ワンダユウは、大使としてトリステインとマール星を行き来し、
チンプイは、ルイズの使い魔兼お世話役として、トリステインに残った。
ワンダユウ「チンプ~イ!頼んだぞ~!」
アルビオン編、ニューカッスルの決戦前夜のお話です。
「「「殿下!?」」」
チンプイとルイズとエレオノールは、凛々しい金髪の美青年を見て、驚き、同時に叫んだ。
「・・? 僕のことを知っているのかい? 初対面だと思うが・・・」
ルイズは、アンリエッタとウェールズの密会に協力したことはあるが、ウェールズと面識はなかった。
ワンダユウが、三人にそっと耳打ちをする。
「このお方は、ルルロフ殿下ではございません」
「でも、殿下に凄く似てる。声だってそっくりだよ?」
チンプイが小声で言った。
「このお方こそ、このハルケギニアで最もルルロフ殿下に似ておられるお方なのだ」
「そうなの・・」
ルイズはまじまじとウェールズを見つめた。
「・・まあいい。取り敢えず、名乗らせてくれ。僕はアルビオン王立空軍大将、本国艦隊司令長官・・、本国艦隊と言っても、すでに本艦『イーグル』号しか存在しない、無力な艦隊だがね。まあ、その肩書よりこちらの方が通りが良いだろう」
そこで一旦言葉を切ると、金髪の美青年は居住まいをただし、威風堂々、名乗りを上げた。
「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」
突然の皇太子の出現に、キュルケ達は口をあんぐりと開け、ワルドは興味深そうに皇太子を見つめた。
ウェールズはにっこりと魅力的な笑みを浮かべると、ルイズ達に席を勧めた。
「アルビオン王国へようこそ。大使殿。先程は誠に失礼を致した。
大使殿はすでにお察しかもしれないが・・金持ちの反乱軍には続々と補給物質が送り込まれる。彼らに王党派と気付かれないように、彼らの補給路を絶つためには、空賊を装うのもいたしかたない」
ウェールズはイタズラっぽく笑いながら言った。
「外国に我々の味方の貴族がいるなどとは、夢にも思わなかったから、君達が王党派という事をなかなか信じられなくてね。君達を試すような真似をして済まない。
さて、御用の向きを伺おうか」
エレオノールは、ちょっと躊躇うように口を開いた。
「その前に、念のため、本当にウェールズ皇太子かどうか確認させて頂きたいのですが・・」
「まぁ、先ほどまでの顔を見れば無理もない。僕はウェールズだよ。正真正銘の皇太子さ。なんなら証拠をお見せしよう」
ウェールズはルイズの指に光る『水』のルビーを見つめて言った。
「君のその指輪を貸してもらっても良いかな?」
ルイズは少しの間迷っているような表情を浮かべていたが、やがてゆっくりと頷くと、ウェールズに恭しく近づく。それを確認するとウェールズはルイズの手を取り、水のルビーに近づけた。二つの宝石は共鳴しあい、虹色の光を振りまく。
「この指輪は、アルビオン王家に伝わる『風』のルビーだ。君が嵌めているのは、アンリエッタが嵌めていた水のルビーだ。そうだね?」
その質問に、ルイズは頷いた。
「水と風は虹を作る。王家の間にかかる虹さ。これで、いいかい?」
「はい。確かに、確認致しました。大変失礼しました。
申し遅れましたが、わたしは、トリステイン王国ラ・ヴァリエール公爵が長女、エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール公爵夫人と申します。
詳細は、我々の大使よりお聞きください」
そう言うと、エレオノールはトリステインの貴族に則った見事な一礼をした。
「ほう!その若さで公爵か・・。大したものだな!
して、大使殿はどのようなご用件でこちらに?」
「はい。アンリエッタ姫殿下より、密書を言付かって参りました。
わたしは、姫殿下より大使を仰せつかりました、ヴァリエール公爵が三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール公爵夫人と申します」
ルイズは胸のポケットからアンリエッタの手紙を取り出すと、エレオノールに倣って、トリステインの貴族に則った見事な一礼をして、手紙をウェールズに手渡した。
「なるほど!君も、その若さで公爵か!君達姉妹のように立派な貴族が、このアルビオンにいてくれたら、このような惨めな今日を迎える事もなかったろうに!して、密書とやらは?」
ウェールズは愛しそうにその手紙を見つめると、花押に接吻した。そして慎重に、封を開き、中の便箋を取り出して読み始めた。
真剣な顔で手紙を読んでいたが、そのうちに顔を上げた。
「姫は結婚するのか? あの、愛らしいアンリエッタが、僕の可愛い・・、従妹は」
エレオノールは無言で頭を下げて、肯定の意を表した。再びウェールズは手紙に視線を落とすと、最後の一行まで読むと、微笑んだ。
「了解した。姫は、あの手紙を返して欲しいとこの僕に告げている。何より大切な、姫からもらった手紙だが、姫の望みは僕の望みだ。そのようにしよう」
それを聞いて、ルイズの顔が輝いた。
「しかしながら、今、手元にはない。ニューカッスルの城にあるんだ。姫の手紙を、空賊船に連れて来るわけにはいかぬのでね」
ウェールズは笑いながら言葉を続けた。
「多少面倒だが、ニューカッスルまで足労願いたい」
その後、チンプイとキュルケ達とワルドもウェールズに自己紹介を済ませた。
チンプイ達を乗せた軍艦、『イーグル』号は、浮遊大陸アルビオンのジグザグした海岸線を、雲に隠れるようにして航海した。三時間ほど進むと、大陸から突き出た岬の突端に、高い城が見えた。
ウェールズは後甲板に立ったチンプイ達に、あれがニューカッスルの城だと説明した。しかし、『イーグル』号はまっすぐにニューカッスルに向かわずに、大陸の下側に潜り込むような進路を取った。
備砲を百八門と竜騎兵を有する本国艦隊旗艦『ロイヤル・ソヴリン』号が、貴族派の手に落ちた後、『レキシントン』号と名前を変えて、空からニューカッスルを封鎖しているのだという。
そのような巨大戦艦を、今の王党派が相手に出来る訳もないので、雲中を通り、大陸の下からニューカッスルに近づき、王党派しか知らない秘密の港に向かうらしい。
雲中を通って大陸の下を通ると、辺りは真っ暗になった。大陸が頭上にあるために、日が差さない。おまけに雲の中であるので、視界がゼロに等しく、簡単に頭上の大陸に座礁する危険があるため、反乱軍の軍艦は大陸の下には決して近づかないのだ、とウェールズが語った。ひんやりとした空気が、チンプイ達の頬をなぶる。
「地形図を頼りに、測量と魔法の明かりだけで航海する事は王立空軍の航海士にとっては、なに、造作もない事なのだが」
貴族派、あいつらは所詮、空を知らぬ無粋者さ、とウェールズは笑った。
しばらく航行すると、頭上に黒々と穴が開いている部分に出た。マストに灯した魔法の明かりの中、直径三百メイルほどの穴が、ぽっかりと開いている様は壮観だった。
「一時停止」
「一時停止、アイ・サー」
掌帆手が命令を復唱する。ウェールズの命令で『イーグル』号は裏帆を打つと、しかるのちに暗闇の中でもきびきびした動作を失わない水兵達によって帆をたたみ、ぴたりと穴の真下で停船した。
穴に沿って上昇すると、頭上に明かりが見えた。そこに吸い込まれるように、『イーグル』号が上がっていく。
眩いばかりの光にさらされたかと思うと、艦はニューカッスルの秘密の港の岸壁に着岸した。そこは、真っ白い発光性のコケに覆われた、巨大な鍾乳洞の中だった。
ウェールズはルイズ達を促して、タラップを降りた。
すると背の高い、年老いた老メイジが近寄ってきて、ウェールズの労をねぎらった。
「ほほ、これはまた、大した戦果ですな。殿下」
老メイジはイーグル号に続いてぽっこりと鍾乳洞の中に現れたマリー・ガラント号を見て、顔をほこらばせた。
「喜べ、パリー。硫黄だ、硫黄!」
ウェールズがそう叫ぶと、集まった兵隊から歓声が上がった。
「おお! 硫黄ですと! 火の秘薬ではござらぬか! これで我々の名誉も、守られるというものですな!」
老メイジは、そう言うとおいおいと泣き始めた。
「先の陛下よりお仕えして六十年・・、こんな嬉しい日はありませぬぞ、殿下。反乱が起こってからは、苦汁を舐めっぱなしでありましたが、なに、これだけの硫黄があれば――――」
にっこりとウェールズは笑った。
「王家の誇りと名誉を、叛徒どもに示しつつ、敗北する事ができるだろう」
「栄光ある敗北ですな! この老骨、武者震いがいたしますぞ。して、ご報告なのですが、叛徒共は明日の正午に、攻城を開始するとの旨、伝えて参りました。まったく、殿下が間に合って良かったですわい」
「してみると間一髪とはこのこと! 戦に間に合わぬは、これ武人の恥だからな!」
ウェールズ達は、心底楽しそうに笑いあっている。ルイズは、敗北という言葉に顔色を変えた。つまり、死ぬという事だ。この人達は、それが怖くないのだろうか。
「して、その方達は?」
パリーと呼ばれた老メイジが、ルイズ達を見てウェールズに尋ねた。
「トリステインからの大使殿だ。重要な要件で、王国に参られたのだ」
パリーは一瞬、滅び行く王政府に大使が一体何の用なのだ? と言いたそうな顔つきになったが、すぐに表情を改めるとルイズ達に微笑んだ。
「これはこれは大使殿。殿下の侍従を仰せつかっておりまする、パリーでございます。遠路はるばるようこそこのアルビオン王国へいらっしゃった。たいしたもてなしはできませぬが、今夜はささやかな祝宴が催されます。ぜひとも出席くださいませ」
ルイズ達はウェールズに付き従い、城内の彼の居室へと向かった。城の一番高い天守の一角にあるウェールズの居室は、王子の部屋とは思えないほど質素だった。
木でできた粗末なベッドに、イスとテーブルが一組。壁には戦の様子を描いたタペストリーが飾られている。
ウェールズは、椅子に腰かけて机の引き出しを開き、宝石が散りばめられた小箱を取り出した。ウェールズは、小さな鍵のついたネックレスを外すと、小箱の鍵穴にその鍵を差し込んで箱を開けた。蓋の内側には、アンリエッタの肖像が描かれている。
ルイズ達がその箱を覗き込んでいる事に気づいたウェールズは、はにかみながら言った。
「宝箱でね」
中には一通の手紙が入っていた。それが王女のものであるらしい。ウェールズは、それを取り出して愛しそうに口づけた後、開いてゆっくりと読み始めた。何度もそうやって読まれたらしい手紙は、すでにボロボロであった。
読み返すと、ウェールズは再びその手紙を丁寧にたたみ、封筒に入れてルイズに手渡した。
「これが姫からいただいた手紙だ。この通り、確かに返却したぞ」
「ありがとうございます」
ルイズは深々と頭を下げると、その手紙を受け取った。
「明日の朝、非戦闘員を乗せた『イーグル』号が、ここを出港する。それに乗って、トリステインに帰りなさい」
ルイズは、その手紙をじっと見つめた後、決心したように口を開いた。
「あの、殿下・・。先ほど、栄光ある敗北とおっしゃっていましたが、王軍に勝ち目はないのですか?」
ルイズが躊躇うように尋ねると、アルビオンの皇太子はあっさりと答えた。
「ないよ。我が軍は三百。敵軍は五万。万に一つの可能性もあり得ない。我々にできる事は、はてさて、勇敢な死にざまを連中に見せる事だけだ」
それを聞いて、ルイズは俯いた。エレオノールがルイズの肩をぽんぽんと叩いたので、ルイズが振り向くと、エレオノールは悲しそうな顔で黙って首を横に振った。
「殿下の、討ち死になさる様も、その中には含まれるのですか?」
「当然だ。私は真っ先に死ぬつもりだよ」
明日にも死ぬという時なのに、皇太子はいささかも取り乱したところがない。現実感がなくて、まるでお芝居の中の出来事のようにも見えた。
ルイズは深々と頭を下げて、ウェールズに一礼すると、意を決して口を開いた。
「殿下・・、失礼をお許しください。恐れながら、申し上げたい事がございます」
「なんなりと、申してみよ」
「この、ただいまお預かりした手紙の内容、これは・・」
「ルイズ」
エレオノールが窘めた。それはウェールズとアンリエッタのプライベートに踏み込み過ぎているからだ。それでも、ルイズは、きっと顔を上げると、ウェールズに尋ねた。
「この任務をわたくしに仰せつけられた際の姫さまのご様子、尋常ではございませんでした。そう、まるで、恋人を案じるような・・。それに、先ほどの小箱の内蓋には、姫さまの肖像が描かれておりました。手紙に接吻なさった際の殿下の物憂げなお顔といい、もしや、姫さまとウェールズ皇太子は・・・」
ウェールズは微笑んだ。目の前の少女が何を言いたいのか察したのである。
「君は、従妹のアンリエッタと、この僕が恋仲であったと言いたいのかね?」
その言葉に、ルイズは頷いた。
「そう想像いたしました。とんだご無礼を、お許しください。してみると、この手紙の内容とやらは・・」
ウェールズは額に手を当てて、言おうか言うまいか少し悩んだそぶりを見せた後に言った。
「恋文だよ。君が想像している通りのものさ。確かにアンリエッタが手紙で知らせたように、この恋文がゲルマニアの皇室に渡ってはまずい事になる。なにせ、彼女は始祖ブリミルの名において、永久の愛を僕に誓っているのだからね。知っての通り、始祖に誓う愛は、婚姻の際の誓いでなければならぬ。この手紙が白日の下にさらされたならば、彼女は重婚の罪を犯す事になってしまうであろう。そうなれば、なるほど同盟相成らず。トリステインは一国にて、あの恐るべき貴族派に立ち向かわねばなるまい」
「とにかく姫さまは、殿下と恋仲であらせられたのですね?」
「昔の話だ」
ルイズは熱っぽい口調で、ウェールズに言った。
「殿下、亡命なされませ! トリステインに亡命なされませ!」
ワルドが寄ってきて、すっとルイズの肩に手を置く。だがルイズの剣幕はおさまらない。
「お願いございます! わたし達と共に、トリステインにいらしてくださいませ!」
「それはできんよ」
ウェールズは笑いながらそう答えた。
「殿下、これはわたくしの願いではございませぬ! 姫さまの願いでございます! 姫さまの手紙には、そう書かれておりませんでしたか? わたくしは幼き頃、恐れ多くも姫さまのお遊び相手を務めさせていただきました! 姫さまの気性は大変よく存じております! あの姫さまがご自分の愛した人を見捨てるわけがございません! おっしゃってくださいな、殿下! 姫さまは、たぶん手紙の末尾であなたに亡命をお勧めになっているはずですわ!」
「そのような事は、一行も書かれていない」
「殿下!」
ルイズがウェールズに詰め寄った。
「私は王族だ。嘘はつかぬ。姫と私の名誉に誓って言うが、ただの一行たりとも私に亡命を勧めるような文句は書かれていない」
ウェールズは苦しそうな表情を浮かべながらルイズに言った。その口ぶりから、ルイズの指摘が当たっていたことがうかがえる。
「アンリエッタは王女だ。自分の都合を、国の大事に優先させるわけがない」
それを聞いて、ルイズはウェールズの意思が果てしなく固いのを感じ取った。ウェールズは、アンリエッタを庇おうとしているのだ。臣下のものに、アンリエッタが情に流された女だと思われるのが嫌なのだろう。
ウェールズは、優しくルイズの肩を叩いた。
「君は正直な女の子だな、ラ・ヴァリエール嬢。正直で、まっすぐで、良い目をしている」
ルイズは、寂しそうに俯いた。
「忠告しよう。そのように正直では大使は務まらぬよ。しっかりしなさい」
ウェールズは微笑んだ。白い歯が見える、魅力的な笑みだった。
「しかしながら、亡国への大使としては適任かもしれぬ。明日に滅ぶ政府は、誰より正直だからね。何故なら、名誉以外に守るものが他に無いのだから」
それから机の上に置かれた、水が張られた盆の上に載った針を見つめた。それがアルビオンの時計らしい。
「そろそろ、パーティの時間だ。君達は、我らが王国が迎える最後の客だ。是非とも出席してほしい」
チンプイ達は部屋の外に出た。ワルドは残って、ウェールズに一礼した。
「まだ、何か御用がおありかな? 子爵殿」
「恐れながら、殿下にお願いしたい議がございます」
「なんなりとうかがおう」
ワルドはウェールズに、自分の願いを語って聞かせた。ワルドの願いを聞いて、ウェールズはにっこりと笑った。
「なんともめでたい話ではないか。喜んでそのお役目を引き受けよう」
パーティは、城のホールで行われた。簡易の玉座が置かれ、玉座にはアルビオンの王、年老いたジェームズ一世が腰かけ、集まった貴族や臣下を目を細めて見守っていた。
明日で自分達は滅びるというのに、随分と華やかなパーティだった。王党派の貴族達はまるで園遊会のように着飾り、テーブルの上にはこの日のためにとっておかれた、様々なご馳走が並んでいる。
こんな時にやってきたトリステインからの客珍しいらしく、王党派の貴族達がかわるがわるルイズ達の元へとやってきた。貴族達は悲観にくれたような事は一切言わず、三人に明るく料理を勧め、酒を勧め、冗談を言ってくる。
そして最後には、「アルビオン万歳!」と、怒鳴って去って行くのだった。
そんな中、パーティ会場の外で、エレオノールとワンダユウが、話をしていた。話題は、勿論、未だにしっぽを出さない『レコン・キスタ』のワルドについてである。
「ワンダユウさんは、どう思いますか?」
誰もいない空間に向かってエレオノールが話しかける。ワンダユウがそこにいるのだが、ワンダユウは『透明キャップ』を被っているので姿は誰にも見えないのだ。
「ルイズさまを篭絡しようとしている節がありますな。すでに”元”婚約者であり、ルイズさまにハッキリと拒絶されているにも拘らず、婚約者と言い続けていますし・・。
『ガンダールヴ』のことを知っていた以上、『レコン・キスタ』は、ルイズさまを『虚無』の担い手と睨んで、ルイズさまを手に入れようとしているのかもしれませんな。
ただ、表立った動きがこれまでないのは、エレオノールさまがいらっしゃるからかもしれませんね。今まで襲撃は、傭兵や賊に任せていたようですが、ルイズさまだけはそうはいきません。
そこで、提案なのですが・・、どうでしょう?一度エレオノールさまがルイズさまから離れるというのは?」
「・・・罠を仕掛ける、ということですか?」
「はい。ただ・・その罠は、ルイズさまにも悟られないようにしなければなりません。ルイズさまは、その・・」
「あの子は、良くも悪くも嘘を付けないからね?」
言いにくそうにしているワンダユウの言葉を、エレオノールが引き継いだ。
「・・はい、さようでございます。大変申し上げにくいのですが・・ルイズさまには、囮になって頂きたく存じます。ルイズさまは、エレオノールさまがこの場を離れても、気丈に振る舞われるでしょう。シンの強いお方ですからな。しかし、ワルドに付け入る隙を与えなければ、今回の作戦は上手くいきません・・。そこで、わたくしも、この場を離れようと思います」
それを聞いたエレオノールは、声を荒げた。
「ちょっと! それは、いくら何でも危険すぎるわ! 誰がワルドを取り押さえるのよ!」
「無論、こっそりと代わりの護衛を付けます。科法『透明キャップ』で隠れていただきますが・・。表向きは、キュルケさん達に護衛を代わりに頼むことに致しましょう。今のエレオノールさまのように、ルイズさまもさすがに動揺なさるはずです。そうすれば、ワルドが付け入る隙も生まれると存じます。
・・そして、エレオノールさまが消えれば、ワルドは慌ててルイズさまと接触するでしょう。明日、王党派が滅びるという限られた時間の中で、これ以上のチャンスはありませんからな。慌てれば、慎重さは欠けます。注意深いきつねも、そのしっぽを見せてしまうという訳です」
「なるほど・・、ルイズから今離れるのは、わたしにとっては不本意ですが・・仕方ありませんね。その『護衛』とやらは、信用するに足る人物なのですか?」
エレオノールの問いに、ワンダユウが答える。
「はい。今、ちょうど、いらっしゃったところです」
ワンダユウの指し示した空間に、大きな光の玉が出現した。その光の中から、ワンダユウのいう『護衛』が現れた。
「! あなたは!」
「………………………」
驚くエレオノールに『護衛』は、事情を説明した。
「そうですか。分かりました。このような心強い”護衛”にいて頂ければ、わたしも安心してこの場を任せることが出来ます。
それで・・ワンダユウさん?ルイズには、わたしがこの場を離れる理由をどう説明するのですか?」
エレオノールは、安堵の表情を見せながらも、一番気になっていた質問をワンダユウにした。
「はい。ちょうど、エレオノールさまの結婚相手の候補者が決まってきたので、エレオノールさまに選んで頂こうかと思っております。ルイズさまには、ワルドのしっぽを出させるためだということはお伝えしますが・・、あくまでも、キュルケさん達に護衛をお願いする、とご説明させていただきます」
「なっ!わ、わたしの結婚相手!? ルイズに説明するのは分かったけど・・わたしの結婚相手!?」
エレオノールは、顔を真っ赤にさせて、思わずワンダユウに何度も確認した。
「はい。それと・・今回、エレオノールさまに会っていただきたい方がいらっしゃるのですが・・」
「・・誰?」
ワンダユウに尋ねるエレオノールの顔はまだ赤かったが、エレオノールに会いたいという人物に、エレオノールは興味を持ったのだった。
「ムニルさまご夫妻です。ムニルさまは、ルルロフ殿下の母君の一番上の姉君の令孫に当たります。・・つまり、ルイズさまやエレオノールさまは、ムニルさまの叔母君に当たる訳です。
ムニルさまご夫妻は、ご新婚旅行の途中ですが・・エレオノールさまのご活躍を耳にされて、是非エレオノールさまにお会いしたいとのことです。
これは、エレオノールさまとルイズさまにとって貴重なお話を聞くまたとない機会ですよ?」
「どうして?」
「ムニルさまご夫妻は、王室典範でご婚約前にお顔をお見せすることは出来ない中で、ゴールインなさりました。ムニルさまの奥様のキキさまは、ルイズさまと同じで結婚相手のお顔をご覧になることが出来ず・・ムニルさまは、エレオノールさまと同じでご自分のお顔を結婚相手にお見せすることが出来ず・・お二人とも少なからず悩んでおいででした」
「・・・そう。確かに、聞いておくべきなのかもね。というか、わたしは、ルイズと逆で相手にわたしの顔を見せられないのね。
何だか歯がゆい気持ちだわ。・・・ルルロフ殿下もこんな気持ちなのかしら?」
エレオノールは、少し俯いて言った。
「はい。今までは」
「今までは? どういうこと、ワンダユウさん?」
エレオノールは、ワンダユウの言葉で顔を上げた。
「はい。確かに、王室典範ででご婚約前にお顔をお見せすることは出来なかったのですが、先日のチンプイの提案にわたくしも乗ってしまい、ルルロフ殿下と瓜二つのお顔をしたウェールズさまのお写真をルイズさま達にお見せしたことが、王室で問題になり、議論になりまして・・」
「じゃあ、ワンダユウさんもチンプイ君も何か罰を受けるの?」
エレオノールが不安そうに尋ねた。
「いいえ。王室典範に瓜二つのお方のお写真を見せてはいけないという規定はございませんでしたし、ルルロフ殿下とルイズさまの縁談を円滑に進めようと考えたためということで、今回はお咎めなしとなりました」
「そう。それを聞いて安心したわ。それで、何か新たな規定が王室典範に加わったの?」
エレオノールは、安堵の吐息を漏らした。
「はい。………………、となりました」
「そう。なるほどね。これは、マール星にとって、歴史的な快挙になったわね」
ワンダユウが説明した新たな王室典範について、エレオノールは納得の表情を浮かべた。
「はい。わたくしもそう思います。これで、ルルロフ殿下やエレオノールさまのお悩みが、かなり解消されたと存じます」
「ええ、そうね。じゃあ、行きましょうか」
「はい」
ワンダユウとエレオノールは、ルイズ達のもとへと向かった。
大きな光の玉は、すっと消えて、別の場所へと向かった。
エレオノールは、ルイズ達に、ワンダユウとともにエレオノールの縁談で一時この場を離れる旨を説明した。
「姉さま、何で今なの!? それに、ワンダユウまで連れて行くなんて!」
「ワルドを油断させるためよ。それに・・別にワンダユウさんがいなくったって、どうせルイズやキュルケ達に攻撃できないんだから、問題ないでしょう?」
「それはそうだけど・・でも!誰がワルドを捕まえるのよ! チンプイじゃ無理よ!ワンダユウがいなきゃ困るわ!」
「そ、それは・・そう! どうせ攻撃当たらないんだから、いつかワルドの精神力も尽きるわよ! どうしても生け捕り出来なかったら、チンプイ君とか・・誰でもいいから刃物で、ワルドを打ち首にすればいいわ!」
エレオノールは、誤魔化すように身振り手振りで説明をした。
「打ち首って・・」
ルイズは、人殺しをチンプイにさせるのも自分が人が死ぬ現場を見るのもイヤで、表情を曇らせた。
そんなルイズの様子に、エレオノールはため息をついて言った。
「はあ・・。よく聞きなさい、ちび。ここは戦場で、ワルドは敵なのよ。人殺しがイヤだなんて言ってられないの。戦場では誰かが死ぬわ。 あなたが自分で志願したことでしょう?」
「で、でも! チンプイにやらせるなんて!」
「別にチンプイ君じゃなくてもいいわよ。でも・・あなたがこの任務をやると自分で決めた以上、誰がワルドを殺しても、ワルドの殺害にあなたも関与したという事実をちゃんと受け止めなくてはダメよ」
「はい・・、分かりました。
・・姉さま、これからは、たとえ姫さまのお願いでも、軽はずみに戦争参加や戦場に行くと言わないようにします。チンプイやワンダユウも巻き込んじゃったし・・。
わたしのあの時の発言。責任の重さを、今、痛感しました・・」
ルイズは、戦場に行くことがどういうことなのか頭では分かったつもりでも、実際に人の死と隣り合わせの戦場に行くということがどういうことなのか理解していなかった。トリステイン魔法学院では、所詮、貴族同士の遊びのような決闘が関の山であったからだ。
色々な人を巻き込んでいることに、ルイズは責任を感じ、深く反省していたのだった。
ルイズの反省した様子に、エレオノールは無言で頷いた。
「お姉さま、ルイズも反省してることだし、しんみりとした話はこれくらいにして、これからのことを話しましょうよ」
キュルケが場の空気を変えようと、話を戻した。
「そうね・・。キュルケ、ありがとう。
じゃあ、話を戻すわよ。チンプイ君が『ガンダールヴ』であることを、おそらくフーケ辺りから聞いて、『レコン・キスタ』は、ルイズを『虚無』の担い手と睨んで、ワルドにルイズを手に入れるように指示したんだと思うわ」
「わたしが『虚無』・・、本当なの?姉さま?」
「あくまでも可能性よ、ちび。それとね、ワンダユウさんも、今回は長くハルケギニアにいて貰っているけど・・いつもルイズの近くにいられる訳ではないわ。
万が一、ワンダユウさんがいない時に何かトラブルに巻き込まれても、チンプイ君やあなたの信頼する仲間たちと一緒に困難を乗り越えられるようにした方がいいわ。
幸い、キュルケ達のお陰でフーケも居なくなったし、ワルドもルイズ達に攻撃できないから、危険も少ないし、自分達でやってみるいい機会だと思わない?」
「確かにそうだけど・・。でも・・」
煮え切らない様子のルイズに、キュルケが後押しするようにして言った。
「ワルドの”偏在”は、フーケの攻撃からあたし達を守ったわ。本人は不本意だったみたいだけど・・。つまり、フーケの他に『レコン・キスタ』の協力者がいたとしても、その協力者はワルドを相手にしなくちゃならないのよ。ワルドの実力はかなりのものだし、あたし達が危ない目に合うことはないんじゃないかしら?
お姉さまが戻ってくる前にワルドをとっ捕まえて、あっと言わせましょうよ」
キュルケはそう言うと、悪戯っぽく笑った。
「そうね・・。ありがとう、キュルケ。わたし、やるわ!」
そう言ったルイズの鳶色の瞳には、決意の意志が宿っていた。
その後、ワルドやウェールズに、所用で一時この場を離れると説明して、エレオノールはニューカッスルを後にした。
その際、ワルドは、誰にも見られないように顔を伏せたまま、歪んだ笑みを浮かべて、
「チャンスだ!何であれ、あの行かず後家がいなければ、もう怖くない。
フーケの話を聞く限りでは、フーケを仕留めたのはチンプイかエレオノールで間違いない。チンプイの剣の腕は確かに凄かったが・・、あの程度で『土くれ』が遅れを取るとは思えない・・。つまり、一番厄介なのは、エレオノール。『公爵』の称号も伊達ではないという訳だ。
高飛車で口だけの僕の婚約者は、恐らくついでに同じ称号を貰っただけだろう。今のうちに、あの生意気な小娘を手に入れなくては!」
と、ワルドは心の中でひとりごちた。
エレオノールがいなくなったのを確認すると、ワルドはすぐに行動を起こした。
まず、ウェールズ皇太子と大事な話があると言って、始祖ブリミルの像が置かれた礼拝堂から、アルビオンの王党派の面々を遠ざけた。
そして、ワルドは、ルイズに近づいて言った。
「明日、僕とここで結婚式を挙げよう、ルイズ」
ルイズの体が固まった。一瞬、何を言っているのか分からなかった。
「こ、こんなときに?こんなとこで? それに、わたし達、婚約解消したじゃない! エレ姉さまや母さまだっていないのに、何を勝手な・・」
ワルドは、ルイズの言葉を切るようにして言った。
「ダメだ!君は、僕・・いや我が『レコン・キスタ』に必要なんだ」
「『レコン・キスタ』・・・それって!ワルド、あなた!」
ルイズは、ワルドの言葉に目を大きく見開いた。まさか自分から正体を明かしてくるとは思っていなかったからだ。
「僕のルイズ・・君は何も考えず、ただ従えばいい」
ワルドは、冷たい声で言った。
「冗談じゃないわ!結婚なんかするもんですか!」
ルイズは、ワルドが自分に攻撃できないと分かっていても、その雰囲気に気圧されて、怖くなり走って逃げようとした。
「逃げられはせん。『虚無』の末裔よ」
ワルドはそう言うと、クロムウェルに渡された『アンドバリ』の指輪をルイズに向けた。
ルイズは意識が薄れていく中で、必死に助けを求めた。
「た、す、け、て・・。姉・・さま、チ・・ンプイ」
その直後、ルイズの鳶色の瞳は灰色に濁り、ルイズはワルドに無言で跪いた。
「大変!早く、チンプイに知らせなきゃ!」
その様子をこっそり窺っていたキュルケ達が駆け出そうとした。しかし・・、
「どこに行くつもりだ」
「ひっ!」
急に目の前に現れたワルドの”偏在”に、ギーシュは悲鳴を上げて、腰を抜かした。
「ちょ、ちょっと、お手洗いに・・」
ギーシュは苦し紛れの言い訳をする。
「そんな訳あるか! ・・まあいい。客人がいないと王党派のボンクラ共に騒がれても面倒だ。お前たちは黙って部屋に戻って眠れ」
ワルド本体が背後からキュルケ達に『アンドバリ』の指輪をかざした。
すると、キュルケ・タバサ・ギーシュは、目が死んだ魚のようになって、フラフラと各自部屋に戻っていった。
「ふふっ! これで邪魔者はいなくなった!
・・いや、『ガンダールヴ』が残っているか。まあいい。あいつ一人位なんとでもなるさ。
さて、準備をしようか、ルイズ! 僕達の結婚式とウェールズ皇太子の葬式の準備をな!フハハハハハ」
ワルドは大声で下品に笑いながら、ルイズを引き連れてその場を後にした。
『透明キャップ』を被り、その一部始終を見ていた『護衛』は、ギュッと拳を握りしめた。
その夜。
滅び行くアルビオン王政府と最期まで自分に付いてきてくれた王党派の家臣たち、そして愛するアンリエッタのことを考えながら、ウェールズは、ひとり物思いにふけていた。
「アンリエッタ・・、最期に君に一目会いたかったが、それが出来ない無力な僕を許してくれ」
そんなウェールズをぽうっと照らす大きな光の玉に、ウェールズは気が付いた。
「? 何だあの光は」
次回で、ニューカッスルの決戦完結。
その次の話で、外伝としてエレオノールの結婚相手に関するお話を入れようと考えております。