どうやら俺はテンプレ能力を持って転生したらしい   作:通りすがりの外典マン

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ゾンビと英雄と喪失と。

 

 

 

 

「......へぇ。まだそんな余力があるとは思いませんでしたわ」

 

 ゴキリ、と。

 砕けたはずの手首を無理矢理捻って治し、ころころとその女は笑った。俺はぜいぜいと肩で息をしつつ距離を取る。火事場の馬鹿力、というよりは無意識下での無詠唱の身体強化だろうか。人間死にかけたら割と何でもできるものである。

......いや、今はそんなことを考えている場合ではない。突如として首を掴まれ民家の壁へと叩きつけられたことは覚えているが、それ以前と直後の記憶が混濁している。強く頭を打った影響だろうか。

 

「何者だ、お前......!」

「あら、私としたことがはしたない。名乗りを忘れるだなんてらしくありませんわね」

 

 にぃ、と嘲笑を浮かべてその女は名乗りを上げた。

 

「天の智慧研究会第二団《地位(アデプタス・オーダー)》のエレノア=シャーレットと申します。以後お見知り置きを、シェロ=イグナイト様」

 

「天の知慧研究会──」

 

 思わず息を飲んだ。

 言ってしまえば、帝国に巣食う最悪の癌細胞が天の智慧研究会だ。特務分室の役割は帝国民に害をもたらす外道魔術師の始末ではあるが、そのほとんどが天の智慧研究会に所属している者だ。つまり特務分室とは実質的に天の智慧研究会を潰すために創設された機密部隊ということであり──しかし依然して帝国はこの組織の情報がほぼ何も掴めていないのが現状だ。

 あの怪物じみた魔術師が二十人以上所属する特務分室でさえ翻弄する組織と言えば、いかに強大かつ闇の深い組織なのかがよくわかる。

 そしてこれが何とも最悪なことに、俺はその天の知慧研究会に追われているらしい。まるで意味がわからなかった。

 

「......丁重にお断りするから帰ってくれねぇか?」

「ああ、淑女がこんなにも求めているというのにいけずな方。ですがルミア=ティンジェルの殺害が失敗し女王の暗殺も阻まれた以上、私も手ぶらで帰るのは些か躊躇われますの」

 

 ですので──。

 

「行き掛けの駄賃程度に、貴方を回収させて戴こうかと。抵抗されなければ──」

「知るかこのアバズレが」

 

 投影した剣を投擲する。しかしそれをたった指二本で受け止め、エレノア=シャーレットを名乗る女は口許を三日月に歪めた。

 

「あらあら。あらあらあら────では、強制的に回収させて貰いますわね」

 

 直後、エレノアの姿が掻き消えた。だが見えずとも狙う場所の見当はついていた。

 

「くっ──!」

「ふ、ふふ。無駄な抵抗でしてよ?」

 

 化物かこの女は。

 跳ね上がる足の一撃は【フィジカル・ブースト】でも付与しているのだろうか、容易く俺の体を吹き飛ばした。不味い。もはや手段を選んでいる場合ではない。

 

「《投影開始(トレースオン)》......!」

 

 投影するのは、以前テロリストから得た自動制御術式付きの剣だ。合計三本、少なくとも足止めにはなるだろうとその場で迎撃を指示する。

 

「......成る程。固有魔術(オリジナル)とは、なかなか学生にしては優秀なようで」

 

──だが。エレノア=シャーレットには通用しない。

 滑るように剣撃を回避し、横薙ぎに剣を叩き落とす。常人を遥かに越えた力は【フィジカル・ブースト】によるものであり、女であろうとその力は容易く肉を抉り骨を砕く。

 

「《力よ無に帰せ》」

 

 加えて一節の詠唱により、付与されていた術式の悉くが無効化され地に堕ちる。しかしエレノアは僅かに眉をひそめた。

 

「......あら。これは錬金術によるものでしたのね。てっきり魔力だけで構成された張りぼてかと思っていたのですが......」

 

 転がった投影品を手に取り、そして俺の周辺の石畳を見つめる。そして禍々しく嗤った。

 

「俄然、興味が湧いてきましたわ。少々付き合って貰えませんこと?」

 

「《我・秘めたる力を・解放せん》──!」

 

 その言葉を最後まで言い切る前に、【フィジカル・ブースト】を発動すると共に投影した剣で斬りかかる。しかしエレノアは同じように剣を手に取り、いとも簡単に受け止める。

 

「く、ぅ──ッ!?」

「心外ですわね。近接戦ならば勝てる、等と思ったのですか?」

 

 俺とて素人というわけではない。元はと言えばイグナイト公爵家の出であり、剣の扱い方の基礎は学んでいる。そこから先は独学であり色々と歪んでいる部分はあるかもしれないが、それでも普通の魔術師相手に剣術で負ける気は毛頭ない。

 

──だが。エレノアの剣は俺を遥かに上回っていた。

 

「私、これでも天才の類だそうでして。剣ならばある程度は扱えるのですよ?」

「か、は」

 

 脇で一回転させた後に柄が鳩尾へと叩き込まれる。再び民家に叩きつけられた俺はろくに呼吸することすら出来ず崩れ落ち、必死に空気を吸い込みながら目の前の敵を睨み付けた。

 

......認めよう。この女は俺よりも強い。そして総合的な能力で言えば──これはあくまで俺の直感に過ぎないが、特務分室と同格の怪物だ。

 

「もうお分かりでしょう? 貴方には万に一つも勝ち目はない。今なら痛くせずに済みますが?」

「......は、言ってろ。"今は"ってことは、後々痛い目見るんだろうが」

「あら。存外に勘の良いお人なのですねぇ」

 

 まあ無駄ですけれど。

 

 冷めた目で投擲された剣をギリギリの所で叩き落とし、何とか逃げ出せないものかと可能性を模索する。勝つなどもっての外、せめて逃走の時間くらいは稼ぎたいが──。

 

「......無駄、か」

 

 そのすべての可能性において俺の力が足りない。エレノア=シャーレットとシェロ=イグナイトでは個体としての性能の格が違いすぎる。修練の先に至った天才と、たかが異能を持っているだけの餓鬼では勝負になる筈もない。

 

──そうだ。力が足りないのだ。

 

「は、はは......畜生、またこうなるのか」

 

 力が無ければ生き残れない。力が無ければ抵抗することもままならない。だが力は代償なくして得られない。いつだって何かを諦めなければ生きていけないのだ。

......恐怖に手が震える。もう使わないと決めていた筈なのに、俺はまた手を出そうとしている。次は何を喪うのだろうか。何を棄てなければいけないのだろうか。

 何かを犠牲にしなければ、自分すらも救えない。嗚呼、本当に──嫌になる。

 

「好きにしろよ......()()()()()

 

 心の何処かで何かが砕ける。致命的な音が響き渡る。いいだろう、代償はくれてやる。

 だからこそ──

 

「《体は剣で出来ている》」

 

 ──力を寄越せ。

 

 何かを手放した手で、生き延びるための力を掴みとる。既に保存されていた設計図に魔力を流し込み、今ここに体現するのは現状で俺が知りうる最強の武具。

 

 運が良いのか悪いのか。俺は人類最強の一人と邂逅していたのだ──。

 

「《投影(トレース)──開始(オン)》」

 

 創造理念──鑑定。

     基本骨子──解明。

 構成材質──複製。

     製作技術──模倣。

 成長経験──共感。

     蓄積年月──再現。

 

 完全とは言い難い。だがかろうじて投影としては完成する。右と左、黒白一対の細剣(レイピア)。投影した今だからこそ理解できるその魔剣の能力はたった一つ──ただひたすらに頑丈であれ。本当に単純(シンプル)で、使い手の技量がなければ何の意味もない。

 

 ならばこそ、使い手の技量すら投影してみせよう。その膂力を投影してみせよう。足りぬのなら他で補完する。補完するものが容量(キャパシティ)を越えるのなら、余計なモノなど棄てていけ。

 

「は───ッ!」

 

 投影(トレース)完了(オフ)。軋む身体は無限の剣製という極大の反則をもってしても、今の俺ではこれが限界であることを示している。精度は飛躍的に上昇した。それでも再現率は三割──。

 

「......あら。それはゼーロス様の剣ですわね」

 

 だが。目の前の女を殺すには、その三割で事足りよう。

 奉神大戦という地獄を駆け抜けた修羅、【双紫電】ゼーロス=ドラグハートの絶技。その三割ならば──十数回殺してもお釣りが来る。

 

「それで? 次はどのような手品を見せてくれるので──」

 

 瞬間、世界が緩慢になった。

 

 一瞬の意識の間隙を突いての踏み込み。瞬きの刹那、完全に視界が塞がれるその僅かな隙を狙うなどどれ程の修練を積めば可能になるというのか。

 しかし何より恐ろしいのは、その技術はゼーロス=ドラグハートにとって呼吸をするよりと容易いという事実だった。

 

「死ね」

 

 たった一呼吸。英雄ゼーロスからすれば、それすらも余裕で確殺に足る隙である。

 ただ最も効率良く踏み込み、最小の動作で細剣(レイピア)を突き出す。ただそれだけ。人を殺すのに最適化された動作は実に簡素な結果をもたらす。

 

「────ごっ」

 

 右目を潰し脳を粉砕し、頭蓋骨を貫くその感覚。刹那の交錯が終了したその瞬間、自覚することなくエレノア=シャーレットは即死した。

 

......緩慢となっていた世界が色と速度を取り戻す。血と脳奬を路地裏にぶちまけながら肉塊は転がり、俺は殺人に対する忌避を覚える暇もなく激痛に呻いた。

 

「くっそ......あのおっさん、どんだけ身体鍛えてんだよ......!」

 

 しまった、と胸中で呟く。肉体の強度までは投影出来ない。思わぬ誤算により全身の筋肉が悲鳴を上げていることを理解し、もう少し劣化模倣(ダウングレード)するべきだったかと考え──。

 

「ふ、ふふふ」

 

 聞こえる筈のないその声に、背筋を悪寒が這い上がった。

 

「ふふふふふふふふふふふ」

 

「......冗談だろ」

 

 肉塊が蘇生する。溢れ落ちた脳奬はそのままに、ぶちまけた血液は路地裏を濡らしている。しかしそれは蘇生していた。頭部から吹き出す黒い粒子は瞬く間に眼球を修復していく。

 

「ああ、ああ、ああ──素晴らしい! 素晴らしいですわシェロ様ぁ!」

 

 気色悪い。気持ち悪い。生理的な嫌悪感を抑えきれず、ぎょろぎょろと此方を探す眼に吐き気すら覚えた。何だこの生物は。いや──生物なのか?

 回復呪文や呪詛などではない。最早これはそんな生易しい領域にない。言うなれば不死身。生きた死体(リビングデッド)──。

 

「その剣技はまさしく【双紫電】のもの。まさか【ロード・エクスペリエンス】でしょうか? いえ違いましょう、かのセリカ=アルフォネアですら三節は必要とするものを一節で済ませられるなど有り得ません。わかりません。わかりませんわ、嗚呼──」

 

 人とは思えない淫靡さと怪物性を伴って、()()は焦がれるような笑みを浮かべた。

 

「──どうしようもなく貴方が欲しい。お慕い申し上げますわ、シェロ様」

「この、怪物が......!」

 

 まるで獲物を見る獣のような眼に思わず怯んだ。しかしこの状況は不味い。奴が本当に不死身なのだとしたら非常に面倒だ。俺にゼーロスの技量についていくだけの身体さえあれば、ひたすら殺し続けるだけで済むのだが──。

 

「......筋肉断裂が四ヶ所。無茶を重ねて殺せても一度や二度が限界か」

 

 体を半分ほど消滅させれば時間稼ぎ程度にはなるだろう。だが俺にそんな火力はない。これ以上心象(アレ)に食わせた所で都合良く高火力の魔剣が手に入る筈もない。俺が知らない剣は投影出来ないのだから。

 

「糞ったれが......」

 

「ああ、そんな目で見ないで下さいまし。体が火照ってしまうでしょう......?」

 

 死ね土に還れこのクソゾンビ女。がっとぅーざへう。

 内心でそう罵るも、最早どうしようもない。こうも満身創痍では腕や足を犠牲にしたとしても、逃げる時間も体力も足りないのは自明の理だ。俺はじわじわと迫り来る絶望に目を伏せ──。

 

 

「い、やぁあああああああああああっ!!」

 

 甲高い雄叫びと共に、疾風が死に損ないを吹き飛ばした。

 

「は......?」

 

 呆然と、一瞬にして目の前で振り撒かれた暴虐の嵐を眺める。民家の壁を粉砕しながら吹き飛ばされたエレノアは身体中から黒い粒子を撒き散らしながら乱入者を睨み付けた。

 

「私としたことが抜かりましたわね......案外帝国もぼんくらばかりではないということかしら?」

「ん。......敵なら、倒す」

 

 それは見たことのある──いや、厳密に言えば姿だけは見たことのある少女だった。乱雑に纏めた青い髪に人形の如く整った顔。そして身の丈を遥かに越える大剣。

 

「しょうがありません、今回は引きましょう。......ふふ、またの逢瀬を心待ちにしておいて下さいね?」 

「黙れ死ね土に還れ地獄に堕ちろ」

 

 遠方から六条の雷光が飛来するが、その悉くを回避しエレノアは懐から何らかの魔導具を取り出し──消えた。寸前で少女によって振り切られていた大剣が石畳を砕き、瓦礫がいくつか足元に転がってくる。どんな膂力をしていればこうなるのか。

 

「......ん。貴方も敵?」

「え"っ」

 

 此方へ振り向くが早いかそう尋ねてくる少女に思わず顔がひきつる。助かったと思ったのだが実は敵だったオチなのだろうか。

 

「待てリィエル。そこの少年はリストにはない。恐らくただの一般人だ」

「そう。わかった」

 

 全くの無表情で頷き、少女の手から大剣が霧散するように消え去った。俺もそう言えば、と思い返し投影を解除する。

 

──同時に、ぐらりと視界が歪んだ。

 

「......ちょっと、無茶し過ぎたか」

 

 体が熱を持っている。骨にひびは入り筋肉は断裂しているのだから無理もないが、少々軟弱に過ぎる気もする。

 

「ん。アルベルト」

「どうした......と、酷い熱だな。それにこの校章、二年次生......見覚えがあるが、もしやグレンの教え子か」

「......、............つまりグレンを殴ればいい?」

 

 その言葉を黙殺し、アルベルト──恐らく本物であろう黒髪の青年が俺の額に手を当て、数節詠唱する。

 

「よく持ちこたえた。少しの間休むといい──」

 

 遠ざかっていく言葉に暗くなっていく視界。俺は急速に襲ってきた睡魔に抗うことも出来ず、意識はそこで途切れたのだった。

 

 

 






【悲報】ついにヒロイン登場

 こ っ ち み ん な
  待 望 の ヒ ロ イ ン
  腐 っ て や が る (物理)

 ようやくヒロイン登場。ん......?タグについてるヒロイン何か違ったような......? うん、まあ細かいことは気にしちゃいけない。

次回、二巻エピローグ。もうちっとだけ続くんじゃよ。

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