある。

 だが、今ではただの瓦礫の山になっていた。

 閣下と呼ばれた緑のローブの男こそが、『レコン・キスタ』の総司令官、オリヴァー・クロムウェルである。

 クロムウェルは、指輪が見つかったと聞くと、にかっと人懐こそうな笑みを浮かべ、その兵士の労をねぎらった。

「おお!正にそれは、ワルド子爵に余が貸した『アンドバリ』の指輪!よくやった!褒美は惜しまんぞ!」

「はっ!ありがとうございます。ですが・・、閣下、ワルド子爵はどうしたのでしょうか?」

 兵士に聞かれたクロムウェルは、ふんと鼻を鳴らして答えた。

「あの役立たずのことかね?トリステインにいる我が同胞から知らせは受けているよ。どうやらあの男は何一つ任務を達成することなく、処刑されたらしい。ゲルマニアとトリステインの同盟を阻止し、ウェールズを仕留めるという重要な任務をあの男には与えていたのだがな」

「閣下・・。では、我々は・・」

 クロムウェルは、不安そうな兵士の肩を叩いてにっこりと笑って言った。

「安心したまえ。同盟は結ばれても構わない。ウェールズを仕留められずとも、どのみちトリステインは裸だ。余の計画に変更はない」

 兵士は会釈した。

「外交には二種類あってな、杖とパンだ。とりあえずトリステインとゲルマニアには温かいパンをくれてやる」

「御意」

「トリステインは、なんとしてでも余の版図に加えねばならぬ。あの王室には『始祖の祈祷書』が眠っておるからな。聖地に赴く際には、是非とも携えたいものだ」

 そう言って満足げに頷くと、クロムウェルは去って行った。

 




このような日常や戦闘シーン以外だと、私の拙筆ではどうしてもチンプイ要素が少なくなりますね・・(苦笑)

次回は、アンリエッタの女王就任までいけたらいいなと思っておりますが、長くなりそうなので2回に分けるかもしれません。

『竜の羽衣』は、科法『局地的反重力場』があれば、存在意義はほとんどないので、どうしようか悩んでおりましたが、ちょっと面白い案を思い付いたので、お楽しみに。

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